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Crescent Ark Online  作者: 霧島栞
第一章[Crescent Ark Online]
7/50

六話[製造というもの]


[ルカルディア]についてあまり知らないひよりに色々とレクチャーをしながら、色々なフィールドを巡ってセインフォートに戻ってきたのは、深夜2時前のことだった。


[ロスティカ鉄火山]からの死に戻りの後。


 時間がもったいないので宿屋でデスペナの時間を緩和しつつ、スキルの方針を模索して、転生までは火系を中心に氷と雷の上位魔法を取って行く方針でひよりのスキル構成を定めたはいいが、[ルカルディア]のどこに何があるかや、どんな場所があるのかとかをまったく知らないひよりの為に、悠姫はパワーレベリングで引っ張って上げた責任もあるので色々なフィールドを巡って狩りをしながら説明してゆくことにしたのだ。


 そして戻ってきたのがこの時間。


「あうううぅ……ゆうちゃんわたしもうむりですうううぅ……」


 そう言いながら何度も目を擦り今にも寝落ちしてしまいそうなひよりを見送ったのがついさっきのこと。


 そこから悠姫はさてどうしようか……と定番になりつつある思考に耽る。


 人が眠りに就き、廃人達が静かに動き出す時刻。


 2時。


 レベルがカンストしているVR化前ならボスモンスターのレアドロップを狙ってボス狩りに行ったりしていたが、今のレベルではボスに会いに行った所で瞬殺されて終わりだ。


 フィールドを案内しながらもちゃんと狩りはしていたのでレベルが結構上がったが、だからこそデスペナによって時間が取られてしまうのは避けたいところだ。


 しかしこの時間にもなると円形広場に臨時も無く、仕方なしにとりあえずで図書館へと向かおうとセインフォートの南西へと足を向け――


「――あれ?」


 けれども直後。円形広場から南へと出た場所の目立つところに立てられた露店を見つけて、悠姫はこんなに早く露店を出しているところがあるんだと思い、物珍しさもあってふらりふらりと立ち寄ってみることにする。


「何売ってるのかなー……っと」


 クリックの要領で吹き出しの看板をタッチしてみると、アイテムリストが表示される。


 品揃えは十品程度で、初日ならば――いや、深夜2時だから二日目か――そこそこの品ぞろえと言っても良い。


[ロングソード+2]や[シーカーダガー+1]等々、リストには店売りで売られている装備の性能品+が売られており、悠姫はこんなに早くから製造をしているプレイヤーが居ることに驚く。


「おー、いらっしゃいませにゃー」


 露店を見られていることに気が付いた看板を出していた少女がねこねこしい口調で言い、商売人らしい笑みを浮かべたが、リストの商品を吟味することに集中している悠姫は視線をそちらに向けずに言葉だけ返す。


「もう製造してる人がいるんだね」


「そうにゃ。ミミはまだレベルが足りにゃいから委託品だけどにゃ。ってにゃにゃ? キミももしかして引き継ぎ組みなのかにゃ?」


「だよー」


 別段引き継ぎ組みだということを隠す理由も無いので、悠姫は素直に問いに肯定をもってして返す。装備はちょこちょこ変えてはいるものの衣装装備をほとんど弄ってない為、どうやら初見では初心者と思われていたようだ。


 今の悠姫の装備は店売りの中でも一番良いものへと差し替わっており、これ以上を望むならばどこかで[鍛冶師]のプレイヤーに製造を頼むのが手っ取り早い。


 モンスターからのドロップを狙いに行くのも手だが、そういったモンスタードロップの装備はダンジョンのモンスターがドロップすることが多く、さすがの悠姫もダンジョンへとソロで潜る気はまだなかった。


「にゃ……?」


「ん?」


 と、そこでようやく視線を向けると、悠姫の視線の先には鮮やかなきつね色の狐耳があった。


「にゃ?」


 狐耳だった。狐耳。なぜに狐耳で猫語? いや語尾に「にゃ」とつけたところで猫語とは言わないかもしれないが。


 狐は確か犬科じゃなかっただろうか――そんなことを思いながらさらに視線を下げると、悠姫の肩くらいまでしか身長のない小柄な女の子が、キラキラとしたエフェクトが飛びそうな勢いで目を輝かせて悠姫のことを見上げていた。


「ほ……本物にゃ?」


「え? どゆこと?」


 問いに疑問で返した悠姫は、押し寄せてくる嫌な予感にあれ、何か忘れてるような……と思ったのも束の間。


「その名前にゃ! 欠橋悠姫! ほほほ、本物なのかにゃ!?」


「……………………そういえばそうだったぁ!」


 これまで出会った人が身内だったことや、ずっとひよりと狩りに行っていたので、悠姫は完璧に油断しきってしまっていた。不用意に過ぎた発言だったと思うが時は既に遅く。


 立ち去ろうにも狐耳の少女がいつの間にか手を取ってきているので逃げられない。


「ほ、本物にゃ! 本物の伝説さんにゃ!」


「ちょ、ちょっとあんまり大きな声で騒がないで!」


 呼称からして既に恥ずかしいというのもあるが、時間が時間とはいえどこに誰の耳や目があるのかわからない。壁に耳あり障子に目ありとも言う。たった一人でこの反応なのだから、囲まれでもしたらと思うと考えたくもない。


