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Crescent Ark Online  作者: 霧島栞
第4章[聖櫃攻略戦]
45/50

一話[メイドと約束]

 そんな意気込みを見せていた悠火だったが、翌日の早朝の今、何をしているかというと、何故かメイド服に袖を通して鈴音の家に居た。


 なんだったら、家どころか鈴音の部屋に居た。


 あまりの豪邸ぶりに最初は少し物怖じしていた悠火だったが、鈴音を起こしに行ってしばらく。何度起こしても、揺さぶってみても起きない鈴音に段々と緊張感が削がれて来ている。


 前任者の苦労がうかがい知れる状況だ。


「おじょうさまー、おきてくださーい」


「……んん、またあとで来なさいな……」


 本当に。何度も声をかけてはいるが、いまだに目を開けてすらくれない。


[第一の聖櫃]から帰った後、すぐにリーンと情報の共有と、今後の行動方針についての相談で連絡を取ろうとしたのだが、やはりリーンも疲れ果てて寝てしまっていたのか連絡がつかず。


 以前久我から打診されていた鈴音の世話係の話を利用し、三日間泊まりで鈴音のメイドをすることになって今に至る訳だが、どうしたら鈴音が起きてくれるか少し考えて、悠火はそうだ、と思い付きを実行する。


 普通の方法で起きないならば、リーンならば絶対起きる方法で起こせばいいのだ。


「――リーン! 危ない!」


 裂帛の気合と共に叫ぶと、鈴音は、


「――っ! な、何事ですの!?」


 反射的に飛び起き剣を抜こうとして、しかし本来あるべきそこには何もなくて、若干混乱気味に周囲を見回し――そこでようやく悠火の存在に気がついた。


「…………悠火?」


「悠火ちゃんだよー。おはよー」


 最初は悠火も殊勝に「鈴音お嬢様、起きてください」なんて言っていたが、そんなものはもうどこ吹く風か。


 すっかりいつも通りの砕けた口調に戻っている。


「な、なななななんで悠火がわたくしの部屋にいるんですの!? しかもメイド服を着て!?」


 自分より慌てている者が居ると、落ち着いて考えられるというのは本当らしい。


 そんな悠姫の服装はリーンが言う通り、メイド服を着用しており、白い髪は後ろでアップにまとめられており、傍らには茶器を乗せたキャスターが置かれている。


「それはほら、鈴音のことも心配だったのもあるし、諸々事情があってね」


「諸々事情ってなんですの! アナタ、なんでそんなに冷静ですの!?」


「というか、聞いてないの? 久我から鈴音の世話係に打診されたから、むしろ知ってるものだと思ってたのに」


「あんの……! 久我ァ! 許しませんわよ!」


 鈴音が扉の方へと吼えるが、もちろん言葉は返ってこない。


 どうやら、悠火を誘ったのは、完全に久我の独断だったらしい。


「ともかく、鈴音も大丈夫そうだね。[楽園エデン]で負った傷は[ルカルディア]に戻った時に治って現実には干渉しないって聞いてたけど、少し心配してたんだよね」


 フィーネと話し合った結果、真実のルカルディアのことを[楽園エデン]。CAOのルカルディアはそのままルカルディアと呼ぶことにした。


 そんなことは知らない鈴音があの赤い空間が[楽園]……? と訝しんでいたが、それよりも悠火はそろそろ指摘しないとなー、と告げる。


「というか鈴音、寝る時全裸なんだね。早く着替えよ?」


 温泉でリーンの裸体を見ていたせいか、悠火は比較的落ち着いた心境でそう言うことが出来た。


 いつまで経っても起きないだらしない姿のせいで、見慣れてしまったのもあった。後は仕事として来ているのだから、スイッチが切り替わっていることもある。


 久我から預かっていた服を渡すと、鈴音は疑問符を浮かべた。


