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Crescent Ark Online  作者: 霧島栞
第三章・下[試練]
37/50

十一話[福利厚生]

「えうー、もうかえりたいぃ……」


 その夜、喫茶雪うさぎ改め、バー・スノーラビッツではぐねぐねと悶える奇妙な生物の姿があった。


「……おい。もうちょっとぴしっとしろよ。まだ疲れてるのか?」


「疲れてません。ちゃんと寝ました。ちょお寝ました! おかげですっきりしましたありがとうございます!」


「何で半ギレなんだよ」


「だってレイドが……はぁ」


 呟きながら、悠火は深い溜め息を吐く。


 時刻はとっくに夜の8時を過ぎていて、悠火の制服も、夜仕様の執事服もどきに変わっている。服装に似合わないからと髪形も変えられていて、いつもならばストレートのままの真っ白な髪は、今は後ろでまとめられている。


 黙って背筋をしゃんとしていれば、やり手の秘書かキャリアウーマンにでも見えなくも無いかもしれない。


 が、あいにく今の悠火はご機嫌ナナメ。憮然としてしまっていて、愛想成分は大幅カットされている。


「そもそも、夜の部でわたしが働く意味ってほとんど無くない? 来るのは店長の知人だけだし、向こうも店長と話しに来るだけでしょ?」


「ぶつぶつ文句を言うなよ。そもそもお前が寝坊したのがいけないんだ。自業自得だろう。後マスターって呼ばないと、親父が拗ねるぞ」


「うぅぅ……」


 ちらちらと時計を見ては落胆する悠火の様子に、コージローの溜め息は止まるところを知らない。


「まあまあ、悠火様。レイドはまた明日以降にでもいけますし、気を落とさないでください。ほら、今日はみんなも別々に狩りに行ってるみたいですし」


「それはそうだけど。むしろ紫亜こそ、何でここに存在してるの?」


「え、存在からですか? わたしは悠火様がいつもと違う格好をすると聞いたので、これは寝ていられないと思って待機してたんですけど」


「永遠の眠りにつけばいいのに」


「酷い!?」


 レイドに行けなかった不機嫌さも相まって、悠火の言葉の辛辣さも数割増しである。裏を返せば紫亜だからこそ、辛辣な言葉も軽口のように叩ける信頼感があるというところもある。


「ねね、コージロー。紫亜は帰さなくていいの? 紫亜みたいな痴女置いといたら、お店の品格が下がらない? 大丈夫?」


「さ、さらりと酷いこと言いますね悠火様」


「理月さんは、あー……本人が好きで残ってるんなら、いいんじゃないか?」


「後、そういえばなんだけど」


 言いながら悠火は、店内を見回す。


 喫茶店として開店していた時間帯と内装は変わらないものの、天井に付けられたライトの光量が若干調整されており、店内の様子は昼に見るよりも落ちついた雰囲気だ。


 光量一つでがらりと雰囲気が変わるのだから不思議なものだ。


 と、そう思って、悠火はCAO内のダンジョン、傾木の集落を思い出して納得する。


 確かに光量一つで雰囲気ががらりと変わる例ではあるが、真っ先にCAOのマップが出てくる辺りさすがネトゲ廃人だった。


「ねぇコージロー。そもそも店長の姿もないし、今日は誰が来るの?」


 先にも言った通り時刻は既に8時を過ぎている。それにも関わらず、一層落ちついた雰囲気を醸し出す店内にはお客さんの姿は見当たらない。


 前にも何度かコージローの親父さんの願いでバータイムにシフトを入れたことはあったが、この時間まで誰も来ないということは無かった。


「あー誰が来るか、か」


「え……なにその反応」


「それな」


 言ってコージローは、笑みを浮かべた。


「……え、それな。ってなに! 何かすっごい嫌な予感がするんだけど!」


「ははは、それな」


「何その反応!? ちょっといらっとするね!?」


 珍しく言葉を濁すコージローに、悠火の表情が険しくなる。


「も、もしかして前みたいに良くわからないウェイ系の白人で、髪をくしゃくしゃに撫でてくるような変な人じゃないよね!?」


「そ、そんな人が来るんですか!?」


「いや、あれは珍しいケースだからそうそうないし、違う。というか、まあ別にユウにとっては困る相手でもないんじゃないか?」


「え、ええ……? や、何でそんなもったいぶるの」


 悠火がやきもきしているのを察したのか、コージローは言葉を続ける。


「まあ、偶然というかなんというか……俺は詳しくは知らないんだが、ユウと知り合いであるのは間違いないぞ? というか、結構な付き合いの相手なんじゃないか?」


「え? わたしの知り合いでそんな人居る? 付き合いが長い人なんて、コージローくらいしかいないと思うんだけど」


「それはそれでどうなんだ?」


「えっと、一応聞くけど、店長の知り合いではあるんだよね?」


「まあ、そうみたいだな。ユウと面識があるってことを説明されて、会いに来るんだと」


 知っている相手とのことだが、コージローの父親で、悠火が知っている人物なんてそうそういない。ほとんどが所属する企業の名前を聞いて、ようやく名前だけ知っているようなレベルである。


