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6-28(幕間)

 十二月、その上、夜ともなれば一気に冷え込む。冷たい風に全身を撫でられながら健はきらびやかな世界に背を向けて、夜空を見上げている。


 懇親会が始まって早々に健は会場の外、バルコニーに出て風に当たっている。

 健は人が多く集まる場が苦手だ。ガラクタ同然のこの身体は負の感情より生まれる邪気を引き寄せる癖に浄化する術は持ち合わせていないのだから。

 全員参加でなければ、懇親会など参加していなかったくらいだ。


「こんな寒いところによくいられるな」


 華やかな場から離れて寒いバルコニーに出る人間なんていない。そう高を括っていた健を裏切るように声は投げかけられた。


「そう思うなら中に入ったらどーですか、清雅さん」


 声を聞き、振り返る健の目には珍しい人物が映し出される。

 鳳清雅。優雅の兄である彼はアカデミーにいるはずのない人物である。


 何故、ここにいるのか。そんなことは考えるまでもなく、今日は桜稟アカデミーの最大イベント、懇親会の日だからだ。


 普段は出入りを厳しく管理しているアカデミーではあるが、イベント時はその縛りも若干緩くなる。

 今日は生徒以外にも卒業生も参加しているのだ。

 懇親会は生徒たちが卒業後の繫がりを作るための場という側面もある。


「キング、優雅に会いに来たんですか?」

「それもある。後は将来有望な奴がいないか、偵察にな」


 卒業生が懇親会に来るのはまさにそれが理由だ。


 この貴族街において横の繋がりは強みになる。

 未来ある若者の中から有能な者を見つけ、今のうちに唾をつけておく。若い頃、気にかけてくれた恩人を簡単には切り離せなくなるから。


「誰か目ぼしー人はいました?」

「今のところ、一番の有力株はお前だな、健」


 そう言って清雅は懐から一輪の青薔薇を差し出した。一目で作り物と分かる薔薇を受け取る健は花弁の中に潜んだ結び目を見つけ、解いた。


 はらり、と花弁が落ちる。健の足元に青が重なり合う。

 茎だけとなった薔薇をさらに解いて、一枚の紙となったそれを無言で見つめる。


「俺からのプレゼントだ。気に入ってくれたか?」

「ロマンチックなことするんですね」


 紙に綴られた文字を末尾まで追い、瞬き一つで灰へと変える。足元に落ちた花弁も含め、すべてを灰へ変えた健は無機質な目を清雅に向けた。


「貴重な情報ありがとーございます。やっぱり清雅さんを協力者に選んで正解でした」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」

