三話[神宮鈴音]
「さて、何か申し開きはあるかしら?」
「ちょ、鈴音、近い近い……」
その日の夜。ひより達と狩りに行って帰ってきて、晩御飯の時間ということもあり、一時休憩となったので、悠火はログアウトして、久我にこの後の仕事について確認しようとしたのだが、現実に帰ってきた悠姫を待っていたのは、悠姫の上に馬乗りになった鈴音の姿だった。
体重をかけないようにしてくれてはいるが、足とお尻の感触が腹部に伝わってきて非常に居心地が悪い。
「悠火。わたくしは言いましたわよね。何かする時はちゃんと連絡するようにと」
「や、言われてな……はい。言われました」
笑顔の凄みに、悠火は言いかけていた言葉を飲み込んだ。
「でも、言ったら鈴音もわたしと同じ事しようとするんじゃない?」
「そうですわね。やりますわ」
「……さすがにキャラロストまで巻き込むわけにはいかないし」
「はぁ……まったく。怒りを通り越して、呆れますわね」
悠火からすれば気を使った結果なのだろうが、鈴音の考えは違う。
「いいですの? 悠火。巻き込まれただけとはいえ、わたくしも当事者なのですわよ。自分とクラリシア=フィルネオスとの問題だと思っているかもしれませんが、わたくしは悠火の仲間ですわ。仲間の助けになれるのでしたら、キャラロストくらい大した事ではありませんわ!」
言っていてだんだん恥ずかしくなってきたのだろう。鈴音の顔は赤く染まっていた。
「…………」
というよりも、悠火は鈴音のことを長い間勘違いしていたのかもしれないことに、ようやく気がついた。
ライバル視されていて、負けず嫌いだと思っていたが、悠火が思っているよりも、鈴音は義理堅く、心根のやさしい子なのかもしれない。
「な、何か言いなさいな、悠火」
頬を膨らませながらそう言う様子に、悠火は久我の言っていた[鈴音はツンデレだからな]という言葉が腑にストンと落ちてきた。
「――あはは」
「……何笑ってますの」
「や、鈴音、かわいいなって思ってね」
「は、はぁ?! いきなり何言い出しますの! 悠火!」
そういえば、鈴音にこういう事言うのは、初めてかもしれない。いつもは凛々しさや厳しさが勝つし、可愛いよりも綺麗と言える雰囲気と、何より先入観で嫌われていると思っていただけに、どこか苦手意識があった。
しかし、そういった意識が払拭された後に残ったのは、年相応の、少し不器用なだけの可愛らしい少女だった。
「お嬢様、ハグしますか?」
「ハグ!? い、いきなり何ですの!?」
なんだか無性に愛しく思えてきて、両手を広げて待つ事十数秒。顔を真っ赤に染めたまま、鈴音は何度目かの逡巡の後、恐る恐る抱きついてきた。
ベッドの上で二人。鈴音が上になるような形で抱きしめつつ、悠火は鈴音の頭を撫でる。
「……悠火。それは恥ずかしいですわ」
「何いってるの、前に温泉で血を吸う為にくっついてきておいて、今更じゃない」
「くっ……」
密着具合で言うと、その時の方が遥かに近い。
鈴音の艶のある長い髪が、頭を撫でられている事でさらさらと落ちて悠火の頬をくすぐりながら白い髪と重なってゆく。
感じる鈴音の体温は、[ルカルディア]での温泉の時よりも高く感じ、聞こえてくる鼓動の音も早鐘を打っている。
「鈴音」
「な、なんですの」
「相談しなくてごめんね。鈴音がそんな風に思っててくれたなんて、素直に嬉しい」
「……わかればいいですわ」
これまで悠火は、自分だけならともかく、誰かを巻き込むのは、リスクが大きすぎると考えていた。もしもここまでして[第三の聖櫃]が攻略出来なければ、ただの犬死にである。