 逆もまた然り。先方が悠火のことを知っていて、あまつさえ面会を希望される覚えなんて、悠火には一切無い。


「ていうか、待って。え、その人はわたしに会いに来るの? 店長じゃなくて?」


「そうだな」


 その時点で、悠火は満面の笑顔を浮かべて、コージローに問うた。


「帰っていーい?」


「ダメだ」


 もちろん、返ってきた答えはNOだった。


「……や! 店長の社交場でわたしに会いに来るとか、意味わかんないでしょ! せめて誰が来るのか教えてくれてもよくない!?」


 無慈悲に告げるコージローの前で暫く笑顔のまま固まっていた悠火だったが、直後、手を振りかざして抗議を始める。


「いや落ち着けよ、ユウ」


「お・ち・つ・い・て・ま・す。わたしに会いに来る人に心当たりなんてないし、よしんばあったところでわたしに会ってどうするのって切に問いたいんだけど。こんなネトゲ廃人に会ってする話もないでしょ?」


「そうだがな」


 堂々と胸を張って言う事でも無かったが、けれどもコージローは即座に肯定する。

その反応に悠火は少しもやっとしながらも、自分の言ったことなので訂正も出来ずに頬を膨らます。


 ――と、そんなことをしていると、やや控えめにだが、扉の開く音が聞こえてきて悠火はどきりと跳ね上がる。


「き、来ちゃったじゃないコージロー!」


 髪の乱れを手で整える仕草を無意識でやりながら振り返り見て、その手がはたと止まった。


「ん? ……何か、タイミングが悪い感じだったか?」


「……え? 何で久我が居るの?」


 ベルの音と共に店内に入ってきたのは、先日UFLで初めて現実で会った青年。


 少し気まずそうな顔をした久我要が、愛想笑いを浮かべていた。




「それで、何で久我がわざわざわたしに会いに来たの?」


「まあ、ちょっとした挨拶と謝罪、後は少し話をしにってところか?」


 がらんとした店内のカウンター席に座り、席の隣に立つ悠火の方を向いて、久我は問いに答える。


 因みに紫亜は既に帰らせている。


 別に居てもいいのではと思ったが、久我の要望もあって、紫亜には帰ってもらったのだ。


「謝罪って、何かされたっけ?」


 何か謝られることがあったっけ。と悠火は思考を記憶のサルベージへと回すが、特に思い当たる節はない。


「レイドでも久我の打ち合いは予想以上に効果的な立ち回りだったし、別に謝られることなんてない気がするんだけど」


「いや、CAO内じゃなくてな」


 現実でも真っ先にCAOの話が出てくることに苦笑を浮かべつつ、久我は続ける。


「あれだ。この前のUFLの件だな」


「UFLの件?」


「ああ。鈴音のやつ、学園以外で外に出るっていうから珍しいと思ってたが、たぶんあれだろ? 鈴音は悠火さんがUFLに行くっていうのを知ってたんだろ? たぶんそれで鈴音も会いに行こうと思って、UFLに行ったんだろうからな」


