一話[コラボキャンペーン]
「はぁー……もー、すっごいもふもふ……幸せ……」
悠姫は今、セインフォートの東平原でレベル1のモンスター[モフリス]を抱きしめてもふもふもふもふ……と終わることのない幸せに陶酔していた。
柔らかい毛並みを持つ真っ白な毛玉。[モフリス]はノンアクティブに分類されるモンスターで、プレイヤーが危害を加えなければ決して向こうからは攻撃をしてこないCAOのマスコットモンスターとしてグッズ化もされている癒しの毛玉だ。
ふっさふさの毛並みは一度触れてしまえば最後。気が付けば時間単位で時が吹っ飛ぶことになる。かく言う悠姫もその犠牲者の一人で、今も東平原の木陰で[モフリス]を抱きしめて寝転がっていた。
「ふわふわ……うふ、ふふふ……」
初期の狩りの為に最初に訪れたプレイヤーが、寝転がって不気味な笑みを漏らしながら[モフリス]を延々もふり続ける悠姫の姿を見てびくっとしていた。
けれどもそれすらも視界に入らないほどの集中力、或いは現実逃避具合で、悠姫はずっと白い毛玉を撫で回していた。
ちなみに一応はモンスターであるその[モフリス]であったが、最初のうちは悠姫に捕まったことで逃げようとしていたものの、けれども悠姫に危害が無いことがわかったのか、それともステータスの差で絶対に逃げ出せないことがわかったのか、はたまた搭載されているAIによるものかはわからないが、そのうち[モフリス]は考えるのを辞めたようにもふられるがままにされていた。
「……[モフリス]ほしい。ちょうほしい。もっふもふ……もっふもふ……」
だらしない表情で[モフリス]に頬ずりしながら、悠姫は頭の中でペットのテイミングについて思考を巡らせる。
CAOではモンスターのテイミング――ペット化――は可能だが、けれどもテイミングできるモンスターは限られているし、何よりモンスターをテイミングしようとすると特定のテイミングアイテムが必要となる。
[モフリス]ならば[黄金のドングリ]。
[ジュエルスライム]ならば[虹色ダイヤ]。
[リビングアーマー]ならば[失われた魂の欠片]。
等といった特定のアイテムを使用することにより確率でモンスターをペットにすることが出来るのだ。
が、そもそもテイミングアイテムというものが[枢輝石]レベルの超レアアイテムであり、手に入れようと思えば確実に数日間は同じ狩り場に籠もり続ける覚悟が無ければならない。
さらにテイム出来る確率はモンスターによっても変わってきて、[モフリス]辺りならば一応フィフティフィフティくらいの確率だと言われているが、強いモンスターをテイミングするともなればテイミングアイテムを数十個用意して1匹テイム出来れば御の字といった具合である。
しかしながら50%の確率があったとしても、外す時は10回連続で外すこともオンラインゲームでは良くある話で、具体的には[テイミング破産]という恐るべき言葉が存在するくらいには、モンスターのテイミングは険しい道のりだ。
その分、支援魔法を使うことが出来る[オートマタ]各色や、回復魔法を使うことが出来る[マリオネット]系をペットに出来た者は一攫千金の財産を築けたも同然の勝ち組となることが出来るが、そういうものはリアルラックがやたらと高い者にしか手にすることが出来ない栄光である。
かくいう悠姫もVR化以前に持っていたペットは[モフリス]だけで、簡易AI設定をしたところで[モフリス]ではどう育成を頑張ったところでレベル50以上のモンスターを倒すことなど出来なく。
結果、高レベル狩場などに行くと一瞬で蒸発させられてしまうことから、街などの安全地帯で見て和むだけの、まさにペットとしての活用法しか存在しなかった。
[サブクラス]に[テイマー]という、如何にもモンスターを仲間にすることが出来るようなクラスが存在するにはするが、しかしそれもレベルを上げるとテイミング時に確率が僅かに上がるだとか、ペットにしたモンスターの成長率を上昇させる等といった地味な恩恵しか受けることが出来ない。
「[黄金のドングリ]欲しい……」
それに悠姫からすればそういった実用性的なところの問題ではなく、もふもふして愛でる用の愛玩動物として[モフリス]を欲しがっているのだから関係は無かった。
これほどまでにVR化以前からのアイテムを持越し出来なかったことに対する悔しさを覚えたことは無い。
因みにシアにはそれとなく欲しいと言ったことがあるが、その時のシアの反応は悠姫をじっ……と見つめた後に「ユウヒ様に[モフリス]なんて与えたら、わたしが構って貰えなくなりますよね?」と笑顔でやんわりと言って、対照的に猫耳を逆立てていた。
[黄金のドングリ]は[モフリス]からドロップされるテイミングアイテムだ。
[モフリス]をペットにするために[モフリス]を時に数万匹以上も狩り続けなければいけないというこの矛盾。
