二話[転生]
2時間後、フィーネは不機嫌そうな顔で頬を膨らませてじっとりとした目つきで悠姫へと視線を向けていた。
2時間前の涙はどこへやら。非常に不機嫌そうである。
その原因は、悠姫と一緒にやってきた三名にある。
その三名とは、悠姫に横からべったりとくっつくアリスと、これまた背後からおぶさるようにくっついているアリサ。そしてちゃっかり悠姫の手を握っているひよりだ。
約束をかわした相手が、他の相手と目の前でいちゃついていたら、さすがに誰でも不機嫌になるだろう。
しかも、
「フィーネ、うちの妹達かわいいでしょ? 良い[メインクラス]つけてあげてね!」
まるで居酒屋への誘い込みのようなうざいテンションで言ってくるのだから、フィーネの機嫌は右肩下がりだ。
「ゆ、ゆうちゃん? クラリシアさん、なんか怒ってませんか?」
――ゆうちゃん? 私だってそう呼んで良いなら呼びたいですけど!?
「あ、あはー……」
そんな圧を感じて悠姫は乾いた笑みを浮かべて身体を強張らせた。
完全に自業自得だった。
あの後、悠姫はフィーネと話を詰めて、メアリーに連絡を入れた後、アリスとアリサとひよりの、新規組みの転生をやってしまおうと、[第一の聖櫃]へと連れてきて今に至る訳だが、三人の距離感にフィーネは完全にやきもちを妬いていた。
「あー…………」
少し悩んだ後に、悠姫はアリスとアリサに耳打ちする。それにアリスとアリサは頷き、悠姫から離れてフィーネの前に立った。
「フィーねーさま、お願いします」
「フィーネおねーちゃん、おねがーい!」
「え、は、はいい!?」
そして二人してフィーネに抱きついた。
今までになかった展開にフィーネは困惑しておろおろと悠姫の方と、アリスとアリサに視線を行ったり来たりさせている。
フィーネは、人付き合いを避けてきた傾向があるので、こうしたスキンシップには耐性がないと思っていたが、予想以上に混乱している様子は本当に年相応の女の子にしか見えない。
それはそれとして、姉呼びしてくっついておけば籠絡できるだろうと思っているあたり、悠姫はド外道だった。
「ほらほらフィーネ、かわいい妹たちでしょ?」
「わ、わかりました、わかりましたから、離れてください」
「だって。離れてあげてー」
嫌がっている訳ではなさそうだが、あまりしつこくしても逆効果かと思い、悠姫は言ってアリスとアリサを離れさせる。
「ふぅ……もう、悠姫様?」
「ごめんごめん、でも二人とも子供だから、フィーネも懐かれたら喜ぶかなって」
「フィーねーさま、強い[メインクラス]をお願いします」
「フィーネおねーちゃん、アリサはかっこいいのがいい!」
「打算的過ぎませんか……?」
しかし、悠姫の言うこともわかるので、フィーネからしても悩ましいところだ。
「でも、そもそも悠姫様と二人は姉妹じゃないですよね?」
どうやらフィーネは常識的な思考を持ち合わせているようだった。
「でもアリスちゃんとアリサちゃん、髪の色も白ですし、ゆうちゃんの本当の妹って言われても違和感ないですよね」
「まあ、それはね」
現実の倉橋悠火の髪の色も白色なので、隣を歩いていたら確実に姉妹と勘違いされるだろう。
「悠姫様の本当の髪の色は白色なんですね」
「うん。染めるのもなんか違うなーってなって、そのままだね」
一時期悠姫に近づけるために髪を染めようとも思ったが、純白の髪を染めることに抵抗があったのと、コージローにも止められて結局染めはしなかった。
ふむふむと頷いて何やら操作しながら考え込んでいるフィーネを横目に、悠姫はひよりへ話しかける。
「ひよりんもだいぶ慣れてきたよね。最初はずっとひゃあああ! って言ってて初々しかったのに」
「えー、なんですかゆうちゃん。まるで今がかわいくなくなったみたいな言い方です」
「ひよりんはいつもかわいいよ。初々しさがなくなったかわりに、凛々しさが増した感じかな」
