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Crescent Ark Online  作者: 霧島栞
第三章・上[心の在処]
28/50

二話[パジャマパーティ]

「シア。それ、ちょっと際どいですが、いいですわね」


「そう思います? 服と同じく青と白で揃えてみたんですけど、どうですか? ユウヒ様」


「え? う、うん、かわいいね?」


「わたくしの方はどうかしら? 少しふりふりすぎるかしら……」


「リーンも、似合ってると思う……よ?」


 場所はセインフォートの高級宿[グランドガーデン]の一室。


 セインフォートで一番のサービスを誇るという[グランドガーデン]の部屋は、さすが都市で一番と豪語するだけのことはあって、まるで高級ホテルのような内装となっていた。


 天井にはシャンデリアが飾られ、壁は白塗りの美しい仕上がり、足下には思わず靴を脱いでしまいそうになるふっさふさのベロアが敷かれている。


 こうした宿はVR化以前にはなかったもので、都市町村に存在する宿屋や施設は、現在のCAOではホテルや旅館のような、ちょっとした旅行記分が楽しめる要素となっている。


 しかしその分金額設定が割とシビアで、[グランドガーデン]にしても一人当たり、一晩200kというかなり高い金額設定となっている。


「お金に余裕も出来てきましたし、また新しい服を見に行きたいですね」


「そうですわね……わたくしも少しくらいなら、使っても問題ありませんし」


 そんな[グランドガーデン]の一室で、何故か悠姫たちはパジャマパーティをしていた。


 どうしてこうなった。


 悠姫には理解が追いつかなかった。


 悠姫の向かいのベッドに腰掛けるリーンは黒一色のふりふりのついたネグリジェを纏い、その隣に座るシアは肌に張り付くようにしっとりとした青と白のパジャマワンピースを着ていた。


 予想外の展開に理解が付いて行っていないのは悠姫だけではなくひよりも同じようで、ひよりはぽかんとしたまま、いつも通りのローブを纏った格好で悠姫の隣に座っている。


 そして一番予想外と言うならばリコの反応だ。


 リコは薄桃色のパジャマに身を包み、何故かベッドに腰掛ける悠姫の後ろに座って悠姫の真紅の髪を延々と弄り続けていた。


 ポニーテールから始まり、ツインテール、編み込みときて、悠姫の髪形は今、羊ヘアーになっている。恐らく森の町フィレスでの老婆が羊の角を持った亜人種だったことが印象に残っていたのだろう。


 悠姫がリアルで男だということなど、みじんも感じさせない可愛さだった。


「……なんでリコはわたしの髪をいじってるの?」


「羊ヘアーかわいいね」


「や、かわいいけど……」


 第一声の疑問を向けたにも関わらず帰ってきたのは笑顔とリコの嗜好だけだった。


 リコは元々素性を隠すために寡黙なエルフの弓手というキャラを作っていたが、悠姫たちの前ではそのキャラを貫き通す必要性が無くなった。


 恐らく少し天然が入っている気安い感じの今の性格が彼女の素なのだろう。


 悠姫の髪をいじるリコの姿は、とても楽しそうだった。


「ユウヒ様? どうしたんですか?」


「や、どうしたのもなにも」


 悠姫は【森の信仰者】クエストが終わった後、シアとリーンに引きずられてこの宿[グランドガーデン]までやってきた。


 たまり場として図書館を使っているものの、ギルドホームを持たない悠姫たちのギルドASの場合、どこに目や耳が存在するかわかったものではないので、プライベートな話にまで発展しそうな今回の一件だと、あまり会話をするのに適している環境とは言えない。


 その点、宿屋ならばルーム設定でパーティ以外を進入不可にすることも出来るので、静かに話すにはうってつけだ。


 むろん、高すぎるグランドガーデンの宿代は全て悠姫の財布から出ている。


 故に悠姫は宿でシアとリーンに詰問でもされるものだと思っていたのだが、実際はそんなこともなく。


「ひよりさんもいつまでもそんな服ではなく、着替えましょう。はい」


「え、い、いいんですか?」


「いいんです。そんなに高いものでもないですし」


「あ、ありがとうございます……」


 突如出されたトレード画面に戸惑いながらも、ひよりは送られてきた衣装装備を受け取って、ウインドウを開いて着替える。


 タッチして付け変えるだけなので、VR世界では着替えも楽なものだ。


「わぁ……もこもこです!」


 果たして。ひよりが渡された衣装装備は、パジャマはパジャマでも着ぐるみパジャマだった。もこもことした羊型モンスター[メーイル]を模した、綿ががふんだんに使われた実にあったかそうな一品。


