2-5
あけましておめでとうございます
今年も引き続き、神生ゲームをお楽しみください
好きにと言われれば当然、健を選ぶ者はいない。反面教師的手合わせを見せた者よりも、優等生的手合わせを見せた者をみんなが選ぶ。
そんな中、良は迷うことなく、健に誘いをかける。友人だからという妥協ではなく、健の実力を知っているからこその誘いだ。
もっとも、健が本気を出したところをこの目で見たことはないが。
仮にも武道を嗜む者としてその佇まいからある程度の実力を図ることはできる、と思いたい。
「俺を選ぶなんて物好きだね。それとも優しさかな」
和幸と手合わせしたときと同じ木剣を構えた健は悪戯めいた口調でそう言った。
まるで試すような、距離を取るような物言いは一歩間違えれば、他者に不快を与えるようなものだ。小学生来の付き合いである良は慣れたもので、気にせず口を開く。
「俺は健と手合わせできて素直に嬉しいよ。中学の時は断られたし」
「剣道じゃ、相手にならないからね。今日も相手になるとは思えないけど」
素人演技中の健では幼少期から剣道をしている武藤家の次期当主の相手にはならない。
隙だらけの構えを前にしても、真剣な表情を崩さない良に健は苦笑を浮かべる。
真面目というよりは少しでも何かものにしようという貪欲さが窺える。健の実力への信頼もあるのだろう。
その信頼は嫌じゃないので、できる範囲で答えてあげようと健も気を引き締める。
良は武藤流剣術。健は先程と同じ桜流剣術第一の型。
真っ直ぐな剣撃を木剣で受けながら、その切っ先の位置を微妙に動かす。一見、邪魔しているような行動の意味は、実際に手合わせをしている良にしか分からない。
「重心をもう少し前にした方がいーよ」
鍔迫り合いの中で囁けば、良は素直に動きを直す。
仄かに笑む健は再び切っ先を位置の修正を始める。少しずつ動きや良くなっていく姿に仄かだった笑みが深くなっていく。
「いっそ器用だな」
何度か目の手合わせを終えた二人にそんな声がかけられた。
立っているのは和幸だ。手合わせをしている生徒を見て回っていた和幸が、ようやく順番が回ってきた二人を前に苦笑を浮かべる。
「お前らに指導は必要なさそうだな」
「講師名乗っておいて手抜きですか。俺はともかく、良にはちゃんと指導してあげてくださいよ」
「これ以上、俺から言うことは何もないよ。分かってて言ってるだろ」
無表情で首を傾げる健に和幸はため息を返した。
他の生徒がいる手前、その視線には敬意のようなものが混じっており、気恥ずかしさから逃れるために和幸は良の方へと向き直った。
「どうする? とりあえず、手合わせするか?」
「あ、ええと」
迷うように視線を動かしながら、二人を交互に見る良。
「俺は二人が本気で戦っているところがみたいです。どちらかと言えば」
「男の子っぽいねー。王様がこの後空いてるなら俺はいーけど」
遠慮がちな良の申し出を真っ先に受け入れたのは健である。
目立たないように素人演技中なことを踏まえつつ、授業の終わりにすることを提案した。
「俺も別に問題ないぞ」
残っている仕事を思い浮かべながら答える。急ぐような仕事は特にないし、来客の予定もない。
何より、人を遠ざけがちな健が友人の願いを叶えようとしている状況に親心が働くのだ。
先の手合わせで言いたこと、いや、聞きたいことがあるのでちょうどいいという考えもある。
そうして授業が終わった演練場に三人の人物が立っている。うちの二人は木剣を手にして向かい合っている。
今から手合わせをしようという状況でも、二人の間に緊迫してものは一切ない。
ただ追及するような和幸の視線を無表情が受けている。
「そういえば怪我は大丈夫なのか?」
「何のことです?」
和幸の問いかけに健がそう答えたことで、この状況が生まれた。
小さく息を吐いた和幸は、最初の手合わせで自分が突きをした箇所を指し示す。
