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Crescent Ark Online  作者: 霧島栞
第三章・中[機械の心]
32/50

六話[双子]

 ルカルディアの首都セインフォートの南西に佇む奇妙な洋館、もとい図書館は、どこか閑散とした空気に包まれていた。


「誰も来ないでござるな……」


 主を失った、とでも表現するのが正しいだろうか、いつも溜まり場として利用しているASのメンバーが居ないだけで図書館は静寂を取り戻し、NPCの司書さんが時折本のページを捲る音だけが一定のペースで聞こえてくるのみだ。


 そんな静かな図書館の中で、設けられた観覧スペースのソファにぽつんと腰掛けて呟くのは、一人だけ取り残されたニンジャだった。


「……うむぅ……こうも誰も来ないとなると暇でござるな……」


 ニンジャがCAOにログインしたのは、今から三十分前のちょうど昼過ぎだった。


 悠姫とひよりがUFLに行くことを知らされていないニンジャは、今日も変わらず皆がログインしてくるものだと思いこんでいた。


 けれどもログインしてから約三十分経っても誰かがやってくる気配は無く。


 いつもならば土曜のこの時間には必ずログインしてくるリーンと久我すらログインして来ない。そのせいでニンジャは先程から不必要なまでにギルド情報欄を開いては閉じてを繰り返してしまっていた。


 その心理はSNSにコメントが無いかが気になって何度も携帯を見てしまう心理に近いかもしれないが、実際は悠姫もひよりもシアもリーンも久我も全員UFLに行っているのだから、ログインしてくるはずもない。


 来るはずもないギルドメンバーをまだかまだかと待つニンジャの様子は、まさに不憫だとしか言いようがなかった。


「……来ないでござるな」


 ぽつりと所在無さ気にニンジャは呟いて、再びギルド情報欄を呼び出しては閉じる。


 ニンジャのステータスはAGIとSTRに重点を置いた一撃必殺型だ。


 一人でも狩りに行くことは出来るのだが、ここ最近は皆と集まって戦闘訓練をしていたことや、馴染みの久我やリーンとパーティを組んで狩りに行くことが多かっただけに、もう少し待って見るべきか否かと考えているうちに狩りに行く意欲を完全に失ってしまっていた。


 あまりにも暇すぎたので館内で素振りをしてみたところ、司書のNPCに物凄い形相で睨まれ、すごすごと断念して今は椅子に腰をかけ、今は所在無さ気に視線を宙に彷徨わせるだけだ。


 NPCだとわかっていても、ニンジャは女の人にめっぽう弱かった。


 ひょっとしたらリーンに怒鳴られてばかりいて、調教されてしまっているのかもしれない。


 何をするでもなく、ニンジャはぼうと天井を見つめて息を吐く。


 ……ふむ、これを機に無の心を修得するのも一興でござるな。無我の境地に至るのもまた一興でござる……。


「たのもーっ!」


「ふぉおおおおおお!?」


 そんな中二病なことを考えるまでに極限の暇を持て余していると、いきなり図書館の扉の方から元気な声が聞こえて来て、ニンジャはどこから出たのか変な声をあげて文字通り飛び上がった。


「……お邪魔します」


 続けて聞こえてきた声は、先ほどの声とまったく瓜二つではあったが、最初のような元気さは失われ、抑揚無く響いた。


「……む?」


 ほとんど間もなく繰り出された落差の激しい同じ声に疑問を抱きながらも逸る心臓をなだめ、ニンジャは視線を声の方向へと向ける。


 そこでようやく、ニンジャは突然の闖入者が一人ではないことに気が付いた。


「……お主ら、何者でござるか」


 ニンジャは真顔でそう聞いたが、図書館はASが溜まり場として使用はしているものの、空き家などとは違い数少なくはあるがクエストの進行に絡んでくる建物で、プレイヤーが購入して所有することが出来ない建築物だ。


 我が物顔で応対して良いものではないが……けれども二人の少女がわざわざ声をかけて入ってきたとなると話は別だ。恐らくASの誰かに用があってやってきたのだろう。


 さて果たして。


 そんな二人の少女のニンジャに対する反応は、ニンジャにとってあまりにも予想外なものだった。


「――に、忍者が居る!」


「……は?」


「アリスには、変質者に見えます」


「なっ……」


 まさに二者二様の対極的な反応に、ニンジャは戸惑い言葉を失う。


 片方のポニーテールの少女は心の底からうれしそうに、もう片方のツーサイドアップの少女は明らかに一歩後ずさって半眼になりニンジャへ警戒心を露わにする。


 どちらも同じような背丈に白い髪。違いと言えば瞳の色と髪型くらいで、声もまったく同じなので、もしかしたら双子なのかもしれない。少なくとも、それを意識したキャラメイクである。


「ちょっとアリス、変質者じゃないよ? あれはニンジャ! 絶対ニンジャだよ!」


 ニンジャが戸惑いから抜け出して考えるよりも先に、口を開いたのはポニーテールの少女の方だった。


「アリスはアリサに質問します。アリサは図書館に忍装束を着たあからさまに怪しい不審者が居たら、どうしますか」


「もちろん、サイン貰うよ!」


「……アリサに聞いたアリスが馬鹿でした」


 自分のことをアリスと呼ぶツーサイドアップの少女はじと目の半眼で、自身がアリサと呼ぶ少女へと向かって冷たい視線を向ける。


 確かに彼女の反応は概ね間違いではない。


 図書館に忍衣装を着た中年男性が佇んでいたら、誰であれども通報してしかるべき案件である。しかしそれはここがルカルディアではない現実の世界だったらの話だ。


 VR世界であるこのルカルディアでは服装などまさに千差万別、プレイヤーの数だけ存在すると言ってもいい。


 中には明らかにニンジャよりも怪しい全身甲冑で武装したプレイヤーも存在するのだから、忍装束くらいで怪しいと言っていては、コミュニケーションなど取りようもない。


「ふ、不審者……」


 だがそれはそれとして。仮にそんな風に理論武装していたとしても年端もゆかぬ少女から不審者扱いされるというのは、ニンジャくらいの年齢ともなれば堪える話だ。


 アリスというらしき少女の酷な言い様に、ニンジャは愕然とする。


 幼さを残す外見の少女に不審者と言われて喜ぶ男はそう居ないだろう。


 それでなくともニンジャはネトゲにのめり込んでいるような廃人勢で、当然、現実で女の子と親しくする機会など無く、さらにはオンラインゲームの中でも割と奇抜で尖ったプレイスタイルもあって、ネタにされることはあれども誰かに教えたり懐かれたりすることもほとんど無かった。


 だからこそアリスの淡々とした言葉はニンジャの心を抉り取った。


 致命的な一撃を与えられたニンジャの心は、既に半分以上折れかけていた。


 どうしようもない豆腐メンタルだった。


「わわっ、何かすっごく落ち込んでるっぽいよ!? もう、アリスは口が悪い!」


「アリサには注意されたくありません。けれども……言い方が悪かったです。ごめんなさい」


 さすがにニンジャのしおれ様を不憫に思ったのか、アリスという少女はそう言ってニンジャに向かって頭を下げた。


「き……気にしなくても……良いで、ござる……よ」


 どう聞いても気にしているのが明らかな口調でニンジャは答えつつも、内心ではこれ以上不審者扱いされないことを心底ほっとしていた。


 続けて話の起点を見つける為に、ニンジャは白い髪をツーサイドアップに纏めたアリスという少女の動きを視線で追う。


 きめ細かい白い肌に、真っ白な髪。相貌は整っているが不機嫌そうな、或いは無感情なじと目が少女の可愛らしさを台無しにしている。髪はツーサイドアップに纏められ、服装はチュートリアルでもらえる初期装備のままだ。


