エピローグ1[これから]
「はぁ……本当にもう、往生際が悪いと言うか、なんというか……ね」
観客もだいぶ引いてまばらになった[コロッセオ]の控え室の一室で、悠姫はデスペナの倦怠感にぐったりとしながらそう言った。
因みに同じ室内に居るのはひよりだけで、これはリーンが気を回したからだった。
シアなんかはすぐに悠姫に声をかけに行こうとしたが、けれども[パーティマッチ]の際にひよりから事情をそれとなく聞いていたリーンはシアの首根っこを引っつかまえて阻止したのだ。
「でも、ゆうちゃんすごくかっこよかったですっ! まさか魔法を斬っちゃうなんて、思わなかったですっ!」
「あはは、ありがとひよりん」
いつもよりも近くに寄ってきて言うのは、これまであまり喋ることが出来なくてさびしかったからだろうか。
悠姫は手を伸ばして、ひよりの頭を撫でる。
「ゆ、ゆうちゃん、どうしたんですか」
「あれ、こうして欲しかったんじゃないの?」
「ち、違うとは言わないですけど……ひゃぁぁ……」
何この可愛い生き物。
顔を真っ赤にして口癖のように小さく叫ぶひよりをそう評価しながら、悠姫はそのまま別の話題を振る。
「ひよりんも頑張ってたよね? [二重詠唱]とか、わたしだったら頭がこんがらがっちゃいそうだけど」
「あ……ありがとうです……」
これ以上やっていると自分も顔が赤くなってしまいそうだと思い、悠姫はひよりの頭から手を除けて、ごまかすように続ける。
「……ひよりんが[パーティマッチ]に参加するって言い始めた時は、すごくびっくりしたけどね……」
「あ、それは……」
そう言ってひよりは少しだけ視線を逸らして、俯きがちにとつとつと告白する。
「わたし……怖かったんです。ゆうちゃんも皆も特別な何かを持ってて、自分一人だけが取り残されちゃってるみたいで……」
「…………」
ずっとソロだった悠姫はあまりそういうことを考えたことが無かったが、けれども言われて考えて見ればそうだった。ひよりの周囲に居るのは皆廃人ばかりでVR化以前の[メインクラス]を引き継いでいる者ばかりだ。
その中に一人だけ引継ぎも何もしていない者が居れば、そう思って当然だった。
もちろんそれだけではなく経験の面での大きな差のこともあるし、悠姫はその点をもっと考えてあげるべきだった。
「ごめんねひよりん……辛い思いさせちゃってたね……」
「あ、べ、別に今はそうじゃないですよ!?」
重い雰囲気になりそうな場をなんとかしようと、ひよりはそう言って続ける。
「色々と教えてもらって、やさしくしてもらって……でもずっと甘えてばっかりいられませんし、わたしはゆうちゃんと一緒に居たいから頑張るんです」
「ひよりん……」
健気なひよりに、悠姫は途端に彼女が愛おしく感じてひよりの手を引き強く抱きしめる。
「わ、わ、ひゃ、ゃああああ!?」
いきなりのことにひよりが奇妙な声を漏らすが、けれども悠姫はそのままひよりの耳元で囁くように告げる。
「……わたしがひよりんと一緒に居るのは、わたしが一緒に居たいって思うからだから無理はしなくていいんだよ?」
「ゆうちゃん……」
コーデリア……リコに言われた言葉が、ひよりの脳裏にフラッシュバックする。
『想いは……言葉にしないと伝わらない、伝えられないんですよ』
赤き世界で出会ったコーデリアとユウキのように。
ひよりは、自分もちゃんと言葉にして言わないといけないと思い、言葉を続ける。
「……ううん、わたしも頑張りたいんです」
ひよりは少しだけ名残惜しく思いながらも腕を解き、悠姫の前に立つ。
「わたしも、ゆうちゃんに頼られるくらい、強くなりたいんです」
そう言って微笑むひよりはこれまで見た中でも一番良い顏をしていて、だから悠姫は何も言えなかった。
「そっか……。でも、今回はわたしが気付いてあげられなかったことにも責任があるから、何かお願いとかあったらなんでも言ってね?」
そう言う悠姫にひよりは少しだけ考えて言い淀む。
「……何でも、です? あ……で、でも……」
「うん? どうしたの?」
言い辛そうにするひよりに悠姫が問い直すと、ひよりは意を決したように両手を握って、直後悠姫の予想にも及ばなかったことを聞いてきた。
「ゆ、ゆうちゃん! ゆうちゃんってどこに住んでるんですか!」
……? どこに住んでる? ……図書館? もしくはルカルディアに……って。
そこまで考えてようやくひよりが言っていることが[ルカルディア]のことではなく現実のことだと理解した悠姫は、慌てて言う。
「え、ちょ、そ、それはちょっと……」
「何でもって言ったのに……です」
「い、言ったけど……」
予想外過ぎる問いに慌てながらも、けれども悠姫は最近シアにもばれたし別に良いのかな……? なんて洗脳されているようなことを思い、結局ひよりの上目使いの視線にも勝てずにウィスパーチャットでひよりの問いに答える。
「……あうぅううう……隣の県です……」
そうして悠姫が言った都道府県はひよりの隣の県だったらしく。
残念そうに項垂れるひよりに、そこで悠姫はふととある情報を思い出した。
「それなら、提案があるんだけど――」