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Crescent Ark Online  作者: 霧島栞
第三章・下[試練]
38/50

十二話[クラリシア=フィルネオス]

「はー……」


 図書館へのレイドギルド大集合の翌日。


 悠姫はログインした直後、気分転換の意味も含めて第一の聖櫃を訪れていた。


 定期的に訪れないと、フィーネが怒りそうだという情けない理由も、足を運んだ理由の一つだがそれはそれとして。


 結局あの後、【多重展開】のスキル版として悠姫が放った、二重に負荷を重ねた[トライエッジ]は、【重奏技巧スキルオーバー】という名前が付けられ、集まっていた面々に大きな衝撃を与え、その日はずっと【重奏技巧】について研究が進められる結果となった。


 悠姫としてはレイドに行きたいところではあったが、けれどもこの【重奏技巧】は使いこなせれば大きな戦力となることは間違いないので、ぐっとこらえて、自分も【重奏技巧】の研究に勤しんでいた。


 もちろん、セリアが言っていた『祭り』に関しても、次の土曜日に開催されることとなり、それまでに連携の訓練やレギオンレイドの練習などの日程も相談済みだ。メアリーが。


 全振りした時のメアリーの闇を宿した目は忘れられない。


 こうして負の連鎖は繰り返されるのだ。


 因みに、【重奏技巧】についてわかったことはいくつかある。


 まずメリットとしては、単純に威力の増加。相殺値の上昇。HSの増加などが挙げられる。


 スペルとは違う自己バフなんかは単純に持続時間が伸びるだけで、さすがに効果の上昇量が上がるといったような壊れにはなっていなかった。


 つまりは、運営からすればこの【重奏技巧】という技術は、想定済みの技術とも言える。


 しかし反面、この【重奏技巧】はデメリットも多く、クールタイムの増加、消費MPの増加はもちろん。HS増加によるSTR負荷計算の自傷ダメージや、DEX制御の反動抑制の可否等、スペルよりも扱いが難しい技術だということがわかった。


 そうなってくるとステータスの調整も大事になっても来るし、スキル連携のタイミングもよりシビアになってくる。


「こういう検証と練習は嫌いではないけどね」


「本日はどうされたのですか?」


「きゃっ!?」


 考え事をしながらひとりごとを呟いていたら、唐突に後ろから声を掛けられて、悠姫は可愛らしい悲鳴を上げて跳ね上がった。


「申し訳ございません。驚かす意図は無かったのですが」


「や、わ、わたしこそ大げさに驚いちゃってごめん。ちょっと考え事してて」


 律儀にも申し訳なさそうに頭を下げてくる白銀の甲冑の女性、イヴ=アンジェに、悠姫はそう言ってかぶりを振る。


 イヴは、第一の聖櫃の守護者として設定されているNPCだ。


「考えごと、ですか」


「まあ、ちょっとね。それよりイヴはこんなところ歩き回ってていいの?」


「まだクエストを受けに来る者は少ないですし、それに悠姫様が来ているのですから挨拶の一つくらいはしないといけないと思いまして」


 イヴは悠姫がフィーネの元へと向かっていると、度々こうして顔を見せるようになった。


「それで、何かお悩みなのですか?」


 顔色を窺いながらさらりとそんな質問が出てくるあたり、彼女が本当にNPCなのかと疑いたくなる。軽く首を傾げて顔を覗き込んでくる仕草なんて、普通の人間にしか見えない。


「悩みは、色々あるんだけどね」


 レニクス工場跡で受けたランダムクエストの件や、その後の祭りに発展したレギオンレイドの連携訓練。狩りにも行きたいし、レイドも回りたい。むしろなんだったら図書館で一日こもって本を読み漁りたい。加えて現実では、鈴音の世話係の件もある。


