四話[パワーレベリング]
オンラインゲームにおいて、剣を持って戦う『近距離職』と弓や魔法で戦う『遠距離職』では、狩りのやり方ががらりと変わってくる。
スキルを使って一撃で倒せればどちらも似たような狩りになるが、しかし近距離職と遠距離職では根本的なキャラクターの耐久度が違い、ステータスの振り方も違う。
さらには射程も違うのでそれによって狩場が変化してくるのだ。
近距離職の場合は相手の攻撃をかわしながら、また耐えながら敵のHPバーを削り倒すことが出来るが、遠距離職だと敵を一撃で倒せなかった場合、敵が近寄ってくるまでに対処出来なければすぐにご臨終してしまう。
ステータスをVITに振ったりAGIに振ったりすれば遠距離職でもかわすことや耐えることが出来るけれども、弓の場合は移動撃ちをすると命中に補正がかからなくなり命中率が著しく低下してしまうし、魔法の場合は攻撃を食らったり動いてしまったりするとキャスティングが中断されてしまうという致命的な弱点がある。
故に基本的にソロの場合、魔法職は一確狩り――一発で相手を確殺することが出来る狩り方――が出来る狩り場を選び、近接職は敵の攻撃を回避出来る、もしくは耐えることが出来る狩り場を選ぶのが基本となる。
が、しかしそれが全てなのかと問われると、実際のところはそうでもない。
故意かそれとも偶然か、システムの穴を突くような狩り方も、オンラインゲームには多数存在するのだ。
「えっと、ゆうちゃん……ここの敵、名前がすっごく赤いんですけど……」
そこはセインフォートから南→西→南に進んだ所にある[歴史の創路]という、幾星霜もの時間を経たことによって創り上げられた地層が露出しているマップだった。
途方もない時間で出来た地層の断壁がうねりくねった自然の通路を作り出していて、マップを見ずに通れば確実に迷子になってしまうだろう。
マップに入ってすぐは黄土色の大地と朱を帯びた岸壁に囲まれており、その薄暗い道のそこかしこに禍々しい赤い名前を浮かべたモンスターがうじゃうじゃと闊歩している。
その光景ははっきり言って狂気のレベルで、並みの精神の持ち主ならば正気度がガリガリと削れていってしまってもおかしくない。
「あはは、何かすっごい絶望的な感じだね」
悠姫はかんらかんらと笑って言うが、ひよりからすればどうしてそんな楽観的に笑うことが出来るのだろうかと甚だ不思議だった。
CAOではレベル差によって敵の名前に色が付いて見えるようになっている。
適正レベルの相手ならば緑。少し手強い敵の場合は橙。強敵の場合は赤。と、ひよりの目にはその強敵の表示として敵の名前が真っ赤に染まっている。
しかし悠姫にしたってそれは同じで、レベルが1であろうと5であろうと、ここのモンスターはそんなことに関係ないくらいレベルが高いのだから当然のように悠姫の見る風景も禍々しい赤に染まっている。
「あのモンスター、名前が真っ赤ってことは、かなり強いんですよね……?」
「レベルは確か33だったかなぁ」
「ふぇ!? さ、さんじゅうさんです!?」
ザリザリザリザリ…………。
「ひぅ!?」
ひよりの叫び声に反応したかのように、朱色の土の外郭を纏って獣の形を取るモンスター、[サンドコア]が爪を模した外郭で地を抉るようにして動き、悠姫たちの方を見るようにコアをぎょろりと剥き出しにして動かしながら二人の目の前を通過してゆく。
「っ……っ……!」
「うわー、これまたリアルな外見してるねぇ」
ザリザリザリザリ…………。
声にならない悲鳴をあげるひよりをよそに、悠姫は睨み合うように[サンドコア]を観察してそう漏らす。ぱっと見た限りでは[サンドコア]の纏う砂の質感はかなりリアルに再現されており、移動の度にぱらぱらと身体から落ちる砂がよりそれを際立たせている。
「は、ぅ……うぅ、ゆ、ゆうちゃんんん……」
「あー、ひよりんひよりん? サンドコアはノンアクティブだからこっちから何かしない限りはおそってこないからへーきだよ」
「でもでも……ひゃ……腰が……」
ノンアクティブだと知ったところで、見た目の問題は解決されるわけではない。
