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Crescent Ark Online  作者: 霧島栞
第4章[聖櫃攻略戦]
49/50

五話[研究所]


「ねー、ゆうおねーちゃん、レベル上げいこーよー」

 ASの溜まり場にて、悠姫はアリサに乗っかられていた。首に手を回して、ぶら下がるような姿勢だ。


「そうです、ゆうねーさま。一緒に狩り行くべきです」


 続けて言うアリスは、リーンの膝の上に腰掛けており、珍しくアリサとアリスのひっつき先が交換している。リーンも慣れたもので、アリスの頭を撫でて機嫌が良さそうだ。


 リーンとのペア狩りの後、レベルが93まで上がった悠姫たちを迎えたのは、まさかの狩りを終えた後というひより、アリサ、アリスの3名だった。


 時刻は7時。つまりは朝だ。


 にも関わらず、3人のレベルは90。


 悠姫とリーンも、かなりの効率で狩りをしていたはずだ。ステータス的に考えたら、明らかに悠姫達の方がアドバンテージを持っているというのに、レベル差が3しかないというのは、はっきり言って異常だ。


「えっと、ひよりん平気?」

「はい! 新しいスキルが楽しそうなので、試してみたいです!」


 ひよりはおめめぐるぐるになっていた。


 明らかにテンションが振り切れている。


 よく見ると髪もぼさぼさだ。


 ……これは、アリスとアリサに乗せられたんだろうなぁ。


 本来一番早く寝るべき2人だが、順調に廃人への道を歩んでいるようだ。親御さんに止められないか心配まである。


「というか、アリスとアリサも、本当に寝なくても大丈夫なの?」

「かんぺきです」

「はーやーくー!」


 ちびっこ2人、超元気である。


 いや、でもわかる。


 悠姫も初めて[ユニーククラス]を得た時は、育成やお試しが楽しみすぎて、三徹くらいした記憶がある。


 今までより強いスキルや特別感、しかもVR化されているからそれがダイレクトに自分の五感全部で感じ取り味わうことができるのだ。抗うことなんて不可能だろう。


「ちなみに、3人はどこで狩ってたの?」

「わたしたちは、ずっと冥府に行ってました」

「なるほどね」


 拘束も含めて、3人火力がいれば、この前の狩り方で十分倒せるだろう。


 一体あたりの経験値は悠姫たちより少ないが、純粋にHP量も少なく、狩るペースならばひより達の方が早い。


 それでもレベルが90まで上がっているのは、ひよりの言う通り、ずっと冥府で狩り続けていたことを示唆している。


「や、3人が良いならわたしは狩りに行くの大賛成なんだけど、この編成だとヒーラーが欲しくなるね」


 ちらりとギルドのメンバー一覧を見るが、時間的な話もあって、シアはもうログインしていなかった。


 ひよりやアリス、アリサはまだ春休みだから平日でもログインできるが、他の社会人組はそうはいかない。


 フルパーティになるので範囲支援ができるシアがいれば一番良かったのだが、居ないものは仕方ない。


「一応リリカが居るから、行けるか聞いてみるかな」


 とはいえ、リリカのメインクラスはヒーラー寄りでどんなシーンでも活躍ができるくらい便利なスキルが揃っているが、純粋な支援能力だけで見るとパーティ全体に支援を回す能力では、シアのような純ヒーラーにはやや劣る。基本的にはサブヒーラーと合わせて運用するのが一番輝くタイプだ。


 フルパーティを支援するのは、時間的な疲労もあって辛いのではないだろうかとも思ったが、意外な事に二つ返事で『OK』と答えが返ってきた。


「うーん、じゃあ、リリカが来れるって言ってるから、みんなで狩りに行ってみようか」

「やった!」


 元気なアリサの声を耳元で聞きながら、悠姫はどこに行こうかと考え始める。


「リーン、狩場どうしようか?」

「そうですわね、大体どこでも行けそうだけれども、そろそろ魔法が強い相手と戦う練習をした方が良さそうではなくて?」

「え、リーン[研究所]行きたいの?」

「……悠姫。どうしてアナタはそう極端なのかしら」

「[研究所]って、初めて聞きますけど、どんな場所なんですか?」


 聞き覚えの無い名前に、ひよりが問いかける。


「難易度的には、実質最終狩場ですわね」

「経験値的にはゴミだからね。[研究所]は」


 しかも魔法が強い相手、と言って出した案のダンジョンだが、正しくは魔法も強い相手の居るダンジョンだ。


「[研究所]も、[第六の聖櫃(ルトイル=ヴィジョン)]によって造られた施設の一部で、[人体実験研究所]って呼ばれる、プレイヤーを模したモンスターが現れるダンジョンだね」


