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Crescent Ark Online  作者: 霧島栞
第三章・中[機械の心]
33/50

七話[レニクス工場と隠された部屋]

「ごめんごめん、お待たせー」


「ユウヒ様、何してたんですか?」


「うん、ちょっとね」


 アリサとアリスの育成をすると決めた後、悠姫は用事を少しだけ済ませて、シアとニンジャ、それにアリサとアリスが待つ南門前にて合流を果たした。


 因みにメンバーにシアとニンジャが居るのは、アサシンのアリサの指南をニンジャに任せることにしたのと、回復役が居た方が効率良くレベル上げが出来るからだ。


 それでなくともひよりやリーンもついてこようとしていたが、あまり大人数で行ってもアリサたちの練習にならない。


 そう言うとひよりもリーンもしぶしぶではあるが、納得はしてくれたようだった。


「さてと、わたしがいない間に回復薬とかは買ってきたよね?」


「一応、初級ポーションですが」


「うん、十分十分」


 言いながら悠姫は南門から見える露店通りを観察する。


 最初はぽつりぽつりと店があっただけだったが、三週間が経ち、やっと生産系のプレイヤーが本格的な活動を開始して、今の露店通りは活気に満ち溢れている。


「うむうむ。今日もにぎわってて良いね」


「露店出しているプレイヤーも増えましたしね」


 まさに足の踏み場もないくらい、脇道には様々な露店が立ち並び商人たちが声を張り上げている。露店がこれほどまでに活気付くのは早く自分のお店となる家屋を買い、出店したいという思いからだろう。彼ら商人系の職業を選んだプレイヤーからすれば、この場こそが狩場と言える。顧客を捕まえようと目が血走っている者がちらほら見えるのも、納得できる。


「こう見ると、やっぱりはぜっちってすごいんだよね。即日で工房がある訳だしさ」


「そうでござるな」


 鍛冶や製薬は工房が無ければ出来ないわけではないが、けれども製薬キットや製造キットで製薬製造を行うよりも、当然工房で製薬製造を行う方がはるかに良いものが作れるのも道理だ。


「でも人が多いとログが流れすぎて役に立たなくなりますよね」


「まあね」


 そこだけは悠姫にとっても不満の種である。


 ほとんど聞こえていない、がやのような会話でさえログウインドウには表示されており、こういった人通りの多い場所だとまさに濁流の如くログが流れてゆく。


 そもそもキーボードで打ってチャットしていた時とは違い普通に会話することが出来るのだから、わざわざログを確認する必要は無いと言えば無い。


 いっそのことログウインドウを閉じてしまうことも悠姫は考えたが、クエスト関連をする時なんかにはやはりログを見返せるのはありがたく、また相手の名前も確認できるので、休止していた以前の知り合いも判別しやすいという理由もあって、結局悠姫はずっとログウインドウを表示し続けているのだ。


 それに――


 Koikoku:また出たみたいだってな、例のダンジョンの[幽霊]が。

 ゆーふぉりあ:あ、それわたしも知ってる。最近噂になってる黒い影の話だよね?

 仮面紳士:今日も良い仮面が売ってない……。

 Koikoku:そうそう。今度は[ジファルド渓谷]下層で出現したみたいだぞ。

 Fool:仮面とかねーだろwww というかVR化後もそれで通すとか、ワロスwww

 仮面紳士:仮面は紳士の嗜みだろう!

 はも太郎:マジで友達欲しい……。

 Fool:wwwwwww

 ゆーふぉりあ:んー、なんかのイベントなのかな? 告知とか無いみたいだけど。

 Koikoku:気になるよな。ちょっと公式の掲示板見てみるわ。

 ゆーふぉりあ:はーい。


 ――途中妙なログも入っているが、けれども、そういうことで。


「何か、最近良く聞くね、あの噂」


「え、何の噂ですか?」


 ログを目で追いながら悠姫が言うと、シアも同じようにログウインドウを指で操作して、すぐに見当たったのか「ああ……」と得心して頷いた。


「最近良く聞く[幽霊]の噂ですよね? ……でもわたしもユウヒ様と結構狩りに行ったりしてますけど、まだ見かけたことなんてないですよね?」


「そうだね。でも最初は適当なデマかと思ってけど結構目撃例があったりするから、ちょっと気になるかなぁ」


 こうしたふとした情報なんかも、ログを表示していれば自然と入手することも出来る。


 先ほど囁かれていたダンジョンの奥で[幽霊]を見たという噂も、この数日でぽつぽつと出始めた噂話だ。


 最初に情報が上がったのは公式にある掲示板で、当初掲示板に書かれた時には単にそのプレイヤーが寝ぼけてたのではないか、とか、あなた疲れてるのよ、とか、散々なことを言われて与太話として扱われていた。


 けれども目撃証言が徐々に増え始めると共に噂話が信憑性を帯びてきて、今では掲示板にトピックスが作られるくらいの怪奇現象、またはクエストのフラグではないかと検証厨の注目を集めている。


 かくいう悠姫もそのうちの一人で、もしかしたら何かしらのクエストに関係してくる情報ではないのかと、一応は情報を収集していた。


 その情報の中でも今のところわかっているのは、幽霊が現れるのはダンジョンの中であるということ。そして攻撃に反応して即死級の魔法を放ってくる、ということの二つ。


 残念なのはまだその暗い影の[幽霊]のSSが上がってきていないことか。


「でも今回はアリスちゃんとアリサちゃん、二人のレベル上げですし、ダンジョンなんて行かないので関係ないですよね」


「え」


 レベル1だから当然ダンジョンになんて行くはずないですよね? という至極真っ当な質問をしたつもりだったシアだが、悠姫から帰ってきたのは何言ってるんだこいつとでも言わんがばかりの短い返事だった。


 シアはこいつこそ何言ってるんだという目で、悠姫を見返した。


「……え? まさか……ダンジョンに行くとかないですよね?」


「や、行き先、レニクス工場跡だよ?」


 さも当たり前のように言った悠姫に、シアはひきつった笑みを浮かべて、言った。


「……ユウヒ様、ちょっと待ってください」


「どうしたの? シア」


 もはやお決まりとなりつつある話の流れに、シアは様式美とばかりに問いただしてゆく。


「レニクス工場跡って、あそこは一階でも適正レベル15~25くらいのダンジョンですよね?」


「うん、そうだね」


 悠姫も悠姫でシアの反応は予想通りだったらしく、間髪入れずに頷いて答える。


「姫……彼女らはレベル1でござるよ」


 そう、アリスとアリサの二人はまだレベルが1である。昨日ニンジャが都市観光に連れまわした時は、二人が何かをする前にニンジャが露払いを済ませていたし、今日もログインしてすぐ、図書館に訪れたらしいのだから二人のレベルが上がる要因など微塵もなかった。


 ルカルディアの地理にも疎く、さらにオンラインゲームの経験も無くて話について来れていないアリサとアリスの代わりにニンジャが苦言を呈するが、


「ちゃんと知ってるけど、それがどうしたの?」


「…………」


 いまさら何を言ってるの? と首を傾げる悠姫に、シアもニンジャも二人ともが同じことを考えた。


 この時に限っては二人の気持ちのシンクロ率は100%だった。



 即ち――またか、この廃人め。



「……や、そんな目で見ないでよ……ほら、支援入れたらレベル+10くらいのステータスになるんだし、そのくらいでちょうどいいんだって」


「む……そう……でござるか……?」


「そうそう。道中のモンスターをちょこちょこ倒していけば、いくつかレベルも上がるだろうしね。もう、ニンジャもシアも難しく考えすぎだよ」


「そう……言われれば、確かに一理あるのかも……でござるな?」


 隣で見ていたシアは、ああ、騙されてる……と思っていたが、どういったところで悠姫に丸め込まれそうだったので反論はしなかった。その代わりに別のことを質問することにする。


「でもユウヒ様、工場跡だとダメージが通りにくいんじゃないですか? あそこって種族:機械のモンスターばっかりですよね?」


「ふふ、そう思うでしょ? でも工場跡は1Fだったらあまり硬くもないんだよね。これが」


「そうなんですか?」


「知ってるとは思うけど、1Fに居るモンスターは三種類だけで全部ノンアクティブだし、そのうちの二種類はDEFが低めに設定されてるから。アリスはガンナーだから工場跡ならレアドロップで銃がドロップするかもしれないし、それになにより弾丸が確定でドロップするから初期狩場として優秀だしね」


 矢や弾丸が消耗品である弓職や銃職は、どれだけ準備して狩場に向かったとしても、通常は一時間ほど、長くても二時間もすれば矢や弾丸が尽きて戻らなければならない。


 弓職の場合は素材から矢を作成するスキルがあるので先述よりも長時間ダンジョンに籠り続けることも出来るかもしれないが、けれどもガンナーの場合は弾丸作成スキルを取っていたとしても、そもそもの弾丸を作成する素材の重量がそこそこ有り、弓職以上にコストパフォーマンスがよろしくないので長時間の狩りには向いていない。


 その代わりにと言っては何だが、首都セインフォートの南の砂漠を超えた先にある[積層機工都市トランジア]周辺の機械遺跡関連のダンジョンや、種族:機械に分類されるモンスターからは、高確率で弾丸がダース単位でドロップされる。


 だから早いうちから行けるようになっておいた方が楽だろう。というのが、今回悠姫が[レニクス工場跡]を狩場に選んだ最大の理由だった。


「ねーねー、ニンジャー、今から行く場所って、強いモンスターが居るの?」


「うむ。最初に行くには強いと感じるかもしれないでござるが、姫が大丈夫と言うのであれば恐らくは大丈夫でござろう」


「へー」


「一応もっと低レベルなモンスターから相手にしてとも思ったんだけど、ガンナーだと逆に面倒かなって思ってね」


 なにせ、ガンナーの初期武器は[パチンコ]である。


[パチンコ]は銃器とは違いSTRで威力が上がる上に、武器のATKも、弾丸扱いとなる[小石]のATKもかなり低く、ダメージを与えることが難しい。


 正直[パチンコ]を装備して狩りに行くならば、短剣を装備して斬りかかった方が何倍もマシである。


 そうなると最初はAGIに振ってもらってアリサと一緒に短剣でモンスターを狩り、銃が装備出来るレベルまではサクサク上げてしまった方が良い。


「……すみません」


「や、そんな謝らなくても良いよ」


 言いながら、悠姫はアリスの頭に手を置いて撫でる。


「確かに1stでガンナーは最初こそ厳しいかもしれないけど、VR化で結構強化されてるみたいだしね」


「え、そうなんですか?」


 初めて聞く情報に、シアが疑問の声を上げる。


「武器依存だからレベルが上がって来たら上位の武器に換装しないとDPSは上がらないけど、安定したHSと連射性、モンスターに隣接しなくても良いこともあって、じわじわ人気が出て来てるみたいだね」