 リコに続きシアも羊推しだった。流行っているのだろうか。


「ひよりんもふ……」


「きっ!」


「じょ、冗談だってば」


 自分の姿が見えないからか、ぱたぱたと手を動かすひよりを見て、これはもふるべきなのだろうか。もふるべきだ。と思った悠姫がひよりに抱きつこうとするが、けれども次の瞬間にはシアに視線で釘を刺されてやむなく撤退する。


「油断も隙もありませんね……。それでユウヒ様は着替えないんですか? どうせいっぱい持ってるんですよね? パジャマも」


「決めつけは良くないよシア。持ってるけど」


「持ってるんじゃないですか……」


 システムウインドウを操作して、悠姫は衣装装備欄を表示する。


 ずらりと並んだおびただしい衣装装備の数々は、早くも50に届こうという勢いだ。


 衣装装備はそれ自体に重量がほとんど無く、持とうと思えば所持限界数量の500個までならば余裕で持つことが出来るが、開始してまだ一月も経っていないというのにこの衣服の数は極めて異常である。


 悠姫もVR化以前ならば衣装装備は二の次で、装備を優先して揃えていたのだが、けれども一度ブティックなどに服を見に行ってしまえば、そんな行動基準は割と早い段階で逆転してしまっていた。


 本格的に現実で女装に手を出し初めて早一年以上。


 ファッション誌で見て良さそうだと思っても、高くて手が出しにくい服がCAOの中では自由に買うことが出来る。


 デザインが良いセット物の服とかとなればかなりの値段になってしまうが、1Mもあれば欲しい服を色々と入手できるのだから、ついつい財布の紐が緩んでしまうのも仕方がない。


「んー、これ、や、こっちのがいいかな……」


 唇に指を当てながら、悠姫は衣装装備を吟味してゆく。


「本当に、いくつあるんですかユウヒ様……」


「いや、パジャマは八着くらいしかないよ」


「十分です」


 宿で寝泊まりする機会などさほどないので、正直一着あれば事足りるのは間違いない。


 うんうんと唸って考えた後に、悠姫はおもむろにじっとリーンを見る。


「な、なんですの?」


 リーンの小さな背丈にあわせるようにしつらえられた黒いネグリジェは、紫色の髪と相まって神秘的な雰囲気を醸し出していて、実に似合っている。


「よし、わたしもそれに決めたー」


 言いながらぽちりと装備をタッチして、衣装装備を入れ替える。


 迷った末に悠姫が選んだのは、リーンと同じ、けれども色違いの白いネグリジェだった。


「か、欠橋悠姫もこの[ネグリジェドレス]を買っていましたの?」


「被らせるのもどうかなって思ったけど、割と良い値段したし、お気に入りだし、色違いだし、良いよね?」


「な、い、いきなり手を掴まないでくださるかしら!? 欠橋悠姫っ!」


「えー、細かいことは気にしないの、ほら」


「きゃっ!」


 立ち上がりリーンの手を取って、悠姫は一緒にくるくると回ってみせる。白と黒のドレスが舞い、深紅と紫色の髪がふわりと円を描く。身長差が少しあるものの、さすが二人ともAGI値が高いだけあって軽快な身のこなしだ。


