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6-26

「――健君も歪みから生まれた存在なんだね」


 零れた静かな一言に健の持つ特殊性のすべてが収束される。


「えっと、出来損ないの神って認識でいいのかな」

「理屈的に合ってますが、今の俺は神と言えるほどの力は使えません。帝天に面倒な制限をかけられているもので」

「帝天は気付かないって話じゃなかった?」


 力を奪っても帝天は気付かないと自らの口で言ったばかりだ。

 その言葉に嘘はない。とはいえ、かけられた制限がそれとは無関係というわけでもないのだ。


「俺は少し特殊なんです」

「前例があるから警戒してるってわけじゃないんだね」

「それも少しはあると思いますよ。ただ一番の理由は別、俺の奪った力が全能ではなく、全知の方だったことに由来するものです」


 守る力。操る力。見る力。紡ぐ力。それらすべて全能の一欠片に過ぎないものだ。

 膨大過ぎる力の一部が劣化していたところで帝天は気付かない。

 しかし、健の身に宿るのは全知の一欠片。他の神々とは少し事情が変わってくる。


「全知の劣化は帝天にとってかなりの痛手だったよーで、俺にはこの世に生まれ落ちた際にハンデが与えられているんです。お陰で、今の俺は身体が力に負けてしまう状態なんですよ」


 一度力を使えば、激しい頭痛が襲いかかる。神の力を使った負荷に脳が悲鳴をあげているのだ。

 多少の不調ならば慣れきっている健にも抗い切れないほどの頭痛だ。


 なるべく使わないようにしてきた力を使ったのは二度。使った力に対する頭痛の程度は把握できたものの、使わないという基本スタンスは変わっていない。


「本来なら普通の生活もままならない身体ですが、肉体保存の劣化コピーと鬼神の協力によって何とかこーして生きていられるわけです」


 生まれつきの虚弱体質。十歳まで生きられれば御の字、とまで言われた健が無理を繰り返しながら生きてこられたのは、二つの幸運があったから。

 つくづく自分は恵まれた人間だと思う。


「肉体保存……初めて聞く言葉だね」

「所謂、不老という奴です。ある時点で肉体が保存され、老いることなく、外傷もすぐに治る。俺は劣化なので精々成長が遅いのと傷の治りが少し早いくらいです。本家の方は海里さんもご存知の方ですよ」