「……ん? 騒がしいが、どうした?」


 案の定、騒ぎを耳敏く聞きつけた一人の男が近寄ってきて、悠姫は撤退するべきか警戒心を露わにする。


「あ! 良いところに来たにゃ! この人はなんと、あの伝説の――」


 元気良く言う狐耳の少女の言葉が終わりきる前に、男はログを確認したのだろう。そこに記された名前を見て目を見開いた。


「おお……おい、もしかして悠姫さんか?」


「え、あれ、誰? え、この名前……触れただけで世界が爆ぜる……って」


「――って、にゃあ?」


 瞬間、悠姫もログを確認して男へと視線を戻す。


 悠姫の事を「悠姫さん」と呼んだ厳つい男の容姿は、黒い長髪に古傷を隠すような眼帯をしており、手には使い古されたようなハンマーが握られていて、煤だらけの衣服に身を包む姿はどう見ても[鍛冶師]の姿そのものだった。


 纏う雰囲気も、どこか風格あるオーラを醸し出している。


「……はぜっち?」


「おお!? やっぱりか! 懐かしいな。元気にしてたか?」


 その風格ある男がそう言って、まるで子供のように破顔して快活な笑みを浮かべ、悠姫の背中をばしばしと叩いてくるのだから、悠姫はたまらず素早い動きでその手を避ける。


「痛い痛い! ……もう、はぜっちセクハラで監獄送りになっても知らないよ! っていうか、はぜっちはそのキャラ引き継ぎしたんだ」


「あったり前よ。あれは悠姫さんがいなくなった後になるがな……いつ転生するかと迷っていたが、それをきっかけに転生したら良い[メインクラス]が出来てなぁ。俺が作った[触れただけで世界が爆ぜるミストルティン+17]とか結構有名な武器だったんだぞ」


「うぇ、初期値で+17ついてるの?」


「おうよ」


 武具にはその武器レベルに応じた回数の強化可能回数が存在する。


 レベル1武器ならば5回

 レベル3武器ならば7回。

 レベル7武器ならば12回。

 レベル10武器ならば15回。


 武器の強化試行回数に応じて強化値も変わり、最初は3%しかつかない強化値も、最終になると+1上がるだけで40%の値が加算されることもある。


 またそれとは別に、製錬時に付与される強化値があり、はぜっちが言っているミストルティン+17とは、強化段階で既に最低値である17×3%の武器強化率が乗っている武器のことだ。


 要するに、初期段階で通常の武器の1.5倍の強さのある武器だということだ。


 どんな[メインクラス]が出来たのか激しく気になるところだったが、職人系の[メインクラス]は秘匿される傾向にある。だから、そういうCAOならではの暗黙のルールを知っている悠姫は気にはなるものの、敢えて聞くことはしない。


「しかしま、良い[メインクラス]が付いたのがこいつだけだったけどな」


 ちなみに先ほどからちょくちょく出てきている[触れただけで世界が爆ぜる]とは、彼ことはぜっちの正式な名前である。


[触れただけで世界が爆ぜる]。


 それは本当に名前なのかと疑いたくなるようなネーミングセンスだが、オンラインゲームの名前には往々にして冗談のような名前の人も多く、こと[ブラックスミス]や[アルケミスト]などの製造系ともなると製造した武具や製薬した薬品などに自分の名入れが指定出来るので、ネームブランドとしてのキャラクターネームを付ける者も多かった。


 はぜっちの名前の[触れただけで世界が爆ぜる]にしたってそうだ。


 はぜっちの場合はブランド名としてではないが、いわゆる[ネタ装備]を作るためだけにそんな名前でいくつものキャラクターを作って製造をしていた。


 一部を例に挙げると、


・[触れただけで世界が爆ぜるブロードソード]

・[紙よりも薄いフルプレート]

・[致死量を遥かに超えたHP回復ポーション]

・[幻想世界へ旅立てるMP回復ポーション]

・[攻撃が透けて通るラウンドシールド]

・[神を殺す禁呪が封印されたヒールスクロール]


 等々。正直どれでも良いのでとりあえず一式揃えて倉庫に放り投げときたいくらいのクオリティの名前のキャラクターが多数用意されており、彼の凄いところそんな何種類ものキャラクターを用意しておきながらも製造や製薬としての上位集団に名を連ねるほどの猛者だということだった。