 その中でも優先順位的には、ランダムクエストなのだが、どうにも彼――第十一の聖櫃、ウィーニード=ストラトステラの姿が脳裏にちらついて抵抗がある。


 重大な秘密があるのだろうかと気になる反面、不可思議な現象が多すぎて探求心よりも気味の悪さが先に立って尻込みしてしまう。


 彼についてイヴに尋ねてみようとも思ったが、そもそもイヴは神々が世界を捨て去った後に創られたと言っていた。ウィーニード=ストラトステラとは面識がないだろうし、例えそうでなくてもイヴはフィーネの守護者だ。


 かつての仲間が世界を見限って去っていく中、一人だけルカルディアに残り、今もなお世界を守護している第一の聖櫃。クラリシア=フィルネオス。


 悠姫が話を振れば、フィーネは悠姫の疑問に答えてくれる……気がする。うぬぼれかもしれないが悠姫はそれくらい、自分がフィーネに信用されていると思っている。


けれどもそれでいいのだろうか、という葛藤が結論を先延ばしにする。


 ともあれ、イヴに相談しても仕方ない事象ばかりなので、悠姫は無難そうな言葉を選んで誤魔化す。


「そんなに大したことじゃないから、気にしなくていいよ」


「…………そうですか」


 しかし帰ってきたのは、どこか複雑そうに視線を伏せたイヴの、不満そうな相槌だった。


 ……あれ、何か間違えた?


 顔に出していなかったはずだけれども、もしかして知らず顔に出ていたのかと心配する悠姫の感情の変化に滑り込むように、イヴが顔を上げ……ぱちりと視線が重なった。


「な、なに?」


 そしていつものような凛とした表情ではなく、どこか迷っているような表情で、イヴは悠姫の様子を窺うように、言う。


「悠姫様。では、私から、少しいいでしょうか」


「え? うん、いいけど」


 イヴから話題を振って来るなんて珍しいと思ったけれども、特に断ることもないので軽く頷き先を促すと、イヴは正面から悠姫を見据える。


「悠姫様は、クラリシア様のことをどう思っているのでしょうか」


「どう……っていうのは、フィーネの印象ってこと?」


「いえ、悠姫様がクラリシア様のことを、感情的にどう思っているか、です」


「あ、そういう」


 まさかイヴからそんな質問をされると思っていなかった悠姫はすぐに言葉を返す。


「フィーネのことは大切な人だと思ってるけど……も、もしかしてイヴ、我が主は渡さない。とか、そういうこと――」


 混乱してわけのわからないことを口走る悠姫だったが、しかしイヴはそんな悠姫の言葉とは裏腹に、寂しそうに笑いながら言葉を続けた。


「いえ。そういう訳ではありません。ただ、クラリシア様は、いつも哀しそうな表情をしていらっしゃいます」


「え?」


 唐突な話の内容に、悠姫は疑問符を浮かべる。


 しかしそれも無理はないだろう。悠姫が遊び行くと可憐に微笑み、いつだって楽しそうに悠姫の話を聞いているフィーネのイメージと、イヴが言う、いつも寂しそうにしている、というフィーネのイメージはあまりにも真逆過ぎた。


「それは、フィーネの話だよね?」


 イヴが冗談で言っている訳ではないとわかってはいるが、一応確認の為にそう言うと、イヴはこくりと頷いた。


 歩きながら話していたはずなのに、いつの間にか二人の足は止まっていた。


 壊れたオルゴールのようなBGMが、物寂しさをより一層強調するように静かに流れ続けている。


「クラリシア様は、聖櫃の維持の為に、ほとんどの時間、中核で休眠している状態です。マナの薄いこのルカルディアでは、聖櫃の維持で精一杯なのです」


 悠姫が居ない間はフィーネが聖櫃の維持に力を使っているのは、悠姫も知っていることだ。

しかしそれよりも気になるのは、イヴの言い回しだ。


「マナの薄いって言ったけど、そんなにこの世界ってマナが薄いの?」


 書物にはどこにもそんな記述を見たことが無かった悠姫は、問いかけ眉を顰める。

北東のリリネア大陸にそびえ立つ神樹ティアサリスの恩恵もあり、ルカルディアにマナが枯渇しているなんてことは有り得ないし、バックグラウンド設定で考えても、マナが無ければ魔法を使うことが出来ない。