悠姫のような可愛いもの好きには耐えられない、まさに悪魔の所業だった。
けれども少し前に露店で見た[黄金のドングリ]の値段は250MS。2億5千万Sだった。
いくら他に露店で出ていないとはいえ、さすがにぼったくりすぎじゃないだろうかとも思ったが、それを見た悠姫は思わず大手ギルド[Hexen Nacht]のギルドマスターであるコノハナ=サクヤにお金を借りるべきかと小一時間検討した。
結論から言うとサクヤにお金を借りると後々酷いことになりそうな予感がしたので泣く泣くあきらめることになったが、露店に並ぶ[黄金のドングリ]を見る度に理性がぐらぐらと傾いでゆくのを止めることが出来ず。
少し落ち着くためにという大義名分も得たことで、悠姫は定期的に東平原を訪れて[モフリス]をもふっているのだった。
「もふもふしゅきしゅき……」
だがしかし、そんな悠姫の姿は傍目にはただの毛玉ジャンキーだった。
「ユウヒ様……また[モフリス]を愛でてるんですか……」
「……ふぇ?」
呂律が回っていないくらいに陶酔していた悠姫が声の方向へと顔を向けると、すらりとした足が見えて、どきりとする。
「……っ、シ、シア?」
そのまま視線を上へと向けると、青と白を基調とした修道服に身を包む銀髪に青い瞳の猫耳ヒーラー……シアの姿があった。
寝転がっている悠姫からだとスリットの奥が見えそうで、悠姫は慌てて身体を起こす。もちろん[モフリス]は腕の中に確保されたままだ。
「いつまで経っても戻って来ないから見に来ましたけど、満足しましたか?」
そう言うシアの方が満足そうな顔をしているのは、恐らく[モフリス]を抱いて幸せそうにする悠姫のSSを撮っていたからだろうが、けれどもそんなことに気が付いていない悠姫はシアの言葉でシステムウインドウを呼び出して時間を確認する。
「あ、もうこんな時間なんだ」
記されていた時刻は18時13分。周りを見回してみるとだいぶ陽が傾いて来ていて、遠くに夜の帳が降りて星空がうっすらと顔を見せていた。
夕暮れ時。[ルカルディア]の大地は茜色に染まり、空は薄っすらと夜色を帯びてゆく。
現実の世界でも見ることが出来る風景ではあるが、けれども空気が濁っていないせいか[ルカルディア]の夕暮れはその何倍も美しく見える。
セインフォートの城壁の彼方に沈みゆく太陽をぼーっと見ながら、悠姫は[モフリス]にあごを乗せる。
「うん。だいぶ満足した」
シアが何か言おうとして、その前にシステムウインドウを操作しているような動きを見せた。
「……シア。またSS撮ってるの?」
「ふふ……わたしのユウヒ様コレクションがまた増えます」
「コレクションって――や。なんでもない」
ツッコミを入れそうになったが、けれども問いかけたところで自分にとって楽しい話ではないことが想像できた悠姫は首を振って言葉を飲み込んだ。
「そういえばリーン達は……と」
システムウインドウの中からギルドメンバーのリストを表示して見ると、そこには久我以外のログイン情報が既に表示されていた。
「あ、ひよりん来てるんだ」
「何でひよりさん限定なんですか」
「シア、怖い、怖い。深い意味はないから」
途端に目からハイライトが消え、夕焼けの茜色に照らされたシアの修道服はまるで血に染まっているかのように見えて、背筋が凍りつくほどに怖かった。
「本当ですか?」
「うん、ほんと、ほんと」
……そう言いつつも悠姫は、数日前にひよりと交わした約束を思い出していた。
中央大陸のシルフォニア大陸から南西のラタトニア大陸にある首都[ガドレニス]のさらに東。海岸の街[スターチス]でのことだ。
数日前の三月十五日の日曜日。
悠姫は[スターチス]のPVP施設[コロッセオ]で、悠姫らが企画したプレイヤーズイベント[第一回コロッセオ対抗戦]を行った。
元々はHNの戦闘廃人セリア=アーチボルトが悠姫にシステムの検証も兼ねて決闘をしようと申し出てきたことがことの発端だったが、それに加えて悠姫のギルドのメンバーであるひよりがEPにちょっかいをかけられたと知り、さらに最近そのEPが大手ギルドの名前を肩に着せた迷惑行為をしていることもあって、その問題を一挙解決する為に[第一回コロッセオ対抗戦]という、強さによる序列を見せつけてしまおうという裏の意味を持ったプレイヤーズイベントが行われたのだ。
結果、EPは元EPの[Akashic Origin]のメンバーによってリベンジが果たされ、彼らの迷惑行為は沈静化の一途を辿っているし、セリアと悠姫の決闘も息を飲む技術の応酬が交わされ、最後だけは予想外だったがそれはそれでおいしい幕引きとなっていた。
ひよりの問題についても、悠姫の知らぬところで特訓をしていたひより自身の手によって決着が付けられ、初のプレイヤーズイベントは良い結果で幕を閉じた。