「? 何言ってますの? 早く着せてくださらない?」


「あー、そっち?」


 どうやら、本当にお嬢様だったようだ。


 裸を見られても抵抗がなかったのは、この辺が関係しているのかもしれない。


 CAOの中のようにワンポチで勝手に切り替わればいいのに、と思いつつ、さりとて仕事である以上、ため息を吐くわけにもいかず。


「かしこまりました、お嬢様」


 形式だけメイドのように淑やかに頭を下げて、なるべく視線逸らして下着から穿かせてゆく。


「――あの後、ちゃんとクラリシア=フィルネオスに会いに行ったんですわね」


 そんな悠姫の心境等知らない鈴音は、着せられるがままになりながら、悠姫に話を振る。


「結構、内容はショッキングだったけどね」


 しずしずとフリルのついたワンピースを無心で着せながら、悠火は答える。


「結局、あの空間はなんでしたの?」


 鈴音の問いに、悠火はフィーネに聞いた内容をかいつまんで伝えてゆく。神々のこと。世界の変遷のこと。そして、[聖櫃攻略戦]のこと。


「ふぅん。つまり、[聖櫃攻略戦]は、隔離された神々を解放するためのイベントですのね」


「そうみたいだね」


 フィーネの言葉と、悠火の経験を鑑みると、[聖櫃攻略戦]とは、神々が隔離されている空間への扉が繋がっていると推測できる。


[第十一の聖櫃(ウィニード=ストラトステラ)]から聞いた言葉。キミが再びこの扉を開かんことを。というのは、恐らくインターフェースの違いでまだ開放されていなかったころに最深部までたどり着けたからだろう。


「三月の[聖櫃攻略戦]は、確か最後は末日の三十一日。三日後ですわよね」


「そうだね」


「……無理じゃないんですの?」


 あまりの時間の無さに、悠火と鈴音は二人して黙りこくった。


 VR化以前の[聖櫃攻略戦]の難易度を知っている二人だからこそ、普通にやったら後三日で攻略出来るほどの装備もレベルも備えられる訳がないことを理解するのも早かった。


 一年と少し前に、転生後のレベル120で、装備も可能な限りのガチガチに煮詰まっていた時でさえ、ほとんど奇跡のような攻略だったのだ。


 今の戦力だと、良くて中盤を越えられたら御の字だろう。


 特に、[第三の聖櫃]の[聖櫃攻略戦]の尖兵は、魔法攻撃を中心に使って来るMOBだ。


 物理ならば回避すればいいが、魔法は基本追尾性能が高いし、雷のように不可避に近い速度のもの、または範囲が広大で回避することが難しいものが多いため、基本的に装備で耐えることが求められる。


 そうなってくると、現状の装備状況では耐性が足らず、飽和攻撃を耐えられるとは思えないのだ。


「一応、フィーネが協力してくれるから、[第三の聖櫃]内のマップはわかるんだけど、尖兵の配置はルインが関わってないらしいから、主要な戦力を引きつけて貰ってその隙にとかになるのかなぁ」


「ああ、確かに。さっき聞いた仕様でしたら、無理に戦う必要はないですのね。……というか、クラシリア=フィルネオスに協力してもらうって、運営的には大丈夫ですの?」


「大丈夫みたいだよ。神々の権能は制限されてるらしいけど、使える範囲内なら選択はフィーネに任されてるって」


「つくづく規格外ですわね、Crescent Ark Onlineは」


 確かにそれはそうだ。[楽園]の話といい、知能を持った神々といい、その権能によるゲームの運営といい、普通のMMORPGでは考えられない仕様ばかりである。


「むしろリーンは、あの[楽園]での出来事とか、怖くないの?」


 そういうものだと受け入れてくれているのは悠姫としては話が早いが、けれども[楽園]での出来事は、正直人によってはCAOに再びログインすることが怖くなるような出来事だ。


