十四話[西の秘境]
セインフォートにある図書館、[AS]の溜まり場は、[ワームホール深部]のレイド報酬の精算で落ち着き、和やかな雰囲気が流れていた。
[スカラベクイーン]からは[雷鳴のホーンクリス]と[タイタンシールド][マジカルリング][クイーンオブセイバー][黄昏のロングコート][バリアブルブレスレット]の6点。踏破報酬からは武器防具の素材と、多量のセイン。[フォトンブレイド][フォーチュンダガー][ガーディアンシールド][スピリチュアルリング][古代のティアラ][ヘルモードⅢ]辺りが価値的に高いドロップだった。
そのうち、セリアとノアへの分配が、[マジカルリング][タイタンシールド][ガーディアンシールド]の3点と素材アイテム。[スピリチュアルリング]辺りも付けようとしたが、廃人の矜持でひよりに譲ると判断したらしい。
まあ、[マジカルリング]だけでも、MATKが120上がるので、シンプルながらもかなり有用なアクセサリーだ。シールド系2種に関しては、悠姫のギルドのメンツでは使わないため、ノアに二つとも譲った形だ。
[タイタンシールド]は大型の相手に追加の耐性を得ることができ、[ガーディアンシールド]はノックバック耐性の向上と物理耐性が上がる為、汎用性が高い。
後は換金アイテムと踏破報酬で貰ったセインを頭割りして分配する形だ。
「そういえば、換金アイテムの販売はそっちにまかせていいんだよね?」
「ああ、うちの姫に売ってもらった方が高なるからな。うちが頼めば手数料もかからんし」
ギルド[HN]のギルドマスター、コノハナ=サクヤは、NPCとの取引で有用なスキルを所持している。通常の商人ならば換金アイテムの売却価格は[ネゴシエイション]を使っても130%ご上限となるが、サクヤのユニーククラスが所持する[風格]というパッシブスキルは、そこにさらに20%加算し、150%の売却価格を叩き出すことができるのだ。
「ちゅーことで、うちらはギルドホームに帰る。大体30分くらいで戻るわ」
「では、皆様一旦失礼致します」
言って換金の為にセリアとノアが図書館から出て行った。
「後のアイテムだけど――」
言って悠姫はアイテムを分配してゆく。
基本的に悠姫のギルドでは、悠姫がドロップアイテムの分配を決める事になっている。その流れに慣れている面々は特に何の不満もなく、ややあって分配が終わる。
装備の分配としては、
[フォトンブレイド]は悠姫。
[クイーンオブセイバー]はリーン。
[スピリチュアルリング]はひより。
[雷鳴のホームクリス]はアリサ。
[黄昏のロングコート]は久我。
[バリアブルブレスレット]はリコ。
[ヘルモードⅢ]はアリス。
「後はー、[フォーチュンダガー]は生産居ないと使い道びみょーだし、わたしが預かっとくかな。はぜっち辺りとか欲しがったら適正価格で売って分配するね。シアとニンジャは今回は有用な装備が少ないから武器防具の素材と、シアにはMP回復薬の素材も追加で」
「了解でござる」
「わたしは前のレイドで[翠玉のアブソリュートセプター]貰ってますしね」
「今度ニンジャの武器の為に刀出るレイド行かないとね」
今回もミニボスから出る可能性はあったのだが、残念ながらドロップしなかった。
悠姫の膝の上に座っていたアリスが新しい武器に目を輝かせて立ち上り、少し離れた場所で[ヘルモードⅢ]をインベントリから取り出す。
アリサも同じように、[雷鳴のホーンクリス]をインベントリから取り出して喜んでいる。
そういうところはさすが双子。そっくりだ。
[ヘルモードⅢ]はアリスにしては初のスナイパーライフルだ。スキルポイントは余らせているはずなので、スキルは取ろうと思えば取れるだろう。どうしましょう。とばかりに、ちらりとアリスが悠姫を見る。