 高難易度ダンジョンに度々名前が出てくるため、[第六の聖櫃(ルトイル=ヴィジョン)]、またお前か。と言われるくらい、彼の研究は碌でもないものが多い。


 生体実験に、人体実験。劇物、薬物、何でもござれ。


 ヤバいNPCランキングがあるとしたら、間違いなく上位にランクインするだろう。


「ダンジョンの適正レベルは190。複数体を相手にする場合、まず間違いなくパーティは全滅すると言われるくらいの強さのモンスターがそこまで広くないマップに、大量に闊歩していますわ」

「ひゃ、190ですか!?」

「転生後のレベルカンストが120なのに、何の冗談? ってなるレベルだよねー」


 因みに[聖櫃攻略戦]の後半難易度はさらにそれより高いと言われている。


 適正レベル120を超えた場合は、大体装備やスキルの補正込みで適正レベルが算出されることになる。


 つまり、適正レベル190とは、レベルが120あるのは前提条件で、装備やバフでどれだけステータスや耐性を盛って、70分のレベル差を埋めることができるかどうかというものだ。


「そうね。けど装備を整えるには[研究所]は良いかもしれませんわね」

「でしょでしょ」


 レイドを除けば、最高難易度のダンジョンと言って間違いない。それだけに、ドロップアイテムも性能が破格のものが多く、シーンによってはレイド武器よりも選ばれることがあるくらいだ。


 問題は、狩れるかどうか。それに尽きる。


[人体実験研究所]は、VR化以前でも死屍累々の阿鼻叫喚だったのに、VR化後の今はさらにヤバいことが容易に予想できる。


 他の狩場は戦いやすくなった印象が強いが、ここだけはむしろ難易度がさらに上がっているのではないかと予想できる。


 というのも先にも言ったが、現れるのが人型の、上位二次職、あるいは転生二次職を模したホムンクルス型のモンスターとなっているからだ。


 ステータスも高く、攻撃力もバカ高く、スキルも全て即死級。それでいてHPもあり得ないくらい多く、プレイヤーと同じ人型。ヤバくないわけがない。


 スキル連携や、下手したらスキルオーバーすら使いこなしてくるのではないだろうか。


 そうなればもはやお手上げレベルだ。


「……ゆうねーさま、それは倒せるのですか?」

「あれ、口に出てた?」

「ばっちり出てましたわよ」

「ゆうちゃんって、結構無意識に喋りますよね」

「あはは……」


 しかし[研究所]ならば、聖櫃攻略戦の練習にもなる。どのみち難易度で比べれば、あちらの方が難易度が高いのだ。


「よし、じゃあ行き先は[人体実験研究所]で! 各自準備を進めようか」

「ふふ、燃えてきましたわね」

「がんばるよー!」


 やる気に満ち溢れるリーンとアリサを尻目に、悠姫たちも準備を始める。


 ……あれ、何か忘れている気が。


 そう思うも、まあいいか、と、悠姫はアイテムの確認にシステムウインドウを開く。



 ――その十数分後、やってきたリリカが、行き先が[人体実験研究所]ということを聞いて、魂が抜かれたように動かなくなってしまっていた。





「[人体実験研究所]に行きたいかー!」

「おー!」

「おー」

「ぉぉー……」


 悠姫のはっちゃけたテンションにかろうじてついてこれたのはアリサとアリス。生きる屍のように虚ろな表情をしたリリカだけだった。


 なんならリリカの相槌は嘆きの言葉にしか聞こえなかった。


 リーンは難易度を知っていて今の実力を試したくて仕方ないし、ひよりやアリス、アリサは未だ難易度にピンときていないのだろう。


 リリカだけが[人体実験研究所]の難易度と、現段階での無理ゲーさを正しく理解して絶望の淵に居た。


 リリカからすれば、ただでさえフルパーティ支援で厳しいのに、狩場が死にに行くようなものだから、何もこんな時間にデスペナツアーしなくてもといった気持ちなのだろう。


「リリカさん、大丈夫ですか……?」

「あはは……へいきへいき……はぁ」


 心配そうなひよりの声も何のその、乾いた笑みと共に言って、リリカは深くため息を吐く。


「安心して、ちゃんと狩りになるからさ。帰りにはドロップアイテムいっぱいで、リリカを笑顔にしちゃうんだからね!」

「そうなるといいけどね……」


 満面笑みで言う悠姫に、リリカは苦笑いで返す。


 転生後とはいえ、レベルはまだ90付近で、ステータスも足りない。冥府での特殊な狩り方を考えると、もしかしたらと思わなくもないが、そもそも[人体実験研究所]と[奈落]では難易度が違いすぎる。


