4-1
「キング、一緒に派閥を作りませんか」
始まりは健のそんな言葉だった。
目立ちたくないと常日頃から言っている口から放たれた言葉を呑み込むのは少し時間がかかった。
「派閥なんて作ったら目立つんじゃないの?」
「目立つ云々ことよりも派閥を作った方が面倒が少なそーだと思ったもので。キングを隠れ蓑にすればいー話ですし?」
片目を瞑る健の言葉には試すような雰囲気を宿している。
優雅が怒るような素振りを見せれば、二人の関係はきっと終わる。まるで終わることが正解というように。
それが分かっているから優雅は健の言葉へ特別なリアクションをしない。
そんな言葉程度で掻き乱されるような仲を築いてきていない。
「今更目立つのを気にするのもおかしな話ですし」
優雅と春野家の双子。新入生の中の有名人と親しい間柄で、稟王戦一学年の部優勝者である、外の人間。
本来の肩書きを隠した上でも、健の肩書きはよく目立つ。
「気にしないなら、健一人で立ち上げてもいいんじゃないか」
「派閥のリーダーなんて俺の性に合いませんから。キングの方が向いてるでしょ」
「そうかな」
幼い頃から上に立つ者としての教育をされてきてはいるので否定はしない。ただカリスマ性、人を惹きつける力は健の方が断然あるように思える。
要はリーダーとして仕切るのが面倒なのだろう。そんな素振りを見せても、健はすべてを押し付けたりはしない。全部分かった上で優雅は口を開く。
「分かった。いいよ」
そうして桜稟アカデミーに生まれた派閥は、三か月の時を経て、着実に勢力を増していっている。リーダー二人の想定を大きく裏切った結果である。
「師匠、派閥に入りたいという人が何人か来てますけどどうしますか」
「んー。適当に断っておいてください」
初期メンバーである壬那に答えながら、健は自分の計算外について考える。
まさか、ここまで加入希望者が増えるとは思わなかった。
優雅や春野家の双子に近付きたいと思う人間が寄ってくるのは想定していた。しかし、この数は想定外だった。
「結構、噂になってるよね。優雅の派閥に入ると成績があがるって」
始まりは壬那に剣術を指南したことである。
誰の記憶にも、記録にも残らない一件の功労者への感謝から生まれた行動が図らずも、派閥の知名度をあげることとなった。
健も、優雅の教えを受けて稟王戦で優勝するまでになった、ということになっているので、改めて考えると何も不思議はない。
「そーいう商売したら儲かりそーだね」
「支払えるくらいポイントに余裕がある人は頼まないんじゃない」
「それもそーか」
元々するつもりのなかった提案をすぐさま引っ込める。
加入を希望する者はみな、身分が低く、アカデミーでの立場も低い者ばかりだ。それ以外の者たちは外の人間がリーダーをしている派閥を頼るような真似はしない。
貴族街で暮らす多くの者にとって外の人間は下民と同じなのだ。
「話題になってるのはキングだけだからまだマシかな」
「隠れ蓑の役目は果たせているみたいだね」
皮肉めいた物言いとともに現れた優雅は健の前に腰を下ろした。
気付けば、優雅がどんどん強かになっている気がする。なんてことを考えていれば、加入希望者を追い払った壬那も戻ってきた。
「この中で一番年上なはずの壬那さんが下っ端みたいなことをしてるのもちょっと不思議だよね」
「俺は師匠の力になりたいだけなので気にしないでください」
「本人が気にしてないならいーんだけどね」
雑用を率先してくれるのは素直にありがたい。小柄なこともあって、ビジュアル的にも違和感はない。
ただ年齢の部分を切り取って考えると疑問符を浮かべざる得ないだけ。何なら、健の方が小柄だったりもする。
「そーいえば、キングはサロンの方を見てきたんだよね。どーだった?」
共同で派閥を立ち上げてから、敬語を外した健は問いかける。
「やっぱり、いいところはみんな契約されていたよ。残っているのは立地や設備がよくないものばかりだね」
「まあ、そーだよね。俺としては今まで通り食堂でまったりするのもいーけど」
今後、人数が増えることを考えるとそうは言ってはいられない。このままの人数でいいというのが健の本音だが、それでは派閥としての体裁が保てない。
せっかく作ろうした派閥が瞬く間に風化するのは避けたい。そのためにも拠点が必要だ。
