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――だから、健はスマートフォンの画面に新しく表示された画像に笑みを浮かべた。
場所は同じ路地。けれど、映っているのは健の最愛ではなく、折り重なるように捨てられた男たち。彼を倒した者によるピースサイン付きの写真である。
「残念ながら作戦は失敗したみたいですね」
「なん、で……どうして」
「自分の弱点をそのままにしておくほど、俺は馬鹿じゃありませんよ。何かしらの手は打っておきます」
策が失敗した動揺を隠しきれず、見るからに狼狽する悟流。少し前までの自身はどこへやらだ。
悟流が自信満々だったのは、あの策があったから。なくなった途端に現れるのは奪われ続け、振り回され続けた幼い子供の姿。
「さてと、そろそろ終わらせますか」
「っ……終わらせるか!! 俺は、俺たちはお前なんかに負けない! 絶対に思い知らせてやるんだっ!! 認識操作が攻略できないお前に勝ち目はない」
言い切る悟流の感情的なナイフ捌きを微笑とともに受け止める。
終わらせる。健はそう言った。
そう確信できるくらいに健の目には悟流を倒すための道標がはっきりと見えている。
その事実に気付けていないうちは悟流に勝ち目はない。
「解除」
ほどんど口だけで呟いた健は悟流を挟むように立つ格闘家とナイフ使いに向けて指を鳴らす。
瞬間、同時に大量の血を吐き出した二人はそのまま後方に倒れ込んでいく。赤い飛沫を見つける健は無感動で、静かに状況を読めていない悟流を見つめる。
ここからはネタバラシだ。
「俺はずっと、悟流さんの認識操作が何に由来するものなのかずっと考えていました。有力なのは二つ」
ゆったりとした語調の健は指を二本立てた。
その佇まいは余裕に満ちていて、今すぐにでも攻撃を仕掛けられそうなくらい隙だらけなのに、悟流はただ健の語りを聞いていることしかできない。
身体がすくんで動かない。金縛りにでもあったように、そうなるように操られているように。
「まずは鬼神。悟流さんはあの、くだらない実験の被験者だった。可能性がないわけじゃない。でも」
実験は失敗だった。研究区で会った、あの存在は暇つぶしにもならなかったと言っていた。
つまり、何の成果を得られなかったということだ。
気付いていないだけで、悟流は力を得ていたのかもしれない。そんな考えは――。
「鬼神の力を有した貴方をあれが今の今まで放置するわけがない」
健にとっては忌まわしくもある、あの存在の性質が否定した。
殺すにしろ、自分の目の届く範囲に置くにしろ、何かしらの行動は起こしているはずだ。
それに悟流が力を使っているとき、健は彼から鬼神の気配を感じなかった。巫女だろうが、紅鬼衆だろうが、鬼神の力を使って健が気付かないはずがないのだ。
「もう一つは帝天。正直、途中まではそう思っていたんですよ。望みを叶えると言って、力を与えるのは帝天の常套手段ですから」
初めての邂逅で、悟流は白い光に包まれて消えた。消えた場所には確かに帝天の気配が残っており、今回の件に帝天が関わっているのは完全なる事実だ。
そして主犯である悟流に何らかの力を与えている、と考えるとはとても自然なことだ。
「でも、貴方からは帝天の気配を感じなかった」
「気配を消していただけだ! あの方が俺にそうできるようにしてくれたんだ!」
「いくら創造神でもそれは無理だよ」
「どうしてそう言い切れる……?」
「ルールは覆せない、俺はそれを知っているだけです」
薄く笑みを湛える健の瞳が蒼く瞬いたような気がして、悟流は小さく息を呑んだ。
健から得体の知れない何かを感じた気がした。
「結果、残った選択肢は一つだけ――。悟流さんの認識操作は術の一種だ。そーですよね?」