 VR化以前にも何百と死んだからわかる。


 いくらあの有名なプレイヤー、欠橋悠姫といえど、[人体実験研究所]は無理だ。


「とりあえず、前提のクエスト進めないとね」


[人体実験研究所]は厳重なロックがかかっていて、中に入るには、そのロックを解除する為のカードキーを入手する必要がある。


「前提クエストって、確か[拳聖]を倒すあれだっけ?」

「そそ。管理人から試練として、二次職のモンスターを倒せって言われて戦わされるやつだね」


 こうした試練による侵入クエストが多いのは、ひょっとしたら[第十二の聖櫃(エンカード=レグルス)]が関係しているのかもしれない。


 逆に言うとワールドクエストのようなものはないので、ストーリーのあるゲームなどが好きな人は少し物足りないかもしれない。


 そうした物語が好きならば、各都市の伝承クエストを受けるのがおすすめだ。


 悠姫も時間ができたら受けていこうと思っている。


 何なら、新しくキャラを作った時にゆっくりとやっても良いかもしれない。


 ともあれ、


「とりあえず[拳聖]と戦ってみて、地下2Fにするか3Fにするか考えようか」

「そうだねー」


 地下2Fには上位二次職のモンスターが、地下3Fには転生二次職のモンスターが現れる。


 しかし侮ることなかれ、[人体実験研究所]は地下2Fでさえ要求レベル130という高難易度のダンジョンになっている。


 この時点でリリカはまあ、行けてそこら辺かな。と、たかを括っていた。





「……なぁにこれ」


[人体実験研究所地下3F]


 そこで目の前に繰り広げられる光景は、完全にリリカの理解を超えた光景だった。


 思考の認識的な意味でも、知覚速度といった現実的な意味でも、リリカは目の前の光景を正しく理解できなかった。


 血がそこかしこにべったりと張りついた機械的な壁面や、血溜まりが広がるひやりとした光沢の床。


 何に使われるのかわからない管がいくつも付いた装置がガラス越しの室内に鎮座しており、部屋の中には転生二次職の姿をした人型のモンスターがうろついている。その瞳には既に理性はなく、定まらない視線を虚空に送っている。


 恐らくマジックミラー的なものになっているのだろう。外のこちらには気がついていないように見える。


 目視できるだけでも6匹近いモンスターが扉を隔てた部屋の中にいるが、そもそも複数体相手する時点でヤバい上に、あんな狭い部屋で6匹の相手をするなど、死にに行くようなものだ。


 そんな室内が覗ける広い通路。


「ひよりん! クレア=セフィールを隔離! 射線切って!」

「は、はいゆうちゃん!」


 反射的な動きで、ひよりが[プリズムウォール]を操作して、回復役である[ディバインヒーラー]クレア=セフィールをサイドの壁の奥へと無理矢理押しやる。


「リーンはそのままソアラ=ルシル削って! 落としてもいいよ!」

「任せなさいな!」


 厄介な魔職である[賢者]ソアラ=ルシルは、完全にリーンに丸投げだ。[楽園]での[第三の聖櫃(トリアステル=ルイン)の影]が霞むほどの物量の各種属性魔法を、リーンは血の牙で、紅の刃で、死神が作り出した鎌で、必中必殺の槍で、無理矢理こじ開けるように潰してダメージを与えてゆく。


「アリス! 隙があれば撃ちなさい!」

「イエス、マム」


 リーンの指示に、アリスは頷き、要所要所で的確にチャージショットを当て、ソアラ=ルシルのHPをさらに削ってゆく。


 通路を埋め尽くす嵐のような攻防を横目に、けれども悠姫もそちらにかまけている余裕など一切ない。


「このレベルでも、二体は、キツイねぇ!」


 止まらぬ剣戟と、影から放たれる鋭い斬撃。常に挟みうちになるように立ち位置を調整してきているのが、絶妙に集中力を乱される。


[剣聖]クリストフ=ネイビーと、[影狼]ゼナ=セスによる波状攻撃は、止まることなくむしろ次第に苛烈さを増してゆく。


 通常の攻撃でさえ、致命的になりかねないというのに、予想していた通り、当たり前のようにスキル連携も、スキルオーバーも使ってくるのだから、始末に負えない。特にスキルオーバーは、速度でしか判断出来ない為、合わせが難しい。