――が、しかし。
「――遊園地、です?」
「そう。今度ひよりんのとこの近くの遊園地でCAOのVR化記念コラボキャンペーンがあるみたいだけど、一緒に行く?」
その後に、控え室でひよりと交わしたその約束が、悠姫の頭を悩ませている原因だった。
シアが悠姫の職場にアルバイトとしてやってきたことや、VR化によって相手がまるで現実と同じ人間のように感じてしまったこと、それにセリアとの決闘で興奮が冷めてなくて冷静な思考が出来なかったこと等々、要因を上げればいくつでも出てきそうだがつまり、悠姫は友達を誘うような感覚でそう言ってひよりを遊園地に誘ってしまったのだ。
「絶対に行きます!」
しかもひよりは当然のようにその誘いにそう言って食い付いて来て。
その時はさほど気にはしなかったものの……ログアウトしてから冷静になって考えて、悠姫は凄くマズイことをしてしまったことに気が付いた。
ゲーム内で出かけるのならばともかく、現実で会って出かけるというのは正直かなり良くないことだ。
しかもひよりと出会ったのはまだ二週間ほど前のことだ。
旧知のプレイヤー同士でオフ会をするならまだしも、会ってまだ間もない相手と、しかも二人で会って遊園地デートなど、直結厨だと後ろ指を指されてしまっても仕方ない出来事だ。
少し前にひよりが臨時でEPのメンバーに絡まれたことで、オンラインゲームにおいて注意しなければいけないことを教えていなかった、等と後悔しながらも、今回『現実の情報をほいほい教え合う』といったオンラインゲームにおける禁忌を自ら犯してしまい、悠姫は暫く自己嫌悪に陥ることになった。
[モフリス]を延々ともふもふして現実逃避していたのにはそう言った理由も存在する。
……うぅ……何という不覚。
『おーい悠姫さん、こっちの準備はもう終わってるけど、そっちは大丈夫か?』
思い出して再び落ち込みそうになる悠姫の耳に、ギルドチャットで久我の声が聞こえた。
確認してみると、いつの間にか久我もログインしていた。
『あー、うん。こっちは大丈夫だよ。というか東平原に居るからこっちに合流でいいかな?』
久我の確認はこれから行おうとしているクエストに関しての準備が終わっているかどうかで、他の皆よりも先にログインしていた悠姫は既に準備は終わっていたので簡単にそう答える。
今回受けるクエストは簡単な[採集クエスト]で、受けられるレベル自体はかなり低い。
しかしそれに反してクエスト報酬としてスキルポイントが1ポイント得ることが出来るおいしいクエストだ。
[メインクラス]は転職クエストをこなすことで変更することが出来るが、スキルポイントは転生前で70ポイント。転生後ならば100ポイント、と、レベルアップで得られる数値が決まっている。
だからクエストによって得られる外付けのスキルポイントは貴重な入手元であり、初心者ならば行うことを推奨されているクエストの一つだ。
『おっけーおっけー。んじゃそっちに行くわ。つーことでみんな準備は良いな?』
『はい』
『大丈夫でござる』
『わたくしも、もうとっくの昔に準備が済んでおりますわ』
『――はい』
向こうは久我が仕切っているのだろう。悠姫の耳にいつものメンバーと――最後に他の声よりも良く通る澄んだ声が聞こえた。
「リコの声は、やっぱり違って聴こえるね」
「そうですね。さすが、声優なだけはありますね」
そう。最後の声の相手は[妖精族]の弓手の少女リコだ。
リコは桃色の髪の如何にもエルフの狩人といった服装の少女で、[第一回コロッセオ対抗戦]の後に新しく悠姫たちのギルド[Ark Symphony]に加入した、VR化以前からのCAOプレイヤーだ。
返事を返しただけなのに悠姫やシアにそう言われるのは、彼女が現実で声優という職業に就いている故にだった。
『というよりも、リコもやってなかったんだね、このクエスト』
『はい。最近はずっとレベル上げの方ばっかりだったので』
時間的な問題もあってそこまでログイン出来ないとリコ本人は言っていたが、けれどもASに加入して数日。夜にリストを確認すると大抵ログインしていることから、彼女も結構なヘビーユーザーな匂いがしていた。ありていに言えばネトゲ廃人の匂いだ。悠姫たちと同類だった。
因みにASのギルド内で彼女が声優だと気が付かなかったのは悠姫だけで、他の皆はすぐに彼女がアニメ[ルージュオンライン]のヒロインの声を当てていたと分かったらしい。
仲間外れな気分だった悠姫は「声オタ共め……」と呟き、リーンやひよりから酷いパッシングを受けることになったがそれはそれとして。
「もふもふ……」
「……ユウヒ様、そろそろ[モフリス]を離さないと、腕の中で[モフリス]がデータの残滓になりますけど、いいですか?」
「ちょ、シアひどっ! は、離すからやめて!」