「どうかな?」


「すっごく似合ってます、ゆうちゃん」


「うん。アニメとかのワンシーンみたいだね」


 繋いだ手を前へ突き出してポーズを取りながら問うと、ひよりとリコからそんな称賛が返ってくる。


「いえい! ありがとー!」


「あ、あり……っていつまで手を握ってるんですの!」


 マイクでも持ってそうなノリで言って笑う悠姫に、リーンは乗せられそうになりながらも強い口調で言って手を振り払い、頬を赤らめて目を逸らす。


 けれどもその直後、小声で「欠橋悠姫とお揃い……」などと言っていたのをめざとく察知したシアがリスのように頬を膨らませていた。


「それでなんでパジャマパーティなの?」


「あ、それ聞いちゃうんですか?」


 悠姫の問いに、シアは膨れていた頬から空気を抜き、座り直した悠姫の隣へ、あざとく腰掛ける。


「そこ聞いとかないとなんて言うか逆に不気味っていうか怖いし」


「失礼ですわね」


「パーティ自体は、リコさんの歓迎会も兼ねてって感じで結構前から考えてたんですよ」


「そ、そうなの? でもそんな話一度も聞いたことなかったけど」


 ギルドマスターだというのにそんなこと一言も聞いたことが無かった悠火は尋ねる。


「何言ってるんですか、ユウヒ様。ちゃんと言いましたよ? ……ただ、その時ユウヒ様は[モフリス]を延々ともふもふしていた気がしますけど」


「え」


「ちゃんと返事もしていましたわよ? ギルドチャットで言っていたのを、わたくしも聞いてましたし」


「えぇ!?」


「もしかしてゆうちゃん……気が付いてなかったんです?」


「ええぇぇ!?」


 当事者であるリコを除く全員にそう言われては、確かに言われていたのだろうが、けれども[モフリス]をもふもふしていた時にそんな記憶はまったく存在しない。


 悠火は一瞬[モフリス]が[忘却]のバステ攻撃を有していたのかどうか思い出そうとしたほどだ。


 もちろん、マスコットモンスターである[モフリス]にそんな状態異常を引き起こすスキルなど存在しなく、ただのリアル状態異常:溺愛状態で悠火が聞いていなかっただけだった。


「と、ということは、これはわたしを怒る為の集まりじゃなかったの!?」


「何をいまさら言ってるのかしら……」


「どうせユウヒ様のことですから、ひよりさんのことはノリで誘ったんですよね。もう諦めてます。……でも、ひよりさん。世の中には良い人ばかりじゃないんですから、ほいほい誘いに乗ってしまってはダメですよ」


「はい……」


 しゅんとなって肩を落とすひよりだが、実際のところは悠姫からではなくひよりからもたらされた話なので、シアの忠告は半分くらい間違っている。


 しかし、ネトゲの世界でお世話になった良い人だからといって、現実でもそうなのかと言えばそれはまた別問題というところも確かに存在するのも事実だ。


 VR化の影響で仮想世界と現実世界の線引きがかなり曖昧になってしまっているが、基本的にネット上では個人情報は隠すべき物である。


「まあユウヒ様の場合は大丈夫だと思いますけど。ねぇ。ユウヒ様?」


 言外に込められたシアの意図に、悠姫は苦笑するしかない。


 シアはCAOで知り合った人の中でも現実の悠姫――倉橋悠火とコンタクトを持っている唯一の人物で、その悠火を知っているからこそシアにはそう言う事が出来るのだろう。


 ……後でお話があります。って、たぶん明日にでも根ほり葉ほり聞かれるだろうなぁ。


 憂鬱な気持ちになりつつも、とりあえず現時点では言及を避けることが出来ることに対して安堵しながら、悠姫は改めて[グランドガーデン]の室内へと視線を巡らせて言う。


「でも、CAOって凄いよね。こんな立派なホテルに泊まれるなんてさ」


「そうですの? このくらいならば良くあるとは思いますわよ」


「え?」


 さらりと返ってきたリーンの言葉に、悠姫はシア、ひより、リコへと視線を向けて確認を取るが、けれども三人から帰ってきたのは小さく横に首を振る反応だけで悠姫は自分の感性がおかしいわけじゃないのを確認する。


