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Crescent Ark Online  作者: 霧島栞
第4章[聖櫃攻略戦]
48/50

四話[崩壊都市デニス]

[崩壊都市デニス]は、広大なフィールドダンジョンの一つで、様々ないわくが残っている都市でもある。


 その理由は、[崩壊都市デニス]は、神々の1人、[第六の聖櫃(ルトイル=ヴィジョン)]が創り、様々な実験場として稼働していたという背景が関係している。


 元々、狂科学者の気質がある[第六の聖櫃(ルトイル=ヴィジョン)]は、時に非人道的な実験すらも躊躇いなく行う事で有名な神で、神々の中でも割と人々から恐怖の対象として見られていた。


[第十二の聖櫃(エンカード=レグルス)]の試練によって、今の歴史が偽物だとわかったが、[崩壊都市デニス]が何らかの実験場として稼働していた事は確かであり、深部に進むにつれてあからさまな崩れた実験場があり、モンスターも合成されたキメラやヤバイ見た目の実験動物などが出現するようになる。


 そもそも[ホラーグレムリン]の時点でだいぶグロテスクなのだが。


 さらに都市東端の桟橋から[複合都市クレシエント]、ひいては[神々が遺棄した島]へと繋がる[基幹構築型転送魔術装置]が存在する。


 どちらに転送するかは選べるが、[神々が遺棄した島]を選んで転送すると、高確率でモンスターの前に放り出される為、基本的には[複合都市クレシエント]に飛ぶ方が無難だ。


 複合都市という名称を持ってはいるものの、クレシエントを管理しているのは[第八の聖櫃(エクシード=マキアディス)]が創り出した機械たちだし、都市機能自体も全て外部との遮断装置につぎ込まれて、ほとんどが機能していない。


 精々がセーフティエリアになっているのと、テトラが駐屯しており、転送場所として使えるくらいである。


 ともあれ、そんな超高難易度のエリアに続くだけあって、[崩壊都市デニス]は奥に進めば進むほど、難易度が高くなってゆくフィールドだ。


[ホラーグレムリン]を狩り続けること暫く。夜も更けてきてそこかしこの松明だけの明かりでは、かなり心許なくなってきている。


 因みに装備も地味にドロップしており、アクセサリーと悠姫の武器が更新されている。


「さて、と。100匹狩り終えたけど、軽く休憩して奥に進んでみようかな」


 レベルも互いに80になっており、ステータスも大体振り終えている。唯一スキルだけまだ振り切っていないので、休憩しながらスキル振りをしようという提案だ。


「そうですわね。テント出しますの?」


「そだね。こっちで出すよ」


 言って悠姫ら、インベントリを開き、その中からテントを取り出してぽちり。


 インベントリから飛び出したテントが自動的に組み上がり、廃墟の地面に完全に固定される。


「これでモンスターに侵入されなくなるんだから、訳わかんないよねぇ」


「定番といえば定番ですけど、たまにこうしたメタな部分がありますわよね、CAOって」


 普通に考えて、布のテント一枚でレベル112もある[ホラーグレムリン]を寄せ付けないなんて考えられない強度である。


 2人してテントの中に入り、張り詰めていた空気が一気に霧散する。


 ステータスとスキルのおかげで戦闘は楽に進んでいるが、一撃で狩れる訳でもなければ、支援による回復がある訳でも無い。


 長く続けば段々と精神が消耗してゆくのは自明の理。悠姫は近くの毛布を引き寄せて座布団代わりにして、その上に座り込む。


「悠姫。胡座で座りなさい」


「ん? はい」


「衣装を切り替えなさい」


「はい」


 命令されるままに、悠姫は衣装装備をいつもの騎士装備から、プリセットの軽装へと変える。


 それを確認したリーンは、よしよしと頷いて、胡座をかく悠姫の足の間にすとんと腰を降ろした。


「……えっ」


 そのままついでにスキルを選ぼうと思っていた矢先にだったので、反応が遅れてしまった。


 座り方の指示の出し方はリーンらしいが、まるでアリスを彷彿とさせる自然さだった。


 悠姫よりも小柄なのと、リーンが意図的に身体をずらしているので、悠姫の胸にリーンの後頭部が当たっているような姿勢である。


「リ、リーン?」


「なんですの?」


 見上げるように、リーンの紫色の瞳が悠姫を覗き込む。


「なんで?」


「何か悪いかしら?」


 ……えー?