「寮だと狭いし……」
派閥の拠点といえば、アカデミー敷地内に複数あるサロンか、派閥リーダーの寮であることが多い。
サロンは優雅が言うように良い条件のところはすべて既に契約されている上に、家賃システムなので費用もかかる。かといって寮だと狭すぎる。
成績ポイントに応じて、グレードをあげることもできるが、それもそれでポイントを消費する。ちなみに至は後者である。
「んー、ここは春野家の権威を使うか」
「王様を頼るの?」
「この程度のことで王様の力は借りないよ。ほら、他にもいるでしょ?」
悪戯っぽく笑う健の視界の端でちょうど話題に上った二人が現れる。噂をすれば、影が差すという奴である、
「今日は遅かったね」
「昨日、久しぶりにお兄様が帰ってきたからちょっと電話してたんだよ」
遅れて登場した星と夏凛の兄。つまるところ、春野家当主の長男である人物は長いこと留学をしていた。それが帰ってきているという事実を今知った健は小さく息を吐く。
「和音さん、帰ってきてるのか」
これはしばらく春野家にいかない方がいいかもしれない。
吐息とともに呟いた言葉の裏で、そんなことを考える健へ夏凛が首を傾げる。
「お兄様のこと苦手だったっけ。そういや、あんまり会ってるとこ見たことないかも」
「俺が、というよりは和音さんがね」
歯切れの悪い物言いは和音を慮ってのことだ。
春野家長男である和音と健の関係性は非常に複雑だ。
本来、何事もなければ、当主になっていた人間と、突然当主になることを定められた人間。相手が健のことを快く思っていないのは明らかだ。
健の存在は和音を苦しめる。だから、なるべく会わないようにしている。
「なんか分かるなぁ」
常人にとって健という存在は大きすぎるのだ。会ったことのない和音の気持ちを思い浮かべる良の言葉に優雅が静かに同意を示す。
「そういえば、みんなは何の話をしてたの?」
「ん。拠点をどーするかって話。春野家の権威を使うかなーって、うちには二人もいるしね」
不敵に笑う健に星は瞬きをして、夏凛は首を傾げる。
「できることならいくらでも協力するよ。健君が派閥に誘ってくれて、私たちも助かったし」
夏凛の言葉は健が派閥を作った理由そのものだ。
稟王戦から先アカデミーでは派閥の勧誘が激化していた。
当然、星や夏凛は一番の標的で、時に強引な勧誘もある。健自身、どこにも記録に残っていない一件で、その強引な勧誘を受けた経験がある。
それを防ぐために自分で派閥を作る。何とも単純だ。
「何かする必要はありませんよ。拠点に対する要望だけ言ってくれたら」
場所は変わって森の中。はじまりの森という名称を知っている者はアカデミー内にそう多くない。
人の手によって整えられた森の中に開けた場所がある。知る人ぞ知る秘密の場所、というほどでもないが。
「師匠、こんなところで何をするんですか」
「まあ、見ててよ」
壬那にそれだけ答えた健はそっと地面に手をついた。
「人目に付きにくくて、寮や校舎からも遠くなくて、のんびりできて、それなりの広さで、鍛錬もできて、オカルティックで可愛らしい場所、と」
それぞれが上げた拠点の要望を口にする健。呟きに合わせて、開けて場所に簡素な建物が作られていく。結界で警備を強化しつつ、外には鍛錬ができるような設備も生成する。
オカルティックでかわいい、という女子二人の要望もできる限り叶える。足りない部分は後で付け加えればいいだろう。
「すごい」
輝く光が宙を舞いながら、建設されていく光景は何とも不可思議で幻想的だ。
「よし、こんなもんかな」
呟きとともに健が立ち上がった頃には、拠点が完璧に出来上がっていた。
「すごい……けど、こんなものが急にできたら噂になるんじゃないの?」
「そのために春野家の権威を使うんだよ。短い時間で作ったよーな出来にしたし、二人の指示で作られたってことにしておけば問題ない」
人目につきにくい場所なので、知らない間に建設されていたことを不審がる人もいない。
地味に高度な計算のもと作り上げられた拠点へと足を踏み入れる。
見た目の簡素さに比べて、中は過ごしやすいように整えられている。
「ずっと気になってたけど、これってどういう理屈なの?」
問いかける優雅を健はきょとんと見返す。当たり前のように使ってきたものだから、改めて聞かれると質問を理解するまで一拍の時間を有した。