だからこそ、悠火は自分だけが犠牲になればいいと思っていたし、それが最善の選択肢だと信じて疑わなかった。
けれども、鈴音は、一緒にリスクを背負ってくれると言った。
その宣言には悠火と同じ、決心を感じられて、鈴音が本気でそう思ってくれている事が理解できた。
だから、
「――鈴音も、わたしと一緒に消えてくれる?」
「――もちろんですわ」
そこだけ聞けば猟奇的過ぎる台詞に、しかし鈴音は即答して返す。
「んふふ」
それがうれしくて、悠火はもう一度鈴音を抱きしめる。
「悠火……まぁ、いいですわ」
「はぐはぐ。……はぁ、このまま1日ゆっくりしてたい」
「……………………はぁ」
「あ、あれ? 怒った……?」
呆れた鈴音の気配に、悠火は恐る恐る手を離す。
「怒られると思ったなら、最初から言わなければいいですのに。レベル上げもしないといけないのに、ゆっくりしている時間なんてないでしょう?」
「だって、せっかく鈴音がデレてくれたのに……」
「もう、馬鹿言ってるんじゃないですわよ」
そう言って、鈴音は体を起こして、乱れた髪を払って纏める。
「さあ、悠火。今夜は寝かせませんわよ」
「きゃー、鈴音のえっちー」
「……馬鹿」
「あた」
軽口で返すと、頭を軽く鈴音に叩かれた。
それがなんだか親しい感じのやりとりに思えて、自然と頬が緩んでしまう。
「なににやにやしていますの」
「べ、別ににやにやなんてしていませんわ!」
「……まさかと思うけど、それはわたくしの真似かしら」
「きゃー、鈴音が怒ったー」
「まったく。さっさと晩御飯を食べて、お風呂に入って、転生に向かいますわよ」
「はい、お嬢様」
「……変わり身が早いですわね」
すっと立ち上がり言って、あれ? と、さっきの鈴音の言葉に引っ掛かりを覚える。
「って、お風呂?」
「ええ。先に済ませておかないと、徹夜でレベリングするのに入る暇はないでしょう?」
鈴音の言い分はもっともだ。けれども、嫌な予感がして、悠火は笑顔のまま恐る恐る尋ねる。
「えっと、お嬢様? さすがにお風呂は1人で入れるんですよね?」
「悠火。アナタはわたくしのメイドでしょう?」
――やっぱり?
朝に着替えを手伝った事から、なんとなく予想はついていた。言外に手伝いなさい。と言われ、悠火の笑顔が固まる。
お風呂となると、洗髪、洗身、着替えも手伝うことになるだろう。
いくら外面が良くても、悠火の実際の性別は男だ。
[ルカルディア]で温泉に入った時は、欠橋悠姫の性別は女だったし、リーンが後から入ってきたから言い訳もたつが、さすがに現実で一緒にお風呂に入ったら、悠火の性別もバレるだろうし、そうなったらせっかく良い関係を築けたと思った鈴音との関係も崩れてしまうだろう。そこまで考えて、悠火ははたと思いつく。
――いや、そうだ。あくまでわたしは鈴音のメイド。別に一緒に入る必要なんてないのだ。
それでも後で性別を知られたら大概アウトである。
むしろ、引き伸ばせば伸ばすほど、鈴音の性格を考えるとまずいことになりそうである。
「で、では、わたしはこの格好のまま、お嬢様の入浴を手伝わせていただきますね?」
「何言ってますの悠火。一緒に入りなさい」
有無を言わせぬ命令形で言われて、悠火はあちらこちらに視線を彷徨わせて何か現状を打破できる要素がないか必死になって考えるが、そんな都合のいい話がある訳もなく。
「うー…………あー…………」
「? どうしましたの、悠火」
――せっかく久我が罪を被って死んでくれるって言ってたのに!