シアが鈍器を構え始めるので、悠姫はしょうがなしに[モフリス]を野に返す。
解放された[モフリス]は、これまで撫で回されていた悠姫には目もくれず一目散に逃げて行った。薄情だと思うがけれども[モフリス]も立派なモンスターなのだから仕方ない。
むしろ撫で回されすぎていてうんざりしていたから、一目散に走って逃げて行ったのかもしれない。
「もう、あんなにかわいいのにシアの鬼」
「ヒーラーを捕まえて鬼は無いんじゃないですか? それにもふもふしたいならわたしをもふもふしてもいいんですよ? ユウヒ様」
「うーん……」
確かに、シアの猫耳は気になるところではあるのだが……。
「もふもふして、はぐはぐして、ベッドでばきゅーんすればいいじゃないですか! 口に出すのも憚られるイケナイプレイだとしても、わたしはユウヒ様ならウェルカムですよ?」
「死んで。生まれ変わって。真人間になったら考えてあげてもいいかも」
けれどもこの通り。
猫耳に罪はないが、肝心の本体がヘンタイなので迂闊に近寄れば何をされるかわかったものではない。
「ユ、ユウヒ様さらりと酷いこと言いますね。もうちょっとわたしのこと信用してくれても良いんですよ?」
「支援だけなら信用はしてるんだけどねぇ」
シアの[メインクラス]、[空の癒し手]は範囲支援を得意とする[ユニーククラス]で、普通のヒーラーの上位職にあるような一定ダメージを肩代わりする盾系スキルなどは存在しないが、多くのメンバーに一度に支援をかけられる他、全体への高倍率回復魔法を持っている。
動きこそVR化の影響でもろに現実の運動神経が足を引っ張っているとはいえ、VR化以前に培った反応支援はいまだ健在でパーティのHP管理も完璧だ。
露出の激しい聖職者服を着たシアをじっと眺めて悠姫は溜息を吐く。
……これでヤンデレな上にヘンタイじゃなければ完璧なのに。
天は二物を与えずとは言うが、もう少し何とかならなかったものか。
「はぁ……」
「ユウヒ様、そこまで露骨に溜息を吐かなくても……」
「おー待たせたな、って悠姫さん何してるんだ?」
そうこうしているとすぐに久我たちがやってきた。
「や、シアが何でこんな残念なのかなって話をちょっと」
「「「「「あー……」」」」」
「ちょ、あー……ってなんですか!? しかもみんなして!」
VR化以前ならばそういうロールだったで済むところだが、けれどもVR化以降は良くも悪くも本人の地が出て来るものだ。
シアの性格の残念さは、AS内でもはや共通認識のようになってきていた。
「それじゃいこっかー」
「スルーするんですか!? ちょ、ユウヒ様待ってください話がまだ終わってません!」
立ち上がり先導して歩きはじめる悠姫の背を追ってシアが喚きたてるが、悠姫はそれに取り合う様子も無くスルーして先々歩いて行く。
目指すは東平原からもう一つマップを東へと行った、[森の町フィレス]だ。
[森の町フィレス]はセインフォートの暮らしに慣れることが出来なかった[妖精族]と[亜人族]が集まる小さな町だ。
暮らしに慣れることが出来なかった、と言ってもそこまで深刻な問題ではなく、[森の町フィレス]の成り立ちはただ単に騒がしい街並みを好まない者が集まって作られたという背景を持っている。
一応武器、防具、道具、宿屋、と最低限必要な施設は揃っていることから、VR化以前は騒がしい雰囲気が苦手なギルドのたまり場がちらほらと存在していた。
もっともプレイヤーの露店は基本的に首都に出されるので、フィレスにたまり場を作っているギルドは露店を見に行くのにわざわざマップを移動しなければならないというデメリットも当然あり、VR化で移動距離が伸びたこともあって現在は常駐しているギルドは無いようだ。
けれどもフィレスの大きな樹木を中心とした自然と一体化するように造られた建築物の数々は、実際にこうして見るとセインフォートのような鉄骨などで出来た鋭角を持つ建物とは違い、自然の柔らかさを感じ取ることが出来て、人々が自然と共存して生きているということが見て取れる。
時間が時間だけに少し薄暗いのが難点だが、それも町の中に備え付けられた魔法道具により生み出される光によって所々に光溜まりが落とされて幻想的に映っていた。
「わぁ……すごいです」
素直な感想を漏らすひよりを微笑ましく思いながら、けれども悠姫自身も[森の町フィレス]に来るのは実は初めてだったので、ひよりと同じように見惚れてしまっていた。
「俺らが生きてる時にVR技術が進歩してくれて良かったと本気で思う瞬間だな」
「まったくでござるな」
「まったくですわね」
「いやいや、もうちょっと素直に感動しようよ」
久我たちが言う事も確かに同意するところではあるが少しずれた会話に悠姫は苦笑する。
「NPCも、かなりリアルですよね」
「本当に。わたしなんて混ざって立っているとNPCだと間違われてしまいそうだよね」
