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神生ゲーム~鬼が舞う諧謔曲(スケルツォ)~  作者: 猫宮めめ
貴族街集団洗脳事件

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38/111

3-1

「弟子入りさせてくださいっ!」

「お断りします」


 教室を出るや否や、かけられた言葉に逡巡の余地もなく答える。


 こうして断ったのは通算で何回目になるだろうか。


 桜稟アカデミーに二学年、文月壬那(ふづきみな)。小柄で女性的な顔立ちである彼はことあるごとに健の前に現れて、こうして弟子入りを志願している。正直、苦手なタイプだ。


 何度頭を下げられても健の意思が変わることはなく、早く諦めてくれることを心から願っている。


「俺よりも相応しい人はたくさんいると思います」

「オレは貴方がいいんです。稟王戦を見て感動したんです。オレよりも小さいのに果敢に挑んで――」

「用があるので失礼します」


 熱弁しようとする壬那の横を通り過ぎれば、必死に追いすがる気配がする。


「少しでも話を! 期間限定のスイーツを奢りますから」


 これから行く先を知ってか、知らずかの申し出。


 壬那はいつも健の行く先々で待ち構えている。

 受講している授業を調べれば、特別難しいことではない。健の行動は意外にも単純で、数日観察でもしていればすぐだ。


 とはいえ、健は壬那には単純だからと、簡単だからとは違う何かを感じる気がする。


「間に合っています」


 何かを感じるから、と妥協する理由はなく、健は断る姿勢を変えない。

 いよいよ壬那は諦めたらしく、もうついて来ない。どうせ、明日になったら、また来るのだろうが。


 ともあれ健は食堂へ向かう。今日から期間限定のスイーツが販売されるのだ。

 お菓子店の激戦区となっている史源駅前に気軽に行けなくなってしまったので、ここでまかなうしかない。


「アカデミーもレベルは高いし」


 優秀なパティシエを雇っているだけはある。和菓子がないのは少し不満ではあるが。

 期間限定メニューの一覧を前に、健は真剣に吟味する。


 アカデミーでの売買はすべてポイントで行われている。稟王戦優勝の賞金があるとはいえ、節約は大切だ。


「どの道、すべて食べるんでしょうに……」

「それはそれ」


 呆れた口調の陰鬼に小声で返しつつ、今日食べるスイーツを決める。

 ピンクに飾られたケーキをお盆に、定位置ともなっている座席に座った。


 食堂の隅。窓際であっても、見える景色はお世辞にもいいとは言えない位置だ。

 見晴らしいい席はアカデミーの中での地位が高い者専用の席というニュアンスが強く、迂闊には使えない。


 場所に頓着しない健はただ目の前のケーキを味わうことに集中する。


「よかった。被らなくて」

「キング、何ですか、これ」


 苺風味のクリームを舌の上で溶かしていた健は目の前に置かれたものを見て、目を丸くする。

 置かれたのは、これもまたピンクに彩られたプリンであった。上にフルーツが美しく飾られている。


「今日からだって聞いたから。好きだろう?」

「好きですけど、なんでまた急に。頼み事があるとか?」


 例の一件から遠慮がなくなった優雅は当然のように前の席に腰掛ける。


「なんとなく、かな」

「なんですか、それ。まぁ、貰いますけど……あ」


 小さな声が零した健の視線が見慣れた集団をとらえた。

 女子二人、男子一人の組み合わせの彼女たちは優雅と同じく当然のように席に着いた。


 所謂、いつもの面子という奴である。気がついたときにはいつもこのメンバーが集まっている。

 徐々に傍にいる人間が増えていく事実に疑問符を浮かべながら、気にしないことにした健はケーキを口に運ぶ。


「それ、おいしそうだね。私も頼めばよかったかな」

「一口、食べる?」


 自然の流れで差し出されたフォークを咥える星。

 貴族社会において、はしたないと窘められる行為でも気にしない星は口の中に広がる甘さに破顔した。


「相変わらず二人の世界だねぇ」


 茶化す夏凛の声にも星は嬉しくてしょうがないという表情だけを見せる。


「そういえばさっき文月先輩を見たよ。まだ断ってるの?」

「受ける理由がないからね。早く諦めてくれるといいんだけど」


 今のところ、まったくその気配がないことはため息をつかざるえない。


「文月先輩って健君に弟子入りしたいって言ってる人だっけ」

「物好きですよね」

「俺は気持ちわかるけどな」


 ぽつりと呟かれた良の言葉に、健は信じられないものを見るように目を細めた。


「なんていうか、健の生き方というか、強さというか、そういうのにすごく憧れるんだよね。健を見てると足踏みしてばかりの自分が情けなくなる」

「分かるよ。でも俺には遠すぎて、手を伸ばすことすら烏滸がましくて、何もできないまま立ち止まることばかり選んでしまって……」

「二人は俺を買い被りすぎだよ。俺はそんなに強くない。与えられた時間を無駄にしないように生きているだけだよ」


 謙遜とは違う言葉を吐く健は静かな空気を作り出す。

 いつも以上に浮世離れした雰囲気をまとう健。自ら距離を取るような空気すらある。


「そういえば昨日、夏凛と一緒にタルトを作ったんだ。後で健の部屋に持っていくから、みんなで食べて」

「一緒にって言っても、ほぼほぼ星が作ったようなものだけどね」