そこまでは言っていなかったが、近しいことは言っていたのであながち間違いではない。けれども今ここに身代わりの盾はいない。
――よし、鈴音に怒られる覚悟は出来たか? わたしは出来ている。
さすがにこれ以上誤魔化すのは無理だと悟り、悠火は意を決して、床に膝をついた。綺麗な正座である。
「鈴音に、大事な話があります……」
「はい? い、いきなりどうしましたの、悠火」
覚悟を決めたにしては覇気の一切無い、絶望感漂う声音と、いきなり床に正座し始めた悠火に、鈴音は何事かと驚きを露わにする。
先ほどまでの和やかな雰囲気などどこ吹く風か。
「驚かないで聞いて欲しいんだけど……鈴音、わたしね、実は男なの」
間。
たっぷりと10秒以上の間を空けて、
「は?」
「やだー! 怒らないでー!」
威圧感のある一言に、悠火は既に涙目だ。可愛らしく怒らないでーのポーズを取って鈴音の情に訴えかける。
色々と捲し立てられるよりも、圧のある一単語の方が遥かに怖かった。
「悠火。まだ怒ってませんわ。で。さっきのは本当ですの?」
「はい……」
「そう」
確かにまだ冷静さは残っているようで、いつかみたいに罵詈雑言を投げつけられていない。
少しだけ考えて、鈴音は携帯端末を出すと、久我を連れてくるよう指示を出す。
その後、1分と経たずに連れてこられた久我が悠火の隣に正座させられていた。
「おい、まさか悠火さん……」
「だって久我が、面白そうだから言わないでおくって!」
「あ、ば! 悠火さんそういう事言うのかよ!?」
「でも言ったでしょ!」
「い、言ったがな」
「黙りなさい」
「「はい」」
言い合いをする悠火と久我の動きが、まるで金縛りにあったかのように止まる。そのくらい、鈴音の声音には迫力があった。
「久我。悠火が男性だと言うことは、事前にわかってましたの?」
「……ああ、上の命令で調べてな」
「…………そう」
長い沈黙の後、呟いて、鈴音は表情を曇らせる。
てっきり雷が落ちるものとばかり思っていただけに、悠火は鈴音の様子に若干の違和感を覚える。
静寂。重い沈黙が続き、悠火は堪えきれずに声を上げる。
「えっと、鈴音は怒らないの?」
「……なんですの? 怒られたいんですの?」
「怒られたくは無いけど!」
「だったら、気にしなくてもいいですわ。ふぅ……さっさと食事にして、お風呂に入りますわよ」
ほっとしたのも束の間、一応悠火は鈴音に尋ねる。
「えーっと、さすがに一緒にじゃないよね」
「なに言ってますの? アナタはわたくしのメイドでしょう?」
「え!? だ、だって、え?!」
ちらちらと久我を見ると、久我は顔を背けて目を瞑っていた。
「わたし、男だよ!?」
「性別がどうであれ、悠火は悠火でしょう? 男に見えませんし、わたくしは別に気にしませんわ」
まさかの鈴音の言葉に、悠火は開いた口が塞がらなかった。このお嬢様は、ひょっとして羞恥心というものがないのだろうか。
「え、もしかして久我も鈴音の世話で一緒にお風呂入ったり」
「してる訳ないでしょ!!」
「ぐはっ!?」
今日一日大きな怒声が響き、巻き添えを食った久我が鈴音の蹴りを受けて悶絶していた。久我、ごめん!