「ひょっとしてリーンって、本当にお嬢様だったりするの?」


「ほ、本当にって何なのかしら?」


「え、リーンさんのその口調ってキャラ作りじゃなかったんですか?」


「違いますわ! も、もしかしてみんなしてそう思っているんですの!?」


 地味に酷いシアの疑問がリーンへと突き刺さる。まさかそんな風に思われていたことなんてつゆとも知らなかったリーンが目を見開いて驚愕する。


「あーうん、ごめん。わたしは普通にキャラ作りだと思ってた」


「わ、わたしもです……。ロリ紫髪ロングで吸血鬼の貧乳お嬢様とかキャラの濃い設定だと思ってましたです……ごめんなさい」


「ひより。それ煽ってるだけだよ」


「ふぇ!? ち、違います! 煽ってないです!」


「あ、あなたたちは……」


 悪気はないのだろうが、まさか全員からそう思われていたなんて夢にも思わなかったリーンは絶句する。


「だってお嬢様でネトゲ廃人とか、アニメや漫画じゃあるまいし」


「な、何ですの? べ、別に学園で友達が居なくてネトゲにはまっている訳でもありませんし普通ですわよ?」


「そうなの? わたしはお嬢様学校ってあんまし知らないけど、周りにCAOやってる人とか居るの?」


「…………」


 純粋な悠姫の疑問に対して、リーンは無言で視線を逸らした。


「リーン、その反応ってもしかして……」


「……通学中から授業中までずっと帰ったらどのダンジョンに行こうかを吟味して情報を確認しながら延々とシステムを解析しながら学校が終われば誰の誘いも断って直帰してログインして深夜までなんて当たり前でむしろ朝方まで延々と狩りを続けたりして常に眠そうにしているから学園で[吸血姫]なんて不名誉な呼称をもらってたとしても……何か悪いかしら!? というよりこの生活のどこに友達が出来る要素があるというのかしら!?」


「逆ギレ!? そ、そこまでは聞いてないよ!?」


 リーンのあまりのネトゲ廃人ぶりに悠姫は少しだけ考えて……あれ、でもこれってわたしと同じじゃね? という結論へと至る。リーンが取っている行動は概ね悠姫にも該当していた。


 それもそのはずだ。ネトゲ廃人の取る行動なんてリファインされてゆけば最終的に同じ地点に着地することになるのだから何ら不思議はない。


 廃人の行動原理は簡単だ。


【どれだけ実生活の時間を削ってネトゲに時間を当てられるか】。


 究極的にはそれに尽きる。


 さし当たってまず一番の犠牲になるのが人生の三分の一を占めているとされる睡眠時間だ。


 睡眠時間は一日八時間の睡眠をしている人からすれば、それを半分にするだけで実に四時間もの時間を捻出することが出来る貴重な有限資源である。


 そして次に犠牲となるのが人との交流時間。


 人は毎日何かしら他人とかかわり合って生きてゆくものだ。


 学生なら基本的に放課後、学校が終わってから夕飯を食べるまでがその時間に当てられることが多く、会社員などで言うならば同僚と飲みに行ったり気晴らしに行ったりする時間がそれに当たる。


 その二つの時間を削るだけでも時間をぐっと生み出すことが出来るし、うまく行けばこれだけで一日の四分の一の、実に六時間もの時間を捻出することが出来る。


 睡眠時間を二時間にすれば一日の三分の一、実に八時間もの時間になり、休日となれば時間はさらに増える。


 それ以外にも削れる時間は数多く存在するし、悠姫たちのようなライトな廃人ではなくヘビーな廃人ともなれば、社会生活を全て捨て、限りなく二十四時間に近い時間をネトゲに充てる猛者も存在する。それが良いか悪いかはともかくとして。


「でもしょうがないよね。CAO楽しいし」


「ですね。ちょっと悲しいですけど、わたしもリーンさんの事言えませんし」


「あはは、右に同じ」


「……わたしも最近は、リーンさんと同じような感じかもです」


 悠姫もシアもリコも三人とも同じようにしてCAOの時間を捻出しているプレイヤーである。


 ひよりにしたって初心者ながらも、もはや立派に廃人勢に片足を突っ込んでいる。


 特にこの前の[第一回コロッセオ対抗戦]以来、[二重詠唱]を見せてからはひよりの所にコツを聞きに来る者がちらほらやってくるくらいだ。


「そうは言っても、わたしは眠い時とかは早めに寝ちゃうんですけどね」


「シアはヒーラーだから、組める人が居ないと早めに落ちちゃうのは仕方ないと思うけど」


「ヒーラーはソロで狩りがやりにくいですしね」


「そういえば、リコは弓だけど、今、罠ってどうなってるの?」


 ソロ狩りと言えば。と、今まで弓手の知り合いが居なかったので良い機会だと思い悠姫はリコに問いかける。


 リコのメインクラスは[シルフィード]という[アルテミス]と[ヒーラー]の特性を持ったユニーククラスで、弓では速射と連射系のスキル、ヒーラー系では継続回復と補助が出来る程度の魔法が使えるという、かなりソロ向けのメインクラスである。


