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3-10

 春野家で働く使用人の多くがパーティーの方へ駆り出されており、広い屋敷は閑散としている。


 入ったばかりの和幸は通常の仕事を任されていた。

 通常の仕事といっても、割り振られている人数がいつもより格段に少ないので仕事量は倍以上だ。


 パーティーのときは当然ながら、表に立つばかりだったので、裏方の苦労を知ることはなかった。使用人側に立っていると、雇い主としていろいろと考えさせられることも多い。


「春幸さん、忙しいところごめんなさい。少し頼みがあるのだけれど、構いませんか」


 不意に現れた美貌に驚きつつ、和幸は無言で首肯する。少し遅れて、警戒心を宿しながら。


「至様の部屋にこれを置いてきてもらえませんか。私はパーティーの方に行かなくてはならないから……」

「分かりました」


 断って不審に思われても困るので、警戒しつつも素直に受け入れる。


 渡されたのは小さな鞄だ。頑丈そうな作りのそれは思っていたよりも重い。

 とはいえ、持てないほどではなく、その重さを確かめながら紫苑を見送った。


 頑丈な分、鞄の重さもそれなりにあるようで、中身の推測までには至らない。

 見たところ、鍵がかけてあるわけでもなく、術がかけられているわけでもないようだ。中を見ようと思えば見ることができる――。


「やめておくか。どう考えても、怪しいし」


 紫苑への疑いは継続中。そんな中、和幸を選んで渡されたそれに何もないとは思えなかった。

 一先ず、素直に至の部屋を運ぶと決める。執務室ではなく、私室の方である。

 どちらにしろ、自分が使っていた部屋なので、足取りに迷いはない。


「罠じゃないよな」


 何度訪れたか分からない部屋の前で一人ごちる。

 進む足に迷いはなかったが、扉を開けようとする手には迷いが宿っていた。


 迷うこと十数秒、覚悟を決めて扉を開ける。

 懸念をしていたことは何も起こらず、誰もいない部屋が和幸を迎えた。


 持ち主が違えば、部屋の雰囲気も変わってくる。和幸がいたころとはまるで違う空気を作り出しているものたちを横目に進み、テーブルの上に鞄を置いた。


「この部屋に天晶が置いてあったり……なんて」


 もし仮にそうだとしても、探し回るなんて迂闊な真似はできない。

 せめて何か情報を得られないか、と動かした視線が不自然に揺れる影に気付いた。


「――っ」


 鋭い一閃をほとんど反射で避ける。すかさず放たれる一手もまた避けながら、下手人を見る。


 無機質な目を持つ小柄な少年。小学生と言われても頷いてしまいそうな外見の少年は、小学生とは思えない剣撃で、和幸に襲い掛かる。

 風を切る音すら聞こえない、隠密に特化したような剣撃だ。


「おっ、私は、ここの、使用人でっ、と。し、紫苑さんに……」


 有り得ない速さの剣撃を必死の思いで避けながら、なんとか会話しようと試みる。

 いつも以上に無機質な目は、当たり前のようにそんな優しさを持ち合わせてはいなかった。


「無断で侵入した者を殺すように言われているので」

「それはまた横暴な」


 うっかり足を踏み入れただけで殺されるなんて堪らない。


 それだけ、大切なものがこの部屋にあるのだろう。

 そう推測するのは一瞬、後方に下がるように避けていた和幸は鍵を開けた窓から外へ飛び下りる。


 そのまま落下する気配を術で作り出し、和幸自身は下の階のベランダへ着地した。

 息を殺し、気配を殺し、飛び下りる少年の気配を確認してから息を吐いた。


「こわ、かった」


 視線だけじゃない。斬り込まれる剣撃一つ一つに射殺さんばかりの殺気が込められていた。

 あのまま続けていたら、間違いなく殺されていたに違いない。


「急に落ちてくるからびっくりしましたよ。どうしたんです?」


 聞こえた声に反射で身構えた和幸は向けられる無邪気に力を抜いた。


「上は確か、至さんの部屋ですよね。ははーん、うっかり侵入して健兄さんに見つかったんですね」

「似たようなものだから否定しないよ。……健を敵に回した恐ろしさを身を持って知った気分だ」


 本気で手合わせをしたことは幾度もある。本気とはいえども手合わせ。

 殺すために放たれた剣撃とは雲泥の差がある。そもそも健は実戦で実力を発揮するタイプだ。


「剣術だけだったのは救いだったな」


 術まで使われていたら、本当に手も足も出ない。


