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2-2

 桜稟アカデミーでは毎年、入学式の後に新入生歓迎パーティが開催される。


 入学式に参加できる在校生は代表者の数名で、このパーティが本当の意味でお披露目の場となる。その上、新入生の保護者たちも参加するので、社交界としての側面も強いこの空間。


 健としてはヘマしないことはもちろん、不必要に目立たないことも意識しなければならない。

 そんなことを考えながら、視線を巡らせる健は隅っこで状況の分析をひたすらに続ける。


「ぜひとも、耳に入れていただきたい商談が……」

「ここは新入生を歓迎する場です。そういう話はまた後日に」


 そう言って、笑顔で相手をあしらうのは、この場で一番の人気を誇る和幸だ。

 この場にいるのは、品を大切にする金持ちばかりなので、人だかりができることはないものの、和幸のもとにはひっきりなしに人が訪れている。


 近寄っていないだけで、保護者のほとんどがある程度の距離を保ちながら、話しかけるタイミングを窺っている。


「王様とお近づきになれて光栄です。息子の方もどうぞよろしくお願いします」


 似たり寄ったりな言葉をにこやかに次から次へとあしらう和幸。これが自分の未来と思うとぞっとしない。


 健は人と関わることがあまり得意ではない。

 人見知りというわけではなく、むしろコミュニケーション能力は和幸と同じレベルくらいはある。得意ではないのは技能な理由ではなく、精神的かつ身体的な理由で。


 最終的に「大変そーだな」と他人事のような結論をつけて、次に視線を移した。

 こちらも人が多い。中心に立っているのは首席で入学した少年。


「確か、(おおとり)家の三男坊だったかな」


 新入生のプロフィールを思い出しながらつぶやく健。入学するにあたって、生徒や教師のプロフィールは頭に入れてある。


 鳳家といえば、貴族街でも有数の家柄だ。主に医療系の事業を手掛けている。

 そこの三男坊の優秀さはかなり有名だ。噂程度に聞き流していた健は「本当だったんだ」と無関心に考える。


「満点入学は王様以来って話だしね」

〈健様も、やろうと思えばできたでしょう?〉


 誰もいないはずの場所から聞こえた声に無言を返す。


 数年前の事件以来、健の護衛兼監視の役目を与えられた鬼、陰鬼の声だ。影が薄いことで有名な陰鬼は、隠業の術を駆使することでほぼ完全に姿を消すことが出来る。

 相当の霊視力がない限り視認することは不可能だし、余程の感知能力がない限り気配を感じることはできない。


 健はどちらもその域に達しているので、陰鬼の姿ははっきりと見えているし、感じられているが。


「ん」


 生徒の中心から視線を外した健は次へ移動させる。次の注目人物――やたらと男子生徒が多いそこには健のよく知る人物がいて、そっと壁から背を離した。


 今の今まで広い会場の隅にいた健は気配を潜めるのをやめて歩き出した。

 そして最後の注目人物へ近づいて手を引いた。


「健」


 呼ぶ声に視線だけを向ける。金に近い琥珀色の髪をまとめ、薄い黄色のドレスを纏った愛らしい少女がそこにはいる。

 手を引かれる形で、男子生徒たちと距離を取った少女は宝石を嵌め込んだような目でじっと健を見つめている。


 逡巡ののちに膝をついた健は引いていた手を持ち替えた。


「お姫様、一曲踊っていただけませんか」

「喜んで」


 目立たないことを目標としていた少年は、春野家当主の娘の手を取って踊り出す。

 健がこうしたパーティにきちんとした形で参加するのは初めてで、大衆の前で踊るのも当然初めてだった。


 お遊び程度にしか二人で踊ったことのないダンスが始まるや否や、この場にいるすべての人を魅了する。

 あべこべな身長が気にならないほどに美しいダンス。誰よりも相性がいい二人だからこそ、生み出される完璧な芸術。


 著名な楽団の演奏さえ、二人のためにあるように思えてくる。