「それはまあ、そうなのかなーとは思ったけどね」


 実はUFLに行ったあの日、最後に別れる時に、悠火は鈴音から『クレセントアークオンラインBGM集全16枚コンプリートボックス』という、サントラ集を借りていた。


 前にリーンと[第一の聖櫃]に行ったとき、一度話題になったのでそれを覚えていたのだろうかとも思ったが、少し考えるとおかしいことにすぐ気が付く。


「あのサントラ結構大きいし、あんなの持ち歩いてるはずないもんね」


「だろ。ま、それだけ会いたかったんだろうけどな」


 やれやれ、と久我は肩を竦める。


 そこにコージローがつまみを乗せたトレーを片手に現れる。


 出てきた料理に、久我は少しだけ興味深そうな表情を浮かべる。


「ねぇ、コージローそれなに?」


 二つあるうち片方はチーズの盛り合わせだが、もう一つはトマトを使った何らかの煮込み料理で、つまみ。というにはしっかりした料理に見える。


 久我の代わりでもないが尋ねると、コージローは答える。


「ああ、春野菜のラタトゥイユだな。ワインに合うんだ、これが」


「へー、そうなんだ」


 悠火はまだ19なのでお酒を飲めないが、ランチタイムでは見ない料理に興味がそそられる。


「ていうかコージローもまだ19でしょ。何でワインとの相性なんて知ってるの」


「ははは」


 コージローは笑顔のまま小皿を取り出し、ラタトゥイユを小分けにし、箸と一緒に悠火の前に滑らせる。露骨な賄賂だった。


「え、いいの? 営業中だけど」


 普段ならばお客様の目の前でつまみ食いなんて言語道断だ。


 コージローと久我を交互に見ると、久我が自分の分の皿に手を付けながら言葉を返す。


「いいんじゃないか? 俺も客として来てるっていうより、知人に会いに来たって感覚だしな……おお、うまいなこれ」


「ありがとうございます」


 コージローが営業スマイルで返しつつ、ワインの準備に入る。


「でしょでしょ。コージローの料理の腕はピカイチなんだから」


「おいやめろ。恥ずかしいだろ」


 言いながらもコージローは姿勢を正したまま、ワインをデキャンタに移してゆく。高い位置からガラスの壁に触れて注がれる白い液体に、悠火は、良くあんな曲芸みたいなこと出来るなぁ。と関心を抱きつつ、自分も春野菜のラタトゥイユを一口。


「あ、おいしい」


 トマトソースの酸味の中、野菜の甘味がしっかりと残っているのがいい味を出している。


 そうこうしているうちにワインの準備も出来たらしく、コージローが久我の前にワインを置く。


「どうぞ」


「いや、謝りに来たはずなんだが、ありがたいな」


 ワインに口をつける久我を横目に、悠火は尋ねる。


「そういえば、今日はリーン……鈴音は来てないんだね」


「ああ、まあ、神宮家の中でも鈴音は少し特殊な立ち位置でな。その辺の話も少しあって、紫亜さんには帰ってもらったんだ」


 苦笑気味に久我は言って、チーズを一つ口に放り込む。


「鈴音って、やっぱりいい所のお嬢様って感じなんだね」


「大体の我儘が通るくらいにはな。基本的には欲しい物は言えば手に入るし、時間的な制限も無いが……外出関連に関してだけ、かなり厳しくてな」


 悠火はあまりそういった家柄に関して知識がある方ではないので、そんなものなのかと考えていると、久我はそんな悠火の思考を察したのか言葉を続ける。


「簡単に言うと、神宮家は日本の旧家、巫女の家柄で、鈴音はその直系。神宮以外の土地の空気を吸わせたくないって考えだな」


 言葉には少し棘が含まれており、久我としてはあまり良く思っていないのだろうことが聞いて取れる。


「しかもあの頭の硬い老害共、悠火さんやひよりさんの周辺まで調査しようとしやがったからな。それを俺が制止して、先んじて謝りに来たって訳だ。ということで本当にすまん」