「そんなこと、良く知ってるでござるな、姫」


「暇あれば掲示板とかも見てるからね。と。アリスもガンナーの攻略掲示板があるから、登録しとくといいよ」


「はい。……えっと」


「あ、攻略掲示板の表示とか登録はこうやって――」


 言って悠姫はシステムウインドウを呼び出して可視化した後、攻略掲示板のページをアリスに見せながら説明する。


「……ありがとうございます。ゆうねーさま」


「えへ、どういたしまして」


 見上げるように言ってくるアリスに微笑んで、悠姫は頬を緩める。


「……ユウヒ様、だらしない顏してますよ」


 頬を緩めた悠姫の隣では、不機嫌そうにシアが眉根を(ひそ)めていた。


「だってうちの妹ちょうかわいいんだけど」


「……ちっ」


「舌打ち!?」


「だってだって! ユウヒ様が――」


「ま、まあまあシア殿、落ち着くでござる。アリサ達が見てるでござるよ」


「う……」


 さすがのシアも年端もいかぬ少女の、しかも初心者さんを前にして悠姫を糾弾するのもどうかと思ったのか言葉に詰まり目を逸らした。


 少し前に醜態をさらしたことが、かなり堪えているのかもしれない。


「うぅ……なんですか、わたしもロリ系のアバターで年下キャラを演じていた方が良かったんですか……ユウヒ様最近わたしに冷たくて心が折れそうです……あ、でも冷たくされるプレイも少し良いかもしれないですけど、もっと、もっと構ってくれても良いんですよ?」


 けれどもそれでも隠しきれない不満が口からこぼれており、声ではほとんど聞き取れなかったがログにはしっかりと表示されていて、悠姫は深い溜息を零す。


「もう。ほらシア、行くよ?」


 これ以上ごねられてもどうしようもないので、悠姫はへんにゃりと伏せられた猫耳ごとシアの頭を撫でてご機嫌取りを図った。


 断じてへんにゃりとした猫耳に釣られた訳ではない。


「きゃっ、ユ、ユウヒ様……ぁ、んぅ……」


「……元気出た?」


「はい! なのでユウヒ様、もっと別の、イケナイところも撫でてくれても――」


「はいはい。さっさといこっか」


「酷いです!?」


「……どう考えても酷いのはシアの発言だから」


 少し甘い顔をするとすぐこれである。


 悠姫とてシアのことは少なからずとも好意的に思っているが、いかんせん過激な発言や行動が多いせいで冷たくあしらわざるを得ないのだ。


 ……シアが、もしわたしが男だって知ったら少しは大人しく……無いな。


 それこそシアがどんな行動を起こすかわかったものではない。


 ぞっとする想像に自問自答で答えて、悠姫は南門から外へ出るべく歩き始める。


「歩いてだから結構時間もかかるし、行くよー」


 CAOの世界、ルカルディアはマップ毎に区切られていて、尺度は簡略化されているとはいえ、トランジアまで歩いて向かうとなると2時間以上かかる。


 大陸の五分の一の距離を2時間で横断できると言えば短く聞こえるかもしれないが、狩場までの移動に2時間もかかるオンラインゲームなんて、普通に考えれば正気を疑う仕様である。


 だからこそサービス初日からヒーラーが[テレポート]で一稼ぎしたりするわけだがそれはそれとして。


 始めてまだ間もないうちは、マップをじかに歩いて覚える方が効率も良いし、後々にも役立つ知識となる。


「はーいっ! しゅっぱーつ!」


「おー、でござるな」


 元気なアリサとそれに続くニンジャの声を皮切りに、そうして悠姫たちはセインフォートを発つのだった。





 その後、悠姫たちが[レニクス工場跡]に着いたのは、実に4時間後のことだった。


[レニクス工場跡]の外観は、端的に言うと朽ちた工場だ。


 柱が突き立ったロビーのような一階フロアから始まり、パイプラインが立ち並ぶ視界の悪い地下一階。薄暗い通路に奇妙な培養液の試験管が立ち並ぶいくつもの部屋に分かれた地下二階。そこまでがレニクス上層と呼ばれるフロアで、下層の情報は割愛するが、この[レニクス工場跡]とは、地下五階まで続く、ある試験的な運用がなされていた特殊な工場だった。


 セインフォートからまっすぐ歩いて向かうだけならば、[レニクス工場跡]は先に言った通り2時間ほどで辿り着くことが出来る距離ではあるが、悠姫たちはトランジアを経由して休憩してきたこともあるし、道中にシステムウィンドウの説明や、モンスターの狩り方、どのような計算式でダメージが出るのかなどを教えながら歩いていたら、気が付けば4時間もの時間が過ぎていた。


 因みにレベルはアリサが14となり、アリスが16という、少々面白いことになっている。


 これはアリサが何度も道中のモンスターに特攻して、デスペナを稼いだ成果である。


「やー、ほんとシアが一緒に来てて良かったと思うね」


「まったくでござるなぁ」


「……ユウヒ様もニンジャさんも、他人事だと思って……」


 ほのぼのと言う悠姫とニンジャとは裏腹に、シアは珍しく憔悴しきっていた。


 最初の内は特攻するアリサにヒールをかけたりバフをかけたりしてフォローをするよう務めていたシアだったが、セインフォートから二つほどマップを進むとモンスターのレベルもかなり上昇してくるもので、具体的には二つ進んだ砂漠にたむろう砂を纏ったトカゲの[サンドリザード:Lv27]や卵型の岩石モンスター[ハンプティロック:Lv24]。


 ここら辺までならまだ間髪入れずヒールを入れれば一撃ならば耐えられた。


 攻撃も回避しようとすればまだ回避することが出来るかもしれないという相手である。


 もちろん、悠姫のようにモンスターに対する知識が無いアリスやアリサは効率良く回避することなどできず、ばしばし攻撃を食らいシアが精神を削りながらヒールを飛ばしていた。


 まあそこまでならばまだよかったのだが、問題は次のマップからだった。


 先のマップからさらに一つ南のマップには、荒野の大地のように罅割れた肌を持つ[ロックワーム:Lv43]や、生やした角を武器に急滑降から襲い掛かってくる[ホーンクロウ:Lv37]、麻痺毒を持つ凶悪な赤と黒の甲殻を持つ[ハングスコーピオ:Lv42]などがメインで出現するようになり、この辺りになってくるとレベルが10付近ならば何をくらってもほとんど即死となる。


 VITにステータスを振っていてHPの多いナイトやモンクならば即死は避けられるかもしれないが、どちらにせよ一撃耐えられたところで狩りにはならないレベル差だ。


 基本的には悠姫やニンジャが先頭を歩いてモンスターを倒して露払いをしていたが、好奇心の塊であるアリサは自分も戦ってみたいと言って聞かなく、悠姫もとりあえず試してみたいというチャレンジャー精神は嫌いではないので、ことあるごとにアリサと巻き添えにアリスを戦わせていた。


 その結果がアリサのレベル14とアリスのレベル16という差だった。


 そして無謀な狩りを繰り返すことによって一番負担がかかっていたのはシアで、途中からはもはやリザキルゲーとなってしまっていて、シアは精神的なストレスから憔悴しきってしまったというわけだ。


「シアにゃんどうしたの? 元気ない?」


「……少し、疲れただけです」


 気力を根こそぎ奪っていったアリサに問いかけられたシアは、けれども大人な対応でそう返す。多かれ少なかれオンラインゲームの廃人は、先達の人に色々教えて貰った結果、訓練された廃人へと至った訳で、シアも経験があるだけにアリサのチャレンジ精神は買っていた。


 しかし買ってはいても、やはり支援の方からすればリザキルばかりしているというのはプライド的にも精神的にも不満が残る。


「すみません。アリサがご迷惑を」


「いえ、気にしないでください。……誰だって最初はそうですよ」


「そうそう、シアにゃんの言う通りだよ」


「ユ、ユウヒ様っ!」


 からかうような悠姫の言葉に、シアは猫耳をぴこぴこさせながら反応する。


 シアにゃんという呼び方はセインフォートを出てすぐ、アリサによって命名されたシアのあだ名だった。


 亜人種による猫耳があるからとはいえ安易なあだ名ではあるが、地味に悠姫のツボにもはまったらしく、呼ばれたシアも反応こそ怒っているようだったが、猫耳をうれしそうに動かしているということはまんざらでもないのだろう。


 まさに猫耳は口ほどにものを言うとでも言う典型だった。


「でも道中試しながら来たお蔭でレベルもちょうどいいくらいになったし、二人の性格も大体わかったしね」


「課題は色々とあるでござるが、それは狩りながら教えてゆけば良いでござるしな」


 悠姫やニンジャがそう言う通り、道中の戦闘はただ戦わせていただけではなく、二人の性格を観察するという目的もあった。


 そして戦っているところを見てわかったことは、アリサとアリスは本当に正反対の性格をしているということだ。


 悠姫たちの話についていけず、白いポニテを揺らして首を傾げるアリサは、基本的に猪突猛進な性格で回避と攻撃のバランスが回避2:攻撃8くらいと非常に危ういスタンスだ。


 アサシンというのは職業柄DEFやHPは少なく、ATKの補正が高く設定されている。


 これはモンスターの攻撃を回避することを前提とした戦略が必要となる故のバランスであり、アリサの場合は攻撃に意識が傾倒しすぎてしまっていて、打たれ弱く、さらにはレベルの低い今の状態ではモンスターにスキルでも使われればすぐにHPがカラになってしまう。


 対する一見して表情の読めない半眼で悠姫を見上げるアリスの戦い方は、アリサとは対極的に堅実だ。


 ガンナーの初期武器であるパチンコを装備させていても仕方ないので、アリスにも適当な短剣を渡しているが、アリサに比べてアリスは基本的に回避に専念して死なないことを優先とした立ち回りをしている。回避:攻撃の比率はおよそ9:1ほど。


