最終話[第一の聖櫃]
――その場所には、壊れたオルゴールを鳴らしたような哀しい音色が響いていた。
元はさぞ澄んだ旋律だっただろう音色は見る影も無く……。
欠けて、音も飛び飛びで、それでも鳴り止むことのない壊れた旋律。
それがまるでこの場所の存在を象徴するように――全てが[欠陥品]であると烙印を押すように、いつまでも、いつまでも、鳴り止むことなく響いていた。
――ああ。ああ。
たった一人で[ルカルディア]を護る為、権能のほとんどを使い果してしまった[第一の聖櫃]。
欠けた音は、彼女の傷跡だ。
欠けた音色がこんなにも哀しく聴こえるのは、権能を使い果たしてもまだ幸福とは程遠い脅威にさらされ続けている世界を彼女が憂いているからだ。
生命の系譜を描く系統樹のような模様が刻まれた通路には、本来[第一の聖櫃]を護るべきオートマタが居るが、けれどもそのオートマタ達も朽ちて横たわり、深部へと続く通路の光も不安定にパッ……パッ……と明滅している。
「…………」
皆が転送の余韻と、場の空気に飲まれている中、悠姫は数歩、奥へと進む。
通路を良く見れば、見た目よりも劣化していることが見て取れた。
手を伸ばして壁に触れてみると、触れた場所が一瞬だけ淡く光り、すぐに消えた。
今にも壊れてしまいそうな危うさと、それでも懸命に在ろうとする第一の聖櫃の姿に、悠姫の胸が締め付けられる思いで言葉を吐き出す。
「……本当に、懐かしいね……」
ここまで来れた。それだけで泣きそうな気持ちになるが、けれども悠姫は勝負はこれからなのだと、感傷と共に深く息を吐き出し、振り返る。
「……ユウヒ様、大丈夫ですか」
振り返った先ではシアが心配そうな顔で見ていて、この子もずっと待っていてくれたんだよね、と、優しい気持ちで「大丈夫だよ」と微笑んで返す。
「ここが[第一の聖櫃]なんですね……ふあああ……」
「実際に見て見ると、さすがに圧巻ですわね」
「な、何か足元がふわふわしてるみたいで落ち着かないでござる……」
「よくよく考えて見れば、空の上に停止している船の中ってのもすごいよな」
「ほらほら、観光に来たんじゃないんだからね」
なんて言う悠姫が一番感情的になっていたのだが、皆もわかっていてそれには突っ込まない。
「――さてさて、行くよ」
そんな細かな気遣いがうれしいようで恥ずかしいようで、悠姫はそのまま背を向けて歩き始める。
広く薄暗い通路を、記憶を頼りに進んでゆく。
マップなんて見なくても、何度もかよって身体が覚えてしまっている道を進んでゆくと、リーンが隣に並んでくる。
「……それで、欠橋悠姫。正直なところ[守護者]戦の勝算はありますの」
「もちろん。[守護者]は1体で取り巻きも居ないからね。とりあえずわたしがタゲを取ってその間に他の人が攻撃。HPが5割で攻撃パターンの変更があって、3割でAGI増加、ATK増加の発狂モードに入るから、最後の3割になったら集中砲火で一気に落とせばたぶん行ける気がする……かな」
「随分、頼りない作戦ですわね……」
「そこはそれ、今の仕様だと高倍率スキルとか当てやすそうだし、まだ楽観的に行けそうかなって期待的観測もあるね」
「なるほど。ふむ……確かに、そうですわね」
悠姫の考えに納得したのか、そう言ってリーンも戦闘のシミュレーションへと移ったのか、指を唇に当てながら何やらぶつぶつと呟いていた。
「けど悠姫さん、前衛は一人で大丈夫か? 属性攻撃は装備的に耐えれないんじゃないか?」
「そこはうん、何とか気合でかわせば、気合でかわせば……!」
大事なことなので二回言って悠姫は自分を鼓舞する。
正直[守護者]の聖属性攻撃は、今の悠姫のHP量だと耐えきるのが難しいだろう。
「属性攻撃だけなら[ホーリープロテクション]で軽減は出来るので、たぶん耐えられると思いますけど」