 有無を言わせぬ口調で言われては、悠姫には返す言葉がない。


 それにしても、いきなり距離が縮まった事に違和感を覚えて、悠姫はスキルを弄るフリをしつつ、久我に個人チャットを飛ばす。


『ねーねー、久我』


『おおう。どした悠姫さん』


『今時間空いてる? ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ』


『ああ、大丈夫だぞ。レベル100になってるから、とりあえずでサブクラスの解放クエストをやってたんだ』


『あ、いいなー。わたし時間なくて出来てないんだよね』


 サブクラスは、レベルが上限になったキャラが、別クラスのスキルを限定的に取れたり、クエストで得られる限定のサブクラスを習得出来るシステムのことだ。


 例えばニンジャの[サムライマスター]なんかは、特殊二次職の[サムライ]と、サブクラスの[忍者]のクラスが噛み合った結果生まれたクラスだろうし、サブクラスを習得してるとしていないとでは、かなり立ち回りに差が生じるだろう。


 なのに何故、悠姫たちがサブクラスを習得していなかったかというと、理由は簡単だ。


 クエストが長いのだ。


 純粋に、クエストが長く、真面目にやってもまる1日はかかるのだ。


 それに、引き継ぎ組は言わばメインクラスとサブクラスのハイブリット型になっているものも多いので、わざわざ時間をかけてクエストを終わらせに行くメリットが薄かったのだ。


 と、そんなサブクラスの話はさておき。


『それより、なんか聞きたいことがあったんじゃないのか?』


『そだそだ。話が逸れるとこだった……』


 仕切り直して、悠姫は久我に問いかける。


『なんかリーンの様子がおかしくて、だだ甘なんだけど、これどうしてなの?』


『あー……』


 随分な言いようではあったが、心当たりはあるのだろう、久我は長い感嘆詞の後に言葉を続けた。


『それは多分あれだ。鈴音は両親がいないから、気を許せる相手が今まで居なくてな』


『両親がいないって?』


『前にも言っただろ? 鈴音は巫女の血筋で、半ば軟禁状態だって。だから、悠姫さんが来てくれてうれしかったんじゃないか?』


『なるほど……』


 思っているより、鈴音の境遇は過酷だったのかもしれない。


『あれ、でも聞く話だと、わたしが鈴音の世話係をするのも反対されたんじゃないの?』


『まあな。けど、そこはさすがに押し通させて貰った感じだな。従者の家系ではあるが、長い歴史も同時にあるから、久我の従者は主家に対して一度だけ強権を発することが出来るからな』


『え、え? そ、それってかなり大事なものなんじゃないの?』


 バーに来た時も、実際に働く時もそんな素振りは一切なかったので、軽い気持ちで引き受けたが、まさかそんな裏事情があったなんて。


『まあ、だから鈴音のメイドは長く続けてくれると、俺も助かるな』


『それは、もちろんいいけど』


 まだまだ久我は話していないことがありそうだが、おそらく追求したところで久我は答えないだろう。


『もしかして、わたしが男だと知っても鈴音が怒らなかったのも、何か関係あるの?』


『いや、あれは以前止めたにも関わらず、あのクソジジイどもが悠姫さんの素性を洗い出してたから、それにかなり腹を立てたんだろう。俺にもキレなかったのは、恐らく強権に気付いてるからだろうな』

