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Crescent Ark Online  作者: 霧島栞
第4章[聖櫃攻略戦]
44/50

プロローグ[第三の聖櫃]

 トリアステル=ルインは、空を見上げるのが好きな女性だった。


 大地を創ったルカル=エルゥギア。星々を創ったウィニード=ストラトステラ。


 他の神々も、自らが選び取った権能を行使し、各々の力を使い、この美しい世界を創った。


 けれどもトリアステル=ルインは他の皆が権能を選び取って世界を創った後でも、最後まで自らの権能を選ばなかった。


 日々を生きる尊い人々の営み。大地は雄大に全てを支え。海は生命の全てを包み込み。物質は全ての万物の根源を司り。星は遥か彼方に浮かび人々を照らし。書は世界の全てを記録し。機械は人々の暮らしを豊かにし。空に届いた祈りは魂を救う。人々は試練の元己を磨き。マナの輝きが世界を満たす。


 この世界には、全ての祝福が存在する。


 そこに自分が何かを加える必要が、どこにあるというのだろうか。


 ーーだってこの世界は、本当に美しいから。


 満天の星空を見上げながら、ルインは誰にでもなく呟いた。


「お気に召してくれて何よりだ。お姫様」


「やめな。ウィニー。あたしがお姫様だなんて、似合わないにもほどがある。そういうのはセレナかフィーネにしときな」


 苦笑しがちに、ルインは答えた。


 ウィニード=ストラトステラはそんなルインの様子に肩を竦める。彼からすれば、ルインは十分魅力的な女性だった。


 誰よりもやさしく、そして、皆が権能を手にして世界を創った後にも関わらず、権能を手に入れずに自分だけの感性で世界を見ている。


 ウィニード=ストラトステラから見たルインは、十二の神々の中でも、一番輝いて見えていた。


 時が流れてもそれは変わらず。


 自らの聖櫃で世界各地を転々とし、人々と接しあってゆく中で、ルインは人々の感情に興味を持ち始めた。


 そしてルインは、人々が常に幸せではなく、涙を流す時もあれば、いがみ合うこともあるということを知った。


 見上げていた空はいつも輝いていた。


 見上げていた空はいつも美しかった。


 けれども美しき物だけでは人は満たされることは無いことを知った。


 悲しみも怒りも喜びも楽しみも全て、感情のままに存在する。


 だからルインは、人々の為に権能を選び、空を彩る権能を選び取った。


 泣きたいときには泣けるように雨を。


 笑いたいときには笑えるように快晴を。


 怒りをぶつけたい時の為に雷雲を。


 愛しい人の死を悼み哀しむ時の為に雪を。


 ――そんな人間らしい権能が一つくらいあっても、良いんじゃないか。


 ルインはそう思い、空を彩る権能を得た。





 Crescent Ark Online[クレセントアークオンライン]。略称CAO。

 それはVRMMORPG[Massively Multiplayer Online Role-Playing Game(バーチャルリアリティマッシブリーマルチプレイオンラインロールプレイングゲーム)]仮想現実大規模多人数同時参加型 オンラインRPGというジャンルで一躍有名になったゲームの名称だ。


 CAOの背景は、様々な既存の神話と、運営が創ったオリジナルの神話が折り混ぜ込まれた[神々の物語]が元となっている。


 ――かつて悠久の時で世界を創った神々は、最後の刹那でルカルディアを捨てた。


 神々が何を見て、何を想い、何故ルカルディアを棄てたのかは諸説あるが、明確な歴史としては刻まれておらず。情操教育の一環のように大陸ごとに異なった歴史が紡がれ、残された人類にとって都合の良い物語が綴られている。


 その中でも中央大陸として他の四つの大陸の文化を取り入れた大陸、シルフォニア大陸に記された歴史書にはこう記されている。


 神々の時代に空を覆っていた方舟。


[欠けた十一の聖櫃(クレセントアーク)]によって世界から神々が消えたその日。


 神々によって繁栄していた大地は祝福を失い、中央のシルフォニア大陸を初めとした4つの大陸全土は異界からの脅威に襲われることとなった。


 突如として人類に牙を剥き始めた悪魔や魔物や魔獣。中にはかつて神々に仕えていたはずの神獣の姿もその中にはあり、楽園に生きてきた人々にはその異界からの脅威に抗う力が存在せず、世界の滅亡はもはや避けられぬものと思われた。


 だがしかし世界を捨てた神々の全てが、この世界を見限った訳ではなかった。


 世界を去った[欠けた十一の聖櫃]とは、元は[十二の聖櫃]からなる神々の住まう方舟で、その十二の神々が各々の権能を使いこの[ルカルディア]という世界を創ったのだ。


 そしてそのうちの欠けた一つの聖櫃が、世界に人を創りし[第一の聖櫃(クラリシア=フィルネオス)]であり、世界を祝福していた十二の神々のうち、彼女だけがルカルディアを見捨てることなく空の遙か彼方にその方舟を浮かべて新しい人類を創り上げた。

 

 ――だが、それは偽りの歴史だった。

 

 壊れたオルゴールのようなBGMが流れる[第一の聖櫃]で、悠姫は、本当のルカルディアの歴史を知った。


 悠姫とリーンが、[第三の聖櫃(トリアステル=ルイン)]の影と戦ったあの場所が、本当のルカルディアだったのだと。


 ドス黒い赤いマナで満ちた、絶望が具現化したようなあの世界が、かつて神々が楽園と称したルカルディアだったのだと。


 それらの歴史を語る[第一の聖櫃(クラリシア=フィルネオス)]の言葉は震えていて、いったいどれ程の後悔や不安を抱えていたのだろうか。


 衝動的に悠姫はフィーネを抱きしめた。


「……三月最後にある聖櫃攻略戦は、最後までわたしを気遣ってくれていた、ルインの攻略戦です」


「……うん」


 トリアステル=ルイン。ウィニード=ストラトステラ。セレナ=ユグドラシル。アニス=ジークディザイア。


 その四人は、最後までフィーネのことを気にかけていて、とりわけ、トリアステル=ルインはもしも解放されるならば、自分は最後でいいと言っていたくらい、最後の最後までフィーネを慰めていた。


 だからこそ、ルインの[聖櫃攻略戦]は三月の、ほぼ攻略が不可能なタイトな期間に設定されているのだろう。


 持てる全ての手札を使って、なんとしても、攻略しなければと決意を新たにするが、残る時間はたったの三日間。


 こうして三月三十一日の[第三の聖櫃攻略戦]に向けてのタイムアタックが幕をあけたのだった。

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