 モンスターの攻撃を良く見て、回避に専念して間隙を狙う。少しでも危ないと思ったら攻撃をしない。そんな戦い方である。


 だがしかしネトゲ慣れしていないことも有れば、モンスターのルーチンを考えることも出来ないので、高レベルのモンスターになるとバシバシ攻撃を食らうようになり、アリサよりは少ないが何度もデスペナを稼ぐことになっていた。


「ま、でもプレイスタイルはそれぞれだし、VR化後はわたしたちもわからないことが多いから、本当に基本的なラインでこうした方が良いってところだけ教えること。おっけー? ニンジャ?」


「了解でござる」


 ニンジャも廃人にカテゴライズされるプレイヤーではあるが、人に教えるのは苦手と悠姫は聞いている。やけに真剣な顔で頷いたのは緊張しているからであろうか。道中アリサときゃいきゃい騒いでいたにもかかわらず、プレッシャーに弱いニンジャだった。


 そんなことで隠密任務等を全うできるのか。


「よし、じゃあとりあえずここら辺の敵なら今のレベルで大体適正レベルだし、ちまちま狩っていこーかー」


「はーい、ゆうおねーちゃん!」


「はい、ゆうねーさま」


「よーし、お姉ちゃんにまかせなさい!」


 いや、だからお前は男だろう。


 コージロー辺りがこの場に居たならば確実に突っ込みを入れていただろう言葉を放ち、悠姫は剣を抜いて先頭を歩いてゆく。


「もう……っ! ユウヒ様! アリスちゃんとアリサちゃんのレベル上げなんですから、先々行かないでください!」


 明らかに半分は嫉妬の感情から投げられたシアの声を背中に受けながら、悠姫は「あーあーきこえないー」等と言いながらアリスとアリサを連れて歩いてゆく。


「ここのモンスターは、全部ノンアクティブなんですか」


「そうだよ。ここの敵は全部ノンアクティブだね。はい。ノンアクティブとは? アリサ」


「うぇ!? え、えっと、のんあくてぃぶ……ってあれ、あれだよね? うん、あれだよ!」


「どれでござるか」


「ほら! ほんのり甘いような、苦いような薄口なあれだよね?」


「はいあうとー」


 アリサが「のんあくてぃぶ……」と明らかにひらがな表記で発音していた時点でわかっていたことではあるが、悠姫は少しだけ困ったような笑みを浮かべる。


「アリス、教えてあげて」


「はい、ゆうねーさま」


 白髪を揺らして首肯し、アリスはアリサへと説明する。


「ノンアクティブというのは、視界の範囲内に入っても襲ってこないモンスターのことです。逆に視界内に入ってきたら襲い掛かってくるモンスターをアクティブモンスターといいます」


「うん。とりあえずはその認識でおっけーかな。で、ここのモンスターはノンアクティブだから、こうしてモンスターが近くに居ても襲ってこないでしょ?」


「うー……まさかゲーム中でもお勉強があるなんて……」


 余程勉強が苦手なのだろう。呻くように言うアリサの様子がおかしくて、悠姫はくすりと笑みをこぼす。


「なんか予想はしてたけど、やっぱり勉強は苦手なんだね」


「え、や、やっぱりってゆうおねーちゃんひどい!」


「酷いですが、真理です。アリサの成績は見るに堪えない数字ばかりです」


「アリスも余計なこと言わないでっ! ほら、せっかくモンスターが居るんだから早く倒そうよ!」


「そだね。話ばっかしててもあれだし、狩りを始めよっか」


 無理やりすぎる話の切り替え方ではあったが、むしろそれが微笑ましくて悠姫は終始笑みを浮かべたままそう言って、アリサに賛同して狩りを始めることにした。


 いくらモンスターがノンアクティブで襲ってこないとはいえ、ずっと喋っているだけならば何のために狩場まで来たのかわかったものではない。


「それじゃあ、そこの[ゼンマイ銃士]から狩ってこうか」


 悠姫が言った瞬間、シアが条件反射のように支援スキルの詠唱を開始し、青薔薇のエフェクト共に淡い燐光が全員の身体を包む。


 全員に支援を掛ける必要もないといえばないのだが、シアのメインクラスである[エリアヒーラー]は範囲系のスキルが充実しているヒーラー職である。


 それは逆に言うならばポイント割り振り制のCAOにおいて、スキルの習得自由度が減り、範囲支援を取ると単体支援魔法があまり取れなくなるというデメリットも存在するというわけだ。


 多人数PTの場合だとその性能を如何なく発揮することができるが、逆に少人数とかだとコストパフォーマンスが良くないという側面もある。


 いくら[ユニーククラス]を習得できる[RE:Birth]システムが実装されているCAOと言えども、一つの職業で全てができるような万能なキャラクターなど作れるはずもない。


 限りなくそれに近づけることは出来るが。それでも多くのプレイヤーが集まってそれぞれの特性を生かし、協力して狩りに行ったり強敵に挑むのがMMORPGの醍醐味であり、それはVR化しても変わらない不変の摂理である。


「うぅん……でもバフ貰うと狩りしたくなるね……」


「もう、ユウヒ様我慢してください」


「そうでござるよ。姫がここのモンスターを狩り始めたら、絶滅してしまうでござる」


「や、リポップするから絶滅はしないけどさ」


 それに近い状態になるかもしれないのは確実ではあるが。


 レベルが既に93になっている悠姫がこんな低レベル狩場で狩りを始めたら、それこそマップ中のモンスターを狩りつくす勢いでの圧倒的な虐殺となってしまうだろう。


 パーティを組んでいても、レベル差が開いたら経験値が入らなくなるのは、そうした高レベルプレイヤーやギルド単位によるパワーレベリングでの狩場の占有が起こらなくするための処置だ。


「ね、ね、ニンジャー! もう倒してもいいんだよね!」


「うむ。さあ、やってしまうでござる!」


「いやっはー!」


 仮にも女の子がその襲い掛かり方はどうかと思う奇声を上げながら、我慢の限界だったアリサは駆けて行き、手に持った短剣を緑の軍服を着た小柄なモンスター、[ゼンマイ銃士]へと閃かせる。


 パーティを組んではいないが、[ゼンマイ銃士]のHPバーの減りようから考えると恐らく200くらいのダメージを与えることが出来たのだろう。1割程HPバーが削れている。


 アリサに渡している装備は初期装備のナイフよりもATKの高い[ダガー+1]なので、武器ATKが120あることから考えると、HSが50m/sほど。


 まあそのくらいのダメージ量だろう。現段階ではステ振りは抑えて、最低限のSTRとAGIにだけ振って感覚をつかんでもらうのが先と考えているので順当なところだ。


 そのままアリサは振り下ろしたナイフを跳ねるような動きで斬り上げ、さらに追撃の突きを加えてHPバーを合計3割ほど削り取った。


「ふっふーん、よゆうだね!」


 そしてこの余裕のどや顔である。


「あ、そういえば[ゼンマイ銃士]は、当たり前だけど銃撃ってくるからがんばってね」


「ぅえ!?」


 直後、アリサに切りかかられたことでアクティブに転化した[ゼンマイ銃士]の瞳に赤い光が宿る。


 うわ、なにあれこわい。


 悠姫自身もVR化してから[レニクス工場跡]にやってくるのは初めてなので[ゼンマイ銃士]の変化も初めて見たが、あれは確実に何人か殺っている目だ。


「低レベルのモンスターとはいえ、ちょっとした狂気ですね」


「狂気っていうならシアも大概――何でもない」


 無言の笑みを向けられて、悠姫は言葉を濁して誤魔化すように「あー……」と間延びした声を出してから続ける。


「……[レニクス工場跡]って、設定としては元々、人と機械との共存を目的として作られた工場なんだよね」


「共存でござるか?」


 そう言ってニンジャは今まさにアリサへと銃を向けている赤い瞳の地獄の先兵のような[ゼンマイ銃士]を見るが、当の[ゼンマイ銃士]は悠姫の言う共存という言葉からはまったく想像出来ない程に凶悪な見た目をしている。


「わ、ひゃっ! あ、あの! ゆうおねーちゃん、このモンスター強くない!?」


「だいじょーぶだいじょーぶ、バフが入ってるから適正レベル、っていうか、ちょっと余裕あるレベルだよー」


「で、でも……きゃーっ!」


「あらら」


 バンバン撃たれてHPバーを削られ、アリサは半パニックに陥って逃げ惑う。


 確かにレベル自体は適正レベルよりも少々高いくらいだが、ステータスはあまり振らせていないので実際の所は適正レベルかそれよりも少し下くらいだろう。

きゃー! きゃー! と叫びながら逃げ惑うアリサに、シアはぽつぽつと回復を投げる。


 幸い攻撃力は控えめで今の二人ならば4発程は耐えられるので、回復する方からすれば楽なものである。


「ふむ、アリサ。銃口をよく見て弾をかわすでござるよ」


「銃弾をかわすって発想が既におかしいよ!」


「あー、和むねぇ」


「なんで和んでるの!?」


 悲鳴が聞こえたが、悠姫はすっかり和みきっていた。


 正論などオンラインゲームでは何の役にも立たないものだった。


 初心者さんがわたわたしてる様子というのは、傍から見ている分には実に微笑ましい光景だ。


 余裕が無くて必死な様子がまた良い風情となっている。


 基本的に初心者にあれこれ教えることが好きな悠姫は、これまでに幾度も同じような光景を見ているが、初心者さんがあわあわしている光景というのはいつ見ても微笑ましいものだ。


 一階に出てくるモンスターは今アリサとアリスが必死に戦っている[ゼンマイ銃士]と、六つの足を持つキューブ状の機械[EMD‐01]、四角い箱を持つブリキ細工のリスのモンスター[ハコリス]の三種類。


 どのモンスターもアリサとアリスの今のレベルならば、ほとんど即死することはないし、リンクモンスターでもないので一度に数を相手する心配もない。


 そうなるとシアが支援をミスする訳もなく、最悪回復を連打するシアにモンスターのタゲが移るので、そのうちに倒してしまえば良い話だ。


「ほらほら、しっかりかわさないとうまくならないよー」


「う、うぐ! で、でも! わわっ! だ、だって! こっ……きゃーっ!?」


「あはははは」


 銃弾を足に食らってべしゃりとアリサは顔から地面に突っ込んだ。


 ここらへんもVR化に伴い変化したところではあるが、今のCAOではスキルを使わない通常の攻撃でも相手をノックバックさせることができるようになっている。


 そのためには当然それなりのHSやタイミングが必要となるが、プレイヤーが出来るということは逆もまた然りということで、当然モンスターの攻撃を受けると攻撃の種類によって一定の衝撃がありプレイヤーもノックバックさせられるようになっている。


