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2-19(幕間)

 話が一区切りついた執務室には三人の人物が残っていた。

 部屋の主である和幸とその側近である龍馬、そして悠の三人。少し珍しい組み合わせだ。


 扉の奥にある小部屋にも健がいないことも踏まえればかなり珍しい。


「それで話ってなんだ? まさか、さっきの続きをするわけじゃないだろうな」

「そんなことはしませんよぅ。ちゃんと大事なお話です」

「……」


 象徴たる無邪気さを前に和幸は信用しないという結論に至る。

 手綱を握る健がいないと悠はいつも以上に警戒しなければならない。


「そういえば優雅と梓が少し余所余所しかったけど何かあったのか」

「あからさまに話題を逸らしにきましたね、いいですけど」


 不満を表すように頬を膨らませ、ジト目で見つめる悠。ポーズなのは分かっているので無視だ。


「僕が健兄さんの弟じゃないと知られてしまったんですよ。聞くに聞けなくてどうしようって感じですかね」

「体格も顔立ちも言うほど似てないからな。バレても不思議はない」

「そっちじゃないですよ!? いえ、そっちもなんとなくバレてる気もしますけど」


 否定する悠の言葉に怪訝な表情を見せて、すぐに得心がいったように頷いた。日本語とは難しいものだ。


「同類扱いされてすごく不服でした」

「ああ、大菅凛斗か」


 彼女は性というものに対して強い思いがあったという。己の身体を弄って、中性を極めていたという。

 身体を弄って、という点だけ言えば、確かに悠と同じ。違うのはその理由。


「傍から見れば、似たようなものって感じもするが」

「全然違いますから!」

「分かってるよ」


 食い気味の反論に気圧されるように頷く。


「王様は物分かりがよくて好きです。全部知ってても、僕と健兄さんをちゃんと兄弟扱いしてくれますし」

「お前の逆鱗に触れたら面倒だからな」


 特にご主人様がいない悠を相手にするときは警戒を最大限に。


「逆鱗だなんて、幸様が間違っているときにしか怒りませんよ。よく知っているでしょう?」


 急に悠の雰囲気が変わる。


 無邪気から、人を振り回すような天真爛漫さへ。やたらと説得力のあるその佇まいは和幸もよく知っている。

 かつて和幸付きの使用人をしていた少女、紫ノ宮由菜がそこにいた。


 由菜であって由菜ではないその存在に和幸の胸は強く締め付けられる。


「怖い顔は幸様には似合いませんよ」

「俺がうっかりお前を殺す前にやめろ」


 にこやかな表情に凄んで返せば、天真爛漫さが無邪気さに取って代わる。


「うっかりで殺さないでくださいよ」

「別にいいだろ。殺しても死なないんだから」

「死にますよ!? 人を不死身扱いしないでくださいよ。少し丈夫なだけです」


 少し、の部分に疑問符を浮かべつつ、切り替えるためにため息をついた。


「そろそろ本題に入ってくれ」

「逸らしたのは王様の方ですけどねっ!」


 刹那だけの不満の色を宿しつつ、和幸へと向き直る。

 無邪気さの中に得体の知れなさをそっと零して、


「僕に協力してくれませんか」

「断る」


 逡巡する間もなく、はっきりと告げる。相手がつけ入る隙を与えない。


「即答しなくてもいいじゃないですか」

「俺はどちらかといえば、健の味方だからな。お前に協力はできない」

「そのわりに優雅さんをけしかけていたようですけど?」


 悠の言葉も一理ある。

 健の味方というなら、和幸の行動は矛盾していると言える。けれど、和幸の中ではきちんと道理が通っている。


「健の味方であっても、あいつのやり方を応援したいわけじゃない」


 ただ、健には幸せになってほしいという思いがあるだけだ。


 和幸は奪った側の人間だ。

 春野家当主になる道に縛り付け、処刑人になる道を選ばせた。


 いくつもの枷の中で健は自由に生きている。たとえ枷が増えて、鎖が短くなっても、涼しい顔で生きていく。

 監視役として奪ってばかりの和幸に、罪悪感を覚える間を与えないように。


「少しでも普通に生きてほしいって思っているだけだ。あいつは気にしてないし、俺の勝手な感傷にすぎないのは分かってるけどな」

「それが分かっているなら僕は何も言いませんよ。でも」


 すっと細められた悠の目に複雑な感情が宿る。


「健兄さんはむしろ自分が奪った側だと思っていますよ?」

「知ってるよ」


 健は優しい奴だから。


 彼の優しさは甘くて、麻薬のような中毒性がある。一度味わってしまえば、ずっとその優しさの中で生きていたいと思わせられるほどに。


「全部知ってるくせに、協力してくれないんですよね。王様も、星さんも」

「そんな目で見るなよ」

「見ますよぉ。なんでって思いますもん。健兄さんのこと、大切だって思ってるくせに」