 つまり、言ってしまえば製造廃人ということだ。


「にゃにゃ、もしかして、伝説さんと知り合いだったのか……にゃ?」


「や、伝説さんは止めて……っていうか製造しているってことは、はぜっちもう工房とか借りてるんだよね」


 置いてけぼりになっていた狐耳の少女がはぜっちに問うのを聞いて、悠姫は呼称を訂正しながら尋ねる。


「ああ、一番小さい工房だがな」


 工房の賃貸料金は一番安くとも500kだ。


 悠姫の所持金も今はギリギリそのくらいはあるものの、しかし悠姫のようにスタートダッシュをきめて高レベルなモンスターの居るフィールドを転々としながら狩りを行っていた者とは違い、はぜっちの場合はある程度レベルが上がった段階で[製造]スキルを取って街に籠りきりになっていたはずだ。


 それなのにそれほどの資金を獲得しているというのはさすが製造廃人と言わざるを得ない。


「じゃ、工房で話とか良い? ……ここだとちょっとね」


「ん? ……ああ。そういうことか」


 ちらりと南通りを見回す悠姫に、はぜっちはすぐに察して身体を翻す。


 さすが、はぜっちは空気が読める。そう思いつつ、悠姫はその背中を追いかける。


「にゃ? にゃ、あ、ど、どこにいくのにゃ? ミミもいくのにゃ!」


 狐耳の少女も気になったのか、店を畳んで悠姫の後ろを付いてきた。


 そのまま三人連なって狭い道をいくつか東へと抜けると、そこは鉄の焼ける匂いが漂ってくる一画があり、はぜっちの借りている工房もそこにあった。


 夜だというのに、工房の煙突からは煙が立ち上りっており、澄んだ[ルカルディア]の空高くへと立ち上っては消えてゆく。片時も休まず炉を稼働するその様子は、時代は中世黎明期の活力に満ち溢れていた工場区画を彷彿とさせる魂の輝きが放たれていた。


「着いたぞ」


 はぜっちの工房もまださすがに小さいが、けれどもその工房を見るはぜっちの目はどこか満足気で、初めて持った工房がまるで我が子のように感じられているかのように悠姫の目には映った。


「狭いところだが、入ってくれ」


「うん、お邪魔します」


「入るにゃー」


 遠慮無しに中へと一歩踏み入ると、煤に交じって埃の臭いが鼻につき、たまらず悠姫は咳き込んでしまう。


「ごほっ、ごほっ、ちょ、はぜっちここ掃除してるの?」


「はは、悪いな。誰も通さないと思ったから、とりあえず炉しか見てなくてな」


 そう言う工房の炉には絶えず煌々と火が燈っており、いかにも製造狂っぽいはぜっちの言葉通り、その周辺だけは妙に整理されていた。


 こうもずっと火が燈っていたら部屋の中が熱くて仕方ないんじゃないかとも思うが、そこはゲームの世界。多少の熱量を感じはするものの室内が熱気に満ちているということもなく、炉は煌々と火を燈し続けている。


「で、改めてだが……久しぶりだな、悠姫さん。ちょうど一年ぶりくらいだな」


「あー……そうだね」


 はぜっちはギルドのメンバーではないからそこまで気にすることでもないのかもしれないが、リーンの一件があったせいでやはり気まずい所があり、悠姫はなんとなしに自分の真紅の髪を弄りながら、曖昧に頷いた。


「ん。ああ、まあなんだ。休止に関しては何があったかは詮索しないから安心してくれ。俺としては上客が戻って来てくれた、それだけで満足だからな」


 そう言ってにやりと笑うはぜっちに、悠姫はこの人こんな男前なキャラだったっけ……とVR化前の記憶のサルベージにかかる。


 はぜっちはネタネームによる製造もそうだったが、VR化前はもっとはっちゃけていたような気がする。会話のそこかしこに草が生えていたし、どう考えてもこんな渋めのイケメンキャラではなかったはずだ。


「にゃにゃ! やっぱりあの伝説の欠橋悠姫だったのにゃね!」


「や、だから伝説はやめてってば……」


 首を傾げていると、隣からぴょこりと狐耳が生えてきて、悠姫は手を取ってまとわりついてくる狐耳の少女に言葉を反す。


 はぜっちの名前のインパクトが強すぎて狐耳少女の名前まで気が回らなかったが、悠姫はここに来てやっと狐耳少女の名前をログで確認する。


「……けもみみ?」


「にゃ? ミミにゃ?」


 これはまた、わかりやすい名前だった。


 狐耳、獣耳だから、けもみみなのだろう。


 ぴょこんと、長めに立ったきつね色の狐耳と、それと同じ柔らかい色の髪。目はくりっとした赤い瞳で、特徴として挙げることが出来るほどに身長が低い。狐耳を除く身長は恐らく130台ではないだろうか。


「はぜっち、この子どうしたの?」


「あー……こいつはなぁ……」


「ミミは師匠の弟子なのにゃ」


「うん? 弟子って、はぜっち、弟子なんて取ってたの?」


 製造職や製薬職には徒弟システムという、製造や製薬を行った際に得られる経験値の数割が徒弟に分配される代わりに[製造]や[製薬]スキルの熟練度の上昇率が上がるという一長一短なシステムが導入されていた。