 もともと相手をノックバックさせるスキルにはよりノックバック補正が加えられ、またそれとは別に、実際に体を動かして狩りをするというCAOの形式上、通常攻撃に衝撃があるというのは身体面ではもちろんのこと精神面でもかなり辛い仕様となっている。


 肩を攻撃されればバランスが崩れて反撃がし辛いし、足を攻撃されれば先ほどのアリサのように転倒することもある。それでなくても攻めの瞬間に攻撃を当てられたら体勢を崩して攻撃が当てられないなんてこともある。痛みこそほとんどないものの、衝撃があるというのは本能的にも恐怖感が煽られるものである。


 VITや装備でノックバックは緩和出来るが、AGIをメインに振っている職業なら、モンスターに囲まれて攻撃されれば、身動きが取れなくなってHPバーが全損するまで一方的に殴られることも覚悟しなければならない。


「ゆ、ゆうおねーちゃんっ! へるぷへるぷ!」


「がんばれー」


「おにー! きゃーっ!?」


[ゼンマイ銃士]は最初の方のモンスターとはいえ、銃弾の厄介なところはHSが高いことによるノックバック率の高さだろう。


 元々現実では武道などをやっていない限りは日常的に戦闘行為を行う訳もでもなし。


 アリサは完全に回避するタイミングを掴み損ない、なし崩し的に何度も攻撃を受けてしまって反撃の機会を失ってしまっていた。


「仕方ないです……アリスが助けにいきます」


 そんなアリサの姿をさすがに見てられなくなったのか、アリスはそう言って[ゼンマイ銃士]に向かって駆けて行き、そのままの勢いで背後から斬りかかる。


 背後からの強烈な一撃を加えられてクリティカルした斬撃が[ゼンマイ銃士]のHPバーを2割ほど削り、HPバーが黄色に染まる。


「あ、アリスないすだよ!」


「当然です」


 アリスに殴られてノックバックしたことで狙いが逸れて、銃弾もあさっての方向へと飛んでゆく。そこでアリサはやっとのことで体勢を立て直して[ゼンマイ銃士]に向き直る。


「気を付けてアリス! あいつ銃撃ってくるよ!」


「知ってます。見てましたし」


 妙に間抜けな問答をしながら、狙いを向けられたアリサは慎重にタイミングを計って、サイドステップで銃弾を避ける。


「や、やった! かわせた! ほらほら見て見てアリス!」


「その調子で頑張ってかわしててください。その間にアリスが倒します」


「っわっ! あ、あぶなぁ……うん、アリス! 任せたよ!」


「どんとこいです」


 調子に乗って回避し損ねそうになりながらも、アリサは次弾も何とか躱して、アリスにエールを送る。


「……やぁああああ」


 裂帛の気合いと共にと言うにはあまりに覇気が足りない声を出しながら、アリスの一撃が再び[ゼンマイ銃士]の背に突き刺さり、HPバーを再び2割ほど削れる。とその途端。ぐるん! と[ゼンマイ銃士]が、赤い眼光と銃口をアリスへと向けた。


「っ……!?」


 まさか反応されるとは思っていなかったアリスはその場でびくんと一瞬跳ね上がり、反応が出来ないまま、無防備な体勢で銃撃を肩に受ける。


「ア、アリス!?」


「シアー」


「はいはい。《ヒール》」


 緊迫したアリサとアリスの二人とは違い、落ち着いた様子の悠姫がシアに視線を飛ばすと、シアも阿吽の呼吸でアリスにヒールを飛ばす。


「あ……ありがとうございます」


「アリス! 大丈夫!?」


「だ、大丈夫です! それよりもこっちに注意が来てるなら、アリサが攻撃してください」


 何とか体面は取り繕い、アリスは次弾を回避しようと動く。


「く……っ」


 が、モンスターのAIを理解していれば一定間隔で銃を撃ってきていることがわかるだろう[ゼンマイ銃士]の動きも、二人にはそれを観察する余裕など一切なく。


 銃弾が放たれてから避けようとしては回避し損ねてを繰り返しドツボにはまってゆく。


 その後も[ゼンマイ銃士]のターゲットが入れ替わる度にわたわたしながらも、二人はなんとか[ゼンマイ銃士]のHPバーを削りきることが出来たは良いが……。


「わ……ふぁああああ! 終わったぁ!」


「はぁ……ふぅ……」


 その場にへたり込んでしまうことはなかったが、二人とも肩で息をしてかなり疲れた様子だ。


「ゆうおねーちゃん、あいつ強いよぅ!」


「凶悪でした……」


「あれまだレベル17のモンスターなんだけどねー」


「むぅ……」


 ほんの少し拗ねたように唇を尖らせるアリスだが、実際そう。[ゼンマイ銃士]はあくまでも低レベルモンスターであり、序盤で戦うモンスターなのである。


 レベル93の悠姫から見れば[ゼンマイ銃士]はまさにおもちゃのように稚拙な動きでしかないし、2000程度しかないHPは無造作な剣の一薙ぎで消し飛ぶ、まさに吹けば飛ぶような木っ端モンスターでしかない。


「まあそれはそれとして、どうだった? 初めて二人で戦ってみて」


 ここまでの道中でも戦闘はさせてきたものの、大抵は悠姫やニンジャが一緒になってフォローを入れていたので、二人で連携を取って戦うというのは実質初めてだ。


 アリサはぷくーっと頬を膨らませて、その後、脱力気味に息を吐き出して言う。


「うぅ……もうちょっと格好良く倒したかったのにっ、どっちを狙ってくるの途中からよくわからなくなっちゃって、いつの間にか倒れてた感じだよぅ……」


「アリスも終始、混乱してしまってました……不覚です……」


「あはは。でも、ヘイトとか知らないとそうなるよね。そうなると思って見てたけど」


「…………え」


 とても良い笑みを浮かべながら言った悠姫の言葉に、一泊置いてからショックで硬直し、直後、アリスはじと目で悠姫を見ながら少しだけ固い声音で尋ねる。


「……どういうことですか」


「や、最初に言わなかったのは悪いと思うけど、体感してもらってからの方がわかりやすいと思ったから、ね?」


 そう言われたところでまったく意味がわからないアリスは、不満そうな視線を悠姫に向ける。


 悠姫はそんな糾弾の視線を受けながらもにこにこと笑ったまま答える。


「これはモンスターのAIによっても変わるんだけど、モンスターには基本的にヘイト値っていう数値があってね。そのヘイト値が高ければ高いほど、モンスターに優先して狙われやすくなるって訳なんだけど」


「……へいとち?」


 あ、これダメなやつだ。


 アリスは半分ほど理解できたのか曖昧に頷いていたが、アリサはどう見ても理解していない表情で首をこてんと傾げていた。白いポニーテールの髪が揺れる。


 アリサの舌足らずな反芻に悠姫がどう表現すればわかりやすいだろうかと考えていると、すっと前に出て口を開いたのは先ほどまであまり会話に参加していなかったニンジャだった。


「アリサ。ヘイト値というのは、痛みと同じようなものでござるよ」


「え、痛みって……痛い、痛み?」


「うむ。攻撃されて痛いと、その痛みを与えた相手に仕返しをしてやろうと思うでござろう? ヘイト値というのはそういうものでござる」


「えっと……つまり、さっきのモンスターはアリサが最初に攻撃したから、アリサに仕返しをしてやろうと攻撃してきたけど、途中でアリスが攻撃をしてアリスの攻撃の方が痛かったから、そっちに仕返しをしにいったってこと?」


「そういうことでござるな。最後の方で何度も攻撃の対象が入れ替わっていたのは、どっちもヘイト値が僅差でござった故、少し攻撃を加えただけで仕返しの相手を変えていたからでござる」


「そっか、なるほど、そうなんだぁ」


「因みにヘイト値を稼ぐスキルとか、逆にガンナーにはヘイトを減らすスキルなんかもあるから、こっちは後で説明しよっか」


 ニンジャの説明で頷くアリサとは別に、悠姫はアリスにそう付け足す。


「……お願いします」


「うんうん」


 黙っていたことで不満そうではあったが、上目使いで素直に言うアリスが可愛くて、悠姫はつい手ごろな場所にある頭を撫でる。


 指の間をすり抜ける感覚が、悠姫の頬をだらしなく緩める。


 なでりなでり……。


「ユ、ユウヒ様! 何いちゃいちゃしてるんですか!」


「……何言ってるのシア。頭撫でてるだけじゃない」


「だからそれがいちゃいちゃしてるって言うんです! いつも言ってるじゃないですかユウヒ様っ! 撫でるならわたしの至るところを隅々まで撫でてくれてもいいんですよ? むしろ撫でまわしてください、ユウヒ様の手でわたしの全てを撫でまわして――」


「さてー、さくさく狩りながら慣れてこっか」


「はい、ゆうねーさま」


「スルーですか!?」


 銀色の猫耳を逆立てて驚愕するシアだが、悠姫の反応は当然の反応だった。


 まだ年端もいかない少女の前でナニを口走っているのか。


 そういう発言はせめて他に人が居ないときにして欲しい。


 ……そう思ってしまった悠姫は、既にかなり毒されてしまっていた。


 シアの毒牙に半分かかっているところだった。


「じゃあ次は、そこに見えるハコリス倒してみよっか」


「はい」


「はーい!」


「先ほど言ったヘイトのことも考えるでござるよ」


「大丈夫大丈夫、ニンジャは心配症だなぁ。だってあんなに可愛い見た目なんだから、それほど強くなんてないでしょ?」


「…………」


 あからさまなフラグを立てるアリサに、悠姫もニンジャもシアも、アリスでさえ渋い顔をしていた。


「さあ! やるよアリス!」


「はぁ。とりあえずアリサ、殴りかかってみてください」


「言われなくても行くよっ!」


 明らかに捨て石にする気満々で遠巻きに傍観するアリスを視界から切り離し、アリサは[ハコリス]へと襲い掛かる。


「やぁああああ!」


 そのまま連撃で二回、[ハコリス]に斬りかかり、小さなステップで距離を保つ。


「おー」


 これまで猪突猛進に相手に斬りかかっていたアリサの動きの変化に、悠姫は頷く。


 反撃を警戒してか先ほどよりも動きが硬い気がするが、先ほどの[ゼンマイ銃士]との戦闘が効いているのだろう。相手の攻撃をかわそうとする姿勢は悪くない。


「そうそう、因みにハコリスはさっきのゼンマイ銃士よりもレベルが高くて、攻撃食らうと痛いから気を付けてねー」


「えうぇえ!?」


「ほらほら、こっち見てると攻撃食らうよ」


「あ、わ、あわわっ」


 慌てたアリサはあわあわと言いながら[ハコリス]に向き直り、投げつけてくる箱をかろうじてかわす。


 しかしながらレベルは高いとはいえ、[ハコリス]の攻撃は[ゼンマイ銃士]に比べればかわしやすいし、モーションもわかりやすい。銃のようにいつ撃ってくるかわからないよりは、箱を投げつけるモーションを取って投げてくる相手の方がかわしやすいのだろう。そのまま順当に回避と攻撃を繰り返しながら、[ハコリス]のHPバーを半分ほど削り取る。