「うーん……わたしは罠を取ってないけど、知り合いの罠師によると使い勝手がかなり難しくなったとは言ってたよ?」


「そなの?」


「うん。VR化以前のようにスキルを使った時に[トラップツール]を使用して罠を置くっていう感じじゃなくて、先に加工して……例えば[トラップツール]を[ショックトラップ]という専用アイテムにしてから手動で設置するっていう形になってるみたい」


「うわそれは面倒そう……だけど、それだったら逆に大量にトラップ作って狩りに行けば、効率良かったりするんじゃないの?」


「わたしもそう思って聞いてみたんだけど、加工したトラップは重量が結構あるらしくて、20個も持てば矢も回復薬も持てなくなるほどらしいよー」


「20個かぁ。使い方にもよるんだろうけど色々持てば実質10個くらいが限界だろうし、引っ張ってSTCとかどうなの」


 STC[ショック・ツイン(トリプル)・クレイモア]とは、罠師の間ではなじみの技術で、多くの敵を引っ張ってきて[ショックトラップ]にでスタンさせ、スタンして動きが止まっている間に[クレイモアトラップ]を二つか三つ纏まっている敵の周囲に設置して、爆破させ連鎖ボーナスを利用して一気に吹き飛ばすという一つ間違えればデスペナ直行の狩り方である。


「知り合いもSSSを取ってやっているみたいだけど、かなり当てにくいみたい。罠の範囲は若干広くなっているらしいけど、VR化以前のようにモンスターが重ならないので、SSSも連鎖ボーナスが入りにくくて一発で確実に状態異常を起こすことが出来ないみたいだね」


[ショックトラップ]が効きにくい敵には[スリープトラップ]、魔法が痛い敵には[サイレンストラップ]を当てることが定石となっていることから、それらのスキルは頭文字を取って纏めてSSSと呼ばれている。


「あー、確かにVR化後はそういうところもあるんだね。前衛職のわたしの場合は囲まれにくくなるからメリットでしかなかったけど、そういえばそうだね」


「敵の射程距離の関係もあって、逆に厄介なことになる場合も増えましたけれどね」


「まあねぇ」


 途中で入ってきたリーンに悠姫はしみじみと頷く。


「VR化以前のように敵をすり抜けることが出来ないから、密集してて、ATK高い敵とかに後ろからちくちくされると辛いんだよね」


「わたくしの場合はスキルが中距離のものも多いから楽ですけれどもね」


「くぅ、憎い。[ロードヴァンパイア]憎い」


 隣の芝は青く見えるものである。リーンからすれば悠姫の[聖櫃の姫騎士]の固有スキル[ルーンエンチャント]や、属性スキル、連撃スキルは魅力的に映っている。


「話は戻すけど、纏めると罠はスキルを使って設置する形式から、スキルで作った罠を手動で設置する形式に替わって、知り合いは『将来、軍隊にでも徴兵されたら役に立ちそうな技術だ』って嘆いてたね」


 おどけながらその知り合いの真似なのだろう、がっくりと肩を落とす素振りをして言うリコに、悠姫は笑って返す。


「あはは、CAOはガンナー系の職業もあるから、軍人っぽい人とか居そうだね」


「衣装装備にもありますしね、軍服。ユウヒ様着ますか?」


「ゆうちゃんの軍服姿ですか!」


「ひよりん食いつくね……。や、でもコスプレ系は遠慮しとこうかな。わたしが着ても似合いそうにないし」


 少し興味はあったものの、頭の中で想像してみたら自分のイメージと少し違うような気がして、悠姫はそう言って丁重に断りを入れ、続ける。


「軍服を着るなら、まだリーンの方が似合いそうだよね」


「わ、わたくしですの?」


 矛先を唐突に変えられたリーンが問い返し、悠姫は「うん」と頷く。


 リーンが今使っている武器は赤い刀身のサーベルだし、背丈は150くらいしかないもののどこか威厳があるような雰囲気をかもしだしているし、何より言葉使いがキツイところがあるので、「この豚共が!」と言っているところを少し想像してみると、似合いすぎていて笑えなかった。


