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Crescent Ark Online  作者: 霧島栞
第二章[魔法使いの夜]
15/50

二話[少女の悩み]


 ――時間は、悠姫がログインしてから2時間ほど遡った午後5時。


[第一の聖櫃]が解放され、[聖櫃攻略戦]が開始されてから早5日。


 悠姫がギルドマスターを務めるギルド[Ark Symphony]のたまり場となっているセインフォートの図書館で、ひよりは一人思い悩んでいた。


 土曜日にもかかわらず他のメンバーはまだ誰も居なく、手持無沙汰も相まって、ひよりはここ最近ずっと頭を悩ませていることに思考が捕らわれていた。


 ひよりが頭を悩ませているのは、ギルドのメンバーと自分との差の事だった。


 悠姫は[聖櫃の姫騎士]という[メインクラス]を持つ超有名人だし、近接戦闘技能においても今のところ右に出る者といえばリーンくらいだろう。


 そのリーンにしたってレアな[ロードヴァンパイア]という[メインクラス]を持っていることもさながら、ここのところはステータスの振り方も少し変え、STRにも振って近接戦闘にも対応することで悠姫に次ぐ実力者として名を馳せている。


 シアの場合は方向性が異なるが、ヒーラーとして優秀ではあるし、状態異常に陥った時の反応支援もさながら、全体を見通す目と判断力、そして何より範囲に対する回復支援力がずば抜けている。


 久我やニンジャも最初は体を動かすことに不慣れだったものの、徐々に自分たちの戦闘スタイルを確立しつつあり、久我の場合は一撃必殺で相手の攻撃すらも飲み込み斬り伏せるという[剣聖]の名に違わない強力無比な一撃を追求しているし、ニンジャの場合は久我とは違いINTとAGIにステータスの比重を置いて、超速移動&スキルによる高ダメージというスタイルを確立しつつある。


 ……みんな、すごいです。でも……。


 けれどもそんな凄いギルドメンバーたちとは違い――自分だけは、何も無い。


 みんなのようにレアな[メインクラス]も、特別なプレイスタイルも、オンラインゲームの知識も、何も持っていない。


 客観的に見れば初心者で引継ぎ組とは違うのだから、それは当然なのだが、けれどもひよりの判断基準は既に周囲のメンバーで固定されてしまっている。


 元々火力職である魔法職は、その一点に置いてのみ考えるならば転生後に得られる[ユニーククラス]に対しても、負けず劣らずの性能を持っている。


 レベルが70を超えたことで[メインクラス]を[ロードウィザード]にして、高い倍率の魔法を覚えることも出来ている。


 けれども悠姫たちと狩りに行くと一番良く死んでしまうのは自分だし、広範囲魔法にしたって、自分にタゲを移らせてしまって死んでしまうのでは、使う意味が無い。


 モンスターの殲滅にしても、ひよりが魔法を撃つのではなく悠姫たちに任せていた方が楽に進むし、何より速く済む。


 結局ちまちまと単体魔法や補助しかすることがなく、ひよりは自分が居る意味があるのかどうかと思い悩み、ここ最近ずっとそれに頭を悩ませているのだ。


「……何だかわたし、嫌な子です……」


 皆に嫉妬している……そうわかっていても、考えは止められない。


 ネガティブな感情というものは考えれば考えるほど嵌ってしまい抜け出せなくなってゆく。


「……ちょっと、出かけてきます」


 図書館にはNPCの司書しか居ないけれども、ひよりはそう呟いて図書館を後にする。


 考えながらぽつぽつと歩き、気分転換に訪れたのは臨時広場だ。


 サービス開始から一週間が経ち、セインフォートの円形広場は臨時広場として着々と機能し始め、現在では様々なレベル帯の臨時が立ち並ぶようになっていた。


 下は10以下のレベルから、上は60台まで。


 狩場の選択肢も増えて、狩場応相談というところもちらほら出てきている。


 それに加えて大きな変化がもう一つ。


 ようやく、といったところではあるが[妖精族]の特徴的な尖った耳をしたプレイヤーの姿を、ここ最近セインフォートでちらほらと見かけるようになっていた。


 ――[妖精族]。


 それはCAOで選べる種族のうちの一つだ。


 キャラクターを作る時、一番初めに[普人族]、[亜人族]、[妖精族]の三つのうちから種族を選ぶことが出来て、[普人族]はバランス的な能力と、人と変わらない見た目が特徴的な種族で、それに対して[亜人族]は各ステータスに特化した、獣の特徴を持つキャラクターを作成することが出来る、どちらかというとエキスパート向けの種族となっている。