『その後蹴られてたけどね』


『ありゃひでーぜ悠姫さん。男の世話係とか、主家が許すはずないだろ』


『え、わたしは?』


『……ま、そんな話はおいといてだな。今狩り中なんだろ? あんまり喋ってると、うちのお嬢様は鋭いから不機嫌になるぞ』


『えー』


 ちらりとリーンの方に視線を向けると、半眼でじっとこっちを見ていた。


「悠姫、今誰かと話してますわね?」


 いつから見られていたのだろうか。


『気付かれたー』『南無』という短いやり取りで久我とのやり取りを終え、悠姫はあははと軽く笑いながら続ける。


「や、ちょっと久我と話ししててね」


 悠姫も学んでいる。リーンに対しては下手に誤魔化すよりも、素直に話をした方がいいと。


「久我と……なるほどですわ」


 何か理解したのか、リーンはそれ以上追求せずに、スキル振りに戻っていった。やっぱり久我が言うように身元調査の件が後を引いてるのだろうか。


 とはいえ、悠姫がその話を盛り返しても仕方ないので、悠姫もスキル振りに意識を傾ける。


「そういえばさ、スキルで[ルーンエンチャント]が変化するみたいなんだけど、これ前提がパッシブ系だし早めに取った方がいいのかな」


「そうですわね、現状火力では困っていませんし、パッシブやバフを盛ってもいいかもしれませんわね」


 恐らくフィーネの気遣いだろう。2人のスキルは基本的に単発高火力に寄っており、明らかにステータスを生かしてのヒットアンドアウェイを意識している。


 低レベルで取れるスキルでも割と高倍率になっているし、何よりクールタイムがかなり短縮されているので、あまりスキル回しでストレスを感じることがない。


 むしろスキルオーバーで倍率を跳ね上げることも出来るため、バフ系優先でも十分戦えるのだ。


 とはいえ、


「今はいいけど、もっと高レベルになってくると流石に火力不足になるだろうし、100以上まではあげたいねぇ」


 100スキル。110スキル。120スキルと呼ばれるレベルキャップで解放されるスキルは、他のスキルとは一線を画す性能が付与されていることが多い。


 スキル名を見る限り、悠姫とリーンの2人の100以降スキルも、かなり強そうなスキルだ。


「消えてしまうといえ、愛着のあるキャラでしたし、最後まで悔いなく使ってあげたいですわね」


 リーンの言葉に、悠姫は手に力が入る。


 それを意識しないようにしてきたし、[第三の聖櫃(トリアステル=ルイン)]を助けるという大義名分もあった。フィーネの騎士としての矜持もあれば、欠橋悠姫ならば、そうするだろうという信奉もあった。


 ――けれども消えたら新しくキャラを作ればいいなんて、ただの虚勢だった。


 改めて『欠橋悠姫が消えてしまう』という事を意識したら、心が苦しく手に力が入り、泣きそうな気持ちになった。


 今が夜で、一息ついたタイミングだったのも良くなかった。


「……悠姫、大丈夫ですの」


「え……あ、あはは、大丈夫だよ?」


 余程酷い顔をしていたのか、見上げるリーンの心配そうな顔が見えて、悠姫は取り繕うように笑みを作る。


「新しくキャラを作ったら、また最初から楽しめますわね。なんなら暫くギルドのメンバーには隠してのんびり遊ぶのもいいですわね」


「……お嬢様言葉使ったらバレるから、喋る時はタメ口だね」


「それは難しいですわね」


 感傷に浸りそうになるが、まだ何も終わっていない。ここで泣き出して立ち止まってしまっては、全てが無駄になってしまう。


 気を取り直して、悠姫はパッシブスキルを取り、[ルーンエンチャント]を[ルーンヴァリアント]へと変化させる。


「うわ、スキル効果えぐ……」


「どうしましたの?」


「[ルーンエンチャント]をスキル変化させた[ルーンヴァリアント]なんだけど、そもそも[ルーンエンチャント]の効果が強化されてて、自身のATKにMATKの値を加算し、相手の耐性を20%貫通し、攻撃が魔法属性になって、さらに武器の破壊を防ぐって効果だったんだけど」


 習得したスキルの欄に書かれている内容をもう一度読み直し、悠姫は続ける。


「自身のATKにMATKの値を加算し、相手の耐性を100%貫通し、攻撃が魔法属性になり、武器の破壊を防ぎ、全ステータスを固定値で50上昇させる、持続時間120秒(クールタイム100秒)なんだけど」

「……何ですの、その頭の悪いソシャゲの会社が飲み屋で決めたようなスキルは」


 実際はスキルを作ったのはフィーネなので、リーンの言葉の刃は全てフィーネに刺さっているが、普通に実装されたら即日修正案件なスキルである。

「それ言ったら、リーンの[バーニングブラッド]はどうなの?」


「……毎秒HPダメージを受ける代わりに、ステータスが全て固定値で100上がり、通常攻撃にドレイン効果が付きますわね」


「え、通常攻撃にもドレイン付いてるの? めちゃくちゃ維持が楽なんじゃ」


「楽ですわね。正直デメリットになっていませんわ」


「十分壊れじゃん」


「ですわね」


 言って2人して苦笑いする。


 攻撃系のスキルも倍率が高く設定されているし、それだけ3日でキャラロストという代償は大きいのだろう。


「さてと、スキル振りも終わったし、そろそろ深部に進んでいこうか」


「そうですわね」


 これまでは[廃都]の入り口で[ホラーグレムリン]を狩っていただけだったが、[崩壊都市デニス]はここからが本番だ。


 魔法攻撃を使わず、純粋なステータスの暴力だけで襲いかかってくる[ホラーグレムリン]とは違い、この先に出てくるモンスターはバシバシ魔法攻撃を使ってくるし、数も多い。しかも厄介な事に、同じ名前でも性質が違うモンスターもいるものだから、はっきり言ってペアで行くような狩場では無い。