「まあ、わたしはどっちかというと可愛い系というか、そっちの方が……」


 そんなことをのたまう悠姫は、現実ではれっきとした男である。


 同じ職場で働いていて、悠姫をストーキングしてしまうくらい愛しているシアが気付かないくらいだから、悠姫の男の娘っぷりはほぼ奇跡の領域ではあるがそれはそれとして。


「えー。ユウヒ様、着ませんか? ちょっとだけ、ちょっとだけで良いんですよ?」


「うーん」


「一回だけ、一回だけですから! 本当に少しだけ、ちょっとだけですから!」


「なんかシアの言葉って卑猥に聞こえるね」


「どこがですか!?」


 唐突な中傷に、シアが声をあげる。


「あはは、シア誘導うまいね。そうやって答えさせて、わたしに卑猥な言葉を言わせる気なんでしょう、このヘンタイ」


「ち、違います、わたしはそんなこと全然思ってもいないです!」


「でも聞けるなら?」


「聞いてみたいですけど! ……しまった!」


 即答だった。あまりの間髪の入れなさに、悠姫は若干引き気味な視線をシアに向けて、数秒の後に目を背けた。


「……ゆうちゃん、着ないんですか?」


 目を背けた先ではひよりが残念そうにしていて、悠姫は「あー……」と枕詞をおいて後、


「うん、まあ、機会があったら少しくらい着てみてもいいかな」


 シアの時とは対極的な態度でそう言って、着ぐるみパジャマのフードの上からひよりの頭をぽんぽんと撫でる。


「……うらやましいうらやましいうらやましいうらやましいうらやましいうらやましいうらやましいうらやましいうらやましいうらやましいうらやましいうらやましい……」


「シア、呪詛のように呟くのはやめなさい」


「ユウヒ様……この妬みは絶対に忘れませんから。いいですか、絶対に、絶対にですから!」


「何で悪役怪人のような台詞なのかしら……」


 宣言するシアにリーンの冷静なツッコミが入り、涙目になっているシアを見て、悠姫は少しからかいすぎたかもしれない、と、ひよりと同じようにシアの頭に手をやりながら言う。


「ごめんごめん、シアとは付き合いが長いからつい冗談で返しちゃうんだよね」


 シアとの付き合いはCAOがまだ普通のMMORPGだった頃からの付き合いだ。


 パソコンの画面越しにチャットをしていた時は、シアの好意もネットゲーム特有の熱病のようなものだと思っていたが、けれどもそれはVRMMORPGとなっても変わらず。シアは悠姫が女の子だと思っているがそれでも関係なしに友愛を超えた感情をぶつけてくる。


「はぅ……ユウヒ様……」


 心地良さそうに猫耳をへんにゃりとするシアを見て、悠姫は複雑な感情に捕らわれる。


 シアの気持ちに答えるべきならば、現実の自分が男であることを隠しておくのは不誠実である。そもそも絶対に隠さなければならない理由なのかと言えばそうでもなく。


 むしろ早い段階でばらしておかないと、後々面倒なことになりそうな案件だ。


「猫耳くにくに……」


「ひゃんっ、ユウヒ様、あっ、そ、そんな、耳、くにくにしたら、やっ、あんっ」


 頭を撫でていたら気が付けば猫耳に手が行っていたことや、猫耳を触られてやけに艶っぽい声を出すシアのことはさておき。


「猫耳良いなぁ……」


 直視するべき現実を後回しにして、悠姫は触り心地の良いシアの銀色の猫耳を延々とくにくにと触る。


「ユ、ユウヒ様ぁ……あ、あぁ……」


 いつかシアの猫耳を触ろうと思っていたものの機会を逃し続けていた悠姫にとって絶好の機会で、予想以上に触り心地が良く癖になりそうな感触に、悠姫は我を忘れてくにり続ける。