「え、シア[ホーリープロテクション]とか取ってるの?」
「いえ? ポイントを余らせているので、さっき取りました」
取りましょうか? ではなく取りました。というところが男前だった。
一定の狩場では使いどころが有るとはいえ、優先度的には他のスキルを取った方が楽だろうに。
「……ありがとね、シア」
「ふふ、ユウヒ様に恩を売って、後々やさしくしてもらう作戦ですから」
「はいはい」
……本当に、ありがとね。
冗談めかして打算的なことを言うシアに、悠姫はぞんざいに返しながら心の中だけでもう一度礼を言う。
「まあ、俺らはかわせる気がしないから悠姫さんに任せるしかないんだがな」
「でもいざとなったらリザキルするので久我さんもニンジャさんも遠慮なくユウヒ様の盾になって死んでくださいね」
「リザキル前提かよっ!? や、実際やったらそうなるんだろうが」
「……姫の為に死ねるならば、それがしは本望でござる……」
残酷な死刑宣告を笑顔で下すが、蘇生魔法の[リザレクション]があるので正直死ぬならばさくっと死んでから起こした方が楽かもしれないのは事実である。
問題は[リザレクション]はかなり[ヘイト]を稼いでしまうので、そこがネックではあるが、それは悠姫がしっかりとタゲを取っていれば良い話で。
「ゆうちゃん、[守護者]って属性は何ですか?」
「[守護者]の属性は無だから、ひよりんは倍率高いスキルを連打する感じでお願いね」
「は、はい、がんばりますっ」
緊張している様子ではあるが、そう言われてひよりはぐっと拳を握る。
「……オンラインゲーム初心者さんを二日目でボス戦に連れてくとか、悠姫さんマジパねぇ」
「あはは……何のことやら」
久我の皮肉は聞こえないことにした。
そんな話をして歩くこと数分……やがて通路が終わり、突き当りに巨大な扉が姿を現す。
「おぉ……迫力あるな」
「この先、ですね……」
扉の前で立ち止まり、悠姫はもう一度だけ脳内で戦闘をシミュレートしてから振り返る。
「……さて。みんな装備おっけー?」
「と、とりあえずおっけーです!」
「こっちもたぶん大丈夫だ」
「よ、良いでござるよ」
「シアとリーンもおっけー?」
「わたしはユウヒ様のせいで度胸だけはついてますからいつでもいいですよ?」
「良くも悪くも、ですわね」
「あはは……」
確認をして、全員が頷くのを見て、悠姫は扉に手をかける。
その背中にシアの[セイクリッドアプローズ]がかかり、ステータス上昇のバフが入る。
一人の力では到底開きそうにない程に巨大な扉は、けれども悠姫が軽く押しただけでゴゥン……と重々しい音を立てながらゆっくりと開いた。
巨大な門をくぐり、少し進むと部屋の中にぱっと明かりがつき、悠姫は弾かれたように剣を抜いて構えた。
瞬間、円形に開かれた舞台のちょうど中心の人物と目が合った。
……あの姿、あれが守護者か。
その姿はVR化以前に見た[守護者]の姿とまったく同じだった。
突き立てられた剣を抜き、悠然とこちらを見据える守護者の姿にジリジリと緊張感が高まってゆく中、守護者が次にとった行動は、悠姫の想定を超えた行動だった。
「――初めまして。もしくはお久しぶりと言った方が良い方も、いらっしゃるようですね」
銀の甲冑に身を包んだ[第一の聖櫃]を守護する[守護者]が一礼して頭を下げ、そう言って微笑んだ。
「え……?」
「私の名前はイヴ――[天元騎士イヴ=アンジェ]と申します」
「……イヴ……アンジェ?」
反芻して記憶を探るが、VR化前のクエストの最後に出て来ていたのは、見た目こそ似てはいるものの、[守護者]という固有名詞を持たないただのモンスターだったはずだ。
[第一の聖櫃]へとやってきた侵入者を排除する防衛機構で、後にその奥のクラリシア=フィルネオスに認めてもらう事で、防衛機構が働かなくなるという設定の、単なる[守護者]という存在だったはずだ。
