四話[遊園地で会いましょう2]
「――おい。おい」
後ろから掛かる声を聞きながら、少女が容姿には不釣り合いなやや大きめの鞄を持って歩いていた。
着ている服装は白のブラウスに黒のフレアスカート。どちらもゴシック調のフリルがついたもので、紫色に映るほどに艶やかな黒髪は、綺麗なストレートに伸ばされている。
少女自身が小柄な身長なせいか髪はひざ裏くらいまでの長さがあり、その容姿はまるでショウケースに飾られている人形が大きくなって出てきたように整っていた。
「おい。……おい、鈴音」
「……なんですの? 久我」
鈴音というのが少女の名前なのだろう。何度目かの呼びかけで少女の歩みが止まり、声をかけ続けていた青年は「はぁ……」と深い溜息を吐いた。
「先々行き過ぎだ。何かあったらどうするんだ。転んだら支えられないだろうが」
青年……久我は、そう言ってやれやれと肩を竦める。
こちらは少女とは違い、随分と簡素な服装である。長身細身で黒のパンツにワイシャツといったおよそ遊園地には似つかわしくない外見だ。
「転びませんわよ! どこまで子供扱いしているのかしら!」
「お、おいやめろ! 鞄を振り回すな!」
「そ、そうですわ……」
言われて少女は鞄の中身が無事だったことを確認して安堵する。
「よかった、無事ですわ」
「いや鞄の中身よりも俺を労われよ。リーン(・・・)がどうしても今日来たいっていうから連れてきてやったっていうのに、恩を仇で返すなよ」
「う、うるさいですわね、久我がわたくしの言う事を聞くのは当たり前でしょう! 後、外でリーンって言うんじゃありません!」
駐車場が予想以上に込んでいたせいで、既に開園から一時間は経ってしまっている。
「まあ鈴音の願望を叶えるのが、俺の仕事だからな」
「ふ、ふんっ」
久我の肯定に対して鈴音は、ほんの僅かだけ気まずそうに言葉を吐き捨てた。
もうわかっているであろうが、鈴音はCAOのリーンで、久我はそのまんまCAOの久我のことだ。
久我と鈴音の関係は兄妹のようなものでありながらも、少々複雑な主従関係がある。
その辺はおいおい語るとして、鈴音はそのままついと視線を園内に巡らせて、人生で初めての遊園地にこんな形で訪れることになるとは、と複雑な心境を巡らせていた。
「しっかし、ほとんど外に出ない鈴音がわざわざ足を運ぶなんてな。CAOとのコラボがよほど楽しみだったのか?」
「そ、そうですわね。確かに見て回りたかったのはありますわね」
「大抵は俺が使いっ走りにされて買ってくるだけなのにな」
ぼやく久我の言う言葉通り、普段ならば久我に買い物を押し付けて鈴音は家で待っているだけだった。
とどのつまり、悠火がひよりとUFLに遊びに行くと知った後、行動を起こしていたのは紫亜だけではなかったということだ。
CAOのコラボアイテムを手に入れる為という目的を建前に、もしかしたら悠火と会えるかもしれない、もしくは見つけることが出来るかもしれない、という期待の元、鈴音はUFLに訪れたというわけだ
「べ、別に良いでしょう? その分、久我も買えるのですから」
「まあな」
もちろん久我には詳しく説明していないので、久我は鈴音がコラボを楽しみにして来たものとばかり思っているだろう。
「ふぅ……」
「っと、荷物持つぞ」
「っ! く、久我! 別にこの鞄は持たなくて良いですわ!」
鞄を持ち直す鈴音に、自然な動きで鞄に手を伸ばそうとする久我に、鈴音は普段は見せない俊敏な動きで身をかわした。
「おぅ? って言っても、それ重くないか。何が入ってるんだ?」
「お、重くありませんわ! レディの持ち物を詮索するものじゃないですわよ! と、というよりも、久我もほとんど外に出ず運動もしてないのに、そんな力があるのでして?」