 職人系のスキルの熟練度に上限は無いが、けれども熟練度が700を超えた辺りからはめっきり上がらなくなり、熟練度1000以上ともなれば転生レベル120のカンストキャラクターが最高人数の50人の徒弟を持った状態で最高級の武器を作ってもやっと熟練度が0.1上がる程度だった。


 その割に熟練度が1000を超えて上げたところで1や2だと目に見えて変わることもなく、熟練度上げは製造廃人にとってまさにエンドコンテンツといったところだった。


 VR化前は、はぜっちはどこのギルドにも所属していない野良の[鍛冶師]だったし、あまりにもネタネームが広まりすぎていた為、徒弟も取っていなかったはずだ。


 少なくとも悠姫が休止する一年前まではの話ではあるが。


「ミミはなぁ……10カ月前くらいから徒弟にした……あー……」


「どうしたのさ」


 言いにくそうにするはぜっちに、悠姫は再度促す。


「うーむ……なんだ……まあ悠姫さんだから話すが……そいつ、実は俺の娘でな」


「あぁ……」


 悠姫は憐れむような瞳を、はぜっちに向けた。


 ……ついに犯罪に手を染めてしまったのか。これだからロリコンは……。


「お、おい待て違うぞ! 本当に、本当にこいつは俺の娘なんだ!」


「……はぜっち……ロリコンは病気なんだよ……しかも不治の病系の」


 慌てて取り繕うはぜっちに、悠姫はやさしくそっと肩に手を置いて首を振る。


 VR化前に確かに小柄な少女を見て可愛い可愛いと言っていたが、まさか本当に少女に手を出すとは……。


「……あ、もしもしGMさん? ここに犯罪者が一人」


「おぃい!?」


 ここまでテンプレ。


「なんてね。あはは……って冗談は置いておいて……え、本当に娘さんなの?」


 VR化前に、悠姫ははぜっちが既婚者だと聞いてはいた。


 しかしはっきり言って悪いが、彼のCAOのプレイ時間や廃人具合を考えると、本当に失礼なことだが架空嫁でFA(ファイナルアンサー)だと思っていた。


「まったく……本当だっての。……VR化後のCAOに課せられたプレイ年齢制限は知っているだろ? 12才以下は保護者が同伴でないとログイン出来ないっていうな。うちの娘は今年で12歳だから、まだ俺が付いていないとログイン出来なくてな……」


「ミミがCAO始めたのも、10カ月前くらいにゃのにゃー」


「へー、って……12歳?」


 さらりと流しそうになったが、別のところで素晴らしい問題が露呈していた。


「どうした?」


「にゃ?」


 仲良く首を傾げているが、どうして不思議そうな顔をしているのか悠姫にはそちらの方が不思議だった。


「……はぜっち、今2時過ぎてるよ? 娘さん、寝なくて大丈夫なの?」


 そう、今の時刻は深夜2時だ。良い子は寝ている時間。良い子じゃなくても寝ていておかしくない時間だ。この時間から動き出す者などもれなく廃人の称号をプレゼントされる人種ばかりだ。


「にゃ? ミミは眠くないからだいじょーぶにゃ。というかいつも師匠とこのくらいの時間は起きているにゃ」


「あ、ああ……そうだな……」


 視線を逸らすはぜっちを、悠姫は穴が開くほど見てやった。


 しかしその目が奇しくも、ひよりを廃人の道に無意識に引きずり込もうとする悠姫を見ていたコージローの目とまったく同じだということに、悠姫は気が付くことが出来なかった。