この中で唯一[妖精族]であるリコが建物の方へと歩いてゆき、入口の前で手を前で重ねて姿勢を正して微笑を浮かべた。
「同化しているでござるなぁ」
「[妖精族]だから特にね」
服装が如何にもなエルフの狩人なせいもあって、リコは完璧に背景に溶け込んでいた。
「ようこそ。森の町フィレスへ。旅のお方ですか?」
「わ……」
細かい話す仕草を取り入れ、首を傾げながら微笑み、声を変えて言うその姿は、完全にルカルディアの住人だった。本人の口からNPCです、と言われても納得できそうなレベルだ。
「さすがですわね」
「ですです!」
「ほんと、すごいね」
「えへへ、ありがとうございます」
リーンの感嘆にひよりが目を輝かせて同意する。
悠姫も素直な感想を零すと、リコははにかんで姿勢を崩した。
「そ、それだったらわたしもやります!」
悠姫が褒めたからか、[妖精族]ではないが[亜人族]のシアもリコの真似をして、先程リコが立っていた家屋の前に立つが……。
「何か違う」
「シア。その格好ではどう考えても無理がありますわ」
「新手の曲者にしか見えないでござる」
「……ですよねー」
帰ってきた反応にシアはなんとなくわかっていたながらも肩を落とした。
「……シアさんの服は……その、個性的ですし?」
リコにまで突っ込まれる辺り、そろそろ本当に何か別の服を着るべきだと思うのだが、本人は頑として他の衣装装備を着ようとしないのだから手に負えない。
「まあシアの服装はアレとして、クエスト受けに行くよ」
「あ、はい」
NPCごっこに興じる流れを纏めて、悠姫は[森の町フィレス]の曲がりくねった道を進んでゆく。町の構成自体はVR化以前とほとんど同じなので、いくつかの小路を超えるとすぐにお目当てのNPCを見つけることが出来た。
「はい、ひよりん話しかけて?」
「え、わ、わたしです?」
「うん。一応慣れておいた方が良いだろうしね」
今回皆でクエストをやりに来たのはひよりにクエストを体験してもらおうという面が強い。
レベル的にも現在のプレイヤースキル的にもかなりの高位のプレイヤーでありながらも、知識面ではオンラインゲームの知識をほとんど持ち合わせていない。
それが今のひよりの現状で、だからこそなるべく早く慣れさせてあげたいと思った悠姫の試みが、今回のクエストだ。
皆もそれがわかっているので、ひよりの様子を取り巻きに見守っている。
「じゃ、じゃあ話しかけますね?」
相手が羊の角を生やした、まるで干物のような[亜人族]の老婆だからか、ひよりはやや緊張気味に悠姫に確認を取る。
「ふふ、どうぞ」
ひよりの確認に対して悠姫はそう言い、やや含みを込めた笑みを浮かべて手のひらで促す。
「……? はい……えっと、あの」
「カ――――っ!」
「ひゃああああ!?」
そして声をかけた瞬間、老婆が手に持った白い杖を振り回して大声で叫び、ひよりは驚いて尻もちをついてしまった。
「あははははっ」
「ユ、ユウヒ様笑いすぎっ、ふふ、ですよ」
悠姫たちは展開を知っていただけに驚くことは無かったが、けれども目の前で杖を振り回して叫び始める老婆と対面していたひよりは、咽から心臓が出るのではないかと言うほどに驚いていた。
「い、いやー……良い反応、くくっ、するなぁ」
「く……ふっ。く、久我、笑うのはいかんでござるよ……っ、くふっ」
「し、失礼ですわよ久我、っふ……ニンジャっ! ……ふふ」
ひよりの驚きように、悠姫以外は何とか笑いを堪えようとはするものの、溢れ出て来る笑みを抑えることが出来ず。言葉の端々に笑みがこぼれ出ていた。
目を点にしたひよりが驚きに放心したまま振り返ると、リコだけがごめんねと言った感じで手を合わせていた。
「……ゆ、ゆうちゃん?」
「ね? びっくりしたでしょ?」
ひよりは助けを求めるように悠姫を見るが、悠姫はそう言ってとても良い顏をしていた。
悪意があってやったわけじゃないだけに、余計に性質が悪かった。
「び、びっくりしました……何で最初に教えてくれなかったんですかぁ……」
「でも最初に教えちゃってたら、もったいないでしょ?」
恨めしく言うひよりに、悠姫はそう返す。
クエストをこなすだけならば老婆の近くでクエストに必要な収集アイテムを売っている露店があるので、そこから買って話など全部スルーすれば良いだけの話だ。
今回のクエストは作業として流すだけならば所要時間が10分もかからない【森の信仰者】というクエストで、敬虔な聖櫃の信仰者である[亜人族]の老婆に話を聞くところからスタートする短編クエストだ。
「み、みんなも知ってて教えてくれなかったんですか……?」
「まあ、悠姫さんではないが、初めてのクエストなら体験してみる方がいいだろ?」
「久我。本音は」
「その方が面白いかと思ってな」
「ひ、酷いですっ」
「あはは……わたしは止めたんだけどね」