「え、そんな話になってたの?」


「心配性というか、なんというか、本当に融通が利かないんだ。先に説明してたら良かったんだろうが……鈴音はツンデレだからな」


「あはは、別にわたしは気にしてないから良いけどね」


「そう言ってくれると助かる」


 自分の身辺が調査されそうだったと聞いて、良い印象を持つ者はいないだろう。


 悠火の返答に、久我はほっと息を吐く。


「正直調べられて困るようなことも無いし、むしろ久我も大変なんだなーって気持ちしか湧いてこないけど」


 横でコージローがお前、自分の性別何だったか覚えてないのか? と怪訝な顔をしていたが、悠火はそれに気が付かずに、しれっとそう言った。


「悠火さんだけだぜ、わかってくれるのは……」


 遠くへ視線を向けつつグラスを傾ける久我に多少の同情の念は否めないが、UFLでの鈴音とのやり取りなどを見るに、心から厭っている訳ではないのだろう。


 ラタトゥイユの最後の一口をぱくり。髪を僅かに揺らしながら、悠火は久我に問いかける。


「それで、話ってそれだけなの?」


「いや、口での謝罪だけだと誠意が足りないと思ったから、CAOのサントラはそのまま貰ってくれて良いぞ」


「あれ貰っていいの? 確か結構な値段だった気がするけど」


「まあ保存用にもう一つあるし、まあ気にする値段じゃないとだけは言っておこう」


「うわ、わたしも言ってみたいそんな台詞」


「CAO内だと割と言ってる気がするけどな」


「現実とゲームの区別は付けないとダメだよ、久我」


「悠火さんにだけは言われたくない台詞だな」


 言って笑い合いつつ、せっかくの厚意なので悠火はありがたく頂戴することにした。


「後は、他にも色々用意は出来るんだが、悠火さん今何か欲しい物とかないか?」


「帰ってレイド行く時間が一番欲しい」


 躊躇いも無く出てきた言葉に、久我が笑みを浮かべ、コージローが頬を引き攣らせる。


 何が欲しいと聞かれて、レイドに行く時間が欲しい、と答えが返ってくることなんて、ほとんど誰も経験したことがないだろう。


 当然久我も初めての経験だった。


「いや、でも確かに、昨日のドロップ率だと今日も回りたくなるよな。マジわかるぜ悠火さん」


「でしょ? 昨日のレアドロップは後衛寄りの物が多かったから、次は武器とか出るところに行きたいよね」


「わかる。素材を取りに行ってはぜっちに依頼でもいいが、まだレイド装備の方がステはだいぶ高いからな。とりあえずアルガスは剣も落とすから回りたいところだな。後はニンジャの武器辺りか」


「刀系はねー。【怨霊武者】とか【サムライマスター:クオン】とかそこら辺が鉄板だけど、まずジパング大陸の渡航書が必要になるからなー。クエストから始めないと」


 CAOの話題で盛り上がる二人に、コージローはそういえば久我もCAO廃人だったな。と空いたグラスにワインを注ぎ、ふむ、とつまみの皿を見る。


 ラタトゥイユは好評で、悠火は食べきり、久我も後少しになっている。


「何か追加でつまみを作ってくるか」


「あ、わたしお肉系がいい」


 コージローの独白に悠火のリクエストが乗せられる。


 ちらりと久我の方を見ると、苦笑しながら頷いていたので、そちらも問題なさそうだった。


「了解。少し待ってろ」


 ……少し多めに作るか。そう考えつつ、コージローは厨房へと消えていった。


「そうだ。もう一つ悠火さんに話があったんだが、今のうちにいいか?」


「ん? どしたの?」


 今のうちに、という言い方を少し不思議に思いながら、悠火は久我に聞き返す。


「これに関しては本当に良ければなんだが、悠火さん、鈴音の世話係をしないか?」


「……え!?」


 一瞬言われていることが良くわからなかった。


 悠火の思う鈴音との関係は、嫌われてないような気はするものの、好かれているかと言ったら微妙な気がする。


「まあ、言うならメイドだな。執事服も似合ってるから、それでもいいんだぜ」


「ん、え? ちょ、とりあえず何言ってるかわからないけど、何でわたしが鈴音のメイドになるの?!」


「いや、まあなんだ。鈴音の叔父が、鈴音に友人が出来たことを喜んでてな。外に出られない関係上、世話係として働いてくれないかと。別に毎日じゃなくていいし、何なら週二回くらいで、送迎なんかは俺がやる。どうだ?」


「や、どうだって言われても」


 うーん、と悠火は考える。


「鈴音からどう思われてるかは置いといたとして、ここでの仕事もあるし」


「因みに給料は、こんなもんだ」


 久我は懐からメモとペンを取り出して、さらさらと数字を書き込み、悠火に手渡す。


「……うえ。久我、これ桁間違えてない? 二つくらい」


「週二でひと月だからな。足りないか?」


「いやいや、普通に考えて破格過ぎるから! どこにこんな金額をポンと出す人が居るの! 友達料高すぎでは!?」


「友達料って言うなよ……。いや、まあ本当にそれくらい希少な事なんだ。鈴音が現実で気軽に接することが出来る相手っていうのはな」


「うえぇ……」


 軽い気持ちで考えていたが、実際に提示された金額を見ると、結構深刻なようだ。


「うあー、うーん……えうー……。でもログインする時間が減るのは……」


 目も霞むような金額を提示されてなお、悠火はCAOのログイン時間が減らないかを心配していた。


「ああ、そこは大丈夫だろ。どうせ鈴音もCAOをやるし、一緒にやればいいんじゃないか?」


「えぇ、それでいいの?」


「仕事って言っても、鈴音と遊んでもらうくらいだしな。まあ、鈴音はツンデレで我儘だから慣れるまではそこは少し我慢が要るかもしれないけどな」


「えー……」


 条件だけ聞くと、週二回遊びに行くだけで下手な会社で働くよりお金が貰えるとか、他の者が聞けば耳を疑う話だ。詐欺と思われても仕方ないだろう。


「んん……少し悩んでもいい? シフトもコージローと相談しないとだし」


 即断即決してもいいくらいの好条件ではあるが、現状を変えるというのはやはり少し慎重になってしまうものだ。なまじ今の生活のサイクルに不満がある訳ではない悠火にとっては特に。