「ひでぇな。確かにそうだけど、けど本当に持たなくて良いのか?」
実際、その鞄は持ち続けるには結構な重さがある。けれども鈴音が持ってきた悠火と会うためのもう一つの理由が、今鞄の中に入っている『クレセントアークオンラインBGM集全16枚コンプリートボックス』である。
前に第一の聖櫃で言っていたことを思い出して、ついでに会えたら貸してやろうという、偶然を装った打算による理由付けがそこにあった。
だから久我にはばれるわけにはいかず、さりとてコインロッカーなどに預けておくことも出来ないので、結局は自分で持たざるを得ないのだ。
「結構ですわ。それよりも……」
言って、再度鈴音は周囲を見回す。
先ほどの好奇のものとは違い、今度のそれは何かを探す為の視線だ。
「ん? 何か乗りたいアトラクションでもあるのか?」
「……いえ。特にそうではありませんけれども」
悠火は今日UFLを訪れているはずだが、やみくもに探してもそうそう見つかるものではない。はぐれた親子が迷子センター以外で出会う確率がほとんど無いように、遊園地で特定の人を見つけるというのは至難の業だ。
それに加えてこのCAOとのコラボ初日。
入場数はいつもよりも多く、さらに言うなら鈴音は悠火の容姿を知らない。
……これは、先にコラボレーションエリアを探すべきですわね。
「久我。とりあえずコラボエリアに行きますわよ」
CAO廃人の悠火のことだ。居るならばそこだろうと当たりを付けて、鈴音は久我に向けてそう言い放つ。
「かしこまりました、お嬢様」
「今日はそういうのはしなくて良いですわよ」
「へいへい、んじゃあ行くか、鈴音」
「今度は慣れ慣れしすぎですわよ!」
そんなやり取りをしながら、二人はコラボエリアへと向かって歩きはじめた。
その頃、悠火とひよりはコラボエリアに作られたセインフォートの雑貨屋……の皮を被ったCAOのグッズ販売所を訪れていた。
他にも色々と見て回りたかったが、欲しい物が売り切れてしまっては元も子もない。
そう思い、二人は先にグッズ販売所を訪れたのだ。
「ひよりんは何か見たいものとかないの?」
「あ、わたしはゆうちゃんが見たいものでいいですよ?」
とりあえず数に余裕があるだろうクジは後回しにして、店内を回る悠火がひよりに問うと、ひよりはそう言って悠火に笑みを向ける。
「そう? ……あ」
ひよりがそう言うのだったらそれで良いのだろうと思い店内に視線を戻すと同時。白い毛玉が視界に映り、一瞬で悠火の視線はグッズコーナーの一角に奪われた。
「ひよりんひよりん! あれ、あれ!」
「わっ、ゆうちゃん?」
言って手を引っ張られてひよりが示された方向には、いかにも悠火が大好きそうなグッズが展開されていた。
「えっと、モフリスのぬいぐるみ、ですか?」
「うん! うん!」
喜色満面に頷く悠火の笑顔は、ひょっとしたら今日一番の笑顔ではないだろうか。
そんな様子の悠火の視線の先に陳列されているのはCAOのマスコットモンスターであるモフリスのぬいぐるみだった。
もはや今更言うまでもないだろうが、悠火はモフリスが大好きだ。
暇があればセインフォートの右マップに行ってモフリスをもふり続けている様子を見れば一目瞭然だ。
基本的にオンラインゲームのグッズというのは、こうしたコラボレーションや、応募者へのプレゼント企画などを除けばほとんど手に入れることが出来ないレアアイテムだ。
テンションが上がってしまうのも仕方なかった。
「あっ、あれは……っ!」
「ゆうちゃん、なにかありました?」
そんなモフリスのぬいぐるみが並ぶ一角の中に、一際存在を主張する物体がそこにあった。
「マフリスが居る!」