 そして最後の[妖精族]は他の二つの種族とは違い、初期のHPが大幅に少なくMPが大幅に多いというアンバランスの性能を持った後衛職……しかも上級者向けの種族として位置付けられている。


 そしてこの三種族の内[妖精族]を選んで始めた場合、プレイヤーの降り立つ場所は中央大陸の[シルフォニア大陸]ではなく、北東にある[神樹ティアサリス]が空高くに枝葉を伸ばす[リリネア大陸]へと送られてしまう。


 大陸が違うのならば移動すればいいだけではないかと思うだろうが、これが意地の悪いことにプレイヤーが他の大陸へと渡るには、ある程度の[名声ポイント]が必要となるのだ。


[名声ポイント]を獲得するにはレベルを上げるか、クエストをこなす他手段が無く、大陸を渡るにはレベルで言って大体30前後になるくらいの[名声ポイント]が必要となってくる。


 HPが低くソロ狩りがやり辛いというのに、ソロでレベルを上げなければいけないという苦行を強いられることになるので、何も知らずに[妖精族]を選んでしまった初心者のほとんどはキャラクターセレクトをやり直す羽目になるか、もしくは暫くの間[リリネア大陸]で苦行の日々を過ごすことになるのだ。


 と、そんなこともあり不遇な種族として見られがちな[妖精族]ではあるが、けれども実際に性能面でも不遇なのかと言われればステータス的にはそうでもなく、初期のレベル上げの難所さえ乗り切ってしまえばHPの少なさも次第に気にならない程度になってゆき、初期のMPの多さから中盤からにかけては魔法職や弓職にとってかなりのアドバンテージとなってくる。


 ……わたしも[妖精族]を選ぶべきだったんでしょうか。


 そういった情報を悠姫から聞いたこともありひよりはそんな風に考えてしまうが、けれども直後に首を振って考えを打ち消す。


 ……でも[妖精族]でやっていたら、ゆうちゃんと出会うことも出来なかったんです……そんなのは嫌です……。


 考えただけで泣きそうになったので、ひよりは気持ちを切り替える為、再び臨時広場へと目を向ける。


「……あ」


 そこで見つけた臨時の看板に、ひよりは小さく声を上げた。



【臨)[グラーヴ岩石地帯]。 白精石・陽光石狙い。レベル不問。お手伝い募集】



[グラーヴ岩石地帯]はそこそこレベルが高い狩場だが、何度か行ったことがあるし、ほとんどのモンスターの属性が土属性で、火属性魔法を中心に取っているひよりとは相性が良い。


 さらにはレベルが不問ということもあって、ひよりはちょっと行ってみようかな……と、看板をタッチして声をかけてみる。


「えっと、あの……」


「ん、お? 手伝ってくれんの?」


「あ、はい。レベル77の[ロードウィザード]です……大丈夫ですか?」


「ちょ、やべwwwたっけwww」


「おお! マジか! 廃ウィズ来たこれで勝るwww」


「えっと……」


 いきなりテンションの振り切れてる会話に、ひよりはどう反応して良いものかとたじたじしていると、その中で一人だけ、ひよりが入って来てから一度も言葉を発していなかった[妖精族]の弓手の少女が軽い足取りで目の前までやってきた。


『リコ:よろしく、ひよりさん。』


 そしてチャットウインドウを可視化して、ひよりにそんなメッセージを見せた。


「え?」


「あー、そいつ無口キャラのロールっぽいからログ要確認な。パーティ送るわ」


「あ、はい……」


 ……ロール、なりきり……だっけ。


 そんなことを考えながらひよりは送られてきたパーティ申請を承認して、表示されたメンバーの名前と、続けてレベルを見て驚愕する。


「……ぇ、っ」


 思わず声を漏らしそうになったが、何とか声を押し殺すことには成功した。


 ……うそ、こんなレベルで行くんですか?