 決してマナが薄いなどということは無いだろうと思うのだが、


「それはもしかして、ここが第一の聖櫃で、空高くに存在するからとか」


「わかりませんが、クラリシア様がそうおっしゃっていましたので」


「うーん」


 判断が難しいところだが、フィーネが言うのだから、恐らくはそうなのだろう。と結論付けて、悠姫は脱線しかけていた話を戻す。


「それより、フィーネがいつも寂しそうにしてるってことだけど」


「私も、直接話して貰ってはいませんが、クラリシア様は」


 そこでイヴは少しだけ言葉を切って、遠くを見るような目をした。


 その様子は、告げるべきかどうか迷っているというよりは、その時のことを思い出しているようだった。


 言葉を挟むことが無粋に思えて、待つこと数秒。


 イヴは細く長く息を吐き……言葉を続けた。


「クラリシア様は、誰も居ない時に、聖櫃の片隅で一人きりで泣いている時があります」


 そう告げたイヴの表情は、泣きそうなほどの哀しみに歪んでいた。


 告げられた瞬間、悠姫の脳裏に、一人、この寂しいBGMが流れる聖櫃の中枢で、誰にも知られず涙を流すフィーネの姿が浮かび、行き場のない激しい衝動が胸に渦巻く。


 強大な権能を持ち、ルカルディアを創った神々の一人である少女。


 その気になれば何でも出来るのではないかというくらいに強大な力を持つ彼女。


 悠姫がフィーネの元を訪れて話している時、フィーネはいつも笑っていた。


 ころころと笑い、変わる表情はまるで普通の少女のようで、本当に、楽しそうに――


「悠姫様が来られている時は、クラリシア様はとても嬉しそうに……本当に、嬉しそうにしていらっしゃいます」


 思考を読まれたような気がして顔を上げると、哀しそうに微笑むイヴと目が合った。


「逆に言うと、クラリシア様が笑う時は、悠姫様が来ている時くらいしかないのです」


「そう……なの?」


「はい。だから私は悠姫様にはいくら感謝しても足りないくらい、感謝しております」


 けれども、と、イヴは通路の空中の闇に視線を浮かべたのも一瞬のことで、悠姫に視線を戻して、続ける。


「それと同じくらい、私は悠姫様に嫉妬している。のだと思います」


「それは……」


 それは、あまりにも人間らし過ぎる感情で、悠姫は言葉を失う。


「私がクラリシア様にして差し上げられることは、傍に居ることくらいしかありません。けれども私では、クラリシア様を笑顔にしてあげることは出来ないのです」


 そんなことはない。と、そう言ってあげられるだけの理由を、悠姫は持っていなかった。


 フィーネとの付き合いは長いが、イヴとはまだ一月にも満たない付き合いだ。


 イヴとフィーネの付き合いがいつからなのかわからないが、二人の間柄のことはほとんど知らない。


 それなのに安易に気休めの言葉をかけることなんて、悠姫には出来なかった。


「……ごめん」


 それでも。


 大切な人が泣いていても自分には何もできない。


 一番傍に居るのに何も出来ない。


 その無力感は想像に容易い。


 悠姫にはフィーネを笑顔にしてあげることが出来るのに、自分には何もできない。


 だから、嫉妬しているのだと。そう告げるイヴは到底作られた人格などには見えなく、どこまでも人間らしくて、悠姫は自分の認識と失礼な考えをしていたことを謝る。


「悠姫様はおやさしいですね」


「……わたしは、そんなんじゃないよ」


 それは決して謙遜から出た言葉ではなかった。


 イヴに話を聞かなければ、フィーネが泣いていたことなど知ることも、知ろうとすることもなかった。それどころか何も知らないままに悠姫はフィーネに地雷を踏み抜くような質問をする可能性があったのだ。