 ニンジャの視線に気が付いたのか、少女の瞳がさらに数ミリ、不審そうに歪められる。


 それと共に僅かに身を引いた気がしたのも気のせいではないだろう。


 髪の毛先がゆらゆらと揺れている。


 そんな所作に僅かに傷つきながらも改めて思うところではあるが、CAOのグラフィックの精度は、もはや常軌を逸していると言って良い程に洗練されていると思わざるを得ない。


 世界観そのものは現実と似ても似つかないが、けれどもルカルディアにある歴史や世界の風景、人々の細かな仕草は到底、所詮VR世界だと一笑に付すことはできないほどだ。


 何も知らずに家屋の中に転移されれば、本当にVR世界だと気が付かないほど、違和感を覚えない作りになっている。


 CAOをプレイしている時、ニンジャ自身もたまにこの世界がVR世界であることを忘れそうになってしまうことがあるくらいだ。


 それほどまでに、あまりにもこのルカルディアは完璧すぎた。


 VR化に伴い、CAOというオンラインゲームは様々な変化をきたした。


 MMORPGの命題であるレベル上げの為の狩りにしても、PC画面で見ていた頃とは違い、面と向かってモンスターと対峙するようになって、凶悪な姿を持つモンスターへの恐怖心からあまり狩りに行かなくなってしまった人も居るし、またそれとは別にルカルディアの各所にあるダンジョンや秘境に心を躍らせ、仲間を募り、レベル上げなどそっちのけでまだ見知らぬマップへと繰り出す冒険者のような者も増えた。


 良くも悪くも今までのMMORPGとは違うプレイスタイルがいくつも確立され、プレイヤーの数は日々増加の一途を辿っている。


 よくもまあこれだけの世界を三年間という期日までに造り込み、実装出来たものだと、LOEの技術力には舌を巻く。


 それでいてバグの報告がほとんどないのだから、LOE(運営)がどれだけブラックな企業なのかは火を見るよりも明らかだろう。


「あれ? 動かなくなっちゃったよ?」


「じー……アリスをじっと見ています。もしかして、本当に変質者なのですか」


「ち、違うでござるよ!? そ、それよりも二人は図書館に何用でござるか!?」


 安堵しきっていたところに再び疑惑が向けられて、ニンジャは慌てて問う。


 さすがにルカルディアでも年端もいかない容姿の少女をじっと眺めているというのは、誰かに言及されたら言い訳の出来ない状況だ。


「あ、そうそう。アリサたちは用があってここに来たんだけど、うーんとねぇ……あれ、な、なんだっけ? アリス?」


「はぁ……お馬鹿なアリサに代わって、アリスがお答えします」


 やれやれと肩を竦めながら、アリスと呼ばれた少女はそう前置きして話し始める。


「実は、アリスたちは今日がこのゲーム初日なのです。それで色々教えて貰うならこの図書館に居る欠橋悠姫という方に教えてもらうのが良い、と友達に言われてやってきたのですが」


「あ、うん。そうそう! それ!」


「な、なるほど。そういうことでござるか」


 淡々と言うアリスと、にぱーと笑いながら同意するアリサに、ニンジャは頷く。


「その欠橋悠姫さんって、ここに居るんだよね?」


「うむぅ……いつもここをたまり場にしているでござるが、今日はまだ居ないでござるな。拙者も他のギルドメンバーが来るのを待っているのでござるが……」


「えっと、ギルド……ってなんだっけ? アリス?」


「ギルドは親しい人同士が参加するコミュニティです。コミュニティ。アリサ、言って理解できますか?」


「む、むー! アリサだってそのくらいわかるよ! アリス、馬鹿にしすぎ! アリスよりもアリサの方がお姉ちゃんなんだからね!」


「……ふっ、そうですね」


「むぅ! むむむむむ」


 頬を膨らませるアリサに、アリスは冷ややかな嘲笑を贈る。


 それを傍から見ていたニンジャは、二人のじゃれ合いはともかくとして、大体の話のあらましを理解して頷く。


「ふむ、それで、どうするでござるか? 待つのならばソファで座って待つのが良いでござろうが」


「む……う? うーん。……んー」


 ニンジャがソファを指さして示すと、頬を膨らませていたアリサは頬から空気を抜き、悩ましげな仕草を取って考え始める。


「その欠橋悠姫って人は、そろそろ来そうなの?」


「それはさすがにわからないでござるな。ただこの時間に居ないならば、姫は来ても遅い時間になりそうでござる」


「姫?」


「悠姫殿のことでござるな」


「え、もしかして、欠橋悠姫って人って、ニンジャが仕えてるお姫様なの!?」


「つ、仕えているわけではないでござるよ」


「そうなの?」


 言葉の一部を拾って明後日の方に飛んで行く話題に、ニンジャは言葉を濁す。


 事実、悠姫の事は姫と呼んで慕ってはいるものの、忠義を尽くしているのかと言えば、決してそうではない。


「拙者が姫には尊敬の念を持っているのは、確かではござるが……」


 言いながら、ニンジャは悠姫の姿を脳裏に思い浮かべる。


 真紅の髪に白銀の鎧を纏った少女は、出会った当時はほとんど名前の知れていない、ある程度の装備で纏まった中の上程度の至って普通のソロプレイヤーだった。


 レイドボスの討伐や大規模クエストの攻略、それに聖櫃攻略戦などにも細々と参加していたようだが、それでも知っている人は知っている程度の認識で、大手ギルドの廃人勢に比べればその知名度はほとんど無いに等しかった。


 ニンジャが悠姫と出会ったのは、そんな悠姫が一人で冒険していた頃の話で、ニンジャは悠姫のギルドの最初期のメンバーだ。


 だから一年と少し前。


 悠姫がいきなりCAOを休止して居なくなった時にはやり場のない憤りを感じたが、けれどもそれに勝るかけがえのないモノをニンジャは悠姫にもらっていた。


 悠姫が居なければニンジャは今も長い付き合いとなっている久我やリーンと出会うことも無かっただろうし、[サムライマスター]というユニーククラスを手に入れられることも無かった。


 それだけに悠姫がVR化と共に戻ってきてくれて、シアほどではないが素直に喜ばしく思っているし、一緒のギルドに居れば退屈することはないだろうという期待もあった。


「して、再度問うでござるが、どうするでござる」


「うーん……どうするー? アリス? 待つ?」


「そうですね……ミミも居ませんし、悩ましいところです」


「……ふむ」


 二人の様子を見ながら、ニンジャは両腰に挿されている二本の小刀[朧月]と[吹雪]の柄を撫でつつ、言葉を続ける。


「それならば、拙者がルカルディアをご案内致そうか?」


 これまでのニンジャならば初心者を案内しようという考えなど思いつかなかっただろう。


 けれどもここ数日の悠姫を見ていたせいか、気が付けばニンジャは自然とそんな提案を口に出していた。


 別に初心者に対して苦手意識を持っているという訳ではないが、先にも言った通りニンジャのプレイスタイルはかなり尖っていて、あまり人に教えるに向いていないということもあって、初心者と接する機会があっても他の人に譲っていた。