目の前を通って行ったのがよほど怖かったのだろう、涙目になりながらその場にへたりこんでしまっていた。
「うんうん……いいね!」
「な、なにがですかぁ……?」
頷いてサムズアップする悠姫に、ひよりは弱々しい声で問う。
しかしさすがの悠姫もひよりの反応が初々しくてぐっと来たとは言えないので、曖昧に笑みを返してごまかしていた。
「まあ、移動しよっか」
「こ、ここを進むんですか?」
あっちを見てもこっちを見ても、黄色のコアを不気味に光らせる[サンドコア]だらけ。
奥の方に行くと[アースゴーレム]という[サンドコア]よりもレベルの高いモンスターも居るが、こちらもノンアクティブなのでこのマップは比較的安全に狩りをすることが出来る。
「ほらほら、怖いなら手を繋いでてあげるからね?」
「て、手ですか? ひゃ……」
手を取られたひよりが真っ赤になるのを見て、悠姫はこの子かわいいなぁ。お持ち帰りしたい! と場違いなことを考えて和みながらホラーな狩り場を軽い足取りで進んでゆく。
「……ゆうちゃん、ゆうちゃん、あれ、あれ、絶対こっち見てますよぅ……」
「へーきへーき。……たぶん」
「ふぇぇ……」
[サンドコア]はVR化前にはノンアクティブだったモンスターだが、VR化した今のCAOでは元の常識を100%とは言い切れない。
「まあ、最悪死に戻りになるだけだし」
「そうですけど……」
ひよりは既に何度か死に戻りしているので、死ぬことに対しての抵抗は若干薄れてきてはいる。けれどもそれ以上に見た目というのも重要なものである。
かわいいモンスターに殺されるのと、あからさまに凶悪なモンスターに殺されるのでは、受ける印象が違いすぎる。
おどおどしながら悠姫に手を引かれるまま、薄暗い岸壁に囲まれた道を進んでゆくと、ひよりと悠姫の前に、ひょっこりと石橋が現れる。
「あれ? てっきりもう何人かは居ると思ってたけど……意外と居ないものだね」
「え、どういうことです?」
尋ねながらもひよりは悠姫の視線の先を追ってみるが、そこにあるのは道にかけられた石橋だけである。精巧に造られてはいるとは思うが橋は橋。それ以上でも以下でもない。
「えっとねぇ」
言いながら、悠姫はひよりの手を引いて石橋を渡り始める。
「ん、ここら辺かな」
言って立ち止まったのは石橋の中腹辺りで、悠姫はそのまま石橋の縁まで歩き下を眺める。
クエストなどでも立ち寄ることのあるこのマップは、湾曲するように曲がりくねって続く道が途中で二つに分かれている。
そのうちの一つの道はそのまま南のマップへと抜ける道で、もう一つの道は橋を渡った先をぐるっと回って橋の下をくだるダンジョンへと続く道である。
「うん、よし、居るね」
だから当然、橋の下の道にも[サンドコア]はうろついていて、それを見た悠姫は満足そうに頷く。
ここまでくれば、悠姫が一体何をしようとしているのか、察しがついた人も多いだろう。
「で、ここからが問題だけど……ひよりん、ここから下のサンドコアに魔法撃てる?」
そう。悠姫が試そうとしているのはいわゆる[崖撃ち]と呼ばれる攻撃方法だ。
VR化前は高さという概念がほとんど役割を果たしていなかっただけに、射線が通っている場所ならば崖や障害物越しに攻撃することが可能なところがいくつか存在していた。
だからこうした狩場は隠れた穴場となっており、魔法職や弓職がソロで狩りに来たり、ベテランプレイヤーが初心者のパワーレベリングにモンスターを橋の下引っ張ってゆき、集めたところを上から攻撃させるという養殖が行われていた。
パワーレベリングについては賛否両論あるものの、マナーが悪かったりあからさま過ぎる狩場の占有などに発展しない限りは黙認されているのが現状だった。
「え、ここから撃てるんですか?」
下を覗きながら言うひよりから下までの距離は10メートルもない。
「そそ。[崖撃ち]って言ってね、相手がこっちに来れない場所からモンスターを狩る手法だね」
VR化に伴って高さというものが射程に関係する不確定要素となってしまっているが、悠姫の予想では変わらず[崖撃ち]が可能であると踏んでいた。
