七話[傾木の集洛と明ける夜]
「ユ・ウ・ヒ・様♪ レベルいくつになりました?」
図書館へ着いた悠姫を迎えたシアの第一声は、満面の笑顔と無駄にかわいらしく音符が付けられているようなテンションの、そんな台詞だった。
レベルはフレンドリストでも確認できるし、WISした時もちょうどリストを見ていたと言っていた。ならば悠姫のレベルを知らないはずもないシアの言葉に、悠姫はもはや様式美だと理解した上で言葉を返す。
「68だけど」
「知ってますっ! ユウヒ様……レベルあげすぎです!」
わぁっ、と両手で顔を覆ってさめざめと泣くシアに、もう少し早めに狩りにでも誘えばよかったかな……とも思うが、悠姫はそれ以上に、へんにょりとしてしまっている猫耳を触ってもいいのだろうかと不謹慎なことを考える。
ちまちまフレンドリストを確認した限りでは定期的にレベルが上がっていっていたので、ずっとリーン達と狩りをしていたのだろうし、どうしようもなかったといえばどうしようもなかったのだが、今回ばかりはあまり言い訳出来そうにない。
「それにっ! ユウヒ様、わたし聞きましたよ! 誰ですかあの泥棒猫は! きぃっ!」
涙目で鬼の形相を向けてくるシアの迫力に、悠姫は思わず一歩後ろに下がる。
「ちょ、泥棒猫って……あ」
「ふふ、逃げても無駄ですよユウヒ様……というか、ひよりん♪ ゆうちゃん♪ なんて親しげに呼び合う仲みたいで・す・ね・ぇ……?」
ふらりふらりと、銀髪を揺らしながらシアが詰め寄ってくる。
その姿はどこぞの化け猫モンスターを思わせる威圧感で、悠姫はさすがにヤバ気な雰囲気を感じ取って逃げようとするが、けれども一瞬の逡巡の間を見逃さなかったシアの手が肩を掴む方が速かった。
「ひぃっ!?」
「ユウヒ様、どうして逃げるんですか? ふふ、やましいことでもあるんですか? あるんですね? あるんですね?」
「そ、そんなの……」
丁寧語で、さらには笑顔のはずなのに、シアはこれっぽっちも笑っていなかった。
この時、悠姫はようやっと自分が迂闊な行動をしすぎていたことを理解した。
「うふふ、どうしたんですか? ユウヒ様……」
どうにか打開策はないか、と思案するまでも無く、悠姫は今取るべき最善の手段を、藁にも縋る気持ちで掴み取った。
「そ、そう! シア! ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけいい!?」
「うふふ……なんですか……え、本当に、なんですか?」
システムウインドウを呼び出してトレード申請を送ると、シアは少しだけ正気に戻ったのか不思議そうにしながらも、とりあえず受諾してくれた。
「えっとね、これ、シアにプレゼント!」
「え……わ、わたしにですか? え、これって、プレイヤーメイドですよね? しかも+4までついてる……い、良いんですか? これ……」
[神木の霊杖+4]は、確かに現段階ならば最高峰のレア装備と言っても良いが、要求レベルの問題もあるし装備出来る者も限られているので、後々熟練度が上がって良品が増えて来るのを見越すならばそこまで高価な品ではない。
「うん! いいの! シアが強くなってくれたら、わたしも楽になるし!」
「ユウヒ様……」
命には代えられないし。などと迂闊なことを思いはするが、さすがに口走らない。
そもそも[神木の霊杖+4]は、元々シアにプレゼントする為に作ってもらったのだ。当然の成り行きといえばそれまでだが、悠姫は過去の自分を、思いっきり褒めてやりたかった。
……ちょっと前のわたし、グッジョブ!