「悠火……アナタ、余程怒られたいのかしら」
「え、だ、だって」
「はぁ。悠火が久我みたいなスケベだったら、わたくしも頼んだりしませんわ。悠火だからこそ、信頼してるのですわ」
「……その言い方は、ずるくない?」
なんでこのお嬢様は、いちいちかっこいいのだろうか。
「それに、わたくしとしては手を出されても永久就職していただけばいいだけですわ」
「ひぇ……」
割と悪くない選択肢なのではと思わなくもないが、だからといってすぐに決断できるようなことでも無い。
ともあれ、鈴音の機嫌が悪くなるようなことにならなくてよかったと、悠火はほっと息を吐く。
「さ、行きますわよ」
この後のイベントに複雑な思いを抱きながらも、そうして現実の時間は過ぎてゆくのだった。
「……これは反則ですわね」
転生後、リーンはそのステータスとスキルのクールタイムの少なさに、眉を顰めていた。
それはそうだ。
ひより達とのレベル上げで、悠火のレベルは60まで上がっているが、既に転生前のステよりも大幅に高く、スキルのクールを考えると、大抵のフィールドボス相手に単騎で挑めるレベルとなっている。
因みにリーンの転生後の[ユニーククラス]は[始祖の吸血鬼]となっており、スキルも[ロードヴァンパイア]の時とかなり変わっているようだ。
流石に目をつけられたのか。それとも悠姫とリーンだけが特殊な状況だったことからか。キャラロストを前提とした[ユニーククラス]の作成は、リーンの転生後に制限がかけられたらしい。
スキルツリーの名前とクールタイムの表記だけが情報源なので効果や倍率はまだわからないが、ひより達の例を見るに、VRになって最適化もされているだろう。
これならシア達も転生し得なのではないだろうかとも思うが、使い慣れていないスキルになると咄嗟の判断が鈍ったり、スキルの構築にも時間がかかる。
少し考えて、悠姫はリーンに話を振る。
「リーンは、シア達に転生勧めるのどう思う?」
「それは、やめておいた方がいいんじゃないかしら」
「あれ、そうなの?」
「シア達に転生を勧めたら、必然的にPTを組んでレベリングする事になるでしょうね。そうなると廃人組はわたくしや悠姫の妙なステータスに気がつき、追及されることになりますわ」
「あー、確かにね」
ひより達は新規組だったからあまり違和感を覚えなかったのかもしれないが、シアならば確実に気がつく。
廃人連中に、ステータスの誤魔化しなんて効くはずがないのは、同類である悠姫はよくわかっていた。
「もちろん、後でちゃんと説明はしないといけませんが、言い訳はレベル上げしながら考えればいいですわ」
「言い訳って。そのまま話すじゃダメなの?」
「悠姫。世の中には必要な嘘というものがありますのよ。本当のことを言ったところでシア達には同じことも出来ませんし、だったらクエストで仕方なくとでもしておいた方が、丸く収まるでしょう?」
「騙してるみたいでちょっと罪悪感あるけど……」
「仕方ないですわ。シア辺りは、事実を知ったら発狂しそうですし」
「あはは……」
鈴音の世話係の話を受ける際も、かなり追及されたされたことを思い出し、悠姫は乾いた笑いを漏らす。
「それに、男であることを隠していた悠姫がそれを言いますの?」
「うぐっ」
「まさか理由も理由だったことですし」
「うぐぐ……」
結局あの後、リーンには以前休止した理由を含めて全て洗いざらい話してしまっている。
「ま、まぁ、シアの件は、いざとなったらリーンに庇ってもらうとして」
「わたくしは、うちのメイドとして永久就職でもかまいませんわよ?」
「やだリーン男前」
そんな軽口を叩きつつ、悠姫とリーンは[廃都]へと向かっていた。
[廃都]は、[セインフォート]の南南東にある[ファーメナス湿地帯]を超えたさらに先にある、[崩壊都市デニス]の通称だ。
要求レベルは110。転生後の廃人パーティが、フルパで挑む難易度で、現れるモンスターはどれも高耐久、高ステータスのボス属性持ちで、下手なレイドボスよりも凶悪なスペックとなっている。
その分経験値も多ければ、ドロップアイテムも一線級のアイテムが落ちる。
悠姫の計画としては、こうだ。
