七話[神々が遺棄した島]
『この島は、外界から隔離された孤島であり、神々に見捨てられた檻である』
――そんな一文が刻まれた石碑の前で、悠姫は空を見上げる。
幾つもの鉄骨で組まれたドーム状の天幕が灰色に。遥か上空の天蓋は朽ちて隙間が空き、鈍い天光が幾つも差し込んできている。
画面越しに見ていた時はもっと科学的なイメージだったが、実際に見てみると薄暗く、機能の停止した研究所の廃墟に近いイメージを抱く。
明かりも点いておらず、差し込む光だけが光源となっていて、どこかもの寂しい。
[複合都市クレシエント]
現状のCAOにおいて、最高難易度と名高いフィールド、[神々が遺棄した島]に唯一あるセーフティスポットであり、かつ、侵入不可の領域が大半を占めることから、クエストトリガーのダンジョンではないかと推測されているが、今のところ真偽は明らかになっていない。
そもそもCAOにはまだまだ未踏破のダンジョンやフィールド、コンテンツが残っている。
代表的なところだと、時間制限でどんなパーティでも攻略できなかった『時の迷宮』クエスト。
地下13階層以降まで続くとされているレイドゾーンで、1階層毎の攻略時間はなんと12時間に設定されている。
かつてのレイドギルドが現状の最上位装備で固めても、5階層が限界だったと聞いている。
ローテを組んで休憩を挟みつつ、数日間に及ぶ挑戦を、何度も何度も繰り返しての結果が5階層までの攻略だ。
何かしらのギミックや要素が足りてないのではと疑いたくなるレベルだ。
それに『災厄の四聖獣』のアップデートで実装された幻想都市ミラを守護する『暁の魔人グラム』や、天空都市ルギオンの門番『天空竜ゾラウス』だって、結局討伐することが出来ていない。
ありとあらゆる手を尽くしても倒せないのだから、調整ミスなのではと何度囁かれたことか。
一月もあればマップの隅から隅まで埋めて、未踏破のコンテンツを親の仇かのように潰してゆくネトゲ廃人が多くプレイするコンテンツであるMMORPGというジャンルにおいて、そういった点でもCAOは特殊な部類である。
そんな代表的な未攻略コンテンツの中でも目に見えてわかりやすく攻略不可能烙印を押されたマップである[神々が遺棄した島]の南端で、悠姫たちは一体のモンスターを相手に、死屍累々の戦いを繰り広げていた。
「シア! 範囲見て動いて! ああ! 久我がまた死んだ!」
「わかってますユウヒ様! ――[リザレクション]!」
「こっちだよ! [スカーレットペイン]! [ファントムソード]!」
相手取っているのは六対の機械翼が生えた[機構魔導竜ドレイク]という[神々が遺棄した島]では一番小さく相手取りやすいと言われているモンスターだ。
「悠姫さん! ミサイル来るよ!」
「わたくしが止めますわ!」
リコの注意喚起にリーンが即座に対応し、悠姫たちのパーティへと放たれた無差別ミサイルを血の刃が喰らい尽くす。
「[バーティカルシャフト]!」
破裂するミサイルの間を縫って接近した悠姫が[機構魔導竜ドレイク]に攻撃を加えるが、[機構魔導竜ドレイク]のHPバーほとんど動かない。
かれこれ30分は戦っているというのに、[機構魔導竜ドレイク]のHPは1%も削れていない。
それもこれも[機構魔導竜ドレイク]のHPが飛び抜けて高いのと、自動回復のアビリティを有していることが原因だ。
リーンとの波状攻撃で削っても、瞬く間にHPを回復されてしまう。
加えて状態異常にも耐性が高く、デバフ系も効果が半減し、沈黙やスタン、拘束などは一切通らない。
攻撃自体も悠姫とリーンのステータスを持ってしても直接受けることは出来ず、回避に専念しながらタゲを取り続けていた。
「[サンダーレイン]来ますわよ!」
「うえ!? もうくんのかよ! マジか!」
蘇生させてもらったばかりの久我が、悪態を吐く。
高機動、高火力。弾幕に触れようものなら即死。広範囲ランダム標的の魔法に当たっても即死。さらには超高速で放たれるレーザーもあり、もちろんこれも当たれば即死。
何を食らっても基本的に即死なのだ。
[聖櫃攻略戦]の練習としては申し分ない難易度であるが、
「ちょ。ま! まああああああ!」
「ほらほら、キリキリ避けないと7度目ですわよ!」