「老いることがない……もしかして桜さん?」


 二十代の頃のまま老いることのない女性。恋人の祖母の名前を出した海里に頷きを返す。

 当代一の妖退治屋。妖界の王と並び立つ実力を持つ彼女こそ、肉体保存のオリジナルである。


 かつて彼女を襲った悲劇が、望まぬ体質を届けた。あの頃のまま永遠に、と。

 健の中に刻まれたもっとも古い記録を想って、瞳を哀切で震わせる。


「にしても、健君が小柄なのは成長が遅いだけって話、負け惜しみじゃなかったんだね」

「――。――――。そーですね」

「あれ、違った?」

「いえ……負け惜しみと思われていたんだなと」


 微妙な間に不審を感じた問いかけに、健は言葉を呑み込んであしらう。


 海里は特別驚くことも、動揺することもなく健の話を聞いている。

 話がスムーズに進むのは確かだが、海里の態度に少しばかりやりにくさを感じる健である。


「とりあえず、ここまでが神生ゲームの真実です。何か気になることとかありますか」


 すでに長いこと話している気もするが、まだ十二分に時間はある。


 今までの話は成り立ちや歴史に類するものだったので、今から未来へ続く話にシフトしていくべきか。

 考え込む健の前で海里もまた考え込んでいる。


「気になるというか……健君の話を聞いてて思ったんだけど、俺も異端者だったりする?」


 改めて健との会話を咀嚼した海里はふと浮かんだ疑問を口にする。


「死んだ者が生き返ることは理に反することだろう? 一度死んだ俺も帝天の記述から外れた存在と言えるんじゃないかな」

「俺も一度は考えました。実際、海里さんもムキリさん、帝天の刺客に狙われていましたし」


 海里が戻ってきてすぐ、史源町には帝天に唆された男が刺客として送り込まれた。

 望みを叶えると言って力を与え、手足のように使うのは帝天の常套手段だ。健も幾度となく哀れな刺客と対峙してきた。


 ムキリもその一人だ。健を直接狙ってきた者たちとは違い、彼は別に、海里に狙いを定めてきた。

 甘言で、標的が健になるよう誘導してきた帝天の刺客としては異例だったと記憶している。


「三年後、と。俺が以前伝えたの、覚えています?」

「覚えてるよ。俺が史源町に戻ってきたのも無関係じゃないって話だよね」

「はい。俺は最初、海里さんの再訪が帝天の狙いだと思っていました。しかし、実際は逆でした」


 これはつい先日、実証されたばかりの仮設だ。

 三年経ってなお、帝天に大きな動きが見えないことから健はずっと別の可能性を考えていた。


「海里さんは始まりではなく、帝天にとっての障害だった」

「えっと?」

「何故、帝天が三年後を指定したのか。その理由から俺は一つの仮説を立てました」


 三年後、力が解放されれば。帝天の刺客は健にそう告げた。

 その三年後からさらに一年経った現在でも帝天の攻め手に大きな変化は見られない。


 巻き戻された世界の辻褄を合わせるために力を使い、消耗していることだけが理由ではない。そもそも帝天であれば、それくらいで力を大きく消耗することはないはずだ。

 解放という言葉にも引っ掛かりを覚え、何か別の力が働いていると健は考えるようになった。


「帝天は何者かに力を封じられていた。それが緩むのがちょうど去年、三年後と指定された年だったわけです。でも、海里さんが帰ってきたことにより、封じが強化されてしまった」