「愛し方の違いだよ。俺はあいつの望みが叶うならそれでいい」


 和幸の言葉を聞いた悠は傷ついたような表情を見せる。

 揺れる目をすぐに伏せ、唇を震わせ、拳を握る。


「健兄さんがいなくなってもいいって言うんですか」

「俺だってあいつの考えが全部正しいとは思ってない。でも、あいつが間違っているとも言えない。簡単に言える問題じゃないだろ」

「それでも僕は間違ってると思います」


 無邪気で子供っぽい悠の芽にはよく涙が浮かべられる。

 どこか嘘っぽい今までとは違い、今の悠の目に浮かぶ涙は本物が込められていた。

 小さく笑みを作った和幸は優しく悠の頭を撫でた。


「中途半端に優しくしないでください」

「そんな冷たい反応するなよ。お前が健の考えを変えられたら、いくらでも協力してやる」


 そんな未来は正直、想像できないが。


 和幸の内心をなんとなく察した悠は小さく「いじわる」と呟いた。


 ●●●


 案内人だけを変えた面子で優雅は帰路についている。


 梓は使用人らしく二人の後ろ、少し離れた位置を歩いている。実質、健と二人きりのようなもので、優雅はその頃に緊張を宿らせている。

 和幸と話して、気持ちの整理はついたが、まだ緊張する心を完全に拭えたわけえはない。


「傷は大丈夫?」

「もうほとんど治ってますよ。そこまで深い傷じゃありませんでしたから」


 淡白とも思える返答をした健がふと立ち止まる。

 つられるように立ち止まった優雅を無表情で見上げ、その手を取った。


「いろいろと巻き込んでしまってすみません」


 仄温かい光が優雅の手を包み込む。その光が何かは分からないが、健が何をしようとしているのかは、分かったから反射的に振り払った。

 こちらを見る驚いた顔は少しだけ意外だった。


「怖がる必要はありません。キングにとって悪いことではないと思いますよ」

「それでも俺はその手を取れないよ。怖がっているわけではないから」


 怪訝そうな目がやがて、得心がいったように瞬きをする。


「悠辺りにでも唆されたか」

「少し話をしただけだよ。これは俺の意思だ」


 何を考えているか読めない目を見つめて告げる。


「――俺は健の力になりたい。健の友人になりたい」

「却下」


 覚悟を決めて告げた言葉を健は即答で切り捨てた。


 断られることは覚悟していたから、ショックはない。やっぱり、という苦笑が先に浮かんで、それで変わらない自分の心にやはり苦笑する。


「……強くなりましたね。好ましくない方向に」

「健がそうしてくれたんだよ」

「……」


 痛いところを突かれたように健は押し黙った。


「俺の心は遅かれ早かれ爆発していたんだと思う。きっとよくない形で。被害が少しでも小さくなるように、膨れ上がったものに穴をあけてくれたんだろう?」

「その結果、俺の身体にも穴があきましたけどね」


 皮肉のように言う健の言葉は、わざとらしく優雅を責めているようにも聞こえる。健の優しさだ。

 簡単に気付けてしまったから傷付く心はない。


「俺はキングを利用したかっただけです。鳳家に近付きたかっただけですよ」

「それならもっと他にやり方があったんじゃないかな」

「……」


 二回目。健から無言を勝ち取った。


 図星なのだろう。今回の事件を解決するためなら、もっと簡単な方法があったはずだ。

 健が怪我を負う必要だってなかった。わざわざ面倒な方法を取った理由すべてが優雅だとは言えないが。


「好きに解釈してください。とりあえず、悠はシメる」

「素朴な疑問なんだけど、どうして悠なの?」


 確かに悠とも話したが、優雅がこんな考えに至った理由は和幸だ。

 にもかかわらず、和幸よりも悠のことばかりを口にする健の姿は少しおかしかった。


「こーいう妨害の仕方をするのは大体、悠だから……」


 言葉の途中で考えるような素振りを見える健。


「もしかして王様ですか」


 その考えはなかったと顔に出す健に「どちらかと言えばそうかな」と笑みを返す。


 健は天才だ。頭も良いし、剣術の腕前は人並みを軽く超えている。

 何をやらしても完璧で、まるで機械のようだと思っていた。けれども健は思っていたよりも完璧ではないのかもしれない。


 気付いてしまえば、途端に健という人間を近くに感じた。


「やっぱり俺は健の友達になりたいよ。その優しさに応えたい」

「俺は優しくなんかないですよ」


 吐き捨てるように、それだけ言って健は再び歩き出す。数歩、歩いて立ち止まり、優雅の方へ目を向ける。


「置いていきますよ」


 一言、そう言う姿はやはり優しくて、優雅は破顔して後を追った。

第2章完結しました

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