 じりじりと削れてゆくHPとリジェネが拮抗しているが、少しでも気を抜けば即死して一気に後衛ごと落とされかねない。


 しかし、それも回避不可能というわけではないし、まだパリィもできる範囲内だ。


「リリカ! バインドいける!?」

「――はっ、わ、わかった! ――――[ソーンバインド]!」


 茨の戒めに囚われて、クリストフ=ネイビーの動きが僅かに止まる。


 が、1秒も持たずに茨の鎖は引きちぎられて、その流れのまま、クリストフ=ネイビーは悠姫へと襲いかかる。


「遅い!」


 けれども体勢が崩れたままではまともな一撃にならず、それを逆手に悠姫はスキルを使って大きく弾くと、クリストフ=ネイビーはそのままの勢いで身体を浮かせる。


「アリサ! 今だよ!」

「まかせてゆうおねーちゃん!」


 ゼナ=セスの動きにだけ気をつけつつ、悠姫は一撃だけスキルを叩き込み、追撃はアリサに任せる。


「[シャドウステップ]! 「フェイタルアクセラレーション」!」


 ゆらりとアリサの姿が闇に溶けるように消える。


 しかし実際には消えたわけではなく、消えたと錯覚するほどの速度で動いただけである。


「っ! [デッドリーエフェクト]!」


 悠姫の追撃には間に合わなかったが、リリカは反射的に、相手の被ダメを3秒間1.5倍するという破格のデバフをクリストフ=ネイビーにかける。


「――いくよー! [秘刃:絶]!」


 通路の壁を、天井を消えるほどに見える速度で飛び、自己バフを乗せたアリサが、流星の如きスピードでクリストフ=ネイビーの首を狩り取る。


「ふぅ、やっと即死通ったね」


 何度か試してみても即死が発動しなかったので、恐らく条件は、背後からが大前提で、狙う部位、LUK、HS、残りHP量辺りが関係しているのだろう。


 それでも200M近く残っていたクリストフ=ネイビーのHPを一撃で狩り取ることが出来ているのだから、性能としてはやはり破格だ。


 因みに悠姫とリーン以外で相手の動きを正しく認識出来ているのは、アリサだけだ。


 ステータスはAGI極のINT=LUK>STRといったステ振りで、自分の動きを制御する為と、少ないMPを確保する為の高いINTのおかげで、何とか動きについていけているようだ。


 その分条件を満たさないとSTRは低めなのでダメージが出しにくいのがデメリットだ。


「こっちも終わりましたわ! 悠姫!」


「よし、じゃあヘイトは十分だから、全員ゼナ=セスに集中砲火!」


 シーカーの転生二次職の影狼は、範囲攻撃が少ない。悠姫がタゲを持ち続けている限りは、被弾はあまり気にしなくてもよい。


 そのままゼナ=セスを倒し、続けてひよりが隔離していたクレア=セフィールを倒し、面々は一息つく。


「いやー……意外とギリッギリだね」

「こっちも、ソアラだけなら楽でしたけど、何かとまとめて相手となるとさすがに厳しいですわね」

「やー、バフとリジェネなかったら死んでたね」


 さすが要求レベル190。早くも冷や汗をかく難易度である。


「――いやいや! バフとリジェネある程度でどうにかなる難易度じゃないよふつー!」


 アブナカッタネー。と健闘を讃えあう悠姫とリーンに、至極真っ当な感性を持ったリリカのツッコミが入る。


 さすがは引き継ぎ組。というよりもひよりやアリス、アリサが気にしなさすぎなだけもある。適正レベル190と言っているのに、どうやっても半分にも達していないレベルで狩りになるはずがないのだ。


