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3-12

 健と向かい合っていた晶奈の身体が不意に崩れ落ちた。そのことを予想していた和幸は床に倒れるより先に抱きとめる。


 強制睡眠。龍王の力を使った代償である。

 力が制御できるようになれば、これもコントロールできるようになるというのは和心の言だ。

 しかし、まだ力の制御もできない晶奈にはまだまだ難しい話だ。


 整った顔立ちの寝顔を見て、表情を和らげる和幸の前で、健を拘束していた光が掻き消えた。


「こうして表に出るのは久方ぶりだな。あまり歓迎されてはおらぬようだが」


 男にしては高めの声を古めかしい口調で彩りながら、健は紅い目で場を見渡す。

 その風格、まとう空気が、彼が健ではないことを教えてくれる。懐かしい気配を傍に感じて、和幸は目を細める。


「やはり、この身体はよく馴染む」


 確認するよう手を開閉していた彼の紅い目が和幸を見た。心臓が跳ねる。


「幸か」

「お久しぶりです、鬼神様」

「そう固くならずともよい。知らぬ仲でもないからな」


 幼い見た目にそぐわない風格と威厳。

 どこか神秘的な雰囲気は健自身がまとっているものと同じだが、質が格段に違う。


「一体、何が……いや、健。こいつらを皆殺しにしろ!」

「ふむ」


 至の持つ玉は細めた目で見つめる健、もとい鬼神。その眼光は鋭く、至は身を固くする。


「そのような玩具で我を制御できると思っているのか」


 鋭い眼光に気圧されるように玉は光を失っていく。


 天晶の力は絶対的。破壊されなければ、抗うことはできない。が、今、健の身体を使っているのは洗脳の対象になっている存在ではない。

 正直、鬼神まで操られたらと考えもしたが、杞憂だったようだ。


「そんなはずは……これはあの方からいただいたもので」

「帝天のことか。本当にその玩具が帝天のものだと?」


 問いかけが場を打った。状況の根底を覆す問いかけに動揺と困惑が走る。

 至が使っていた天晶は偽物だったということか。


 ただ帝天がわざわざ偽物を渡すとは思えないし、健が偽物に洗脳されるとは思えない。

 敵の拠点に潜入していながら、和幸は今回の事件についてほとんど把握していないのも事実だ。


「偽物だと言うのかい? 偽物に君のような人間が洗脳されていたと?」

「否。お主が使っていたのは確かに帝天が作ったものだ。この身体に未だ残る欠片は本物だ。我が言ったのは今、お主が持っているものに対してである」


 和幸と同じことを考えていたらしい至の問いかけを鬼神が否定する。そしてはたと思い至った。


「すりかえたのか」

「すりかえ? 一体いつ⁉ どうやって⁉ 天晶はいつも僕が持ち歩いている。すりかえる隙なんて――」

「さてな。そのような些事、我にはどうでもよい。そこの男は知っているだろうがな」


 鋭い眼光を受ける対象となった八潮は苦笑でこれを受ける。


「ただの使いっ走りの俺にそないなことを言われても困りますわ」


 関西弁のその言葉の真意は読み取りづらい。これに関しては健や悠にも言えることではある。


 八潮が誰かの指示を受けて動いているのは間違いないが、ただの使いっ走りで終わらせられないことは詳しい事情を知らない和幸にも分かる。

 そもそも処刑人の一員である彼をそんな下っ端として片付けることはできない。


「まあ、ただ常に持ち歩いているってゆうても、穴なんていくらでも作れますよ。着替えや入浴時、寝るときとか」

「健が常に見張っていたとしても同じことが言えるのかな。部外者を近付けるわけがない」

「部外者なら、そうやろな」


 困ると言った口で含みのある物言いをする八潮。こういうところがあるから本当に油断できない。


「君の仲間が僕の近くに潜んでいたと?」

「さてな。俺はこれ以上のことを知らされていませんから」


 あくまで知らないというスタンスを貫くつもりのようだ。


「とまあ、時間稼ぎはこの辺でええかな。――鬼神様」

「うむ、そうであった」


 紅い目がきらめく。身構える至の手の中で、偽物らしい天晶が細々に崩れた。

 万物を操る力も神本人ともなれば、制約などない。触れる必要もなければ、小難しく頭を使う必要もなく、ただそうなるように念じれば、世界は鬼神の思うがままだ。


「一つ聞かせてくれ。君は一体、誰なんだ?」


 それは当然の問いだろう。突然、雰囲気が変わったとしか言えない明らかな変化に疑問を抱かないわけがないのだ。


「我が名は鬼神。万物を操りし、出来損ないの神だ」

「き、しん? それは……」


 鬼神といえば、貴族街で崇められている神として浸透している存在だ。とはいえ、本当の意味で神と恐れられているのは桜宮家当主であり、鬼神が実在するものと考えている者は少ない。


