小さいお話
たわわに実った柿の実が、寒々とした風景に濃いオレンジ色をのせていた。
鳥たちが食べつくせないほどの秋の実りだ。
このあたりで特産品となっている干し柿は、今現在作ることが出来ない。
硫黄でいぶして、干して作るあんぽ柿は、放射性セシウムが検出されやすいのだろう。
出荷制限され、収穫されることのないまま。秋の実りが空中で朽ちていく。
「弘明から電話があったから、今年の正月は帰ってこなくていいって言っといたかんね?」
明子の報告に、こたつに入り煙草をくゆらせながら辰彦は軽く頷いて見せた。
「芽衣もまだちいせえからなあ」
明子は流れてきた煙を手で払いながら「結局、あんた、タバコやめらんにかったない?」と、言ってやる。
辰彦と明子の息子夫婦は東京に住んでおり、彼らには芽衣という昨年生まれたばかりの子どもがいた。
辰彦と晶子にとっては初孫で、いくら安全と言われても、除染しなくてはいけないようなこの場所に遊びに来てほしいとは思わない。ここで暮らしている子どもたちもいるのだと思うと、複雑ではあるのだが。
辰彦は節くれだった手に挟んだ煙草を口元へと持っていく。
――――あの震災後しばらく、どうにもこうにも煙草が手に入らなかったので、辰彦はもう禁煙すると宣言したのだった。が、気が付けばまた元のように煙草をひっきりなしに指に挟んでいる。
「そういや買い物帰りに、タヌキが車にはねられてたったよ」
明子が言うと、
「今年はタヌキが多いんでねえか?」
と、辰彦が答えた。
「多いない。おら、こないだキツネにも会ったんだよ。あれだべぇ、畑で出来たもんを人間さまが食わねぇから、ごちそういっぱいあんだべよ」
「んだなあ」
「まあ、おらたちは年寄りだから、自分の畑で出来たもんは食うけどねえ。さすがに人様にやるわけにはいかねえ。弘明んとこさ送ってやれなくなっちまったない。いっつも親戚にはあんぽ(干し柿)送ってたし、今年はなじょしたもんかねえ」
静かな部屋にお昼の情報番組の司会者の声が流れる。何か面白いことを言ったのか、テレビの中では笑い声があがる。
「ああそうだ、弘明と早苗さんがお正月、良かったら遊びに来ねかってさ、今朝、早苗さんから電話があったったの忘っちた」
「ああ、ほだな。行ってみっか……? ゴンもいねくなっちまったしなあ」
二人は顔をあげて、庭にポツンと残った犬小屋に視線を向けた。
震災の後、二人の住んでいる福島県では原発事故が起きた。
これからどうなってしまうのか、不安ばかりが募っていった。万が一避難などという事になれば、年老いた二人は自分たちのことで手いっぱいになってしまう。飼い犬のことが二人の心に大きな重しとなってのしかかってきた。
そんな時、震災で行き場のなくなった犬を引き取って世話をしている団体があると知り、そこへ長年飼っていた愛犬のゴンを預けることに決めたのだった。
辰彦と明子の住む地域は原発からはだいぶ遠いのだが、避難指示が出ないとは言い切れない。全村避難になった飯舘村も、家からそう遠くない距離にある。そうなれば飼い犬の世話まではしてやることが出来ない。おいていくわけにもいかないし、当時はそれが最良の策だと思ったのだ。
震災から数カ月、だいぶ落ち着き、これなら犬を飼い続けられるのでは? と、二人はゴンを迎えに行った。
だが迎えに行ってみれば、ゴンはやせ衰え散歩に行くことすらできなくなってしまっていた。老犬にとって、家族と遠く離れてしまったことは、思った以上にショックな出来事だったのだろう。
最後に家に連れて帰ってやれたことが辰彦と明子のなぐさめになった。
「さあて、今日の晩飯はなににすっか?」
明子がよいしょと、テーブルに手をついて立ち上がると、辰彦がテレビの電源をリモコンでぷちんと切った。