[楽園]はフィーネの[加護の祈り]も無ければ、他の権能も届かない世界だ。


 現実に干渉するようなことはないとはいえ、痛覚はそのままだし、死ねばアバターもロストする。


「確かに少し怖いとは思いましたけれども、わたくしは逆に少しわくわくしましたわよ? 痛みも新鮮でしたし」


「えぇ……」


 むしろ悠姫よりも戦闘狂な回答に、若干引くまであった。


「キャラロストはさすがにリスキー過ぎる気がしますけど、わたくしなら、次も連れて行ってくれてもいいですわよ」


 そういえば、何故リーンだけが[楽園]についてこれたのかというと、それは[吸血]によってリーンが悠姫の因子を持っていたかららしい。


[レグルスの試練]自体がかなりイレギュラーで、それによりシステムが混乱して巻き込まれた形になったらしい。


「さすがにそうそうそんな機会は無いと思うけどね」


 言って悠姫は苦笑する。何度もあってたまるかと思いつつも、けれどもそのうち[楽園]に再び行くことになるのだろうという、一種の予感めいたものを感じてはいた。


「あー、そういえば、最終手段的なものもあるにはあるんだけど」


「あるんだけど?」


「いや、さすがに現実的じゃないから忘れ――いひゃいやにふるのすうね」


 言葉を濁そうとした悠火に、鈴音が量の頬を引っ張って不機嫌そうな顔だ。


 鈴音って、黒髪ロングで美少女だから、ジト目で見られると少しドキッとしてしまう。


「悠火。その手の話はちゃんと言い切るべきですわ。アニメや漫画だと大抵伏線になってますわよ。それ」


「や、そんなこと――いや、あるあるだね」


 無いと言おうとして、大体最後にそれしか手段が無くて、周りには言ってなくて余計混乱を招くとかそんなパターンである。


 メタ過ぎる予想ではあったが、けれども、


「や、本当に現実的じゃないんだけどさ」


 そう言って悠火は、フィーネから聞いていた最終手段を、リーンに伝える。


「フィーネ曰く、今のルカルディアのプレイヤーを管理してるのはフィーネだから、その機能を制限して全員に純粋なブーストをかけることが出来るらしいんだよね」


「ブーストって言うと、バフみたいなものですの?」


「うん。普通のバフよりも効果が高くて、大体ステにして全ステ200増加するレベル。さらにそこにスキルのバフも乗るらしいから、ステータスで負けるってことはなくなりそうなんだけど」


「けど?」


「やった場合、他の権能を1か月くらい使えなくなって、フィーネは表に出てこれなくなり、転生やクエストが出来なくなる上に、モンスターもリスポーンが出来なくなるから狩りにならないし、キャラクターは死んだらロストする。さらに[加護の祈り]が消えるからPVPが可能になる上に、キャラ作成も出来なくなるかな!」


「リスクおかしくありませんこと!?」


 フィーネの負担が推して知られるべきものだった。


[創生]を司るクラリシア=フィルネオスは、Crescent Ark Onlineにおいて、様々な生命に関わってくる権能を所持している。現存のプレイヤーやモンスター、生物全般の管理において重要な役割を持っているのだから、彼女がひと月も動けなくなってしまったら、ゲームとして成り立たなくなってしまう。


「だから言ったでしょ、現実的じゃないって」


 悠火としてはそんなリスクを負ってでもトリアステル=ルインを助けるべきだとも思うが、他のプレイヤーからすれば、たまったものじゃないだろう。


「確かにそれは、現実的じゃありませんわね」


 ため息を吐いて、リーンが髪を手で払う。実にお嬢様らしい動作だ。


「けど、鈴音って本当にお嬢様なんだね。実際来るまで実感なかったけど、すっごい豪邸だよね、ここも」


 行き帰りは久我が送迎してくれる形だが、着いて見た瞬間、日本にこんな豪邸本当にあるものなんだ、と悠火は感動を覚えていた。


 鈴音の外見や、久我から聞いていた巫女という特別な身分。さらには神宮以外の土地の空気を吸わせないようにといった、古式ゆかしい風習に、てっきり日本風の屋敷を予想していたのだが、連れてこられたのは意外と洋風な豪邸で、お手伝いさんよりも、メイドの方が似合いそうだった。


 因みに悠火がメイド服を着ているのは、仕事として気合いを入れる為でもある。


 鈴音と近い関係にある為、別に着なくてもいいし、なんなら学友と同じように接してくれるだけで、メイドのような世話をすることもない。と久我からは言われたが、けれども、喫茶[雪うさぎ]の10倍近い給料を貰って依頼されているにも関わらず、何もしないのは流石に悠火もいたたまれない。