リコ以外の皆は、どうやらグルだったようだ。
「……味方はリコだけでした」
「や、ごめんね? でもびっくりしたでしょ?」
「びっくりしたから怒ってるんですっ。ゆうちゃん、イジワルですっ」
「ほらほらひよりん、お婆さんがさっきからずっと一人で話してるよ」
「あ、わわ、ごめんなさい!」
言われてひよりは先ほどからずっと説明をしている老婆へと向き直り頭を下げる。
「ひより、それNPCだからね」
「はっ、はうぅ……」
「くそぅ……かわいいですね……」
リコの突っ込みに頬を赤く染めて俯くひよりを見たシアが忌々しげに呟く。
可愛いならば素直に褒めれば良いだろうが、そこは複雑な乙女心が邪魔をしているのだろう。
「クエストの会話はシステムログを表示する、に設定してればログで確認する事も出来るし、不安ならしておくのも手だね」
「はい。あ、ありました」
悠姫に言われたひよりが見てみると、そこにはNPCの名前が入ったログが残っていた。
「わっ、クエストを受諾しました……ってでました」
「システムメッセージウインドウだね。おっけー押して流しちゃうといいよ。クエストの内容はシステムウインドウのクエストのタブから確認出来るしね」
「は、はい」
言われるまま素直に操作するひよりを見て、悠姫は和みながら自分もログを確認する。
――【森の信仰者】クエストを受諾しました。
自分の目の前にもそんなシステムメッセージが表示されているのを見て、悠姫はなんとなしに言う。
「前の時も思ったけど、クエストって一人が受ければ全員受諾したことになるんだね」
「ですわね。前は全員でNPCに話しかけて話を聞かないといけませんでしたけど、わたくしもクエストを受諾していますわね」
「わたしの方も受けられていますので、話を聞いてれば受けたことになるみたいですね」
今回クエストを受けるに至ってパーティは二つに分けられている。
現在ASのメンバーが全員で七人なので、パーティ最大人数である六人を超えてしまっている。故に二つにパーティが分けられていて、組分けは一つが悠姫とリコとリーンとニンジャ、もう一つがシアと久我とひよりとなっていた。
クエストで集めなければいけないアイテムは、全てモンスターのドロップ品だ。
必然的に狩りが必要となってくるので、AGIが高く被弾が少ないメンバーとそうではないメンバーとで分けた結果、このような組分けとなっていた。
「一応クエストリストだけ確認して、次はドロップを拾いに[迷宮の樹海]にいこっか」
「はーい」
ややあって皆クエストを無事受諾出来ていることを確認した後、悠姫たちは[森の町フィレス]を東から出たところにある[迷宮の樹海]一層へと向かう。
「あ、その前に……」
と、そう前置いて、悠姫はひよりへ言う。
「ひよりん、フィレスの[テトラ]に登録してる?」
「は、はい。大丈夫です」
「お、偉いね」
悠姫が言っているテトラ登録とは、過去に[第六の聖櫃(ルトイル=ヴィジョン)]が創った[転移陣]を使う為の登録を指している。
現在、各都市に存在する[転移陣]は、[テトラ]という組織によって管理されている。
一度来た街で登録をしていると、別の街から街へといくらかのお金で転移出来るようになるのだ。
「……むしろ拙者の方が登録してなかったでござる……ちょっと行ってくるでござる」
「まったく何してるのかしら、ニンジャは」
「あはは、フィレスの町は近いから別に登録してなくてもそこまで不便はないけど……って言っても今は歩いてだったら30分くらいはかかるし、あった方が良いかな」
VR化で尺度がかなり変化して、移動するのにも一苦労になってきているので、正直[転移陣]が無ければ狩場まで辿り着くのに時間がかかりすぎて、人によっては狩場まで行って実際に狩りをするのに数日かかるなんてことになるかもしれない。
「待たせたでござるな」
「よし、じゃあニンジャも戻って来たし、気を取り直していこっかー」
「おお、木だけにか?」
「…………さ、いこっか」
場を和ます冗談で久我は言ったのだろうが、帰ってきたのは冷たい視線だけだった。
「久我さん……」
「……良いんだ、何も言うな。ひよりちゃん」
気を使って声をかけるひよりだが、むしろ逆効果だった。
久我の尊い犠牲を振り切って、皆は町の東へと進んでゆく。
【森の信仰者】クエストでは[迷宮の樹海]一層に出現する[ウッドエント]、[ローアント]、[フォレストフィッシュ]、[リーフウルフ]、[エルダーリーフ]、[ホワイトスパイダー]の六種類の昆虫系、動物系、植物系のモンスターのうちの三種、[ホワイトスパイダー]、[フォレストフィッシュ]、[ウッドエント]が落とす[白い蜘蛛の糸]、[葉の鱗]、[エントの枝]を集めるクエストだ。
この[迷宮の樹海]というダンジョンの特徴は、とにかくモンスターの種類が多いことが挙げられる。