「か、かわいいなんて……ひゃ……」
ひよりのちょろさはいつも通りだったが、いつもと違うのはフィーネがじっとりと見てくるところだろうか。
「……アリスさん、悠姫様はいつもああなんですか」
「いつもそうです。フィーねーさま」
「そうですか……」
小さなため息を吐いて、フィーネは改めて白髪の少女、アリスへと視線を向ける。先ほどもそうだったが、アリスは、自分のことを[フィーねーさま]と呼んでいた。その呼び方が少し新鮮で、フィーネはじっとアリスを見て観察してみる。
見られたアリスはといえば、不思議そうな表情を浮かべた後、何か思いついたのか、表情を変えて、フィーネの方へとてててと近づき、腕の間に入り込んだ。
体勢としてはフィーネの腕の間でもたれかかっているような形だ。
「あ、いいな」
「え、え?」
いつも悠姫の膝の上にちょこんと乗ってくるような自然さで、アリスは定位置に収まっていた。
「あー、いいなーアリス。じゃあアリサはひよひよにくっついちゃうもんね!」
「え、ひゃ!?」
後ろから抱きついたアリサのサイドポニーの髪がひよりの頬を撫でる。
「アリサちゃん、くすぐったいですー」
「えー、いいじゃんいいじゃんー」
きゃいきゃいといちゃついているように見える二人の様子にフィーネは腕の中のアリスをちらりと見ると、アリスは期待に満ちた目をフィーネに向けていた。
どうすれば? というフィーネからの疑問符を浮かべた視線を受けて悠姫はジェスチャーで『撫でてあげて!』と返す。
恐る恐るフィーネがアリスの頭を撫でると、満足気にアリスは目を細めた。
その様子に、フィーネも少し緊張を解いてゆく。
薄々感じていたが、アリスはクールぶっていて実はかなり甘えたがりだ。
誰にでも気軽にひっつくけれどもそこまで執着しないアリサとは対照的に、気に入った相手にはずっとべったりくっついてくるアリス。
悠姫はかわいい妹を取られた寂しさを感じながらも、フィーネと仲の良い相手が増えるのは、それはそれで良いことだと思い、少し心が暖かくなる。
……どこの馬の骨かもわからない輩にはフィーネは渡さないけど!
そんな騎士の鑑かのようなことを考えつつ、悠姫はしばらくその光景を眺めた後、話を切り出した。
「それでフィーネ、転生をお願いしたいんだけど、いいかな?」
「――――あ、はい!」
気がつけば無心でアリスを撫でていたのか、フィーネは慌てて操作の手を動かす。
アリスは当然のように、そのまま離れない。
「アリスさん? 転生の準備をしますので、一旦離れて貰えますか?」
「……はい、フィーねーさま」
名残惜しそうに離れるアリスに「またあとでね」と言っている辺り、かなり気を許している証拠だろう。
アリスの物怖じしなさもさながら、フィーネの様子に連れてきて良かったと思いながら、悠姫はインベントリから転生のキーアイテムとなる[転生の宝珠]というアイテムを取り出す。
土曜に[レーヴァグランホエール]に挑みに行く前日、悠姫たちのギルドの面々は皆レベルが100になったので、この[転生の宝珠]を獲得できるクエストを終わらせていた。
しかしまさかこんな早くに使うことになろうとは、思っても見なかった。
「あれ、ゆうちゃんも転生するんですか?」
手の中で淡く輝く[転生の宝珠]を見ていると、ひよりが意外そうに聞いてきた。
以前に引き継ぎ組は転生を慎重に行うと聞いていたこともあり、このタイミングで転生をしようという悠姫に違和感を覚えたのだろう。
「まあね。ほら、今転生しておけば、三人と組んでレベル上げに行けるじゃない?」
「なるほどです」
後付けの理由ではあったが、ひよりは納得がいったのかそれ以上の追及はなかった。
事情を知っているフィーネだけが複雑そうな顔をしていたが、すぐにパネルの操作に戻っていった。
おそらく、三人の[ユニーククラス]を組んでくれているのだろう。