 正直やってることはどっちもどっちだった。


「ああ……でもそれで、性格とか喋り方もVR化デビュー……みたいな……」


「ぐっ……」


 娘の手前つっこむことが出来ないはぜっちを見て、悠姫は自分の想像が正しいと確信を持つ。


 はぜっちの変化が何か。


 答えが出てしまえばなんてことない。


 中学生までの自分にさようなら。


 高校デビューと同じくVR化前の自分にさようならなVRデビューを図った、とそんなところだろう。


 っていうか、この男、なに自分の娘ににゃーにゃー言わせてるんだろうかロリコンめ。


「……まあ、プレイスタイルは人それぞれだしね。あまりツッコミはしないよ」


 しかしこういうことはあまり深く触れてあげないのがオンラインゲームのマナーだ。


 本人が好きでやっていることに、他人がちょっかいを出しすぎるのはあまり良くない。それがゲームともなれば余計なお世話だ。


「でもその子が娘さんってこと、よくわたしに話してくれたよね?」


 VR化以前ならいざしらず、VRだったらいずれどこかでばれるかもしれないが、それをわざわざ一年も休止していた自分に話す理由なんてないだろう。


「あー、まあ、それはな。俺は悠姫さんのこと、信頼してるからな」


「嘘にゃ! きっと悠姫様が美人だったからにゃ!」


「お、おい! ミミ!」


「え」


 台無しだった。


 悠姫は無言で、はぜっちから距離を置いた。


「ち、違うぞ! 確かに美人だとは思ったが、本当は仲間内から真紅の髪の少女と亜麻色の髪の少女が中、高レベルのフィールドで暴れてるって話があってだな!」


「……思いはしたんだ。このロリコンめ……っていうか何それ?」


「あ、それミミも見たにゃ。ちょっとしたお祭り騒ぎになってるにゃ」


 初耳の情報に、悠姫は「そこのところ詳しく」と今度ははぜっちに詰め寄る。


 確かに色々なフィールドで狩りをしていたが、けれども大抵のフィールドには人の姿などほとんど無かった。どこからそんな情報があがってきているというのか。


「知らないのか? 掲示板では結構有名だぞ。狩り場死亡ツアーに行った一団が見かけて掲示板に草生やしてたぞ」


「ぁぇー……マジで……」


「ああ。公式のトピックの……上から二番目だな。見てみたらどうだ」


 頭を抱えたい衝動を何とか抑えつつ、悠姫は促されるままにシステムウインドウを呼び出し操作して公式の掲示板を表示する。


・[狩り場情報]

・[初心者講座]

・[雑多な情報交換場所]

・[交流広場]

 等のトピックに混ざって上の方、はぜっちが言う二つ目に、

・[今起こったことをありのままに話すぜ]


 という妙に嫌な予感がするトピックが存在した。


 出来れば見たくないと思いながらも、けれども内容を確認しなければ始まらない。


 悠姫は恐る恐る、そのトピックをタッチしてページを開く。


 ……………………。

 ………………。

 …………。


 ……暫く内容を流し読みして、VR化前に有名だった大手ギルド[Endless Paradox]や[Hexen Nacht]や[Criminal of Guilty]などがレベル上げに苦戦していることや、[サンドコア]でずっと狩りをし続けているらしきリーン達のこともちらりとあって、そちらに現実逃避をしながらもしかしそれ以上に嫌でも目に入ってくる真紅の髪の少女と亜麻色の髪の魔導師の情報……狩場や更新時刻から見ても、どう考えても自分とひよりのことに他ならない記事を見て悠姫は精神に多大なダメージを負う。


「うぇー……なぜだ……」


「いやなぜだも何も、悠姫さん、今レベルいくつよ」


「68ですがなにか」


 フィールド巡りをしていたら、いつの間にかレベルがそこまであがってしまっていた。


 悠姫の持論ではオンラインゲームなんて基本的に一日二日もあればレベル70くらいまでは上がるものだし、むしろそこからが必要経験値が莫大になってきて停滞する時期だと思っている。ステータスやスキルがそこそこ上がってきてからが、立ち回りやプレイヤースキル等を磨くための期間であり、だからこそ経験値の数値は無駄に高く設定されているのだと、フィールド巡りをしている時にひよりにもそう説明しておいた。断じて刷り込みではない。


「にゃ!? ろ、68ってなんにゃ……わけわかめにゃあ……」


「お……ぉぅ……予想以上だぜ……さすが純廃人、ぱねぇ……」


「え、え、わたしよりレベルの高い人っていっぱい居るよね?」


「いやいや俺の知る限りでは、EPのギルマスでまだ21とかだったはずだぞ? HNも似たようなもんらしいしな。CoGはお抱えの[鍛冶師]が居るせいでこっちに情報が入ってこないからわからんが……大手のギルドはメンバーを纏めるのに苦労してるみたいだな。内部分裂を起こしているところもちらほらあるらしい」


「そうなの?」


 さすがにまさかそんな低いとは、と驚かずにはいられない。


 MMORPGからVRMMORPGに変わったことによる弊害とでもいうべきなのだろうか。

大手のギルドの場合はどこもボイスチャットによる連携を行っていたりしただけに、VR化してもスムーズに纏まるものかと思いきや、そこかしこで一悶着があるようだ。


・[ギルド情報]というトピックを開いて読みながら、悠姫はむしろ大きなギルドほど統制に軋轢が生まれるものなのだろうか、と思案する。


 大手ギルドの上層部は自分たちがトップ集団だと信じて止まない……むしろそうでなくてはならないという脅迫概念に近い使命感や信条を己の胸に抱えている者ばかりだ。


 だがしかしそれはレベルがカンストしていて、さらには装備が充実していた時ならばやむなしと納得されていたのかもしれないが、けれども実力によって序列が決まっていたということは、それが一度崩れてしまうと存外に脆い。


「……これは酷いなぁ」


 ギルド情報のトピックは既に7つ目のトピックに突入していて、1個前のトピックまで遡ってはみたもののどこも荒れに荒れまくっていた。誹謗中傷は当たり前、どこを見ても罵詈雑言で溢れかえっていて、正直見るに堪えない内容だった。


