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神生ゲーム~鬼が舞う諧謔曲(スケルツォ)~  作者: 猫宮めめ
岡山健失踪事件

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107/111

6-24

 こっそりと一人、寮へ戻った健は帰ってきた悠に怒られた。

 悠や星司を説得しているうちに櫻宮に邪魔される面倒と比べれば、後でうるさく怒られることの方が圧倒的にマシだ。


「何を言ってもどうせ無駄なんでしょうから、せめて数日くらいは部屋で療養してください。まだ全っ然顔色悪いので!」


 という言葉に従うことで説得はどうにか終わった。

 散々休んだ上の数日になるわけだが、講義の出席数にもぎりぎり響かない。処刑人の仕事のことも考えて、行ける日は真面目に行っていたことが功を奏した。


 講義についていけなくなるという心配も健には必要なく、試験で十分に挽回できる状況。

 心配するものもないので、健は素直に与えられた休日を読書の時間として費やしている。


 桜稟アカデミーの蔵書はずっと気になっていたのでいい機会だ。

 部屋の中にページを捲る音だけを響かせ、無機質な目は黙々と文字を追っている。


 と、静かな空間にノック音が差し込んだ。


「健様、お休みのところ申し訳ありません。武藤海里様がお見えになっております」

「海里さんが?」


 貴族街でまず聞くことのない人物の来訪に、本から外した目を丸くする。

 妖界の王の実子である海里は立場もあって貴族街に来ることはほとんどない。

 先日の桜宮家本家の来訪も、立場を理由に同行することを断念していた。


「来てるのは海里さんだけ?」

「お一人だけのようです」


 扉を開けた問いかけの答えに健は刹那だけ考え込む。


 護衛もなく単独で動くことは許されていない人だ。彼の護衛は監視の意味もあるから。

 貴族街に来るとなれば尚更、レオン辺りがついてくると思ったのだが。


「まあ、いない分にはいーか。部屋に通して、その後は呼ぶまで下がっててもらえる?」

「かしこまりました」


 詳しく聞かない梓は恭しく頭を下げ、海里を部屋へ案内する。命じられた通り、自分は使用人部屋へと下がる姿を見届け、健は海里を迎え入れる。


「大したもてなしはできませんが、取り敢えずそちらに。すみません。客人が来ることがあまりないので」

「大丈夫だよ。俺の方こそ、急に来てごめんね」


 柔らかな笑顔の正面に座った健は突き刺す視線を感じて藍色の先へ視線をやる。


 そこには壁があるだけで、何もなければ、誰もいない。少なくとも健の目には何も映し出されていない。

 それでも健はそこに何がいるのか知っている。


「ごめん。実はここに来るの反対されてて」


 健の視線に気付いた海里は困ったように笑った。

 視線の先にいるのは同じ身体を共有する海里の弟だ。半身、片割れとも言うべき存在は海里にしか視認できない。

 健が気付けたのは他者の視線に敏感なのと、不自然な霊力の流れを読み取ったからだ。


「警戒するのは当然のことだと思います。敵地みたいなものですからね、ここは」

「俺は敵地だなんて思わないよ。妖界と貴族街は友好的な関係だしね」

「今のところは、ですよ。友好関係なんて互いの気持ち次第でいくらでも変わりますから。信じていると足元すくわれますよ」

「俺がそんなへまをすると思う?」


 優しげな笑顔は優しげをまとわない言葉を紡いだ。

 驕りでもなんでもなく、海里の言葉はただ事実だけを映し出していた。

 武藤海里という男は状況を見る目に優れている。情に流されるほど甘くない。


「会うたびにパワーアップしていませんか?」


 呆れ気味の問いかけに海里は「そうかな」と心から不思議そうに首を傾げる。

 曲者だらけの知り合いの中で構成された敵に回したくないランキングを海里は順当に登ってきている。一位になる日もそう遠くはないだろう。


「健君は相変わらずだね。星司からもいろいろと聞いてるよ」

「まさか、その話をしに来たんじゃありませんよね?」


 自分じゃ無理だと判断した星司が海里を送り込んできた可能性は十分にある。

 海里は情に流されない男ではあるが、親友の頼みを無下にする人物でもない。


「思ってたより警戒してくれてるんだね。健君は人の意見に流されるタイプじゃないだろう?」

「相手によります」

「じゃあ俺は警戒に値する相手ってことなんだね」


 否定できないので無言を返した。中途半端な否定はどうせ見抜かれるから。

 人好きのする笑顔は変わらず。この打っても響いているか分からない感じが苦手なのだ。

 向けられる笑顔は苦手意識を抱く健を楽しんでいるようにも見える。


「……。今日は誰がついて来ているんです?」

「レミだよ。今は幸さんのところじゃないかな」


 あからさまに話題を変えたことへの追及はなく、海里は素直に答えた。


「護衛が離れていていーんですか」

「俺が頼んだんだよ。健君と話したいからって」

「話が戻りますけど、もう少し警戒した方がいーですよ」


 殺気をまとった視線は今も注がれている。それこそ正しい反応だと健は考える。

 視線の主は健を嫌い、敵視している。それこそ正しい反応だ。

 その性質を知っていて信用しきった顔をしている海里がおかしい。


「健君が本気になったら誰も敵わないだろう? 警戒しても変わらないよ」

「それ、警戒しない理由にならないと思いますが」

