鬼への扉
「ちくしょうめ!やっぱケチらずクロカン4WDにしときゃよかったか!」
狭い田舎道を走るにはコンパクトな軽自動車が楽でいい。
しかし山奥にまで進み舗装の無いオフロードとなってくると車高がそれほど高くない普通の軽バンでは時折ガッガッと擦ってしまっている。
同じ軽でも高価な本格的オフローダーならこんな道でもガンガン進めるが、カネと納期の問題で見送った『ツケ』がここで回ってきたようだ。
「まったく、これで空振りだったら目も当てられないぜ」
ガタゴトと大きく揺られながらハンドルを操作しつつ、毒づいたところでその狭い道も終わった。
あとは人ひとりやっと通れる程度のごく細い獣道が木々の間に続いている。
「ここで……いいのか?」
道の終わりで車を降り、靴をトレッキングシューズに履き替えて防寒性の高いフィールドジャケットを羽織り、リュックを背負って首に一眼レフを掛ける。
ゴツくて重いプロ向けのデジタル一眼レフボディに、高校生時代から30年は使っているこれまた大口径マニュアルフォーカスレンズを装着しているのでずっしり重いが、今時の薄くて軽いカメラを使う気はない。
歩き出す前にこれまた長く愛用している機械式腕時計の針を確認する。
15時30分。アパートからちょうど2時間30分かかった。安物の時計だが先日マニアックな時計店でオーバーホールした際、高級スイス時計並に歩度を詰めてもらったので誤差は数秒も無い筈だ。
長距離を走って熱くなった車のマフラーがチンチンと音を立てて冷えていくのを後ろに聞きながら、凍った泥に偶蹄目──シカらしき足跡がいくつも残っている獣道を歩く。
「確かにこんな山奥なら『鬼』がいてもおかしくはねぇか」
そう。
俺はここへ『鬼』を探しに来たのだ。
「――県境付近の山奥に鬼がいた」
という噂は大昔に聞いていたのだが、それを思い出したのはつい最近。
しがない独身おっさん地方ライターの俺は通常旅館のレポートや観光地の紹介やらで都会の会社に便利使いされている。で、今回舞い込んだ仕事はこのあたりすべての市町村の民話や伝承……それも出来るだけ面白いのを掘ってこい! というもの。
ちょっと調べれば民話のひとつやふたつすぐ出てくるだろうと文字通り安請け合いしたものの、このあたりだけは何も無くて困っていたら鬼の話をふと思い出したという訳だ。
少し調べてみたら昔は『神神山』という集落がここにあったようだが、ずいぶん前に住人が居なくなったことで市町村合併の際に名前まで消えている。
地図サイトの衛星画像も粗すぎてよくわからなかったが、近くに『神神田』という集落がまだ残っているのでとりあえず山のほうを先に下見しようという計画だ。
とは言っても俺自身もまぁせいぜい鬼の足跡的な岩の窪みでもあればいいなーくらいの感じでしかなかった。
(実際そういう伝説のある岩は珍しくない。今回の仕事でも別の県にひとつあった)
しかし、それはすぐに見つかった。
いや、こちらが見つかったと言うべきか――
突然。
目の前に現れたそれは身長175センチの俺より50センチは高く、筋骨隆々というレベルを超えた筋肉の塊。
真冬の山中だというのに申し訳程度に毛皮を腰に巻いているだけなのでその筋肉がよくわかる。
太ももは俺の胴回りにも匹敵する太さ。
筋肉で盛り上がった俺の2倍はありそうな肩幅。
腕は以前取材で見たことがある競輪選手の脚以上に太い。
そして、それがあるためにその存在がヒトでは無いと断言できる頭に生えた2本の角。
まさしく『鬼』としか言いようが無いそれは驚いた表情で口を開き
「うわっ、間違ったぁ!!」
…………存外にそれはまるでヒトのようであった。
ずいぶん前の作品ですが、リハビリ代わりに修正してみました。ちょっと続きも書いてみようと思います。