「くっそ! ステに優位性があるからって、煽るじゃないかよ! 見てろよ次こそ完璧に避けてやるからな!」
軽口を叩き、久我は見事なフラグを立てる。
元々足を止めての高火力で押し切る戦い方の久我にとって、回避行動は苦手分野だ。
しかも範囲の予測線も無ければ、完全ランダムで密度が高い雷の雨だ。
「っだああああああ!?」
一息も持たず雷に打たれ、久我のHPが全損する。
「久我が死んだ! この人でなし!」
「ゆうちゃんは余裕ありますね……」
「そういうひよりんこそ。それ回数制の魔法防御だよね」
密着するように近づいて、悠姫は問いかける。ひよりは魔力障壁を上に向けて[サンダーレイン]を完全に防いでいた。
密着されたひよりが僅かに驚くが、直後、雷が障壁に着弾した音にかき消されて、警戒度をあげる。
「で、ですです。でも[ディメンションシールド]便利ですけど、クールタイムは長いですし、範囲が狭いので使い方が難しいです」
耐久性のない回数シールドというだけで悪さが出来そうだが、経験の浅いひよりからするとあまり使い勝手が良さそうに思えないらしい。
ひよりが得た[ユニーククラス]の[領域の支配者]は、火力重視のセリアのような[大魔導士]ではなく、場を整えることを意識されているようなスキル構成だ。
ソロで遅延系の足止めからの狩りや、バインド系のタイミングが上手かったこともあり、そこから派生したのではないだろうか。
「これ、アリスとシアをひよりんの近くに居させれば割と安全に火力出せる感じかなぁ」
「なにいちゃいちゃしてるんですかユウヒ様!」
「はいはい、次はシアとひよりんがいちゃいちゃするんだよ」
「NTR希望ですか? ユウヒ様が言うならわたしは全然構いませんけど! さあひよりさん、わたしを無茶苦茶にしてください!」
「ゆ、ゆうちゃぁん……」
後方に位置取っていたシアがひよりにすり寄り不審行動をしているのを心の中で合掌して見送り、悠姫は戦況を確認する。
今回被弾したのは久我だけで、[サンダーレイン]を使われた10回中、久我は7度死んだことになる。
仕方ないとはいえ、久我のテンションはだだ下がりだ。
「耐久型だとやっぱり厳しいよねぇ」
そもそも、即死攻撃しかないエリアで、回避性能が低いのは致命的である。
どれだけ上手くガードしたところで、ガードの上から即死なのだったら、もはやお手上げだろう。
レベルがカンストしていて、かつ、[聖櫃攻略戦]の予行練習という名目でもなければ、まず参加すらしないレベルだ。
AGIを結構振っているアリサですら、5回死んでいるのだ。むしろ、AGI型でもないのに、3度避けられている事を褒めてあげてもいい。
「むしろニンジャがパーフェクトなことに驚きなんだけどさ」
「某はスキルモーション見えた瞬間範囲外までダッシュしている故」
「……チキンですわね」
「り、立派な戦略でござるよ!?」
「まあ、正しい攻略法ではあるだろうけど」
広範囲といえど、無制限ではないのだから、範囲外に逃げるのは立派な戦略の一つである。なんなら最適解と言っても過言ではない。
「でもちょっとは期待したんだけどねぇ……」
「全mobリジェネ持ちは流石に予想外ですわね」
今のステならば攻略はともかく、一体くらい倒せるのではないかと思ったが、甘かった。
VR化以前にも思ったが、クエストや攻略的な観点から見ての何かしらのキーが足りていない感じがひしひしと伝わってくる。
「ユ、ユウヒ様! 蠍が!」
「げっ」
追加の[魔装砲台型スコルピオン]がやってきて、より戦況は混沌としてくる。
ミサイルが、魔弾の砲撃が空を埋め尽くし、雷の雨が大地を蹂躙してトルネードが砂塵を吹き上げる。
「……どんな終焉の光景さ」
流石に二体はどうしようもなく、悠姫以外の皆はもう死に戻りしてしまっている。
世界の終わりのような光景の下、悠姫はそう呟いて、[魔装砲台型スコルピオン]のレーザーに貫かれる。
そうして[神々が遺棄した島]に、再び静寂が取り戻されるのだった。
「いやあ……あれは酷いね」
多少の練習にはなったものの、あまりにも凄惨な結果に、悠姫たちは気を取り直して[人体実験研究所]にやってきていた。
「……いえ、酷いのは今の状況だと思いますけど」
「それが普通の反応なんだよねぇ」