「――では、準備ができましたので、[転生の宝珠]を渡してください」
ややあって。フィーネに言われるままに[転生の宝珠]を渡すと、フィーネはそれを宙に固定し、フィーネの周囲に生命を想起させる新緑の光の粒子が浮かび上がり始める。
その粒子がフィーネの前にある[転生の宝珠]へと吸い込まれてゆき、新緑の光が眩く光ったかと思うと、フィーネの祈りと共に[転生の宝珠]が形を変えてゆき、光の中に神々の中でだけ使われていた、[第七の聖櫃][創書]カイン=ネクロノミコンが創り出した[楽園]の言語が浮かび上がる。
「――我が子らに祝福があらんことを」
祈りの最終節と共に、浮かび上がった文字が光に包まれ、アリス、アリサ、ひより、悠姫の身体へと吸い込まれてゆく。
「わ、わ!」
「ひゃ」
「ん……」
VR化前に何度も見た、転生のエフェクトだ。
その後、脳内に[ユニーククラス]か上位二次職かを選ぶアナウンスが流れる。
当然全員が[ユニーククラス]を選んだが、悠姫はその名称に一瞬だけ顔を引き攣らせた。
「ねーねー! [絶影]だって! ちよー強そう!」
「[白の銃撃者]。ありがとうございます、フィーねーさま」
「ゆうちゃん! [領域の支配者]でした! なんだか強そうです!」
悠姫が良いのにしてあげてと言ったからもあるかもしれないが、どれも聞いたことのないメインクラスだ。
しかし、フィーネがこの名前を考えていると思うと、結構厨二病真っ只中なのではないだろうか。
そんな中、肝心の悠姫の得た[ユニーククラス]はというと……。
[第一の聖櫃の姫騎士]という、自己主張の激しい、フィーネのいたずら心が多分に含まれた[ユニーククラス]となっていた。
「……えっと、フィーネ?」
「はい」
「も、もうちょっと名前を……」
「悠姫様。約束ですよ」
「や、わかってるけど……」
「約束、ですよ」
「あ、はい……」
どんどん強かになってゆくフィーネに、悠姫は苦笑するしかないのだった。
簡単に総括すると、アリサの[絶影]はAGI係数でクリティカルバフが入る、AGI中心クリティカル型の[ユニーククラス]。
アリスの[白の銃撃者]は中距離高火力特化の狙撃スキルと、近距離移動スキルを含む高火力バランス型。
ひよりの[領域の支配者]は、制圧と拘束に長けた広範囲スキルが多い[ユニーククラス]となっていた。
補正値の傾向や、スキルリスト的にはどのクラスも当たりクラスであり、フィーネが融通をきかせてくれたことがわかる。
因みに悠姫の[第一の聖櫃の姫騎士]は、[姫騎士の忠誠]という3日間限定でステが大幅に上昇するが、3日後にキャラがロストするという[ユニークスキル]を有しており、[ルーンエンチャント]はそのままに、各種スキルも威力の上昇とクールタイムの削除がされている。
欠橋悠姫という、悠火にとって己の半身とも言える程に愛着があるキャラが消えてしまうという点を加味しても、はっきり言って、チートレベルである。
普段の悠姫ならば、これだけ通常のプレイヤーとかけ離れたステータスに対して忌避感を抱くところだが、[第三の聖櫃(トリアステル=ルイン)]を解放する為という大義名分が、なんとか悠姫を押し留めていた。
MMORPGとは、誰もが平等で、誰もが主人公になれる世界でなくてはならない。
オンラインゲームのメソッドというものは、誰もが英雄となることが出来る可能性を秘めており、誰もが世界を楽しむ権利を有している。
初めは弱く、モンスターと戦って強くなって、誰かと協力してダンジョンを攻略して成長し、見たこともない武器を手に入れ、仲間と共に自分の物語を紡いでゆく。
特別な一人が世界を救うのではなく、誰もが英雄足り得る世界だからこそ、オンラインゲームの世界とは多くの人々の心を惹き付けるのだ。