 パーティウィンドウに表示されているレベルはほとんどが50台で、judgementという剣士の男がLv52、モンクだろうケイロンという男がLv51、ヒーラーのアスカンベルという女性もLV50で、かろうじて60台に乗っているのは先ほどチャットウインドウで挨拶をしてきたリコという弓手の少女だけだった。


[グラーヴ岩石地帯]に出現するメインモンスターは、巨大な体躯を持つ[コーラスジャイアント]と[サンドヴェルグ]で、後は間隙を縫っていやらしく岩石を投げつけて攻撃してくる手の形をしたモンスター[ハンドロアー]の三種類で、前の二種はHPが多く攻撃力が高い為、パーティで行くならばせめて60台、贅沢を言えば60後半くらいのレベルが欲しい所だ。


 ……このレベルで[グラーヴ岩石地帯]に行けるくらい、上手い人なんでしょうか……。


 構成としては前衛が二人とヒーラーが一人。弓手と魔法が一人ずつで、バランスとしてはまずまずではあるものの、見た感じはさしたる装備も持っているようにも見えない。


「……あー、他に人来ないっぽいし、これでいくかぁ」


「え? このメンバーで、行くんですか?」


 ひよりが来てからまだ数分も経っていないというのに、いきなりそんなことを言い出すjudgementという男に、今度こそひよりは声を上げて疑問を投げかけてしまう。


 けれども当のjudgementは特に気にした様子も無く飄々と答える。


「いや、レベル77の廃ウィズさんが居れば大丈夫かと思ってさw あの有名な[AS]の人っぽいしw」


「――え」


 ここに来てひよりは自分の軽率さを後悔するが、既に遅すぎた。


「それに俺らも[EP]のメンバーだしな。結構前からCAOやってるから[グラーヴ岩石地帯]くらい余裕だろ」


「まああっちだと慣れたもんだし」


 言われてふと彼らのギルドタグを見ると、そこには[Endless Paradox]の名前が入っており、ひよりはますます自分が妙なことに首を突っ込んでしまったのかもしれないと後悔する。


 身内パーティだけでは人数が足りないから、何人かメンバーを募集して狩りに行こう。


 そんな計画自体は良くある話だ。募集する方からすれば一人で募集するよりもプレッシャーが少なく、友達と喋りながら待つことが出来るのが強みと言えば強みだが、臨時で入ったメンバーからすればたまったものではない。


 特に身内の数の方が多い場合は最悪だ。会話をしようにも身内だけで完結してしまっていて、話しかけても塩反応。適当な相槌だけで話を繋げようなんて気はさらさらなく、結局最後まで気まずい思いをすることになることが多い。


 もちろんそうでないこともあるが、今回に限ってはどうやらその典型なようだ。


『リコ:……[グラーヴ岩石地帯]は高レベル狩場。後一人くらい、ヒーラーが居た方がいいんじゃないの』


「いやいや大丈夫だろw心配しすぎっていうかw」


「それはあたしの支援に問題があるって言いたいの? そういうのマジでやめて欲しいんだけどw」


「…………」


 そう言われてしまえば、リコもこれ以上さらに追及することも出来ない。


 そもそもそういった相談事は既に内輪で完結してしまっているのだから、何を言おうと暖簾に腕押し、糠に釘だ。


「んじゃ、行くか」


 そんなjudgementの軽い言葉と共に、幸先不安な臨時パーティが結成されたのだった。





 三人の男女を筆頭に、ひよりは狩り場への道を歩いていた。


 ……どうしてこんなことになったのでしょうか……。


 無意味な思考とわかっていながらも、ひよりは考えずにいられない。


 この数日の知識からすれば、確実に止めるべきではあるのだろうが、それを言ったところで弓手の少女、リコが取り合ってもらっていないところを見てしまっていたので口に出せない。