「とりあえずわたしがタゲ取って、魔法は斬るから、リーンが火力出しつつ、抱えきれなさそうなら魔法撃たない個体を持ってもらうか、単体優先処理で数減らす流れで」


 しかしステータス的には余裕があるし、やられるパターンとして考えられるのは、物量で囲まれた時か、魔法の飽和攻撃で押し切られるかのどちらかだろう。


「あ、言うのを忘れてましたわ。わたくしも魔法に対処出来ますわよ」


「そうなの?」


「[マナイーター]というパッシブスキルで、スキルに魔喰らいの効果が乗るようになっていて、魔法を無力化しつつ、MPを回復出来ますわ」


「なにそれ強い」


 実質永久機関ではないか。悠姫ですら、連戦が続くと戦闘の合間にMPポーションを飲んでいると言うのに。


 ただ、聞いた感じだと火力的には悠姫の方が火力は出そうではある。


「それってクールタイム何秒なの?」


「? パッシブって言いましたわよね?」


「え、常時発動なの!?」


 あまりの性能に、リーンがしっかりとパッシブと言っていたにも関わらず、脳が理解を拒絶していたようだ。


「あれ、もしかしてこれタゲ取って固定よりお互いにDPS出し合って、飛んできた方が魔法の対処する方が効率いいのでは?」


「それはそうですわね」


「がーん」


 魔法斬りは悠姫のアイデンティティでもあっただけに、リーンに取られてややショックだ。そんな悠姫の様子を見て、リーンは勝ち誇ったかのように笑みを浮かべて追撃する。


「因みにパッシブスキルの[ブラッドアーツ]で武器の破壊を防ぐ効果と、スキルに血の追撃が入り、スキルに20%の追加ダメも入りますわよ」


「うわ、つっよ」


 飲み屋のスキル(隠語)に悠姫は正直な意見を漏らしつつも、何やかんや自分も[ルーンヴァリアント]を取る時に振った[ルーンフォース]という、ダメージを与えた時に自身の最大HPの20%を上限とした特殊シールド効果を得るパッシブスキルがあったりもするので、同じ穴のムジナである。


「でも、このステとスキルでも、[第三の聖櫃]の[聖櫃攻略戦]で出てくる中盤以降の尖兵とまともに戦える気がしないんだよね」


「ですわね。明らかに火力が足りてませんわ」


「耐性防具もね」


 火力で言うなら武器や防具、アクセサリーが揃っていないのだから仕方ないところではあるが、だからといって高スペックの装備は基本的にレイド産である。


 ある程度のレイドボスなら今のステとスキルならばペアないし、ソロで狩れるだろうが、ギミックを含むレイドゾーンともなれば、話は別だ。回避不可能の攻撃なんて山ほどあるし、DOTダメ持ち、状態異常ばら撒き、特定タイミングだけダメージを通す仕様。数箇所のエリア同時攻略などなど、挙げ出せばキリがないくらいに、レイドゾーンとは個々の戦力だけでは攻略できないようになっている。


「まあその辺は行けるとこで何とかするしかないかな。後、[神々が遺棄した島]も、一回行ってみたいね」


「[廃都]でレベル上げと聞いた時から、そんな気はしていましたわ。いいじゃない悠姫。2人で倒してドロップアイテムを確認いたしましょう」


[神々が遺棄した島]は、VR化以前のド廃人共が束になってもモンスターを一体も倒せないくらいの馬鹿げた強さのモンスターで溢れている死の大陸である。


 あまりの難易度に、調整ミスだとか未実装マップ扱いされていたり、一部の層には何かクエストが鍵となる特別な条件があるのではと推察されたりもしていた。


 かくいう悠姫もその中の1人なのだが、[神々が遺棄した島]に関しては、まず文献自体が少なく、かつ他の大陸の歴史のように確とした土台があるようにも思えず、すぐに推察するのもやめてしまっていた。