第五層まで存在するこの[迷宮の樹海]は、奥に行けばいくほどモンスターの組み合わせがいやらしくなってゆくダンジョンで、具体的にはバステの波状攻撃を仕掛けられることがありレベルや装備に余裕があるからといってソロで向かうと、混乱や魅了や毒などによって成す術も無くHPバーをがりがりと削られて死に至ることになる。
その分装備などの素材アイテムは豊富で、耐性装備を作る場合は下層のレアドロップアイテムが必要となってくる。
しかし今回の目的はそんな素材アイテムではなく、第一層のモンスターのドロップアイテムだ。一層程度の相手ならばさすがに状態異常なども問題は無い。
せっかく二つにパーティを分けているのだから二手に分かれた方が効率は良いのだろうが、今回はクエストをひよりに体験してもらうという目的もあり、七人で纏まって行動しながらちまちまと襲い掛かってくるモンスターをリコやリーンが遠・中距離で処理し、討ち漏らしを高速移動するニンジャが排除してゆく。
「やべぇ……することがねぇな」
「詠唱する暇もないです……」
久我とひよりが嘆くが、手持ち無沙汰は悠姫も一緒だった。
リコは弓手なので遠距離まで攻撃できるし、リーンも中距離まで攻撃することが出来る。
仮に撃ち漏らしたとしてもAGIにガン振りしているニンジャが手を出させる暇も無く一撃で葬り去ってしまうので、残りの三人はすることがなかった。
「ふはははは、この森はそれがしの独壇場でござるな!」
「ちょっと、やかましいですわよニンガ!」
テンションの高いニンジャに、リーンの毒舌がクリティカルする。
けれども本人も言うように、木から木へと跳躍して移動し、スキルでもない一撃でモンスターを屠っていく姿は確かにニンジャの独壇場だ。
「ま、でもここら辺の敵はレベル10前後だし、スキル使わなくても1確だから暇なのは仕方ないよね」
「ですね。けどこれ系のクエストって久々ですよね? 確か[レグルスの試練]でしたっけ」
「お。シア良く覚えてるね」
「だって、ユウヒ様が教えてくれたことですから」
「[レグルスの試練]ですか?」
さくさくと敵を仕留める三人を先頭に、後ろの四人はだべりながらついて行く。
木陰から現れた瞬間、[フォレストフィッシュ]はリコの矢に貫かれてデータの残滓を残して消える。哀れ。
「WIKIとかでは分類されていないけど、今回のようなクエストって[第十二の聖櫃(エンカード=レグルス)]が創ったクエストなんだよね」
「あ、だから[レグルスの試練]なんですか?」
「そそ。エンカード=レグルスは世界に試練を創った神で、分類は難しい所だけど今回みたいな[森の祠]にアイテムを納品したら加護が貰えるっていうのは、彼が創ったクエストだと思うんだよね」
曖昧な物言いだが、そもそも[レグルスの試練]という言葉自体が定着していないのだから仕方が無い。
いくつかのクエストに関してはエンカード=レグルスの手によって創られた試練であるという記述が残ってはいるものの、今回の【森の信仰者】はそういった記述が一切ないので分類の基準は悠姫の勝手な推測によるものだ。
「それ、悠姫さん以外から聞いたことはないしな」
「わたしが勝手にそう呼んでるだけだしね」
一時期流行らせようと掲示板に書き込んだのだが、見事にスルーされたのは苦い思い出だ。
根拠がないのだからWIKIなどにも書く訳にもいかず、結局[レグルスの試練]とそうでないかを分類して考えているのは悠姫だけだった。
「良いもん……ひよりんが使ってくれればそれでいいもん」
「え、わ、わたしですか? ……でもゆうちゃん、さっきはイジワルでした」
控えめながらにも不満を露わにするひよりに、悠姫は根に持ってらっしゃる……と思いながらも少しだけ考えて言う。
「あれはね。そう、ひよりんのかわいい反応が見たくてついね?」
「ゆ、ゆうちゃんそんな、いきなりかわいいとか」
「うん、ひよりんかわいい、かわいいよひよりん」
「ひゃ、ひゃぁぁ……」
悠姫は一度死ぬべきだった。好意を利用した最低な回避方法を取る悠姫に、続けてシアが割って入る。
「ユ、ユウヒ様っ! わたしの中では流行語大賞ですよ!」
「わー、はいはい、ありがとー、しあー」
「ひよりさんの時はかわいいとか言って! なんでわたしの時はそんな投げやりなんですか!」
「ヘンタイとかわいい初心者の補正の差じゃないか」
「だよね」
「そんな……」
ショックを受けるくらいならば普段の態度を改めるべきだと思う。
もっとも今更なおしたところで既に手遅れな気がしないでもないが。むしろ今更急におしとやかな性格に変わられたりでもしたら、それこそ何があったのかと勘ぐってしまいそうだ。
一年間も悠姫を一途に想い続けていた少女。