「ふあ……ユウヒ様っ!」
「ちょ、ちょっともう、シア! 離れて!」
よほどうれしかったのか飛びつくように抱き付いてくるシアを、悠姫は力任せに無理矢理べりべりと引きはがす。
「くぅ……これがSTRの差ですかっ、酷い格差社会ですねっ!」
「あはは……そ、それよりもシア、装備してみたら?」
「あ、はい」
わくわくしているのが見て取れる笑顔で、シアはぽちぽちとシステムウインドウを操作して装備を変更する。
「あ、衣装装備も変えちゃうの?」
「だって、ユウヒ様のプレゼントですよ? 末代まで家宝にしますが」
なにか? と、当たり前のように言うシアに、そういえばシアの着ている際どい聖職者(笑)の衣装もそうだったなぁ……なんて思いながら、悠姫は大事にしてくれるならそれでもいいやと思い、もう深く追求しない。というか、追及したところで悠姫にとって明るくない未来が待っていそうで追及出来ないといった方が正しい。
愛がとてつもなく重かった。
「ちょっと、試してみますね? 《……深く世界に揺蕩う光のマナよ、傷付いた同胞へと癒しの風を届け、彼の者達へ神の祝福を与え給え!》[セイクリッドアプローズ]!」
掲げられた杖から放たれた青い光が弾け、図書館内へとまるで雪のように降り注いでゆく。
「わ、すご……」
HPこそ減っていないので回復はしないが、けれどもログを見るとステータスの上昇のバフがいくつも付与されていた。
「えへへ……取ってみたから見せたかったんです」
照れたように笑うシアには先程までの病んでいる様子はなく、悠姫はほっとしながらスキルについて確認する。
「[セイクリッドアプローズ]って、確か範囲回復+範囲バフの魔法だよね?」
「はい、クールタイムが5分あるので連打は出来ないですけど、かけなおしとか立てなおす時とかには便利なんですよね」
「うん。知ってるけど一応ね。というより今の詠唱2列とかじゃないの? あんましINT振ってなかったり?」
「あ、そこはあれです。[空の癒し手]の固有スキルの[クイックスペル]が詠唱速度の変更に伴ってCS-1に変わっていまして、それでですね」
「うぇ、CS-1ってヤバい性能じゃないの……」
シアはさらりと言うが、かなりの性能の固有スキルではないだろうか。
「でもまあ、上位の支援スキルとかになると固定詠唱部分もあるみたいですし……良い固有スキルではありますけど、まだ判断は難しい所ですね」
「なるほどねぇ……」
言われて悠姫は納得する。狩りに行っていた時にひよりがINTをどこまで振ろうか悩んでいたのを思い出してヤバい固有スキルだとは思ったが、後半に固定詠唱のスキルが増えて来るなら恩恵もそこまでなのだろうか。
「でもやっぱり、バフがあると何か身体が軽いねー」
「あはは、みんな言ってましたね。そのかわり、切れるとがっくり来るらしく、支援くれくれ病が発動しそうだって言ってましたけど」
「あー」
あるあるネタに悠姫は苦笑いを浮かべる。
支援くれくれ病。
それは支援有りの状態で狩りばかりしていると、ソロがやりたくなくなるといういずれ破滅へと至る病だ。
「でも、なんか支援がかかると、どこか行きたくなるよね」
「え?」
ちらりと確認した時刻はもう3時前。繰り返すがもう3時前だった。
「……え、ユウヒ様、もう一度……」
「シア狩りいこーよーねーねー狩りいこー狩りー」
「ノリノリですか!?」
「え、まさか3時とかまだ早い時間に寝るわけじゃないよね」
「3時は早くありません! ある意味では早い時間なのかもしれないですけど……」
半分冗談、半分本気で悠姫が言うと、シアは猫耳をぴんと立ててそう叫んだ。
「シア、良く考えてみて……」
「そ、その手は食いませんよ! ユウヒ様の考えてみて……はうまいこと丸めこまれるので危険です! わたしとしても一緒に狩りに行きたいですけど、さすがにこの時間は……」
「ちっ……」
「舌打ちしましたねいま!?」
早くも悠姫の手口に気が付いてきているシアに、悠姫はどうしたものかと考える。
「でもシア、シアが来なかったらわたし一人で狩り行くよ?」
「うぇ……?」
「レベル68だし、もしかしたらまた組めなくなっちゃうかもしれないね……」
「ふえ……?」
「あーあ、シアとダンジョン行ってみたかったなぁ」
「……むー。わかりました、行きますっ! でも1時間だけですよ?」
「うんうん、わかってるわかってる」
1時間だけ狩りに行くとか言って、1時間で終わるはずがないのを、悠姫はわかっていた。
VR化前のように、モニターの中のキャラクターを操作するでもなし、動いていたら眠気もそうそうやってこない。悠姫の中ではこの時点で既に朝までコースが確定していた。
「それで、どこに行くんですか?」
そう聞いて来るシアに対して悠姫は良さそうな狩場を考える。
「んー、シアが居るんだし、どうせだからちょっと強めなとこ……そうだ、[墓地]にでもいこっか?」
「え……」
もはやお決まりのパターンとなりつつあるシアの呆けた疑問符と共に、狩場が決定した瞬間だった。
[墓地]。
それは昼と夜で難易度が変化するフィールドダンジョンの一つで、正しくは[傾木の集洛]と呼ばれている、かつて西の渓谷に存在したという小さな集落が一夜にして無人となったというバックグラウンドを持つ曰くのあるダンジョンだ。