 しかしレグルスの遺言と、フィーネの話を聞いた後だと、そもそもの名前からして興味が湧いてくるというものだ。


「まあ、渡航の目処が付いたら一旦フィーネに話を聞きに行ってからだけどね。……ないとは思うけど、[神々が遺棄した島]って名前的に、また[楽園]に迷い込むような話になるとまずいし」


「このステとスキル構成なら、[ルインの影]も余裕で倒せそうだから、わたくしはもう一度行ってみたいですわね」


「あんまし触れなかったけど、リーンって大概狂戦士バーサーカーだよね」


「あら、まさか欠橋悠姫ともあろうプレイヤーが、怖気付いてますの?」


「やー、痛いのはやだなーって」


「その痛みも、生きていてこそですわ」


「や、意味わからないから」


 ぶっちゃけ、時間が時間なので頭があまり働いておらず、意味があるようでない会話がちらほらと散見される。俗に言う、深夜テンションというやつだ。


「よし、そろそろ再開しようか」


 悠姫が言うと、リーンはさっと立ち上がり、テントの隙間から外を見る。


「外には[ホラーグレムリン]は居ませんわね」


「じゃあ、ささっと進んじゃおう」


「待ちなさい悠姫」


「? どうしたの?」


 やけに真剣な様子で言って、リーンがにじり寄ってくる。


「アリスが膝の上に座ったら頭を撫でるのに、どうしてわたくしの頭は撫でなかったのかしら。撫でなさい」


「あっ、はい」


 なでりなでり。


 躊躇いもなく悠姫はリーンの紫色の髪を撫でる。

「……ふふ。さ、行きますわよ」


 そんなに撫でてもいないのに満足したのか、リーンはそう言ってテントを出て行った。


「……えー」


 リーンの変わり様と、撫でてもいいタイムだったのかー、という不完全燃焼な気持ちを抱きながら、悠姫はリーンの後を追ってテントを出てゆくのだった。





[崩壊都市デニス]の中域には、2種類のモンスターが存在する。


 まず一匹目は、[アズールミュータント]という、青い何かしらの生物の特徴を持ったモンスター。


 そして、二匹目が[変異キメラ]という何かしらの生物の特徴を持ったモンスターだ。


『何かしらの生物の特徴を持った』というふんわりとした説明だが、これは形容し難いとかそういう意味ではなく、実際に個体によって生物の特徴が違うが故の表現である。


 つまり、名称は同じでも、個体の姿と所持しているスキルなどは全て異なっているのである。


 つまり、定石が組めないから、相手をする方からすれば、非常に戦いにくい。かつ追加で現れた場合、何をしてくるのかわからないという恐怖が常に付き纏う事になる。


 特に一匹目に紹介した[アズールミュータント]は、身体が青い液体のようなもので構成されているので、なおどんなスキルを持っているのかわかりにくい。


「リーン、ミュータントは火寄り! キメラは物理! 二体こっちで持つから、ミュータント落とそう!」


「了解ですわ!」


 崩れている部分もあるので非常にグロテスクだが、強いて言うなら獅子カエル頭の[変異キメラ]と、鹿二頭の[変異キメラ]に[スカーレットペイン]を当てて、悠姫はタゲを固定し、残りの[アズールミュータント]に[クレセントライン]の一閃を喰らわせて5%だけHPを削っておく。


「ガラ空きですわ! [クリムゾンテンペスト]![ルナシェイド]!」


 斬撃のダメージに釣られて悠姫の方に意識がいっていた[アズールミュータント]の側面に、紅の稲妻が暴風と共に襲い掛かり、続けて月光と共に深い闇が[アズールミュータント]の身体を貫いた。


[クレセントライン]で10,260,000ダメージ。[クリムゾンテンペスト]で14,547,400ダメージ。[ルナシェイド]で38,581,900ダメージが出ている。


 それでもまだHPが7割ほど残っているのだから、タフにも程がある。単純に考えて、HPが200Mを超える計算だ。


「――――――――!」


[アズールミュータント]の音にならない叫びと共に、魔法陣が展開され、炎と風が絡まり嵐となってリーンへと襲いかかる。タフなだけだなく、ほとんど無詠唱で魔法を放ってくるのだからなおタチが悪い。


 一応[アズールミュータント]が魔法よりのスキル構成が多いことが多く、[変異キメラ]が物理よりという傾向はあるが、安心しきっていると、逆転した相手に瞬殺されてしまうこともある。