「ふむ……フラグは回収されそうにないでござるな」


「もっと頑張ってください、ハコリス」


「なんでアリサじゃなくてハコリスの応援してるの!? アリス!」


「冗談です」


 声音からして明らかに本気にしか聞こえなかったが、アリスはそう言って自分も戦闘に参加すべくアリサの方へと駆け寄っていく。


「あ、そうそう」


 その様子を見ていた悠姫は、ふと思い出したことを告げようとしたが、少し遅かった。


 タゲを取っている[ハコリス]の近くに二人が固まってしまったのがいけなかった。


 一瞬だけ、[ハコリス]の瞳がきらーんと輝いたのは見間違いではなかっただろう。


 投げても投げてもどこからか取り出していたハコのふたを開け[ハコリス]が取り出したのは、誰がどう見てもわかるシンプルな物体。


 黒い球体に導火線が付属され、デフォルメされたそれは、見紛う事なき爆弾だった。


「えぇえええ!?」


「っ……」


 爆弾が取り出されてすぐに回避行動をとれば避けることも可能だっただろうが、驚きが優先して二人とも咄嗟に動けず、そうこうしているうちに爆弾はぽーんと宙を舞いながら三回転半のトリプルアクセルを経て、アリサとアリスの足元へと転がり落ちた。


 そして……。


 パーンッ!


「きゃあああああ!?」


「きゃっ!?」


 直後。盛大な破裂音と共に爆弾が弾け、二人のHPバーも一気に弾け飛んだ。


「――って感じで、ハコリスは固まってると範囲属性攻撃をしてくるからね」


「姫……鬼畜でござる……」


「ユウヒ様……」


 レベルが上がっていたとしても属性が付与されるスキルの攻撃というのは、かなり高めの倍率に設定されており、恐らく[レニクス工場跡]では唯一アリサとアリスが即死するほどの威力の攻撃だろう。


 その分属性耐性をしっかり整えれば通常攻撃よりもダメージは少なかったりもするが、当然二人が火属性耐性の防具やアクセサリーなど装備している訳もなく。


 悠姫がシアの方へと視線を移すと、シアは視線だけで頷いて返す。


「…………」


 最近はシアもほとんどの詠唱を[思念詠唱]で詠唱をするようになっていた。


 これはひよりに対する対抗心もあるのだろう。


[二重詠唱]も練習はしているものの、まだまだ実用にはほど遠く、シアにしては珍しくかなり悔しそうにしていた。


「――《セイクリッドアプローズ》!」


 悠姫がシアに視線を送った時には、既にシアは詠唱を開始していた。


[セイクリッドアプローズ]には範囲回復+範囲支援の他に、リザレクションの効果も含まれている。


 ぎりぎりでクールタイムが抜けていた[セイクリッドアプローズ]を放つと、青い薔薇のエフェクトが一帯を包み、二人のHPバーが一気に回復して、同時に複数の支援効果も付与される。


「いつ見ても便利なスキルでござるな」


「ね。ぶっちゃけチートだよチート。チートスキルだよね」


「あのですね……確かに便利ですけど、ユウヒ様、これでチートって言ってたら、ユニーククラスのスキルは大抵チートになっちゃうじゃないですか」


「まあ、そうだけどさ」


 連続して使用出来るのであればいざ知らず、[セイクリッドアプローズ]には割と長いクールタイムが存在していて、一度使用すれば次に使用出来るようになるまで実に5分もの時間がかかる。


「今だとジョブレベルで習得できるスキルが変わるから、40スキルとか70スキルとか言われてるみたいだけどね……と」


 そんな話をしていたら、アリサとアリスが恨めし気に悠姫の方を見ていて、その視線に気が付いた悠姫はにこっと笑みを返す。


「大丈夫? 二人とも」


「うー……」


「むー……」


 元凶が何を言うのか。という思いがシアとニンジャの心の中に去来したが、シアとニンジャが何かを言う前に、アリサとアリスは恨めし気な唸り声から悠姫に向かって言葉を続けた。


「ゆうおねーちゃんひどいっ! おに! あくま!」


「ゆうねーさま、嫌いです……」


「がーん……」


 アリサとアリスにそう言われた悠姫は、膝から崩れ落ちた。


 深紅の髪が一瞬真っ白に燃え尽きたかのように見えた。


「ど、どうして……こうなったの……」


 虚ろな瞳で呟く悠姫だが、誰がどう見ても完全に自業自得だった。


「……どうしてもこうしても……最初からちゃんと教えてあげればいいのに」


 シアをもってしてそう言われる辺り、悠姫の指導方針はかなり特殊な部類だった。


「で、でもね? 自分で体験してみるのが一番じゃない? ほら、体験してみないとわからないこともあるし!」


 確かにそれは一理あるであろうが、そう言う悠姫に苦言を呈したのはニンジャだった。


「それはそうでござるが、されどもそれでは拙者達が居る意味が無いでござろう。せっかく指導に来ているのでござるし、二人ともまだ年端もゆかぬ年齢でござる。もっと丁寧に教えてあげるのが良いのではござらぬか」


「くっ……ニンジャの癖に正論を……」


 酷い中傷もあったものだが、まさか初心者育成をほとんどしたことのないニンジャに正論で返されると思っていなかった悠姫は、悔しそうに歯噛みする。


「ふっ」


 勝ち誇ったニンジャのどや顔が、絶妙にうざかった。


「――ということで、二人とも某に頼ると良いでござるよ」


「わーい、ニンジャありがとーっ!」


「変質者は黙ってください」


「ぐはっ……」


「アリス!? なんてこと言うの!?」


 しかし調子に乗ったニンジャは、その直後、アリスの無慈悲な一言によって一刀両断されて、見えない何かの攻撃を受け、ノックバックして地に倒れ伏した。


 アリサは釣れても、アリスは釣ることはできなかった。


「……何ですか、この状況は……」


 膝をついて頭を抱える悠姫と、倒れ伏してびくんびくんと痙攣するニンジャ。


 二人の様子を見てシアは疲れ果てたように、そう呟くのだった。





 そんなこんなから、十数分後。


「うん、いいよーアリス。ゼンマイ銃士の攻撃タイミングは一定だから、間隔を掴んだらそのタイミングで射線を外しながら攻撃する感じだよ」


「はい、ゆうねーさま」


「あ、後、踏み込む場合は逆足にならないようにした方が、次の動作に移りやすいし回避行動が取りやすいよ」


「逆足にならないように……ですか」


「そそ、相手の中心を支点に右側に踏み込むなら右足、左に踏み込むなら左足からって感じで、それが逆になると逆足って言って相手を肩越しに見ることになっちゃうから、次の動作がワンテンポ遅れちゃうからね」


「なるほどです」


 これ以上嫌いだと言われないように、教育方針を大きく変えた悠姫はそれまでとはうって変わった具体的な説明をしながらアリスを指導していた。


 相手がアリス限定なのは、二人で連携しながら戦うことを覚えるよりも先に個々で練習した方が良いと思ったのと、二人の性格が正反対すぎるのでまとめて教えるよりは、分けて教えた方が効率的だろうと判断したからだ。


 定石通りにと言うならば二人で一匹のモンスターを相手した方が有利なのは確かだが、それは連携がしっかりしていればの話でもあるし、回復役などのメンバーが揃っているという前提条件も必要となってくる。


 ……でも、ちょっと意外だったかな?


 先ほどまで戦っていた[ゼンマイ銃士]を倒し、次いで近くの[ハコリス]に斬りかかるアリスの動きは戦い始めた最初に比べればかなり良くなっており、今も[ハコリス]の動きをよく見て初動を見切り、[ハコリス]が次の行動に移るまでに連撃を加え、攻撃を回避。危うげもなく[ハコリス]も倒すことが出来ている。


「アリスは運動が苦手そうかなって思ったけど、そうじゃないんだね」


「……苦手ではないですけど、どうしてそう思ったんですか」


 抑揚のない声で言って振り返るアリスの言葉は一見むっとしているようなニュアンスにもとれるが、けれども悠姫はここまでのアリスの行動から彼女が機嫌を悪くしているのではないことを見抜いていた。


 アリサに比べてアリスは感情の起伏が少ないように見えるが、けれども意識して見てみると意外にそうでもなく。本人は隠しているつもりなのであろうが、アリスも結構表情豊かなのだ。


 今も無表情を意識しているのだろうが、小さく傾げられた首や、何より瞳に純粋な疑問の色が浮かんでいるのを見て取れる。


「んー、アリサと比べるとアリスは落ち着いてるから、対極的にインドア派なのかなって思っただけなんだけどね」


「……そうですか。確かにアリサみたいに外を走り回ったりはしませんけど、これでも遊びに行ったりはしてますし、インドア派でもないと思います」


「そうなんだ? 因みに遊びに行くって、どんなところに行ったりするの?」


「…………それは」


 話のとっかかりを探すために自然な流れで聞いたはずだったのだが、悠姫がそう聞いた瞬間アリスは表情をわずかに曇らせ口ごもった。


「あ、も、もしかしてあんまり話したいことじゃなかった? ごめんね」


 先の嫌いです宣言が効いているのか、悠姫は脊髄反射的な速度で謝った。


「……意外だって笑われそうだったので、ちょっと口ごもってしまっただけです」


「そうなの?」


「……はい」


 頷いて恥ずかしそうに視線を逸らすアリスの様子は不謹慎ながら可愛らしく、悠姫は咄嗟にシステムウインドウを操作してSSを撮った。


 なるほど、確かにSSを撮りまくるシアの気持ちもほんの少しわからなくもない。


 不審な動きをする悠姫にアリスは再び小首を傾げる。あ、かわいい。もう一枚。ぱしゃり。


「……ゆうねーさま?」


「あ、うんごめんね。でもそう言われると気になるね……笑わないからわたしに教えてくれるとうれしいな」


 本来ならば追及するべきところではないのかもしれないが、けれども隠そうとされると余計に気になってしまうのは人としての性である。


 悠姫は笑みを浮かべたまま、アリスの反応を待ってみる。


 悠姫の問いにアリスは半眼の不機嫌そうな瞳でじっと見つめた後、根負けしてふいと視線を逸らし、うつむき気味に恥ずかしそうに囁く様に言った。


「……ガン……」


「え?」


 問い直すと、アリスの視線がさらに険しくなる。


「むぅ…………ガンシューティングです」


 ログを見れば表示されていたかもしれないが、ついつい聞き返してしまい、アリスは不満そうに唸って、次は先ほどよりも大きな、けれども悠姫にかろうじて聞こえる程度の音量でそう言った。