「ああ、急ぐ話でもないから大丈夫だ。ま、鈴音は寂しがりやだからな、考えといてくれ」


「またそうやって迷わせることを言う……」


 引きこもりなのかと思ったら、お家事情で外にもほとんど遊びに行けず、それ故に交流もない。だからCAOのようなネトゲにハマったのだろう。


「でも、リーンが巫女ねぇ……吸血鬼とは真逆の存在じゃない」


「ははっ、まあそこは当てつけなのかもしれないな」


 紫色の髪を靡かせ、血の刃を操り、モンスターを屠る姿は、どう取り繕っても巫女とつながる要素が思い当たらない。


「待たせたな」


「待ってました!」


「お、いいねぇ」


 そうこうしているとつまみを完成させたコージローが戻ってきて、悠火と久我は話を止めて骨付きのウィンナーと鶏肉の燻製に目を光らせる。


 そうしてその後一時間程、緩やかな談笑は続くのだった。




「はー……やっとログイン出来た……」


 すっかり夜も更けてしまったにもかかわらず、すでになじみの見知った道。

たまり場にしている図書館近くの街路を歩きながら、悠姫はそう言って大きな息を吐く。


 今夜の客は久我だけだったので、夜の営業は早めに終わったのだが、それでも閉店準備や帰ってから晩御飯やシャワーを浴びていたら時刻は23時を回ってしまっていた。


 誰が来ているのか確認をすると、久我以外の全員がログインしており、その久我も恐らくもう少ししたらログインしてくるだろう。


『てすてす。みんな今どこにいるの?』


『あ、ゆうちゃん? 今はみんなで図書館に居ますよ』


 試しにギルドチャットで声をかけてみたら、すぐにひよりから反応が返ってきた。


 前回ログアウトしたのが補給に行った直後だったから、悠姫は少しだけ急ぎ足で図書館へと向かう。


『ゆうおねーちゃん! おそーい!』


『ゆうねーさま。遅いです』


『ごめんごめん。すぐ行く』


 アリスとアリサも、昨日の時点で悠姫のギルド【AS】へと加入させておいてある。


『お、でもレベルが結構上がってるね? どこ行ってたの?』


 レベルを確認するとアリサが76、アリスが78になっていて、少し驚く。


『拙者とシア殿と一緒に、レニクス工場跡4Fに行ってたでござる』


『え、4Fまで行ったの? 良く行けたね』


 レニクス工場跡は、地下5Fまで存在する、機械型MOBが多く存在するダンジョンだ。


 大まかに区切って1Fがレベル20くらいまでの狩場で、2Fがレベル50までの狩場。そこまでがレニクス工場跡の上層と呼ばれており、初心者でも比較的手を出しやすい階層だ。


『ガンナー強くなりすぎじゃないですか? アリスちゃんのDPS、下手するとニンジャさんよりも出てましたよ。あれ』


『え、そんなに?』


『というか聞きましたよユウヒ様。アリスちゃんにあんなオーバースペックの武器を渡して……。しかも今回4Fの【バトルドールズ】から二丁拳銃もドロップしましたし、さらに火力が上がって……』


 レニクス工場跡の3F以降は、所謂下層と呼ばれる領域となっており、敵のレベルも一気に上がり、単純に火力の高いMOBが多い3F。人型のアンドロイドが連携を取るように襲って来る4F。そしてレベル90超えでも辛い大型機械MOBが闊歩する5Fという構成になっている。


 先ほどシアが言った【バトルドールズ】も、4体のドールによって構成された部隊で、こいつらの厄介なところは、リンク型であることと、そのリンク範囲が広いことだ。


 殲滅力が足りないといつの間にか複数の【バトルドールズ】によって袋叩きに合い、なすすべもなく死に戻りする羽目になるという凶悪なモンスターだ。


 レベルが76と78になっているといっても、行った当初はもう少し低かったはずだし、それで狩りになるのだから、悠姫もガンナーのポテンシャルを若干見誤っていたかもしれない。