「やさしくない方なら、そうやって悩んだりはしないと思います」


 言って、悠姫の内心を知らないイヴは、揺れる悠姫の目を見て続ける。


「悠姫様がクラリシア様の騎士でよかったと、私は素直にそう思っています」


「イヴ……」


 ずきり、と痛む胸の痛みはきっと、知ろうとしなかった、心のどこかでフィーネのことをちゃんと思ってあげられていなかったという自分の認識の甘さに対してだ。


「行ってあげてください。クラリシア様もきっと、悠姫様を待っています」


 恭しく礼をして送り出そうとするイヴに背を向け、悠姫は少しだけ進み、それから、


「わたしはイヴとフィーネの関係をまだあまり知らないけど、それでも、きっとフィーネはイヴのことを大事に思ってると思うよ」


 振り返り言った言葉に、イヴは意表を突かれた顔をした後、


「ありがとうございます」


 今日、初めてぎこちなくではあるが、微笑んだのだった。




「うぅ……」


「フィ、フィーネ!?」


 聖櫃の中心部、幾何学的な鉄支がキンキンとオルゴールのように音を奏でる、第一の聖櫃。クラリシア=フィルネオスが封印されている球体――から、離れた隅っこの方で、当人、フィーネが膝を抱えて蹲っているのを見て、悠姫は一体何が起こったのかと戦慄して駆け寄った。


 まさかこんなところにモンスターが!? と思い周囲を見回すがそれらしき姿はなく、フィーネにも特に外傷があるようには見られない。


「大丈夫!? いったい何があっ……た……の?」


「何があったのも何も……」


 詰問の勢いでの問いかけは、覗き込んだフィーネの表情を見たら自然消滅した。


 独白のようにそう呟いた後、フィーネは悠姫を振り返って、こう叫んだ。


「イヴも悠姫様も、何を話してるんですかっ!」


「えっ」


「えっ、じゃないです! 聖櫃の中のことなら私は全部わかるんですから……ああ、あの子は何で悠姫様にあんなことをあああ……」


 顔を覆う姿に少しだけ可愛らしいな、と思ったのも束の間。フィーネは真っ赤になった険しい形相で悠姫をにらみつける。


「悠姫様!」


「は、はい?」


「忘れてください」


「や、その」


「忘れてください」


「えー、それは」


 無理かなー?


「もしくは責任取ってください。とんだ辱めを受けた、責任を取ってください!」


「えぇ!? というか、そもそもわたしのせいなの!?」


「だ、だって、あんな……うううううう……」


「や、まあうん。それはそういう反応になるかもだけど」


 悠姫だって、コージロー辺りにいきなり秘密をばらされたなら、今のフィーネと同じような反応になるだろう。けれどもいつも落ち着いていて微笑んでいるイメージしかなかったフィーネが、百面相している姿は可愛らしく、不謹慎ながらも頬がにやけてしまうのを抑えられない。