「ガンシューティングって、良くあるゲームセンターとかの、あれ?」


 悠姫の確認に、アリスは視線を逸らしたまま、こくりと頷く。


「あ、それでガンナー選んだのかな?」


「……です。……意外だって笑わないですか?」


「ううん。むしろ最初にガンナーを選んだ理由に納得がいって、なるほどね、って感じだよ?」


 大人しそうなイメージではあったのは確かだが、悠姫はアリスのことをほとんど知らないのだから意外も何もない。


 イメージから人を判断するというのは現実では良くあることではあるが、それはあくまで現実で、の話である。


 喋り口調や佇まいから判断して最初にイメージを固定してしまうのは現実では実に良くあることであるが、ことオンラインゲームの中では、とりわけパソコン越しにプレイしていたMMORPG等ではそもそも相手の姿は見えなかったし、相手のことなんてほとんどわからないのだから、長い付き合いでない限りは意外な一面というのは見つけづらいものだ。


 まあとどのつまり、悠姫は完全に思考がネトゲ中心で、ネトゲでのスタイルを常識として判断するただのネトゲ廃人だった。


「……ゆうねーさま、ありがとうございます」


「……え? 良くわからないけど、おねーちゃんに任せて?」


 けれどもそんな判断基準を知らないアリスは、悠姫が実に紳士的な対応をしてくれたのだと信じ切って、素直にそれがうれしく思ってしまった。そんなこと欠片もないというのに。


 悠姫は悠姫で額面通り本当に良くわからないまま、姉風を吹かせるナチュラルド外道だった。


「んー、でも運動が苦手じゃないんだったら、ガンカタ型とかにしたらいいんじゃないかな」


「……ガンカタ型ですか?」


 悠姫がそう薦めると、アリスは問い返す。


「そそ。ガンナーは射程距離に応じて緩いけどダメージ減衰があるし、反比例に距離が開くほどにヘイトが急激に上がって行くんだよね」


「ヘイト……敵対度ですね」


「うん。大体距離で言うと五メートルくらい距離が開いたところくらいからかな。そこから十メートルまではまだ前衛が居れば許容範囲のヘイト上昇具合だけど、ぶっちゃけ十メートル以上離れたところからのヘイトの上昇加減は半端なくて、数十メートルも離れたところから狙撃なんてしたら、狙撃した人からタゲが外れなくなって手が付けれなくなるんだよね」


「……そうなんですか」


「VR化以前もボス戦闘とかでガンナーがスナイプして対抗パーティを潰すとか、殺伐とした戦略が横行してたくらいだからね……と、もっともVR化以前のCAOでは射程はそこまで長くなかったけど」


「VR化以前ということは、今は変わってるんですね」


「うん。ガンナーの射程距離もVR化後に変化した一端で、ガンナースキルの[ロックオンサイト]を使えば、一定時間行動が出来なくなる代わりに射程500メートルまでターゲット出来るようになるからね」


「……そう聞くとすごいように聞こえますけど、デメリットもあるんですよね」


「鋭いね。まあ。うん」


 ニンジャから癖のある職業だと聞いていたアリスは、額面だけの情報を鵜呑みせず問いかけると、悠姫はそれに肯定をもってして答える。


「500メートルっていうのは正直、普通のMMORPGではありえないほど長大な射程だし、それだけ遠距離から攻撃できるなら一方的に攻撃も出来るんじゃないか、って思うかもしれないけど……やっぱりそこには当然デメリットも存在するんだよね」


 うまい話には裏がある、ではないが、それはバランスというものを何よりも気にするオンライゲームならではの調整である。


「具体的には[ロックオンスナイプ]を発動させると、半径五十メートル以内のモンスターが無条件で襲い掛かってくるの。範囲内に居るのが例えノンアクティブモンスターであっても襲い掛かってくるようになる上に、さらに発動中は一定時間移動が不可能になるし、ボスモンスターの種類によっては[ヘイトオーバーリミット]っていうヘイト値がカンストすると距離に関係なく強烈なスキルを放ってくるモンスターも多く存在してたしね」


「……それだと、あんまり狙撃スキルを取る意味はないんですか?」


「そこは一長一短だけど、他のスキルと合わせて僻地や角地に陣取って、乱数に関係なくモンスターを一発で仕留める、いわゆる一確狩りが出来るなら、ガンナー系列ではもっとも効率の良い狩り方ではあるんだよね」


「なるほどです……」


 ただ、と悠姫は言葉を続ける。


「この狩り方はあまり他のプレイヤーの受けが良くないんだ。スナイプする周辺を注意してないと、人が狩ってるモンスターを撃っちゃったりして、モンスターだけじゃなくてプレイヤーのヘイトも稼いじゃうから」


「迷惑行為でBANされるんですね」


「わざとじゃないとさすがにBANまではされないと思うけど……って良くBANなんて単語知ってるね」


「(´・ω・`)のネットゲーム用語集っていうサイトで予習しました」


「う、うーん……」


 ヘイト値やアクティブ、ノンアクティブなどの単語を知らなかったことからかなり偏った用語集じゃないのかなぁ、それ。と不安になりながらも、悠姫はさらに言葉を連ねる。


「まあ、だからパーティ狩りとかするなら、狙撃メインのガンナーは支援もかけ辛いし、遠くで死んじゃうとリザレクションをかけることも出来ないから足手まといになりやすいし、そもそもダンジョンだと射線が通っていないから遠距離射撃も出来ないから、難しいんだよね」


 だからこそ基本的にガンナー系だと、近接射撃スキルを中心に取って行くことがパーティ狩りではベストとされている。


 悠姫がアリスにガンカタ型という近接射撃を専門としたプレイスタイルを薦めたのもそのためである。


「……でも肝心の銃が出ないです……」


 不満そうに呟きながら、アリスは近くにポップした[EMD-01]へと斬りかかる。


「まあ……そう出るものじゃないけどね」


 含み気味に言いながら悠姫は頷くが、そもそもレアドロップとは確率が一%を割るようなドロップ率のものばかりなのだからそうそう出るものではない。この数十分で狩ったのも精々が50匹程度ではあるし、仮に1%の確率でドロップするにしても50%を余裕で下回る確率なのだから、ドロップしていなくても何ら不思議ではないのだ。


「……はぁっ」


 そんな風に悠姫が思考を飛ばしているうちにもアリスは[EMD-01]が繰り出す前傾からの体当たり攻撃パターンを見切り、ダガーで二度斬りつける。

続けて[EMD-01]の動きをつぶさに観察して右の足が持ち上がる初動を見切り、振り下ろされた前足での一撃はサイドステップでかわし、再び二度斬撃を加える。


 計四発の攻撃で、[EMD-01]のHPバーが半分削れる。


 シアはアリサの方に付いて行ってもらっているので、アリスには今現在支援効果はかかっていない。その分、余らせていたステータスを全て振っているので支援があった時と同等の動きは出来ているが、それにしても堅実なアリスの戦いぶりは悠姫にしても予想外に思えるほど様になっていた。


「……初心者とは思えないくらいだね、本当に」


 アリスに聞こえないくらいの小さな声で、悠姫は呟く。


 ……ヒールスクロールとか持ってきたのも無駄になったかな。


 インベントリから取り出した[スクロール]を手のひらの上で所在なさげに弄ぶ。


[スクロール]とは様々な魔法が込められたエンチャンターによって作られる特殊な巻物だ。


 その効力はスクロールの前に付く文字によって変わって来て、[フレイムアロースクロール]ならば使用すれば[フレイムアロー]が使うことが出来るし、[ヒールスクロール]ならば[ヒール]を使うことが出来るという大変便利なアイテムだ。一応耐使用制限があるとはいえ、本来使えないスキルを使えるというのはかなり便利なものだ。


 インベントリに[スクロール]をしまいながら、悠姫はアリスの動きを改めて観察する。


 理解も早いし、教えれば教えた分だけ素直に吸収するアリスは、本当に優秀な生徒だった。


 モンスターの行動パターンにしても、ほとんどのモンスターが一定のパターンを持っているということを伝えただけで、具体的なモーションを警戒するようにとは伝えていないにも関わらず、数十分発った今では行動パターンの分析は完了してしまっていて、ほとんどの攻撃を見切って回避してみせている。


 ……ここまで呑み込みが早いなら、ちょっとくらいパワレベしちゃっても良いんじゃないかなー? ……ねぇ? ねぇ?