『ねー、アリサはー?』


『む、アリサも優秀でござるよ。シャドウハイドからのネックハントで的確に数を減らせてたでござるからな』


『ええ。ええ。ニンジャさんもアリサに随分オーバースペックな武器を渡してましたしね』


『シ、シア殿! それは言わない約束でござるよ!?』


『……ロリコンニンジャ』


『ぐはぁ……』


『あはは』


 精神ダメージを受けて崩れ落ちるニンジャの姿が、満点の星空の闇に幻視出来たところでようやく【AS】のたまり場になっている図書館へとたどり着き、悠火は知らずにやけていた表情のまま図書館の扉を開けて中に入り――


「――やぁやぁ、待っとったで」


 そんな関西弁が聞こえた瞬間、悠姫は全力で身を引いて扉を閉めた。


「……や」


 図書館の中に何やら誰か居たような気がしたのだが、是非とも見間違いであってほしかった。


 悠姫は少しだけうなだれるようにして考えた後、


『――ねぇ、ひよりん? 何か図書館に居てはいけない人が居た気がするんだけどー?』


『え? みんな、ゆうちゃんが呼んだんじゃないんですか?』


『はい!? え、どどどどど、どうしてそんなことになってるの!? ……って、待って。みんな?』


 壮絶に嫌な予感がして振り返ると、今度は扉が向こうから開き、そこにいた人物が口を開く。


「――やぁやぁ、待っとったで」


 そこに居た人物、ギルド【HN】の廃人魔法使い、セリア=アーチボルトは、先ほどと寸分たがわぬ台詞で悠姫を迎えるのだった。




 図書館の館内は、かつてないほどの人口密度を誇っていた。


「……ちょっと、欠橋悠姫。これはどういうことですの?」


「ちょ、ま、だから、わたしにもわかんないんだって!」


 横から問い詰めてくるリーンの視線が痛いが、悠姫にしてもどうしてこんな状況になっているのか理解することが出来ないのだから答えようがない。


 中で待っていたのが【HN】のセリア=アーチボルトだけならば冗談話で済んだかもしれない。けれども図書館内に存在していたのは彼女だけではなかった。


「久しぶりだな。でもないか、悠姫さん」


「不躾だとは思ったが、勝手に待たせてもらっていたぞ」


 レイドギルドで有名な【AO】や【CoG】のギルドマスターのディーンやローカス、その他にも現在有り得るであろう上位の装備に身を包むプレイヤーの姿が何人も見て取れて、これから城でも攻めに行くと言われたら納得出来そうな錚々たる面々が、狭い図書館に集結していた。


「なにこれぇ……」


 待たせてもらっていた。とか言われても何の話か全然分からないんだけど。


 困惑する悠姫だったが、現実逃避してそらした、視界の端。本棚の陰に、見知った顔を発見して、一も二も無く詰め寄った。そしてWIS設定にして話しかける。


『――メーアリーちゃーん♪』


『メアリーなの』


 メアリーは、裏の情報屋では知る人ぞ知る名の知れた人物だ。


 闇に紛れるような漆黒の髪のをふわりと揺らし、メアリーは小首をかしげる。


『ええっと、メアリー、なんでこんなことになってるの?』


『――――』


 問いに、メアリーはついっと目をそらした。


 悠姫は最近知り合ったばかりだったが、何かと頼りになるメアリーには色々とお世話になっていた。

けれども、まさか。


『もしかして……メアリー、わたしのこと売ったね!?』


 本棚の影に連れ込んで、両手で逃がさないように壁に挟み、悠姫は問い詰める。


『さすが欠橋悠姫、察しが良いの』


『やっぱり! でも何でそんなことを』


『メアリーは最近こう思っていたの』


 続けようとしていた悠姫の言葉を遮り、そう前置いてメアリーは少しだけ拗ねたように続ける。その仕草は可愛らしくも見えるが、悠姫には可愛いと感じる余裕はなかった。


『欠橋悠姫は、最近メアリーを便利に使いすぎなの。何かあったらすぐにWISしてきて、ことあるごとにメアリーを使いっぱしりにしすぎなの』


『そ、そんなことないと思うけど』


 光を吸い込んでしまいそうなほどの漆黒の瞳に見つめられて、悠姫は視線をあちらこちらに彷徨わせる。


『目がじゃばじゃば泳いでるの』


 確かにメアリーの言うことはもっともすぎて、悠姫には返す言葉もなかった。


『だからメアリーはしょうがなしに情報を売ることで、福利厚生費にすることにしたの』


『福利厚生費って』


 そんなブラック企業じゃあるまいし、と悠姫は思ったけれども、前のコロッセオの件以降、素材の手配や露店情報等々、何か気になることがあったらまるでニュースサイトのようにメアリーにWISをして聞いていたのだから、悠姫がメアリーにとやかく言えることは何もなかった。