「うーん、狙撃での一確狩りは流石に選択肢が狭くなりすぎるから、安全な射程確保のパーティ運用なら、[ストライクバレット]と、ヘッドショットや弱点部位を狙えるなら[フェイタルピアッシング]辺りの高倍率スキルがおすすめだね。後持ち替え用に[クイックチェンジ]もいいかも」
「ふむふむ」
「近距離だったら二丁拳銃の方が火力は出るし、ケースバイケースで使い分ける感じになりそうかな」
「なるほどです」
言いながらアリスはポイントを振っているのだろう。確認をしながら空中をタッチして操作していっている。
「で、最後に[古代のティアラ]だけど、これはリリカさんにあげる感じかな」
「え、いいんですか!? この中だと、[古代のティアラ]が1番のレア装備じゃ」
さらりと決めたが、[古代のティアラ]はヒーラー職全般で装備できる頭装備だが、性能は最終装備の候補に入るくらいの強装備である。
DEFやMDEFは高くはないが、MAGとINTに補正が入り、かつスキルのクールタイムが20%減少する効果がある。他のクールタイム減少効果のある装備の中でも20%のクールタイム減少は唯一の数値であり、ヒーラーからすれば垂涎の装備だ。
文句を言えば、シアにも欲しかったが、[空の癒し手]はまとめて支援も回復もできる為、クールタイム減少効果の恩恵が薄い。
VR化以前も選択肢にはあまり入ってなかったので、今回はもう一人のヒーラーだったリリカに渡される流れとなったのだ。
「分配は悠姫さんに一任されてるからな。貰っておけばいいと思うぞ」
「リリカさんはバインドも固有スキルの[デッドリールーン]もあるし、クール減少はかなり強そうだしね」
「じゃあ……遠慮なく。ありがとうございます!」
スキルの効果を聞いて、悠姫も驚いたものだ。
[デッドリールーン]は3秒間ダメージが1.5倍になる、クールタイムが40秒のスキルだ。
消費MPが大きいのでMP管理は大変だが、40秒で回るスキルとしては破格の性能だ。
「そだそだ、リリカさん。この後わたしと狩り行かない?」
「え?」
「えぇ!?」
驚きの声をあげたのは、誘われた本人であるリリカと、シアだ。
「ユ、ユウヒ様? ヒーラーだったらかわいいかわいいシアちゃんがいますよ……?」
「や、今回はリリカさんがいいかなって。後、アリスも試し撃ちに行きたいよね?」
「がーん……」
「行きます」
「リリカさん、良い?」
「あ、はい。だ、大丈夫です」
「ゆうおねーちゃん、アリサはー?」
項垂れるシアの横から、元気良くアリサが手を上げながら聞いてくる。
「うーん……連れて行ってあげたいところだけど、行こうとしてるとこだと、三人でギリギリかな? アリサはニンジャとシアが遊んでくれるってー」
「ふむ。拙者はかまわないでござるよ」
「…………はぃ」
「わーい!」
へんにゃりと猫耳は伏せったままだが、初心者の頼みとなれば無碍にはできない。快諾したニンジャに続き、シアも項垂れたまま了承する。
「それで、どこに行くんですか?」
リリカの問いに、悠姫は何事もないように、答えた。
「冥府」
「え」
その場にいた、初心者組を除く全員が全員、ドン引きした目を悠姫に向けていた。
会って間もないヒーラーと初心者を、なんて所に連れてゆくのだ。と。
冥府……[奈落への坑道]は、要求レベルが100を超す、転生後向けのダンジョンである。
遺棄された鉱脈の深部に、幾つもの巨大な横穴が、入り乱れるように存在し、深部のレイドゾーン[奈落]から溢れ出る怨霊や、強力なアンデッドが犇き闊歩している様子は、さながら百鬼夜行を彷彿とさせる。
「うはー、強そー」
そんな様子を上から見つつ、悠姫は率直な感想を漏らす。
悠姫とアリス、リリカが今いるのは、[奈落への坑道]の横穴の中でも、最も高い位置に存在する、クエスト用マップの入り口だ。