しかし、今の自分の状況はそんなメソッドとは真逆に存在している。既に覚悟を決めたことだけれども、悠姫はもっと別の方法があったのではないかと考えてしまう。
「さて、じゃあ早速狩りにでも行こうか」
とはいえ、残されている時間はさほど多くはない。
転生後はレベル上げに必要な経験値が10倍になる。その上で、3日である程度のところまでレベルを上げなければならないのだ。一分一秒無駄には出来ない。
装備には要求レベルやステータスが存在するものが多いので、レベルが一に戻った現状、装備もかなり弱くなっているが、悠姫のチート級のステータスや、レベル10になればアリスが銃を装備できる。ひよりも火力を出せるようになる。アリサについてはステ振りが絡んでくるので即戦力は難しいかもしれないが、レベルが上がれば楽になるはずだ。
さてどこに行くかと考えて、真っ先に思い浮かぶのは[サンドコア]辺りだが、ステータス的にはもう少し高望みしても良いくらいに余裕はある。
しかし、回復役が居ないので出来ればノンアクティブのモンスターが居るところが良く、考えること数秒。
「湿地辺りに行こうか」
「湿地……[ファーメナス湿地]ですか?」
「そそ。ひよりんよく覚えてるね?」
最初の頃に色々と歩き回った時に一度行ったくらいのはずなのに、ちゃんと名前が出てきて、悠姫は問い返した。
「ソロでも少し行ってみたので、覚えてました」
「なるほどね」
確かに、レベルがある程度あれば[ファーメナス湿地]は、魔職には楽な狩場である。
現れるモンスターは、ノンアクティブの[テリブルクレイ]と[ミミックリーフ]の2種類で、[テリブルクレイ]は攻撃を仕掛けたら襲いかかってくるが、攻撃しない限りは無害ではあるし、[ミミックリーフ]は近寄らなければ攻撃されることのないモンスターだ。
どちらもレベルは60前後で、火力が足りていれば非常に狩りやすいモンスターである。
「でもゆうちゃん、[テリブルクレイ]も[ミミックリーフ]も火力出せるようにならないと厳しくないですか?」
「まあそこはわたしが何匹か狩るとして」
「か、狩れるんですか?」
「あー……うん。流石に慣れてるしね」
ひよりの反応が普通の反応だろう。
レベル1で[テリブルクレイ]を狩りに行くというのは、転生後であったとしても、普通は不可能である。
悠姫は軽く説明するべきか否か僅かに悩んで、
「まぁ、補正でステも最初より高いから、あげれるとこまで上げちゃおー」
「おー」
「はい、ゆうねーさま」
結局誤魔化すように言って、悠姫たちは[ファーメナス湿地]へと向かうのだった。
[ファーメナス湿地]は、セインフォートの南南東にある広大な湿地帯だ。
「うへーえー、アリス、ここ気持ち悪いよー」
「ひゃ、足場が悪すぎます……」
土と草の強い匂いが、纏わりつくような湿度の高い空気とともに一帯に漂っている。高所では天蓋を覆うように細い蔦と葉が生い茂っており、それにより一層空気が滞留しているようだ。
足元もぐちゃりとした腐葉土が水分を含んでおり、正直好んで狩場に選びたいとは、お世辞にも思わないだろう。
「まあまあ、そのうち慣れるよ」
けれども、その悪条件の中でも選ばれるくらいには一定の人気があるのがこの[ファーメナス湿地]という狩場だ。
現れるモンスターの片方はノンアクティブで、片方はその場から動けないときているので、遠距離職にはもってこいの狩場なのだ。
なんなら[テリブルクレイ]は完全に無視して、[ミミックリーフ]だけを狩り続けてもかなりの効率を叩き出せる狩場だ。
その分[ミミックリーフ]だけだとドロップアイテムに期待ができないが、経験値だけならおいしい狩場だ。
「とりあえず、一匹狩ってくるかな」
ともあれ。
しばらくアリスのメイン武装になるであろう[+7エクスカートン6D+5]はレベル10からで要求STRが15となっているのでレベルを上げないと装備ができないし、他の二人にしても多少レベルを上げなければスキルを習得できない。