「え、いいの!?」


「……アリスたちの何が目的なのですか」


「何も目的などないでござるよ!?」


 相変わらずのアリサの瞳を輝かせる反応と、ドン引きした様子で後ずさるアリスの反応にニンジャはツッコミを入れて咳払いを一つ入れて続ける。


「まあ拙者も暇でござったし、強いて理由を言うならば……お人好しがうつったのかもしれないでござるな」


「んんん? どゆこと?」


「こちらの話でござる」


 にやりと笑って煙に巻くニンジャの物言いにアリサはなおも首を傾げていたが、けれどもすぐに気を取り直したのかニンジャの前までとててとやってきて明るい笑顔を見せて言う。


「ま、いっか。それはそうと案内してもらえるなら自己紹介しないとね!」


「そうですね。アリサの癖に随分まともなことを言いました。偉いですね」


「えへへ、じゃあ自己紹介するね!」


「う、うむ」


 さりげなくディスられていることに気が付かないアリサを不憫に思いながらニンジャは頷く。


 チャットのログを視界の片隅に表示しているニンジャには既に二人の名前はわかっていたが、けれどもわざわざ水を差すことでもない。


 細かい仕様などは、後々教えてゆけば良いし、ログでわかっていたとしてもその手の挨拶というのはコミュニケーションを取る上で結構大事なものだ。


「アリサは、アリサ=ルージュだよ!」


「アリスは、アリス=ホワイトと言います」


 元気良く笑顔を振りまくアリサと、淡々と言って小さく会釈するアリス。


「拙者は見た目の通り、ニンジャと申す者でござる」


 そしてニンジャは、さらりと嘘を吐いた。


 正しくは[NINGA]ニンガとしか読めないのだが、ニンジャにとって名前は最大の黒歴史であり禁忌である。高額の課金アイテムでも良いので名前を変えるアイテムが売り出されることを真剣に願うくらいに、ニンジャは深い悲しみを背負っていた。


 具体的には二万円までなら即買いする自信が、ニンジャにはあった。


「おー! ニンジャ、ニンジャなんだ! ニンジャ、かっこいいね!」


「そ、そうでござるか?」


「ねー、ねー、ニンジャ! なんか、なんかポーズとって!」


「ポ、ポーズでござるか?」


 唐突に課せられたリクエストに、ニンジャは少しだけ考えた後、


「……ふ、拙者の愛刀[朧月]と[吹雪]が疼くでござる」


「か、かっこいい!」


 両腰の二刀を抜き放ち、決め顔でそう言った。


 このニンジャ、ノリノリだった。


 それを見たアリサが子供っぽくきゃっきゃとはしゃぐ。


「そ、そうでござるか? それだったら、これはどうでござるか?」


「きゃーっ! ニンジャ、アニメのヒーローみたい!」


 ニンジャも満更ではないらしく、サービス精神を出していくつか別のポーズを取ってアリサを喜ばせ、その度にアリサがテンションも高くニンジャを褒める。


 おだてられることに慣れていないニンジャは、完全に舞い上がっていた。


「ふふふ、とくと見よ! 忍法、影縫いの術!」


 実際のスキル名は[一閃・月影]であるが、黒い残光が残ることを利用した二刀での乱舞にアリサが瞳を輝かせる。


「わ、わぁ! ニンジャすごい! すごーい!」


「すごいでござろう! 次はこれでござ――」


「ごほんっ!」


「「――っ!?」」


 ……そんな風に調子に乗っていたニンジャだが、言葉を遮るように聞こえてきた咳払いに、叱られた子供のように、びくりと動きを止めた。


「……図書館ではお静かに」


 これまで何度も図書館で談笑していた時にはお咎めをしなかったNPCの司書の女性が、まさに鬼の形相でニンジャを見ていた。


 さすがにスキルを使ってはしゃぎ始めたのまでは看過できなかったのだろう。

射竦められたニンジャはそこでやっと我に返り、身を縮こまらせた。


「も、申し訳ないでござる……」


「ご、ごめんなさい……」


「…………」


 司書の女性は委縮して謝るニンジャとアリサを見て、小さく息を吐き再び手元の本へと視線を戻していった。


「……アリサと同レベルですか」


 その様子を見ていたアリスは、どこまでも冷めたじと目で二人を見ながら、ぽつりと呟くのだった。





 図書館でニンジャが醜態を晒してから数分後。


「ところで、二人は職業を何にしたのでござるか?」


 アリサとアリスを連れてごまかすように図書館を出たニンジャは、セインフォートの南にある小さなカフェに場所を移した後、二人にそう尋ねた。


「アリサはアサシンだよ」


「アリスはガンナーです」


「む。アサシンはともかく、ガンナーでござるか。ふむ、どちらもレベルはまだ初期でござるか?」


「うん、ログインしてミミのところに遊びに行ったんだけど、何だか忙しそうで」


「……そのミミとやらは誰でござるか? 紹介で来たと申したが、詳しく聞いてござらんかった故」


「ニンジャさんがはしゃいでたせいで、説明出来なかったですしね」


「ぐはぁっ」


 アリスの冷徹な一撃に、ニンジャは精神にダメージを負ってうめき声を上げる。


 背格好も見た目も似たような外見にもかかわらず、アリサとアリスの性格は大違いだった。


 動と静と言うべきか、活発で元気いっぱいの子供っぽいアリサに比べて、アリスは冷静で落ち着いている上に、かなりの毒舌家だった。


「そ、それは、ともかくとして……誰の紹介で来たのでござるか?」


 既に藪に片足を突っ込んでいるが、蛇が出てこないようにとニンジャはアリスの言葉をスルーして問いかける。


「えっとねぇ、ミミはアリサの友達で、狐耳が生えた女の子だよ!」


「そ、そうでござるか。……して、その子は誰でござるか?」


「え? ミミはアリサの友達で、ミミだよ。……え?」


「……え?」


「え?」


「え?」


 果たしてそれはどちらの疑問の声だったか。


 さも当たり前のようにアリサに首を傾げられ、ニンジャは自分がどこか不思議な時空間に迷い込んでしまった気分になり、助けを求めるようにアリスへと視線を向けた。


「……アリサに任せていたら話が進まないので、アリスが説明します」


「え? あれ? ニンジャ、もしかしてわからなかった?」


「アリサ。あれでわかったら超能力者かストーカーです」


「えぇ!? 嘘!? ニンジャってストーカーだったの!?」


「へ、変なことを言わないでくだされ! 違うでござるよ!?」


「わかってます。とにかく、アリサの出番はここまでですね」


「待って、待って! アリサだって、やれば出来るよ!」


「アリサは是非とも来世から本気出してください」


 食い下がろうとするアリサをばっさりと切り捨てて、アリスは説明を始める。


「アリサが言うミミというのは[けもみみ]という製造職の女の子です。ご存知ですか?」


「ふ、ふむ……けもみみ、と言うと、もしやはぜっちの弟子の女の子でござるか?」


「たぶん……そうです。触れただけで世界が爆ぜるさんの弟子ですね」


「ふむ。なるほど。知り合いというのははぜっちと、彼の弟子のことだったのでござるな」


 淡々とした口調でネタネームを言うアリスの様子はかなりシュールだったが、出てきた名前にニンジャは合点がいって頷く。


「確かにはぜっちには借りがあるでござるからな」


 ニンジャが言う貸しとは、二週間ほど前に第一の聖櫃へ向かう[彼方への往路]クエストを行った際、武器や防具を造って貰った時のことだ。


 CAOのVR化二日目。


 VR化以前の装備やアイテムを引き継ぎ出来ない、新生CAOでは当然相場なんてものは存在しなく。


 そうなればキャラクターのレベルは上がれども、素材は圧倒的に足りていないという状況になるのは当然の帰結であり、良い武具の素材ともなればVR化以前では有り得ない値段、それこそ100kで取引されていた素材が1Mにも10Mにも成り得る状態だった。


