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Crescent Ark Online  作者: 霧島栞
第二章[魔法使いの夜]
14/50

一話[ヤンデレとは忍び寄る影のように振り向けば以下略]


 カチ、カチ、と、規則正しい時計の音が、小綺麗な店内の中に響いていた。


 喫茶[雪うさぎ]。


 かわいらしい名前に反してお店の外装は落ち着いており、ガラス越しに見える内装も同じく小物などの華やかな物がない、どちらかというとシックな雰囲気のお店だ。


 喫茶店としての立地条件としては申し分無く、住宅地から徒歩5分の位置取りもさながら目の前には大きなショッピングモールがあるので、日ごろから多くの人に心休まる時を提供する憩いの場となっている。


 が。そんな憩いの場は、現在それとは打って変わった緊張感に包まれていた。


「――な、なんでシアがここにいるの?」


 唐突に現れた幻想からの闖入者に、悠火は叫ぶ。


 シアという呼称はオンラインゲームCAOの中で、リーシアという名前の女の子を指す呼び名である。


 目の前の少女はそのCAO内のアバターであるリーシアとは違う外見をしているものの、現実世界の彼女であるらしい。


 確かに良く見てみれば目つきや仕草、雰囲気も似ており、声もCAO内のリーシアとまったく同じだ。


 しかも先ほど悠火がシアと呼んだ時に返事していたので確定的だろう。


「えへへ……」


 照れたようにシア――理月紫亜は笑うが、悠火にとっては笑い話にならない状況だった。

悠火はCAO内で自分の住所を教えてなどいないし、またネット上では迂闊にそういった情報を口走らないのは当然の危機管理である。


「……おいユウ。お前、理月さんと知り合いなのか?」


 問い掛けて来るのは、喫茶[雪うさぎ]の店長の息子であり、悠火の幼馴染でもある雪小路次郎、コージローだ。


「し、知り合いではあるけど……」


 確かに悠火はシアと知り合いではある。むしろ数年の付き合いと言っても良い。


 ――それがオンラインゲーム上なら、の話だが。


「……シアは、CAOでのわたしのギルドのメンバー……なんだけど」


「……はぁ?」


 コージローは、お前何を言ってるんだ? いつまでゲームにログインしてるつもりなんだ。早くゲームの世界からログアウトして現実にログインしろよこの廃人が。


 ……という目で悠火を見た。


 幼馴染だというのにまったく信用されていなかった。いや、ある意味では信用されているのかもしれないが。


「ち、違うって、本当に本当なんだって!」


 助けを求めるように、いままさにその原因となっている紫亜に悠火が目を向けると、紫亜は少しだけ困ったように笑みを浮かべながらも悠火を弁護する。


「えっと……雪小路さん、ユウヒ様が言っているのは本当なんです」


「……そうなのか?」


「はい。わたしもこの近くに住んでまして、本当に偶然ですけど、この前ユウヒ様を見かけた時にびびっと来まして」


「……へぇ、すごい偶然もあるもんだな」


「はい。すごい偶然です」


 そのやり取りでコージローは納得していたようだが、けれども悠火はその直後、紫亜がにやりとほの暗い笑みを浮かべているように見えて慌てて問いかける。


「――ま、待ってシア。……本当に偶然なの」


「……もちろんですよ。やですねユウヒ様」


 おずおずと尋ねる悠火に紫亜ははにかみながら答える。


 確かに、その笑顔には裏が無いようには見える。見えるには見えるが……さっき見たのは見間違いだったのだろうか。


「驚かせようと思ってあっちでは言わなかったですけど……えっと、迷惑でしたか?」


「や、べ、別に迷惑じゃないけど……」


 しゅんとする紫亜の様子に、悠火は自分の考えすぎだったのか思い直す。


 ……そうだよね。向こうでそんなこと言ってもないし聞かれても無いのに、わたしを特定なんて出来るはずがないよね。


「……ごめんね。てっきりシアのことだから、犯罪に手を染めちゃったのかと思って」


「ちょ、ユウヒ様酷いですね!?」