「……こうなると、むしろ中小ギルドの方が統制取れてそうだよね」


「そうだな。お前さん所のメンバーだったリーンや久我もそうだろ? 他の人からの又聞きだが、聞いた話ではレベルが53だったらしいからな」


「あれ、そのくらいなんだ」


 言われて悠姫はフレンドリストで三人を確認してみると、久我とニンジャは既にログアウトしているもののレベルはその辺りでまとまっていた。


「12時ってことは、4時間くらいは[コア狩り]してたはずだけど、53かぁ」


「いや、そんな残念そうに言ってるが十分高いからな? 普通に驚いたっつの」


 悠姫たちが2時間で48だったのだから、もっと上がっているものだとは思っていた。


 リーン、久我、ニンジャ、シアで4人パーティだろうから経験値分配は70%で……ああ、でもシアが最初低かったから、そこからさらに下がるのか。だとすればまあ順当なところかな。


 そう結論付けた後に悠姫はもう一度フレンドリストを見て、まだシアがログインしていることに気を惹かれる。


「なるほどねぇ……でも話を戻すけど、わたしのレベルが高いこととはぜっちがその子を実の娘だと教えたことって何か意味があるの?」


 ずいぶんと話は横道に逸れてしまったが、悠姫はこれ以上脱線しないように話を戻した。


「ああ。ま、信頼を得るには身内に引き込むのが一番早いだろう? 情も移るし一石二鳥だ」


 それを言ってしまうのはどうかと思うが、確かにその通りではある。自分が割と情に脆いところがあるのは悠姫自身もわかっていることなので何ともえげつない手法だった。


「それに、フィールドを回ってたっていうことは素材とか使える物は置いてあるんだろ?」


「うわ、ちゃっかりしてるね。というかそっちが本題でしょ」


「まあな」


 悠姫が呆れながら言うと、はぜっちは、はははと笑いながら正直に頷いた。


 フィールドに居るモンスターから、大体の素材の目星はついているのだろう。


「俺は高レベルの素材を使った製造でレベルも製造の熟練度が上がる。悠姫さんも腕の良い職人に武器を創って貰えて万々歳だろ?」


「自分で腕の良いって言っちゃうんだ」


「師匠の腕は一級品なのにゃー」


 両手を上げるポーズを取って言うミミに毒気を抜かれて、悠姫ははぜっちを見る。


「もちろん、俺もまだ熟練度が足りてないところもあるから製造の代金は要らない。どうだ?」


「そうだね……ま、誰かに製造頼もうとしてたし、どうせだから任せようかな」


 言って悠姫は、はぜっちにトレード申請を出してトレード画面を開く。


 本人が言う通り熟練度に不安はあるが、だがそれは現状誰に頼んだところで同じだ。


 それならばまだ露店で見たような+品を作成出来る可能性のあるはぜっちに任せる方が良い。


 そう判断して悠姫はこれまでのドロップ品で使えそうなものをはぜっちに送る。


「雑多な素材に……メインとなる[鋼鉄]、[白精石]、[星錬石]辺りは結構あるのか。さすがだな。まあ[白精石]は数は少ないが……ってまてまて、もう[金碧燈]なんて手に入れてるのか!」


「それ、[ファーメナス湿地]の[テリブルクレイ]から低確率でドロップするでしょ?」


「まあそうだが……0.02%くらいだろう、あれのドロップ率は」


「そこに関しては運が良かったとしか言いようが無いね。ほら5千匹狩れば出る確率だよ。割と良く出る良く出る」


 実際、オンラインゲームに置いてその程度の確率は歩いていて石ころを蹴るのと同じくらい起こりやすい確率だ。何の気なしに狩った1匹目の敵からぽろりと出ることもあれば、例え5万匹狩ったところで出ないこともある。矛盾しているように聞こえるが、例え理論上100%の確率で出るとされている数を狩ったとしても、それで出るとは限らないのが確率というものだ。


 欲しい欲しいと思って狩りに行くと出ないというジンクスは、もはや有名すぎる話である。


「これだからリアル幸運スキル持ちは……それに言っておくが、0.02%で5千匹狩っても確率的には63%くらいだからな。100%にしようと思ったら2万匹は狩らないと……ってまあそんなうんちくは良い。後は[エメラルド]に[ルビー]の宝石系が少しと……さすがに[枢輝石]はない、か」


 ぶつぶつと吟味しながら真剣に画面を凝視するはぜっちに、良い意味で廃人だなぁ……と悠姫は苦笑する。ひよりとの話にもちらりと出てきた[枢輝石]というのは、全てのモンスターから一定の確率でドロップする[枢輝石]という超レアドロップアイテムだ。


 その確率はなんと先程の[テリブルクレイ]が[金碧燈]をドロップする確率よりも低く、実に0.01%の確率でドロップされるアイテムだ。


 モンスターによってドロップする[枢輝石]が変わり、例えば[モフリス]から出れば[モフリスの枢輝石]となり、[サンドコア]から出れば[サンドコアの枢輝石]となる。


 そしてこの[枢輝石]は武具の作成時に使うと特定の効果を付与することが出来るアイテムで、その内容はステータスが上昇する物から、特殊効果の発動、属性耐性の上昇、果てはスキル修得付与まで様々だ。


「とりあえずそれで要求レベル65くらいの片手剣と、出来れば杖を二本お願いしたいかな。[金碧燈]を使った装備は他の素材が足りないだろうから、とりあえず武器レベル4くらいで。ウィザード用が要求レベル65くらいと、ヒーラー用は要求レベル50付近で作ってくれるとありがたいね」


