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3-3

 健の五感は人よりも優れている。

 聴覚にせよ、嗅覚にせよ、触覚にせよ、味覚せよ、常人を遥かに超えているといっても過言ではない。唯一、視覚を除いては。


 といっても、現代っ子の平均的な視力なだけで、眼鏡やコンタクトでどうにかなるレベルだ。

 視力が悪いだけで、()()()()()()()()()()ので、どちらもつけていないわけだが。


 ともかく、健は五感の中で一番視覚から得られる情報を信用していない。

 つまり、今この状況は特別ピンチというわけではない。


「とりあえず、治療はしましたけど、決闘までには治らないと思いますよ」

「予想はしてたから大丈夫。油断した俺が悪いんだし」


 そのことに申し開きはない。

 今回のことは完全に油断しきっていたとしか言いようがない。妙な胸騒ぎをするせいか、最近はなんだか調子が出ない。


 言い訳だと言われたらそれまでだが。


「そろそろ誰にやられたのか話してもらえますか」

「顔を見てないからわからないよ」


 疑り深い目で見つめる悠に返す健は変わらずの無表情。

 そこから嘘だと見抜いたわけではなく、長年の付き合いからそんな気がするだけだ。

 問い詰めたところで答えてくれないことも、悠は長年の付き合いから理解している。


「健に聞くより陰鬼に聞いた方が早いだろ。な、護衛君?」


 護衛としてついていながら役目を果たせなかったことを責められ、陰鬼は頭を下げるしかない。

 いつものように計画のうちとは違う怪我。健の調子が悪いのなら周りがより気を引き締めなければならないのに。


「まあまあ。それより王様、手合わせお願いしてもいーですか」

「俺は構わないが、いいのか?」

「目が見えないくらい問題ありません。むしろ、決闘まで慣れないといけませんし」

「それもそうか。龍馬、準備を」


 一礼し、部屋を後にする側近を横目で見届け、健へ向き直る。


「本当に大丈夫なんだろうな」

「心配性ですね。大丈夫ですよ」


 健にとって目が見えないことは大した問題ではない。




 場所を広間に変えて、健と和幸は向かい合う。

 こうして手合わせするときはいつも真剣でしている二人だが、今日はより決闘に近い形を意識して模擬剣を手に持っている。


「一から三の型を使った方がいいか」

「そーですね。俺は一の型を使いますよ」


 慣れない重さを確かめるように素振りをしていた健は構えをとる。

 この広間で手合わせをしたことは幾度もあるが、こうして構えている健を見るのはいつぶりだろう。

 剣術の授業で見る機会が増えたそれはやはり小さな感動を齎す。


「術の使用がないなら結界は必要ありませんね。では、僕が審判をしますね」


 構えて向かい合う二人を順繰りに見つめた悠が口を開く。


「始め」


 響く声と同時に二人は動き出す。

 先に仕掛けたのは和幸だ。鋭い剣撃を予知していたように少ない動きで避けてみせる健。


 健の目は変わらず見えていないままだ。悠の手で丁寧に巻かれた包帯が完全に光を奪っている。

 それでも健の動きは見えていないことを忘れさせるほどに洗練されている。


 見えているのだ。

 模擬剣が斬る空気の流れを。踏み込んだ足の音を。微かな衣擦れの音を。


「本当に人間離れしてますよね」


 高速で繰り広げられる攻防を見ながら悠が呟いた。

 普通の人なら模擬剣がぶつかり合う音を聞き取るのが精一杯のそれを悠の目はきちんと追っている。


 以前、良の前で披露したときよりも数段速い動き。

 それを目が見えない状態で行っているなんて人間をやめているとしか言いようがない。


 オーソドックスな一の型に紛れて、攻めを得意とする二の型の動きを取り入れる和幸。


「地味に腹が立ちますね」

「いつもお前がやってることだろ。少しはこっちの気分も味わえていいんじゃないか?」

「まぁ、そーですね」


 普段の健を知っている者には明らかなほどに今の健は戦いにくそうだ。


 自分用に調整した武器が使えず、桜流剣術第一の型のみという縛り付きで、術の使用が禁止されている。

 健の強さを支えているものを封じられた現状で和幸に勝てるわけがない。


「王様って正統派な戦い方でも強いですよね」


 目が見えていないのとは別の理由で押され気味の健を見ながら悠が呟いた。


「幸は元々、正統派だったからな。それでも勝てない化け物を相手するため、邪道の戦い方も覚えたわけだが」