「まあ、顔合わせで緊張する必要が無いのは良いことだな。仕事内容とかをざっと教えるからユウ。開店準備を頼むな」


「あ、はーい」


「じゃあ、理月さんはちょっとこっちへ来てくれ」


「あ、はい――」


 言いながらコージローの後ろを着いて行く紫亜が、再びにやりとほの暗い笑みを浮かべていることに、悠火は気付くことが出来なかった。



 ――シアの諜報行為は、悠姫と出会った時から始まっていた。


 ネット上でも自分がどの都道府県に住んでいるかくらいは特に問題はないだろうと思い話してしまうことがあるだろう。だがしかしそれがそもそもの間違いだ。


 例えば悠姫がちょっとコンビニにで買い物に出ると言ったら、どの種類のコンビニが好きかとそれとなく聞いてみて、悠火がうちの近くにあるのはこの種類のコンビニしかないから――と答えればそこから何分で帰ってくるかを測り、都道府県で絞った半径数十メートル内の全てのエリアを探る。目星をつければ、後は基本的にはそこはかとなく悠姫の学校の様子などを聞き、それを元に追跡を行うことの繰り返し。徐々に範囲を絞り込んでゆき、後はそこに存在する機関や交通情報、学校ならば何があったかカリキュラムを調べ、何処からどの地点に何があるのかを会話の隅々から探り、徹底的に調べて、さらに範囲を限定してゆく。


 その作業は床下をがりがりと削り続ける白アリの如く、ほんの少しずつだが、じわりじわりと外堀を埋めていく、気が遠くなるような作業である。


 ほんの些細な情報を元に数カ月数年単位で事を運ぶ作業を成し得る、狂気にも似たそんな意志の原動力となるのは――愛という歪んだ価値観だ。


 しかしそれでも悠姫が悠火であると確定するにはまだ甘く。


 最後の決め手となったのは悠火の『声』だった。


 紫亜が先ほど言っていた言葉の一部分だけは確かに合っていた。


 悠火を見てびびっと来た――それ自体は本当のことだったのだ。


 MMORPGの時には悠火はボイスチャットなどしていなかったが、見た目的にはほとんど悠火が悠姫だと考えていたが行動に出ることが出来なかった。


 だからVR化するのを待ち、やっと手に入れた情報。『声』というファクター。


 ボイスレコーダーで隠し撮りしていた声と悠姫の声を聞き比べたシアは、そこで悠火が悠姫である確信を得て、[雪うさぎ]へとアルバイトとして潜入することに成功したのである。



 ――が、正直そんなこと語れるわけがない。


 というよりも語ったら色々アウトである。


 気の遠くなるほどの試行錯誤の末に情報を得ることもそうだが、そもそも潜入とはどこの国のスパイだ。もっともこの場合は知らせる相手が居ないのでスパイとは少し違うが、ヤンデレというものとはかくも恐ろしい存在なのか。


 そんなことを知らない悠火は本当に偶然だと思ってしまっているが、しかし事実を知るよりも知らない方が幸せなこともある。偶然だと思っていた方が、幸せだろう。


「お、来たね。こっちは終わったけど、そっちはどう?」


 清掃などの開店準備をしていたらコージローが戻ってきて、悠火は問いかける。


「おお。理月さんはすごいぞ。恐らく物覚えが良いんだろうが、もうマニュアルは必要ないくらいだ。後は教えることと言ったら現場の慣れくらいか」


「へぇ……」


 これには悠火も素直に感嘆する。


 悠火でもメニューや作業内容を覚えるのには少し苦労したというのに、コージローがここまで言うのだから相当なのだろうと思い、続けて紫亜の方へと視線を向ける。


「やん、ユウヒ様、じっと見られると照れちゃいます……」


「シアって頭良いんだね。すっごい意外だったよ」


「えぇ……ユウヒ様、普段わたしのことをどんな風に見てるんですか」


「それはそれとして」


「話を逸らされました!?」


 素直に答えるとヤンデレでヘンタイとしか答えようがないのだから仕方がない。


「シア、こっちではわたしのことユウヒ様って、様付けにするのはやめてね?」


「ああ、そうだな。さすがにフロアではそう呼ばれると困るな」


 そう言ったのはコージローだ。新しく入ったアルバイトの子が、様付けで悠火のことを呼んでいたら、いったいどういう関係なのかと疑ってしまう。そうでなくても憩いのひとときの邪魔をしかねない。