 けれどもはぜっちは採算など度外視で、身内価格だと言い、明らかに原価を割っているであろう値段で装備を仕立ててくれたのだ。


 ニンジャの武器の[朧月]と[吹雪]もその時に打ってもらった刀であり、詳しくは[朧月+6]と[吹雪+5]というどちらもATKが700近くもある現時点では中々の業物だ。


「どちらにせよ色々と案内はするつもりでござったが、はぜっちの頼みであるのなれば、余計に無碍には出来ぬでござるな」


 向こうにもお得意様を増やすという思惑もあっただろうが、それでも借りは借りである。


「しかし、アサシンはともかく、ガンナーでござるか」


「……ガンナーだと、何かあるんですか」


 先ほどから何やら苦手意識を持っていることがひしひしと伝わってくるニンジャの独白に、アリスがたまらず尋ねる。


「うむ……拙者は忍故、アサシンについてならば少しは教えられることもあるでござるが、ガンナーのスキルやステータスについてはからきしでござるからな」


 対人の為に少しならばWIKIで調べるなどしていたが、ニンジャは基本メイン職一筋で、他の職業をすることは極めて稀だった。


 皆には内緒でナイトなどもやってみたことがあったが、けれどもすぐに性に合わないとやめていた。


「アサシンは拙者のメインクラス、サムライマスターと同じAGI職に分類される故、教授出来る範囲でござるが、けれどもガンナーはそれとは違い、武器依存性の強いかなり癖のある職業でござるからな」


「癖のある職業……」


 まさか自分が選んだメインクラスがそんな職業であることを知らなかったアリスはニンジャの説明に暗い影を落としそうになるが、けれどもニンジャは「あいや」と言葉を前置いてフォローを入れる。


「確かに癖の強い職業と言ったでござるが、それだけで弱かったり地雷扱いされるわけではないでござる故、それほど落ち込むこともないでござる」


「……そうなんですか?」


 VR化以前のガンナー系列のプレイヤーを思い出しながら、ニンジャは続ける。


「ガンナーには大まかに三種類の型があるでござるが、どの型にしてもかなりのDPSが出るでござるからな」


「でぃーぴーえす?」


 さすがにオンラインゲーム初心者には専門用語はわからなかったようで、言葉足らずに発音するアリスを初々しく思いながらニンジャは答える。


「damage per secondの略称で、秒間殲滅力のことでござるな。一秒間にどれだけのダメージが出せるかという指標でござる」


「……なるほど」


「えっと、どゆこと?」


「アリサには後で丁寧に教えてあげるので……暫く黙っててください」


「アリス酷い!?」


「話は戻すでござるが、三種類の型というのはハンドガン型とショットガン型とライフル型の武器系統に依る戦闘スタイルで、基本的には順に近接、中距離、遠距離となってくるでござる」


「それ以外の銃器は無いんですか?」


「あるにはあるでござるが、大抵がボスモンスターのレアドロップになるでござるな。それにそもそも銃器は存在自体がかなりレアでござる故、ガンナーはまずは武器をどうにか入手しなければならないでござるよ」


「……武器屋で売ってないんですか」


「武器は売っているでござるが、銃の店売りは一切無いでござるな。弾薬は一部の都市で売ってるでござるが、銃は全てプレイヤーメイドかモンスタードロップでござるよ」


 VR化以前ならば安く露店で買うことも出来たかもしれないが、今露店で買おうと思えば一番弱い銃でも数Mはするだろう。


 というのも銃の製造には少々厄介な制約があり、銃器は通常の武具製造では造ることが出来ず、ガンナーから派生するメインクラスの[ガンスミス]にしか造ることが出来ない。


 しかも[ハンドガン製造][ショットガン製造][ライフル製造][銃器パーツ製造][弾薬製造]とカテゴリ毎にスキルがわかれていて、スキルレベルが10まであることから製造系のスキルを修得すると他の戦闘スキルなどは一切取ることが出来なくなってしまう。


 ガンナーで取っているとしてもスキルツリー的にも無理のない[弾薬製造]が精々だ。


「ガンナー系のプレイヤーが増えればまたガンスミスの市場も賑わってくるのでござろうが、弾薬でもお金がかかるガンナー系は初心者には厳しいでござるし、初心者でなくてもVR化に伴い、現状キャラが一つしか作れなくなってセカンドキャラを作ることが出来ない故、銃器市場は現状死に絶えているに等しいでござるからな」


「……えー」


 ニンジャはフォローをしているつもりだったが、いつの間にかトドメを刺していた。


 フォローを入れられていたはずのアリスも、途中でおかしな流れになっていることに気が付いて、途中からずっと不満げなじと目でニンジャを見つめていた。


「……もしかしてガンナーってかなり不遇職ですか」


「不遇という訳ではござらんが……1stにはかなりきついかもしれないでござるな」


「……えー」


 初期武器である[パチンコ]をおもむろに取り出して右手に持っているのが、かなり哀愁を漂わせていた。この初期武器が[パチンコ]というのもガンナーの初期育成の難しさを察してしかるべき要素であろう。


「そ、そんな顔されても仕方ないでござる。その分育って装備が揃ってお金に余裕が出来てくると、楽になるでござるよ?」


 しかしある程度育てば、正直どの職業でも同じ話である。


 戦闘職ならばレベルがある程度あり、装備が揃っていれば、お金稼ぎの狩場の一つや二つは行けるようになるものだ。むしろ同じ狩場に行っても弾薬代がかかるガンナーはその分経費がかかるので儲けにくくはある。


「だ、だから悲観することはないでござる。ガンナーは装備さえ手に入れることが出来れば最高峰の火力を出せるでござるからな」


 しかしニンジャもそんな余計な情報を口にするほど残酷ではない。


 実際、装備さえ揃えばガンナー系は高倍率の攻撃スキルや多彩な自己バフスキル、DEFの一部を無視するスキルなども兼ね備えているので、VR化後の詳しい詳細ははわからないが、恐らく純粋なDPSだけで言うならば上位に食い込むだろう。


「そうなんですか?」


「……そ、そうでござるよ」


 ただそこに至るまでの道程が険し過ぎるだけであって。


 心の中でニンジャは言葉を付け足す。


「……そうですか」


 直視出来ないニンジャの言葉の間を読んで『あ、ダメだ』と思えるくらいにはアリスは聡い子だった。


「……もしかして作り直したりした方が、良いんですか?」


「む……拙者個人の意見であらば、やりたい職業をやるのが一番なのでござるが……」


 アリスにそう話を持ちかけられてニンジャは唸る。


 確かに1stキャラでガンナーの育成はかなり厳しいが、絶対に無理なのか問われればそうではない。


 オンラインゲームというのは根気良く続けていればいつかはレベルも上がるものだし、装備もやがて手に入る。


 経験値が100しかもらえないモンスターでも、一万匹狩れば100万、1Mの経験値になる。


 けれどもやっぱりやっていて楽しくなければオンラインゲームなど続かないのも事実で、育成が辛ければ辛いほどそれは顕著になりやすく、途中で断念してしまうプレイヤーが多いのもまた事実だ。