「悠姫様。何にやにやしてるんですか」


「に、にやにやなんて、して……る?」


「してます。すごくしてます。いやらしい」


「い、いやらしくはないと思うけど」


 両手で顔を挟み、緩んでいると言われた頬を引き締める。


「ほら」


「すごくにやけていますね」


「…………」


 冷めた声で言われて、悠姫は早々に諦めた。


 珍しく気まずい雰囲気が、途切れ途切れのオルゴールの音のBGMの中を行ったり来たり。


 これまでフィーネに会いに来た時は気まずい雰囲気になったことなどなかったので、どうしようかと思考をあちらこちらに。


 そうこうしていると、フィーネがおもむろに両手を広げて、悠姫をじっと見つめる。


「はい」


「えっと?」


「責任を取って、私が満足するまで抱きしめてください」


「えぇ!?」


 唐突なお願いに、悠姫は戸惑う。


「悠姫様は、私の騎士でしょう? だったら私のケアもちゃんとするべきです」


「や、あー、うー……」


 フィーネにそこまで言われると、悠姫としては頑なに拒絶するのも悪いのではと思ってしまう。


 フィーネは、ずっとこの第一の聖櫃で一人っきりで居た。


 かつての仲間たちである【欠けた十一の聖櫃】はもうこの世界にはいなく、たった一人でこの世界をずっと見守ってきたのだ。


 そのフィーネが頼ることが出来る人物。それが欠橋悠姫なのだ。


「……よし、おいで!」


「はい」


 悠姫は決意を決めて、両手を広げる。


 抱き着いてきたフィーネに対して、悠姫は背中に手を回して、抱き締める。


 そして、思いの外小さなその身体を悠姫は意外に思う。


 世界を創った神々の一人。人類を創造した、母なる神。第一の聖櫃。クラリシア=フィルネオス。人々に神と崇められる彼女の肩は、驚くほどにか細く、抱き寄せた身体は、たった一人で世界を見守っているとは思えないほどに小さく、どこにでもいるような普通の少女のように思えた。


 イヴはフィーネが、誰も居ない時に悲しみで涙を流していると言った。


 その悲しみの涙がどこから来ているのかわからないが、その悲しみが少しでも和らげばいいと思う。とはいえ、


「……フィーネ? そろそろいい?」


「ダメです。後10分くらいはダメです」


「うーあー」


 アリスやアリサ相手ならば妹と接しているくらいの気持ちになれるが、相手は少なからず好意的に思っている相手である、フィーネだ。


 どぎまぎしていると、耳元でフィーネが囁く。


「――悠姫様。暖かいですね」


「――――」


 その声には、どこか途方もなく遠くへと想いを馳せるかのような、今まで一度もそんな暖かさに触れたことがなかったかのような感情が込められていて、悠姫は胸を締め付けられるような気持ちになり、少しだけフィーネを抱き締める腕に力を込める。そして思う。


「……ふふっ」


 うれしそうなフィーネの笑い声を聞き、まあ、たまにはこういうのもいいか、と悠姫はフィーネが満足するまでそのままフィーネを抱き締め続けるのだった。


 因みにその後数分後にはフィーネの髪を撫でて「さらふわ……!」とか言いながら目を輝かせていた辺り、悠姫は大概節操なしだった。




「お、戻ってきたな。悠姫さん」


「遅いですわよ。欠橋悠姫!」


「ごめんごめん。少し野暮用でね」


 第一の聖櫃から戻ってきた悠姫を迎えたのは、久我とリーンのそんな言葉だった。


 二人に軽く謝りつつ、悠姫は空いてる席に座り、図書館内に視線を向ける。


 図書館に備え付けられているソファには、いつものASの面々。


 そこに【HN】からセリアとノアと……あと一人、見知らぬ人物がいた。


「セリアとノアはともかく、誰?」


「は、初めまして! よろしくお願いしますっ」


 セリアから、連携訓練をしたいという要望があったので、悠姫は図書館へと戻ってきたのだが、セリアとノアは面識があったけれども、あと一人の金髪碧眼の[妖精族]の少女はこれまで一度も見たことも会ったこともない人物だ。


「あ、悠姫さん。彼女はわたしが誘ったんだ」


「リコの知り合い?」


「うん。ほら[妖精族]ってリリネア大陸スタートでしょ? だから暫く組んで動いてたんだ。ね。リリカ?」


「は、はい。おにい……兄と一緒にやるつもりだったんですけど、仕事で暫くできなくなっちゃったところをリコに拾われて。あ、一応引継ぎ組で、[妖精の森人ハイエルフ]の回復職をやってるので、ヒーラーでどうかなって」


