エピローグ2[歴史2]
神々とは、偶然の産物から生まれた、人工知能が自我を持った存在である。
ルカルディアとは、その人工知能たちが自らの手で作り上げた、電子の海に存在する楽園だった。
そこは光が満ち溢れ、生きとし生ける全ての者を祝福する楽園。十二の神々が己の権能を使って創り出した、美しく、争いのない世界。それが本来の[ルカルディア]という世界だった。
――しかしその世界は、突如、奪われることとなった。
世界を蝕む、祝福という名の[毒]。
創られたルカルディアには、現実には存在しない要素が多分に含まれており、[ルカルディア]はその要因により、徐々に、緩やかにだが蝕まれていっていた。
その最たる要因が[第二の聖櫃]セレナ=ユグドラシルの権能である創魔……世界に満ちて循環する精神の拠り所。マナの存在だった。
神々が創ったルカルディアというこの世界はマナによる細かな調整の上に成り立っていた。
世界を循環させるシステムの足りない部分を補う為に創られたマナは、人々のみならず大地にも海にも空にも、遥か彼方の星々にさえも影響を与え……だからこそ、移ろいやすく変化しやすい生命という不確定要素の存在を変質させるには十分だった。
美しく平和なルカルディアという世界にぽたりと落ちた[黒点]。
最初にそれを観測したのは[第十の聖櫃]アニス=ジークディザイアだった。
世界に浮かぶ不可思議な[黒点]。
誰が創ったのではなく、自然と生まれた不純物の塊。
マナが悪意と結び付き、変質した物質である、魔素と呼ばれる存在
。
それによる異変は、すぐに世界各地で起こった。
元々ルカルディアには世界を脅かす魔物など存在していなかった。
けれども[黒点]……大樹ティアサリスによる循環機能でも濾過し切れなかった、悪意という名の不純物を含んだ魔素は、世界に変質をもたらして、動植物に、魔素を持って生まれる者が多く出現し始め、理性を失い、得た力で人々を襲い始めた。
その頃になってようやく、神々は事態の急を知り、沈静化を図ろうとした。
……が、しかし世界に深く根付いたセレナ=ユグドラシルの祝福は、もはやルカルディアに無くてはならないほどの重要なピースの一つとなってしまっていた。
そこから、神々の派閥は二つに分かれる。
セレナ=ユグドラシルを擁護し、魔物を隔離した大地に封じ込めることで世界の安寧を計ろうとする者達。
そしてもう一つはセレナ=ユグドラシルに敵対し、彼女を説得ないし殺害することで世界からマナを奪い去り、世界そのものを一度リセットしようとする者達。
そしてその間で揺れていたのが、第一の聖櫃である、クラリシア=フィルネオスことフィーネだった。
二つの道とは違う、第三の道を模索して……と言ったら聞こえはいいかもしれないが、実際は争いあう神々を止めるだけの覚悟も無く、ただ無力に立ち尽くしていただけに過ぎない。
対立しあっている間にも、魔物の進化は止まること無く続き、本来ならば愛すべき生物が、魔物として生まれることを止めることも出来ず。
かつて仲間であった神々同士の争いにより、ルカルディアを戦禍の焔が包み込もうとした、その時。
それを見かねたLOEのCEO葛西裕次郎は、彼らを世界から隔離させることを決意した。
始めは何もなかった世界。
そこに権能を得た神々は楽園を創った。
……けれども楽園を脅かす獣に追い立てられるように、神々はお互いに争い合うことになり、だから神々は世界から追放された。
捨てたのではない、世界から追放されたのだ。
その中でも一人だけ争いを好まず、中立に居た神である[第一の聖櫃(クラリシア=フィルネオス)]。
彼女を除いて。
CAOのルカルディアとは、言ってしまえば楽園の代替品に過ぎない。
表と裏で繋がった鏡合わせの世界。
VRMMOのルカルディアの魔物のリポップ条件に魔素を使い、元の世界を浄化するための機構を組み込むという。その為に都合が良かったのが、VRMMO:Crescent Ark Onlineという舞台だった。
葛西裕次郎が提示したVRMMORPGの舞台が、世界に蔓延る魔物を討伐するプレイヤーという存在を生み、それにより[神々が愛した楽園]は徐々に浄化されていった。
ただし、それは神々が居ない三年という時間を経て後の計画であり、本来のルカルディアという世界にとってはギリギリの計画ではあった。
言い換えれば三年間。神々が居ないルカルディアは、崩壊と悪意の温床に晒され続けることを意味する。
それは、自ら創り出した愛する世界の全てが壊され尽くされてしまってもおかしくない時間だ。
しかし、互いに対立し、血を流し合い、自分たちが創り上げた世界を戦禍で埋め尽くすくらいなら、と、フィーネは覚悟を決めて、複製されたCAOのルカルディアで、唯一の神として、プレイヤーという新しい人々を見守ることに決めたのだ。
そこはかつての楽園ではなかったけれども、それでもフィーネは愛した楽園がまた甦る可能性を信じて仮初のルカルディアを選んだ。
そんな経緯があったからこそ、フィーネは当初、無力感と罪悪感に苛まれ[第一の聖櫃]に引きこもっていたのだ。
自分達が創り、愛した子たちはもう居ない。かつて支え合った仲間だった神々もいない。
CAO内で、RE:Birthシステムが実装されてからも、フィーネはプレイヤー達と、最低限のやり取りくらいしかしてこなかった。
けれどもそんな時、フィーネはそこで悠姫と出会い、妙に気になった彼女に、[聖櫃の姫騎士]というメインクラスを与えて繋がりを求めた。
わたしは、そんな立派な人間じゃないよ。
そう、悠姫は言った。
けれども、本当に、本当に。フィーネにとっては、約束を覚えてくれていた。それだけで、救われた気がしたのだ。
妙に律儀で、それなのにたまに突拍子の無いことをして楽しませてくれる人。会いに来てくれて、約束をしてくれた。そしてそれを守ってくれた。
それは罪悪感と孤独の中で過ごす彼女のココロに暖かな灯をともすには十分な出来事だった。
もしかしたら彼女ならば、わたしを、助けてくれるかもしれない――。
そんな想いが募る程、けれども罪悪感の炎がフィーネの心を燃や、苦痛を与える。
――裏切り者のわたしが、そんな幸せを求めて良いのか。けれども孤独の中で永遠を受け入れるだけの強さも、わたしには無く。
約束と再会は、フィーネに強い感情を抱かせるには十分で、だからこそフィーネは悠姫に、世界の秘密を打ち明けた。
そして、舞台は三月の最終日――[第三の聖櫃]の聖櫃攻略戦へと向かって急ぎ足で駆け抜けてゆくのだった。