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2-15

今回は短め……

 薄暗い屋敷を健は無言で進んでいく。人の気配が一つとしていないそこは、数年前から誰も住んでいない廃墟だ。


 暗殺組織によって、使用人も含めて全員が殺されたらしい。

 唯一の生き残りの存在のことも、その暗殺組織のことも健は知っているが、今は関係ないので割愛する。


 今回、用があるのはこの屋敷の地下だ。そこに清雅と薬屋がいるはずだ。


「ここだったかな」


 記憶にある地図を頼りに地下へと続く道を見つけ出す。

 付き従う陰鬼に確認のための一瞥をくれて、下に伸びる階段を下っていく。

 それほど長くはない階段を下りきった健は躊躇いもなく、光指す一室へ足を踏み入れた。


「よく来たな、岡山健」


 出迎えるのは背の高い男だ。優雅にどことなく似た顔立ちは、彼にはない強さを持っている。

 佇まい、表情、すべてが確固たる自信を表現している。


「鳳清雅だ。弟が世話になってるみたいだな」

「いえ、俺の方こそ優雅さんにはお世話になっているので」


 差し出された手を取り、偽物と分かる笑顔を張り付けた。


「処刑人の岡山健です。初めまして」

「隠さないんだな」

「バレていることをわざわざ隠すようなことしませんよ。手間は省く主義なので」


 表面的には友好的な握手を交わした健は改めて地下空間を順繰りに見る。

 手前で出迎えた清雅、そのさらに奥に薄汚れたローブをまとう小柄な人物が立っている。

 全身をすっぽり覆うローブのせいで、年齢も性別も分からない。


「それで、あちらの方が薬屋さんでいーんですか」

「ヒヒッ、そおだよ。ボクが薬屋さァ、ハジメマシテだね」

「初めまして、でいーんですかね?」


「おやぁ、気付いてたんだ。さっすが処刑人クンってところカナ。あの方が警戒するだけはある」

「気付いたのは今ですよ。気配が運営の彼に少しだけ似てましたから」


 親しげに話しかけてきたのはそういう性格なのだと思っていたが、実際は健に接触するためだったのだろう。

 当たり障りのない会話の中に何かを探る気配はなかった。ただ話すことが目的だったのだ。


「気配も改変してたはずだけど、分かっちゃうんだ。その頭の中、解剖してみたいなァ、ヒヒッ」

「改変……なるほど。それが貴方が与えられた力ですか。変質と言ってもいーかもしれませんね」


 似ても似つかない薬屋と稟王戦運営を務める青年の姿。

 それは帝天によって与えられた能力によるものだという明快な答えで片付け、改めて薬屋と向かい合う。


 ここに来た理由を果たすために行動を起こさんと――。


「そうだよ。ボクがそうしようと思えば、どんなものも変えられる。ヒヒッ、ぐにゃぐにゃってさァ」


 高らかに宣言するような薬屋の声を最後に健の意識は途切れた。


 ●●●


 響き渡るインターフォン。いつもなら知世が先に出るところだが、今日はたまたま優雅が玄関の近くにいた。

 近くにいた者が出るのはとても自然なことだ。


 たまたま、偶然。そのはずなのに狙ったのではと思わされたのは、


「どうも、鳳優雅さん」


 メイドをまとったその人物が、扉を開けたと同時に言い放ったからだ。

 聞き覚えのある声は聞き覚えのない響きを持って知らない声のように思える。


「どちら様ですか」


 声にも、顔立ちにも既視感を覚えながら答えを見つけ出せない。


「私のことは置いておいて、少しお散歩しませんか」


 天真爛漫さを感じさせる少女の動きに合わせて、二つに括られた短い髪が揺れる。

 独特な空気感は強制力なんてないのに、自然と頷いてしまいそうになる。

 見ず知らずの人物のはずなのに当然のように信頼している自分がいるのだ。


「散歩ってどこに……?」

「場所は内緒です。でも、そうですね。岡山健の正体について知る機会を差し上げます」

「正体……」

「知りたいでしょう? ついて来てくださったら知ることができますよ」


 明るい声が告げる言葉に揺れる心すら存在しない。

 それを知りたいと思う優雅の心と、それを肯定するような語調がそう思わせるのだ。


「さあ」


 差し出された手を、それが正解というように優雅は取った。


「ところで、もう一人だけお誘いしたい方がいるんですけど、構いませんか」

「えと、はい」


 問いかけのようで問いかけていないような少女に、未だに消えない困惑のまま頷いた。

 満足げに頷き返した少女は優雅の手を引いて歩き出す。


 知っている道のりだと考えながら、緊張した面持ちでついていく。歩みを進んでいくうちに彼女が目指す場所の答えが分かってきた。


「ここですね」


 優雅の解答は正解で、少女は岡山健に与えられた部屋だ。

 彼女の発言を振り返るに、健に用があるわけではないのだろう。

 そもそも彼はまだ春野家にいるはずだ。となると目的の相手は悠だろうか。


「どうも、梓さん」


 優雅のときと同じように少女は扉を開けた人物へ、天真爛漫な笑顔を向ける。

 東堂梓、健に仕えるメイドへ。ただ優雅のときと違うのは、


「由菜さん!?」


 梓が驚いた顔で少女の名前と思わしき単語を発したことで、少女がそれを意味ありげに目を細めて受け取ったことだ。


「梓さん、少し私と、いえ、私たちとお散歩しませんか」

「……申し訳ありませんが、仕事がありますので」


 衝撃と困惑を数秒のうちに消し去った梓は端的にそう答えた。

 淀みのない、隙のない答えに少女は悩ましげな声をあげる。


「これは貴方が結論を出すために必要なことだって言ったら、考えを改めてくれます?」


 覗き込むようにじっと見つめる少女の瞳。

 どこまで真っ直ぐで揺らぎのないその目に、負けを認めた梓は「分かりました」と声を返した。


 そうして三人となった一行は少女の先導のままに進んでいく。

 アカデミーを出て、居住区へ。中でも桜宮一族の屋敷が数多くある区画へ。

 荘厳な空気をまとう世界を壊すように存在する廃墟が目的地のようだ。


「ここからはお静かにお願いします。まさか殺されるなんてことにはならないと思いますが」


 物騒とも言える発言を、それには似つかわしくない表情と声でしてみせる少女。

 お静かにと言う張本人が一番、緊張感がない気もする。

 慎重に足を運ぶ優雅と梓とは対照的に、少女の足取りは普段通り。それでいて二人以上に足音がしないのだから不思議なものだ。


「ここですね。しゃがんで覗いてください。声は出さないように」


 言われて覗き込んだ先にあるのは広間だ。

 パーティに使われていたのであろうその空間は埃が積もり、高級そうなシャンデリアも今は見る影もない。


 広間にいるのは三人。優雅の兄である鳳清雅。その後ろ、離れた位置に立つローブの人物。

 そして四肢を拘束された状態で寝かされている健――。


「これは、一体……」


 問いかけるように後ろに目を向けた梓の目は少女の姿を捉えることはなく、忽然と消えた景色だけがあった。


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