――マフリス。
それは期間限定で開催された特別マップのボスとして登場していた白毛玉で、ひとことで言ってしまうならば巨大なモフリスだった。
通常のモフリスが全長四十センチほどしかないのに比べてマフリスは全長二メートル以上もある巨大な毛玉で、その愛くるしい?見た目からは想像もつかないくらい凶悪なステータスを持つボスモンスターだった。
「あ、あの! 店員さん! あれあれ! あれ抱き付いても良いですか!?」
「ゆ、ゆうちゃん!? ちょっとはしゃぎすぎです!」
悠火のテンションは間違いなく、UFLに来てから最高潮のものだった。
はしゃぐお子様がそこにいた。
「くすっ、はい。構いませんよ」
「わぁい!」
低い特設の檀上の上に置かれたマフリスを指さしながら店員へと声をかけると、快く承諾してくれて、悠火は全身で喜びをあらわにする。
微笑ましそう見る店員の視線に、隣のひよりは恥ずかしくて顔を逸らしていた。
マフリスを凝視する悠火にはそんなものは見えていなかった。
「……っ、ふわふわ……っ」
悠火はそこに鎮座するマフリスに両手を伸ばして、毛並みを手のひらで感じた後、一思いにぼふっと抱き付いた。
「ふわぁ、マフリス、これすごい、ふわふわすぎぃ……」
白い毛玉が包み込むように悠火を受け止める。
白い毛並みの感触もやわらかく最高だったが、抱きしめてみてわかったが、身体もふにゃりとやわらかな素材で出来ており、悠火は至福の表情を浮かべてマフリスに頬ずりする。
その光景を見た店員さんは終始微笑ましい笑顔を浮かべていた。
ひよりは最初、とろける悠火に見惚れていたが、少しして思い出したようにデジカメで写真を撮っていた。
「はぐはぐ……はふ、マフリスだいしゅきしゅきしゅきぃ……にゃあん」
骨抜きになりすぎて悠火は猫化してしまっていた。
呂律も回っていなく、悠火の目にはもう周りの事など映っていなかった。
「はぁ……んぅ……こんなの(マフリスが)大きすぎて……(腕の中に)入らないよぅ……でも幸せぇ……はぐはぐ……」
何だかとてもイケナイものを見ている気がして、ひよりはデジカメで写真を撮りながらも顔を赤らめる。
グッズを物色していた人達も、なんだなんだと立ち止まり、マフリスとじゃれ合う悠火の幸せそうな様子に足を止めて見入っていた。
「うふふ、もふもふはぐはぐすりすり……」
「あ、あのっ、ゆうちゃん……」
「もっふもふだよぅ……これ幸せすぎぃ……」
「あう……ゆうちゃんっ!」
「……はえ?」
何度目かのひよりの声で悠火はようやく我に返り、ひよりと店員さんへと視線を向けた後、
「……はぐはぐ」
再び夢の世界へと旅立った。
躊躇いなくマフリスへと抱き付き頬ずりをしていた。
「ゆうちゃん戻ってきてくださいっ!」
悠火は自分の欲望に忠実だった。
むしろそれだけ触り心地が良く、悠火の琴線に響いたということもあったのだろう。
「ふふふ……もっふもふでござるー……んぅ?」
なおもニンジャの語尾を借りてマフリスをもふもふと抱きしめる悠火の目にふと小さな白いタグが映り、何だろうかと手に取ってみる。
「……ぇ」
そしてそこに書かれていた文字……否、数字に、悠火は夢の終わりを見た。
「ゆ、ゆうちゃん、どうしたんですか?」
本当にいきなり、まるでハウリングボイスを食らったかのように固まった悠火を見て、ひよりが問いかける。
「ごじゅうまんえん……?」
「え?」
問い掛けたひよりに帰ってきた言葉は、ひよりが知っている国の言葉ではなかったようだった。でなければ、言葉の意味を理解できないはずが無かった。
「こ、これ、え? ……えっと、桁間違い?」
「いえ、えっと……そちらの値段でお間違いないですよ」