「さっきひよりんが[ウルフ]を狩ってた時に、結構遠くから詠唱を開始してたから、見た感じここから下まで10メートルもないし、このくらいの距離だったら魔法が届くと思ったんだけど……どうかな?」
「あ、はい、ちょっと試してみますね」
そう言って、ひよりは杖を構えて詠唱の態勢に入る。
物理スキルのように発動させたスキルをモンスターに当てるのとは違い、魔法のターゲッティングはどうやっているのかが気になってシアに聞いてみたところ、魔法の発動条件には第一に両足が地面についていることが前提条件となるのだという。
そしてそこから次に敵を認視してスキル名を意識すると、自然と目の前に詠唱の文字が浮かび上がってくるとのことだ。
「……えっと、いけそうです」
目の前にも詠唱の文字が浮かび上がっているのだろう。ひよりは悠姫に見せるように指で刺しながらそう言った。
どうやら悠姫の予想は当たりだったらしい。
「じゃあ、やっちゃってください先生!」
「せ、せんせい? は、はいっ」
はっちゃけながらゴーサインを出すと、ひよりはそのまま詠唱を開始する。
「《……大気にみちる火のマナよ、わが声にこたえ、ほむらの矢となり敵を撃てっ!》」
急く必要もない状況だからか、ひよりは余裕を持った様子でCSを終えて、魔法を放つ。
「[フレイムアロー]!」
顕現した炎の矢が一直線に[サンドコア]に向かって飛んで行き、コアを包む外郭へとぶち当たり派手なエフェクトを弾けさせる。
[ウルフ]の時とは違って物陰からではなくちゃんと見ることが出来たが、火の粉の散る様子などがかなり細かく描写されていて感動を覚える。
「でもやっぱりレベルが1だとそんなもんだよね」
派手なエフェクトとは打って変わって、与えることのできたダメージは[サンドコア]のHPバーを5%ほどだけ削り取ったくらいだ。
ログをちらり。[フレイムアロー]1発で与えられるダメージは302だった。
[サンドコア]は[ウルフ]よりも属性値が高く、かつMDEFも低めに設定されていたはずなのでこれならば少しだけ時間をかければ狩れなくもないかな。
そう思った瞬間、悠姫は見下ろしている[サンドコア]とぱちりと目が合った。
正確には目に相当するものはないはずだが、視線がかちあった気がしたのだ。
「……うぁ、なんかやーなよかん」
「え……」
予想していた挙動と明らかに違う反応に、悠姫の頭の中に警鐘が鳴り響く。
挙動を観察するために様子を見る悠姫の視線の先で、[サンドコア]の外郭がぽろぽろと剥がれ落ちてゆく。否。剥がれ落ちているのではない。剥がれ落ちているように見えた砂の外郭は地に立つ足へとまとわりつき、数倍に膨れ上がっていた。
「――ああ、やっぱりっ! ひよりん下がって!」
「ひゃ!?」
次の行動が容易に想像のついた悠姫は、隣で疑問符を浮かべるひよりを突き飛ばして下がらせ、間髪入れず剣を抜き放つ。
その瞬間、[サンドコア]の姿が石橋の上の空中に現れた。
ぱらぱら、ぱらぱらと砂の欠片を巻き上げながら、異常とも取れるほどの跳躍によって橋下から上へと飛び上がってきたのだ。
「ひゃああああ!?」
ずしゃぁ! と砂をクッションにして橋の上に降り立った[サンドコア]を見てひよりが悲鳴をあげる。悠姫もいきなりだったなら同じように悲鳴をあげて、驚いて立ち止まってしまっていたかもしれない。
けれどもそうはならなかったのは少し前に予想が出来たのと、いくつものオンラインゲームをプレイした経験からくる条件反射故にだ。
相手のAIも行動も未知数で、どんな攻撃をしてくるのか、どれほどの速度を持っているのかはわからない。けれども悠姫の身体は経験に則って飛び退り、広い場所へと位置取ってスキルを放つ。
「[クルーエルペイン]!」
赤い光が迸り、横薙ぎの斬撃の衝撃波が[サンドコア]の薄くなっている外郭を叩く。
[クルーエルペイン]は、中距離の射程を持つタウンティングスキルだ。
前衛職ならばとりあえずは取っておきたいスキルで、ヒーラーの[ヒール]同様後半になってもお世話になるスキルではあるが、威力だけで見るならばその威力はほとんどと言って良いほどにない。