「何言ってますの。ここはただの別邸ですわよ。久我から聞いているのでしょう? わたくしは隔離されてるような身分ですから」


「わたしみたいな庶民からしたら、これでもすごいと思うけどね」


 服を着せて整え終わって、悠火は一歩下がって軽く一礼する。久我から春休み中ということは聞いていたので、悠火は続けて保温しておいたポットで紅茶を淹れてゆく。


「意外とサマになっていますわね。悠火。元々どこかに仕えていましたの?」


「や、全然。なんとなくのメイドのイメージでやってるだけ。ノアのイメージかな。あ、でも喫茶店で働いてたから、給仕に慣れてるのはあるのかも」


 さらりと要所にCAOの話題が出ても、互いに気にせずスルーしてゆく。


 連れられてくる車の中で、事前に色々と聞いていたとはいえ、手慣れたように見える所作に、鈴音はご機嫌だ。


「――悪くないですわね」


 差し出された紅茶を一口飲んで、鈴音は微笑む。


「朝食はいかがなさいましょう」


「悠火もいますし、食堂で食べましょう。二人……いえ、三人分用意して貰ってくださる?」


「かしこまりました、お嬢様」


 恭しく一礼し、久我に黙祷を捧げると、悠火はキャスターを押して記憶を頼りに部屋を後にして食堂に向かう。


「――いや違うんだ、聞いてくれ」


 そして、食事が用意されて開口一番、久我はお決まりのそんな文句を口にして、両手を上げた。


 久我の服装も燕尾服となっており、CAOのイメージが強いだけに違和感を覚える。


「鈴音は人見知りだろ? 今まで雇って来たメイドも、長く続いた例はないし、悠火さんなら適任じゃないかと思ってだな」


「その場合、先にわたくしに確認を取るのが先ではなくて?」


「それは、黙ってた方が面白いだろ」


「久我。後で覚えておきなさいよ」


「そんなこと言って、悠火さんが来てくれて嬉しいくせに素直じゃねぇなっうぐっ!?」


 見事に体重が乗ったストレートが腹部に突き刺さり、久我は悶絶して蹲った。フリルのついたワンピースを着たお嬢様にしては、見事な一撃だ。


「おま……後って……」


 これも日々CAOで身体操作が磨かれている賜物だろう。


「鈴音、はしたないよ」


 追撃がないだけやさしいなー。と思いつつ悠火は鈴音の椅子を引いて、座るよう視線を向ける。


「これくらいいつものことですわ」


 そっと視線を久我に向けると、首を縦に振っていた。結構余力はあるのかもしれない。


「まあ、冷める前に食べようか」


 言って久我に手を貸してやると、鈴音の視線が若干刺さる。何やら若干真剣な表情だ。


「久我と悠火をトレードしてもらおうかしら……」


「鬼かよ」


 出て来た言葉は実質解雇宣告に近かったが、久我もその手の冗談には慣れているのか、苦々しい表情を作りつつも、気にしすぎている様子はない。


「何だかんだ、鈴音と久我って仲良いよね」


「……不本意ですが、付き合いだけは長いですからね」


「まぁ、立場的なものだから、こればっかりはな」


 代々神宮家に仕える家系だっただけに、久我に拒否権など無く、最初は鈴音と度々衝突しては折檻を受けていたらしい。


 けれども鈴音の立場を知ってからは、妙な親近感を覚えて、やがて同じネトゲをするくらいの仲にはなったが、とはいえ互いに好意的な感情があるわけではなく、奇妙な主従関係となっている。


「まあ、これからは悠火がメイドとして働いていただけるのでしょう? 楽しみですわ」


「あはは、とりあえず三日間お試しでだけどね」


「三日と言わず、永久就職してもいいんだぜ。その方が鈴音も喜ぶだろうし」


「あら、久我もたまにはいいこと言うじゃない」


 確かに給料で考えたら確実にこっちの方がいいのだろうが、今まで喫茶[雪うさぎ]でコージローに甘えてきただけに、用が済んだらぽい。みたいに感じてしまって、中々決断しにくい。