「……ごほんっ! 欠橋悠姫」


「……はっ。ど、どうしたの、リーン?」


 危うくトリップ状態に陥りそうになっていた悠姫にリーンの冷めた声がかかり、冷や水をかけられたかのように悠姫は素晴らしい速度で手を引いてリーンの方へと向き直った。


「ぁ……」


 耳をくにくにとされていたシアは名残惜しそうに小さな声を漏らして、蕩けた表情から一転、恨めし気にリーンを見て口をへの字にしていた。


「どうしたの、じゃありませんわ……まったく。シアもそんな顔をしませんの。趣旨を忘れてはいけませんわ。これはあくまでリコさんの歓迎パーティでもあるんですのよ」


「あう……そ、そうですね。ごめんなさい、リコさん」


「あ、いえお構いなく。わたし的には普通にお喋り出来る相手が居るってだけで十分うれしいからね」


 ばつが悪そうに言うシアに、リコはそう言って屈託のない笑みを浮かべる。


「まあでもようこそASへって感じだね」


「ですです。リコが加入するって聞いて、うれしかったです!」


「あ、ありがとう、ひより……」


 まっすぐに言うひよりに、リコは言われた方が恥ずかしくなってしまい差し出された手を握りながら小さくそう言った。


「あ、そういえばお菓子とかも買ってきてますよ」


「わたくしもお茶の準備はしてますわね」


 そう言ってシアがインベントリからクッキーと小さなホールケーキと、リーンが前に悠姫がリコに振る舞ったのと同じハーブティーを取り出し、同じチョイスに悠姫は少しだけうれしくなって微笑む。


「ふふっ」


「な、なんですの?」


「ううん、なんでもー」


 リコだけがそのことに気が付いたのか、そんな悠姫とリーンのやり取りを見て笑みを浮かべていた。


「さてと、本格的に用意も済みましたし、がーるずとーくでもしましょうか」


「このメンツにそんな女子力あるのかな」


「ちょ、欠橋悠姫! なんてこと言いますの!」


「ゆ、ゆうちゃん!」


 さりげなく地雷を踏む悠姫の言葉にツッコミを入れつつも、その後リコがログアウトする時間まで、かわされた会話のほとんどがCAOの狩場やスキル、はたまたシステムの検証結果の持ち寄りという明らかにガールズトークと言うにはほど遠い会話だったが、そうして穏やかな時間は緩やかに過ぎていくのだった。





 その後、ひよりがCAOからログアウトしたのは、10時過ぎだった。


 いつもからすれば早い時間ではあったが、けれどもリコが仕事で早いのだということで落ちてしまったので、小休憩の為に一度ひよりはログアウトしていた。


 そうしてログアウトして暫く、ひよりは自分のベッドに腰掛けて、なんとなしにヘッドマウント装置を指でなぞっていた。


「楽しかったです……」


 目を閉じればまるで現実で起こったことのように先程の風景が脳裏に浮かんでくる。


 思えば誰かとパーティをすることなんて、ひよりの人生でほとんど無かった。

学校で話をする知り合いがいない訳ではないが、けれども高校生というのは自由なようで不自由な年頃である。


 特にひよりの場合は自分がアニメ好きな隠れオタクだということを隠しているので、友達を家に寄ぶということをほとんどしなく。お小遣いもそっちに使ってしまうし、アニメばかり見ていて成績を落とす訳にもいかないので勉強もしなければならなく、使える時間というのは存外に少なかった。


「はぅ……」


 ぼふっ。と、ひよりは布団にうつ伏せに倒れ込む。


 ……最近、わたしなんだか変です……。


 もぞもぞと動いて横向きになりながら、柔らかい枕を抱きしめてひよりはそう思う。


 悠姫に撫でてもらった髪にまだ熱が残っているように感じて、ひよりはここ最近定例になってきている別のことに思考が囚われる。


 それは――

 