「クエストで来たことはあったけど、意外とスペースがあるんですね、ここ」
「でしょ? 冥府のmobは単体がかなり強いけど、その分経験値も高いし、ここならワンチャン刀と銃も落ちるから、ニンジャへのお土産とかアリスの武器更新にもいいかなーって」
「だから人数も三人なんですね」
意外とスペースがあると言っても、フルパで来たら狭すぎて動きづらくなってしまうくらいに、微妙な広さだ。加えて冥府のmobも単体のサイズがかなり大きい。
通常ならば、六人パーティでしっかりと組んで横穴を進みながら狩りをするのがいいのだろうが、今のレベルだと複数体を相手にするにはレベルも装備も足りなさすぎる。
「まあそれもあるけど、リリカさんと交流を深めるって意味もあるし、後はシアと違ってバフを回すのも大変でしょ? たぶん[ハイエルフ]ってペアとかトリオのが動きやすそうかなって思ったし」
「へぇ……良く見てるんですね。確かに、ペアとかのがやりやすいですね」
「だよね。まあそれ除いても、今回は[デッドリールーン]をあてにしてるっていうのはあるけど」
そう。話を聞いた時に悠姫はずっと気になっていたのだ。
「じゃ、アリスに一匹づつ釣って貰って、狩って行こっかー。手始めに[彷徨う怨霊武士]からかな。上がってきたらタゲ取るから、固定したらバインド。[デッドリールーン]入れて貰って集中砲火で」
「はーい」
「了解しました、ゆうねーさま」
流れでバフを貰い、縁からアリスがスナイパーライフルで狙いを定める。小さな身体に大きな銃は中々にロマンがあるなー、と悠姫が考えていると、引き鉄が絞られ、放たれた銃弾が見事に[彷徨う怨霊武士]の頭部にヒットし、HPを僅かに削る。
直後、[彷徨う怨霊武士]の視線がぐりんとアリスの方へ向き、大きく跳躍――悠姫達のいる場所に一度の跳躍で登ってきた。
「アリスは距離とってね! [ルーンエンチャント]! [クルーエルペイン]!」
「はい」
[クルーエルペイン]を叩き込んだ瞬間[彷徨う怨霊武士]のタゲが悠姫に向かう。
「――茨の戒めを[ソーンバインド]! いきます!」
合図と共に、悠姫とアリスがスキルの準備に入る。
「――――[デッドリールーン]!」
致命の刻印が、[彷徨う怨霊武士]の身体に刻まれた瞬間、
「[グラビティホライズン]! [クレセントエンド]!」
「[フェイタルピアッシング]!」
重厚な横一閃からの、月光を模した切り上げ。たたらを踏む[彷徨う怨霊武士]の頭に銀の弾丸が風穴を開ける。
そのまま[彷徨う怨霊武士]は灰になって消えて行った。
「お、確殺出来るね!」
ちらりとログを見る。
1,024,000の経験値を得ていて、アリスのレベルが上がっていた。
三人パーティで80%、レベル差が15あるので公平減衰で50%の経験値となっているので、各自40%となっているにもかかわらず、この経験値である。
ダメージを見ると、割とギリギリだった。
さすがに[デッドリールーン]が無ければ火力が足りていないが、確殺出来るならこのペースで狩ったらからりのハイペースで経験値が稼げるだろう。
今はまだアリスとのレベル差もあるので40%まで経験値が下がっているが、レベルが上がれば何だったらここで100まで上げるのも夢じゃない。
「うわ、経験値すご」
リリカも予想以上の効率に頬が若干緩んでいる。
高レベル推奨ダンジョンだけに、ドロップアイテムもかなり期待は出来る。
「ゆうねーさま、次は[デルタカノン]試してみたいです」
「チャージショット取ったんだね。んー、何だったら釣りの一撃をそっちにしてもいいかも。[彷徨う怨霊武士]は確殺だったけど、[デッドウォーカー]とか[怨霊蜘蛛]辺りはHP少し高めだしね」
「[クルーエルペイン]でタゲ取れます?」