「……術を使った痕跡なんてなかったはずだ!」
「ええ。でも、その痕跡すら消せる使い手を俺は知っています。悟流さんがそーだっておかしくない」
知り合いの門衛の姿が健の脳裏を過ぎった。探知と隠蔽に長けた彼は自分や他者が術を使った痕跡を消すことができるのだ。
はっきりと見えている答えを前に、悟流の目は揺れに揺れていた。
「術なら解くことができる。認識操作さえなければ俺も楽ですし」
差し出した掌の上には剥き出しの刃が置かれている。大きさは指先ほどで、カッターナイフの刃のように薄い。ただその鋭利さはどの刃よりも洗練されている。
「これを二人の心臓に生成しました」
昔、医者を目指していた健は人より少しばかり人体について詳しい。
どこをどうすれば人は死ぬのか。
その豊富な知識は綿密すぎる座標指定によって、内側への防ぎようのない攻撃を実現する。
「悟流さんにも同じことができるんですけど、それは嫌でしょー?」
「決定権なんてないだろ。お前らの問いかけは問いかけじゃない」
不貞腐れたような、諦めたような口調の目には涙が溜まっている。溢れる雫が美しいほどに透明で悟流の純粋さを表しているようだ。
生まれた場所が違ったのなら幸福な人生を歩めたかもしれないその純粋さは、貴族街では致命的なものになる。
「……なにが、悪かったんだよぉ。俺は、俺は……ただっ、あいつと笑っていられたらそれでよかったのに」
裕福とは言い難い生活だった。身体は垢だらけで、いつも空腹だった。機嫌の悪い大人に理由もなく殴られることもあった。
不幸だと誰かは言うかもしれないが、悟流は幸せだったのだ。
親友とくだらないことで笑い合って、小さな幸せを宝物のように大切にして。悟流は本当にそれだけよかったんだ。
「奪われてばっかりだった。……だから、自由を求めたっていいだろっ!!」
「それが悪いことだとは言いませんよ。でも、そーですね。何かが悪かったかと言われれば……貴方には捨てる覚悟がなかったってことですかね。自由を手に入れるためには捨てる覚悟を持たないといけない。貴族街なら特にね」
無表情を和らげる健は拳にのせていた刃を消し去り、代わりナイフを生成する。
「貴方に思うところはある。だから、せめて痛みを感じないよーにしてあげます」
言いながら生成したばかりのナイフに痛覚麻痺の術を付加する。そのまま、地面を蹴って加速した健は強化した腕力でナイフを突き刺した。
諦念で動きを止めている悟流を狙うのは簡単で、寸分違わない急所への攻撃だ。
一瞬で絶命させられた悟流を見届けた健は――せりあがってきた液体を吐き出した。
咳き込みながら、緩慢な動きで自分の身体を見下ろす。腰の辺りから刃が生えているのを確認し、状況を理解する。
理解したところで、力の抜けていく身体はどうすることもできない。
「ごふっ」
倒れる間際、突き刺さっていたナイフが独りでに抜け、宙を舞って正面からまた突き刺さる。結界で防いだため、背中よりは浅い。けれど、今の健には致命傷とも言える傷だ。
「っ……はぁ…巫女さん、ですか」
朦朧とした意識の中で健は正解に辿り着いた。
肯定するように聞こえた足音に目を向け、口角を上げる。
見える位置に立つのは二人の少女。記憶にあるデータと照合して彼女たちが誘拐された巫女だと確信する。
それぞれ、五分間だけ一つの物を操る能力、半径三メートル以内にいる者の気配を操る能力を持っている。
ナイフが独りでに動いていたのも、姿を現すまで気配を感じなかったのも、彼女たちの能力によるものだったというわけだ。
「その状態でも動揺しないんだな」
遅れて聞こえた足音に目を向ければ、見知った人物が立っている。彼もまた行方不明になっていた一人――。
「……たけ、っる……さん」
「意外だったか?」