肩書きだけならば物語のメインヒロインを張れるくらいの設定を持っているものの、それ以外の言動が全てを台無しにしてしまっていた。
悠姫にしてもシアのことは嫌いな訳ではない。むしろ好意的に見ていると言って良いほどにはシアを特別扱いしている。現実でも一緒の職場で働いているくらいだ。
実質シアは悠姫に一番近い位置に居る女の子である。
けれども何かにつけて行き過ぎたアプローチは、スキンシップに耐性の無い悠姫には逆効果で、好意を寄せてくれていることに関してはうれしくも思うが、むしろその好意を受け入れてしまったら18禁の展開になってしまいそうで戦々恐々としていた。
「それにしてもリコを見てると、弓って便利そうだなぁって思うけど、それってどうなってるの?」
「どう、とは?」
リーンとニンジャにモンスターの討伐を任せて、リコが悠姫たち『暇を持て余し組』の方へとやってきて首を傾げる。
「ほら、弓って普通に撃ったらどう考えても当たりそうにないし、弓道とかやってたのかなって」
「ああ、そういう」
「あ、それはわたしも気になってました。どうなってるんですか? リコ?」
「弓もステータス準拠で命中補正が入っているので、ステータスが足りていれば、ぶっちゃけ視認してればほとんど当たるよ?」
言いながらリコは遠くに見える葉を被った狼、[リーフウルフ]を視認すると、ほとんど狙いも付けずに矢を番えて放った。
「ギャゥッ!」
「という感じです」
「ヤバ……今ちょっとぐっと来たね。超かっこいいねそれ!」
「もう一回、もう一回やってくれないか!」
目にも止まらぬ神速の抜き撃ちとでもいうべきだろうか、それを銃ではなく弓でやるのだから、あまりのかっこよさに、悠姫も久我も身を乗り出してアンコールする。
「リコ、わたしももう一回見て見たいです!」
「い、良いけど、何だか照れるね……」
もてはやされて、リコは少しだけ顔を赤らめて笑う。
その後リコは何度か抜き撃ちで矢を放ち、エモノを片っ端から倒されたリーンが悠姫を睨みつける。
「欠橋悠姫……っ!」
「や、それはさすがに理不尽じゃない!?」
「あ、あはは……じゃあ、わたしは前に戻りますね」
これ以上悠姫が睨まれないようにとリコは言って、リーンの隣へと戻っていった。
「そういえばゆうちゃん、あの件なんですけど……」
「うん?」
ふと、唐突にひよりから向けられた話に、悠姫は何の警戒もなく返す。
「待ち合わせは何時にしますか?」
言葉の意味を咀嚼して、それが何に繋がっているのかを認識した瞬間、悠姫は戦慄を覚えた。
「ひ、ひよりんそれはまた後で」
「――待ち合わせってなんですか?」
悠姫の言葉を遮るように聞いたのはシアだった。
地獄の底から響いたような暗い色を帯びた声に、悠姫の背筋に悪寒が走る。
「こ、これはその、そう、今度狩りに行くときに――」
けれどもひよりはそんなシアの様子に気が付いていないのか、問われるままに言葉を続ける。
「実は今度の土曜日に、ゆうちゃんと遊園地に行くんです!」
……言ってしまった。
ごまかそうとしていた悠姫は両手で顔を覆って目を背けた。
言った瞬間、前を進んでいたリーンがいきなり電池を抜かれたかのようにぴたりと動きを止めた。目の前に迫ってきていた[エルダーリーフ]の触手は、慌てて放たれたリコの矢によって全て打ち落とされてHPを全損させていた。
「お、おお……」
久我が悠姫の未来を想像したのか、リーンとシアを交互に見て小さく呻く。
悠姫は顔を覆って膝から崩れ落ちたい気分だった。
楽しい楽しいギルドメンバー全員でのお出かけは、好奇心と嫉妬心によって一瞬で修羅場へと変貌を遂げた。
「ゆ、遊園地って、も、もももも、もしかしてもしかしてもしかしてもしかしてもしかしてもしかしてもしかしてもしかして……」
壊れた再生機器のように同じ言葉を繰り返すシアに、悠姫は狂気が体現されるのを見てぞっとする。
「シ、シア、お願いだからおちついて聞い……ひぃ!?」
「――ユウヒ様?」
能面のように無表情な顔。青い瞳はがらんどうのように暗く光を宿さず、悠姫の全てを見通すようなぞっとする色を湛えていた。
動けば殺される。弱肉強食の動物としての本能が耳元で囁いていた。
……え、これ何てレイドボス?
それはさながらリポップに数日の時間制限のある凶悪なレイドボス戦闘で、必要な装備を忘れた時のように悠姫は半泣きになっていた。
「……後でちょっと、お話があります」
「は……はい」
「え、えっと……」
有無を言わせぬシア言葉に悠姫は頷き、それを見ていたひよりはやっとのことでまずいことを言ってしまったのだとおろおろとしだすが全てが何もかも手遅れだった。
「……強く生きるでござる、姫……」
一番遠くで、ニンジャは巻き添えを食らわぬよう一人延々と狩りをしていた。
かくして、そうして悠姫は皆にひよりとのデートの約束を知られることになるのだった。