「え、なになに!? お姉様とリーンさんの動きとかスキルとかヤバいんだけど!? や、他のみんなも強かったけど、2人は明らかにレベル90の動きじゃなかったよね!?」


 まっとうな疑問に悠姫は苦笑いしながら、


「その辺は後々話すとしてさ、ほらほらリリカ、ブーツとリング出たよ。装備して」

「え、え、ええ!?」


 ゼナ=セスが落とす[黒狼の靴]と、ソアラ=ルシルが落とす[ルーンリング]は、レベル100で装備出来る中では最高峰の防御力とステータス補正を誇っている。


 転生したらしばらく使えなくなるとはいえ、普通にプレイしていたら、下手をすると一生手に入らないかもしれないアイテムである。


 悠姫とリーンの動きにはまだ懐疑的だが、しかし目の前のレアアイテムには変えられない。


「いいの? か、返せって言われても返さないよ?」

「いわないいわない」


 そもそもどちらも5%で落ちる装備で、レアドロップというわけではない。いや、入手することが困難という意味ではレアドロップではあるが。


 レアドロップは0.04%で落ちる転生二次職用の強力な装備か、0.01%で落ちる各種枢輝石のどちらかだ。


 VR化以前も[人体実験研究所]は超高難易度のダンジョンで有名で、レイドをやっている一部のプレイヤーでも、まともな狩りにならないことで有名だった。


 しかも、狩れたしても一時間に1〜2匹狩れれば御の字というくらいに数を狩ることが出来ないため、装備の産出量は少なく、レア装備に関しては市場に流れた形跡がなかった。


 100レベルで装備出来る装備であることもあり、他の120レベルで装備出来る武器、防具に比べて見劣りするところはあるが、それでも十分カンスト勢が装備の選択肢に入れるほどに強力な装備である。


 特に先の[ルーンリング]なんかは、筆頭に上がってくるほどに有用な装備で、装備者のHP、MP、INT、MAG、DEF、MDEFを上げてくれるという汎用的かつINT、MAGは補正値が大きめに設定されている為、魔法系の職業ではとりあえずこれをつけておけば間違いないまである。


「アリスとひよりんは相手の動きに照準合わせるのきつそうだけど、頑張って」

「は、はい」

「はい。ゆうねーさま」

「ソアラ相手なら動きも少ないので、アリスはほぼほぼ必中でしたけれどもね」

「そこらへんはVR化して良くなったところだね」


 命中率、回避率で確率計算されていた時に比べて、今はタイミングさえ合えば攻撃を当てることもできるし、回避も同じく見極めることができればかわすことができる。


「ソアラかオルン辺りが相手だとわたくしは楽なのですけれども、みていた感じ、近接とガチでやり合うのは厳しそうですわね」

「うへー、普通は一番相手にしたくない筆頭なのに……」


 リリカの言う通り、[賢者]ソアラ=ルシルと[エレメンタルマスター]オルン=ディラルクは、[人体実験研究所]の中でも相手にしたくない相手No.1.2をぶっちぎりで占めるモンスターだ。


 理由は簡単で、詠唱なしで耐性すらも余裕で貫いてくる超火力の各種属性攻撃に、魔法攻撃の範囲もいちいち広くて、後衛を巻き込んでの事故率も多く、対策しようにも全ての属性耐性を完璧にすることもできないので、何かしらで消し飛ばされてしまうのだ。


[賢者]ソアラ=ルシルか[エレメンタルマスター]オルン=ディラルク単体だけならガチガチのタンクにヒーラー2人をつけて、持久戦を仕掛ければ倒せるかもしれないが、そこに一体でも何かしらが混ざると一瞬で無理ゲーと化す。


 悠長に持久戦をしていたら、マップの一定ルートを周回している[影狼]ゼナ=セスや[エクセキューショナー]アイシャ=リドルにいきなり葬られてしまう。


 そもそもさっきみたいに三体一気に相手するという行為自体が、普通ならば不可能なのだ。


 そもそもがインスタントダンジョンになっている為、最大6人までしかパーティ入場出来ないし、耐久だけに振っていたら火力が圧倒的に足りなくなってしまうし、火力に振れば耐久が厳しくなる。


 つまりは最初から詰んでいるようなダンジョンなのだ。


 その事前情報を知っているリリカにしてみれば、まともに打ち合う悠姫はもちろん異常なのだが、それよりもソアラを一人で完封するリーンこそ異端すぎた。


「やー……まぁ、ここの狩りが終わったらみんなにも説明するから、一旦そういうことだと思って狩りを続けてもいいかな? あ、弁明しておくと、違法ツールやチートじゃないから、安心して」

「……そういうことなら」


 リリカが訝しんでいることがわかったので、悠姫はそう言って無理矢理納得させて、よし、と頷く。


「それにしたも、不気味なところですよね……」


 ひと段落ついたことで、ひよりが周りを見回して、ぽつりとつぶやく。


「まぁ、[人体実験研究所]って名前にもある通りだしね。ここはかつて[第六の聖櫃(ルトイル=ヴィジョン)]が作った実験場の一つと言われていて、その実験で犠牲となった転生二次職の人物の魂が移植された、意思を持たないホムンクルスが大量生産されているダンジョンだね」