そこに出現するモンスターは、ダンジョンの名前の通り[傾木]……[アンデッドツリー]を中心に[スカルヴェスパ]、[バンシー]、[アーマーオブデッド]の四種類。
現れるモンスターは全てアンデッド属性なので、[退魔系]スキル持ちのヒーラーの数少ない狩場としても知られている。
しかしソロで来るならば装備が無ければまず耐えることも出来ないくらいの高ATKが多く、基本的にはパーティで訪れる狩場だ。
ダンジョンのモンスターの平均レベルは70弱と少し高めだが、その分経験値は平均20k~25kと、狩れるならばかなりおいしい狩場である。
悠姫とシアのレベル差は15なので、今ならまだ50%の経験値となって10k~12k程。
それでも十分高い経験値だ。
「……ユウヒ様、狙ってるんですか、狙ってやってるんですね?」
「あれ、シアって怖いのダメな人だっけ?」
[傾木の集洛]の付近に着くなり、悠姫の後ろに隠れてしまったシアの態度に悠姫は意外そうに尋ねる。
「いえ、いえ! これは怖いのダメとか、そういう問題じゃないと思います!」
深夜3時。夜の帳も降りきって、二つの満月が照らし返す光だけが光源の頼りだというのにそれすらも薄い霧がかかってしまっていて、遠目に見える集洛のそこかしこには赤い瞳をぎらぎらと輝かせたモンスターがうじゃうじゃ見える。
時折聞こえる叫び声や、ギィギィと幹を鳴らす音も、恐怖を煽るスパイスにはもってこいだ。
「あれ、シア[フォトンスフィア]取ってないの?」
「や、取ってますけど……」
シアはちらりと[傾木の集洛]の方を見る。シアの場合モンスターとのレベル差もあるので敵の名前が真っ赤に表示されているから余計なのだろう。
「大丈夫大丈夫……囲まれたら……うん、まあ大丈夫!」
「大丈夫じゃないですよね!?」
「さ、いこっかー」
「ちょ、ちょっと待ってください、本当に!」
嫌がるシアの手を強引に掴んで、悠姫は[傾木の集洛]へと足を踏み入れる。
と、その瞬間、
「キャアアアアアアアアアアア!」
「きゃあああああああああああ!?」
半壊して野ざらしとなった家屋の扉を開けて外に抜けた瞬間、目の前に[アーマーオブデッド]と[アンデッドツリー]、それに[バンシー]が一体ずつ、[スカルヴェスパ]が複数体居て、シアは状態異常リアルパニックに陥って悲鳴を上げる。
……何もそんな[バンシー]とリンクして悲鳴をあげなくてもいいのに。
そう思いながら悠姫はシアがタゲられる前に、敵陣に突っ込んで地面に剣を叩きつける。
「[レイジングインパクト]!」
周囲に対するノックバック有りの範囲スキルを放ち、タゲがこっちに向いたのを確認してからモンスターの隙間をジグザグにステップで抜けて位置取る。
「[ルーンエンチャント]!」
続けて剣に[聖櫃の姫騎士]の固有スキルである[ルーンエンチャント]を付与して、物理攻撃を魔法攻撃に変換し、DEFが高い[アーマーオブデッド]へと躍りかかる。
袈裟からの横薙ぎ、斬り上げから突きまでの4連撃を最高速で叩き込み、反応して別方向から襲い掛かってくる[アンデッドツリー]の木の枝を、手首と身体の捻転で勢いをつけて切り落とす。
「っ、ぐっ……結構かわせないもんだね……っ!」
それでも数が多すぎて捌ききれない木の枝や、受け流そうとしても一撃が重すぎてダメージが入ってしまう[アーマーオブデッド]の攻撃に、悠姫のHPバーはじりじりと削れてゆく。
「っ! [ペネトレイト]! [ブレイズカノン]! [トライエッジ]!」
徐々に囲まれて位置取りが悪くなるのを嫌って、悠姫は刺突の貫通スキルで[アーマーオブデッド]に強烈な一撃を加えながら背後に周り、着地の足を軸にして振り向きざまに火属性の高倍率スキルを叩き付け、そのスキルのモーションディレイを消すために三連撃の斬撃スキルを放つ。
連撃でようやく[アーマーオブデッド]が沈み、崩れた鎧が地面に落ちる『ガシャアアアン』という派手な音と共に、視界が開ける。その刹那。
「――キャアアアアアアアアアアアアア!」
「うぇっ!?」
唐突な叫び声に、金縛りにあったように身体が動かなくなる。
引き裂くような声、[バンシー]が使う[ハウリングボイス]だろう。
[ハウリングボイス]は数秒間対象を硬直させるという実にいやらしいスキルで、VR化前ならば自動で回避判定が行われていただけに回避が可能だったが、VRになるとその硬直は致命的だ。
「わ、これ、や、やば……!」
「[リカバリー]!」
「――っ!」
バッドステータスに対して咄嗟に反応したシアのスキルが飛んできて、間一髪、悠姫は集中砲火の攻撃を数発程度の被弾で回避することに成功する。
「あ、危なっ! シア、ありがと!」
いくら良い武器を持っていても防具はまだからきしである。このレベルのモンスターの集中砲火など浴びれば、さすがにひとたまりもない。
「ごめんなさい、ユウヒ様っ! ――支援します!」
やっとのことでシアもスイッチが切り替わったのだろう。即座に[フォトンスフィア]を使い光源を確保し、見やすくなったエリア内で次の詠唱を開始する。