しゃがみ込み、健の顔を覗き込む健流は随分と吹っ切れたような顔をしていた。
「いや、健のことだ。俺のことくらいは予想してたかもな。……だけど、巫女のことは予想外だっただろ?」
感情を読ませない顔で浅い呼吸を繰り返すだけの健に向けて健流は雄弁に語り出す。
その言葉や表情には悟流が抱えていたのと同じものが宿っていた。ただ感情的だった悟流に比べて、いくらか冷静で理知的だ。
「彼女たちは巫女なのに、力が弱いってだけで冷遇されてきたんだ。おかしいよな?」
「……」
「俺も悟流も負けた人間だ。ヒデさんや子供たちもそうだ。……負けた人間が虐げられ、権利を奪われるのは自然の摂理だろ? 俺らだって仕方ないって諦められる」
その瞳に映し出される澱んだ影は、彼が人生の全てを過ごしてきたスラム街を彷彿させる。
諦念に身を任せるまで、彼はどれだけ凄絶な道を歩んでいたのだろう。健にできるのは結局、想像だけだ。
「……だけど、巫女は違う。彼女たちは勝ち組だ。そうでなくちゃならない」
強く握りしめられた拳が震え、健流の目は潤んでいるようだった。
「巫女すら虐げられるなら、俺たちの価値はどうなる!? 諦めるための理由すら奪われた俺はどうすればいい!?」
「っあ」
力任せに振り下ろされた健流の拳が傷口に叩きつけられ、思わず声をあげる。
血を失いすぎたことによって朦朧としていた意識が激しく揺さぶられる。
「安心しろよ。殺しはしない。お前は大事な交渉材料だからな」
健を呼び出したのは倒すためではなく、貴族街の頂点に立つ存在と交渉するためだ。
岡山健という人間にどれだけの価値があるか、創造神を名乗る存在が教えてくれた。数年ぶりに悟流と再会した時だ。
巫女と引き合わせたのも、創造神であった。
そこから健を誘き出すための作戦を立てたのだ。悟流が殺されたことを除けば、全てが作戦通りに進んでいる。悟流だって全てが終われば創造神が蘇らせてくれる。
全てが順調。生まれて初めて世界が健流の望む通りに動いてくれている。
「あの方はいろいろ教えてくれたよ。お前は巫女の力を強くすることができることもさ」
巫女の二人が協力している理由を遠回しに告げる。健は特別反応を見せることはない。
だから健流は別の方面から揺さぶりを仕掛けるために口を開く。
「お前、貴族街の最終兵器なんだってな」
呼びかければ、もうほとんど意識のないらしい健が微かな反応を見せる。驚いたような反応は上位存在の上に立てたような優越感を健流に与えてくれる。
零れる笑みに邪悪なものが宿っていることに健流は気付いていない。
全てが上手くいって高揚する感情のまま、近くに転がっていたナイフを握りしめる。
「健は油断できないからな」
言いながら渾身の力でナイフを突き刺した。巫女が刺した場所を的確に狙い、傷口を広げた。
そのままナイフで肉を掻き回す。健が上げる消え入りそうな苦悶な声がBGMのようだ。
「せいぜい、俺らに利用されてくれ」
「は、はは」
耳元で囁き、離れようとした健流の耳に笑声が突き刺さった。
笑い声はいつしか哄笑となり、空間に響き渡る。反響し、いくつも重なり合った笑い声はこの場を支配しているように思え、健流や巫女たちの心を掻き毟る。
なんで。どうして、と。
倒れ伏し、負けが確定しているはずの健の哄笑に恐怖と疑念が沸き起こる。
「頭がおかしくなるにはまだ早いだろ……?」
相手はきっと敗北を知らない。だからこそ、初めての敗北を前にして、精神に異常をきたしてしまったのだ。
そんな期待を込めての問いかけは、笑い疲れによる長い溜め息によって否定された。
「失礼しました。あまりにもおかしかったもので」
コンクリートの地面に寝転がったままのその人は、なんてことのない口調でそう言った。
