[とあるリーンの臨時風景]
本編の合間の話のようなものです。本編のみ先に読まれる方は飛ばされても大丈夫です!
中央大陸であるシルフォニア大陸の首都、セインフォート。
CAOがVR化して以来、セインフォートの円形広場には様々な臨時が乱立していた。
臨時とは、その名の通り一時的に臨時のパーティを組んで冒険をする為の手段だ。
基本的にはレベルが近い者同士で狩場に向かいレベル上げをするという目的の為に臨時パーティが組まれるのだが、VR化してまだ一週間と少し。今の時期だとそういったレベルが近い者同士の臨時もそうだが、観光の為の臨時が組まれることも多々ある。
例えば、そう。適正レベルの狩場が90以上は必要で、属性耐性防具が必須である[ウォーターガーデン]へ向かおうとしている【遊臨)レベル不問、死んでも泣かない人募集 現剣2盾1魔2支1】という看板が立った臨時などは風景を楽しみにでも行っているのだろう。
そういった様々な臨時パーティが乱立する中、紫色の長い髪が特徴的な、まるで童話から飛び出してきたようなゴシック調のドレスを身に纏った背丈の小さな少女……リーン=エレシエントは何か良い臨時が無いものかと探していた。
「仕方ないとはいえ、あまり良い臨時は無いものですわね……」
呟くのも仕方ないだろう。
現在のリーンのレベルは77だ。レベル差によっても減衰が入るCAOでパーティを組もうとすればどうしても相手のレベルが67以上は欲しい所となる。
効率が良い所に行こうとすればパーティを組んだ方が良いレベル帯ではあるが、まだ一週間と少ししか経っていない新生CAOで高レベルの人を集めるというのは難しい。
「……このままソロにでも向かった方が良さそうですわね……ん?」
そう呟いて踵を返そうとしたリーンだが、けれどもふと、視界の隅に【臨)レベル70ハイヒーラー、どこかへ】という看板を見つけて、足を止める。
……70ヒーラー、でしたら後何人かなら集まりそうですわね。
臨時において……いやむしろパーティ狩りにおいて、ヒーラーとは居なければ狩りにならないくらいに重要な職業である。
しかも、相手は70レベルのヒーラーだ。
これは逃す手は無い、とリーンは看板をタッチして声をかけてみる。
「わたくし77の[ロードヴァンパイア]なのですれども、ご一緒してもよろしいかしら?」
リーンが声をかけると、ヒーラーの彼……水槌は少し驚いたような顔をしてから、リーンへと言葉を返した。
「もしかして、ASのリーンさんですか?」
「ええ、そうですわよ? わたくしのことをご存じなのね」
「そりゃ、有名人ですからね」
言って水槌は笑う。
亜人族でセレクトすることが出来る半鬼の特徴である二本の小さな角が見えて、「ん?」と思うものの、リーンの周りにも亜人族を選んでヒーラーをしている猫耳ヒーラーが存在するので、特に気にすることもなく先を続けた。
「どなたか他にも募集するかしら?」
「あ、それなんですけど――」
そう水槌が言おうとした瞬間、誰かが看板をタッチして入ってくる音が二つ連なって響く。
「どうもー、68ナイトなんですけど、いけます?」
「二刀のフェンサーなんだけど、いける?」
そうして入ってきた二人は、先程のリーンと同じようにそう挨拶をした。
くまのような男……というよりもくまの被り物を被った男くまきちと、青目青髪の男ルーカスを見て、リーンは気になったことをついつい言葉に出してしまう。
「……二刀でフェンサーですの?」
青目青髪の男、ルーカスはその言葉にぴくりと肩を動かす。
CAOがまだVR化前の普通のMMORPGだった時代。二刀を扱うキャラクターは、あまり良いイメージを持たれていなかった。
そもそもアサシン系やそれこそニンジャのような特殊な職業でもない限り、二刀にするメリットがほとんど無く、スキル倍率も二つ分のATKが乗るというわけでもなければASPDもガタ落ちとなる。まさにロマン職としか言いようが無く、けれども某アニメなどに感化されたプレイヤーがこぞって二刀流を取るものだから、一時期臨時に【二刀お断り】の看板が出ていたところもあるくらいだ。
「……そうだけど」
リーンが思わず尋ねてしまうのも仕方のない話だったが、それに対して二刀フェンサーと自己紹介した男、ルーカスは少しだけ不機嫌そうに答えた。
「……そうですの。まあ、期待していますわ」
答えに対して、リーンはとりあえず無難に返す。
皮肉のように聞こえる台詞を無難と判断するリーンの感性はさておき。先述の通りの悪いイメージはあるものの、けれどもリーンは二刀使いであるニンジャと何度も手合せをしているためそこまで二刀に悪いイメージを持っていない。
それに臨時なのだから先入観で難癖を付けようと思わない程度には、リーンはネトゲ慣れしていた。
「ともあれ、どちらも大丈夫でしょう? ハイヒーラーが居るのでしたら特に問題はなさそうですし」
「おー、よろー」
「……よろしく」
「あー……」
快活に笑うくまの被り物をした男と、とりあえず問題はなさそうで挨拶をするルーカスに、けれども水槌は苦笑いを浮かべながら重要な事実を告げた。
「えっと……盛り上がってるところ悪いんだけど、俺……殴りヒラなんだよね」
「「「え……」」」
次の瞬間、リーンを含めた三人の声が見事に重なり、看板が〆に替わった。
……ものは試し。という言葉がある。
その後三十分。募集をかけ続けて見たものの誰も集まらなく。
途中でログインしたシアに声をかけたものの、用事があるからとパスされたリーン達四人は、仕方なしにそのパーティで狩りに向かうことにしたのだ。