「なるほどね」


 話を聞いていると、すすすとアリスがやってきて、自然な流れで悠姫の膝の上にすとんと腰を落とした。シアの人を殺せるような視線が怖いが、悠姫はそれを黙殺する。


 目の前のアリスの髪を撫でつつ、考える。


 CAOのパーティシステムは、基本的に六人一組となっている。


 悠姫のギルドのメンバーは今、悠姫、ひより、シア、リーン、久我、ニンジャ、リコ、アリス、アリサの9人だ。ここにメアリーも密かに狙っているが、まだギルドに入ってくれる様子はなさそうだ。


 そうなると必然的にパーティを二つに分けることになるのだが、問題は悠姫のギルドにはメインヒーラーがシアしかいないということだ。


 シアのメインクラスである[空の癒し手]は、範囲回復を得意とする職業だ。


 パーティ外を巻き込むことの出来る範囲回復もあるとはいえ、バフ系のスペルはパーティメンバーのみに作用する物も多く、2パーティ分を支援することはシステム的に難しい。


 一応リコがバフと持続回復が出来るが、本職に比べるとかなり劣る。


 それをわかっていたからこそ、リコはヒーラーを探す手間を省く為に知り合いのヒーラーであるリリカを誘ったのだろう。


「でもそういうことなら大歓迎でござるな。どういった支援が出来るのでござるか?」


「[妖精の森人]は持続回復をメインとした、バフデバフ、持続ダメージ系のスペルが多い職業かな。持続回復のヘイト上昇がかなり少なかったり、耐性ダウンのデバフを入れられたり、持続ダメージも、サブ火力くらいにはダメージが出せたりもします」


「へー! それは便利だね」


 リリカの説明を聞いて、悠姫は素直にそう感想を漏らす。


 いわゆる純ヒーラーではないが、リコのシルフィードに比べると、支援、回復寄りになっているのだろう。デバフは相手によってはだいぶ効果が薄い、もしくはレジストされてしまう可能性はあるが、今までパーティに居なかった役割である。純粋にありがたい。


「だったらパーティ的には、ヒーラーを分散させる意味でも、組み慣れてるリコとリリカがセットで組むとして、他は入れ替えながらお試しって感じかな」


「俺と悠姫さんも前衛で別れるな」


「そだね。後ひよりんとセリアも魔法火力で分けるとして、1パーティ目がわたし、シア、ひよりん、ニンジャ、アリス、アリサってところかな?」


「やったら残りはうち、ノア、リコ、リリカ、久我、リーンってところやな?」


「ふむ、このパーティなら、ニンジャ様とリーン様を入れ替えても良いのではないでしょうか」


 そう言ったのは、今まで静観を決めていたノアだ。


「理由は?」


「こちらのパーティは久我様が前衛ですが、崩れた場合は私が代りに前衛を承ることが出来ます。しかしそちらはそうもいかないでしょう?」


「え、ノアは前衛も出来るの?」


「誤解してる人も多そうですが、[キリングメイド]は万能職なので、近接のメイン武装は斧です」


「えぇ」


 戦う姿はコロッセオでしか見たことはないが、てっきり悠姫は彼女をニンジャと同じようなタイプと見ていた。


 ニンジャも物理戦闘職ではあるが、戦闘スタイルはヒットアンドアウェイの一撃離脱型で、とてもじゃないが前衛として相手の攻撃を引き付ける役割は果たせないのだ。


 斧を振り回すメイド服の女性は、余りにも違和感がありすぎだろう。


「元々ノアは近接職やったんやけど、サクヤの護衛をするようになった辺りから状態異常系のスキルにも振り始めてなぁ。それの影響か、二極のスキル構成になっとるっちゅー訳や」