「じゃあ、健君が警戒してほしそうなのが理由かな」


 にこやかな言葉に押し黙る。

 警戒するように言葉を尽くしている理由を海里は気付いている。

 これ以上言葉を重ねるのは自らの首を絞めることになる。


「健君は優しいよね」

「ここでその感想が出る理由が分かりません」


 信用され、親愛を注がれるよりも、警戒されている方が動きやすいというだけの話だ。

 やりやすさを追求しただけ。そこに優しさが入る余地なんで微塵もない。


「そういうところだよね」


 小さな呟きを聞きとがめて眉を顰め、不審げに海里を見る。


「とまあ、雑談はここまでにして、そろそろ本題に入ってもいいかな?」

「どーぞ。内容によってはお引き取りいただくことになりますが」


 冗談と本気が入り混じった言葉を返せば、注がれる殺気に鋭さが増す。


 彼の人物は健を警戒しているという以上に過保護なのだ。

 健の目には映らない、武藤海里全肯定主義者は少しのことでも敵意を剥き出しにしてくる。手綱を握れる人物がのほほんと笑顔を浮かべていることに文句を言いたいくらいだ。

 殺気以外に実害がないので放置しているが。


「警戒しなくても大丈夫だよ。健君が予想してる通りだから」


 散々してきた警戒云々の話を持ち出された健は無言を返す。

 これ以上、視線で突き刺されるのは御免なのでそこで留めておいた。


「あれについてですか」

「うん。健君に聞くのが一番だと思って」


 あえて明言を避けていることを察したように海里は微笑む。


「お話しするのは構いません。一つ問題があることを除けば」

「俺が出来ることなら協力するよ」

「心強いですね。では、海里さん。俺に同調することは可能ですか」


 思わぬ言葉に隻眼が丸く健を見つめる。困惑を宿し、ここで初めて意味を求めるよう注がれていた。

 異なる雰囲気の視線を双子から注がれながら健はゆるりと口元を緩めた。


「健君はガードが固いから難しいかな」

「つまり俺が緩めれば問題ないということですね?」

「いいの? 健君は踏み込まれたくないんだと思ってたんだけど」

「間違ってはいませんが、今回は必要なことなので。……どーぞ」


 困惑したままの隻眼を正面に迎え、藍髪の青年は受け入れる準備をする。

 常時発動している精神攻撃耐性強化を一部緩める。後は、なんとなく海里に心を解放させるイメージで相対する。


 そんな健の姿から本気を悟ったのか、海里は小さく頷いて隻眼に金を纏わせる。神秘的な光が近付き、健の心は捕らえられる。


「同調」


 中性的な声がそう紡いだと同時に健もまた術を発動させた。

 一瞬で意識を刈り取られた二つの身体が同時に倒れ伏した。と、藍髪の少年の身体が起き上がる

 先程までとは打って変わった鋭さを全身に、倒れたままの健へ掴みかからんと。


「っ……く、っくそ!」


 健に触れた瞬間、雷に打たれたような衝撃が駆け抜けた。

 どうすることもできない状況に苛立ち、隻眼で眠る健を睨みつける。


「海里に手を出したら殺してやるっ!」


 呑気に眠りこけているようにも見える相手へ、ただ苛立ちの咆哮を投げるのだった。




 馴染みのある闇色の世界で健は残してきた身体の状況に思いを馳せる。

 今頃、海里の弟、カイが代わりに目を覚ましている頃だろう。きっとかなり怒っている。


 眠れば自動発動される防御の術に別の術を重ね掛けてきたが、上手く効果が出ていることを願う。

 過保護なブラコンの行動を想像しながら、祈りに近い息を吐いた。


「ここは健君の心の中でいいんだよね」


 少し前まで聞いていたものよりも高い声が滑り込み、視線を向ける。が、そこに海里はいない。

 瞬きをして視線を下にずらせば、藍髪の幼子が健を見上げていた。左目ではなく、右目に眼帯をつけた幼子は健の反応に苦笑している。


「心の中に入ると子供の姿に戻るんだよね」

「本来の身体に引っ張られている、ってところですかね」


 一つの身体を双子で共有しているのは、片方の身体が失われているから。


 五歳の頃、海里は交通事故で死んだ。銀色の神の計らいで再び生を与えられ、使い物にならなくなった身体の代わりに弟の身体に宿ったのだ。

 身体とともに精神は成長しても魂は死した頃のまま、ということだろう。


「先程の質問ですが、ここは俺の心の中であり、夢の中であり、界の狭間です」

「界の狭間って……妖界に行くときの道と同じような場所って解釈でいいのかな」

「そーですね。人間界と妖界。あの世とこの世。世界の数だけ間に余白――界の狭間があるんです。ここはその一つ」


 界と界の間にある場所。だから狭間。

 端の見えない空間は狭間というには広いが、世界の広さを思えば狭すぎる場所だ。


「世界から切り離された場所。言葉遊びをするなら隔離世といったところですね。ま、ここは俺の精神世界と溶け合っているんですが」


 無表情に笑顔を貼り付けて状況を理解しようとする幼い海里を見る。


「帝天も覗き見できない場所です。内緒話をするなら最適でしょう?」

「なるほどね。いろいろと納得がいったよ」


 詳細を省いて進んだ現状が海里の中でも明確な形となったようだ。

 わざわざ心の中に招待したのは盗聴対策だ。誰も心の中まで聞き耳は立てられない。

 これからする話は、それだけ聞かれては困るものなのである。


「では、早速本題に入りましょーか」

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