「俺が? 心当たりはないけど……」


 それも無理はない。封じの強化の原因が海里であっても、海里が何かをしたわけではないのだ。ただ一つ――。


「海里さんが史源町に戻ってくること。それが鍵になっていたんです」


 海里の存在に由来するものだったのだ。

 封じの鍵である海里へ帝天はムキリという刺客を差し向けた。

 失敗後、手を引いた理由までは分からないが、封じをかけた人物が関与していることは間違いない。


「そう言われても、まったく実感ないな……でも」


 まだ完全に納得までいっていないながら、真実に触れた海里は健を見据える。

 幼い見た目でも宿るのはいつもの柔らかな強さだ。


「――龍王が関わっているんだね」


 強い確信を持った言葉に、健もまた強く頷いた。


「おそらく龍王は俺の存在を見て(・・)、事前に動いていたんでしょー」


 最初から違和感はあった。


 龍王は宿主が死した後に初めてその身体を器として使う。藍の子と呼ばれる宿主は元の器が劣化した頃、数十年経った頃に生まれるのが常。


 今、使われている器の主が死んだのは約四十年前にも拘わらず、現時点で藍の子は二人生まれている。

 まだ劣化するには早い。何より、ここまで立て続けに藍の子が生まれることは今までなかったことだ。


 銀の目は未来をも映し出す。健の存在を見て(・・)、独自に対策を練っていたのではないかとそう考えた。


「海斗さんに一度でもお会いできていたらもっと早くに気付けていたんですが」

「やっぱり父さんが封じの核なんだね」


 封じの核――帝天に制限をかけているのは海里の父である武藤海斗だ。

 おそらく海斗は初めから龍王の宿主ではなく、封じの核になるために生まれたのだ。


「環さんが以前、欠片を集めていると話していたのを覚えていますか」

「俺が春野家でお世話になっているときのことだよね」

「環さんが集めていたのは海斗さんの魂の欠片。封じをかける際に散らばったのだと思われます」


 事故なのか、故意なのかまでは分からない。が、環が欠片を集めているのは悪用されないためだけではないだろう。


「すべて集まったとき、封じが解けるんでしょーね。そして最後の一欠片が」

「俺の中に、か」


 胸の辺りに触れ、海里はそっと瞑目する。内に潜む存在を確かめるような仕種を健はただ見つめる。


「じゃあ、俺が生かされたのはこのためだったんだね」


 再び目を開けた海里はそう言って微笑んだ。温かさをまとう笑顔に覆い隠された本心は見えない。

 健は海里の笑顔が苦手だ。感情が読めないから。何と声をかけるべきか迷うから。


「健君は本当にいろいろ詳しいよね。全知のお陰?」


 重くなりつつある空気を変えるためか、海里は笑顔のまま明るく問いかけた。


「全知なんて言っても精々、記憶力と頭の回転、後は分析力が優れているだけですよ」


 その分析力も制限をかけている状態だ。今の健を支えているのは前者二つと地道に蓄えてきた知識たち。

 幸い、神生ゲームに関しては鬼神という当事者が身近にいたので情報も潤沢だった。


「……勝算はあるの? 龍王のお膳立てがあると言っても相手は帝天だろう?」

「勝ち目のない戦いを俺がすると思いますか?」

「思うよ。健君は勝つことに価値を見出していない人だから」


 勝ち負けよりも健が重要視をしていることは目的を果たすことだ。

 その一点のみを追求する健を知ってなお、勝算を問いかけた理由は単純。


「帝天は強いわけではありません。倒せないだけ。やりよーはいくらでもあります」


 目的を果たすために健は帝天に勝たねばならない。神生ゲームに勝たねばならないのだ。

 倒せない相手から勝ちを取るために、人生すべてを懸けて計画を練ってきた。


「やりようはいくらでも、か。最後に一つだけ聞いてもいい?」


 確かめるような呟きの後、海里は隻眼を静かに向けた。心の中よりももっと奥深くを見つめられている気分になりながら、健もまた海里に向き直った。


「どーぞ」


 今更、律儀に確認を取った理由を悟る健は淡白に答えた。


「健君は死ぬつもりなの?」

「俺は最善の策を選ぶだけですよ」


 ほとんど間もなく健は答えた。


 躊躇う必要はないから。この場で誤魔化すのは海里に失礼だと思った。

 真摯さが宿った眼差しで、気遣う必要のない相手へ真実だけを音にした。


「最善策がイコール正解じゃないと思うよ」

「分かってますよ。……でも、これが俺の求めているものです」

「健君なら他の策だって思いつくだろう?」


 否定はしない。事実、失敗したときの策はいくつか用意している。

 そのどれも今の健に実行しようという気がないだけ。


「納得できないならそれで構いません。反対も妨害も好きにしてください。全力で退けるので、全力で俺の策を潰せばいい」


 これは悠にも言っていることだ。

 健に説得する気はない。独り善がりに他者を利用する健がこれ以上誰かの自由を奪うことなど許されない。

 選択肢は与える。どれが選ばれても、健は全力で相手をするだけだ。


「妨害する気はないよ。むしろ、その逆だ」


 話の流れに逆らう言葉を告げられ、健は目を丸くする。本当にこの人は読みづらい。


「俺は健君に協力したいと思ってる」

「素直に信じ難い言葉ですね。理由をお聞きしても?」

「理由か……そうだね、正しくはなくても間違っているわけでもないと思うからかな」


 言葉自体に説得力はない。真っ直ぐに見つめる隻眼だけが簡単に突っ撥ねられない説得力を宿していた。

 温かみのある笑顔は穏やかさの中に強かさを隠している。


「それに、協力しながらでも、むしろその方が考えを誘導しやすそうだしね」

「笑顔で怖いこといいますね」


 らしいと言えばらしい。意外性はない言葉へ、視線だけで不満を訴える。


「それで協力を受け入れる人は稀有だと思いますよ」

「健君はその稀有なタイプの人間だろう?」


 選択肢を与えるということは協力関係を結んだ先でも同じことだ。

 協力者、仲間だからと健は行動を縛りはしない。完全に心は許さず、警戒は平等に。


「俺だって健君と同じだよ。大切な人を守るために手段は選ばない。時間がない俺には最善策がちょうどいいんだ。健君の力を利用できる状況がちょうどいいんだよ」


 お互い利用価値を見つけた上での協力関係が一番信用できる。


 海里の言葉を聞いて小さく頷いた健はその手を差し出した。

 感情の宿らない顔をじっと見つめて、海里は小さな手を重ねる。


 互いに見つめ合い、重ね合った手を握る。

 契りを交わす固い握手とは違う、もっと気安い形で互いの手の感触を味わう。


「俺は何をしたらいい?」

「少しでも長く生きてください。それが痛手になる」


 手を離し、健は微笑んだ。ただ柔らかく。

 数秒前の人形めいた無表情から一変、人間らしさをまとう笑みだ。


「長生きして、成人して、結婚して、子供が出来て……なんてね」


 冗談めいた口調で紡がれるのは荒唐無稽な夢物語。

 時間のない二人にとってきっと叶うことのない未来図を健は笑顔で語る。

 珍しく笑顔を崩して海里は魅入られる。そうして視界がぶれた。




 目を開ける。闇色の世界から一転して、映し出されるのは見慣れた寮の部屋だ。

 視線を動かせば、つい先程まで話していた藍髪の少年が鋭い目付きで睨んでいる。

 いや違う。成長した姿の身体を今使っているのは彼ではない。


「おはよーございます。カイさん」


 呑気な言葉に殺気が突き刺さる。

 射殺さんばかりの送りながら距離を詰めないのを見る限り、防御術が上手く仕事してくれたようだ。


「海里に何もしていないだろうな?」

「していませんよ。カイさんが俺の言葉を信じくれるとも思えませんが」


 視線を合わせて数秒。鋭い視線が解け、身体がぐらりと傾いた。

 反射的に手を出した健に触れることなく持ち直した。そこにはもう鋭さはない。


「すみません。思っていたよりすぐに目覚めてしまったようで」

「聞きたいことは聞けたから大丈夫だよ」


 文字通り、あの世界は健の夢の中。目覚めてしまえば閉じられる。

 想定よりも目覚めるのが早かった。最近は眠る時間が十分に確保できていたからだろう。


「ありがとう」

「礼には及びませんよ。俺にも益はありましたから」


 交わした会話を思い出し、互いにお顔を見合わせて小さく笑みを作る。

 新たに生まれた協力関係を確かめ合うように。

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