「な、にが、おかしいんだ……? お前は負けたんだ。そんな怪我までして、勝ち目なんて……」
「一つ訂正しますが、俺はまだ負けていませんよ。――この程度の傷じゃ、俺は死なない」
言いながら、健は身体を起こした。重傷を負っているとは思えない挙動で、何かしたわけでもないのに健流たちを怯ませる。
「いやぁ、驚きましたよ。あれから、いろいろと教え込まれているよーで……。ま、使いこなせてないんじゃ、大した脅威にもなりませんけど」
「何を……っ?」
幼い顔立ちには表情らしい表情が宿っておらず、人形めいた雰囲気は得体の知れなさを増長させる。
ここで健流は自分がとんでもないものを相手にしていることに気がついた。一瞬にして恐怖が全身を駆け巡る。
「俺を使おうと言うなら、もっと周到に準備して、もっと狡猾に事を進めないと」
考え方は悪くなかった。でも、やり方が手緩い。
致命傷に近い傷を与えられながらも、そんなことを考える健は薄く笑って立ち上がる。少し前までの状況を完全にひっくり返し、場を支配した健の目が紅く輝いた。
「俺が貴族街の最終兵器って呼ばれてる所以、教えてあげるよ」
両目、そして胸に下げた透明な石の紅い輝きが主張するように健の雰囲気が一変する。
圧倒的なまでの存在感。所謂、鬼気というものを真正面から受けた健流は身体が震えるのを止められない。
心臓が早鐘を打ち、息が口から抜ける。暑くもないのに浮かび上がった汗が額から流れ落ちた。
目の前にいるのは弱い十二の子供なんかじゃない。人間なんかじゃない。もっとおぞましく、恐ろしい何かだ。
「っ……化け物」
「ええ、そーですよ」
零れた呟きを肯定した健は笑顔で余計に恐怖心を掻き立てる。
このまま終わるのか、と自問自答する。抗おうとして何もできないまま、スラム街の子供たちの夢を叶えられないまま、終わってしまうのか。
「そんな簡単に終わってたまるか」
健流には帝天から与えられた力がある。それに、そうは見えなくても相手は手負いだ。
今も健流の身をすくませる程の鬼気をまとう身体からは絶えず血が垂れている。量は少なくなっているとはいえ、完全に傷が塞がっていないのは間違いないはずだ。
「俺としては諦めてくれた方がありがたいんですけど」
紅が瞬き、コンクリートの地面が盛り上がって健流に襲い掛かる。瞬間、健流の姿が消えた。
いや、消えたわけではない。数メートル先に一瞬で移動したのだ。
不可解と目を細め、生成したいくつもの刀剣を健流に向けて放つ。固定化され、術者の制御下から離れるはずの刀剣たちを鬼神の力が繋げてくれる。
十、二十を超える攻撃の全てを健流は瞬間移動に似た力で避けていく。
「数秒、時間を飛ばしているんですね。帝天の力か」
感じる白い気配は健にとって忌まわしいものだ。
そして、その数秒の間に健流の気配を消すのに、一役買っているのは離れた位置に立った巫女たちだ。
本来であれば、半径三メートル以内しかない効果を広げているのは、繋げられた手だ。
巫女同士が触れ合えば、互いの力を掛け合わせた力を発揮することができる。ごく一部の人間が知る情報を教えた存在として思いつくのは――。
「帝天は本当にいろいろ教え込んでるみたいですね」
余計な入れ知恵をしてくれたものだ。
鬼神の力を使う際、健に課せられた制約は触れること。一度触れてしまえば、全てが有効判定という万能に近いものであるが、気配のように触れられないものは操ることができない。
上位存在であるアドバンテージを使って上書きすることはできないのだ。
健流の姿が消失し、気配すらも感じられない。
「いつから気付いてたんだ?」
一拍の間で姿を現した健流はそう問いかけた。
剣撃を結界で受け、健流のすぐ後ろに生成させたナイフを思い描いた通りに落下させる。また、健流の姿が消失した。