「[クリムゾンサイスリーパー]!」


 紅の死神の鎌が、[アズールミュータント]ごと炎の嵐を薙ぎ払い、その一部が赤と白の光の粒子になってリーンへと吸収されてゆく。


「全回復ですわ」


 広範囲高倍率スキルで相手の魔法ごと敵を薙ぎ払ったらHPとMPが全回復するとか、継戦能力だけでみたらリーンは悠姫よりも遥かに高いだろう。


 リーンから大ダメージを貰ったことでヘイトがリーンへと移り、悠姫が[変異キメラ]を二体、リーンが[アズールミュータント]を一体相手している構図だ。


 魔法の範囲に巻き込まれるとやっかいなので、互いに射線は切りつつも、いつでも互いが抱えているモンスターに攻撃ができる位置取りをキープしつつ、まずは[アズールミュータント]から落とすために火力を集中させる。


「さっさと落としちゃうよ!」


 スキルを惜しみなく使って、僅か十数秒で[アズールミュータント]を落とし、続けて二匹の[変異キメラ]を倒しにかかる。


「まぁ、二匹とも物理だからそこまで――」


 警戒する必要はないかもと言おうとした瞬間、獅子の喉奥でバチリと火花が散った。


 そして次の瞬間、雷のブレスが吐き出され、咄嗟に回避行動をとった悠姫の肩口を掠める。


「っ、あっぶな! これがあるから怖いんだよね!」


「悠姫! 大丈夫ですの!?」


「へーきへーき! シールドが削れただけだから」


 防具がまだまだ揃っていないので、一撃喰らえばかなりまずいが、何とか反応して逸らすことができたので、損傷は軽微だ。


 というより、パッシブスキルの[ルーンフォース]のシールドのおかげで、軽いダメージならほとんど無効となる。


「そっちも大概ですわね」


「お互いにね」


 短く言って笑い合いながら、さて。と[変異キメラ]に改めて相対する。視線を向けられた[変異キメラ]が、怯えているように見えたがおそらく気のせいだろう。


「ブレスだけ警戒で、さくっとやっちゃおう」


「ですわね」


[変異キメラ]はレベル117、[アズールミュータント]はレベル119もあるモンスターである。


 本来ならばそんなさくさくと狩れる相手ではないにも関わらず、まるで道中の雑魚を狩るような口調で言って、ほどなくして二体の[変異キメラ]は2人の経験値となった。


[崩壊都市デニス]中域は、装備の整った転生後レベル110を超えたパーティが、6人のフルパで来るような狩場であり、しかも大体は二体のモンスターまでしか同時に相手することはなく、3体目が来たら迷わず撤退を選ぶくらいの難易度である。


 本来ならばそんな地獄のような難易度の中域での狩りで余裕なんてあるはずがないのだが、悠姫とリーンはまるで散策でもしているかのような足取りで索敵を進め、何なら4〜5匹まとめて釣れても順に処理してゆけるくらいの余裕があった。


[アズールミュータント]の魔法は斬るかかき消せば良いし、[変異キメラ]のブレスも意識していればかわせないことはない。


 そうなってしまえば、必然。


 廃人とは効率を求めるもので、どんどん作業になっていくというものだ。


 夜更けを超えて、人によっては起き始める人もいるかも知れない深夜4時。思考も段々億劫になってきて、口数も自然と減ってくる。


「リーン、ミュータント二体」


「右、火水。左、水雷土」


「りょ」


「左から」


「りょ」


 事務的な会話だけが続く中、リーンは戦闘とは別のことを考えていた。


 即ち、悠火が何故、神宮家のメイドとして採用されたかという不可解な謎だ。


 口振りを見るに、恐らく久我は分家の強権を使って悠火をメイドとして迎えると口添えしたのだろうが、しかし、それだけで悠火がメイドとして神宮家に雇われることは、絶対にあり得ない。


 女性ならまだ可能性はあっただろうが、異性となれば話は別だ。異様なほどに異性を排他する神宮の中枢が、婚約相手以外で異性の接触を許すはずがない。


 神宮の巫女にあてがわれる婚約相手は、基本的に遠縁の男性が選ばれる。


 これは、血の継承をより濃くするためのもので、数百年前から脈々と続いている、神聖な儀式のようなものだ。


 そして、神宮の巫女が子を孕んだ場合、一子は必ず女子になり、神宮家の監視の元、聖域へと隔離され、両親との繋がりを断たれる。


 故に、リーンは実の両親の顔すら知らないし、両親ももう神宮家にはいない。


 巫女としての世継ぎの責務が終わると、神宮家から十分な支度金と共に、半ば強制的に神宮家から追放されるのだ。


 悠火が鈴音のメイドとして選ばれた理由……まさか、見た目がかわいいからとかではないでしょうし、となればやはり、偶然だが悠火の遠縁に神宮に関わる者がいたのかもしれない、という推察が成り立つ。