「この手の情報を集めるのは俺には難しーことですからね」


 渡された紙には貴族同士の関係性が事細かに書かれていた。表面上では分からない、中の中まで踏み込んだものまで。


 社交界を渡り歩き、情報収集に興じている清雅にしか手に入れられない情報だ。

 欲しいと思っていた情報源が優秀な形で得られたことは素直に喜ばしい。


「なんや、怪しい二人がおると思ったら自分らか」


 きらびやかな世界から離れて、潜むように話していた二人の耳が捉えたのは呆れた声。


 関西弁を装う聞き慣れた声に視線だけを向ける。

 くすんだ金髪と暗い緑の目。着古した門衛の制服が彼の立場を明らかにしてくれる。


「八潮さんも来てたんだ。警備要員?」

「人手が足りひんらしゅうてな。下っ端は上に頷くことしかできひんから困りますわ」

「アカデミーの警備を任せられるなんて出世したね」


 貴族街でも有数な家柄の子息が多く集まる場。警備を任されるのは当然、信用に足る人物だ。

 春野家や桜稟アカデミーの警備担当者は門衛の中でも出世頭とされる。


 イベント事の警備強化による臨時とはいえ、八潮はかなり評価されていると言えるだろう。


「今までさんざん断ってきたから今回ばかりはって押されてしもうて」


 八潮が門衛になって約七年。優れた感知能力と夜仕込みの対人能力。上司から評価も高く、後ろ盾がないながら盤石な地位を築いている。

 出世の話は数多く出ているだろうが、八潮本人に乗る気はない。健の指示だからだ。


「今の立ち位置くらいが一番ちょーどいーかな」

「健がそう言うんやったら俺は従うだけやけど」

「依存という奴か? 前々から思っていたが、気持ち悪いくらいに意思のない奴だな、お前は」


 八潮は基本的に健の意見を何より優先している。

 健の言葉であれば、内容関係なく従う。その姿を肯定的思わない人もいるだろう。


「否定はせえへんよ。俺が空っぽなんは事実やから。――でも」


 夜に叩き込まれた人好きのする態度が一瞬で抜け落ちる。

 剥がれ落ちた仮面の下から現れるのは乏しい表情だ。冷たい暗殺者の顔を表に出した八潮は光を灯さないくらい目を向ける。


「健に従うことが俺の意思だ。誰に何を言われようともそれは揺らがない」

「なんだ、そういう目もするのか。軽薄な奴かと思っていたが、気に入った。面白い!」

「俺を試しとったんか。真面目に答えてなんや恥ずかしいな」


 清雅の言う軽薄さを瞬時にまとい直した八潮は照れたように頬をかいた。

 その仕草すらも作られた仮面だ。八潮という人間は羞恥心が希薄な性質であり、そんな貼り付けた仮面をも見抜いて清雅は笑みを浮かべる。


「試したわけじゃないさ。思っていたのは事実だからな」

「印象を変えられたならええか。清雅さんは仲良うしたい思てたとこやし」

「光栄だな」


 新たに交友を深めんとする二人を横に健は瞬きをする。


「八潮さん」


 小さな呼びかけに話を中断した八潮は数歩下がって距離を取った。

 間もなくして暗闇から影が差す。八潮が現れたのと同じ方向から門衛の男が現れたのだ。


「八潮、そっちはどうだ?」

「異常なしや」


 碌に確認もせず、談笑していただけの八潮の言葉を信じて、同僚と思わしき男はすぐに踵を返した。

 別れを告げるように軽く手を振り、八潮もまた門衛の男とともに去っていく。


「いいのか、あれで」

「八潮さんの感知能力はずば抜けてますからね。会話しながらでも一通りの見回りは済ませられる人ですよ」


 八潮は一度でもすれ違った者の気配を感覚的に覚えている。怪しい気配はもちろんのところ、誰がどこにいるかまで正確に把握していることだろう。

 そしてその有効範囲はパーティ会場全体までに及ぶ。本気になれば、桜稟アカデミー全体まで広げることも可能だ。


「お前が見出しただけはあるってか」


 呟く清雅は近付く足音に気付いてそっと笑みを浮かべる。


「俺も役割を果たすとするか。春野家の次期当主との繋がりを失うわけにはいかないからな」


 社交界での繫がりこそが清雅が協力として見出した理由だ。それを全うするべく、きらびやかな世界へ戻っていく。


 清雅と入れ替わる形で足音の主が横に立った。

 佇まいは清雅に似ている。しかしながらまとう風格は段違いだ。


 それもそのはず。隣に立つその人物は貴族街の頂点に君臨する人物なのだから。


「やっぱりここにいたか。寒くないか」


 奇しくも清雅と似たような言葉を開口一番に告げた。

 話の取っ掛かりであった清雅とは違い、注がれる視線は心配を映し出していた。


 その過保護っぷりはお馴染み。一つ息を吐き出してその身体にそっと触れる。

 瞬間的に展開された透明の膜は寒気を退け、霊力で起こした程よい暖気を閉じ込める代物だ。


「力の無駄遣いじゃないか」

「持っているものを使わない方が無駄だと思いますよ、王様」


 心配から呆れへと表情を変えた和幸へ言葉を返す。

 視界に収めたその姿は暗闇を朧げに照らす光を背負っている。

 違和感のないどころか、むしろ似合っているとすら思える。


「パーティの主役がこんなところにいていーんですか」

「このパーティの主役は学生だろ」

「その学生以上の注目を浴びておいて何を言っているんですか」

「春野家当主って肩書きは目立つんだよ。いづれ、お前も背負うんだぞ」


 春野家当主と言えば、貴族街の王だ。どこに行こうとも注目は浴びるし、多くから関心を寄せられる。

 誰が主催のパーティでも一番の注目を掻っ攫うのはいつだって和幸だ。