「《……深く世界に揺蕩う光のマナよ、傷付いた同胞へと癒しの風を届け、彼の者達へ神の祝福を……》」
「じゃあ、わたしも! [クルーエルペイン]!」
その間に悠姫は中距離のタウンティングスキルで範囲の[ヘイト]を引き上げ、入りきらなかった[スカルヴェスパ]には強烈な斬撃を食らわせてHPバーを削り取る。
「いきます! [セイクリッドアプローズ]!」
杖から放たれた青い光が弾けて青い光の粒子が悠姫を含む範囲へと降り注ぐ。
「いいね!」
6割程減っていたHPバーが一気に回復して、ついでにバフも入って悠姫は気合も十分に闇に溶けるような漆黒の剣を振るう。
因みに悠姫の武器は[ダークブリンガー]という名前をしていながらも、属性は入っていない。基本的に武器レベル5以上のレア武器以外は元々属性が付いていなく、そのレベル帯の武器に属性を付けようとするならば、はぜっちの時の話でも出てきた[枢輝石]を製造段階で使うしかない。
しかし属性付与の[枢輝石]はかなり値が張り、安く手軽に済ませようとするならば[エンチャンター]に頼むのが賢い選択だ。
ともあれ、支援を得た悠姫はまさに水を得た魚の如く、敵へと襲いかかる。
「さあ、データの藻屑に還るがいい!」
「ユウヒ様、随分ノリノリですね……」
シアの呆れた声が聞こえてきたが、バフを貰ってだだ上がりな悠姫のテンションは留まるところを知らない。[アンデッドツリー]に[ブレイズカノン]を叩き付けてHPバーを根こそぎ奪い取って、硬直の間に両サイドから襲い掛かって来ようとする[スカルヴェスパ]を[クロススラッシュ]で確殺する。
「うっわ、これ支援こじきになりそ」
ステータスがどれも上昇し、INTやAGIやSTRが一段跳ね上がったことによって、気分的にはレベルが10くらい上昇したように錯覚するほどの昂揚感がある。
斬撃の速度にしても一段以上早くなっており、この速度にもなるとレベルが低い者ならば斬撃が見えないのではないかと思うくらいだ。
AGI極にでもすれば高速で動いて『ふ……残像だ』なんてことも出来るかもしれない。
その場合INTが低すぎると、高速で動いた後に反応することが出来ず、着地に失敗して『ふ……ざんぞぎゃらぱっ!?』と地面に激突しながら叫ぶ羽目になるかもしれないが。
けれども支援を受けてみてわかったが、これはステータスを調整してバフ込みで補正が入るように調整したくなる領域だ、と悠姫は考える。
最後に残った[バンシー]はMDEFが高いので[ルーンエンチャント]を切って、スキルを使わずに物理攻撃で削り切って戦闘終了。
二度目の[ハウリングボイス]も初動を見切ることが出来なかったが、即座にシアの[リカバリー]が飛んできてさすがの反応支援に舌を巻く。
「おつかれさまです、ユウヒ様」
「おつー。やー。支援あるとやっぱ違うっていうかヤバいね、ヤバい。ヤバいよぅ……」
悠姫は大切なことなので何度も言った。実際支援の有無でそれくらいの差があった。
悠姫のレベルが今68なので、気分的には80台くらいに強化されているイメージだ。
「そうですか? あ……そうですね。支援は良いですよね。今ならなんと支援のついでに、もれなくわたしがついてきますよ?」
「あ、やっぱり要らないかも……」
「ど、どういうことですかっ!」
猫耳が怒髪天を衝いていた。ふしゃー。悠姫はシアが怖い時はもう、猫耳を見て癒されることに決めた。
「冗談だって。でもこれだけ強化されると戦闘が本当に楽になるね」
「うーん……ユウヒ様の場合は特にって気もしますけどね。ニンジャさんや久我さんも前衛ですけど、二人は[サンドコア]でも結構被弾してましたし、何度か死に戻りもしましたしね」
「あれ、そうなんだ?」
「はい。どっちかというと、リーンさんの方が軽快な動きをしてたくらいですよ」
リーンの[ロードヴァンパイア]は中距離からの攻撃を得意とする[メインクラス]だ。
遠距離職のように距離を取って、前衛が耐えているところに攻撃を放つのがオーソドックスな戦い方で、魔法とは違って詠唱の無い魔法判定の物理攻撃を行うという、弓職の魔法版といった運用のクラスになっていたはずだ。
「むぅ……リーンのステってもしかして、AGI>MAG>INTとかなのかな」
「AGIとMAGのどっちが先行かはわからないですけど、見た感じたぶんそうですね」
「うーん……」
AGI先行だった場合、恐らくは対人用のステ振りにしているだろうから、もしそうだとすれば悠姫的には複雑な心境だ。
もちろん一定値まで振ればMAGに振るだろうから問題はないだろうが、それでも自分が影響を与えてしまっているとなると気にならない方がおかしい。
「でもリーンの方が動きにキレがあるってどうなのかな。むしろニンジャの方こそ、それこそ『残像でござる』とか言って余裕でかわしてそうなイメージなのに」
意外に思いながら悠姫が聞き返すとシアは遠い目をして悠姫を見た。
「ユウヒ様……ネトゲ廃人なんて基本的に家から出ない引き籠りばかりですし、その引き籠りがいきなり身体を動かすことになったら、どうなるかわかりますよね?」
「ああ……そう、……ね?」
悠姫も廃人を自負しているだけにイマイチ頷き辛いところもあるが、事実そういうことだ。