 一つの職業をやり込んでいるニンジャからすれば、アリスには自分の好きな職業でプレイするのを勧めたいところではあるが、けれども途中で挫折してしまっては元も子もない。


「んー、アリスアリス?」


「ふぉ!?」


 そんな風に悩んでいるとこれまで蚊帳の外にされていたアリサがいつの間にやら椅子から移動して、二人の間ににょっきりと生えてきて、驚くニンジャを無視して、言葉を続ける。


「そんな悩まなくてもやりたいのやればいいんだよ! レベル上げとか辛かったりしたら、お姉ちゃんのアリサが手伝ってあげるからねっ」


 そう言うアリサの顏は、見事なまでのドヤ顔だった。


 その言葉に一瞬呆気に取られたアリスだったが、けれども次の瞬間には頬を緩め、再び不敵な笑みを浮かべた。


「生まれた時間が数分の差で姉気取りですか。これだからゆとり世代は」


「えぇ!? アリサ今いいこと言ったよね!?」


 盛大なブーメランを投げながらもそれを返してこないのは、アリサの優しさ故か、それともただ抜けているのか。


「ふ……それならば心配はないでござるな」


 恐らくは後者だとは思うが、そんな二人のやり取りを見守りながら、ニンジャは二人の微笑ましい光景にそう言って頷いた。


「……それはそうとニンジャさん。本当にガンナーについてはからきしなんですか?」


「うむ、そうでござるが?」


 照れ隠しからか、疑う視線で話を振って来るアリサにニンジャは肯定して返す。


「結構詳しいように聞こえましたけど……」


「この辺りは基礎知識でござるからな。CAOをやっていれば自然と覚えるでござる」


 アリスからすれば十分詳しく思えるが、ニンジャからすればこの程度の情報など少し考えればすぐに出て来るような情報である。


 ニンジャでなくとも、一つのオンラインゲームをやり込んでいる人からすれば、自然と覚えてしまうものである。


「されど職業としての個性はある程度見ていればわかるでござるが、細かなスキル構成やステータスまではさすがにわからないでござるからな。大まかに教えることは出来ても、肝心なところで教えることが出来なければ頼りないでござろう」


「……そんなものですか」


「そんなものでござる」


 首肯しながら、ニンジャはそれならばこの後どうするべきかと自問自答する。


 悠姫たちが居ない間にある程度までレベルを上げてしまっても良いか、とも思ったが、けれども少し前のひよりの出来事の顛末はニンジャも知っているところである。


 レベルばかりが先行してしまって、知識が足りないと、後々彼女たちにとっても良いことにはならないだろう。


「――提案があるでござるが、どうでござろうか?」


 だからニンジャはそう言って、疑問符を頭の上に浮かべる二人にとある提案を持ちかける。


「夕刻にもなれば姫たちもログインするやもしれぬでござるし、今はセインフォートや近隣の都市を観光するのはどうでござるか?」


「観光?」


 ニンジャのレベルは現在悠姫よりも少し低い88だが、レベル88もあればセインフォート近辺のモンスターに後れを取ることなどない。


 むしろモンスターがニンジャに触れることが出来るかどうかすら怪しい強さである。


「うむ。拙者が案内すれば初期レベルでは辿り着くことが出来ないような街も見に行けるでござるし、如何でござろう?」


 初心者の育成を手伝ったことがほとんどないニンジャは、早々にレベル上げやステ、スキルの構成などを悠姫たちに任せることにしてそう提案した。


 先にも言ったように、CAOの楽しみ方は何もキャラクターの育成だけではない。


 これほどまでに美しい世界を歩き周り、異なる気候や文化、技術で彩られた異世界の都市を観光するだけでもCAOをプレイする価値は十分にある。


「わ、何だか楽しそうだね! アリサはそれでいいよ?」


「……アリサが良いなら、アリスもそれで良いです」


「決まりでござるな」


 そうして近隣の都市案内は始まり、アリサと共にはしゃぎ、アリスに冷めた目で見られながらも各都市を回り歩いたニンジャはその後、多数の目撃情報によって『ロリコンニンジャ』という不名誉な二つ名をいただくことになるのだった。


 ……憐れ。





「や……まさか、昨日はログインしないまま寝ちゃうなんて、本当に不覚だったね」


 CAOとのコラボキャンペーンが開催されていたテーマパーク、ユニバースファンタジーランド通称UFLから悠姫が帰宅したのは夜の12時近く、終電間際だったのだから疲れてログイン出来なかったというのは普通ではあるのだが、連日かかさずCAOにログインしていた悠姫からすればむしろログイン出来ない状況こそが普通ではなかった。


 普通の定義とはかくも難しいものである。


「あ、やっぱりユウヒ様も寝ちゃってたんですね。わたしとお揃いですね? ね? ね?」


 残念そうな悠姫の言葉に乗ってくるのは、対照的にうれしそうにぴこぴこと猫耳を動かすシアだ。隣から身を乗り出して寄り添ってくるのは良いが、シアの服装は少々個性的過ぎて、正直目のやり場に困る。


 それでも最近は目の前でぴこぴこ動いている猫耳に和むだけの余裕が出来てきたのでマシな方だ。むしろ猫耳しか見えてないとも言い換えることが出来るが。


「シアとお揃いはさておき、割とはしゃいじゃったしね」


「でも、それだけ楽しかったってことですよね、ゆうちゃん」


「まあね」


 夜にログイン出来なかったのは悔しいところではあるが、ひよりの言う通り、遊園地が楽し過ぎたのだから仕方ない。


 ひよりと二人で乗った観覧車からこっち、リーン達と合流して後、さすがに一悶着はあったけれどもそれも対した問題には発展せず、その後はCAOの話をしながら皆でアトラクションを周り、残りはずっと楽しい時間を過ごすことが出来た。


「ナイトパレードなんかではしゃぎまくっているからですわよ、欠橋悠姫」


「いやいや、一番はしゃいでたのはリーンだろ。なんせこいつ――」


「く、久我! 黙りなさい!」


 ……あはは、実はソレ、知ってるんだけどね。


 リーンと久我のやり取りを聞きながら、悠姫は微妙な笑み浮かべて、昨日送られてきたメールの内容を思い出す。


 奇しくもと言うには当然の帰結の如くまるで喜劇のようにオフ会の体を成してしまった昨日の邂逅ではあったが、悠姫はその時にどうせだからと皆とアドレスの交換をしていた。


 その中でも一番早くに悠姫にメールを送ってきたのは、意外にも久我だったのだ。


 ナイトパレードが終わって、「ひ、一人で帰れますよ?」と遠慮するひよりを家まで送り届けるその途中。


[速報:はしゃぎ過ぎて寝落ち中の鈴音]