手にした白い札を何度も見やりながら悠火がひよりの隣に並ぶ店員さんに問うと、店員さんも苦笑気味に答えた。
「一点ものとして、完全オーダーメイドにて作らせていただいておりますので、そちらのお値段になっているんです」
「…………」
現金と言うべきかなんというべきか、それほど高価なものだとは知らなかったので抱き付いて、あまつさえ頬ずりまでして悦に入っていた悠火だが、いざ値段を知ってしまうと、もうそんな気軽にさわれるものではなかった。
そっとマフリスから離れて、悠火はもう一度値札を見て思案する。
これまで貯金していたお金があるとはいえ、五十万円ともなるとおいそれと手を出せるような金額ではない。
「ひよりん、UFLってどこでお金借りれたっけ?」
「……ゆうちゃん、なに言ってるんです?」
思案した末に言った言葉にさすがのひよりもドン引きした様子で答えた。
「や、や……さすがに冗談だけどね?」
「じー……」
これまでの言動で、悠火は完全に信用を失っていた。
ひよりの疑惑の視線を受けて、悠火は「あはは……」と苦笑する。
「えっと、それで、いかがなさいますか?」
「うぅ……非常に……非常に! 残念! ですけど……今回は見送りということで……」
念のために聞いて来る店員さんに、悠火は残念な気持ちを強調して言う。
店員さんは丁寧に「かしこまりました」と礼をして返して、未練がましげにマフリスへと視線を送る悠火を見て微笑ましげな笑みを浮かべる。
「……因みに値引き交渉とかは」
「ゆ・う・ちゃ・ん?」
「はい……」
何とか食い下がろうとする悠火に、ひよりは笑顔で釘を刺した。
「こっちにもモフリスのぬいぐるみがありますから、こっちで我慢してください」
「ぐぅ……ごめんね、ごめんねマフリス、お迎えできなくてごめんね。もふもふ……」
言いながらぽふっと渡されたモフリスのぬいぐるみをもふもふしている辺り、悠火は大概節操が無かった。
結局その後、悠火はモフリスのぬいぐるみとクジを無事に購入し満足気にグッズ販売所を後にした。
「……ユウヒ様の愛を、五十万で買えるんですか」
「……おい」
少し前にマフリスをはぐする悠火を遠くから眺めていた紫亜は、悠火とひよりが去った後、マフリスの売り場の前で呟いてコージローに引きとめられていた。
「ゆうちゃん、次はどこにいきます?」
「うーん」
グッズ販売所から出た悠火とひよりの二人は、パンフレットを片手にセインフォートの街並みが再現されているコラボエリアを見回しながら、適当に歩いていた。
ひよりからの問いに、悠火は少しだけ考える。
……さっきからわたしの行きたいところばっかり行っちゃってるんだよね。
ひよりは気にしてないかもしれないが、けれども悠火は少し前に自分の価値観を信じきってしまって痛い目を見た直後である。
以前の二の舞になってしまうのは避けなければ、と悠火はひよりに逆に問い掛ける。
「ひよりんは、どこか気になるところある?」
「わたしです?」
「うん」
「えっと、正直どれも気になりますけど」
「ああ、まあうん、それはね」
パンフレットに注釈の表記はあるとはいえ、武器屋や道具屋といった響きはゲームをする者ならば誰でも興味を惹かれてしまうだろう。
「でも何か特に興味を惹かれたところとかないの?」
「だったら……このPV記念館というのが、気になります」
「あ、それはわたしも気になってた」
名前から察するにCAOのPV等を放映しているシアターのような場所なのだろうが、パンフレットの右端の所に「新PVお披露目中!」という煽りもあった。