常日頃から身体を動かしている者とは違い、普段身体を動かさない者というのは存外人間の身体がどういう動きをするのかわからない者が多い。
VR世界とはいえ可動域を超えた動きは不可能だし、無理をしようとしても現実とは違い痛みで軋む訳でもないので余計に分かり辛い。
せっかくステータスを振ったところで持てるポテンシャルを最大限まで引き出せなければ宝の持ち腐れということだ。
となればやはり日頃からある程度運動している者の方が適応しやすいことになるが、久我もニンジャも廃人と呼ばれるほどにCAOにのめり込んでいた人種だ。
それがいきなり超高速のリアルファイトをしろと言われても無理な話だったのだろう。
「途中からはもう面倒なので、スキルを一気に叩き込んで倒す方向にシフトしてましたよ……」
自虐的に笑うシアを見て悠姫はどう声をかけていいものやら判断に困る。
シアの場合は普通に運動が苦手なだけなのだが、それを悠姫が知る由もないので、自分自身のことも含めて言っているのかと錯覚してしまう。
「ま、まあ、とりあえず結構狩れそうだし、頑張ってレベル上げしましょ?」
「……ふぅ。そうですね。さっきのでわたしも地味にジョブレベルが上がりましたし」
困った時は話題を変える。この手に限る。
「そうだシア、[オラトリオ]取ってる?」
「あ、さっきのでジョブが30なったので取れますよ。一応常時入れておこうとは思ってますけど、その方がいいですよね?」
「うん。こっちの仕様だと結構スキル使ってMP食うから、あった方が良いかな」
VR化前とは違って、同スキルを連打するよりも別のスキルを繋いでいった方がスムーズに連携出来ることは確認済みである。
具体的には倍率が高くてスキル後の硬直が長めなスキルを使った直後に、硬直がほとんどないスキルを使い、硬直の隙を無くすという技術だ。
しかしこの連携はスムーズに行くとすぐにMPが枯渇してしまうので、MP問題を解消する為に[オラトリオ]があるかどうか聞いてみたのだ。
「じゃあ使いますね? 《――主よ、祈り創りし[第十の聖櫃(アニス=ジークディザイア)]。我らに祝福を与え給え……》」
CSの一節に[欠けた十一の聖櫃]の名が出てきて、悠姫は反射的に彼女[アニス=ジークディザイア]が人々に贈った古き[祝詞詩]を思い出す。
――全ての生ける者へ祝福を。
――全ての死せる者へ祝福を。
――全ての人々に祝福を。
――全ての物語に祝福を。
――全ての――。
――――。
五節目から途切れて読めなくなった、古い古い朽ちた書。
それを見つけたのは、人の手が入らない古代遺跡の小さな研究室だった。
まるで知られてはいけない言葉を隠蔽するかのように、祈りの部分が風化して崩れてしまっていたのを、悠姫は覚えている。
「――[オラトリオ]」
ゴーン……と祝福の鐘の音が厳かに鳴り、パーティの悠姫とシアに[祝福]のバフが入る。MPは通常時5秒毎にINTとMAGを基準にした数値が回復してゆくが、[オラトリオ]はその回復量を倍にするという支援魔法だ。
「ふ、これで10年は戦える」
「実際には5分でかけなおしですけどね」
「よし、わたしがんばっちゃうよ!」
冷静なツッコミを受け流しつつ、悠姫はどこか作為的な不気味さを覚える想像を振り払って[ダークブリンガー+4]に[ルーンエンチャント]をかける。
その後は時折危うい場面もありながらも、シアのレベルはサクサクとあがり、当初の予定である一時間が経つ頃には減衰も一段階減って、さらにレベルがあがりやすくなった。
そこからシアのレベルアップの速度はさらに加速し、結局、[傾木の集洛]モンスターが朝仕様に変わる時間まで狩りを行った結果、シアのレベルは69となり、悠姫のレベルも5つほど上昇して73となった。
そして二人は[ルカルディア]で初めての朝日の中、セインフォートへと戻るのだった。
「……あれは酷いですね」
「まあねぇ……」
場所は変わってセインフォートの宿屋。
都市の北東に少し行ったところの大きめの宿屋の二階に部屋を借り、そこで二人はデスペナの疲労感を癒しながら、つい先ほど起こった出来事を振り返り愚痴をこぼしあっていた。
何があったのかは単純な話で、二人は――主に悠姫だが――どうせだから[傾木の集洛]の地下にあるダンジョン、[冥府への黄泉路]に居るボスにでも胸を借りに行こうと言って、寝不足でテンションがハイになっているシアを引っ張って地下に行ってみたのだ。
そしてそこで[傾木の集洛]に入った時と同じように、入口のモンハウ(モンスターハウス)に捕まって、ボスどころか通常MOBに抗う暇も無く圧殺されてしまったという訳だ。
「[冥府への黄泉路]はレベル90台のモンスターばっかりだし、いやぁ……少しくらいは持たせられるかと思ったけど、甘かったね」
そのくらいのレベルになると、運営もプレイヤーを本気で殺しにかかってくるようで、モンスターの攻撃も回避するのが一苦労の速度と多彩さを持って襲い掛かってきて、まさに成す術も無く死に戻りさせられることとなった。
「むぅ……せめて1体か2体なら、ユウヒ様なら何とかなったかもしれないですけど……」
「でも[デス・フォーチュン]とか使われたら、さすがに闇耐性がないと無理だね」