 前を歩く三人はご丁寧にギルドチャットをしているのだろう。なにやら楽しそうに話をしているのは見えるが、ひよりもリコも無言でその後ろをついてくだけだ。


 パソコンで操作していた時は相手のプレイヤーがギルドチャットをしているかどうかなんて見た目ではわからなかったが、VR化になってからは喋っていれば口が動くのだから傍から見ていればばればれだ。


 自分のさらに後ろを歩くリコに何か声をかけてフォローでもするべきなのかと思うが、けれどもいきなり耳打ちなんてして話しかけるのもどうかと尻込みしてしまう。


「…………」


 結局何も言うことが出来ず、ただ黙々とついていくしかない。が……けれども目的地があるのだからそんな気まずい道中行も、一応の終わりはやってくる。


「おー、すっげ!」


 辿り着いた[グラーヴ岩石地帯]は、広い草原に様々な形をした岩がそこかしこからそびえ立ち、見るものに自然が作り出した創造物の雄大さを感じさせる絶景が続くフィールドだ。


 しかしそんな風景を前にしても――ひよりの心はまったく弾む素振りを見せない。


 それは隣で作業的に弓をいじるリコにしたって同じようで、無表情に手に持った弓の弦を調整するように指で弾いている。


 ……戦いが始まれば、少しはマシになりますよね……。


 そう割り切って、ひよりは[グラーヴ岩石地帯]の入り口へと目を向ける。


 CAOのフィールドはゾーンで区切られており、ゾーンを跨がない限りは互いの姿が見えていたとしても、モンスターから襲い掛かってくることはない。


 遠巻きに巨大な[コーラスジャイアント]の姿と[サンドヴェルグ]の姿が確認出来て、ひよりはどうするべきかと考える。


 ……さすがにこのパーティだと二体同時に相手するのは厳しいですよね。


「あの……」


「んじゃいくぞ!」


「おう!」


 だがしかし、制止しようとしたひよりの声など端から聞こえていないように、judgementとケイロンは[サンドヴェルグ]よりも近くにいた[コーラスジャイアント]へと狙いを定めて動き始めた。


 勾配を下り駆けてゆく背中に、ひよりはかける言葉を失う。


「っしゃあ! [フェイタルアサルト]!」


「[グラウンドブレイク]!」


 ――え?


 そしてそのまま[コーラスジャイアント]に接敵したと思った瞬間、judgementとケイロンはスキルモーションを閃かせて勢いのままに殴りかかる。


 連撃が[コーラスジャイアント]の岩肌を引っ掻き、HPバーが申し訳程度に削れる。


「グォオオオオオ!」


 そうなると当然ターゲットは二人に向かうことになるが、けれども二人は回避行動を取るでもなく、ただスキル後の硬直に身を委ねたまま、動かない。


 ガカァァン!! と[コーラスジャイアント]の持っていた棍棒が振り下ろされ、judgementを強かに打ち据える。


 ――そして彼は、これはひょっとしてわざとやっているのではないだろうか? と思うくらいに、あっけなく、あっさりと、その身を死体オブジェクトへ変えた。


「お、おい! judgement!」


 ケイロンは一撃死したjudgementを見て、本気で信じられないという声で叫んでいるが、むしろひよりには、それが全て茶番にしか見えなかった。


 一連の流れに眩暈を覚えて、思考が停止する。


 最初に放ったスキルがタウンティングスキルでもなかったこともそうだが、それ以上にその後の動きも、魔法職から見たひよりですらわかるくらいにお粗末だった。


 DEFが高く、硬い[コーラスジャイアント]に物理攻撃で襲いかかるというということ自体が既に暴挙だが、スキルも繋げず相手の攻撃をただ相手の攻撃を待っているだけというのは、いったいどういうことなのだろうか。


 これが悠姫だったら棍棒を打ち払うために別のスキルに繋げているか、[ペネトレイト]で攻撃をかわしながら背後に回り込み、タウンティングスキルの[クルーエルペイン]を打ち込んでいただろう。