その代わり、ブゥ……ン……と[サンドコア]の黄色のコアがそう音を立てて悠姫の姿をロックオンする。
タウンティングスキルは[ヘイト]を上昇させるスキルである。
[ヘイト]とは直訳するならば[憎む]や[憎悪する]といった意味を持つ単語だが、オンラインゲーム内ではネトゲ用語としての側面を持った単語となる。
敵がどれだけそのプレイヤーを憎んでいるか。または脅威に思っているか。それらを目に見えないパラメーターで数値化したものがオンラインゲームにおける[ヘイト]と呼ばれる概念である。敢えて日本語で表すならば[敵対度]や[脅威度]とでも表せば良いだろう。
[サンドコア]が最初に攻撃を当てたひよりではなく悠姫にロックオンしたのは、[クルーエルペイン]によって悠姫の方が[ヘイト]を稼いだからだ。
「まあまあ、正直今回ばかりは本当に自信はないけどさ……」
冷や汗をかきながら呟く悠姫のレベルは5。
それに対して[サンドコア]のレベルは33だ。
[ヘイト]を稼いでターゲットを取ったところで、どうなるものでもないレベル差だ。
けれども何もせずに死ぬよりは幾分かマシだと思った悠姫は、そのまま構えの体勢を取って[サンドコア]の動きを待つ。
下手に手を出したところで[サンドコア]は元々DEFがかなり高いモンスターだから悠姫のSTRや武器ではほとんどダメージを与えることが出来ない。
それならばかわせるかどうかはともかくとして、回避に徹してその間にひよりにダメージを与えてもらう方が効率的だ。
橋の上に上がる為に砂を纏って強化されていた足が崩れ去り、元のサイズに戻ると同時に[サンドコア]が動いた。
動きの速さ自体はひょっとしたら[ハウンドドッグ]の方が速かったかもしれないけれども、問題はその攻撃手段の方だった。
「はい!?」
ザザザザザザザァ…………。
黄色のコアを覆う外郭を少しだけ残して、[サンドコア]は残りの砂で幾つもの砂の槍を造り出して上下左右から悠姫へと襲い掛からせる。
右から左からタイミングをずらして襲い来る砂の槍の波状攻撃に、悠姫はたまらず後ろへと飛び退る。
それまで悠姫が立っていたところに砂の槍がいくつも突き刺さり、HPがゼロになっても死に戻りするだけだと知っていながらも背筋が凍る思いだった。
しかし[サンドコア]には後ろに跳び退った悠姫を逃すつもりなど毛頭なく、悠姫を追ってすぐに距離を詰めてくる。
VR化前でも射程が2だったモンスターだけに、この狭い橋の上では引っ張りまわすことも出来ないし、例え橋を抜けたところでそれは同じだ。
[聖歴の創路]は道が狭いところが多いのでどこへ行ってもすぐに射程内に捉えられてしまい引っ張りまわすのは難しいだろう。
後ろは崖下でもう下がる場所は無いが、背水の陣と言うには明らかに地力が違いすぎる。
左右へ逃げようにも砂の槍がどこからどう襲い掛かってくるのかわからない。
「うへぇ……これはさすがに無理かなぁ」
飛び退った時にわずかにかすった一撃でさえ、悠姫のHPバーの1割を削り取っていった。
直撃などしたものなら一発で死んでしまうだろう。
「ゆ、ゆうちゃん!」
再び振り上がった砂が形を変えて、3本の槍となって襲い掛かる。
「っ!」
考えていたら反応が遅れて、今度は身体一つ分だけ横にずらすのが精いっぱいだった。
――が、それがかえって功を成した。
「っ…………?」
目の前を通り過ぎた砂の槍。その中の1本だけは悠姫の身体をかすめてHPをさらに一割削り取っていっていたが、残りの砂の槍はほんのコンマ数秒前まで悠姫が居た場所のちょうど胴体の部分を中心にして地に突き立っていた。
「……あれ?」
それは、ここではないどこかで見たことのある光景に酷似していた。
「――あ、これってもしかして」
とある仮説が悠姫の脳裏に天啓のように浮かび上がる。
身体の深いところからふつふつと不思議な感覚が湧きあがり、それはすぐに笑みへと変わってとめどなく溢れ出て来る昂揚感へと変わる。
先程までの絶望が嘘のように、仮定を実行する為に、思考がクリアになってゆく。