「[第六の聖櫃(ルトイル=ヴィジョン)]いい加減にしろですわ」


 お決まりの常套句を反射的に言うリーンは置いておいて、悠姫は脳内で言葉を続ける。


 ――とは言うものの、実際には、ここは[第六の聖櫃(ルトイル=ヴィジョン)]が関係していると思っていないけどね。メタ読み的な話にはなるけれども、転生二次職が出来たのは[ルカルディア]が出来てからの話であり、[楽園]にはそういった職業などはなかったのではないだろうか。


 そう考えると、この[人体実験研究所]は運営が考えたダンジョンということになるが、よくもこんな凶悪なダンジョンを作ったものだ。


「確か、クエストで掘り下げもあるみたいだけど、当時は難易度的に誰も進められてなかったんだよね」


 何せ、ハイドしていても看破されるか、同じくハイドしたゼナ=セスかアイシャ=リドルに音もなく殺されるだけだ。[人体実験研究所]の奥は、いまだに未知の領域だ。とんだ欠陥クエストである。


 しかしそういった攻略できないコンテンツがあるからこそ、廃人プレイヤーがやる気を出すというものだ。


「それじゃあ、次は悠姫にバフをかけてそこの室内に放り込むということで良いかしら?」

「死ぬよ!? や、気にはなってたけど、あの小部屋カオスすぎない? 一瞬でミキサーになるって」


 というのは、先ほどから見えているマジックミラー越しの小部屋の中だ。


 部屋の中には目視できるだけでも6体のモンスターが彷徨いており、下手したらハイドしているゼナ=セスやアイシャ=リドルがいるかもしれないので、実質処刑部屋である。


 部屋の中のメンツは、[剣聖]クリストフ=ネイビー、[パラディン]ガルシア=ヴァレンシス、[覇王]ガロン=ワーグナー、[エレメンタルマスター]オルン=ディラルク、[ディバインヒーラー]クレア=セフィール、[ドミネーター]アドミス=ドゥーラの6人。


 バランスが取れすぎていて、一歩でも部屋に足を踏み入れたら確実にひき肉にされてしまうだろう。


 盾1火力前衛2遠距離魔法火力1遠距離物理攻撃1回復役1で、遮蔽物もなしとか、削り切れる気がしないし、そもそも物理と魔法のバランスが良すぎて話にならない。


「でも、ゆうちゃんなら行けそうな気がしなくもないです」


「いやいや、さっきもギリギリだったし、さすがに無理。ある程度狩って、防具が整ったらワンチャンあるかもしれないけど」


[廃墟]で少しは装備が確保できたとはいえ、要求レベルが100からのものもあれば、狩ったモンスターの種類的に装備が一式揃うような数でもない。


 その点、人体実験研究所ならば各クラスに合った武器防具がドロップするから、狩れるのならば良狩場であることに間違いはない。


「というか、やっぱりリーンの[マナイーター]強いね。[聖櫃攻略戦]でもかなり助かりそう」

「頼りにしてくれていいですわよ」

「うん、頼りにしてる」

「ふふ、嬉しいこと言うじゃないですの」


 言いながら寄ってくるリーンの肩と悠姫の肩が触れ合う。そんな悠姫とリーンのやりとりを見ていたひよりが、二人の様子に首を傾げる。


 こてんと首を傾ける様子があざとくないのはある種の才能だと思う。


「ゆうちゃんとリーンさん、なんだか仲良くなりました?」


 確かに、以前からリーンの悠姫に対する態度は軟化していたが、今はその頃よりも自然にやり取りをしているように思える。


 短いスパンで色々と濃い体験を共有したということもあるし、悠火がリーンのメイドとして働き始めたということもある。


 要因は色々とあるものの、実際それをまとめて説明しようと思うとこれがまた意外と難しく、


「まぁ、色々あってね。それも後で説明するね」


 どちらにせよ、皆には説明しないといけないことだが、中途半端に説明して話をややこしくする必要もない。


 とりあえず今は、狩りに集中だ。


 和気藹々と話しながら狩れるほど、[人体実験研究所]は甘い狩場ではない。


「聞きたいこと山盛りだねぇ……」


 そんなリリカの諦めたような言葉と共に、狩りが再開されるのだった。

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