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4-2

今回は少し短めです

 処刑人としての仕事もなく、生まれた時間を健は知識を蓄えることに費やしている。

 ささやかな努力も惜しまず、少しの時間も無駄にはしない。

 豊富な知識から生まれる健の強みをさらに高めるために。


「健様、応接室に来るようにとの通達が」

「今すぐ?」

「今すぐですね」


 ベッドの上に座っていた健は読んでいた本を閉じ、後ろに倒れるようにして寝転がる。


「お腹が痛いから無理って伝えて」

「体調不良を限界まで隠し通す人が何を言っているんですか。ほら、起きてください」


 健の唯一になると宣言してから遠慮がなくなった梓が起こしにかかる。

 自分に敬語を使う必要はない、とまで言った梓は三ヵ月で健の扱い方は心得てきているらしい。


「嫌な予感がするんだよね」


 溜め息をついて起き上がった健は渋々、身支度を整える。

 再三、言うようだが、健の予感はよく当たる。予感ではなく、そこら中に散らばっている欠片を無意識化で組み合わせているのだと知人の少女が言っていたのを思い出す。


 駄々をこねても仕方がないと分かっているので、健は潔く覚悟を決めて――応接室を訪れた。

 道中、同じく呼び出されたらしい優雅とも合流した。


「キングも呼び出されてたんだね」

「特別授業に関する話だけ聞かされているけど」


 その話すら初耳な健は詳細について考えながら、応接室の扉を開けた。

 部屋の中ではすでに三人の人物が席についており、一人の人物が壁際に立っていた。

 立っているのは東宮龍馬、春野家当主の側近だ。側近がいるなら当然、当主もいる。


「これで揃ったな。お前たちも座れ」


 促され、座る二人の前にはそれぞれ先に来ていた二人が座っている。和幸は所謂お誕生日席に座っている。

 苦い顔をしているように見えるのは気のせいではないだろう。何せ、人選が人選だ。


「庶民のくせに遅れてくるとは礼儀がなっていないようだな」


 共に来た優雅を素通りして、健だけに敵意を剥き出しにするのは西園寺徹。

 消えた時間の中で健と決闘した人物である。一度負けた相手と言えば、それなりの因縁があるように思えなくもない。


「遅れると言っても細かい時間指定があったわけじゃないからな」


 庇うような物言いに対する翳りを感じ取って健は最後の一人へ目を向ける。

 和幸とどことなく面影が似ている彼は春野和音。齢十九になる春野家当主の長男。


 不意に合った目に驚いて逸らす和音に何も言わず、和幸へと向き直る。


「それで……呼び出された理由を聞いてもかまいませんか」


 空気を読んだ優雅が代表して問いかける。


「そうだな。お前たちを呼び出したのは特別授業の話をするためだ。多少の危険はあるが、その分、ポイントも多く貰える」


 アカデミーに通う生徒の多くが惹かれる文言の前にある言葉に健はそっと眉を寄せる。


 嫌な予感が当たった、と。


「俺はアカデミーの生徒ではありませんが」

「これも経験だよ。春野家の人間である以上、こちらでの経験も必要になってくる」


 親と子とは思えない冷たさに健は心の中で嘆息する。


「それじゃあ本題に入るぞ」


 和幸の目配せで、龍馬が全員の前に資料が置かれる。

 処刑人として数々の事件を解決してきた健だが、ここまで薄い資料は初めて見た。


「四人にはこの事件について調査して、レポートを作ってもらう。試験官を一人一人につけるから、調査中も評価の対象になってると思ってくれ」

「……史源町での連続盗撮事件について。史源町の事件なんですね」

「貴族街の中だけではなく、外へ目を向けるいい機会だからな」


 要は経験だと。良いことを言っている空気で、裏事情を隠していることなど健にはお見通しだ。

 追及して場の空気を乱す気もないので、健は沈黙を守る。この面子で下手に口を開いてもいいことはない。


「受けるかどうかはよく考えてくれ。三日後に答えを聞く」


 その選択肢は健には与えられていない。強制参加だと、向けられない視線で悟る。

 危険という話は健に限って今更過ぎるので元々断るつもりもなかったが。


 特別授業なんて大仰な形をとっている処刑人の仕事だと解釈している。


 その後、三人が立ち去る中、健だけがこっそりと応接室に残った。

 お馴染みのメンバーだけになった応接室で健はそっと息を吐いた。


「今回の件、あれの差し金なんですね?」

「まあな。分かってると思うが、授業である以上、処刑人としてのツテは使うなよ。その時点で失格扱いにする」

「でしょーね。まあ、調査だけなら自力でやりますよ。メンバーに問題があるのがすごーく気がかりですが」


 恨みを込めた目で見れば、和幸は少し苦笑する。


「紅鬼衆もつけるし、少しは負担も減らせるだろ」

「ああ、試験官って紅鬼衆のことなんですね。ちなみに誰をつけるつもりなんです?」

「陰鬼は当然として、後は煉鬼と芳鬼、幻鬼辺りだな」

「幻鬼は少し戦力不足じゃないですか」


 幻鬼の能力は五感を操る能力だ。鬼ゆえに身体能力は高いものの、他の鬼たちと比べれば、戦力不足と言わざる得ない。

 戦力の低さは陰鬼にも言えることだが、健につくと分かっているのでそこは無視する。


「貴族街の戦力をあまり減らすわけにはいかないんでな」

「百鬼を呼び戻しても、防衛の要が五人もいなくなるわけですからね」


 今まで半数が貴族街を不在にすることはほとんどなかった。あっても、貴族街の最終兵器たる健が代わりにいるときくらいだ。


 今回はどちらも不在で、それが許されているのは裏で手引きしているのが貴族街の真のトップだからだろう。

 言い出しっぺなので、防衛に協力してくれるはずだ。多分。


「幻鬼は優雅につけるつもりだから心配するな。他の二人に比べて、お前の言うことをちゃんと聞くだろうしな」


 優雅以外の二人は反発して、素直に従わないのは簡単に想像できる。そんな人物たちの面倒を間接的にでも見なければならないと思うと憂鬱な気分になる。


「調査だけですからね。まぁ……ていうか、このスカスカの資料、何なんですか」


 ほとんど白紙に近い資料を指し示しながら、文句を垂れる。

 史源町で盗撮事件が頻発しているとしか書かれていない。それだけ見たら、警察の案件で健の出る幕はない。


「スカスカの方が安全域から調べられるだろ」

「否定はしませんが、せめて被害者の名前の一人や二人、書いといてくださいよ」


 何もないところから調べていくのはそれはそれで大変なのだ。今回はいつものツテを使えないから余計に。


「お前ならどうにかできるだろ。信用してる。頑張ってくれ」

「他人事だと思って……。そんな適当な言葉で流されませんよ」


 流れるように紡がれる言葉に健に半眼を返す。


「正直、断ってくれる方がありがたいなあ」

「ないだろうな」


 それだけ特別授業でもらえるポイントは多い。

 和音は和音で、和幸にああ言われてしまえば、断ることはないだろう。


「苦労をかける」


 今までとは響きが変わった言葉が何をさしているのか理解して、変わらない無表情を貫く。


「今更でしょ」


 素っ気なく、一つの感情も乗せないで紡ぐ。そこにあるのはどこまでもいつも通りの健。

 和幸の言葉の真意に気付いているのか、気付いていないのか――何を思っているのか悟らせない姿。


「まあ、俺なりに上手くやりますよ。王様も信用してくれるみたいだし?」


 茶化すような声だけを残して、健は応接室を後にした。感情を消し去った顔はやはり何も悟らせてはくれない。

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