 その後すぐに余裕のある笑みを浮かべて「ひよりん、よろしく!」なんて言って――


「――おい! なにぼさっとしてるんだよ!」


 だが、ひよりにかけられたのはそんな悠姫の心が弾むような声でも、連携を取る為の言葉でもなく、苛立ちの感情を叩き付けた、心に突き刺さる怒声だった。


「っ、《え、永久氷壁の縛鎖よ、氷の戒めを!》[アイシクルバインド]!」


 それでも咄嗟にどう動くべきか瞬時に判断出来たのは、日頃悠姫たちと狩りに行っていたおかげだろう。


 judgementを蘇らせる[リザレクション]の時間を稼ぐ為に、ひよりは[アイシクルバインド]で[コーラスジャイアント]の動きを止め、アスカンベルに視線を送ろうとして、


「え――なっ、なんで!?」


 けれども視界の端で有り得ない光景を見て、ひよりは今度こそパニックに陥ってしまった。


「これでも喰らえ! らぁっ!」


[コーラスジャイアント]を捕らえた氷の縛めは、次の瞬間にケイロンが繰り出した攻撃によって砕かれ、縛めが解かれたことで自由を得た[コーラスジャイアント]が放った薙ぎ払いで、ケイロンの方へと駆け寄っていたアスカンベルが蒸発し、ケイロンもHPのほとんどを失う。


「がっ! く、くそっ! おい!? お前何してるんだ!? 早く魔法を撃てよ!」


「えっ!? あ、ぅ……」


 ――この状況で、何の魔法を撃てばいいの?


 問いに答えは返ってこない。


 前衛が耐えることも出来ず、かといって攻撃をかわしてタゲを取ることも出来ず、死んだjudgementに[リザレクション]をかけようとしたヒーラーのアスカンベルは位置取り悪く死んでしまっている。


[アイシクルバインド]を使っても、先程のようにすぐに砕かれては何の意味も成さない。


 そもそもクールタイムが終わっていないのだから足止めのしようもない。


 ガリガリガリガリ……。


「あ……」


 そんな風に思考を巡らせていると、近くにいた[サンドヴェルグ]もやってきて、状況はより絶望的となる。


 この状況で魔法職であるひよりに出来ることなど、もはや何もなかった。


 それは弓手であるリコにしたって同じだった。


 彼女も最初の二人の動きが予想外だったのか、弓を構えることも出来ず立ち尽くしていた。


「《……集積する炎の元素……》」


 詠唱が間に合わないことなど、端からわかり切っていた。


 詠唱を開始した頃には既にケイロンのHPも溶け切っており、もし仮に詠唱を完了させることが出来ていたとしても、HPの多い[コーラスジャイアント]も[サンドヴェルグ]も一撃では倒せない。


 つまり、待っているのは――


 ……ゆうちゃん。


 案の定、詠唱は間に合う事無く、[コーラスジャイアント]の棍棒が振り下される瞬間、ひよりはいつも自信満々で敵を翻弄する真紅の髪の騎士の姿を思い浮かべた。


 そして。



 ――judgementをパーティリーダーとした臨時パーティが狩場に着いてからわずか数分。


 メンバーは全員セインフォートへと死に戻りをすることになったのだった。




「…………」


「…………」


 セインフォートの臨時広場。


 和気藹々とした雰囲気の募集風景とは別に、異様と言っても良いほどに沈んだ雰囲気のパーティが一つ。


「…………」


「…………」


 ひよりの心情は、これまでCAOをプレイしてきた中でも最悪なものだった。


 デスペナによる倦怠感があって喋る気力が沸かないということもあるが、一番の問題はjudgementやケイロン、アスカンベルがしきりに溜息を吐いてギルドチャットで何やら苛立たしげに喋っていることだ。