CAOから離れていた時に、何度もCAOのPVを見てログイン出来ない鬱憤を晴らしていた悠火もそうだが、ひよりもPVが流れているのを見てCAOをプレイすることを決めたらしいのだから、二人にとっても気になるところではあったのだ。
「じゃあ、次はPV記念館に行ってみよっか」
「はいっ」
元気良く頷いて、ひよりは悠火の手を握ってくる。
「あ、手を繋ぐのは継続なんだ」
「だ、ダメです……?」
「べ、別にダメではないよ?」
……少しだけ照れくさいだけで。とわざわざ言いはしない。
そのまま手を繋いだまま、悠火とひよりはPV記念館へと向かって歩きはじめる。
「えへへ、ゆうちゃん顏赤いです」
「や、そういうひよりんの方が真っ赤だからね」
「えへへ……」
どこの付き合いたてのカップルだという会話に、後ろの方で見ている紫亜が悪魔の形相で呪詛を呟いてコージローをドン引きさせているのはともかくとして。
さすがにある程度冷静になってきた悠火は、CAOで会っていた彼女とは少し違う強引な様子に疑問を抱き始めていた。
VR世界と現実ではやはり違うものなのだろうか、という考えもあったが、けれどもそれにしたって今日のひよりの積極性はあまりにも不自然だった。
VR世界でスキンシップして来るのならば懐かれているのだとわかるが、現実でのスキンシップの方が多いというのは、悠火には不思議でならなかった。
それこそ現実でお付き合いしている関係ならばまだしも、悠火とひよりはCAOの中の友達という関係でしかなく、それ以上でも以下でもない。
「んー、そういえばちょっと前に、ひよりんがわたしのことイメージと違うって言ってたけど、ひよりんもCAOのひよりんとイメージが違うね?」
「え、そ、そうですか?」
「うん。現実のひよりんって、かなり大胆だよね」
「そ、それは……あうぅ……」
顔を真っ赤にして何か言おうとして、ひよりは言葉を閉ざした。
「まあ、わたし的にはかわいいひよりんが見れるから楽しいけど」
「ゆ、ゆうちゃんもしかしてからかってました……?」
「ふふ、どうかなー」
「ゆうちゃんいじわるですっ」
実際からかって言ったのかどうかで言うと半々ではあったが、ひよりの様子を見るに無理をしている様子もなく、むしろ楽しんでいる、うれしそうにしているので、これ以上追及したところでどうにもならないだろうと、悠火は思考を切り替える。
「まあいっか」
「どうしたんですか? ゆうちゃん」
「ううん、ふと出かける時に鍵を閉めたか気になって」
「え、今ですか?」
言って笑うひよりの様子はやっぱり無理をしている雰囲気でもないし、悩み事を抱えているようでもない。
何か隠しているとしても、遊園地で遊んでいる最中にわざわざそれを明るみに出すこともないだろう。悠火はそう考え、敢えて適当なことを言った後、話題を変えた。
「けど遊園地でやってるコラボイベントって初めて見たけど、結構本格的なんだね」
「みたいです。わたしもびっくりです」
「コラボエリアって言ってもちょっと飾り付けがあったり申し訳程度にグッズ販売所があったりしたイメージだったけど、こんな広い一画をまるごと変えちゃうなんて、ほんとすっごいね」
「ですです。この内門なんて、まるで抜き出してきたようにそっくりです」
「ね。人ってすごいなぁ」
「あ、見てくださいゆうちゃん。噴水広場です!」
「わ、ほんとだ」
PV記念館へと向かう道中に見えた大きな内門をくぐると、そこにはCAOの臨時広場として日々賑わう中央の噴水広場が見えてきた。
「そういえばひよりんを見かけたのも、臨時広場から西へ行こうとした時なんだよね」
「そうなんですか?」
「そそ。ちょっと身体を動かす練習をしようと思って外へ歩いてたら、ひよりんが前を走って行っててね。ウィザード系でウルフとかどう狩るんだろう……って思って見に行ったらひよりんが――」