 一体誰に向けて聞いているのか。


 そんな風に悪い虫が疼き出すのを悠姫が必死でこらえていると、[EMD-01]のHPバーの最後の一ドットを削り取ったアリスの頭上に何度目かのlevelap!の文字が表示されるのが見えた。


「お、おめでとー」


「……ありがとうございます」


「これでレベル20だっけ?」


 無言で首肯しながら、アリスはまだ少しぎこちない動きでシステムウインドウを表示してステータス画面を確認する。


「ガンカタ型だと、ステータスはどうなるんですか?」


「近接射撃だと武器の要求STR分だけはSTR振って、後は回避の為のAGI、制動と連射速度の為のDEX、相手の動きを補足する為にINT、スキル仕様の為のMP確保の為にMAGってところだけど、今STR20振ってるよね?」


「20+2です」


「うん。おっけー。20あれば40武器くらいまでなら問題なく装備できるし、とりあえずAGIとDEX振りかな」


「……はい」


 ステータスのポイントが加算されているのを見て、アリスはぽちぽちとAGIとDEXに振る。


「でもってDEXとAGIが50くらいなったら、とりあえずステポイントは置いておいて、レベルが上がって装備武器が変わった時に要求STRに合わせてSTRに振る、って感じになるかな。一応反動制御もSTRで入るけど、こっちはDEXの方が多めに入るから、DEX振れば事足りるからね」


「はい……」


 話を聞いて頷きながらも少し不満そうな顔をしているのは、モンスターから銃がドロップしなかったせいだろう。ステータス云々以前に、そもそも銃が無いのであれば取らぬ狸の皮算用。いくらステータスを振ったところで悲しい妄想に過ぎない。


「ふふ、アリスも結構、考えてることが顔に出るよね」


「っ……そ、そんなことないです……」


「えー? でも銃が出なくて残念に思ってたりしない? そんな顔してたように見えたけど」


「お、思ってないです……」


 ついと視線を逸らすアリスに、悠姫はくすりと笑い、システムウインドウを表示する。


「そっか。じゃあアリスは銃なんて欲しくないんだねー」


 見事な棒読みで言いながらインベントリを選択して、開いたアイテム一覧から、一つの装備品を選んでオブジェクト化する。その直後悠姫の手のひらの上がぱっと光ったかと思うとそれは重力に引かれて、悠姫の手に落ちて引っかかった。


「っ……」


 瞬間、アリスの視線は悠姫の手の中のそれに釘付けとなった。


[+7エクスカートン6D+5]。


 悠姫がインベントリからオブジェクト化したのは、ホルスターに収められた[機械仕掛けの箱]という古き名称を持つ、ルカルディアでは有名な、無骨な六角形のシリンダーを持つ二丁のリボルバー型の短銃だった。


 悠姫が集合場所に遅れて来たのも、ひとえにこの銃を造ってもらっていたからだった。


 ご丁寧に製錬も済まされている辺り、レベル20から装備できるガンナーの初期装備としては望み得る最高級の代物で、レベル50くらいまでならば問題なく主武装として使える性能で、むしろこの狩場だと明らかなオーバーウェポンだ。


 シアやニンジャが武器のプロパティを見たら、即座に悠姫に詰め寄っていただろう。


 初心者になんて武器を渡そうとしているのだ、と。


「うーん、せっかく用意して来たんだけど、無駄になっちゃったかな」


 にやにやと笑いながら悠姫がつい、つい、と手を動かすと、右へ左へアリスの視線が釣れて面白い。が、それと比例して、アリスの表情も段々と不満そうなものと変わって行き、釣られていた視線が悠姫に固定されて険しくなってゆく。


「……ゆうねーさま」


「あはは、ごめんごめん。でもアリスが強情だからついついからかいたくなっちゃったんだよ? ほんとは銃が欲しいのに、素直じゃないから」


「むぅ……」


 そう言われればアリスとしても悠姫を責めることなど出来ない。


「ねだってきたりするよりは、ずっと良いけどね」


 そう言いくすりと微笑みながら、悠姫は手に持った[+7エクスカートン6D+5]をアリスに向かって差しだして言う。


「まあ、せっかくアリスの為に用意したんだから、使ってくれるとうれしいな」


 目の前に差し出された銃を見てアリスは思わず右手を伸ばしかけるも、途中ではたと我に返って伸ばしかけた右手を左手で抑えながら悠姫に伺うような視線を向ける。


「でも……良いんですか。……銃は結構高価な物って、ニンジャさんにも聞きましたけど」


「んー」


 確かに[+7エクスカートン6D+5]は、安価な代物ではない。


[ガンスミス]を見つける為にメアリーに払った情報料こそそこまで高くはなかったものの、[エクスカートン6D]を造ってもらうのに払った材料費は軽く数Mかかっている。


 さらにそこからレベル3武器の限界値である+7まで製錬するのに数Mかかっているので、製造費は実質10MS近くという初心者にとっては途方もない金額に達している。


 10Mというお金がどの程度のものなのかと言えば、一時間、狩場に篭ってドロップ品を収集してNPCに売って稼げるお金というのが効率の良い狩場でもせいぜい500k行けば良い方だ。


 もちろんレアが出ればその限りではないが、レアドロップ狙いの狩りというのは、出なければまったく稼げないものだ。


 例外としてボスドロップを狙ったボス狩りというのも手段として存在はするが、フィールドボスにせよダンジョンボスにせよ、まともに狩ろうと思ったら人も装備もアイテムも必要になってくる。


 悠姫の場合は結構がっつり狩りに行っているし、レアドロップもそこそこ出しているから他のプレイヤーに比べるとそこそこお金は持っているものの、けれどもだからと言って10Mという大金がぽんと出せるお金なのかというとそうではない。


 それなのに何故、悠姫はそんな武器を造ってプレゼントしようとしているのかというと、


「わたしもオンラインゲームを始めたばっかりの時は、熟練者の人が余ってる装備とかくれたりしてすっごく助かって、嬉しかったっていうのもあるし……やっぱり楽しんで欲しいからね」


「……楽しむ、です?」


「うん」


 余程の末期でもない限り、オンラインゲームにおいて初心者とは優遇されるものだ。


 身もふたもなく言ってしまえば新規獲得の為に運営が様々な初心者キャンペーンをしていることもそうだが、それ以外にも初心者が優遇されるのは理由があり、そしてその理由は言われてみれば至極当たり前のことでもあるのだ。


 そもそもオンラインゲームのプレイヤーとは、基本的にオンラインゲームが好きだからやっているのであって、新規のプレイヤーもそこに楽しみを求めてやってくるのだから趣味が合うのはもちろんのこと。大なり小なりの差はあれど既存のプレイヤーからすれば自分と同じようにオンラインゲームが好きになってほしいと思うのは、なんら不思議のない理屈だ。


 だからこそ、と悠姫は心の中で前置き、言葉を紡ぐ。


「わたしはこのルカルディアっていう世界が大好きだから、せめてわたしが関わった人が同じように、ルカルディアを好きになってくれるとうれしいから」


「…………」


 そう言って微笑んだ悠姫の笑顔にアリスは束の間息を飲み、心奪われた。


 自然な様子で小さく、覗き込むように首を傾げて真紅の長い髪を手で小さく払う。


 ふわりと揺れる髪は、とてもではないがここがVR世界だとは俄かには信じがたい再現度を誇っていて、質感はおろか、髪の香りすらも風に乗って届く程だ。


 そんな自然な仕草に加えて、はにかみ、思わずときめいてしまうような素敵な笑みを正面から向けられ、平静を保てる人がどれほどいるだろうか。


「――アリス?」


「は、はい。……なんですか」


 固まるアリスに悠姫が疑問符を投げかけると、アリスは慌てて取り繕う。


 幸いにして悠姫は特にアリスの様子には気付かず、一歩だけ近寄って、手に持ったままの[エクスカートン6D]を差し出す。


「だから、はい。さすがにドロップして手に入れたりしたらそっちの方が良いかなって思ってたけど、そうじゃなかった時でもこうやってサプライズがあった方が良い思い出になるだろうしと思って用意しておいたものだから。遠慮せずに受け取って。……あ、あとは、打算的なものもあるかもしれないしね」


「……打算、ですか」


 おうむ返しに尋ねてくるアリスに、悠姫はにやり、と先ほどとはうって変わった、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「そこはほら、アリスみたいな可愛い妹に好かれたいって下心もあったりするかもしれないし」


 冗談めかした声音で悠姫が笑いながら言うと、アリスはきょとんとした後すぐにくすりと笑みをこぼした。


「……でしたら、受け取らない訳には、いかないです」


「うん、遠慮なく受け取って」


 そして悠姫から送られてきたトレード申請を説明されるがままに操作し、アリスは[+7エクスカートン6D+5]という初期武器にしては明らかにオーバーパワーな武器を受け取った。


 消費アイテムの場合ならば相手に渡せばすぐに所有権が放棄されるが、武器や防具、アクセサリーなどの装備品の場合は普通に渡したところで所有権が相手に移るまでに少々時間がかかる。それ故のトレード申請だ。


「……大事にします」


「もう、かわいいこと言うね!」


 言って、悠姫はうりうりとアリスの頭を撫でつける。


「ゆうねーさま、くすぐったいです……」


 そんな風に言いながらも手を除けようとも避けようともしないアリス。それを良いことに悠姫は少しの間そのままアリスの頭を撫で続ける。


「なでなでなでなで……」


「はふ……」


 蕩けた笑みで暫くそうしていて、やがて満足したのか、悠姫は手を離しながらアリスに問いかける。


「……そういえば、装備のしかたはわかるよね?」


「はい」


 頷き空中を迷い指しながら、アリスはぽちぽちと装備を変更してゆく。


 ひよりのようにアニメなどで予習していない分、アリスの動きはぎこちなく、しかしそれ故に悠姫は微笑ましい気持ちでアリスを見守る。


「わ……」


 そして何度目かの操作か、ボタンを押す指が止まったのと同じくしてアリスの腰に、ホルスターに収められた[エクスカートン6D]が装備された。


「んー……」


 アリスの容姿を上から下までじっと見つめ、悠姫は唸る。


 初期装備の[木綿の服]と[靴]に[エクスカートン6D]という組み合わせは、あまりにも装備の強さがアンバランス過ぎてどうもしっくりと来ない。

かと言ってさすがに防具まで不相応の装備をプレゼントしては、今後のプレイヤースキルの上達の邪魔にしかならない。


 それならば、と、悠姫はアイテムリストをフリックして確認すると、今まさに銃を抜こうとしていたアリスに声をかける。


「アリスアリス、これもあげる」


「…………?」


 再び突然出されたトレード申請に、アリスは銃を抜こうとしていた右手を止め、YESボタンに手を伸ばす。


「……はい?」


 そしてトレード画面に表示されたそれを見て、アリスは驚いた表情で悠姫を見た。


「絶対似合うと思うから、是非着てみて!」


「……は、はい」


 輝く瞳の悠姫に気圧され、アリスはぽちりとトレードの受諾ボタンを押す。


 先ほどの問答は何だったのかと言わんばかりの有無を言わせぬ語気で悠姫がアリスに押し付けたのは、一着の衣装装備だった。


「ね、早く、早く着てみて?」


「ゆうねーさま……」


 有り余るわくわく感を隠そうともしない視線を向けてくる悠姫に、アリスは若干引き気味な表情を作りながらも、送られてきたそれを探すべくインベントリを開く。


 その中から先の衣装装備を選んで装備すると同時に、ふわりとスカートの裾が翻った。


 悠姫が渡したのは、[夕暮れのガンドレス]という、セインフォートのお店でも普通に売っている、フリルがつけられた布地と無骨な革で構成されているワンピース型の衣装装備だ。