「多分平気じゃないかな。さすがに一撃でアリスにガッチリタゲ取られることはなさそうだし」
「りょ。もし危なそうなら先に[ソーンバインド]で止めますね」
「さすリリ愛してる」
さらりと告げられた悠姫の軽ノリに、リリカは僅かに顔を赤らめる。
「……アリスちゃん、この人誰にでもこういう事言ってるの?」
「言ってます」
アリスは無表情で流した。割と悠姫に懐いているアリスだが、懐いているのとフォローを入れてくれるのはまた別の話だった。
「なるほどね……えっと、わたしも悠姫さんの事、お姉様とか呼んだ方が良いです?」
「お姉様……憧れる響きだね!」
「ゆうねーさま……」
「お姉様……」
「あれー。何だか、妹達の視線が怖いなー?」
旗色が悪くなってきたのを察して、悠姫はううん、とかぶりを振って、切り替える。
「よし、じゃあこのまま続けよっか」
「そうですねー」
リリカのやる気のない返事と共に、狩りが再開されるのだった。
その後、狩りが終わったのは、実に6時間後の事だった。
冥府で6時間も狩りするとか狂ってると言われたけれど、効率が良すぎたせいなのが、全ての原因だった。
悠姫は97になったし、アリスは95、リリカも96までレベルが上がっていた。
狩りながら勧誘の話していたこともあって、リリカも[AS]に加入しており、何なら[AS]の中で一気に三人がレベル最高になってしまっていた。酷い話である。
アリスに至ってはまだ数日で、このレベルである。
図書館に居た面々の視線は酷く冷たかった。
「リリースされて10年目のネトゲじゃないんだから、レベルジャンプアップしすぎですよ!」
シアが猫耳を逆立てて怒る。既にアリサはログアウトして寝ているにも関わらず、アリスはまだログイン中である。
悠姫の膝の上で、戦利品である[デュアルメイカー]という要求レベル90の二丁拳銃を装備してご満悦だ。
「や、ほら、その、ね!」
何か言い訳を探してみたが、全く思い浮かばず、悠姫は曖昧な返事を返した。何が、ね! だろうか。
「姫……某もある程度パワーレベリングしてしまってる手前言いづらいでござるが、やりすぎでござるよ」
「くっ……」
ニンジャにしてはバッサリとした言い方に、悠姫はまた一人称変わってるし! と思いつつもぐうの音も出ない。
ニンジャとシアと狩りに行っていたであろうアリサのレベルは82になっており、順当に適正狩場でレベリングしていたのだろう。
「でも待って! 狩れるから適正狩場に行ってたのであって、わたしたちはパワーレベリングしてたわけじゃないし!」
「それでお姉様。補給終わったら二周目行くんですよね?」
「行くけど! ……あ」
「…………」
ニンジャとシアが冷たい目を悠姫に向けていたが、悠姫はこのペースなら次で100ではー? なんて思っているのだから救いようがない。
「あ、アリスも行くよねー?」
「ばっちこいです。ゆうねーさま」
時刻はもう2時過ぎ。眠くないのかとも思うが、アリスは存外平気そうである。
「姫……」
「あー! そういえばニンジャにお土産があるんだったー!」
言って悠姫はニンジャから苦言が出る前に、冥府でドロップした刀を二本、ニンジャに送りつける。
ニンジャに渡したのは、[妖刀血桜]と[紅蓮刀]という、武器ATKがどちらも1200を超える上に、ステータス補正もSTR、AGIに乗る、ハイスペック過ぎる刀だ。
二刀のATKが乗る[サムライマスター]が装備した場合、通常火力が跳ね上がるし、純粋に今までの武器よりも遥かに高いステ、補正値を持つ武器なので、総合的な火力は段違いだ。
普通ならプレゼントでほいほい渡して良いようなスペックと、価格の武器じゃないが、ニンジャだけレイドで目ぼしい装備を手に入れられていなかったこともある。
ギルドマスターとして気になっていたので、これで帳消しだ。