[サンドコア]の挙動に集中し、悠姫は砂の槍が作られた瞬間を狙って、今度は方向をちゃんと意識して半身だけずらして避ける。
「ひぅっ!?」
傍目に見たらほとんど動いていないその回避行動に、後ろでひよりが細い悲鳴を上げていたが、しかし悠姫にはほとんど100%に近い確率で『当たらない』という自信があった。
先程よりも2本多い累計5本もの砂の槍が悠姫のすぐ隣に降り注ぎ、地を抉る音が連続して石橋の上に響く。
――それでも、砂の槍は1本たりとも悠姫には当たらない。
乱立した砂の槍の合間で、悠姫は笑みを浮かべる。
「――あは……うふふ……あはははははっ!」
予想が確信へと変わり、悠姫は思わず声に出して笑ってしまう。
五本の砂の槍が同じ一点を起点にして地面に突き立つその光景は、オンラインゲームではないが、悠姫も少しはやったことがあるゲームの一つ。敵弾が一定のアルゴリズムに従って連続射出されるタイプのシューティングゲーム、[弾幕シューティング]の物と酷似していた。
[サンドコア]の攻撃はそれと同じで、恐らく砂の槍を作り上げたところで既に現在地点への攻撃が設定されているのだろう。
最初にかわし損ねたのは、1本1本の動きを見てかわそうとしていたからで、もちろんレベルが同じくらいならばそれでも普通に回避は出来るだろうが、けれども今のレベル差ではまともな手段で回避しようとすれば、それではまったくもって追いつかない。
レベル差を埋めようとするならば、工夫するより他にない。
「ふふっ、あははっ」
砂の槍が振りかぶられるその度に、悠姫は舞うようにステップを踏み、当り判定をことごとく外してゆく。
「ゆ、ゆうちゃんすごいです……っ」
「ひよりん! 魔法撃って大丈夫だよ! っていうか撃って! へるぷみーっ!」
「あ、わわ、はい!」
込み上げる可笑しさと高揚感に笑みが溢れるが、それでも余裕があるというわけでは決してない。
弾幕シューティングとは違って当り判定は身体全体にあるし、かわす方向を間違えたら即アウト。かすっただけでHPが1割削られるのでそこにも細心の注意を払わなければならない。
ザクンザクンと地面に突き立つ砂の槍の致死の一撃をぎりぎりでかわしながら、砂の槍がまとめて地面に突き立った後の僅かな間を拾って[クルーエルペイン]を撃ち込み、途中HP回復ポーションを飲んだりしながら悠姫はタゲを固定し続ける。
ジリジリ……ジリジリ……と[フレイムアロー]が当たる度に[サンドコア]のHPが少しずつ削れてゆく。
レイドボスとは違い、通常の敵の大半はHPが減ったところで[発狂モード]などに入らないのでその点は安心できる。
ひよりのMPの関係もあって、十分近くにも感じる長い戦闘が続き、そして、
「ひよりん、後一発だよっ!」
「は、はい!」
しかしHPバーのほとんどが真っ黒に染まり、残り一発で倒せるという気の緩みが、悠姫の身体の操作を狂わせた。
左へ一歩ステップを踏んだつもりが半歩ほどしか動くことが出来ておらず、砂の槍が二本、悠姫の身体をかすめて地面に突き立つ。
「――っ!」
まだ動けるというのに、ここで悠姫は思わずHPバーを確認する為についとそちらへ視線を向けてしまった。2割を切って赤くなったHPバーに意識が取られたのはほんの一瞬のことだったが、このレベル差ではその一瞬が命取りだった。
ひよりの詠唱が完了し[フレイムアロー]が放たれる。
「……あー」
[ルカルディア]に来て、悠姫は初めて死ぬ間際の光景を見る。
[フレイムアロー]の着弾よりも[サンドコア]の砂の槍の方がわずかに速い。
絶望的な状況。見上げる悠姫に、無慈悲にも砂の槍が幾本も突き立ってゆく。
「ゆうちゃんっ!」
声の方へと顔を向けると、そこにあったのは心配そうに駆け寄ってくるひよりの姿。
霞みゆく視界の中で悠姫は、ひよりの頭上に浮かぶlevelup!の文字を見て、よかった、無事に倒せたんだ。と、そう思い――
――悠姫様はちょっとうまく行くと、すぐ油断されるのですから。
真っ黒な視界の中、いつか聞いた懐かしい忠告が空の彼方から聞こえた気がして、悠姫の意識はそこで一度途切れた。