『悠姫が聞いてくることには、ほとんど情報料ももらってないから、実質ただ働き同然なの。欠橋悠姫の情報でも売らないと、このままだと情報屋は廃業なの』


『あはは……因みに、情報を売ったって、何を言ったの?』


 深刻そうに言うメアリーの様子に、悠姫は少しだけ自重しよう……と不憫に思いつつもさらりと問いかけた。


 悠姫の問いにメアリーは非難が色濃く出た視線を悠姫に向けながらも、観念したように溜息を一つ吐くと、しょうがないといった風体で話し始める。


『今回メアリーが売ったのは、近々欠橋悠姫がLGWに挑戦しようかと思っているということと、色々なレイドに向かったことなの』


『なるほど。いかにも好きそうな面子に言いふらしたんだね』


『【欠橋悠姫がまた愉快なことを考えている件について】ってメールを一斉配信してやったの』


『何そのダイレクトメール……!』


『一斉に食いついてきてくれたおかげで、装備が新調できそうなの』


 いったいどんな法外な値段で売りつけたのだろうか。いや、法なんてものはないのだから、いくら値段をつけようと法外ということもないのだろうが。


「――ゆうちゃん、そろそろええかな?」


「ゆ、ゆうちゃんて」


 陰でメアリーと喋っていたら、待ちくたびれたのか、セリアが笑顔で覗き込みながら言ってきて、悠姫は引き攣った笑みを浮かべながら、メアリーを解放して本棚の影から出てゆく。


「さて、と。メアリーから大体の事情は聞いたんやろ? ならうちらが何のために集まったか、大体わかるやんな?」


「えー。みんな集まってくれてありがとーはぁと。とか言うべきなの?」


「せやな。わたし、普通の女の子になります! でもええで」


「それ引退じゃない!?」


「あっはっは。まあ、それは冗談としてや」


 声のトーンが一段下がって嫌な凄みを出しながら、セリアは悠姫に視線を向ける。


「うちらも祭りに一役噛ませてもらわれへんかなって思って来たんやけど、どうやろ」


「どうもこうも、こっちとしてはまだ悩み中ってところなんだけど」


 アルガス=ガンディーヴァや、その後のレイドボス周りでレイド戦闘を試してみた結果から言えば、ある程度のレイドボスならば勝負になりそうなことはわかった。


 が、さすがにLGWが相手となるとそんな目算は通用しない。


 アルガスとLGWでは、まずそもそものステータスが違い過ぎる上に、取り巻きもまともじゃなければ、使ってくるスキルも半端なものではない。


 特に全画面に高倍率のダメージを与えつつ壁際までノックバックさせられる大海嘯なんて、装備がなければとてもじゃないが耐えられたものではない。


「ぶっちゃけ、勝率とか無いし、そうなると【AO】や【GoG】にとってもおいしい話ではないでしょ?」


「それは――」


「いやいや、悠姫ちゃん、そこら辺はみんなわかっとるよ」


 口を出そうとしたディーンの頭を押さえて、セリアは「せやから」と繋げる。


「なんやかんやゆーてもまだオープン開始から一か月も経ってへんのやから、無理なのは承知や。ここに集まってるみんなは、最高難易度のレイドを体験するのにええ機会やから集まったってところやね」