「えっと……じゃあ、なんて呼べば良いですか?」


「んー、普通に悠火さん、で良いんじゃないの?」


「ユウヒ先輩ですか?」


「話聞いてないよね。っていうか、シアも同じ年齢なんでしょ? だったら先輩っていうのもどうなの」


 コージローにちらりと顔を向けて聞くと、コージローは首肯して返してくる。


「いえ、アルバイトの先輩的な意味で、どうでしょうか?」


「あー、うーん……」


 シミュレーション。開始。



 ……………………。


『ユウヒせんぱーい♪』

『うん? どうしたの、シア』

『これ……お客様が邪魔だったので、○しときました♪』

『ひぃ!?』

『ふふ、ユウヒ先輩、何で逃げるんですか……? ユウヒ先輩♪」

『シ、シア! ま、待って! ちょ!』

『ユウヒ先輩の為にやったことだから、きっとユウヒ先輩は喜んでくれますよね。見てください……ユウヒ先輩……♪』

『や、シア見せちゃ、ま、きゃあああああああ!?』



 ……………………。


 シミュレーション。終了。


 何故ヤンデレな想像だったのかはさておいて。


「うん。さん付けでお願いします」


 シミュレーションを終えた悠火は、直角に頭を下げながらそう答えた。


「ちょ、ユウヒ様どうしたんですか?」


「未来が見えて」


「え……? まあ、いいですけど……」


 中二病でも患っているのだろうかという台詞を吐く悠火に、紫亜は不思議そうな目を向けながらも頷く。


「では、ユウヒさん……これからよろしくお願いしますね」


「あ、うん。よろしくね、シア」


「よし、じゃあ後はユウ。お前に任せたからちゃんと面倒見てやれよ」


「ん。りょーかい。って言っても、マニュアルはもう覚えちゃってるんでしょ? じゃあ大丈夫じゃないのかな」


 悠火はそう言うが、コージローには別の懸念があった。


「いや、一応無いとは思うが二人ともCAOやってるからな。くれぐれも、ネトゲの話に夢中になって粗相のないようにしろよ」


 言ってコージローは悠火と、ついでにちらりと紫亜も見る。


「はい、大丈夫です」


「コージロー、わたしが仕事中にそんなネトゲ話に花を咲かせるような廃人だと思うの?」


「はは、思うから言ってるんだろふざけんなよ」


「ユウヒ様……それはちょっと……」


「あるぇー? アウェーだったー?」


 コージローはともかく、紫亜には言われたくないと心の底から思う。


「ま、そろそろ時間だな。ユウ、開店だ」


「はいはい」


 不満そうに言いながらも悠火は入口の看板を外しに行く。


 この時間。外はまだわずかに肌寒さを残しているものの、少しずつ暖かさが増して身に染み入る陽光が気持ち良くなってくるこの季節。三月の中旬。


 有望な新しいアルバイトを迎え、喫茶[雪うさぎ]は開店した。





「やー、まあなんていうか、疲れた……」


 時間と場所は少し変わって夜。夕食時の悠火の部屋。


「お疲れさん。いやまあアレは俺も予想外だったわ」


「ねー。確かにCAOで前衛職をする自信がないとは言ってたけど、アレはさすがにね」


 CAO基準で物を言う悠火にコージローは何か言いたげだったが、コージローもCAOでは前衛職をしているので、悠火の言いたいことも何となくわかるのだろう。


 CAOは実際に仮想世界に降り立ってモンスターと戦ったりクエストをこなしたりするオンラインゲームだ。


 となるともちろん、戦闘面でも個々の得手、不得手というものが出てきて、身体を動かすことが苦手な人は前衛職に向かないだろうし、逆に落ち着きが無く身体を動かすことが好きな者には後衛職に向かないだろう。


「まあしかし、まさか一日で五枚も皿を割るとは思わなかったけどな」


 深いため息を吐きながらサラダを摘まむコージローに、こればかりは悠火も同意せざるを得なかった。


 物覚えが良く、マニュアルも全て覚えていて、接客もそこそこに。


 悠火の見守る中、紫亜はアルバイト初日として上々の滑り出しを見せたようにも思えた。


 が。その後、何もないところでつまづくこと数知れず。滑ってこけることも数回。皿を取り落すこと六枚。うち一枚は悠火のセービングにより破砕は免れた。


 ……これはもしやと思い問いかけてみたところ、やはりそうだったらしく。


 紫亜は運動が壊滅的で、かつメガネで足元が死角になっているのも要因だろうが、慣れない場所であることも相まって失態続きだったのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 そうしきりに謝る紫亜に、悠火とコージローは何度もフォローを入れる羽目になった。