[金碧鉱]はレベル5以上の武器を作る際に必要となるレアメタルで、先程悠姫が言った[ファーメナス湿地]の[テリブルクレイ]以外では基本的にはレベル90以上のパーティや転生後に行くようなダンジョンでしか手に入らない。


「あいよ。他にはこの量だとレベル3辺りの防具なら作れると思うが、どうする?」


「他はおまかせするよ。とりあえず騎士系職業が着られるならなんでも」


 聞いて来るはぜっちに、悠姫は投げやりに答える。


 武器は直接的な火力に関わる為そこそこ種類を覚えてはいるものの、そのレベル帯の防具ともなると数も多くてさすがに把握していない。


[枢輝石]を使って作るような高価な防具でもないので、そこら辺はもうはぜっちのセンスにお任せすることにした。


「そうそう、一応言っとくけど銘は入れなくていいからね」


 念のために言うと、はぜっちは小さく「ちっ……」と舌打ちしていた。


 触れただけで世界が爆ぜる銘が入った装備はさすがにまだ要らない。最初に手に入れるプレイヤーメイドの装備がネタ銘装備とか嫌すぎる。


「……ま、仕方ない、じゃあさくっと作るか」


「お、すぐ作って貰えるの?」


「ああ、そこまで時間のかかる作業じゃないしな。先約も無し。すぐに作るから待っててくれ」


 言ってはぜっちは炉の傍へと歩いて行き、空中に現れたパネルを操作する。


 恐らく工房の所有者しか操作出来ないようになっているのだろう。見ている悠姫からは何もない空間をタッチしているようにしか見えない。


 手慣れた……とは言い難いが、淀みの無い動作でアイテムを選択して、炉の中に金属が放り込まれる。


[白精石]の影響か、高熱の焔に抱かれた金属は緩やかに熱を帯びてやがて白銀色の光を放ち始める。その光が最高潮となったところで、はぜっちはすぐに金属を取り出して煤けた金敷の上にそれを置いて鎚を振る。


 カンッ……カンッ……カンッ……カンッ……と、加熱されて白銀色に光る金属を叩く音が一定のリズムで工房に響く。


 叩かれた金属から白銀の火花が散り、その姿を徐々に変えながら輪郭を成してゆく様子は現実の刀や剣を製造する時のような膨大な手間が無い分、やけにあっさりとした印象を覚えるが、けれども金属を叩くはぜっちの真剣な横顔はまさに職人といった風情で、悠姫は思わず見入ってしまう。


 ――カンッ!


 最後に甲高い音が一つ鳴って、白銀色の光が収縮するように一振りの剣がその姿を現す。


「――出来たぞ」


「おぉー……」


 ――そうして出来上がった剣は、何故か黒かった。


「……[ダークブリンガー+4]、だな」


「ねえねえ、はぜっち。これ突っ込んだ方が良いの?」


「言うなよ」


「にゃ」


 はぜっちも、ミミも、二人ともが二人とも苦笑いを浮かべていた。


 直前まで白銀色に光っていた金属がどうして黒い剣になるのか激しく突っ込みたかったが、そこはもうゲームだからと言うより他が無い。二人の反応を見てもそれは明らかだった。


「まあ、そういうもんだよね」


「まあ、そういうもんだ」


 しかし黒い剣とはまた中二病患者が大好きそうな武器が出来上がってしまったものだ。誰かに見られでもしたらまた掲示板が炎上しそうなネタだ。


 新たな厄介事を背負い込んでしまった気もするが、はぜっちから受け取った[ダークブリンガー+4]の性能自体はこのレベル帯で使うならば申し分無い強さで、+値も4ついているので+12%されてATK420というかなり良い武器に仕上がっていた。


「まず一つ成功、か。……さて、別に他の武器も作ってしまっても構わんのだろう?」


「え、何でそんな『別に倒してしまっても構わんのだろう?』的な死亡フラグっぽいの? 折れるの?」


「敢えてフラグを立てておくことで、折れないようにするジンクスだ」


 武器の製造も100%成功するとは限らない。むしろまだ上がりきっていない熟練度で武器レベル4の武器を作ろうとしているのだから、失敗する可能性もかなり高い。


 だがやはり武器レベル4ともなれば成功すると経験値的にもおいしいのだろう。


 先程の製造で、はぜっちとミミのレベルが上がっているのが見えた。


「ま、確率については仕方ないと思ってるし、良いよ。一思いにやっちゃって」


 大抵の場合はこうした時に成功するから、それをやってから事に臨む。


 はぜっちのやっていることはそういうものを信じることでモチベーションを上げる一種の呪い(まじない)のようなものだが、そうしたジンクスというものが意外と馬鹿にならないものであることは悠姫も実体験から知っている。