リーンを道中の[ファーメナス湿地帯]で一気にレベルを上げて、その流れで[廃都]でさらにパワーレベリングをしようという実にシンプルなプラン。
レベル60の悠姫だけでもなんとかなりそうなのだから、リーンを50くらいまで上げておけば、さらに楽になるだろう。
経験値効率だけなら一旦[奈落]でも良かったのだが、その先のエリアが気になっていたので、今回は[廃都]が選択されたというわけだ。
その後、スキルを連打して[テリブルクレイ]と[ミミックリーフ]を悉く消し炭にするリーンと、そのリーンにMPポーションを投げつける悠姫という完全に効率厨しかしない狩りのやり方でリーンをレベル50まで上げた悠姫は、[廃都]の前で、朽ちてボロボロになった都市の家屋群と、その奥に聳え立つ古城を一望し立ち尽くしていた。
「現実に見ると、凄いところですわね」
「や、現実ではないけど、わかる。廃墟って、ロマンがあるけど胸がざわざわするような不安感があるよね」
朽ちて風化した建築物が、音を吸い込んでしまったかのように静寂の中佇んでいる様子は、えもしれぬ不安感を煽っている。いかにもどこかに何か化け物が潜んでそうな雰囲気だ。
「――リーン! 来たよ来たよ!」
「見えてますわ!」
――まぁ、実際に化け物が潜んでいるのだけれども。
[ホラーグレムリン]レベル112。白く歪な巨躯に、赤黒く染まった鋭い爪。地を這うように肉薄してくる姿はまるで悪魔の使徒。夜に歩いていて出会ったら、間違いなく卒倒する。そのぐらい凶悪な見た目だ。さらにモンスターの名前が、血のように真っ赤なのも、恐怖を煽るのに一躍買っている。
「[スカーレットペイン]!」
そんな容姿の相手にも、悠姫は臆することなくタウンティングスキルを放ち、ついでにダメージを与える。
ダメージは微々たるものだが、[クルーエルペイン]よりもヘイト値を稼ぐ量が高いので、優秀なスキルだ。
[スカーレットペイン]を喰らい、標的を悠姫へと定めた[ホラーグレムリン]が、一目散に悠姫へと踊りかかる。
爪での連撃に、噛みつきを絡めたいやらしいコンボ。連撃の際に、爪がうっすらと光っているのはスキルを連携している証だ。
「このレベルにもなると、モンスターも、。スキル連携、してくるんだね!」
しかしそれらを全て斬り伏せながら、感想を漏らす余裕すら悠姫にはあった。
「[シャープエッジ]! [ファントムソード]! [バーティカルシャフト]!」
逆袈裟での斬り上げから、[ファントムソード]の効果で4本の武器が悠姫の周囲に出現し、それら全てが垂直の斬撃へと変わる。一つ一つの斬撃が2〜3Mのダメージを叩き出しているにも関わらず、[ホラーグレムリン]のHPは5%程しか削れていない。
これが、レベル110を超えるモンスターの居る狩場である。
しかも、
「キィィィイギィィィイイイア!!」
ダメージを受けた[ホラーグレムリン]の叫びが、廃墟に響き渡り、数秒。
土埃を巻き上げながらもう一体の[ホラーグレムリン]が家屋の影から現れて、悠姫めがけて凄まじいスピードで這い寄ってくる。
そう、察しの通り[ホラーグレムリン]はリンクモンスターである。幸いリンク範囲はさほど広くはないが、高耐久、高ステのモンスターなだけに、一体増えるだけでも普通ならば命取りになりかねない。
そう、普通ならば。
「[スカーレットペイン]!」
二体目の[ホラーグレムリン]にもダウンティングスキルを放ち、悠姫は深く息を吸い込む。
二匹に増えて、攻撃の手が目まぐるしく変わり、[ホラーグレムリン]の爪撃が悠姫の視界を埋め尽くすが、悠姫にはその全ての軌道がありありと見えていた。
「[ルーンエンチャント]」
スキルを発動させると同時に、悠姫の剣が光を纏う。
瞬間、悠姫は身体を沈め、放たれた弾丸の如き速度で2体の[ホラーグレムリン]の双爪を弾き、掻い潜り、スキルを駆使して致命的な斬撃を加えてゆく。
この[ルーンエンチャント]も強化されており、具体的には、自身のATKにMATKの値を加算し、相手の耐性を20%貫通し、攻撃が魔法属性になる。さらに武器の破壊を防ぐ効果があるという、ソシャゲでありそうなくらいのぶっ飛んだ性能になっている。