 といったタイトルで送られてきた久我からのメールには、広い車の後部座席ですやすやと眠る鈴音の画像が添付されていた。


「お、どうしたんだ、悠姫さん」


「な、なんでもない」


 それをやった張本人が我関せずとも言わんがばかりに、されどにやにやしながら話を振って来るのだから大概良い性格をしている。


「……なんですの、欠橋悠姫」


「や、本当になんでもないから」


 見透かされているような紫色の瞳に射抜かれて悠姫の心臓は早鐘を打ち始めるが、どうやらリーンもそこまで追求する気が無かったらしく、一瞥しただけで視線を元に戻した。


「でも、あそこってナイトパレードなんてあったんだね」


 話の区切りでそう言ってきたのは、昨日、UFLには来ていなかったリコだった。


 けれども過去にUFLに行ったことが有るのだろう、思い出すように頬に指を当てていた。


「リコも来たらよかったのに。何かASのオフ会みたいになっちゃってたし」


「うーん、仕事じゃなかったら行ってたんだけどね」


「仕事だったなら、仕方ないですけど、今度は絶対一緒に遊びましょうねっ」


「うん、楽しみにしてるよ」


 ……………………。


 翌日。日曜日。


 昨日のUFLの話が図書館に咲き乱れる中。


 ……黒い影がぽつりと一つ。まるで床のシミであるかのように鬱蒼とした雰囲気を醸し出しながら、会話に花を咲かせる六人を眺めていた。


 ASのメンバーで言うならばUFLに行っていないリコも仲間外れとなっているように思えるが、けれどもリコは悠姫とひよりがUFLに行くことを女子会の時に知っていたし、リコ自身も土曜日が仕事だということで、もし仕事じゃなかったら行ってたのになーなんて言いながら話に混ざっていた。


 ……けれども図書館に生まれた鬱蒼とした雰囲気を発する嫉妬の塊の黒いシミことニンジャは、そんな話は一切聞いておらず。


「確かに拙者は皆とは違い……住まいも遠く……UFLなるてぇまぱぁくに……馳せ参じることは難しかったでござるが……それでも……それでも一言くらいあっても良かったのでは……ござらぬであろうか……」


 先程からぽそぽそと発せられているニンジャの声は、ほとんど聞き取ることが出来ないが、会話ログの合間合間にはっきりと切なく悲しいログが挟まれてゆくのは見て取れていた。


「あはは……」


「はは……」


 さすがにその状況で話に花を咲かせ続ける訳にも行かず。


 ……まあ、うん、自分が同じ立場だったら、同じようにへこんでそうだからなぁ……。


 そう思い、悠姫は意を決して、ニンジャへと声をかける。


「……や、ニンジャごめーん、ごめんってー」


「…………」


 両手を合わせて悠姫が茶目っ気たっぷりに謝罪を口にするが、ニンジャの機嫌は戻る素振りが見られない。


「ほ、ほら、元々みんなでUFLに集まる予定じゃなかったし、本当に偶然向こうで出会ったってだけだから」


 悠姫がそう言った瞬間、シアとリーンが明後日の方に視線を向けていたが、背にしている悠姫には気が付くことは出来なかった。


 二人とも、悠姫がひよりとUFLに出かけるという話を聞いた直後から、偶然を装って同じくUFLへと出かける算段を企てていた。


 シアはもとより最初から悠姫をストーキングしていたし、リーンにしたってコラボキャンペーンを楽しみにしていたという名目を盾に、悠姫を探して歩き回っていたのだから、皆が集まることになったのは当然と言えば当然だったのだ。


「……下手な慰めは良いのでござるよ姫……拙者だけのけ者でも、忍者とは耐え忍ぶ者でござる……これくらいの苦境では落ち込まないでござる……ござる……ござる……」


「うわぁ……」


 されどそんなことは知らないニンジャはついにはセルフエコーまで入れて苦行モードに入る始末で、悠姫は唇に指を当てどうしたものかと考える。


「うぅん……」


「欠橋悠姫、ここはわたくしに任せなさいな」


「え……で、でも、リーン……あ、うん、や、なんでもない」


 さすがにリーンが追い打ちをかけたらニンジャの心がぽっきり逝ってしまうのではないだろうかと悠姫は懸念するが、紫色の髪を払い既に据わった目でニンジャの前に立つリーンの姿に、続けようとしていた言葉はあっさりと喉の奥に引っ込めた。


 悠姫は一瞬でニンジャの心よりも、自分の身の保身を選んだ。


 薄情だと思うだろうが、悠姫とてリーンに叱られるのは苦手なのだ。


「ふっ――ニンジャ?」


「――ひぃっ!?」


 ニンジャもリーンのただならぬ声音に、今更ながらに恐怖の色を湛えて身を震わせる。


 と、そこに、


「――ニンジャーっ、今日もアリサちゃんが遊びに来たよーっ!」


「……失礼します」


 まさにちょうど良いタイミングと言うべきか。


 同じ声でありながらも対極な声音が、元気に、静かに響き、一同はどういうことだろうかと声の方向へと視線を向ける。


「……どなたですの?」


 開口一番のリーンの台詞はニンジャを除くほとんど皆の総意だっただろう。


 けれどもリーンがそんな疑問を呈すると同時に闖入者の片割れ、白髪をポニーテールにした少女、アリサが図書館内のニンジャを見つけて元気に駆けてくる。


「ニンジャはっけーん! ……って、あれあれ、アリス? なんか人がいっぱい居るよ?」


「……アリサはアリスたちが何の為に図書館に来てるのか、覚えてないんですか」


「え、何言ってるのアリス! もちろん覚えてるよ? ニンジャと遊ぶ為だよね?」


「ふっ……」


 アリサはもはや当初の目的を忘れてしまっていたらしい。そんなアリサの様子に問い掛けたアリスは、わかっていましたと言わんがばかりの半眼で失笑した。


「な……っ!」


 一方、アリサの無邪気な宣言に驚きの声を上げたのは、ニンジャの前に立つリーンだった。


「ちょ、ちょっとニンガ! これはどういうことなのかしら!?」


「ち、違うでござる! 誤解でござる!」


「うるさいですわ! 誤解なんて言葉を使う人は、既に罪を認めていると相場が決まってますのよ!?」


「ち、ちがっ!」


 ござるを付ける余裕すら、ニンジャは欠片も持ち合わせていなかった。


 先日までまったく女の子と親しくしている気配など無かったニンジャ宛てに女の子のお客さんが来るだけでも珍しいことだというのに、さらにはその女の子が年端もいかぬような少女であり、さらにニンジャと遊ぶためにやって来たと言っているのだから、彼を知るメンバーからすれば一大事である。


 ロリコンニンジャここに極まれりだった。


「さあニンガ! 己の罪を懺悔しなさい!」


「ま、待つでござる! リーン殿が思っているようなことは決して――」


 ニンガ呼びにも反応する余裕も無くさらに言い訳を募ろうとするニンジャの肩に、悠姫は優しく手を乗せる。


「……ニンジャ、ロリコンは犯罪なんだよ?」


「違うでござるよ!?」


「いつかやるとは思ってたが、まさかこんな早く手を出すとは思ってなかったぜ」


「ニンジャさん……」


「久我はそんなことを思っていたでござるか!? ひより殿も真に受けて引かないでくだされ!」


 敵は身内に有り、とはまさにこのような時に使うべき言葉ではなかろうか。


 もしくは獅子身中の虫。これは違うか。


 久我は半分は冗談で言っているのであろうが、アリサとアリスという二人の少女が居る手前完全に冗談でとは言い難く、半分の本気度を含んだ声音がひよりをドン引きさせていた。