それに関しては悠姫も同じなのだが、いくらスキルがないとはいえ、ステータスがほとんど転生前と同じくらいとなっているので、[テリブルクレイ]程度ならなんとでもやりようはある。
「やっ、と」
飛び込み斬りからの、斬り返し、横薙ぎ二連。
悠姫はステがあるので普通にやっているように見えているが、INTの足りない他の三人からは、悠姫の動きはまるで残像のようにしか見えなかった。
相対する[テリブルクレイ]も悠姫の動きについて来れずに、完全に翻弄されている形だ。
打ち下ろしの反撃を跳躍で避け、着地と共に神速の踏み込みで斬撃を喰らわせてゆく。
装備とスキルがない為多少手数は要るが、一度の被弾もなく、悠姫は[テリブルクレイ]のHPを削り切った。
「お、レベル上がったね」
必要経験値が10倍になっているとはいえ、最初はさすがに必要経験値も少ない。
50750の経験値を貰って、一気に8までレベルが上がっていた。[サンドコア]とは比にならない効率である。
「ゆ、ゆうちゃん凄すぎです!」
「ゆうおねーちゃんなんでそんなに動けるのー?」
「ふふふ、慣れ……かな!」
詳細の説明が出来ないのでそう言って剣を振り、こびりついた泥を払う。
「そうなんですね」
慣れで説明出来ない動きに、アリスがじっと見てくる。あれは疑っている時の目だ。
脱法パワーレベリングみたいになってしまうのは心苦しいが、後一匹も倒せばレベルが10を超える。
そうなればアリスとひよりで[ミミックリーフ]も倒せるようになる。
30くらいになれば、アリサも[テリブルクレイ]のタゲを持てるくらいにはなるだろうし、それまでは一気に上げちゃおう、と、悠姫たちは談笑しながらモンスターを狩ってゆく。
「え、ゆうちゃん今リーンさんの家で働いてるんですか?」
「久我に頼まれてね。今も職務中なんだけど、CAOを一緒にするのも業務の内らしいから……」
「理想の職場環境過ぎです! ……ゆうちゃん、メイド服の写真撮って送っといてくださいね」
「ゆうねーさま、アリスも欲しいです」
「えー、まあ、別に今更だからいいけどね」
リアルの情報漏洩な気もするが、身内意識もあって段々危機意識が下がってきている気がする。
「なんなら遊びに来たりしてくれたら、リーンも喜びそうだけどね」
特殊な環境のせいで、リーンに友達が居ないのはわかっている。ひよりやアリス、特にアリサはリーンと仲が良いし、久我辺りに言えば喜んで手配してくれるのではないだろうか。
「けど、遠いんじゃないですか?」
「そこは久我が送迎するから大丈夫だよ」
久我が聞いていたら、リーンみたいなこと言いやがる……と嘆きそうだが、実際そうなるだろうから仕方ない。
「あ、レベル20なった」
ここら辺から、レベルが一匹狩る毎に上がらなくなってくるラインだ。
「ステ振ってから、アリサも試してみようか」
「やった!」
言って悠姫は3人の相談に乗りながら、自分もステータスを振ってゆく。
ステータスポイントが250ポイントあるので、それをAGIとSTRに振ってゆく。それだけで転生前のステータスを超えるのだから、いかに今の状況が特殊なのかわかるだろう。
まだまだレベルに余裕はないのでかなり厳しくはあるが、INT最適値振りのAGI極ならば回避に徹すればどうにかなるのではという算段だ。
「そういえば[フォーチュンダガー]持ちっぱなしだったけど、クリティカル型ならワンチャンありなんじゃないかな」
インベントリからかつてのレイドゾーンの報酬で手に入った[フォーチュンダガー]を取り出して、悠姫はプロパティを可視化する。
ATKは270と低いものの、それでも初期段階では高めだし、要求レベルは10で要求ステもない。加えてLUKが50上がるのだから、結構噛み合った装備である。
「かわいいかわいいアリサに、わたしからプレゼントがあります」