「ひゃっ、ゆゆゆゆうちゃんもしかしてあの時ずっと見てたんですか!?」
「あ……」
しまった。と悠火は思わず口を手でふさぐが、手遅れだった。
「や、だって、ねぇ? 気になるでしょ? どう見ても初期装備の魔法職系の人がしょっぱなからウルフに行こうとしてるなんて」
「あうあう……だ、だって何も知らなかったんですもん……」
「ひゃあああああ!? って走って逃げてくひよりん、かわいかったね!」
「ひゃあああああ!?」
煽ってどうする。悠火が笑顔で言うと、ひよりは今日一番の赤面を見せてくれた。
「でもそのおかげでこうして知り合えたんだし、何が縁になるかなんてわからないものだね」
「……ゆうちゃん、何だか婆くさいです」
「わたしはそんな安い挑発には乗らないから。っと、あれ? あの噴水の近くに置かれてる白いボードなんだろ。何か見覚えがあるような」
「ゆうちゃんのいじわる。……でも、本当です。なんです?」
膨れていたひよりも気になったのか、二人で近寄って行って手に取ってみる。
「……『PTメンバー募集中!』?」
「えっと、こっちは『募:CAOプレイヤー。 出:ネトゲ廃人』ってなってます」
間。
「――募集チャットの看板か!」
そしてすぐに答えに行き当たった悠火は、思わず叫んだ。
どこかで見覚えがあると思ったのは間違いではなかった。
というよりも、毎日見ているものではあった。
CAOでは臨時を募集する際に、システムウインドウから『看板』を出すことが出来る。
具体的には、頭の上や人の横に長方形のウインドウを表示することができ、他の人はそれをクリックすることで個別チャットに入ることが出来るのだ。
これは臨時という大勢の人が集まる場所で、会話が入り乱れて混線してしまうことを避けるための処置である。
看板の種類は様々ではあるが、もっともオーソドックスなのがキャラクターの上に表示される細長い長方形の白い看板で、噴水の近くに置かれていたのもそれと同種の看板だった。
「いやいや、面白いけど変な所に力入れすぎでしょ」
「わ、すごい種類がいっぱいあります」
悠火のツッコミをよそに、ひよりは他の看板に書かれた募集要項を見ていた。
「『募:仲間。 出:孤独なソロ軍団』。『募:コミュニケーションスキル。 出:ぼっち』。ろくな看板がないです……」
「ネタ看板しかないってどんな祭りイベントよ……」
遊び心が溢れていたが、周囲を見回してみても当然、看板を掲げている人などいない。
「まあ、これを掲げてる人がいたら、見て見ぬふりをするけどね」
「ですね……」
「ま、PV記念館に向かおっか」
悠火とひよりはそっと看板を元の位置に戻して再び歩きはじめる。
「ん……?」
「どうしたんですか? ゆうちゃん」
「や、気のせいかな。何か見たことがあった人がいたような気がして」
その途中、悠火はふと人ごみの中に見知った人物を見つけたような気がしたが、
「ゆうちゃん、リアルに知り合いとか居るんですか?」
「うぅん、リアルのひよりんってさりげなく毒吐くね」
「さっきの仕返しです」
ひよりも悠火との接し方に慣れてきたのかだいぶ緊張が無くなってきていた。
言いながらもあまり毒を吐いているように聞こえなく、どことなく緩い雰囲気を感じさせるのは彼女の良い所だろう。思わず悠火は和んでしまう。
……けど、さっき本当に誰か居たような……もしかして紫亜とか? まさかねぇ……。
そのまさかがあるとは知らず、悠火はひよりと並びPV記念館へと向かう。
「……見つけましたわ」
その背中を見送りながら。ゴシック調の服装の少女。
――鈴音がそう呟いて、悠火の後ろ姿を見ていたことも知らずに。