「大丈夫だった? ニンジャに何かされなかった?」


 リーンや久我に弁解を続けるニンジャを無視して、悠姫はアリサとアリスの二人にやさしく声をかける。


「え? 別に何も――」


「――アリサ、アリスが言います」


 何か言おうとしたアリサの言葉を小さく手で制して、アリスは続ける。


「はい……ニンジャさんは昨日、嫌がるアリスとアリサを無理矢理――」


「おぉぉぉぉぉぉぉぃいいいいいいいい!?」


 洒落にならないアリスの冗談に、ニンジャは己のキャラが崩壊するの厭わず叫んだ。


 アイデンティティなど、人としての尊厳の前では塵芥同然だった。


「――冗談です」


「え? アリサもアリスも、昨日は楽しかったよね?」


 アリサはそんなやりとりを聞いても首を傾げるくらいに純真な子だった。


「え、えっと……つまり、二人はニンジャとどういう関係なの?」


「ニンジャはアリサの師匠だよ!」


「……って言ってるけどニンジャ、これはどう言う事?」


「い、いやそれは訳あってでござるな……」


 話せば長くなるでござるが……と定番の文句の後、ニンジャはやっとのことで発言の許可を得て、昨日の出来事を話し始めた。





「――ということでござる」


「なるほど……そういうこと、ね」


 数分後。


 ニンジャの話を聞いた悠姫は、納得がいって頷いた。


「どうせ、はぜっちが薦めたんだろうけどさ」


 話の本質を一言でまとめ、悠姫は今、隣の椅子に座ってもらっているアリサとアリスをちらりと見やる。


 VRMMORPGで使うヘッドマウント装置は購入時に年齢確認と登録が必要とされている。


 この年齢制限は未成年とまではされてはいないが、CAOでは12歳以下の子供がプレイする場合は必ず保護者同伴でないとログイン出来ないようにロックがかけられている。


 その前提条件の元、けもみみの友達で彼女の紹介で来たということ。さらには保護者に当たるプレイヤーが見当たらないので二人とも年齢は12歳なのだろう。


 ……確かに今の状況で何も知らずにプレイするのは辛そうだけどね。


 心の中でひとりごちて、吐息を漏らす。


 アリサとアリスが悠姫の元を尋ねることになったのは、大方慣れるまでは信頼に足るプレイヤーに預けて安全に冒険できるようにというはぜっちの配慮だろう。


 悠姫も、そのこと自体に反論はない。


 見知らぬ世界に子供二人というのは、どんな危険があるのかわからない。


 けれども、


「……うーん、初心者さんに色々教えるのは良いんだけど」


 言って、悠姫は次いでひよりへと視線を移す。


 視線を受けては首を傾げるひよりだが、少し前に初心者と廃人プレイヤーの感覚の差、知識の差で辛い思いをさせてしまっただけに、悠姫は少しだけ尻込みしてしまう。


 自分が関わってまた同じことになったらと思うと素直に二つ返事で頷けない。


 ひよりの場合は悠姫がVR化初日で舞い上がってしまっていたこともあり、出会いから特殊なパターンだったこともあるので一概には言えないが、ひょっとしたら二人にも同じような思いをさせてしまうのではないだろうか。そう思うとどうしても迷ってしまう。


「……ダメ?」


「……ダメですか」


「うーん、ダメではないんだけど……」


 しかも相手はひよりよりも年下の女の子。


 扱いはよりデリケートだ。


 悠姫がいくら見た目、完璧な美少女でも、女の子の心理……それも中学生くらいの女の子の心理なんて知りようもない。


「あ……そういえばアリス、ミミが言ってたあれ」


「……あれって、あれですか」


 そんな悠姫の葛藤を逡巡と捉えたのか、アリサとアリスは不安そうな顔で悠姫を見つめ、直後、何か思い出したのかそう言って顔を見合わせ頷きあった。


「……ん?」


 そして、首を傾げる悠姫に向かって上目使いで実に可愛らしく、二人は言った。


「お願い、ゆうおねーちゃん!」


「お願いします、ゆうねーさま」


 …………はい?


「え? 何? なんでいきなり姉呼び!?」


 いきなり姉にされた悠姫は、けれども可愛らしくお願いしてくるアリサとアリスに軽くときめきながらも困惑気味に尋ねた。


「あれー、おかしいなぁ……。ミミが言うには、アリサとアリスがこう呼んだら、誰でもイチコロだって言ってたのに」


「……呼び損ですか。ぐっと来ませんでしたか」


「や、わたし妹居るし。ていうか聞こえてるし」


「むぅ……アリス。もう一回だよ!」


「まだやるんですか」


 ……お姉ちゃん、って、けもみみも初心者さんに変なことを吹き込んで……。


 心の中で毒付いて悠姫は考える。


 確かに悠姫の現実の妹である弓弦は、悠火のことをお兄ちゃんと呼んでいたので、女の子になりきるために女装をして一年たった今ではちょっとだけ弓弦にお姉ちゃんと呼ばれてはみたかったりはした。


 だから二人の言う姉呼びには少し憧れのようなものはあったが、けれども唐突に、さらには裏話を暴露された後に呼ばれたところで心が靡くはずなどない。


 オンライゲームには誰にでも『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』と呼んで慕う、妹キャラをロールして楽しむ特殊な人種も居るが、そもそも悠姫は別に妹が欲しい訳じゃないし、妹萌えという訳でもない。


 いくら初心者で見た目可愛い双子の女の子とはいえ、おねだりされても困るだけだ。



 ――言い訳終了。



「お願い、ゆうおねーちゃん!」


「ゆーねーさまお願いします」


「何この可愛い子。おねーちゃんに任せて!」


 もとい、かわいいもの好きの悠姫が二人の誘惑に耐えられるはずなどなかった。


 悠姫はコンマ一秒すら間を置かずに、アリサとアリスの二人を抱き寄せてお姉ちゃん風を吹かした。


「ユウヒ様!? なんてことしてるんですか!」


「ゆ、ゆうちゃん何してるんですか!」


「欠橋悠姫! 何をしてるのですか!」


「わたし、この子たちをうちの子にする!」


 シア、ひより、リーンの声が重なって悠姫を糾弾するが、悠姫は即座にそれに反旗を翻した。断固として譲らない姿勢だった。


 女性陣の中では唯一突っ込みを入れていなかったリコは、ひよりの隣で手のひらを合わせて良い笑みを浮かべていた。前々から思っていたが、リコには百合の気があるのかもしれない。


「わっ、あ、アリス! な、なんか予想以上の反応だよ!?」


「……びっくりです」


 そう言うアリスも、まさかいきなり二人纏めて抱き寄せられると思って居なかったらしく、悠姫の腕の中で驚きの表情を作っていた。


「おお、百合百合しいな、おい」


「久我はだまらっしゃい!」


 一喝されて、久我は肩を竦める。


「ユ、ユウヒ様!? 妹にするならわたしを妹にすればいいじゃないですか! わたしならいつでもウェルカムオーイエスイエスですよ!? 禁断の姉妹愛ですよ!? 近親相姦ですよ!? お帰りなさいねーたん♪ って毎日裸エプロンでお迎えしますよ!?」