 それに、他の問題もある。


「――ねー。久我。久我って知ってるの?」


 前に喫茶[雪うさぎ]に来た時に、久我はわたしのことを調べたと言っていた。


 知り合いの伝手で聞いたとかではなく、調べたというのだから、久我は悠火の性別を知っている可能性が高いだろう。


 含ませて問うと、久我は、


「ん? ――悠火さんと鈴音が妙なクエストに巻き込まれたことか?」


「それなら久我にも伝えてありますわね」


[レグルスの試練]のことと勘違いしてくれたように見えて、悠火は久我の目配せを見逃さなかった。


 悠火は確信した。つまり、久我は知っているのだ。


 悠火が男だということを。そして、知っていてなお、久我が鈴音には伝えていないことも。


「まあ、わたしが鈴音に会いに来たのもそれ絡みだし、知ってて当然か」


「これから三日は、デスマーチでしょうしね」


「そうだな。俺は悠火さんと鈴音がすることには全肯定だから、うまく使ってくれ」


「助かるよ、久我」


 言って悠火達は朝食を食べ終え、何をするでも無くCAOにログインする準備を進める。


 さすが神宮家なのかはわからないが、悠火にあてがわれた部屋にも当然のように[コンフィーネント]が用意されており、しかもホテルの一室よりもはるかに豪華な室内に、財力の差を感じながら、悠火はメイド服のまま[リンクミラー]を被り、CAOの世界、ルカルディアへとログインした。





『で、久我。何でリーンにわたしの性別のこと秘密にしてるの?』


 ログインしてすぐ。


 悠姫は耳打ちチャットで久我へと声をかけた。


 現実ならば隠れて話さなければならないが、CAO内だと相手を選択して個人チャットをすることができるのだから便利だ。


『いや、まあ俺も正直まだ疑ってるというかな。マジで悠姫さんって男なのか? 現実でも何度か会って話もしてるが、女性にしか見えないんだが』


 リーンに言わなかったのは、どうやら久我自身も信じられなかったからのようだ。


『そう言ってくれるのはありがたいけど、わたしのこと調べた結果なんでしょ? 一応、ちゃんと男ではあるんだけどね』


『因みにだが、女装してる理由って聞いてもいいのか?』


『欠橋悠姫が女の子だから』


『……まさか、その為に休止してたとかじゃ』


『……………………』


 沈黙は雄弁なりとはよく言ったものだ。


『マジかー……。そりゃ言えない理由ではあるわな』


 色んな意味で。と続きそうなニュアンスで言って、久我はさらに別の言葉に繋げる。


『ていうか男なのに鈴音の着替えで平然としてるとか、悠姫さん正気か? 鈴音が自分で着た訳じゃないんだろ? 俺が言うのもなんだけど、鈴音は結構スタイルいいだろ』


『確信犯やめて? そりゃ割と動揺はしてたけど、仕事としてスイッチが入るとそこまで気にならないというかさ』


 その前にCAOの中とはいえ、一緒に温泉にも入ったくらいだ。そのお陰でだいぶ耐性が生まれていたと言っても過言ではない。


『まあ、別に俺としては言ってもいいんだが……言ってもいいのか?』


『…………ダメかも!』


 アバターとはいえ温泉で裸を見た。さらに密着してかぷかぷされた。


 現実でも裸を見た挙句、パンツも穿かせてブラジャーも付けて、服を着せた。そんなリーンが、悠火が実は男だと知ったらどうなるか。


 結果は火を見るよりも明らかだ。


 後になればなるほどその怒りも大きくなるとわかっていつつも、既に手遅れな状況だった。


 最近少し心を許してくれてるかな? なんて思う瞬間もあるが、知られたら間違いなく、激怒案件だ。それこそ終身雇用(死)になってしまう。


『だろ。まあ俺からも隙を見て伝えられそうなら俺に矛先が向くように言ってみるから、悠姫さんはあんまし悩まないでくれ』


『久我様……! もしかしてアナタが神様ですか?』


『いやいや、様って。そもそも悠姫さんを誘ったのが俺だし、鈴音の罵倒には慣れてるからな。任せてくれ』


 男らしく、とてつもなく悲しい事を言う久我に頼もしさを覚えつつ、悠姫は感謝の念を送る。


『お、こっちは[AO]とレイドに行く流れになってるけど、悠姫さんも来るか?』


『レイドかー。それもいいんだけどわたしはちょっとフィーネと話があるから、今回はパスかな。後でひよりんとアリスとアリサを借りると思うから、レイド終わったら連絡くれる?』