「え?」
送られてきた取引要請を、アリサは躊躇いなくぽちり。
「今のステータスならかなり強く使えるから、アリサの為に用意したんだ」
「アリサの為に?」
実際はインベントリの肥やしになっていただけなのに、悠姫はさらりと嘘を吐いた。
「うんうん」
「――ゆうおねーちゃん!」
「アリサー」
はぐはぐ。
とんだ茶番だった。アリスとひよりのじっとりとした視線が痛い。
「それじゃあわたしとアリサは[テリブルクレイ]を狩っていくから、アリスとひよりんは40くらいまでは[ミミックリーフ]撃っていこうか。あ、索敵に気をつけてね。埋まってたり茂みにいたら見えなくてやられちゃうかもだからね」
[ミミックリーフ]は基本的に動かないモンスターなので、距離さえ取っていれば大丈夫だが、群生地帯がある場所だと、そっと足元に紛れていたりして、拘束攻撃からの高ATKで即死させられることも良くある光景だ。
「後は足元湧きが怖いから、位置取りはある程度開けたところにするといいかも」
「わかりました」
「りょうかいです、ゆうねーさま」
[ミミックリーフ]のリポップ時間は短く、狩った瞬間に湧く、いわゆる即湧きするモンスターなので、いきなり足元に現れて以下略ということもよくある。
注意点だけ抜き出して伝えて、再び4人は狩りに戻ってゆく。
レベル40までに必要な経験値は、3198500だ。
レベル20からの差分を考えると、約2850000。大体[テリブルクレイ]換算で56匹狩ればレベル40になる計算だ。
アリスとひよりが[ミミックリーフ]をちまちま狩れるようになっているので、そうそう時間もかからないだろう。
「お、アリサ、意外といけるね」
「えへへー、なんか結構動けるね!」
補正値の影響もあって、悠姫ほどとはいかなくても動きは結構軽快だし、INTにそこまで振ってないにも関わらず、アリサは[テリブルクレイ]の攻撃をちゃんと見切って避けられている。もしかしたら目が良いのかもしれない。それを見抜いてAGI極の[ユニーククラス]をアリサに与えたのだとしたら、さすが[第一の聖櫃]と呼ばれる神なだけある。
「喰らえ必殺! [秘刃:絶]!」
「おお?」
悠姫がタゲを持っている[テリブルクレイ]に背後から一撃入れると、一撃で[テリブルクレイ]が倒され、悠姫は目を見張る。
ダメージを見ると、ぴったり[テリブルクレイ]のHPと同じだった。
「あれ、もしかしてそのスキルって、即死効果あるの?」
「えーっと……うん。背後からのクリティカルした時に、LUKが高いと即死することがあるみたい!」
決め台詞かと思ったら、正しく必殺付きのスキルだった。
どの程度の確率かはわからないが、レベル60のモンスターをレベル20のスキルで即死させられるのは、夢が広がる話である。
「クールタイムはどのくらい?」
「30秒ってなってるよ!」
クールタイム30秒で振れるのなら、充分実用範囲内である。
「よし、じゃあそのスキルの検証がてら、わたしがタゲ取ったらアリサはそのスキルで倒せるか撃っていってもらおうか」
「りょーかい!」
さすがにボス属性には効かないだろうけど、仮に確率が50%くらいのあったら英雄になれるレベルの使い勝手の良さである。
ステはまだまだ伸ばせるし、装備でも盛ることも出来る。
「嘘でしょ」
およそ50匹ほど狩って、確率が95%ほどある事に、悠姫は驚愕の声を上げた。
途中からはレベルも上がり、ステ補正が入ったことで成功率が上がったりもしたのかもしれないけれども95%で即死というのは、あまりにも高すぎる確率だ。
途中MPが足りなかったのでMP回復薬を使ったりもしたが、ある程度格上に即死が効くのであれば、一騎当千の活躍が見込めるだろう。
「フィーネ張り切りすぎでは……」
VR化してから初の転生らしかったが、結構な壊れ具合である。