「……え。シア、ちょっと何言ってるかわかんない……」


 どこの世界に毎日裸エプロンで出迎えする妹が居るのか。


 血走った目で血迷ったことを言うシアの言動はいつものことだが、本当にどうしてこうも残念なのだろうかと悠姫は嘆息する。


「それに、そもそもシアは同い年じゃない」


「と、歳の差なんて、愛があれば関係ありません!」


「シア、見苦しいよ」


 言い切るシアを軽くあしらって、悠姫はちょうど良い高さにあったアリサとアリスの頭を撫でる。


「ひゃっ、わ、くすぐったーい」


「ゆうねーさま、くすぐったいです」


「わぁい。かわいい妹が出来た、やったね!」


 うれしそうに、悠姫はさらにうりうりとやりながら、幸せそうな笑みを浮かべる。


 現実では男である悠姫ではあるが、実の妹も居ることと二人ともまだ幼い容姿なのも手伝って女の子として接するというよりは、まるで本当に妹に接するような気分だった。


 指をすり抜ける柔らかい髪の感触が心地よく、余程琴線に触れたのか悠姫の目は輝いていた。


「ゆ、ゆうちゃん、ひっつきすぎですっ!」


「そ、そうですわ! 欠橋悠姫!」


「だって、アリサちゃんとアリスちゃんがわたしのことお姉ちゃんって!」


「何言ってるんですか! ゆうちゃんはおと――」


 しかしそんな夢心地は、ひよりが発しようとした言葉によって、一瞬で戦慄へと変わった。


「ああああああああっ! ひ、ひよ、ひよひよひよっ! わあああああああ!?」


「きゃっ!」


「……っ!」


 声の直撃を食らったアリサとアリスが、びくっと身体を跳ねさせる。


「――はっ!? はわ、はわわ!?」


 言葉を続けようとしていたひよりも図書館内の空気がビリビリと震えんばかりの悠姫の叫びに驚き、次いで自分の失言に気が付き血の気を失い、口を両手で押さえた。


「……なに、ひよひよ言ってるんですか、ユウヒ様。……何か、隠し事ですか?」


 ぞっとするほどに冷えたシアの声が、悠姫の耳朶を打つ。


「べ、別に!? ほ、ほらひよりんはたぶんわたしがおと、おと……そう、大人しくて清楚な女の子だから、そんなはしたないことはしたらダメだよって言いたかったんだよ! きっと!」


「……ユウヒ様が、大人しくて清楚ですか?」


 こいつ何言ってるんだ、と言わんがばかりの果てしなく胡散臭い目で見られて、悠姫は冷や汗が止まらなくなる。


 盲目的に悠姫に愛情を傾けてくるシアであっても、普段の悠姫を知っているだけに、大人しくて清楚という言葉と悠姫のイメージを結び付けることなど出来ようがなかった。


「そ、そうだよねひよりん!?」


 助けを求めるように、悠姫はひよりへと視線を向けるが、


「ゆうちゃん……さすがにそれはわたしも無いと思います」


「あれぇ!?」


 ひよりんそれ自分の首を絞めることになるからね!? 自分でも苦しいとは思うけどさ!


 まさかのアウェーに悠姫は愕然とする。


「いえ、別に良いですけどね。別に。ユウヒ様とひよりさんが何を秘密にしてようとも。別に。わたしは関係ないですしね? ……あ、もしもしメアリーさんですか? ちょっと調べてもらいたいことが」


「全然良くないし関係なく思ってないよね!?」


 別にというところを強調して言っている時点で気にしているのは誰の目にも明らかだった。


「て、ていうかシア、メアリーとフレンド登録してたの」


「……最後のは冗談です。……でも、だったら何を隠し事してるんですか、ユウヒ様。ねぇ何でですか? 何でですか? 何を隠し事してるんですか? ねぇ? ねぇ?」


「怖い怖い怖い怖い! その目からハイライト消して暗黒を宿した邪神のような瞳で見るのやめて! ほ、本当に何でもないから!」


「嘘です! 何もないなら驚いたりしないはずです! ユウヒ様あの女と何をたくらんでるんですか!」


「いやだからそれは――って、シア、あの女とか言わないの!」


「きぃっ! ユウヒ様から女狐のニオイがする!」


「し、シア! ほんと落ち着いて!」


 いよいよ収拾が付かなくなってきたシアの暴走に頭を抱えそうになる悠姫。


「……あの」


 そこに助けの手を差し伸べたのは、この場に居る誰もが予想しない人物だった。


「え? ……な、何ですか? ……アリスさん?」


「もしかしたらゆうねーさまは、ハラスメント警告に驚いたのかもしれません」


「――ハラスメント警告?」


 アリスの言葉を復唱するシアを見て、悠姫は今更ながらにログに赤く表示されている[ハラスメント警告]の一文を見つけ、そこに一縷の光明を見つけた。


「そ、そうそう! いきなりログに出たからびっくりして思わず大声出しちゃって! もしかしてひよりんもそれを忠告しようとしたんじゃない?」


「え、あ……っ、で、ですです! えっと、ゆうちゃんは大人(・・)だから、アリサちゃんやアリスちゃんにべたべたすると、すぐにハラスメント警告が出るんじゃないかなー……って」


 内心で良く知ってたねひよりんグッジョブ! と悠姫は拍手喝采を送る。


 むしろ、良くあの状況で、初心者のアリスが悠姫に助け舟を出すことが出来たものだと、その空気を読む力に感嘆せざるを得ない。


「そういえばありましたわね、そんな規則。確か15歳以下のプレイヤーへの接触の場合、取り締まりが厳しくなるんですわよね?」


「そうそう。シアも最初にわたしに抱き付いて来て、ハラスメントで送還されたでしょ?」


「あれは……っ! 感極まってついですし、それに送還したのはユウヒ様ですよね!?」


「何だかもう数カ月前の話のように思えるけど、まだ一ヵ月も経ってないんだよね」


「まるで良い思い出のように処理されてませんか! ユウヒ様!」


 よしよし、うまい具合にごまかすことが出来た……と、悠姫は気取られないように安堵の息を吐きながら、アリサとアリスに向き直る。


「ごめんね、アリサちゃん、アリスちゃん、不用意にべたべたしすぎちゃって」


 言いながら、悠姫は一応ログを確認する。


 ログに残ったひよりの台詞は『ゆうちゃんはおと――』までしか表示されていなく、ほっと息を吐く。まさか秘密をばらした翌日に当人から盛大に秘密を暴露されそうになるとか、寿命が数年縮まった気分だ。


「ううん、アリサは別に気にしてないよ! ゆうおねーちゃん!」


「……アリスも、ゆうねーさまが色々教えてくれるなら気にしません」


 笑顔のアリサと、ほくそ笑むアリス。


 天真爛漫という言葉が似合いそうな純粋なアリサとは違い、アリスはちゃっかりとしていた。


 しかし空気を読んで助け舟を入れてくれたのだから、感謝こそすれ非難など出来ようもない。


「ま、教えるのは良いけど……呼び方はそれで決定なんだね」


「ゆうおねーちゃん、別の方が良い?」


「や。おねーちゃんでいいよ」


「……欠橋悠姫」


 即答した悠姫に、リーンの険しい視線が突き刺さる。


 ……だ、だって、アリサちゃんとアリスちゃんはわたしの妹だし!


 そう言ったら話が再びややこしくなりそうなので言いはしないが心の中でだけ思う。


「やった! じゃあアリサとアリスのことは呼び捨てでいいからね、ゆうおねーちゃん!」


「ゆうねーさま、よろしくお願いします」


 そうして悠姫はCAOのサービスが始まって三週間。


 早くも二度目の初心者育成に乗り出すのだった。


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