『了解』


 久我の短い言葉と共に耳打ちチャットを切って、悠姫は昨日ログアウトしてそのままになっていた[第一の聖櫃]のエントランスから、フィーネの居る[聖櫃の深層部]へと向かう。


 道中、イヴと少しだけ言葉を交わして歩く事数分。もはや慣れ親しんできた[聖櫃の深層部]へとたどり着く。


「フィーネ、来たよー」


「お待ちしておりました、悠姫様」


 言ってフィーネは表情を輝かせ、悠姫に駆けよってきて抱き着いてくる。


 以前にスキンシップがあったからか、フィーネも少し積極的になってきているような気がする。


[楽園]の話をして、少しは気が楽になったのかもしれない。悠姫的にも、少しでもフィーネの心労が軽減されているのなら幸いだ。


 ずっと独りで悩んできたことを考えると、悠姫も抱き締める腕に力が籠る。誰にも甘えることが出来なかったのだろうから、せめて自分は彼女の甘えられる相手になってあげたいと思う。


「フィーネ、[聖櫃攻略戦]について相談があるんだけど、いいかな?」


「はい、もちろんです」


 言ってフィーネは少しだけ離れて、両手を前で組む。


「ありがと。まずは具体的にフィーネの権能について、聞いてもいい? あ、ルカルディアでのね」


 フィーネから生物全般の管理を任されているとは聞いていたが、細かなところは聞いていないから、何が出来るのかも含めての確認だ。


「そうですね。私の権能は元々生物全般に関わるものでしたけど、こちらですと今ある権能はこんな感じですね」


 言ってフィーネは悠姫にスキルリストを見せて来る。


「え、見せてもいいの?」


「禁止されている訳ではないので、構わないと思います」


「じゃあ遠慮なく」


 フィーネが大丈夫と言うのだから大丈夫なのだろう。


 見せられたスキルリストは、こんな感じだ。


 

[加護の祈り]『プレイヤー同士の同士討ちを防ぐ祈りの防壁を創り出す権能であり、ハラスメント警告などの感情に左右される条件も管理されている』

 


[輪廻転生]『プレイヤー、モンスターのリポップ、転生に関する権能。転生で得られる[メインクラス]については基本的はプレイヤーの行動によってランダムに、生成されるが、ステータス、スキルの既定範囲内であれば、フィーネが創り付与することも可能』

 


[成長の加護]『レベルシステムを管理する権能。経験値周りの管理にも使われ、モンスターのレベル、ステータスやスキルなどを元に組まれている』

 


[回帰の加護]『[楽園]とルカルディアを繋ぐ加護。[魔素]の循環に使われる権能で優先順位が高い加護である』

 


[生命の祝福]『ステータスの補正や自動回復に関わり、プレイヤーにシステムを付与したりする時にも関わってくる権能』

 