「ご愁傷様です。でも、大丈夫なんですか。今、難を逃れていたとしても、それで終わりにはならないでしょう?」

「そうなんだよな。健があれで終わらせてくれるわけないよな。なんなら、今も探し歩いてるだろうし」


 飛び下りる間際に幻惑系の術をかけてはみたが、健相手にどこまで効果があるかは分からない。ああいう術はあまり得意ではないのだ。


「どういう経緯でそうなったか聞いても?」


 特別隠すようなこともなかったので、紫苑に頼まれたことを話した。


「なるほど、なるほど。上手いこと嵌められたってわけですか。ご愁傷様です」


 先程よりも笑みを含んだ言葉を半眼で見返す。


「潜入捜査歴で言えば、僕が先輩ですし、仕方ないので僕がいいものを貸してあげましょう!」


 やけに得意気な悠は懐から指輪を取り出した。一目で安物だと分かる指輪だ。

 単なるアクセサリーではないのは一目瞭然で、何かの術がかけられているのが見て取れた。


「妖具か?」

「妖具もどきって言った方が正しいですね。一回こっきりしか使えないんですけど、性能はピカイチですよ」


 悠の説明を聞いて、以前、健がそういう道具を作っていたのを思い出した。

 お馴染みのあの部屋に試作品らしきものが転がっているのを幾度も見たことがある。

 健謹製のものなら、確かに性能を信用できる。


「それで、その指輪はどんな力を持っているんだ?」

「まあまあ、見ていてください。起動――幻惑世界四〇%」


 指輪が光り、屋敷全体を何かの術が包み込む。


「これで王様の存在は朧げになったと思いますよ。八潮さんが手引きしてるなら、これくらい事前に施してあると思ってたんですけどねー。危険な場所に送り込むってのに不親切ですね」

「……こんなに大規模な術を使って大丈夫なのか」

「大丈夫ですよ! これはそういう術なので」


 詳しく話すつもりがないらしい笑顔にため息を返す。何というか、和幸の周りにはこういう人間ばかり集まっている気がする。

 含んだ表現ばかりする秘密主義者がちょっと多すぎはしないか。


「とりあえず、今はお前の言葉を信じておくよ」


 信頼とは違う意味で紡いだ言葉に、悠は瞬きを一つして無邪気な笑顔を見せる。


 ●●●


 春野家の屋敷、今は泉宮至が暮らす屋敷で開かれたパーティーに清雅は参加していた。

 清雅の中にはいつだって歪な野心が渦巻いている。利用できるものは利用して、必要なものをすべて集めてより高みへ昇っていく。


 今は至が貴族街のトップに君臨する人物で、近付こうと思うのは清雅にとって自然なことだ。


「この度はこのような席にお呼びいただき、ありがとうございます」


 幾人もの人間を騙してきた皮を被って、挨拶を口にする。返される笑顔も、清雅と同種のものだ。

 同類か、と心中で呟き、清雅は続ける言葉のために口を開く。


「至様は占い師の噂を耳にしたことはありますか」

「占い師、か。生憎、そういったものには疎くてね」


 そう返した至にそっと清雅は笑みを深める。


「とてもよく当たると評判でして……鳳家も先の一件で助けられました」


 鳳家が桜宮一族の末席に連なることになったことは、もうすでに広く知れ渡っている。

 その裏にあった不祥事で清雅の弟が亡くなったことも。


 清雅は弟を切り捨てることを選び、鳳家の評価を落とすどころか上げた功労者だ。

 その肩書きがあるからこそ、至も耳を傾けようと思ったのだろう。


「ふむ、中々に興味深い話だね」


 吊るした餌に獲物がかかる感覚を味わいながら、清雅は愛想笑いを続ける。


「私の功績だと言われていることすべて、その占い師の指示に従っただけなのです。まるで、予言でもするかのようにすべてをピタリと当てて……きっと至様の力にもなってくれるでしょう」


 向けられる目が続きを促し、清雅は雄弁に言葉を紡いでいく。


「もし、何かトラブルに心当たりがあるなら、ここに」


 そう言って、件の占い師の連絡先が書かれた紙を渡す。至は当然のように受け取った。


 清雅は歪んだ野心を持っている。強い方へ、生き残る方へついていくのは自然なことだ。

 たとえ、清雅自身が上に立てずとも、裏で人を陥れ、持ち上げるのは心地いい。自分が利用されていることすらも、清雅の気分を高めていく。


 これが味わえると思ったからこそ、清雅はあの悪魔の手を取ったのだ。

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