 照明すらも演出とさえ思わせるダンスも、曲の終幕とともに終わりを迎える。一礼する二人を見ていた面々は拍手すらも忘れるほどに現実から引き離されていた。


「すごく目立っちゃったけどよかったの?」

「困ってる星と天秤にかけたら大したことじゃないよ。印象なんて後でどーとでもなるし」


 目標が頓挫したことなど気にしない健の顔をじっと見つめた星は繋ぎ直した手を引いた。

 楽しげに手を引かれる手に大人しくついていく健の目の前にきらびやかな世界が映し出される。


「まだ食べてないでしょ?」


 言って、星は適当に皿に取ったスイーツを健へと差し出した。

 ビッフェ用に作られた小さなスイーツは一つ一つが芸術品のようで、健はそのうちの一つを口に入れる。

 複雑かつ繊細に作り上げられた味は口の中に幸福を届けてくれる。


「ん、おいしい。さすが、王様のチョイスは間違いないね」


 スイーツがやけに充実しすぎている気がするのはきっと気のせいではない。

 惚けた人々からいち早く復活した和幸が健たちの動向を視線で追い、満足げな表情を見せているのが何よりの証拠だ。


 和幸の反応を気にしないことに決めた健は素直に好意を受け取ることにした。

 甘いな、なんてことを考えながら。




 きらびやかな世界から一人遠のいた健に近付く影がある。執事服を纏ったその人は無邪気な笑顔を浮かべて闇の中から迎え入れる。


 パーティ会場では今、星たちが和幸と談笑している。数秒前までそれに混ざっていた健がここにいるのは悪巧みをするためだ。

 一枚噛んでいる和幸なら不自然さをフォローしてくれるし、星が絡まれる心配もせずに済む。


「馬子にも衣裳みたいになると思っていましたけど似合ってますね。さすが、健兄さん」

「褒めるならちゃんと褒めなよ。……で、何か掴めたの?」


 最後の一言は最大限声を潜めて問いかける健に、執事服を纏う悠は困ったような表情を見せた。

 無邪気から一変した表情はどこまでも分かりやすい答えだ。


〈掴めたには掴めましたよ? 面倒そうな相手ってだけで〉

〈そこそこ大きな家ってことか。そんな気はしてたけど……慎重に動いた方がいーかな〉


 健は胸元に、悠は腕に、それぞれ身につけた透明な石を通して会話する二人。

 普段から健が身につけている桜の花弁を模した石には通信やGPSなど様々な術が付加してあるのだ。

 綿密な術式が幾重にもかけられた石は霊力を通すだけで、高度な術の行使を可能にしてくれる。


〈そこで朗報です!! なんと、今日の深夜に取引があるみたいです〉

〈罠とかじゃないよね?〉 

〈可能性は低いかと。どうします? 何なら僕が行ってきてもいいですよ〉


 生徒がアカデミーの外から出る場合、外出許可証が必要になる。

 健は免除されているとはいえ、動きすぎるのは憚れる。今までのように自由な振る舞いはできない。

 となれば、協力者たちにお願いするのが自然な流れで――。


〈俺が行くよ。悠はフォローよろしく〉


 梓が健のメイドとして付くのは明日から。

 パーティの余韻が残るアカデミーから抜け出すのはそう難しくない。

 基本的に健に従順な悠はトレードマークの無邪気な笑顔で「了解です」と言葉を返した。


「そういえば星さんとダンス踊ったんですって? 僕も見たかったな」


 言いたいことを別の不満で蓋をした悠に健は肩をすくめる。

 パーティに使用人の参加は許可されていない。それ以前に悠は今の今まで健の頼みで外で調査をしていたのだ。


「人使いが荒くて悪かったね。悪いついでに、後はよろしく」

「今から行くんですか? むぅ、分かりましたですけど」


 和幸や星という強力な協力者いるので、誤魔化すことはそれほど難しくない。

 悠の不満はそこにないのを知っておいて、健はひらひらと掌を振りながら闇の中に消えていく。

 頬を膨らます不満を吐息とともに吐き出した悠は、健の姿が完全に闇に溶けて同化するまで見届けたのであった。


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