「まあ、アリサもこれからかなり活躍できそうだし、いっか」
これまで割と戦える場面が限られていただけに、他のスキルも合わせればニンジャのような一撃離脱の高火力スタイルで様々なシーンで活躍できる事だろう。
即死にしても相手が強くなってきたら効くかどうかもわからない。
ともあれ、アリサの強化に悠姫は喜ばしく思いつつ、そういえばひよりんの方はどうなってるんだろう、と、そちらの様子を見に行く。
「え、なにこれどういう状況?」
「あ、ゆうちゃーん」
悠姫の姿を見つけたひよりが顔を輝かせていたが、悠姫の視線は別の部分に釘付けになっていた。
アリサのスキルの検証がだいぶ進んだのでひよりたちの様子を見にきたのだが、そこで見たのは今まで見たことのない狩りの様子だった。
端的に状況を説明するとこうだ。
光の壁が[ミミックリーフ]を一箇所に押し寄せて固めて、同じく光の壁に乗ったアリスがレーザーで焼き払っている。
意味がわからなかった。
「すごいですよゆうちゃん、この[プリズムウォール]って好きなように操れて2枚まで作成できるんですけど、かなり硬いですし足場にも出来るんですよ」
ひよりは新しいおもちゃを喜ぶ子供のような屈託のない笑顔を浮かべているが、やっていることは普通にえげつない。
言っている間にも周囲の[ミミックリーフ]を根こそぎ一箇所に集めて、足元に湧いても良いように足場を作り、その上からアリスが焼き払う。
「ひよりんのそれもすごいけど、アリスのそれもなに?」
アリスが手に持っているのは、装備したはずの[+7エクスカートン6D+5]ではなく、未知の骨格で作られたライフルの形状らしき何かだ。
「[量子変換武装]です、ゆうねーさま。武器を一時的に別の形状に変化させて、専用スキルを撃つことが出来るようになります」
「うわー、はつみみー」
何の何が何だって?
いきなりSF要素をぶっ込んでくるのはやめてほしい。
「なんかレベルの上がり方が早いと思ったら……」
悠姫達の方も結構なペースで狩っていたが、ひよりとアリスの狩り方はそれ以上だった。
湧いた側から透明な壁に押しやられて纏められ、レーザーで焼却されてゆく[ミミックリーフ]があまりにも不憫に見えるほどの効率性。たまに巻き込まれた[テリブルクレイ]も、容赦ないひよりの追撃により消し炭になっている。
これでは、ただただ土を寄せて、草を焼却しているだけの作業風景である。
本人達は楽しそうにしていて、ことの異常さに気がついていないのも酷い。誰だろうか、こんな廃人の感覚に染めてしまったのは。
ブーメランを放りつつも、でもわたしもこんなの知らないし、とフィーネに責任を押し付けて、悠姫は素直に戦力の増強を喜ぶ事にした。
元よりVR化に伴って既存のクラスも強くなってはいたし、転生もVR化後ではその基準に沿って上方されているのだろう。うん。
「よし、予想以上にレベルも上がったし、これは一度宿で作戦会議しよう」
そう結論づけて、悠姫はそう言って一度しっかりと皆のスキル構成を確認する為に、休憩を提案する。
「わかりました。アリスちゃん、降りてきてください」
「むぅ、はい」
あれだけレーザーを連発していて撃ち足りないのか、アリスが少しだけ不満そうに頷いて降りてくる。
そういう変わらないところに少しほっとしながら、悠姫はレベルを確認する。
レベルも53まで上がっており、当初の予定としては上々だ。
「あ、最後に横に纏めときますね」言ってひよりは[プリズムウォール]を操作して、[ミミックリーフ]に防がれた道を空けてゆく。
「それ、1枚づつしか操作できないとか?」
「あ、はい。よくわかりましたねゆうちゃん」
「まあ、流石にだよね」
そりゃそうだよね、2枚まとめて操作できたら挟んで固定とかも出来そうだし。や、でも壁に押し付けたら1枚でも悪さできるのでは? なんて事を考えながら、悠姫たちは帰路に就くのだった。