「でもやる気はあるみたいだし、後はもう慣れてもらうしかないよね」


「だな」


「……はぁ」


 即戦力かと期待していただけに少し落胆しつつ、悠火は煮付けの身をほぐす。


「しかしそうだ。むしろ俺としては理月さんとユウがCAOで知り合いだった方がびっくりだったんだが」


「いやいや、それこそわたしの方がびっくりしたよ。まさかシアだなんて、どんなドッキリかと思ったもん」


 開店後少しして、コージローに紫亜がCAOのリーシアだと告げたところ、コージローも何度か見たこともあったのか、あの人か……と呟いていた。


「向こうではヒーラーだし、身体を動かすのが不慣れなのはわかるけど、ちょっとずつ練習してもらわないとね。ちょっと向こうでもびしばししごいてあげよっか」


「仮想現実世界で運動音痴を治そう、か。凄い時代になったもんだ」


「あはは、まあ、狩りとか行ってればそのうち動きとか慣れそうだけど。いっそ狩りする時みたいな気持ちで働いてもらえばいいんじゃないかな」


「それはどうかと思うがな」


「え、わたしいつもそうだよ?」


「ちっ、この廃人め……」


「てへー」


 コージローはちっとも褒めていなかったが、悠火にとって廃人と呼ばれるのは褒め言葉にしかならない。髪を指先で弄りながらうれしそうな顔だ。


 その後も今日の仕事についての話をちまちまとしていると夕食も終わり、いつも通り立ち上がろうともしない悠火に代わってコージローが食器を洗い始める。


「おい、ユウ」


「なにー? 洗い物ならしないよ。手が荒れるし」


「うぜぇ……じゃなくてだな。そういえばCAOの方も、何か少し面倒なことになって来てるんじゃなかったか」


 きゅっきゅと手際良くスポンジで洗いながら、コージローは肩越しに尋ねてくる。


「あー、まだ目立って表面化はしてないけど、ちょっとね」


 答えながら考えるのは、ちょっとした問題だ。


 現実でCAOの話をする相手なんてコージローだけだったので、コージローは地味にCAOの情勢に詳しくなってしまっていて、たまにこうやって突っ込んで聞いてくることもあるのだ。


「[大手ギルド]はどこも一癖も二癖もある上に、最近は[EP]がちょっとヤバい感じになってるみたいだし!」


「っていうと!」


「派閥争いかなー!」


 ジャ――――と流しに響く水音がうるさく、自然と大きくなる声で二人は会話する。


「オンラインゲーム内の話だっていうのに、また殺伐としてるな!」


「オンラインゲーム内の話だからなんだろうね! 彼らにとっては!」


 現実では出来ないことだからこそ、自分たちが一番でなくては気が済まない。ましてや名が知れるほどの[大手ギルド]ともなれば余計になのだろう。


「本末転倒過ぎる気もするが!」


「まあ、それが廃人だからね!」


 きゅっ……と、蛇口を閉じる音が聞こえて、コージローが手を拭きながら戻ってくる。


「ありがとねー」


「いつものことだからな。さてと、ちゃんと歯を磨いてからログインしろよ。後、明日も仕事なんだから、ちょっとは自重するようにな」


「はいはい……」


 おかあさんの言う事を適当に流し、上着を羽織って出て行くコージローを見送り、けれども言われた通りに歯を磨いて真っ白な歯を見てよし。と悠火はベッドへと向かう。


「あ……」


 その途中、紫亜の横顔が脳裏を過り、振り返って玄関へ向かう。


「一応……一応ね……」


 鍵がちゃんとかかっているのかを確認し、さらにチェーンロックをかけてベッドに向かい、改めて悠姫はヘッドマウント装置を起動させる。


 午後7時過ぎ。悠姫はCAOへと、ログインした。


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