「――ひーよりん♪」


「どうしたんですか、ゆうちゃん?」


「ふふ、ひよりんはーぐ♪」


「ひゃ! い、いきなりどうしたんですか……? ゆうちゃん?」


「えー? ひよりんをぎゅってしたくなって……ダメ?」


「あ、そ、その……ダメじゃないです……」


「やった。じゃあ遠慮なく♪ ふふ、ひよりんやわらかぁーい」


「や、ゆ、ゆうちゃん、くすぐったいですよぅ……」


「はぁ……ひよりんふわふわぁ……すきぃ……」


「っ、ゆ、ゆうちゃん好きってそんな……! ひゃ、ひゃぁぁぁぁ……」



 夜、布団に潜り込んだ後、いつもしてしまう妄想。


 初めは悠姫と冒険に行ったり、その日話したことなどを思い出す程度だったが、最近になって少し行きすぎな妄想を膨らませるようにまでなってしまっていた。



「ふふ、ひよりんいーにおいー。このままずっと、ぎゅってしてたくなるね」


 ひよりの中の妄想の悠姫は、ひよりをぎゅっと抱き寄せてはぐしながら、柔らかい髪とひよりの背中へと手を回すと、幸せそうにとろけた声で囁く。


「や、ゆ、ゆうちゃ……っ、そんな、まさぐっちゃダメ……です……っ」


「本当にダメ?」


「あぅ……ゆ、ゆうちゃん、卑怯です……」


「ひよりん……大好きだよ」


「ひゃっ、んん……っ、ゆう……ちゃんん……っ」


 くすぐったそうに、あるいは肌を撫で回されたひよりは、ところどころで艶めかしい吐息を漏らす。ダメと言ったにも関わらずよりいっそう激しさをます悠姫のスキンシップに、ひよりは頭が茹だってしまったかのように思考が出来ず、なすがままされるがままになっている。


「ひよりん……」


「ふぁ……」


「ちゅっ♪」


「んぅ……っ!」


 甘い声で呼ばれたひよりが顔を上げると、そこにはひよりが好きな悠姫の顔があって、何かを考える間も無く唇を奪われた。


 悠姫が絶対にしそうにないことだが、けれども妄想の中の悠姫は悠姫であって悠姫でないのだから仕方がない。


 ちゅっちゅ、ちゅっちゅと甘いキスを何度も繰り返されて、ひよりはそのまま悠姫にされるがままにされ――



「――ひよりー、入るわよー?」


「ひゃああああああああああああああ!?」


 妄想しているひよりの耳に、いきなり別の人物の声が聞こえて、ひよりは飛び上がるように布団から跳ね起き、枕を投げ捨てた。


 幸い、というべきか枕は隣の壁にぼふっと当たって落ちた。


「ど、どうしたの、ひより? こんな時間にそんな大声あげて」


「お、お母さん! いきなり入って来ないで!」


「何言ってるの。何度もノックした上に、声までかけたのよ?」


「え、えぅ? そ、そうなの!?」


 そんなに深く妄想に没頭してしまっていたのか……とひよりは今更ながらに、自分の妄想が恥ずかしくなって俯いてしまう。


「まったく……そうそう。お父さんがこれをひよりにって」


「え? な、何? この……え、お金?」


 ひよりが手渡されたのは封筒で、中を見てみるとお札が何枚か入っていて、ひよりは疑問を露わにする。


「明後日、友達と遊園地に行くんでしょう? お父さんが気を効かせてくれたのよ」


「で、でもこんなにたくさん」


「あんたは普段おねだりとかしないんだから、甘えておけばいいのよ」


「お母さん……ありがとう」


 封筒を胸に抱きながら、ひよりが言うと、ひよりの母は悪戯っぽい笑みを浮かべて「でも」と続けた。


「もし相手が彼氏だったりしたら、お父さん泣いちゃうかもしれないわね」


「ふぇ!? ち、違うよ!? と、友達だから!」


「あら……? もしかしてその反応、本当に?」


「違うーっ! 違う、違うから!」


 そう言って強引に部屋の外へと押しやって、一人になってひよりはやけにうるさく響く心臓の鼓動を宥めながら、息を吐く。


 いくら悠姫がアニメの主人公のようでかっこいいとはいえ、あんな妄想をしてしまうくらいに惹かれているということに他ではないひより自身が一番驚いていた。


 ……ゆうちゃんは女の子なのに、こんな風に妄想しちゃうわたしって変なんでしょうか。


 思春期の男女ならば誰でも考えてしまうような妄想ではあるが、けれども大抵の者は自分の内だけに隠して黒歴史として、誰にも見せないようにしまっている。


 ただでさえ多感な高校生という思春期まっただ中に、運命的な出会いをしてしまったのだからそう思ってしまうのはいたしかたないだろう。


 されどそれをひよりが冷静に自己分析を出来るほど大人かと言えばそうではなく。


「はぅ……」


 ヘッドマウント装置へと手を伸ばし、ひよりはけれども今会うと冷静で居られないと思い、手を引っ込める。それは少し前にすれ違っていた時とは違い、どこか心地良くすらひよりには感じた。


「……ゆうちゃん」


 その名前を呟いて、ひよりは布団に横になる。


 結局ひよりが再びCAOにログインしたのは、ゆうに1時間後のことだった。


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