「さすが姫でござる!」
手のひらくるっくるだった。モーターが搭載されているのでは、と感じるくらいの手のひら返しだった。
見事なまでの変わりっぷりに、シアが唖然としているくらいだ。
「このスペックがあったら、狩りもだいぶ効率よくなるんじゃない?」
「そうでござるな。この武器ならかなり火力が出そうでござる」
二人してちら。とシアに視線を送ると、シアは嫌そうに顔を顰めた。
「あの、もう二時で……」
「じゃあわたし達は二周目行ってくるから、シアとニンジャも頑張ってね!」
「嘘ですよね!? わ、わたしもそっちに」
「こっちは定員3名だから……」
「ユ、ユウヒ様!? 覚えててくださいね!? 絶対許しませんからね!?」
シアの悲痛な叫びを尻目に、悠姫達は二周目の冥府に向かうのだった。
「……それでお前らはレベル100になってるというわけだ」
ギルド[AO]のギルドマスターであるディーンは、悠姫達と合流するや否や、そう言ってため息を吐いた。
「そういうそっちはまだレベルは100行ってないんだね? 意外かも」
「こっちはレイドゾーンを回って装備を集めるのを優先していたからな。レベルの詰めは後回しだ」
レベル上げを優先しないのは、ほとんどがユニーククラスの引き継ぎ組だからというのもあるだろう。
必要経験値が上がる後半のレベル上げをするくらいなら、いっそ装備の充実を目指す。実に効率的な考えだった。
「[複合職業(Re:birth)システム]もあるし、わたしたちもすぐに転生するわけじゃないしね」
「そうだろうな」
[Re:birth]システム。
そう、これが画期的で画一的なシステムな反面、非常に厄介なシステムでもあるのだ。
CAOには[複合職業(Re:birth)システム]という他のネトゲでは有り得ないシステムが存在する。
ステータスや選んだ[メインクラス]。戦闘回数や戦闘方法。接続時間からマップ間移動の回数。NPCとの交流度。クエストの攻略数。回復手段に回数。死亡回数。果ては所持金の増減まで。
様々な隠しパラメータを元に、一度だけ唯一の職業となる[ユニーククラス]が得られるというシステムだ。
しかし転生後はレベルが1に戻り必要経験値が10倍になるというすばらしき鬼畜仕様で、レベル上限も120まで解放される。
しかも転生後限定の100以降の必要経験値は10倍どころではなく、テラの領域に迫る勢いなので120まで上げることが出来るプレイヤーはもれなく廃人の称号を与えられる。
何だったら転生後の100からが本番と言っても過言ではない。
引き継ぎ組はそんな厳選したユニーククラスを引き継いできているので、わざわざ最速で転生を目指す必要もなく、かつ、引き継ぎ組だからこそ、リセットして厳選が出来ない関係上、転生するタイミングは慎重を期さなければならない。
「それでさ」
「ん?」
とりあえずの挨拶を済ませた悠姫は、先ほどから気になっていた事を問いかける。
「何でみんな浴衣なのかな」
そう。集合場所が西の秘境と呼ばれる、温泉街だという事は聞いていた。
「確か顔合わせを兼ねた交流会をするって話だったよね?」
「ああ。そうだが?」
「何で温泉街でまったりする雰囲気になってるの?」
「交流会なんだから、当然だろう?」
ディーンの尤も過ぎる回答に、悠姫はキレた。
「――や! レイドギルドから顔合わせを兼ねた交流会とか言われたら、連携合わせと思うじゃん! ――何でうちのギルドの面々もわたし以外浴衣なの!」
「むしろ俺は悠姫さんが知らなかった事に驚きなんだが。……まあ、レイドゾーンの情報や、攻略情報を共有するのも今回の交流会の目的だからな。そちらも役立ててくれ」
言ってディーンは温泉街で待つギルドメンバーの元に去って行った。
若干放心していると、悠姫は視界の片隅に見知った姿を見つけた。