悠姫のパリィングで爪が打ち上げられて、開いた脇腹に横薙ぎ一閃。[クレセントライン]が放たれ、僅かに[ホラーグレムリン]の体勢が崩れた隙を逃さず[ファントムソード]を使い、追撃有りの[セレスティアルエッジ]で5連撃を叩き込む。
新しいスキルは明らかに一撃高倍率系が意識されており、それに70%の倍率で追撃が入る[ファントムソード]などというふざけたスキルがあるのだから、もはや別ゲーだ。
斬り刻まれた[ホラーグレムリン]のHPが一気に減少するが、悠姫は止まらない。
呼吸は刹那。空気を震わせ、神速の踏み込みが[ホラーグレムリン]の意識を翻弄する。
索敵ルーチンに合わせて[ホラーグレムリン]のあたまが左右に触れるが、明らかに悠姫のスピードについて来れていない。
「[シャープエッジ]!」
抜き打ちのように放たれた逆袈裟一閃が、光の残滓を残して2体の[ホラーグレムリン]を斬り裂き、続けて放たれた戻りの刃[クレセントライン]が10%程のHPを削り取る。
現在、[ホラーグレムリン]の残りHPは最初の一匹目が3割ほど。二匹目は4割ほど残っている状況だ。
「リーン、参加してもいいよ!」
「まっかせなさいな!」
悠姫1人でも倒せるだろうが、リーンのスキルの確認や、連携の確認もしておきたいところなので、悠姫はリーンに援護をお願いして、念の為にもう一度2匹の[ホラーグレムリン]に[スカーレットペイン]を当てておく。
「――[バーニングブラッド]」
スキルを使った瞬間、リーンの身体を紅のオーラが纏い、じわじわとHPが削れ始める。
[バーニングブラッド]は、自身のHPを消費しながら、高いバフ効果を得ることができるピーキーな性能のスキルだ。
ヒーラーがいなければ使い物にならなさそうと思うかもしれないが、そこはそれ。他のスキルにHP吸収系の効果が付いている為、ダメージを与え続けることさえできれば、デメリットを打ち消すことが出来る。
「[カラミティランス]! [クリムゾンサイスリーパー]!」
漆黒の波紋を描きながら、禍々しい様相の槍が[ホラーグレムリン]二体を串刺しにし、真紅の鎌を構えて飛び上がり、2体共を空から横に両断する。
そのまま着地と共に紅刃が[ホラーグレムリン]に襲い掛かり、片方のHPを削り切る。
「うわー、威力たかそー」
悠姫よりレベルが低いのに、明らかに悠姫より火力が出ているように見える。
「その分クールタイムはそこそこありますけどね」
高威力単発型、クール軽めのスキルが増えた悠姫とは違い、リーンの方は超高威力単発型、クール重めのスキルが増えたようだ。
「こっちは結構スキル回しが重要になりそうですわね[スカーレットクロス]」
通常の斬撃を加えながら、リーンはトドメにHP吸収効果のあるスキルを使って、HPケアをする。
「おつかれー」
実に危うげの無い戦闘に、悠姫は若干の物足りなさを感じつつも、ログをちらりと見る。
ドロップアイテムは汎用素材だったが、一匹あたり7,056,000の経験値が入っており、リーンが55までレベルが上がっていたが、悠姫はギリギリレベルが上がらなかった。
必要経験値が10倍になっているとはいえ、これだけ高レベルの狩場に来てモンスターを倒してもレベルが上がらないのだから、転生後のレベル上げが如何に地獄かわかるだろう。
「これで一応効率圏内の公平だね。このくらいの速度で狩れるなら結構狩れるだろうし、一旦目指せ80かな」
「[ホラーグレムリン]換算で約100ですわね」
「レベル上がったら深部にもいけるだろうし、まぁ100匹だとしても余裕はあるでしょ」
「ですわね」
さらりと受け入れているが、普通の人からすれば狂気の数である。
しかしネトゲ廃人からすれば、100匹や200匹なんて、序の口である。
そもそも確率的に10万匹狩らないとレアドロップを落とさないモンスターもいるのだ。それに比べれば100匹なんて少ない数である。
ただ、普通なら何日かに分けて狩る量ではあるが、悠姫とリーンは朝まで狩り続ける気満々だ。
そこが一般プレイヤーと廃人の差だろう。彼女達は特殊な訓練を受けているので、真似してはならない。
「さあ、サクサク狩っていこーか」
悠姫の宣言と共に、廃狩りの時間が幕をあけるのだった。