 さて今回はどうなるか、と結果を見守ること数分。


「おー、さすがはぜっち、どっちも成功とはやるね」


「いや、マジで自分の神がかった運が恐ろしい。次に作る装備は絶対折れると確信できるくらい本当と書いてマジで」


 つまり防具はダメそうだった。


 発光する鉄の塊を叩いて、木製の杖が出来るのはどういう仕組みなのか。先の[ダークブリンガー]よりも不思議な光景を目にしたがそこも突っ込んだら負けである。


「ふむ……[ルビーセプター+3]と[神木の霊杖+4]……か。どっちも+品だし、ありがとねはぜっち」


「いや、礼を言うのはこっちの方だ。レベルも2つも上がって24になったし熟練度もそこそこ上がったからな」


「にゃ、熟練度うらやましいにゃ……」


「ミミもレベルが上がったんだから良いだろ」


「それはそうだけどにゃー」


 製造には製造の楽しみがある。にやにやする二人をよそに悠姫は、シアがまだログインしているかを確認するべく再びフレンドリストを表示して、そこに名前を見つけてはぜっちに声をかける。


「はぜっち、ちょっとWISするから席はずすね」


「ん? おう。じゃあ俺はその間に防具を作っといてやるか」


「ありがと」


 笑顔と共に短く礼を言って、悠姫は工房から外へ出る。


 現実とリンクしているのか、三月が始まったばかりのこの季節。


 工房から出た外の空気はどこか肌寒く感じるが、熱に当てられて火照った顔にはその肌寒さすらも心地よく、こんなにも夜の深い時間だというのに鎚の音が響いて聞こえてくることが不思議に感じて仕方ない。


 カンッ……カンッ……カンッ……カンッ……一定のリズムで鳴り響く金属音をBGMに、悠姫は空を見上げる。


 重なり合った、大きな二つの月が夜の[ルカルディア]を明るく照らしている。


 それはかつて、この[ルカルディア]に星を創った[第十一の聖櫃(ウィニード=ストラトステラ)]が創り上げた天体で、元を質せばその大きな二つの月は、例え夜で有ろうとも人々が暗闇に怯えないで済むようにという、彼の祝福が込められた創造物だった。


 古き書物を漁れば、他にも神々がこの世界を愛していたという歴史は至る所に残されている。


 けれどもその古き書の中にも、今の[ルカルディア]を形作ることになった根幹。



 “何故、神々が世界を見捨てて消えてしまったのか”



 その歴史だけはどこにも残されていない。


 真実の歴史へと至る道は未だ不確定なまま。クエスト等でちらりと語られることはあっても、それは人々が崇拝した神々の虚像でしかなく、真実の神々の歴史は闇の中に閉ざされている。


 それはまるで満天の星空の中、星々の煌めきの中に影を落とす[第一の聖櫃]のようだと悠姫は感じた。


 歴史を知る為に各所の書物を読み漁った悠姫でさえ、この世界の中心となる謎は解明することが出来ていないのだ。


「はぁ……」


 溜息を一つ。悠姫は空から視線を戻し、本来の目的であるシアへとWISコールを行う。


『は、はい! シアです!』


『って早っ!』


 まさかのワンコール目でシアが反応を返してきて、悠姫は少しだけ驚く。


『あ、いえ。ちょうどリストを見ていたらユウヒ様からWISが来たので、びっくりしてしまいまして……』


『そ、そうなんだ。シアは今どこに居るの?』


『わたしは今図書館に居ます。狩りから戻って、ぼーっとしていたところです』


『あ、じゃあわたしももうちょっとしたらそっち行くから待っててもらえる?』


『っ、はいっ。待ってますっ!』


 弾んだ声が聞こえて来て、シアはわかりやすいなぁ……と思いながら悠姫は工房へと戻る。


「おぅ、早かったな? と……すまん、防具は[グリーブ]以外、全部失敗だった。フラグ回収しちまったぜ」


 戻ってすぐ鉄くずの山を指さしながら、はぜっちは申し訳なさそうにそう告げた。


 分不相応に強力な武器レベル4の装備を作った直後で確率がインフレしていたのだろうか。


「いーよいーよ。防具はどうせ当たらなければ問題ないし」


 出来上がった[グリーブ]を受け取りながらさらりと恐ろしいことを言う悠姫に、はぜっちもミミも引き攣った笑みを浮かべる。


 要FLEEが無くなり自分で見切って回避をしなければならなくなった分、複数の敵が来た場合は回避がかなり難しくなったが、けれどもVR化前とは違い最高でも95%回避だった回避率が無くなり、集中力次第では限りなく100%回避が可能となっているので、悠姫が言う当たらなければ問題は無いという言葉はある意味では真理だ。


「じゃあ、また素材手に入ったら持ってくるから、製造がんばってね」


「おう、ありがとな」


「にゃ!? ま、待つにゃ! フレンド登録お願いしますにゃ!」


「あ、そだそだ……」


 シアに待っていてと言った手前、気が急いていたせいでうっかり忘れていた。


 二人にフレンド申請を送り、承認されたのを確認してから今度こそ、と悠姫は二人に見送られながら工房を後にした。


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