「あの時はつい加減を間違えた俺に非がある。が、あの程度でダメージを受けるお前じゃないだろ」
「演技かもしれませんよ?」
「そう言ってる時点で違うと言ってるようなものだぞ」
冷静にツッコミを入れる和幸に、健は観念したしたように息を吐き出した。誤魔化すことを諦め、潔く認めることを選んだ。
「大したことありませんよ。少し痣になってるくらいで」
「それが事実でも悠には言うからな」
怪我に気付かず、もろに突きを喰らわせた和幸も多少怒られはするだろうが。
春野家当主だからと物怖じするタイプではない。
素直な怒りは素直に受け入れるとして、不満げな健に向き直る。不満げと言っても、いつもの無表情とほとんど変わりない。
「今更だけど、手合わせしても大丈夫なのか? 友達に格好いいとこ見せたいのは分かるが……」
「そーゆーのじゃないし、大丈夫ですよ。演技するのとは違いますし」
良には聞こえない音量で交わされていた会話を終わらせるように健が構えを取る。
桜流剣術第一の型。今日、いくつも見てきた構えの中で一番と言っていい程に洗練されている。適度に力を抜きながら、尚且つ一切の隙がない。
見ていて息を呑むほどに美しい構えだ。
「行きますよ」
その一言により、健の姿が消失する。消えたように見えるほどに速い健の動きを和幸の目はしっかりと捉えている。
いつもより抑えている分、ゆっくりに見えるくらいだ。
本気でという話ではあったが、良の目で捉えられる範囲に抑えてある。
良が見たいと言ったのはただの好奇心ではなく、強い人の戦い方を見て学ぼうという思いが理由だ。
健はそれを分かっていて、手合わせを引き受けたのだ。いくら友人とは言え、好奇心だけが理由で引き受けたりはしない。
ぶつかり合う木剣が高い音を鳴らす。無駄のない動きで繰り出される剣撃はぶつかるたびに美しい音を奏で、そのたびに形勢は和幸に傾いていく。
健の強さを支えているのは豊富な知識から来る手数の多さだ。一つの流派に限定するのはあまり得意ではなく、師範の域に達した者なら勝つのはそう難しくない。
「あ」
押され気味の健が小さく声を上げた。怪訝そうな表情を見せる和幸を前に健の動きが一変する。
小さな声だけが告げる唐突の変化に、和幸は反射で木剣を動かした。
その隙間を縫うようにして突きが繰り出される。奇しくも一度目の手合わせを同じ展開、勝者だけを変えて決着がついた。
「お前……」
「良が見てるなら、桜流よりも武藤流の方がいーと思いまして」
非難の目を向ける和幸相手に悪びれることなく答える健。健の動きが急に変わったのは桜流剣術から武藤流剣術へ変えたためだった。
西洋の動きを多く取り入れている桜流とは違い、武藤流は東洋の動きを多く取り入れている。
「武藤流も使えるんだ……」
「ちょっと齧った程度だけどね。海里さんにちょっとだけ教えてもらったのもあるし」
「兄さん……?」
まさか尊敬する従兄の名前が出てくる思ってはおらず、目を丸くする。
健は何度か見れば、ある程度ものすることができる。とはいえ、やはり実際に使い手から指導を受ける方が身になる。見つけた機会を無駄にしない精神の健は、他にも華蓮やその母親から藤咲流の手ほどきを受けている。
「お前は謎に交友関係が広いからな」
自分も知らない交友関係で指導を受けていることにそんな言葉を漏らしつつ、視線を動かした和幸は瞬きを一つする。窓の外に人影を見つけたのである。
和幸の反応に首を傾げた健は同じように窓に目を向けて、仄かに表情を和らげた。
「人払いしてたんじゃないのか?」
「簡単なものだったから穴があったのかもしれませんね」
人影を手招きで迎え入れる健は片目を瞑って答えた。それを見る和幸の目は物言いたげだ。
良がいる手前、問い質すことはしない和幸は別の言葉を紡ぐ。
「信用してるよ。お前のこと」