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3-2

「決闘することになったらしいな」

「お耳が早いことで」


 執務室に入るやいなやかけられた言葉に半眼で答える。


 食堂で決闘を申し込まれてから二日が経ってからの来訪である。

 至の仕事は早く、すでに決行日や対戦相手他、細かい条件はすでに話し合いで決められている。それを含めて、和幸の耳に届いているようだ。


「まさか、お前が決闘することになるとはな。いつもなら断ってただろ」


 言外に「何かあったのか」と聞かれて、「別に」と素っ気なく答える。

 なんでこの人はやたらと自分を気にかけるのか、正直理解に苦しむ。こちらに注ぐ心の一欠片でも他の人に向けたらいいのに。


 それを口にしても、和幸を傷つけることだけなのはわかっているので、健はただ言葉少なに返すだけ。


「泉宮家の坊ちゃんか。そこまで強引な手をするようには見えなかったがな」

「同感です。まあ、性格は悪そーですよね。悠ほどではないにしろ」

「そうだな。悠には負けるが」


 悠の性格の悪さを共通認識として確かめ合い、どこか張りつめていた空気を消し去る。


「対戦相手は西園寺家の子息だったか」

「去年の優勝者らしーですね。同じ一学年ということで選出されたよーですよ。三学年の泉宮さんじゃ、フェアじゃないとのことで」


 健からしてみればどちらでもいい。

 新入生だから、といくつかハンデもつけてくれたが、なくても負けることはないだろう。

 桜稟アカデミーの生徒の中で健に勝てる者はそういない。


「ハンデをつけてくれるのはありがたいので素直に受けますけど。絶対に負けないと驕る気もありませんし」


 自分の力を過信して足元をすくわれることのないよう気は緩めない。

 力量の差が簡単に覆されてしまうハンデを健は生まれながらに持っているから。


「西園寺さんの情報、何か知らないんですか。弱点とか」

「それはお前の専門だろ。でも、そうだな。……確か、桜流剣術の一から三の型を使えるとかだったか?」

「へー、優勝者なだけありますね」

「後は……星に婚約を申し込んでたくらいだな」


 悪戯心を宿らせた和幸の言葉に健は「へぇ」と期待外れすぎる反応を返した。


「素っ気ないな。嫉妬とか、動揺だとか、してくれてもいいんだぞ」

「俺との婚約を公表していない以上、珍しーことでもないでしょー。星の意思を無視して婚約なんてこと王様がしないの分かってるし」


 子供たち意思を尊重するのが和幸のスタンスだ。

 貴族街では珍しく、和幸は素直な愛情を子供たちに向けており、それを叶えるだけの金も権力も持っている。


「星がその人がいいって言ったらどうするんだ?」

「そんなこと、ありえませんよ」


 星が心変わりする可能性を微塵も想像していない口振りで答える健。

 常にあらゆる可能性を想定して動いている健らしからぬ姿だ。


「まぁ、仮にそんなことになるとしたら、それでいーのかもしれません」

「本当にお前はそれでいいのか」

「もちろん。俺は星を幸せにできませんから」


 淡白な物言いから健の真意は読み取れない。

 どこか遠くを見るような無機質の目を幾ばくか見つめ、和幸は息をついた。


 言いたいことはたくさんある。けれど、健と星の関係は他人が口出せないほどに強固で複雑なものだ。


「星が俺以外がいいって言うならそれでいい。星が幸せならそれで――そーでない相手なら容赦はしないだけです」


 変わらないトーンで紡がれた言葉を聞いて、背筋が凍る思いがした。


「というか、脱線しすぎじゃないですか」

「ん、じゃあ軌道修正するか。といっても他に情報もないからな」


 兄の和道と違って、和幸は生徒一人一人に特別な愛着を持っていない。

 春野家当主の仕事の一環でしかなく、気分的には名誉理事長みたいなものだ。


「俺が誰かに調べさせるより、お前自身のツテを使って調べた方が早いし、確実だろ」

「そんな労力を割くほど欲していませんよ。ところで、本当に今は処刑人の仕事ないんですよね?」

「そんな嘘を吐いて何になると言うんだ……?」