紫色の花が描かれた浴衣を着て、温泉饅頭をぱくつく小柄な少女。――メアリーが、にやにやした笑みを浮かべて悠姫の方を見ていた。
その瞬間、悠姫は全てを察した。
「メーアーリー? 何で教えてくれないの!」
詰め寄って糾弾するが、メアリーは温泉饅頭を頬張りながらどこ吹く風である。
「欠橋悠姫は懲りないの。メアリーを散々こき使っておいて、しっぺ返しがないなんてことないの」
かつては[情報屋]として活動していたメアリーだが、今はもはやギルド[AS]の何でも代行エージェントのような扱いをされている。そのことに、メアリーは密かに不満を覚えていた。
その不満の解消方法が、悠姫だけをハメてからかうものだというのだから、安い対価と言える。
「で、でも、ちゃんと報酬は渡してるし」
「足りないの。愛が」
「愛? メアリーぎゅってする?」
「節操なし。愛という名の追加報酬が足りないの。明らかに報酬範囲外なの。今の言動は[AS]の面々に伝えておくの」
「ぐっ……」
可愛らしい見た目に釣られた悠姫が痛い目を見ていた。人形のような愛らしい見た目をしているが、メアリーは[情報屋]である。下手なことをするとすぐに商品にされてしまう。
[AS]の面々……特にシア辺りが怒りそうだと顔を顰める悠姫と対照的に、メアリーは機嫌が良さそうだ。
「ところで、欠橋悠姫は浴衣を着ないの」
「着たいところだけど、誰かさんのおかげで流石に用意なんてないよね」
「そんな欠橋悠姫に朗報なの。ここに欠橋悠姫に似合いそうな浴衣セットがあるの」
「へー、いくら?」
「4Mセインなの」
「…………あはー、安いねー」
言いつつ悠姫は取引を申請する。ついでにメアリーも装備できる武器、[夜烏の短刀]もつけてやった。
もちろん浴衣が4Mなんて、安いはずがない。
同じものをセインフォートのブティックで探したら、おそらく1Mもしないだろう。
残り3Mとおまけでつけた武器は、言わば迷惑料のようなものだ。
「要求レベル90の武器……よくそんな狩場にいけるの。メアリーはまだまだレベルが足りないもん」
「90くらいまでだったらすぐだから、また今度レベル上げ手伝うよ」
「……今回は特別に許してあげるの」
「ありがたきしあわせー」
殊勝に謙りつつも、でもこのくらいの対価で済むなら何かあったらまたメアリーに全部振ろう。と悠姫心に決めて、取引で貰った浴衣に着替える。メアリーとの負の連鎖はまだまだ続きそうだ。
そんなやりとりをしてから、悠姫は[AS]と[HN]が泊まる予定の旅館へと足を運んだ。
セリアとノアだけならば部屋はまだまだ余裕あるのでは、と思ったが、セリアが、「久我とニンジャだけでも大目に見とんのに、これ以上男増やしてどうすんねん」とあんまりな理由で[AO]や[CoG]は別の宿を取ることになった。
空いている部屋に関しても、レイドに参加しない[HN]のメンバーが旅行気分で泊まりに来ているので、久我とニンジャはさぞかし居心地が悪いだろう。
ともあれ、悠姫はあてがわれた旅館の一室で、アリスとアリサ、それにリーンといった珍しい組み合わせで一息ついていた。
アリスとアリサは悠姫が保護者の代わりをしているのもあるのでセットになるのも納得できるが、後1枠はシア辺りが来ていてもおかしくなさそうだったが、選ばれたのはリーンだった。
恐らく、教育に悪いと思われたのだろう。
「……アリサ、あなたちょっと距離感近すぎではないかしら?」
「えー。アリスはゆうおねーちゃんにべったりだから、アリサはリーンおねーちゃんにひっついてるだけなのにー」
「わたくしのこともおねーちゃんって呼ぶんですの?」
「だって前にリーンちゃんって呼んだら嫌がられたし」
「リーンちゃんに比べればまだましですけれども……」
「わーい、じゃあこれからリーンおねーちゃんって呼ぶね!」