そういえ、優雅は知らない側の人間だった。なんだかんだ健の周りには知っている側の人間の方が多いので失念していた。
「理屈で言うと……自分の霊力に命令式を与えて作り出しているって感じかな」
「霊力……?」
「人間なら誰もが持ってるものだから、キングも練習すれば使えるよーになるよ」
広げた掌の上で、火や風を躍らせる健は「やってみる?」ちわずかに首を傾げる。
「興味はある、かな」
踏み込んでいい領域か、確かめるような優雅に向けて健は首肯する。
周囲の人間が戦う術を覚えるのは健としてもありがたいことだ。必要ならいつでも切り捨てる非道さも持ち合わせているようで、消し去れない優しさで健はそんなことを考える。
「キングは筋がよさそーだし、すぐにものにできると思うよ」
口元を和らげる健は思考を説明用に切り替える。優雅以外にも耳を傾ける気配を感じながら、再び口を開く。
「術を構築する方法は大きく分けで二つある。一つはイメージのまま命令を与える方法。もう一つは術式を脳内で組み立てて命令式を作り出す方法」
以前、兄に術の使い方を教えたことがある。時間に余裕があることもあって、今日はあの時よりも詳細に言葉を重ねていく。
「後者はメリットよりもデメリットの方が大きいから前者の方法を使う人がほとんどだね」
「デメリットって?」
「単純な話、脳への負担が大きいんだよ。戦闘になると速度も必要になるから、頭の中で瞬時に命令式を組み立てて、座標指定してってそれなりの処理能力が必要になる」
状況が目まぐるしく変わる戦闘の中では、少しの遅れが命取りになる。
余程、頭の回転に自信がある者でなければ、進んでやろうとは思わないだろう。
「その分、座標が正確になるけど、メリットとしては弱いよね」
その座標も基準点が自分自身なので、行使する際に動けば、その分ずれる。
自分の動きに合わせて、座標を細かく調整する必要があるので、やはり負担が大きい。
「高度な術だとより命令式も複雑になっていくし」
本当にデメリットばかりだ。そのデメリットばかりの方法を健は採用している。
健の脳の処理速度は常人を遥かに超え、デメリットも完全に打ち消すことができる。
デメリットがないのなら、正確性だけが残るので使っている。そんな単純な話だ。
「キングは前者、イメージの方を一先ず覚えてもらった方がいーかな」
「イメージか」
どちらかと言えば、柔軟性が足りないタイプの優雅にはイメージと言われても上手くできる自信がない。
不安を宿した目で、己の掌を見つめる優雅を健はただ柔らかい表情で見つめる。
「回りの空気を掌に集めて、風で巻き起こすイメージをしてみて。風よ、とか言葉にしてみるのもいーかもね」
術の指南することは今まで何度もあったので、選ぶ言葉に迷いはない。
その裏で、健の説明を聞きながら各々自分の掌を注視する他のメンバーを見遣る。
「星は水、夏凛さんと壬那さんは土をイメージするといーよ。で、良はこれ」
それぞれを順繰りに見て言葉を紡いだ健は掌に生み出した玉を良を渡す。
「これ、浮かしてみて。霊力で持ち上げるイメージね」
「みんな、違うんだ……」
「霊力にも個性があるからね。できること、できないこと、得意なこと、苦手なこと。それぞれ違う。最初は一番得意なことをするのが一番だよ」
納得したように頷く良は改めて渡された玉を見つめる。持ち上げるイメージを言われても、そう簡単にできるものではない。
初めてでものにできる人なんて、そうはいない。健の目は見守るように優しげだ。
「さすが、師匠クラスになるとそういうのも見抜けるんですね」
「これはちょっと特殊な奴ですけど」
霊力の個性を見抜くのは、扱うのとは別種の才能だ。
練習すれば、ある程度扱えるようになるのと違い、これは元々の才能に依存する。
健が見えるのは恵まれているだけだ。偶然ではなく、必然的に恵まれている。
「霊力は使い過ぎると命の危険があるから、無理な練習の仕方はしないでね。適度に休むこと!」
この場にいる者の霊力は平均よりも少し多い。とはいえ、無理は禁物。
最後の最後できちんと釘を刺しつつ、健は術の練習に励む派閥初期メンバーを見守る。
久しぶりに平穏でのんびりとした時間を過ごせている気がする。なんて考えながら。