[権限者]『CAOにおける権限者の一人である証であり、悪意ある干渉や物理的な接触を防ぐ防壁となる権限』



 こうして見てみると、どれだけフィーネが特別なのかがよくわかる。どれが欠けても、CAOの運営に支障が出るのは間違いない。


「前に言ってたプレイヤー全員にバフを入れたら一月は動けなくなるっていうのは、[回帰の加護]も含めて使えなくなるってことなのかな」


「はい。そうですね。その分浄化が遅れてしまうので、出来れば使いたくはないですが……」


 フィーネの役割を考えれば、当然だろう。


 何のために他の神々が犠牲になっているのかといえば、[楽園]を浄化するためである。


 神々の解放を優先して、浄化が疎かになってしまっては本末転倒だ。


「逆にこれ、数人にだけバフを入れるとかも出来るの?」


「やって出来ないことはないですが、規約的にはアウトです。すぐにBAN対象にされると思います」


「それはよくないね……」


 本当に最悪の場合、BANされたとしてもトリアステル=ルインを助け出せればそれでいいのだが、バフをもらってすぐにBANされるのでは、それも叶わない。


 あれやこれやと考えてみるが、中々良い案は浮かんでこない。


 やはり安直なところだと、対策はされている。


 バランスを重視する運営からすれば当然だろうが、フィーネの話を聞いた後だと何もそこまで拘らなくてもと思わなくもない。


 一方で、一定キャラだけ特別扱いしすぎたら、他のユーザーが離れてしまい、[楽園]の浄化が進まなくなってしまうのだから、ままならないものである。


「後は……転生システムで何か悪さできないかな?」


「悠姫様の[聖櫃の姫騎士]も私が創った[メインクラス]ですが、結構ギリギリの上限性能になっていますよ?」


「そうなんだ」


 確かにバランスがいい割にはステータスで負けるようなことはなかったが、改めて聞くとうれしいような複雑なような微妙な気分だ。


「うーん……。これって例えばさ、デメリットとか付けたら、その分をステータスやスキルに回せるとかないのかな」


「デメリットですか?」


「そそ。極端なところで、スキルをゼロにしたらステータス補正を伸ばせたりとか」


「なるほど。試してみますね」


 言ってフィーネは手元で操作をしてゆく。


 悠姫からは見えないが、パラメータを弄っているのだろう。


「――出来ますけど、ステータス一箇所100あげるのが限界ですね。後半の上がり幅が大きいので、思ったより伸びないですね」


「ふーむ……」


 100ステ上がるのは強いが、けれどもスキルがないと流石に弱すぎる。悠姫はさらに考えて、続ける。


「……デメリットに、例えばだけど、三日後にキャラがロストするとかどう?」


「ゆ、悠姫様!?」


「や、試しにだよ?」


「…………出来るのは、出来ます。ステもかなり盛れるのは盛れますけど……」


 フィーネの顔が、悲しみに歪む。悠姫の前では、初めて見せる表情かもしれない。悠姫が思っているより、フィーネは悠姫のことを特別扱いしている。そんな悠姫が自分を犠牲にしようとしているのだから、心中穏やかではいられない。


「そのステがあったら、後半の尖兵と戦えそうかな?」


「……ステ的には互角かそれ以上は期待できますけど……でも、悠姫様が……」


[聖櫃の姫騎士]欠橋悠姫。


 悠火にとって、欠橋悠姫という人物は、理想を具現化したような存在だった。


 真紅の髪を靡かせて、戦場を舞う美しい姫騎士。

 世界を愛し、フィーネの騎士として、彼女を助ける。


 現実の悠火が、近づきたいと思うくらいに、愛着もあれば、失いたくないという想いはもちろんある。

 けれども、[聖櫃の姫騎士]欠橋悠姫は、クラリシア=フィルネオスの騎士である。フィーネを守るためならば、その身を惜しまないくらいには、フィーネのことを大切に思っている。


 だから、欠橋悠姫ならば、何を犠牲にしても、フィーネを助けるだろう。


 フィーネにとっての同胞。いつも味方だった神々の一人。トリアステル=ルイン。彼女を救い出せれば、フィーネの重荷も少しは和らげてあげられるだろう。


 だから悠火は覚悟を決める。


「フィーネ、例えわたしが消えても、また絶対に出会えるからさ」


「悠姫……様……」


 くしゃりと、フィーネの顔が涙で歪む。


 欠橋悠姫というアバターが消えても、悠火がCAOを辞めることは有り得ない。


 また一から、新しいアバターでになってはしまうが、悠火という人間がいなくなる訳ではない。


「わたしが約束を破ったことなんてないでしょ?」


「……会いに来てくれる頻度が少ない時がありました」


「あたた……すぐにまた会いに来るから、ね」


 泣きじゃくるフィーネを、悠姫はそっと抱きしめる。


 生命を創り出す権能を持つ神、クラリシア=フィルネオス。自らが作り出した命に慈愛の心を持って甘やかしていても、自らが甘えることなんて今までで一度もなかった。


 そう、悠姫に、出会うまでは。


「……絶対、絶対ですよ。悠姫様」


「うん。約束だよ、フィーネ」


 柔らかな緑の髪を撫でながら、悠姫は再び誓う。


 そう言って交わされた二度目の約束は、涙と共に交わされた。

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