「し、しかたないですわね」
悠姫にぴったりとくっついている真似をしているのか、アリサもリーンにぴったりとくっついて離れない。
本気で嫌がっているわけではなく、むしろこれだけ距離感の近い相手は初めてなのか、若干嬉しそうである。アリスの頭を撫でているこっちをみて、リーンも同じようにアリサの頭を撫で、その感触に興味深そうにしている。
「しかし、本当にただの観光地だね、ここ」
「ですわね。温泉に旅館なんて、絶対制作者の趣味ですわ」
西の秘境と呼ばれるこのエリアは、火山地帯の熱を利用して栄えるガドレニスという都市からさらに北上した、火山の山肌に存在する。
悠姫の知っている限りはVR化以前にも温泉はあったといえばあったのだが、わざわざ入りにくる必要もなければ、各地にちょこちょこ点在しているくらいだったので気にも止めていなかった。
しかし悠姫が一年休止している間に、それらの点在していた温泉と宿が集まって、山肌を段々畑のように温泉と旅館が並び立つ、巨大温泉観光地へと変貌を遂げ、出来た街の名前が[温泉街キサラギ]。
屋台通りやお土産屋の他、DPSチャレンジや、湯煙アスレチック等、様々な催し物がそこかしこで出店されていて、中々の活気を誇っている街だ。
系譜的には東のジパング大陸から来た移民が、ガドレニスの気候と特性に目をつけて、この温泉街を作ったとのことで、そこに各地の温泉宿の店主が集まってきたらしい。
「へー、そういう流れがあったんだね」
「欠橋悠姫はメアリーをあてにしすぎなの」
メアリーの観光案内を先頭に、悠姫達はのんびりとキサラギの屋台通りを歩いてゆく。
アリスとアリサと、逸れないように、悠姫と、リーンで各自手を繋ぎつつ、そこかしこの屋台に目移りさせている。
「欠橋悠姫。あそこにチャンバラPVPがあるの。二人でやってみるの」
「えー……あ、はい」
渋ろうとしたら、メアリーから冷めた視線を送られたので、悠姫は素直に頷いた。
まあ、チャンバラくらいなら別に何かある訳でもないし、と該当のエリアへと踏み入る。
「完璧に弱みを握られていますわね……けど、いいですわ! 久しぶりに勝負ですわ、欠橋悠姫!」
「テンション高いねー」
言いながら悠姫は、参加申請をして、ルール説明を聞く。
チャンバラPVPをしている最中は付近でのSS撮影が不可になるとのことが最初に告げられて、少し違和感を覚えたが、ゲームのルールは大まかに言うとこうだ。
先ずスキルは使用不可。そして装備のステータス補正も全て適用されず、全ステが10に固定される。つまりは純粋な剣技のみで相手と戦うという。
そして、勝利条件だが、[チャンバラソード]で相手の浴衣を破壊した方の勝ちだというシンプルなもの。
「…………え?」
「…………は?」
悠姫の惚けた声と、リーンのドスの効いた声が見事に重なった。
「え、待って! 浴衣の破壊って何!?」
さらりと流しそうになったが、大問題が発生していた。
浴衣が破壊されるということは、つまり、服が脱げるということだ。
「チャンバラPVPは、安全を期して3回ヒットしたら浴衣が破壊扱いになって強制的に解除されるの」
「何ですの!? その破廉恥な仕様!?」
「知らずに参加したの? 因みにリタイアはどっちの浴衣も弾け飛ぶの。さあさあ貼った貼ったなの」
ニヤニヤしながらそう言うメアリーは、集まってきた観客を仕切り、賭けを始めていた。
「メ、メアリー!? 許してくれたんじゃ」
明らかに最初から人寄せも済んでいる流れに、悠姫は狼狽する。
そんな悠姫に、メアリーは初めて見せる満面の笑みを浮かべ、
「なわけないの」
悠姫の魂胆なんて全てお見通しとでも嘲笑うかの如く、そう言って、メアリーは賭けの仕切りに専念していった。
「ど、どうしよう……!」