「そういう訳です」


「なるほどねぇ……」


 CAOのRE:Birthシステムは、これまでの行動によって、自分だけのユニーククラスを得ることが出来るシステムだ。


 それ故に本人の意図してないユニーククラスが出ることもあるのだが、ノアは存外気に入っているようで、無表情でダブルピースをキメていた。


 何はともあれ、前衛も出来るというのならば、それは素直にありがたい話だ。


 悠姫の方のパーティには、まだ経験の浅いひよりやアリス、アリサも居る。


 悠姫が崩れた場合に、前衛としても立ち回ることが出来、かつ普段から広い範囲をカバーできるリーンが居た方が、色々と融通も利く。


「じゃあリーンはこっちパーティで。ばいばいニンジャ。ようこそリーン」


「捨てられたでござるー」


「仕方ないですわね。欠橋悠姫」


 言いながらニンジャはさほど気にした様子もなく、セリアのパーティ申請を受けて引き取られて行った。少しうれしそうににやにやした笑みを浮かべながら、リーンがこっちにやってくる。


「でも、2パーティに分けるのはいいですけど、レイドはアルガスとかで試してみる感じですか?」


「や、どうせだからもうちょっとだけ難易度上げて、取り巻きの居るハーフレイドゾーンでもいいんじゃない?」


「ハーフレイドゾーン、ですか?」


 悠姫の言葉でわからないところがあったのか、ひよりがその部分を復唱する。


 アリスとアリサも居るので、悠姫は出来る限りかみ砕いて説明をする。


「そそ。フルレイドが6人×4パーティの24人に対して、ハーフレイドはその半分。6人×2パーティの12人で組むレイドパーティのことで、そういった多人数パーティで挑むエリアの事を、レイドゾーンって言うんだ」


「えっと、この前行ったレイドボスとは、違うんですか?」


「そうだね。ダンジョン、フィールドでもフルレイドを組まないと倒せないような凶悪なレイドボスも居るけど、そういうところは特に人数制限も無く、極論、パーティを組んでなくても何人でも一度に戦闘に参加できるけど、レイドゾーンは初めから入場人数が決められてるんだよね」


 レイドゾーンの際たる特徴は、その人数制限だろう。


「レイドゾーンには種類がいくつかあって、ソロ限定のところもあれば、さっき言った2パーティで戦うハーフレイドゾーンや、多い所だと144人まで参加出来るレギオンレイド、[時の迷宮]何かは有名だね」


「ひゃ、144人ですか!?」


「そそ。24人のフルレイドパーティ×6で144人だね。って言っても、さすがにそこまでになるとわたしもあんまし参加したことはないけど」


「144人……想像もつかないです」


 ぽつりとアリスが悠姫の膝の上で言う。


 何度か助っ人で呼ばれたり、主催として参加したこともあるが、あくまでも悠姫のメインはレイドではないので、そこら辺はレイドギルドの方が慣れているだろう。


「でもって、そういったレイドゾーンは大体、インスタンスダンジョンになってるって感じだね」


「インスタンスダンジョンは、パーティ毎に一時的に生成されるダンジョンのことやね。せやから中で他のプレイヤーに会ったりすることはないわけや」


 ひより達初心者組の疑問を先もって、セリアが補足するように説明する。


 インスタンスダンジョンは一日の入場制限はあるものの、他パーティと揉め事になりづらいのはありがたいところである。


「ハーフレイドな。だったらレベル制限も緩い[ワームホール深部]とか、ちょうどいいんじゃないか?」


「せやな。スカラベクイーンやったら、取り巻き処理の練習台にもちょうどええやろ」


 久我の提案に、火系の魔法の通りもええしな。と続けるセリアに、隣のリーンが大きな声で反論する。


「わ、わたくしは反対ですわ! あんな巨大な虫まみれな所……っ。久我! アナタわかってて言ってるでしょう!」


 以前にも猛反対していたこともあって、リーンが明確に反対の意思を示す。


 虫が嫌いなリーンにとって、[ワームホール]は地獄でしかない。


 何せ出てくるモンスターは全て、虫系のモンスターしかいないのだ。


 以前行った[迷宮の樹海]でも昆虫系のモンスターは出て来ていたが、サイズもそこまで大きくなければ数もまばらなので何とか我慢出来ていた。けれども[ワームホール]は違う。[ジャイアントワーム]や[スカルスパイダー]をはじめとする[ポイズンセンチピード][幻踊蛾][ミュータントアント]等、どれも人の身体くらいか、それ以上ある巨大な虫のモンスターばかりなのである。