シアの苦言に、リリカがしみじみと頷く。
既に一度狩りに来ている面々は特に気にした様子もなく、[剣聖]クリストフ=ネイビーの剣戟と撃ち合いながら普通に会話している悠姫のフォローを行なっているが、初見の面々はドン引きである。
「ほら、さっさと装備を集めて次に行きますわよ」
「……[神々が遺棄した島]ではわかりづらかったが、こう見るととんでもねぇなぁ」
[賢者]ソアラ=ルシルの魔法攻撃を悉くスキルで潰しながら、一方的にダメージを与えてゆくリーンに、久我も感嘆の声を漏らす。
久我達のような以前からCAOをプレイしていたユーザーからすれば、[人体実験研究所]は装備を揃えたレイドギルドのパーティでも、油断をすれば一瞬で壊滅するくらいに酷い難易度だったと記憶にある。
実際[剣聖]クリストフ=ネイビーと刃を交わす悠姫の姿は目で追うのも厳しいくらいの速度があり、実際にスキルの余波でニンジャが消し飛んでいることからも、火力も半端ない事が窺い知れる。
「てか、悠姫さんとリーンさんはわかるけど、アリスとアリサとひよりちゃんも結構やってることは大概だよね」
リコの言う通り、後発転生組であるアリスとアリサとひよりも大概である。
一度来ているから、というところもあるだろうが、それを差し引いても動きにキレがありすぎる。
アリスは隙を縫ってチャージショットで[賢者]ソアラ=ルシルにヘッドショットをキメまくっているし、アリサもヒットアンドアウェイで悠姫がタゲを取っている[剣聖]クリストフ=ネイビーを背後から削り続けている。
ひよりに至っては、[ディバインヒーラー]クレア=セフィールを隔離しつつ、どちらの標的にも的確に魔法の追撃を飛ばしている。
「あらあら、久我? アナタだけ中々活躍できませんわね? それでも敵と同じ剣聖ですの? やる気ありますの?」
「くそぅっ! 煽りやがってよ!」
「あっ、久我ま――っ」
悔し紛れに久我が[剣聖]クリストフ=ネイビーにスキルを放つが、タイミングが良くなかった。
ちょうど放たれた周囲一閃を受けて、久我が物言わぬ死体へと変貌する。
「……リーンー?」
「わ、わたくしのせいじゃありませんわよ!?」
完全にリーンの煽りのせいだったが、つっこんだら怒られそうで悠姫は続きの言葉を閉ざした。
「しあー? しあしあー?」
「あ、はい。――――[リザレクション]」
代わりにシアの名前を呼ぶと、条件反射でシアは[リザレクション]を飛ばし、久我が死の淵から蘇る。
「トドメだよっ! [秘刃:絶]!」
それと同時にアリサがクリストフ=ネイビーの背後から即死効果のあるスキルを放ち、首を落とすエフェクトと共に、残っていたHPの全てを刈り取る。
その様子を蘇生されたばかりの久我は、呆けた表情で見ていた。
そんな久我を見てリーンは少しバツが悪そうな表情を浮かべ、そして、
「――久我、あなたアリサにまで負けて悔しくないんですの?」
「ぐううううっ!」
トドメを刺した。流石リーン、思った事は隠さず言ってしまう。
言葉の刃に切り裂かれた久我は、見えない衝撃を受けて再び地面に倒れ伏した。
「しあー? しあしあしあー?」
「や、ユウヒ様、流石に精神攻撃に効く回復スキルはないですよ?」
「だよねー。おっと、両手剣がドロップしてるね」
「あれっ、クリストフから両手剣ってことは、もしかしてレアドロップ!?」
薄々思っていたが、リリカは結構守銭奴かもしれない。レアドロップの匂いを嗅ぎ取って、目を輝かせていた。
「だね。――初めて見たけど、これこんな派手なんだね[夢幻の剣:黄金]」
圧倒的な存在感の代名詞としても知られる黄金。
その存在としての理念が詰め込まれた、夢幻を集積して造られたのが、この剣だ。
『黄金は理外の刃となり相対する全てを断ち切り、やがて空間すらも斬り裂くであろう。それは理想の果てに存在が許された夢幻であり、夢幻が顕現した姿である。』
そんなフレーバーテキストにあるように、実際は黄金で出来ている訳でもないだろうが、剣身は美しい黄金色に輝き、それを引き立てるように豪奢な装飾が散りばめられている。
「不壊、斬撃拡張、オートシールド、それでもってATK5400で、ステ補正も有り。と……馬鹿なのかな?」