「可能性だけなら依頼を受けた時から。確信したのは、もう少し後ですけど」
「分かっててここまで来たのか? 本当はその怪我だって……防げたはずだろ」
眼前に迫る健流は重ねて問いかけ、健は「簡単な話です」と笑んだ。
「いくら俺でも巫女を殺すには理由がいるんですよ」
こんな状況でも丁寧に答える健を見て、巫女たちは表情を曇らせる。
貴族街にとって巫女という存在は特別だ。きっと心の奥底で大丈夫だと高をくくっていたのだろう。
健からしてみれば甘いの一言に尽きる。たとえ、何が理由でも自分の行いに対して責任を持つ必要は誰にだってある。結局のところ、巫女という立場に甘え続いているのだ。
「別にそこは安全圏じゃないですよ?」
「ぇ」
すぐ傍で聞こえた声に巫女は怪訝そうな声を出す。理解が追いつくよりも早く、健は長い袖で隠されていた指で巫女に触れた。
「望んでいたものを差し上げます」
触れた指先から流れ出す力が二人の巫女を支配していく。
「なにを、したんだ……?」
ただ触れただけ。
それだけで劇的に表情を変えた巫女たちを困惑する健流が呟く。対する健は素知らぬ顔で微笑んだ。
「望み通りに力を与えただけですよ? 強すぎる力は身を滅ぼす。分不相応の力を望んだ結果です」
荒れ狂う力に苦悶し、身を捩る巫女たちを楽にしてあげようと再び触れる。二人が元々持っていた力もすべて奪い去った。
流れ込む力とともに強くなる声を無視するように、二人の胸へ刃の華を咲かせてみせた。
「さて、そろそろ終わらせますか」
何度目か分からない健流の消失。明晰な頭脳による分析は次の出現先を予想して見せ、先回りするようにナイフを生成した。急所を的確に狙うように配置されたナイフが健流の肉を抉り取る。
言葉にならない声をあげ、蹲る健流へ、容赦なく刃が降り注ぐ。
「…っ……ひとっ、頼みが……」
「なんです?」
声音は冷たい。視線は無機質に紅く、慈悲の一つも宿っていない。
それでも健流は期待を込めて口を開く。
「あいつら……子供たち、は……かんけ、ない。っから、だから……あいつらのこと、頼む」
目端から涙が零れ落ちる。純粋で透明な雫に嘘はなくて、スラム街で暮らす子供たちへの確かな情で溢れていた。
浅い呼吸の中で懇願を繰り返す健流に対して、健の胸に湧く感情は特にない。
「善処します」
無感情な声に救いはあったのか。
ついに力尽きて崩れ落ちた健流の死体を見つめ、静かに息を吐き出した。
これで、本当の意味で、全てが終わった。
気力で抑え込んでいた破壊衝動は声という形で今も聞こえており、治癒の術で応急処置をしただけの傷口が開いて痛みを訴え始めた。
ただえさえ、血が足りていない身体から血が零れていく感覚。
「っは……うるさいな、黙れよ」
余裕のない毒づきで割れんばかりの頭痛と纏めて声を追いやる。それだけでも疲労はかなりのもので、倒れるに近い形で腰を下ろす。
と、倒れていた健流の死体が唐突に身体を起こした。身構える健を前に目を白く輝かせたそれはゆっくりと口を開いた。
「今はまだ届かない。だが、三年後……俺の力が解放されれば、必ず――」
伸ばされた手は半ばで途絶え、健流の身体は再び倒れた。
「……三年後、ね」
まさか出て来るとは思っておらず、動揺する心を無視して、胸元で揺れる石を軽く握る。
桜の花弁を模した石が紅く明滅している。
「悠」
『はい! なんですか?』
「後始末、お願い。あと、スラムの子供たちのことだけど……」
『すでに場所は突き止めてあります。始末しますか?』
無邪気な声の残酷な問いかけに、健は刹那だけ押し黙った。少し前の健流の声が蘇る。
「スラムに帰してあげて……それ、と……っ」
『健兄さんっ!! ……また、無茶したんですね。すぐ行きますから!』
その言葉を聞いたのを最後に、健の意識は完全に途絶えた。