自分なら何とかなったかも、と言わない辺りシアの悠姫への信頼が見てとれるが、けれどもその悠姫にしても高レベルで無詠唱の属性魔法攻撃を放ってくる敵が居るとなると、装備が無いと色々と難しい。
「レベルが上がったら、またチャレンジしよっか」
「あ……そうですね」
また、という言葉に反応してうれしそうに猫耳をぴこぴこして笑うシアを見て、悠姫はいつもこうなら可愛いのにと思わざるを得ない。というか、猫耳を自然に触る機会を探っていた。
「ドロップはどうしよっか。宿屋にチェックインしちゃったし、半分で分配にしようか」
「そうですね、じゃあそれでお願いします」
デスペナの時間短縮の為、宿から出て清算してまた戻って来るのは面倒だと思った悠姫がそう提案すると、シアはそれに頷いてトレード画面を送ってくる。
[鎧の破片][壊れたペンダント][白い髪][ドクロ][羽虫の羽][黒い欠片][捻じれた枝][木屑]……[傾木の集洛]のドロップは基本的に換金アイテムだけなので、特に置いておく必要も無く。シアにトレードを出し直して、ドロップアイテムを半分ずつ送りつける。
「これでおっけかな」
「はい、大丈夫です」
シアの言葉が終わるやいなや、悠姫はベッドにあおむけに倒れて大きく息を吐く。
デスペナ軽減の為とはいえ宿に長時間拘束されるというのは大抵のプレイヤーにとってあまり楽しくはない話だろう。
仲の良い者同士ならばデスペナの時間を利用してぷちパジャマパーティーのような楽しい雰囲気になるかもしれないし、連携やステータスなどについての色々な話をする場としても活用できるだろうが、さすがに今の悠姫にはそんなことに頭を巡らせる余裕はない。
「時間も良い時間だし、このまま寝よっか」
「え、こ、このままって……いやん♪ ユウヒ様せめてシャワーを浴びてから……」
「あはは……シアなに言ってるの」
いきなりくねくねと身をよじりだすシアに、悠姫はこれまでで一番冷めた視線を送ってやった。
シアは本当に、残念な女の子だった。
「あ……そ、そんな目で見ないでくださいユウヒ様。ぞくぞくしちゃいます……っ」
「この変態め……」
「はぁ……はぁ……ユウヒ様、わたしにとってそれは褒め言葉です」
「うわぁ……」
呼吸も荒く悠姫ににじり寄ってくるシアに、悠姫は本気で身の危険を覚え、剣を抜いた。
「ちょ、ゆ、ユウヒ様!? それは洒落になりませんって!」
「シア。とりあえず手を頭の後ろで組んで、後ろを向いて床に膝を付きなさい」
「え、そ、そんな高度なプレイ……って、じょ、冗談ですよ!?」
どうしてこの発言でセクハラにならないのだろう。悠姫は本気でフレンドリストから外すことも一考して、何倍にも増してきた気がする疲労感に溜息を吐く。
「はぁ……とりあえずシアは暫くそうしてて。わたしはシャワー浴びてくるから」
「わ、わたしも一緒に」
「入ってきたら刺すからね」
「ユウヒ様に挿されるなら、それはそれで……」
「え、ちょっとシアが何言ってるのかわからないんだけど……本当に入ってきたらフレンドリストから消すからね」
「……………………わかりました」
長い長い沈黙の後、シアはしぶしぶと言った感じで頷いた。
……本当にわかったか怪しいところだが疑っていてもしかたない。
別にログアウトして解散でも良かったが、デスペナの時間はログアウト中には回復しないし、宿屋で寝たらそのままセルフログインのまま普通に寝ることが出来るのは確認済みである。
それにまだ、少しだけシアと話をしたかったというのもある。
広めの洗面所へと向かい、しっかりと鍵をかけてからシステムウインドウを呼び出して装備を全て外す。ついでに下着も外すと着ているものは全て無くなり、さらりと流れる真紅の髪が背を撫でる感触が伝わって来てくすぐったい。
――真紅の髪。悠姫リアルの白い髪とは違うまるで燃える意思のような綺麗な髪。
鏡が無くて、それが見られないことを少し残念に思いながら、悠姫は曇りガラスのような扉を開けて浴室に入る。
するとそこは結構な広さがある木材加工された浴槽があり、これだったらシアも一緒に入れたかもしれないなぁ……なんて考え、衣服を何も着ていないシアを想像してしまい首を横に振って邪な思考を追い出す。
……ダメだよダメダメっ! いくらなんでも男のわたしと、あれでも一応生物学的には女の子であるシアが一緒にお風呂に入るなんて、そんな……。
高鳴る胸に手を当てて、そこでふと悠姫は指に当たる小さな膨らみの感触に気が付く。
「えっ……ひゃっ!?」
初めて触れる感覚に、悠姫はか細い悲鳴を上げながら、咄嗟に手を除けて、しかしすぐに突起部分が視界に入ってしまい慌てて両手で隠した。
「(どうしましたユウヒ様っ!)」
「ちょ、だだだだ大丈夫だから!? 何もないよ!?」
扉の向こうから遠い声が聞こえ、同時にガチャガチャとまるで突入する機会を図っていたのではないかというほどの速度で洗面所の扉の取っ手が揺さぶられて、声よりもその音に驚いてお湯の中に身を隠した。
「(ちっ……鍵はちゃんとかけてるんですね……)」
「ちっ、って何よ、ちっ、って……」
シアの舌打ちにツッコミを入れて、少しだけ冷静になる。