強い武器は多々あるが、その中でもトップクラスの性能である。
剣自体に特殊な効果が宿っているのもそうだが、素のステが高過ぎるのと、ステ補正もあるのがさらにやばい。
「ね、ね、それどうするの?」
「うーん……」
リリカが期待に満ちた表情で悠姫に尋ねる。
はっきり言って、今現在で売りに出すには、ワールド全体のお金が足りなさ過ぎる。満足のいかない結果になるのは間違いない。
「ま、順当に久我の新武器だね」
ASのメンバーで両手剣を使うのは久我だけである。
「う、嘘だろ悠姫さん!?」
それにむしろ驚いたのは指名された久我の方だった。
VR化以前ですら、おそらく誰も持っていなかったであろう武器である。
超高難易度でまともな狩りが不可能な狩場での0.04%で落とすレアドロップだ。持っているだけでも一役有名になること間違いなしだ。
しかも転生70から装備できるのだから、狩りの効率も上がるし、特殊効果の斬撃拡張というのがかなり強く、待っているのならば、それを前提とした立ち回りやスキル構成を考えてもいいほどだ。
そんな武器を先ほどから死んでばかりいる自分に渡そうとしていることに、久我は驚きを隠せない。
「いや、本当にいいのかよ悠姫さん。売らなくても、ギルドのひと財産だろこれは」
「――わたしはね、久我がこれまでユニーククラスを選ばずに、あえて転生二次職で頑張ってきたことを尊敬してるんだよ」
「え、は?」
突然始まった悠姫の称賛に、久我がたじろぐ。
「ユニーククラスを選ばずに、剣聖で頑張ってきたのを知ってるから、だから[剣聖]クリストフ=ネイビーも剣を落としたんだと思う」
「い、いや、さすがにそれは……」
言いながらも、悠姫に言われて若干目頭が熱くなるくらいには、久我は悠姫の言葉に心動かされていた。
[剣聖]という転生二次職を選んでやってきた久我だが、他の皆が[ユニーククラス]を選んでいるのを見て、後悔したことがないといえば嘘となる。
使い勝手も良く汎用的な性能は担保されているとはいえ、やはり一芸に特化していたり、それこそ悠姫の[聖櫃の姫騎士]だっりと上位互換とも取れる[ユニーククラス]も存在するのだ。
その中でも腐らずに、ずっとプレイしてきたことに対しては多少の誇りを持っていたが、まさか悠姫がそんな所も見ていようとは。
「だから、久我はこの剣を使う権利があると思う。――ここから久我は、強くなるんだよ」
「悠姫さん……」
「わかったら、トレード出して、受け取って転生してきて? さらっと70までレベル上げるんだよ?」
「わかったぜ、悠姫さん!」
悠姫から[夢幻の剣:黄金]を受け取り、久我は喜び勇んで転移アイテムを使い、転生へと向かう。
その背中を見送って、悠姫は背を向けて小さくピースサインを作る。
「――ちょろいなぁ」
「ゆ、ゆうちゃん?」
「悠姫のことですわ、どうせ聖櫃攻略戦で役に立ちそうだなぁ程度にしか考えてませんわよ」
「他の武器ならいざ知らず、[夢幻の剣:黄金]はねぇ。ワンチャン今の環境に沿った[ユニーククラス]を手に入れられるなら、案外久我が救世主になったりするかもよ?」
「あの武器、そんなに強いんですか? ゆうちゃん」
「壊れも壊れ。あんなのが何本もあったらゲームバランスが壊れちゃうくらい強いよ。上手く使えたら、転生前のわたしより普通に強いだろうし」
少なくとも、攻撃力だけならば今の悠姫すら超えるかもしれない。
「そ、そうなんですね!」
あとは本当に転生後の[ユニーククラス]次第ではあるが、VR化された後の今なら、期待はできるのではないだろうか。
まあ、過剰性能の装備は聖櫃攻略戦が終わったら、回収して消えるつもりだが。
ワンチャン、フィーネが気を利かせてくれる可能性もある。
……流石にあまりにも酷い[ユニーククラス]になることはないだろう。うん。久我は[剣聖]でずっと頑張ってたし……うん、たぶん、きっと。
フィーネに言いに行こうかなー、どうしようかなーと迷っていると、通路の角から新しいモンスターの影が見えて、一旦思考は中断される。
「視認2! サラとレイン! ハイドに警戒!」
「了解です!」
そうして慌ただしくも、悠姫たちの連携訓練は進んでゆくのだった。
別件で再び少し離れてましたが、再開です。よろしくお願いします!