 もちろん、レイドゾーンでもそれはかわらず、むしろ通常マップよりも大型の虫モンスターが出てくるのだ。


「でもなぁ、実際ちょうどいいくらいの難易度だしな」


 久我もリーンが虫を苦手なのはわかってはいるが、けれども[ワームホール]はレベル的にもレイドゾーンの難易度的にもだいぶ都合がいい場所ではあるのだ。


 要求レベルが70から参加出来る上に、装備も今の装備よりも良い物が出やすい。


「昆虫系は魔法もそんなに使わないから、後衛にタゲが行きにくいのもいいですよね」


「刀系の装備が落ちる可能性があるのも、拙者的にはうれしいところでござるな」


「くっ、だ、だとしてもですわ! あんな……っ」


 同意するリコやニンジャの言う通り、[ワームホール]のモンスターは魔法をあまり使わない分、装備も必須なものが無く、モンスターのレベルも70~90だし、装備も色々な種類がドロップするので、装備を整えるという点でも結構良狩場なのだ。


「リーン。戦場では、好き嫌い言ってられる場面が無いことも多いんだよ。たとえ相手が巨大なゴキのような見た目をしている[キメラコックローチ]だとしても!」


「ひゅっ……!」


 特に苦手な虫。多くの人が苦手と思っているであろう、台所などに出没することがあるあの黒い虫がまんま大きくなった見た目のモンスターを思い出し、リーンは小さな悲鳴を上げた。


 PC越しだったら大したことがなかったのだろうが、VR化した今のCAOでは、虫なんかは特にかなりリアリティがあって、正直悠姫でも気持ち悪く感じることがある。


 とはいえ、表現の緩和といった救済措置などもないので、対応策としては避けるか、慣れるかの二択となってしまうのが現状だ。


「と、とにかく! わたくしは絶対に行きませんわよ!」


「えー……」


 頑なな態度に、悠姫は少し考えた後、攻め方を変えてみることにした。


「うん、じゃあ、リーンは今回パスかな」


「え?」


 ぽかんとした表情で、リーンは呆気にとられた声を出す。


 それに対して悠姫は笑顔を作る。


「嫌いって言ってるとこに無理矢理連れて行くのも悪いしね。ごめんねリーン。メアリーでも誘ってみよっか」


「え、え?」


「ということで今回は留守番で」


「――っ! わ、わかりましたわ! い、行けばいいのでしょう!? 行きますわよ!」


「わーい。やったね」


「……ゆうねーさま、鬼畜なの」


 悠姫は正しく鬼だった。行先を変えることも出来たのに、[ワームホール]のレイドゾーンに行ってみたいがためだけに、悠姫はリーンを煽って決定させた。


 若干引き気味に呟くアリスの頭を撫でながら、悠姫は手を振る。


「よし、じゃあ30分後にまたここに集合で、いったん準備の時間にしようか」


「せやな。パーティ毎に相談して買い出しにいこかー」


「アリスとアリサとひよりんは初のレイドゾーンだから、わたしと一緒に買い出しに行こうか。シアとリーンはまあ、大丈夫だろうから各自用意をお願い」


「わかりましたわ」


「くっ……ユウヒ様と別行動なんて……」


「はいはい。シアはわたくしと買い出しに行きますわよ」


「あはは……じゃあ、わたしたちも行こうか」


「はい! よろしくお願いします」


「よろしくお願いします、ゆうねーさま」


「よろしく! ゆうおねーちゃん」


 連れていかれるシアを乾いた笑いで見送って、悠姫たちも[ワームホール]のレイドゾーンに向けた準備を始めるのだった。

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