「……そういうことだ」


 セリアの代弁に、不満げにだがディーンが賛同する。


「なるほどね。ていうか何でこれだけレイドギルドの面々が居て、セリアが仕切ってるのさ」


 レイドの事となれば、セリアよりもディーンやローカスの方が詳しいだろう。


 不思議に思って問いかけてみたのだけれども、悠姫がそう問いかけた瞬間、図書館の中の空気が凍りついた。


「……欠橋悠姫。地雷を踏むのが上手いの」


「え」


 いつの間にか悠姫の傍に立っていたメアリーがそう言って、くすりと笑う。


「あっはっは、地雷ってほどのことやないけどな。悠姫ちゃんらが来るまでに誰が仕切って話するかゆー話になってたから、決闘で決めることになっただけやねん」


 セリアはあっけらかんと言っているが、それは勝者だけに許された特権だった。


 ディーンやローカスはもちろん、その後ろの腕に自信があったのであろう者たちも皆、凄い表情をしていた。


「うわぁ」


 恐らく皆、セリアと戦って負けたのだろう。


 悠姫自身もセリアと戦ったことがあるのでわかるが、彼女の強さは頭一つ抜きん出ていると言っても良い。


「悠姫ちゃんも、もっかいやってみるか? うちの新技が火を吹くで」


「うへぇ。この短期間でまた何か変なことやってるの……これだから廃人は」


 悠姫のギルドメンバーほとんどが後ろから「お前が言うな」という視線を向けていたが、幸いにして悠姫はそれに気が付くことはなかった。


「わ、セリアさん、新技ってどんなのなんですか?」


 そんな中で唯一、まだオンラインゲーム慣れしていないひよりが、無邪気に問いかける。


「え、そ、それはちょっとまだ秘密やねんけどー……」


「え……そうなんですか」


「あー……うー……」


 しょんぼりとしたひよりの様子に、セリアは視線を何度も空へと向けて、すぐに観念したように息を吐いた。


「あー……しゃーないなー。……えっとや、新技ゆーのは【多重展開(マルチキャスト)】ゆーんやけど」


 廃人たちには滅法強いセリアも、悠姫と一緒で初心者にちょろかった。


「あれ、それってこの前のと一緒なんじゃないんですか?」


「いやいやシアちゃん、この前見せたんは【多重詠唱(マルチスペル)】で、今回の新技の方は【多重展開(マルチキャスト)】やで」


「それってあれじゃないのか? 使う人によって言い方が違う設定とかそういうのじゃ」


「ちゃうちゃう。まあ、うちも微妙に区別が付けづらいかなと思ったんやけど、意訳的には間違いやないからね」


「ふむ。で、結局どういった技術なの?」


「これは数日前、悠姫ちゃんに負けて悔しい気持ちでモンスターを殲滅してた時のことやねんけど……」


「あ、ごめん。3行で」


「同一の 魔法を同時に 撃つ技術」


「何故俳句調!?」


 長くなりそうな気配を感じて悠姫が要約するとの定型句で促すと、返ってきたのはまさかの5・7・5だった。


「悠姫ちゃん関西人の素質があるかもしれへんね。……とと、あかんあかん、脱線し続けてたら、怖い人たちからにらまれてまうわ」


 ただでさえ本題からずれているのに、これ以上余計な話をするなという無言の圧力を感じたセリアは、殊勝にも話を戻す。


「【多重詠唱(マルチスペル)】は複数のスペルを同時に読み上げて隙なく発動出来るようにする技術やろ? それとは違って、【多重展開(マルチキャスト)】は、同じスペルを同時にいくつも発動させる技術やねん」


「…………はい?」


「一応デメリットもあるで? 例えば[フレアストライク]を同時に3発撃つとするやろ? そしたら、消費MPも3発分掛かるし、クールタイムも3倍かかんねん。1発やと10秒やけど、3発にしたら30秒もクールタイムがあるから、使いどころを選ぶっちゅーわけやな」


「うぅん……確かにメリットにもデメリットにもなりそうな仕様だね」


 とはいえ、決闘のように短期決戦が望まれる戦いにおいては、瞬間火力が数倍に跳ね上がるというのは利点の方が大きく勝つだろう。


 もちろん外せばその分致命的な隙になるとはいえ、スペルキャスターにとってそもそもスペルを外せば致命的な隙なのはいつでも変わらない。


 そのリスクに比べればリターンは比べるまでもない。


「んん? だったらそれって……」


 悠姫は剣を抜き、スキルを重ねて発動するよう、意識してスキルを使ってみる。


「[トライエッジ]! っ!?」


[トライエッジ]は、爪痕を残すような鋭い3連撃のスキルだが、重ねて発動されたそれは通常よりも遥かに強く、速い軌跡を描き、空中に赤い傷跡を残し、振り抜きの余りの速度に悠姫はバランスを崩しかけて、たたらを踏む。


「あ、あぶな……」


 図書館内で暴れ過ぎると、司書に睨まれることになるのはニンジャの時にわかったことだが、その他にもデメリットとなる事象があることを悠姫は知っていた。


 まあ、簡単に言えば衛兵を呼ばれてしょっぴかれることになるという訳だが。


 思いの外強いアシストが掛かった[トライエッジ]の軌道に引っ張られてしまい、ほとんど制御ができていなかったので、本棚に当たらなかったのは運がよかっただけだ。


「一発で成功させるとか、欠橋悠姫規格外なの。そしてネタに困らないの」


「ほんまやで。規格外っちゅーのは、おるもんやなぁ」


「それはセリアもでしょ」


 瞬間、図書館内の心は一つになっていた。


 つまり。


『本当にこいつらは』


 そんな呆れや尊敬、そして僅かな悔しさを含む視線を受けつつ、


「ま、話すことは話したし、そろそろ本題に入ろか?」


 そんなセリアの言葉と共に、今後の予定が詰められていくことになったのだった。

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