……現実との見た目の違いが髪の色くらいなものだから、完全に失念してしまっていた。
シアやひよりのスキンシップにたまにどきっとすることもあったが、それ以外は概ね欠橋悠姫という女の子のアバターを自然に動かしていたので気が付かなかったが、現実の倉橋悠火は見た目がいくら可愛らしい女の子だったとしても、身体の特徴までは変えることは出来ないれっきとした男で、こちらのアバターである欠橋悠姫は現実とは違う女の子のアバターなのだ。
「うぅ……」
湯に浸かってまだそこまで時間も経っていないのに、顔が真っ赤になっているのではないかという程熱く、悠姫はその熱を冷ますためにお湯を手で掬って顏を覆う。
……小さな手。ほっそりとした手首。まるで雪のように白い肌。
その全てが現実の自分の身体と酷似しているが、顔を覆う手から視線をずらして下を見ると現実には有り得ない女の子特有の小さな膨らみが見える。見てはいけない考えてはいけないと思えども、悠姫も健全な男の子だ。例え自分の身体だとわかっていても、引力を発しているかのように視線がそちらに引きつけられ
『……あ。ユウヒ様』
「ひゃぁぁぁい!?」
唐突に耳元で聞こえた声に、悠姫は反射的に叫ぶ。
声がくっきりと聞こえたのは、シアがパーティチャットに切り替えたのだろう。
『あ、んん……っ、え、えっとどうしたのシア?』
動揺を隠すためにシアと同じくパーティチャットに設定して尋ねると、帰ってきたのは静寂で、悠姫はなんなのだろうかと洗面所の曇りガラスの扉を見て呼吸が止まった。
『な、ななななななぁ!』
悠姫が言葉にならない声を発している間にも猫耳娘のシアのシルエットから衣服が消えて、ゆっくりと曇りガラスの扉が開かれる。
「――おまたせしました」
「ちょっ、どうしてなんでシアがそこに居るの!? 鍵かけてたでしょ!?」
「あ、それですね? パーティ設定で切ってないとパーティメンバーは普通に解錠出来るみたいですよ」
「えぇ、嘘!?」
システムウインドウを表示してパーティ設定を確認してみると、細かな設定欄のところの一つにシアの言う解錠設定もあって、悠姫はジーザス……と神を呪った。
「で、でも何で鍵かけてるのに勝手に開けて入って来るの! 入って来ないでって、入る前にちゃんと言ったでしょ!?」
「ええっと、ユウヒ様。言いたいことはそれだけですか?」
必死に抵抗するも、そもそもシアは聞く耳も持たないようで何を言っても無駄だった。
「ふふ、良いではないですか、良いではないですかー」
「や、ダメ……シア……い、いやぁあああああ!?」
システム的にも声は外へと響かないため、助けを期待するという慈悲すら許されない悠姫の悲鳴が、宿屋の一室に響いて消えた。
それから約30分後。
「……わたしもう、お嫁に行けない……」
宿に備え置かれている薄手の寝巻を着た悠姫は、そう呟いたきりふらふらとした足取りで自分のベッドに突っ伏していた。
デスペナの疲労感も抜けないうちにお風呂場でシアに襲われて色々されて、身も心も憔悴しきってしまっていた。
これならばまだデスペナ中に別の場所で狩りをしている方が遥かに楽だと断言できる。
「ふふ……ユウヒ様、かわいかったです」
一方、シアは隣のベッドに腰掛けたまま妙につやつやとしている。
「……シア、覚えてなさいよ」
「そんなこと言っても、ユウヒ様もノリノリでしたよね?」
「そんなわけないじゃないっ! あんな……」
思い出して悠姫はシアの裸体を思い出してしまって真っ赤になって口を噤む。
「良いじゃないですかユウヒ様。やらしいことをするわけじゃないですし」
「どの口が言うの……」
一緒にお風呂に入っただけと言えばそれだけだが、髪や身体を洗う時にシアが手伝うなどと言って身体に触れて来るものだから悠姫は気が気ではなかった。
「だってユウヒ様の反応がかわいいからいけないんです。もしかして、ユウヒ様ってお嬢様みたいな感じで人とお風呂入るのとか慣れてないんですか?」
「や、別にお嬢様ってこともないけど」
どちらかと庶民だし。悠姫の現実状況は喫茶店でアルバイトをしながら日々慎ましく生きる身である。人とお風呂に入る……女の子と一緒にお風呂に入るというものは慣れとかそういうことよりも根本的な性別の差が問題なのだが、それを言う事が出来ないので悠姫は言葉を濁すしかない。
「わたし的にはお嬢様なユウヒ様もアリだったんですけど」
「はぁ……もう寝ましょうか」
ぶっちゃけ悠姫ならばなんでも良いんじゃないだろうかということを口走るシアに、深い溜息を吐きながら、悠姫が布団に潜り込む。ふかふかな布団が気持ちよく、現実のベッドの布団もそろそろ新調すべきかと考えさせられる。
「――ユウヒ様、一緒に」
「わかりきってるから先に言うけど、シア、布団には入って……」
先手を打って断ろうとするが、けれども一瞬だけ流し見たシアの表情がどこか寂しそうで、悠姫は喉元まで出て来ていた言葉を思わず飲み込んだ。
ふと、リーンの言葉が脳裏に甦る。
リーシアなんて甲斐甲斐しくずっと図書館で待っていましたのよ? 来る日も来る日もずっと。わたくしたちがほとんどここに立ち寄らなくなってからもずっと。見ていて痛々しいくらいに、ずっと彼女は待っていましたのよ!?