「いえ、あれならやりそーだなと思ったもので。でも、そーか。違うのか」


 ふむ、と考え込む健に和幸は疑問の目を向ける。少し遅れて和幸の視線に気付いた健は迷う素振りを見せながら、息を吐き出すように言葉を紡ぐ。


「ちょっと嫌な予感が……もやもやするというか」


 胸の辺りを軽く触れて、健は珍しく難しい顔を見せる。


「お前の勘はよく当たるからなぁ」


 聞きたくない、と健は軽く頭を振る。


「王様が知らないならそれでいーですよ。少し気にかけてくれれば」


 最後にそれだけ言って健は春野家を後にした。

 健が春野家を訪れるのは癖のようなもので、一桁の年の頃から続けている習慣のようなものだ。


 短い人生の中で一番長い時間を過ごした場所ということもあって、定期的に訪れないと落ち着かない。心に隙間ができたような、物足りない気持ちになるのだ。


「文月さん?」


 嘲りと笑声、そして時折混じるのは涙ぐんだ苦悶の声。

 やめて、と必死に訴える声に悪意に満ちた声が重なる。


 そこにはただ悪意だけが満ちていた。渦巻く空気が黒く澱んでいるように見えて、健は顔を顰めた。

 中心にいるのは健もよく知っている人物で、


「オレ……オレは、またっ」

「なーに、泣いてんだよ。ミナちゃん」

「いつもみたいにポイント分けてくれたら、俺らだってこんな手荒なことしなかったんだぜ?」


 壬那がこうしてたかられていることは噂で知っている。

 学業の成績はトップレベルである壬那は体格のせいで剣術の腕はいまいちだという。

 努力しても結果が追い付かない。授業のときも彼らに手酷くやられているという。


「ほらっ、早く分けてくれたら、これ以上痛いことはしないって」

「いや、だ……ぐえっ、やめ」


 アカデミーでは何よりも身分がものを言う。身分が高いものの所業ならば、教師も生徒も多くが見て見ぬふりを貫き通す。


 身分はともかく、ああ言うタイプをいちいち相手するのが面倒なのは健にも分かる。

 それくらい、アカデミーではよく見る光景だ。今回はたまたま知り合いが標的なだけで。


「ごめんね。俺はそこまで善人じゃないんだ」


 小さな声で呟き、もう視線を寄越すこともなく通り過ぎる。

 澱んだ空気が漂うこの場所から一刻も早く遠ざかりたかった。


「――!」


 気配を感じた。健がもっとも嫌いで、もっとと恐怖する白い気配。

 寮の方へと向けていた足を止めて、踵を返した。


「面白いことしてますね、先輩?」


 一度通り過ぎた場所へ立ち、営業スマイルで問いかけた。


「なんだよ、おチビちゃん。似た者同士、放っておけなかったのか」

「どーでしょーね」


 惚ける健に視線が集まったと同時に二人の身体が崩れ落ちた。

 それらに目もくれない健は白い残滓がないことだけを確認し、すぐに去ろうとする。


「し、しょ」


 その声に振り返ったのが間違いだった。

 視界が赤く染まった。切られた片目を押さえながら、下手人を見つめる。

 顔や制服を土や血で汚した小柄な少年が白い気配をまとって立っていた。


「まさか、貴方の方だったとは。驚きましたよ、壬那さん」


 少し前までしつこく弟子入りを志願していたその人物へ、口元だけの笑みを浮かべる。


「すみません、師匠。これは俺が強くなるために必要なんです」


 苦しげに歪んだ顔を見せる壬那が振り下ろすナイフ。白銀に輝くそれを片目だけで巧みに避けていく。


 今までの努力が窺えるほど的確に繰り出される攻撃を、これまた的確に躱し続ける。

 しかし、片目だけではやはり限界がある。死角から放たれた攻撃にコンマ数秒遅れて反応する健の視界で影が動いた。


「……っ」


 倒れていたはずの二人が不気味に体を揺らしながら健へと襲い掛かる。

 ゾンビのような姿を見せる二人を足払いで崩した健に銀の一閃が迫っていた。

 再び、視界が赤く染まった。痛みに顔を顰めた横で、目的を果たしたらしい壬那の足音が遠ざかっていくのを、ため息とともに聞いていた。


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