「俺は王様には負けますよ。所詮、外の人間ですから」


 分家筋といえども末端。それが当主を継ぐなど、快く思わない者の方が圧倒的に多い。

 直系の生まれで、幼い頃より春野家当主になる人物として知らしめられていた和幸とは違う。

 健に向けられるのは好意よりも悪意の方が多いだろう、と自分の未来に思い馳せる。


「それでわざわざ外まで何の用です?」

「そう警戒するな。これを渡したかっただけだ」


 言って和幸は後ろに隠すように持っていたものを前に突き出した。


「誕生日プレゼントってわけじゃないが……まだ食べていないだろ?」


 差し出されたのは白い皿だ。いくつものスイーツが宝石のように彩った皿。

 立食用に小さく作られたそれは一つ一つが芸術品として完成されている。

 健にとっては本物の宝石よりもずっと価値がある。


「わざわざありがとーございます」

「お前のために用意させたようなものだ。食べてもらわないと困る」


 道理でやたらと気合が入っていると思った。健はため息に近い息を吐き出した。


「職権濫用じゃないですか」

「権力なんてこういうときに使わないでいつ使うんだよ」

「少なくともこんなとこで使うものじゃないと思います。いただきますけど」


 スイーツに罪はないと口に入れる。広がる幸運を舌の上で転がし、後に残る味すらも堪能する。

 見た目と同様、いや、それ以上の芸術を健は舌先で味わう。


「流石の、むぐ、出来ですね。っはむ、春野家のシェフも駆り出されているんですね」


 馴染みの味に親しくしているシェフの姿を思い浮かべる。人手不足を利用して上手いこと捻じ込んだのだろう。


「美味しかったと伝えてください。満点です」

「ああ。お前からその言葉をもらえたら喜ぶだろうさ」


 春野家のシェフとは新作の味見を頼まれる仲だ。

 遠慮のない的確な意見により、春野家の食事はよりいいものへ日々進化している。


「さて、俺は戻るか。夜風にあたりすぎて風邪引くなよ。明日が本命だからな」

「……分かってますよ。ご心配なく」


 過保護を貫く和幸の念押しをあしらいつつ、見送る。




 何というか今日はいろんな人に絡まれる。

 普段通りの人もいれば、祝福を全面に押し出している者もいた。共通するのはみな、健の誕生日を祝わんとしていることだ。


「俺は愛されてるね」


 夜に悠、梓。優雅と良に壬那。星や夏凛。沙羅にまで祝われてしまった。

 清雅や八潮もわざわざ来てくれたし、和幸は相変わらずだ。


 この一年、関わった人々からの祝福を思い出し、そっと笑みを浮かべる。

 これだけの愛を受け取って、自分が愛されていないと自惚れるつもりはない。


「誕生日会もしてくれるらしーしね」


 健以上に準備する側が楽しみにしているようだった。

 喜びを詰め込んだ、あんな顔を見せられたら体調を崩しましたなんて言えはしない。

 冬の寒さが少しでも掠めないように細心の注意を払って、術を展開する。


「みんな、物好きだよね。イベント好きなのかな」


〈こういうときではないと健様に何かする機会はありませんから、はりきっていらっしゃるのかと〉


 あえて触れていなかった事実を陰鬼から指摘されて、健は押し黙った。

 似たようなことは度々言われている。認めたくないわけではない。


「俺は……酷い奴だな」


 こんなに愛されるのに健は自分の意思を変える気が少しもないのだから。

 悲しませるだろう。傷付けるかもしれない。それでも。


「わぁ、今日は星が綺麗だね」


 暗く染まりつつあった思考を掻き消すように可愛らしい声が投げかけられた。

 視線を少し動かして、隣に立つ人物を視界に収める。


「そーだね。()が綺麗だ」


 健の目には婚約者の姿だけが映し出されていた。


 薄黄色を基調にしたドレスはシックなデザインで、装飾は少ない。結いあげた髪も、施されたメイクも大人っぽさを演出している。

 普段は可愛らしい服をまとうことの多い星のギャップを上手く引き出した姿。流石、夜だ。

 暗闇の中でも、健の目には美しい星の姿がはっきりと映し出されている。


「姫様、一曲踊っていただけますか」

「喜んで」


 こうしてダンスを踊るのは二度目だ。一度目も同じくこのアカデミーで。

 あの時とは違って、この場には陰鬼しか目にするものはいないが。


「誕生日おめでとう」

「うん。ありがとう」


 交わす言葉はそれだけ。短い言葉には感情が複雑に込められ、互いにそのすべてを理解する。

 言葉以上にお互いを理解しあったステップ。一歩、前に踏み込んで二人の距離は近付いた。

 顔を少しあげれば、星の顔が間近に迫る。吐息を絡ませながら、二人で微笑んだ。


「明日、楽しみにしててね」

「うん。期待してるよ」


 内緒話をするように声を潜めた二人はそっと顔を近付けた。――近付けて、すぐに離れた。


 目を合わせて今度は、声を立てて笑う。パーティ用に大人っぽく装った二人は表情を幼く崩して笑声を重ねる。

 普段は見せない、無邪気さすら感じさせる姿を、監視役の鬼と天に輝く月だけが見ていた。

これで第二節完結になります。長い間お付き合いいただき、ありがとうございます!

もうちょっとだけ続くので、これからも読んでいただけると幸いです


第三節の前に外伝をあげる予定なのでそちらも読んでいただければ……

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