 遥か古の神宮の巫女は美しい白髪だったとも聞き及ぶところでもあるし、悠火も美しい白髪だ。


 あり得ない話ではない。


 ……中枢の老害どもが悠火のことを調べていたのはムカつきますし、神宮のしきたりに巻き込んでしまったのは申し訳ないですけど……うちのメイドになってくれたのは嬉しいですわね。


 実際に仕事もこなせそうではあるし、何より、初めてこの家で友人と接することが出来たのは、素直に嬉しい。


「お、おおおお! リーン! リーン! レアドロップでたよ!? うわ、やばくない!?」


 そんなことを考えつつ黙々とモンスターを狩っていると悠姫が急に元気な声を出してリーンへと呼びかける。


「[アズールミュータントの枢輝石]……マジですの!? は? いま出回っていいアイテムじゃありませんわよ!?」


 眠気も思考も吹き飛ぶドロップアイテムに、リーンも思わず二度見していた。


 以前にも少しだけ話題に出てきたが、[枢輝石]とは、各モンスターが超低確率で落とすレアドロップアイテムである。


 その確率、実に0.01%。


 同じモンスターを10万匹狩っても出ない時は出ないくらいに闇が深いアイテムである。


 その分効果はかなり良く、装備の製造の時に使うと、その枢輝石の効果に応じた特性を装備に付与出来る。


 効果には多少の当たりはずれはあるものの、適正レベルで見たならほとんどが破格の性能で、特に高レベル帯で数が狩りにくいモンスターの場合、その効果は計り知れないほどの強力なものとなっていることが多い。


 そして、[アズールミュータントの枢輝石]もまた、超強力な効果をもっている枢輝石で、その効果は以下である。


[特異軟体]物理と魔法の被ダメージを50%カットする。


 というシンプルながらにイカれた効果を持っているというもの。耐性を50%増やすのではなく、純粋に実数値を50%カットするのである。


 タンクならば垂涎の代物だし、そうでなくとも誰がつけても破格の効果だ。


「これは……リーンの防具に使うのがよさそうかな」


「し、正気ですの悠姫! 今売れば億万長者ですわよ」


「すていすてい落ち着いてリーン。キャラブレてるよ。気持ちは痛いほどわかるんだけどね」


[アズールミュータントの枢輝石]は、VR化前はほとんど出回っておらず、レイドギルドのタンクが数人所持していた程度だったと記憶にある。


 一度も露店に流れたことはないが、当時でも買取募集が17Gセイン。つまり、170億セインという、個人資産ではほぼ出せない金額が提示されていたことがある。


 悠姫たちは簡単に狩っているが、実際は6人のガチガチに装備を組んだ上限パーティでも、一時間に50匹狩れるかどうかといったところなのだ。


 今の[ルカルディア]ならばどうかわからないが、当時はそれくらい難易度が高かったのだ。


「どっちにせよ、今の[ルカルディア]にはそもそもそこまでのワールド資産がないし、今のリーンに耐久力が加わったらワンチャンありそうかなって」


 悠姫にも[ルーンフォース]という最大HPの20%の特殊シールドを貼れるパッシブスキルがあるので、耐久力は上がるが、リーンに比べればシナジーは少ない。


「それに多分これ、[バーニングブラッド]の毎秒ダメージも半分になるでしょ」


「た、確かにスキル説明では毎秒ダメージになってるので、半減しそうですわね」


「次良いドロップ出たら貰うとして、これはリーンの防具行きで決定! 期待してるからね、リーン」


「――ふふ、任せなさいな。全力を尽くしますわ」


 悠姫に頼りにされると、嬉しくなって自然と笑みが溢れてしまう。


 まったく、罪作りな人である。


 一体何人があの屈託のない笑顔と優しさ、そして時折見せる凛々しさに虜にされたことやら。


「悪い気はしませんけどね」


「? どうしたの?」


「何でもないですわ。さ、もう少し狩りますわよ」


 言ってリーンは苦笑して、狩りを再開するのだった。

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