「悪いですけど、ますます負けるわけにはいかなくなりましたわね!」
「待ってリーン! 落ち着いて!」
悠姫の制止むなしく、リーンが悠姫に斬りかかってくる。
「ひぃ!? ……くっ」
襲いかかってくる[チャンバラソード]を、紙一重でかわした悠姫は、完全に逃げ場がないことを察して、覚悟を決める。
「リーン、思い切りが良すぎでしょ! 負けたら全裸なんだよ!?」
「下着は履いていますわ! SS撮られる心配もないなら、先手必勝ですわ!」
ステータス補正がない分、動きにいつものキレはないが、中距離から刺すような打ち込みに、悠姫は感覚の差も相まって、一撃先手を譲ってしまう。
「ちょ、ちょ! リーンのえっち! ドスケベ!」
「な、なんてこと言いますの! 当たる方が悪いんですわ!」
「あー! そういう事言うんだ!」
悠姫も負けじと、斬りかかり、下段の薙ぎ払いで一撃返す。
「足を狙うなんて卑怯ですわよ欠橋悠姫!」
「戦いに卑怯もなにもないから! はぁ!」
「くっ、甘いですわ!」
続け様の下段の狙いでさらに一撃入れるも、伸びきった上半身にカウンターで一撃貰ってしまう。
互いに後一撃。緊迫した空気が流れる。
しかし周りの野次馬はいい気なもので、自分たちの賭けの対象に声援を送りつつも、どっちが勝っても美味しい展開だけに表情はだらしなく緩んでいる。
順当に考えれば悠姫が負けて、リーンを庇うのがいいのだろうが、周りの男達のだらしない顔を見ると、負けられない気持ちが強くなる。
こんな衆人環視の中で、下着姿を晒すなんて絶対に嫌だ。
「リーン……どっちが勝っても恨みっこなしだからね!」
「望むところですわ! 欠橋悠姫!」
それに、負けず嫌いのリーンのことだから、手加減などしてわざと負けたら、こんな状況だとしても怒り狂いそうだ。
「はぁああ!」
「っ!」
リーンの癖を知っている悠姫は、ここで勝負を決める覚悟で裂帛の気合いを入れ、下段からの逆袈裟斬り上げを放つ。
対人でのリーンの癖、それは、特定の斬撃の剣に視線が一瞬取られてしまうことだ。
確かに剣は攻撃の要となるため注意していなければならないが、基本的には相手の全体像を俯瞰して見て、動き出しを見るのが対人戦のセオリーだ。
リーンもそこら辺はしっかり出来ているが、普段ほとんど使われないような斬撃をかわした場合のみ、リーンはその剣撃を記憶しようと斬撃に視線を奪われる癖があった。
「悪いけどこれで終わりだよ!」
さらにもう一歩踏み込み、肩でリーンの身体を打ち付け、崩れた体勢に、返す刀で上段から[チャンバラソード]を振り下ろそうとした瞬間、悠姫の浴衣が木っ端微塵に爆ぜた。
「ふぇ……?」
「「「「うぉおおおおおおおおお!」」」」
観衆から、野太い歓声が上がる。
訳が分からずリーンの方を見ると、リーンは[チャンバラソード]を逆手に持って、身体の前に構えていた。
リーンはあの時、追撃の対処が間に合わないと判断して、咄嗟に[チャンバラソード]を逆手に持ち替えて自分と、悠姫の間に滑らせたのだ。
「わたくしの、勝ちですわ!」
「くっ…………って、きゃあああああああ!?」
リーンの勝ち鬨に、遅れて自分の醜態に気がついた悠姫は悲鳴をあげて、片手で身体を庇いつつ、装備画面を開こうと操作するが、ウィンドウが表示されない。
「な、なんで!?」
「負けて30秒は、装備の再設定不可なの」
「馬鹿じゃないの!?」
そこに無慈悲なメアリーの言葉がかけられ、悠姫は心の底からの悪態を吐く。
「ちょ、み、見ないで! 見ないで!」
その後30秒が過ぎるまで、悠姫の痴態が衆目に晒され続けるのだった。
――その日の掲示板は、お祭り騒ぎになっていたのは言うまでもなく、ことの発端者であるメアリーはまるで神のように扱われ、[情報屋]としての信頼を確たるものにしてゆくのだった。