 桜宮家当主が神聖視する架空の存在だと思っていたものが目の前にいる。自分の前に立ちはだかっている。

 その複雑な気持ちをすべて飲み込むように瞬きをした。


「なるほど。これはいよいよ僕は諦めるしかないようだね。無駄な足掻きはしないさ、一思いにやってくれ」


 健という最強の駒が失われたときから至の負けは確定していたようなものだ。

 潔さを前面に出した至は覚悟を決めたように目を瞑る。


「何を言っているのだ?」


 心の底から不思議そうな顔で鬼神はそう言った。


「我にお主を殺す気などない。その必要性を感じないのでな」

「だったら何のために天晶を、いや、天晶の偽物を破壊したと言うんだ?」

「健を解放するために手を貸したまでよ。それから先のことなど我には関係ない」


 神らしいとも言えるマイペースさで答える鬼神。その目にはこれからのことなど一つも映っていない。

 長い時を生きてきたからこそ、先よりも今だけを見つめ、強い力を持っているからこそ、自分の必要なことにしか手を出さない。良くも悪くも、らしい姿だ。


 無関心なのに場の空気を掴んで離さない目。それを彩る紅が不意に揺らいだ。


「鬼神は協力者であって、処刑人とは違うからね。そもそも今回の件は処刑人の仕事とは違うから至さんを殺す必要はないかな」


 鬼神が生み出していた空気を丸ごと自分のものへと変えながらも、雰囲気は変わらない。

 一変した口調に、和幸はあの小さな身体の本来の持ち主が戻ってきたのだと悟った。


「王様がしろって言うなら別ですけど。ねえ?」


 掴み所のない言動に思うのは懐かしさだ。至の従者となって、洗脳されて、それほど経っていないのに彼とこうして話すのは本当に久しぶりな気がする。


「ここまで大事になった以上、お咎めなしというわけにはいかないだろうな」

「まあ、そーですよね。王様が言うなら俺も動かざるえませんね。で、そこで一つ提案してもいーですか?」


 片目を瞑った問いかけは本当に岡山健という人間が戻ってきたことを実感する。


「聞こうか」

「決闘の結果をなかったことにしてくれたら、俺が王様を説得しましょー」

「俺の処分が確定されていない状態では乗れないね。それに今、春野和幸にその権限はないよ」

「本当にそー思っているんですか」


 健の言葉一つ一つが場を掻き乱していく。

 洗脳されている間のこと、鬼神が表に出ている間のこと、健がどれだけ把握しているかは分からない。

 しかし、その姿はすべてを、和幸が知らない事情すらも知っているのではと思わせられる。


「あれの遊びに巻き込まれたことは同情しますけどね。俺の責任もちょっとはありますし、王様にも申し訳ないとは思いますよ」


 ある意味、鬼神よりも恐ろしいかもしれない。

 周囲の混乱を感じながら、調子を一切崩さない姿にそんなことを考える。

 圧倒的な力で場を支配ながら、それを一切感じさせないのだ。


「なんで、後は俺が全部片付けるので安心してください」


 微笑みかけるような言葉を合図に至の身体がくずれ落ちた。状況が状況なら、混乱してパニックに陥っているところだろう。

 幸いなのは、この状況を作り出した犯人が和幸の味方であるということだ。


「八潮さんもごめんね。いろいろとコキ使われたみたいで」

「それは全然えーけど、なんていうか……健の恐ろしさを改めて実感した気ぃするわ」

「人聞きの悪いこと言わないでよ」


 洗脳の余韻を感じさせない二人はどこまでもいつも通りに言葉を交わす。

 平然とそれができる分、八潮もたいがい頭のネジが飛んでいるのかもしれない。


「全部片付けるって言ってたが、どうするつもりなんだ?」

「それは企業秘密です。まあ、心配しなくてもいーですよ。あれと話してくるだけなので」

「そ、そうか」


 向けられた笑顔に隠された激情に触れて、それだけしか答えられない。

 別の意味で心配になったが、触れない方がいいのは間違いない。健があれ呼ばわりする存在の心当たりは二人しかいない。そして今回はおそらく和幸もよく知っている方だ。


「では、俺は用があるので。八潮さんも後は好きにしていーよ」


 最後にそれだけ言って、健は去っていた。わざわざ引き止める勇気は和幸にはない。

 代わりに、八潮の方を向いて別の言葉を紡ぐために口を開く。


「天晶をすりかえたときの話、嘘だろ」

「バレました? 上手く誤魔化したつもりやったんだけどなぁ」

「あれで誤魔化されるほど単純じゃないさ。大方、健が俺を追いかけている間にお前辺りが侵入したんだろ」


 和幸の推理に返ってくるのは渇いた拍手だった。


「さっすが。でも、侵入したんは俺でなく、他の協力者、ですよ」

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