 独り言同然に吐いた言葉に声が返ってきたことに驚いて、悠は隣を見た。

 そこに立っていたのは長身の女性。赤銅色の髪を高い位置で結び、鋭さを宿した目が印象的だ。


砂鬼(しゃき)さん、いつ来たんですか」

「ついさっきだ。手合わせをしている音が聞こえたものでな」


 紅鬼衆の一人、砂鬼。何を隠そう、最初に健に剣術を教えたのは彼女である。

 砂鬼の教えを基盤に健は独学で今の強さを手に入れた。


「健は技術だけなら申し分もないが、いかんせん体格がな。こればかりはどうにも」

「ああ……」


 今年で十六になるというのに健は未だに小学生と言われても頷ける見た目をしている。

 なんて考えていたら、冷たい健の視線を受けた。もしかしたら砂鬼との会話を聞かれていたのかもしれない。


「なんというか、健兄さんはそれがいいハンデというか、それでバランスが取れている気がします」


 体格に恵まれ、虚弱体質でもない、健康優良児な健を思い浮かべる。

 今までもチートとしか言えない健のハンデが消えた状態。


「……でも、僕は」


 息をあがらせた健を見ながら、悠は丸い目を細める。


「そっちの健兄さんの方がいいなあ」


 何度言っても無茶をするのなら。簡単に自分を犠牲にしてしまうなら。


 身体が丈夫な方がまだ安心できる。やっぱり心配はするだろうが、安心はできる。

 健の在り方が変わらないのなら、身体だけでも変わってくれたらいいと。


「そろそろ決着もつくか」


 わずかに鈍り始めた健の動きを見て砂鬼が言った。

 流石の判断の一言で、砂鬼の言葉から一分も経たずして健の首筋に剣先が突き付けられる。


「これだけできれば決闘でも問題ないんじゃないか」


 突き立てていた模擬剣を下した和幸の言葉に返ってくるのは乱れた呼吸だ。

 体力を使い果たしたらしい健は肩で息をしながら、床に座り込む。


「大丈夫か?」

「はぁ……っちょっと、やすみ、ま……す」


 辛うじてそれだけ言った健の身体がぐらりと傾く。慌てた和幸の手の中におさまった健は安らかな寝息を立てている。ほう、と小さく息を吐いた和幸。


「その高さなら倒れても問題ないだろうに。相変わらず過保護だな」

「僕も気持ちは分かりますよ。眠っているときはより無防備に見えますからね」


 実際は起きているときよりも防御力は高い。

 常にまとっている結界は健が眠ると強度が高くなる仕様になっているのだ。


「健の目の怪我、お前はどう考えている?」

「単に気が緩んだだけって話ではないと思います」


 答える悠は曇らせた表情で胸の辺りを押さえる。


「僕も最近、調子が悪いんですよね。なんというか、鬼神が遠く感じるというか」

「言われてみれば、あたしもいつもと違う気がするな」

「俺は特に感じないが」


 明らかに調子を崩している健と悠。なんとなく違和感を感じている砂鬼。陰鬼も同じようだ。

 そして何も感じていない和幸。


 この違いは一体何なのか。それは次の悠の言葉で明らかになる。


「肉体的に鬼神の影響を受けている度合いによるのかもしれませんね。僕や砂鬼さんたちは身体能力界隈で影響を受けていますし。王様の場合、繫がりは強くても、肉体的な影響ないでしょう?」


 悠は見かけによらず、高い身体能力を持っている。その下敷きになっているのは鬼神の力だ。鬼たちも似たようなものだ。


 対して和幸は鬼神の力の一部が使えるだけ。

 どちらにせよ、日常生活では大した支障はない。支障があるのは和幸の腕の中で眠っている少年だけだ。


「鬼神の力を妨害、いや、この場合は制限されているとして、それができるのは……」

「健兄さんではないのなら一人しか思いつきませんが」


 思えば、健はその人物の関わりを気にしている素振りがあった。そうだ、と確信していたわけではないのが妙に引っかかる。


「お前、何か聞いていないのか」

「聞いていませんよ。健兄さんは基本的に必要なことしか話してくれませんので」


 全容を知らないまま、作戦に協力することも珍しくない。

 別に知らなくても、作戦は機能するし、好きに利用されたってところで悠は構わない。


「そうやってこそこそ話してないで、起きたら聞けばいいだけの話じゃないか?」

「それもそうですね。ちゃんと答えてくれるかはともかく」

「そうだな。はぐらかされるだけのような気もするが」


 信用できるけど、信用できない健という共通認識を確認するように顔を見合わせる。

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