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動物霊の檻  作者: チキュウカジカム
葎と足らず
1/8

魚見‐前‐

 願望だと認める以前に、真実この世は動物霊であふれていた。

 しかし、昨日見た霊が今日も同じとは限らない。

 正確に動物霊の個体識別ができる人間などどれほどいるだろう。

 一本杉葎(いっぽんすぎ むぐら)は動物霊が見分けられる稀有な人間だ。さりとて強い霊力があるわけでもない。

 葎のその謎めいた生い立ちは、どうしても霊を引き寄せてしまうようだった。



 軒下に身を潜めた一本杉葎は、せわしない小動物の手つきで雨粒を払いのけた。濡れネズミになる前に地下鉄の入口に滑り込んだはずなのに、心なしか水気を吸ったように制服が重い。

布地が肌にはりつく。校則を守ったスカート丈は長すぎてうっとうしく、学校指定の靴は硬すぎる。

 それでも悲しいかな、まめまめしく従ってしまう。服装の乱れをチェックする人間の目つきは、まるで凶悪な囚人に対峙する刑務官のようだ。


 追われる草食動物さながらに視線を階下に走らせた。根のように伸びていく地下通路は、薄暗いが心強い。葎のなかで手を引かれて歩いた記憶と重なっていく。

 一段一段、幼い頃と同じように、道なりに進む。

 天候のせいか、日中と思えないほど闇が広がっていた。その現実は、過去との間にわずかな差異をつくっている。


 葎は息を呑み、階段の踊り場で足を止めた。

 壁一面に幾匹もの蛇がうごめいている。どうやってはりついているのか。目を疑うほどどぎつい色で、複雑に身を寄せ合う様はひとつの絵画のようだ。


 かつて葎の父が属していたカルト集団は、爬虫類を崇めていた。見える動物霊が偏っているのはその影響らしい。

 葎としては毛がふさふさと生えていて、さわり心地のいい耳や尻尾のある動物とお近づきになりたかった。爬虫類がかわいくないというわけではないけれど。

『この、浮かれカラスめ!』

 一際派手な色をした蛇が頭をもたげたかと思うと、口が裂けんばかりに牙をむく。


 脳裏に言葉が叩きつけられる。

「いったぁ……。何するの」

 衝撃が緩やかに広がっていく。葎は頭を抱えた。胸焼けしそうな苦痛はなかなか散らない。

「ひどい言い様だけど感心したよ。よくもまあ、浮かれ烏なんて言葉を知ってたね」

『おい、ムグラ。おれはお前にあらゆるものを与えただろうが』

 皮肉など何処吹く風で、今度はまだら模様の奇抜な響尾蛇が身を起こす。細かく尾を振動させ、独特の音を立てる。


『お前のウデもアシもメもおれの物だ』

 なんてことを言うのだろう。しかし、嘘ではない。

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