殴りヒラにガチガチのVIT型ナイト、二刀のフェンサーにロードヴァンパイアというあまりにも火力に傾倒し過ぎているパーティだ。
狩場はあまり無理をしたところは行けないということで、けれども経験値効率が良く、かつ物理攻撃が通りやすい狩場ということで、[ヘレネス平原]へと向かうこととなった。
[ヘレネス平原]には[レッドバッフ]という大きな赤い牛のモンスターと[フライリザード]という緑色をした羽の生えた奇妙で小さな竜が群生している。
「ここ、大丈夫なんですかねぇ……」
そう呟くのは水槌だ。
「問題ありませんわ。このパーティの合言葉は【殺られる前に殺れ】――ですわ」
「ははは……」
あまりにも物騒なパーティの合言葉に、くまきちは苦笑いを零す。
[ヘレネス平原]の[レッドバッフ]も[フライリザード]も、どちらも同じレベル帯のモンスターの中でもかなり高いHPとATKを持っている。
その分倒せるならば経験値は200k近くあるのでおいしいモンスターではあるのだが……回復がほとんど居ないパーティで高ATKのモンスターの居る狩場に向かうなど自殺行為ではないか、と水槌もくまきちも思ったものの、けれども平然と「当たらなければ問題ないでしょう?」と言うリーンと乗り気でそれに賛同するルーカスに押されて、それもそう……なの……か……? と思いながら四人は狩場に到着していた。
「さて、とりあえず支援かけますか……」
言いながら水槌は支援を順番にかけてゆき、四人に支援を回したところで、ふぅ……と息を吐いた。
「……さすが、殴りヒラですわ……」
表示されるMPバーが残り2割ほどになっているのを見て、リーンが呟く。
「いやぁ、まだMAG振れてないからさ……」
「まあ、当たらなければ問題はないんだろう?」
「頼もしいですわね」
フラグのようなことを言うルーカスに、リーンはそう言って、二人を先頭にした陣形で索敵を開始する。
そしてほどなくして赤い牛の姿を見つけ、
「居ましたわね!」
「よっしゃああああ!」
「「「え」」」
[レッドバッフ]を見つけたリーンが言った瞬間、叫び声を上げながら突進していったのはくまきちでもなくルーカスでもなく、水槌だった。
がすがすがすがすと、鈍器と思いきやまさかの本の角で[レッドバッフ]を殴り続ける水槌に、一同は少しの間唖然とした後――
「――い、行きますわよ!」
「お、おう!」
「あ、ああ……」
乗り遅れないように[レッドバッフ]へ躍りかかるように三人は攻撃をしかける。
「ひゃはああ!」
「ちょ、人が変わっていませんこと!?」
一応回避行動を取りつつ殴ってはいるものの、テンションが振り切れた様子で殴り続ける水槌にリーンが思わずツッコミを入れながらサイドから攻撃を仕掛ける。
ロードヴァンパイアのスキルはHPを使う為、あまりスキル使いたくないリーンは普通に斬撃を繰り出しながら、対面から[レッドバッフ]に襲い掛かるルーカスの動きに感心して目を見張っていた。
「はぁああああああ!」
片手剣と短剣を駆使して通常攻撃の連撃を多角度から繰り出し[レッドバッフ]へと斬撃を加える姿はかつて地雷と言われていた二刀流使いとは似ても似つかず、通常攻撃のDPSだけならばリーンよりもダメージが出ているだろう。
「ルーカス、アナタ中々やりますわね!」
「……そっちこそな!」
HPバーががりがりと削れ、十秒も経たないうちに[レッドバッフ]のHPが2割を切る。
「よっしゃあ! もうちょっとだぜぇ!」
「水槌! 危ないですわよ!」
正面から殴っていた水槌がそう言った瞬間、[レッドバッフ]の[チャージ]スキルのモーションが見えたリーンはそう言って叫ぶが、熱くなりすぎている水槌を止められる者は誰も居なかった。
「ブルォオオオオオ!」
「うおおお!?」
「――[フェイタルガード!]」
荒ぶる[レッドバッフ]の高威力スキルを前に、割り込んで入ったのはくまきちで、身の丈ほどもある盾と[レッドバッフ]の角がかち合い、弾かれたのは[レッドバッフ]の方だった。
「や、やっば! あり!」
「おうよ!」
「……何て硬さをしてますの」
呆れがちに言いながらリーンが見るくまきちのHPバーは1割も削れていなかった。
[フェイタルガード]はタイミングが合えばダメージをごっそりと減らすことが出来る盾スキルだ。しかしジャストタイミングでガードが合ったとしてもHPバーが一割も削れていないと言うのはさすがVIT極のガチ盾というところだろう。
「これでトドメだ!」
弾かれた[レッドバッフ]の残ったHPを、なおも攻撃を続けていたルーカスの一撃が削り取り、戦闘が終了する。
「……いやー、意外と何とかなるもんだね」
「おいい?」
戦闘が終わった瞬間、人が変わったように言う水槌にくまきちのツッコミが入る。
「……ですけれども、言う通り意外と何とかなる物ですわね?」
「まあ……悪くは無いな」
「ううむ……まあ」
「まあまあ、とりあえず回復しときますよ《……創生の神よ、祈りを彼の者に与え給え》[ヒール]!」
水槌はヒールを使ったが、けれども回復量はお察しだった。
「……せつないですわね」
「せつないな……」
――そんなやり取りがありつつも狩りは順調に進み、リーンはレベルが二つも上がりセインフォートへと戻るのだった。
……途中、悠姫からのギルドチャットがあり、パーティからはぶられたことで荒れに荒れたリーンが鬼の形相で[レッドバッフ]や[フライリザード]を狩り、周りをドン引きさせていたのだった。