 無理矢理に話題を変えるような星の声はまるで元の流れだったように浸透していく。


「何タルト?」

「内緒。楽しみにしてて」


 隙さえあれば二人の空間を作り出す健と星の二人。

 完全に空気に塗り替えられたことで、いつものように和気藹々とした会話が繰り広げられる。


 平穏な日常。今は特に処刑人の仕事もないので久しぶりにゆっくりできる時間を堪能している。

 そう長くは続かない予感には気付かないふりを貫く。


 しかし、平穏を壊す足音はすぐそこまで近付いていた。


「歓談中、失礼するよ。少し話をさせてもらいたいのだけれど構わないかな」


 食堂の騒めきの原因が近付く気配に気付かないふりをしていた健は静かにそちらへ目を向ける。


「何の御用でしょーか」

「少し君と話してみたくてね、岡山健君。僕は泉宮至(いずみやいたる)、三年だよ」

「初めまして。お噂はかねがね伺っています」


 泉宮至といえば、今の桜稟アカデミー内の最大派閥のリーダーである人物だ。

 アカデミーの中心人物とも言える人間が話しかけてくる状況は嫌な予感を増長させる。


「この前の稟王戦、見させてもらったよ。君ほど優秀な人材はそういない。よければ、うちの派閥に入らないか?」


 至の一言一句、聞き逃さないように耳をすませていた生徒たちの間にどよめきが生まれる。


 最大派閥のリーダーが直接勧誘しにくることなんてそうそうない。ましてや、入学してまもない新入生がその対象なのだ。

 こんな栄誉、当然ながら断る選択肢なんて、


「そう言っていただけるのは光栄ですが、お断りさせていただきます」


 普通ならないのだろうが、健は寧ろ逆だ。断らない選択肢なんてない。


 最大派閥に所属すれば、アカデミーでの生活は保障される。その上、その中で上手く立ち回れば、卒業後も使えるコネクションが得られるのだ。

 そんな大きな利点たちは、健にとっては一切意味をなさない。


「はっきり断るものだね。理由を聞いても?」

「今はまだ友人たちとのんびり過ごしていたいもので」

「ふむ。どうやら意志は固いようだね」


 思ってもないことを口にする健へ、物分かりのよさを見せる至。

 これで引き下がってくれたらいいと願いながら健は愛想笑いを貫く。


「ならば、一つ決闘をしないかい? 僕が勝ったら君は僕の従者になってもらう。君が勝ったら何でも望みを叶えてあげよう。どうかな」


 示された条件に健のメリットは一つもない。

 当然断るつもりで口を開きかけた健は深められた至の笑みにそっと噤んだ。


「僕の家は一族の中でも力がある方だ。君の友人を潰すことくらい簡単だよ。ここでも、外でも」


 そっと囁かれる言葉は優しい笑顔に黒い光を宿る。どうやら至は見た目以上に強かな性格のようだ。

 どんな脅しをかけられたところで、健にはそれを封じられる術がある。


「君は新入生だし、もちろんハンデをつけるよ」

「……分かりました。その決闘、受けさせてもらいます」


 断る理由をいくつも頭の中に思い浮かべながら、そう口にした健の言葉に至は目元を和らげた。


「詳しくはまた連絡するよ」

「はい、お待ちしています」


 最後の最後まで愛想笑いで乗り切った健は小さく息をつく。


 面倒なことになった、と。


 処刑人の仕事がなくなったと思ったらこれである。世界は健に休ませる気はないのかもしれない。

 いや、ないのだろうと純白の存在を思い浮かべて息をつく。


「断ると思ってたよ」

「俺も断るつもりでいたけど……まぁ、いろいろ考えた結果かな。諦めてくれる気もなさそうだったしね」


 それとない言葉を選んで良に返せば、ふと星と目が合った。


「大丈夫?」

「大丈夫だよ」


 短い問いかけに短く返す。

 問題に起こす必要もない。決闘をしかけられたのなら、勝てばいいだけの話だ。


「それにしても何でそこまで健君にこだわるんだろうね。稟王戦を見て、優秀だと思うくらいなら他の人でもいいのに」

「それ以外の俺の価値を知っているんだと思いますよ。一族の人間なら不思議はありません」


 十にも満たない頃から健はほとんど毎日、春野家に通っている。毎回、顔を合わせているわけではないとはいえ、和幸と強い繋がりがあることは貴族街ではかなりの強みだ。


 入り浸っていること自体は隠していないので、それを目的に近付いて来る者は今までもいた。

 至以上に面倒なタイプも、強引なタイプもいた。別に珍しいことではない。


「なるほどねぇ。泉宮家はかなり力のある家だし、星と婚約してることも知ってる可能性もあるって、こと」


 その言葉を聞いて、やっぱりと納得を顔に映した優雅を見て、夏凛はしまったと口を閉じた。


「そういえば鳳君は知らなかったんだね」

「ほんっと、ごめん。一緒にいることが多かったから知っているような気がして」

「気にしてませんよ。キングも薄々気付いていただろうし、そこまできっちり隠す気もありませんでしたから」


 面倒事を避けるために隠しているだけなので、優雅に知られることくらい問題はない。

 正直、健も夏凛と同じように、優雅には話している気でいた。


 当事者二人が気にしていないことに救われたように、夏凛はもう一度「ごめん」と謝る。


「ともあれ、場合によっては良とキングに手合わせぐらいは協力してもらうからよろしくね」

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