『リコ:……どうするのよ』


 リコがチャットウィンドウに打ち込んでも、三人は一瞥すらしない。


 沈んだ雰囲気を加速させるように、だいぶ傾いてきた太陽が臨時広場を茜色に照らす。


 伸びた影がぞっとするくらいに不気味に見えて、たまらずひよりは声を絞り出す。


「……あの」


「――いやー、マジあり得ねぇわ」


 しかし、声をかけようとしたひよりに帰ってきたのは、judgementの心底うんざりしたような、そんな言葉だった。


「……え?」


「いやさぁ。[AS]のメンバーだっていうから、さくさく行けると思ったら、ほとんど何もせずに死ぬとか有り得なくね?」


「バインドとかする暇あったら[フレアストライク]撃てっていう」


「そ、それは、だって、タゲ取りが……」


 不気味な不気味な影法師が、まるで呪いのようにひよりを見ていた。


「いやいやいやいや――俺らレベル50だよ? タゲ取りとか出来るハズないじゃん」


「だからお手伝いで募集してたっつのに、ほんとつかえねー」


「ぁ……」


 ――使えない。


 その言葉に、ひよりは射すくめられたように動けなくなった。


 これが仮に画面越しに言われた言葉だったとしたら、ゲームだからそう言う人もいるよね……と思い過ごせたかもしれない。


 けれども今のCAOは違う。


 目の前に相手が居て、その相手が直接、本気で疎ましく思って吐き出した声音で、侮蔑の言葉を向けて来るのだ。


「はぁ……やっぱ魔法職とかカスしかいねーな」


「いやいや、こいつが下手過ぎるんじゃねぇの?」


 ちょうど悠姫たちとの差で思い悩んでいたこともあり、彼らの言葉は幾重にも積み重なって心に刺さり、ひよりから感情の温度を奪い去ってゆく。


「アンタら――っ!」


 あまりの言いように見かねたのか、良く通る高音の声が響き、三人の視線が弓手の少女、リコへと集まる。


 チャットでの会話を放棄して声を荒げようとするが、けれどもリコは思い出したように口を手で押さえて言葉を飲み込む。


「お? 何? 言っとくけどさ、ロールのアンタも一緒だよ? 無口キャラ作ってますwwwって他のメンバーがログ確認しないといけないとかマジでうざいんだよ」


「それにあんたあたしのことディスってたしさぁ。マジ[EP]に刃向うとどうなるかわかってて言ってんの?」


「…………」


 痛いところを突かれて、リコは強く拳を握りjudgement達を睨みつける。


 けれどもチャットウインドウに文字を打ち込んで抗議したところで、彼らがそんな言葉を聞くとは思えない。


「ま、これに懲りたらテキトーなことやってでしゃばんなよ。手伝うとか言って何もできねーとかマジでうぜぇし」


「はっ、本当にな」


「いこいこ」


 言いたいことを言って溜飲が下ったのか、judgement達はそのまま三人で連れだって去っていった。


 彼らの言う事はそのほとんどがただの言いがかりに過ぎないが、けれどもひよりの心の中には先程のjudgementの言葉が、深く棘のように刺さって抜けないでいた。


 ――[AS]のメンバーだというのに。使えない。何もできない。


 その言葉はひよりがこの世界[ルカルディア]に来てから初めての悪意であり、それに耐えるにはひよりはまだ何も知らなさすぎた。


 悠姫は自分が高レベルの道へとひよりを引き込んでしまったこともあってやさしく接していたし、他のメンバーにしたってひよりの素直さに和みながら世話を焼いていた。


 ひよりの周囲は廃人ばかりだったけれども、そういったやさしさがあった。


 暖かく、居心地の良い場所。


 それが当たり前のことだと思ってしまっていて、その外側にこういった世界があることを知らなかった。


 だからこそ、悪意ある言葉の刃は何倍にもなって、ひよりの心をずたずたに引き裂いた。


『リコ:……ひよりさん』


「ひ……っ」


 そっと肩に置かれた手さえも怖くて、ひよりはログもろくに見ずにリコの手を振り払う。


「あっ……」


 傷ついたようなリコの顔が、逆光でもわかった。


 けれどもそれ以上に、ひよりは彼女よりも酷い顏をしていた。


 ――違う、違う……わたし――こんな――っ。


 込み上げてくる涙が我慢できずに、何か言いたげなリコを振り切ってひよりはシステムウインドウを呼び出して[ログアウト]ボタンを押す。


 夕日に照らされた臨時広場の片隅。


 光の残滓を残して、ひよりはCAOから[ログアウト]した。


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