――待って、待って、また会えるかもわからない人を、待ち続けて。
その空白の時間で、彼女は何を思っていたのだろうか。
長い孤独の時間を、信じて、待って、やっと会えた人。
踏み込むのが怖くて、聞けないのではないのか?
――もし踏み込んで聞いて、また居なくなってしまったらどうしようかと。
「……やっぱり、今日だけなら、良いよ」
気が付けば悠姫は、そう言っていた。
「え、え、い、良いんですか?」
「ほら、おいでおいで?」
布団をめくって、自分の隣を叩いて悠姫はシアを招く。
まさか本当に一緒のベッドで寝かせてもらえると思っていなかったシアは、驚きながらも招かれるままに悠姫の隣にそろそろと横になる。
恐る恐るといった感じで近寄ってくるシアがおかしくて、その身体が震えているように見えて――悠姫は、シアの身体を柔らかく抱きしめて、髪を撫でる。
「ふぇ!? ぇぇ……? ど、どうしたんですか、ユウヒ様?」
いきなりのことに、シアはこれまでの扱いとは一転した、まるで壊れ物を扱うような悠姫の態度にたまらず問いかける。
「……シアはさ、わたしが何で休止していたか……聞かないの?」
問いに対して悠姫は問いで返す。
シアはその問いに、何やら考えるように悠姫の腕の中でもぞもぞと動く。
「わたしは……わたしは、ユウヒ様が、こうして戻ってきてくれただけで……それだけで満足ですから」
――ああ、嘘だ。
そんな震えた声で。
そんなか細い声で。
聞いて否定されることが怖くて。
それならばいっそ自分が耐えれば良いのだと押し殺して。
けれども不安で不安で仕方なくて。
……モニター越しとは違った、隠すことのできない感情が、痛いほどに悠姫に伝わってくる。
「……シアは、ずっと待っていてくれたんだよね」
「…………」
耳元で囁くように言うと、シアはぴくりと肩を動かして悠姫の胸に頭を預けてくる。
「それ……リーンさんに聞いたんですか?」
「うん。わたしが居なくなってから、シアが見ていて痛々しくなるくらいにずっと待ってたって」
「…………」
シアは悠姫の言葉に答えない。
だからそれが真実なのだろうし、シア本人も最初にずっと待っていたと言っていた。
「……それなのにわたしは、ずっと待ってたシアの想いなんて知らずに、冗談めかして明るく振る舞ってくれるシアに甘えちゃってたんだよね」
「ユウヒ様……」
「ヤンデレめいてみたり、さっきのお風呂のことも……ふざけてごまかして、わたしに気を使ってたんだよね」
「え? ……あ……はい」
半分は素でやっていたところもあるのだろうが、シアは特に今はそれを言うところでもないだろうと素直に頷いた。
「だからね」
「ひゃっ!?」
悠姫は、シアの身体を強く強く抱きしめる。
シアの身体は見た感じよりも小さくて、やわらかく、一緒にお風呂に入ったにもかかわらず悠姫よりも甘い香りがする気がした。
「――ずっと待っていてくれてありがとう。シア。……わたしにはこれくらいしかしてあげられないけど……これからもよろしくね」
「あ……ユウヒ……様……」
そんなたった二十文字の、口にしなければわからないこと。
耐えていた寂しさや待つことの期待と来ないことの絶望。繰り返される日々の中、諦めかけて、それでも諦めなかった一途な想い。
それが悠姫の言葉で爆発して、止まらない涙になって悠姫の胸を濡らす。
胸の中で泣きじゃくるシアを、悠姫は包み込むように抱きしめ続ける。
暖かな熱に触れて、シアは悠姫の胸の中で、やっと本当の再会を果たしたのかもしれない。
やがてつかれたように眠りに落ちるまで、悠姫はずっとシアを抱きしめ続けていた。
……等と割と良い雰囲気で夜を演出していたが、実際のところの時刻は朝で。
外からは明るい光が差し込んで来ていたという。