 さすがはVR世界というべきか、サイズ調整はシステムが自動で行ったくれるため、まるでしつらえたかのようにアリスの背丈のサイズにぴったりと合い、先ほどまで木綿の服を着ていた姿などなんのその。可愛らしさと凛々しさが同居して不思議な調和がとられている[夕暮れのガンドレス]を着たアリスはとても可愛らしく、背にツーサイドアップの白い髪がさらりと流れ、腰には先ほど渡した[エクスカートン6D]が下げられている容姿をマジマジと見て、悠姫は自分の見立てにガッツポーズを決めた。


「うん……うん! いいね!」


 買うときに自分で試着してみて気に入ったから買ったのでイメージはちゃんとあったが、悠姫はこの時ほど自分の慧眼を心の底から褒め称えたことはなかった。


「……ひらひらです」


 当然のように袖の部分にもフリルがあしらわれており指で摘まみながら、アリスは邪魔にならないかどうか試すように腕を動かす。


「わ、アリス似合ってる! かわいいよー!」


 その動きは傍目から見ると腕をぱたぱた動かしているようにしか見えなく、可愛らしい仕草に悠姫はSSを撮るのも忘れてメロメロになっていた。


「……あ、ありがとうございます」


「むしろわたしがありがとう! あ、そだそだ……」


 恥ずかしそうに照れながらぽつりと感謝の意を表現するアリスに悠姫自身も訳の分からないお礼を言い、次の瞬間には思い出したかのような神速のウインドウ捌きでSSボタンを表示してSSを撮った。


「……ふふ」


 にへらと笑う悠姫の表情は完全に私欲に塗れていた。


「……ゆうねーさま、どうしたんですか」


「え、ううん、なんでもないよ」


 まだSSの撮り方については教えていないので、不思議な動きの後ににやにやと笑いだした悠姫を不審に思ったのだろう。眉を顰めて聞いてくるアリスに、悠姫は言葉を濁して返した。


 ……SSはもうちょっと後で教えてあげればいいよね。


 ……後でアリスがSSの撮り方を教わった時に悠姫の謎の動きについて理解し呆れ顔をすることになるのはさておき、先ほどから喋っている間もアリスは銃をホルスターから抜いては戻し、抜いては戻しを繰り返して手の馴染み具合を確認している。


「それよりアリス、早く銃が撃ちたくて仕方ないって顔してるね」


「う……バレますか……」


「あはは、それだけ露骨だとね」


「む……」


 バレるもなにも、悠姫から見たアリスには隠す気などどこにも見当たらなかった。


「新しい武器を手に入れたら試してみたくなるのは当然だし、試しに撃ってみるといいと思うよ。色々調整するにもまずはやってみないとわからないしね」


「……はい」


「おあつらえ向きにそこにゼンマイ銃士が――」


 ――居るし。と続くはずの言葉は、クイックドローからのガン!と響いた銃撃音によってかき消されて誰の耳にも届くことはなかった。


 アリスの銃口の先を見ると、そこには片目が吹き飛び、がくがくと膝を揺らす[ゼンマイ銃士]の姿があった。


「……え」


 ガガガガン!


 突然の放銃に悠姫が呆けた声を出すが、そんなことは知ったこっちゃあないと言わんばかりに続けてアリスは逆のホルスターからも銃を引き抜き、二丁をクロスさせるように持ち、銃を連射する。


 放たれた銃弾は[ゼンマイ銃士]の残った片目をも吹き飛ばし小さな頭部に寸分たがわず吸い込まれて行き無残な残骸へと変貌させてゆく。


「ちょ……」


 ガガガガガガガン!


 撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。まるで親の仇のように、アリスは[ゼンマイ銃士]に向かって、[+7エクスカートン6D+5]というオーバーパワーな銃の銃身から全弾を吐き出すまで撃ち続ける。


 放たれた銃弾に貫かれる[ゼンマイ銃士]は既に首から上は存在しなく、倒れようとしている身体に無理矢理銃弾を叩き込み立たせ続けるアリスのそれはもはや完全に死者への冒涜でしかなく、完璧な死体蹴りだった。


「ちょ、ま、も、もう死んでるから! ゼンマイ銃士もう死んでるから!」


 やれと言ったのは悠姫自身ではあったが、予想外過ぎるグロテスクな銃殺劇に悠姫は思わずそう叫んだ。


 攻撃判定が入り続けているせいで消滅こそしていなかったが、二発目の銃弾がHITした時点で[ゼンマイ銃士]のHPバーは完璧になくなっていたのだ。


「…………はっ」


 計十二発の弾丸を撃ち尽くしたアリスは二丁の銃をホルスターにしまい、そこでようやく我に返り、先の銃殺劇を振り返ったのか、さーっと顔を青ざめさせてゆく。


「え、えっと……も、もしかしてアリスって、トリガーでハッピーになっちゃうような……人種なの?」


「はぅ……う……は、はい……」


「そ、そうなんだ……」


 穴があったならば一も二もなく飛び込んでいただろう。顔を青ざめさせていたアリスの表情が一転、今度は恥ずかしさで真っ赤に染まってゆく。


 あわわと顔を両手で控えめに覆うが丸見えだ。


「うぅぅぅ……」


「まあ、その、ね? べ、別に良いんじゃないかな。アリスがトリガーハッピーでもわたしは気にしないよ? さすがに死んでるのに銃弾を撃ち込み続けるのは、銃弾ももったいないし控えた方が良いとは思うけどね」


「ゆうねーさまがドン引きしてます……」


「そ、そんなことないって。びっくりしたのは、確かだけどね」


「む……」


「ああ、違う違う、アリスの豹変ぶりに驚いたこともないこともないけど、あそこまで連射できるものだと思ってなかったから」


 CAOがまだPCゲームだった時の仕様ではガンナーはある程度AGIに振っていないとASPDが足りずDPSを出すことが出来なかったが、先に見たアリスの連射はぶっちゃけAGIを後半付近まで振っている速度だった。


 基本的に銃の場合は{([武器ATK+弾丸ATK]×[HSm/s×0.02])×距離減衰%}-敵DEF=与ダメージ。となるので、ATKが合計1000程あればHSと敵のDEF次第では10k近くものダメージをコンスタンスに叩き出すことが出来るだろう。


 パワーレベリングの夢が広がる仕様ではあるが、逆にダメージが出すぎではないかと思わなくもない。


「うーん……」


 そんな風に考えながら、ふとアリスが撃った銃弾の先。

[ゼンマイ銃士]の頭部の欠片を吹き飛ばした銃弾が辿った軌跡の先の着弾点。

 工場の壁面。


 ……そこに残された弾痕が視界に入った瞬間、悠姫は光景に、酷い違和感を覚えた。


「……あれって、もしかして」


「?」


 唐突に弾痕に向かって歩き出した悠姫にアリスが首を傾げるが、悠姫は構わず壁の前まで近寄ると、おもむろに腰から剣を抜き、壁にめがけてスキルを放った。


「[クラスターエッジ]!」


「……っ!?」


 神速の連撃が一瞬にして叩き込まれ、弾痕を残していた壁に大きな亀裂が入り、内側に削れるようにへこむ。その壁の削れ具合を見て悠姫は確信し、そのままスキルを繋げる。


「[トライエッジ]! [ブレイズカノン]!」


 壁面を削り取る猛獣の爪痕を残す三連撃から、炎を纏って加速した強烈な一撃が中心に撃ち込まれ、耐えきれなくなった壁ががらがらと崩れ落ちてゆく。


「……ゆ、ゆうねーさま?」


 アリスから見ればいきなり武器を取り出し、本気の勢いで壁ドンし始めたのだから、戸惑うのは無理もない。


 悠姫は怯えるアリスに、振り向き、にやりと笑って告げた。


「やっぱり、予想通りだね」


 何が予想通りなのだろうか、とアリスが思う間もなく答えはぽっかりと口を開けていた。


「……隠し部屋……ですか?」


「だね」


 部屋の中にたまっていた埃が壁を叩き壊した瞬間に巻き上がったのか視界は悪いが、土埃の奥にはちょっとした空間が存在していた。


 覗く部屋の中は薄暗く、様子は判然としない。


 恐らくシステム的に別のゾーンへと繋がっている故に、認識が阻害されているのだろう。


 ごくり……と悠姫は思わず生唾を飲み込む。


 レニクス工場跡で隠し部屋があるなんて情報は今までどこの掲示板でも見たことが無いし、中に溜まっている埃はここ数年、誰も出入りしていなかったことを如実に物語っている。


 もっとも中の埃は雰囲気を醸し出す為に、と運営によって作られたものなのかもしれないが、その場に澱のように漂う静謐さは今までに見たどの光景よりも幻想的で、ここが誰も踏み入れたことのない場所だということを悠姫は直感で悟っていた。


「……ちょっと、中を探しても良いかな」


 好奇心に耐え切れず悠姫がアリスに断りを入れて一歩、中に足を踏み入れたその瞬間。


[ポーン]


 と、不意を打つシステム音が耳元で流れ、悠姫の思考は宙に放りだされた。


「は、え? な、なに?」


「……? どうしましたか、ゆうねーさま」


「あれ? え、アリスの方にはさっきのシステム音というか、なんか――」


 ……アリスの方には出てない? これって……


 言って考えながら、悠姫はポップアップされていたウインドウの文字に視線を向け、


「――――」


 そこに書かれた文字を見て、時間が止まったと錯覚するほどの強い衝撃を受けて、呼吸を止めて目を見開いた。


「……ゆうねーさま?」


 問いかけるアリスの声は、悠姫にはまったく聞こえていなかった。


 …………。


 悠姫は何度も何度も目の前の文字を端から端まで追いかけ、意味を咀嚼する為に脳裏で反芻することだけでいっぱいいっぱいだった。


 ほんの数行の短い文字。


 そこに書かれていたのは、



『深海に眠る都市、その最奥に現れるトリアステル=ルイン(第三の聖櫃)の影を討伐せよ』



 ――そんな文字が、まるで悠姫に挑戦状を叩き付けるかのように、浮かんでいた。


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