……はず、だった。
「今はもう動くことのできないオートマタ達に替わり、今も昔も……私がずっとクラリシア様をお護りさせて頂かせております」
成立する会話に、まさか……という思いが悠姫の思考を塗り潰す。
「もしかして……自立型のAI……ですの?」
「そうですね。あなた方の言い方ならば、そうなります」
混乱する悠姫に代わって後ろでぽつりと言ったリーンの言葉にさえ反応して、[天元騎士イヴ=アンジェ]は微笑みを浮かべる。
仕草こそ多少の芝居がかってはいるものの、中に運営の人が入っているのではないかと疑うほどに自然な動きだ。
「……待って待って、じゃあ話が通じるなら、聞くけど……そこを通してもらえたりしないかな。わたしはフィーネと話が出来ればそれでいいんだけど」
この展開はまずいと思い、奥の扉を指さして言うと[天元騎士イヴ=アンジェ]は人差し指を唇に当てて暫しの黙考。
「主の意思を尊重するならば、この場を明け渡すのが一番なのでしょうが……」
が……とその接続助詞は悠姫にその続きの言葉を容易に想像させた。
「……それは世界の流れにはそぐいません。なので――」
射抜くような壮絶な笑みが、悠姫の希望を完膚なきまでに打ち砕き、威圧感となってその場に居る全員を射竦める。
白い髪の、蒼き瞳をした[守護者]。[天元騎士イヴ=アンジェ]。
「っ――」
「――ここを通りたければ私を打倒して見せなさい!」
光の翼が彼女の背に開かれ――戦闘が始まる。
「みんな、ばらけて!」
「遅いです! [セントティアーズ]!」
「がっ!?」「ぐぅ!?」「ひゃあ!?」「くっ!」
開幕直後の範囲魔法。[セイントティアーズ]が放たれて、光の雨が悠姫たちのいる場所へと降り注ぐ。
悠姫の叫びに反応出来たのはリーン一人だけで、そのリーンも後ろに跳びすさって範囲から逃れるので精一杯だった。
開幕で範囲魔法が来ることは皆知っていたはずだが、けれども自立型のAIを持っているというイレギュラーが、その記憶をすっかり忘れさせてしまってた。
「無詠唱で広範囲魔法とか、反則くさいですわね……っ!」
「ユウヒ様っ!」
唯一、魔法の範囲外にいたシアが叫ぶが、[セントティアーズ]が蹂躙した場所には既に悠姫の姿は無く。
「[クルーエルペイン]!」
リーンとは逆方向に、急速な前進によって[セイントティアーズ]を回避した悠姫は、そのままの勢いで[クルーエルペイン]を叩き込み、ヘイトを上げようとする。
「――ああ、申し訳ございません」
「っ……!」
が、[クルーエルペイン]の赤い衝撃波が着弾する瞬間、その波が[天元騎士イヴ=アンジェ]の振るった剣にかき消されて霧散する。
「私にはヘイト操作は無意味となりますので、お気をつけください」
「――ちっ!」
やっぱりか、と思いつつも苦々しさは隠せない。
余裕のある[天元騎士イヴ=アンジェ]の言葉に悠姫は舌打ちを一つ鳴らして、目が眩むほどの速度で残りの距離を詰め、勢いのままに剣を叩きつける。
「……驚きました。もう、これほどまでの力を付けているのですね」
「言う割には余裕だね! [ペネトレイト]! [クラスターエッジ]!」
通常攻撃はことごとく[天元騎士イヴ=アンジェ]の振るう剣に弾かれはするものの、向こうも弾くだけで手一杯に見える。
……これなら、まだ戦える!
刃を返してくる[天元騎士イヴ=アンジェ]の剣をスウェーでかわして、悠姫は刺突スキルで後ろに回り込みその背にほとんど時差の無い超速の連撃を叩きこむ。
「くっ……」
まともに入ったにもかかわらず、[天元騎士イヴ=アンジェ]のHPバーをほんの少しだけしか削ることが出来ず、悠姫は顔を顰める。
「動きは上々です。――が、しかし相手を怯ませるには、些か攻撃力が足りませんね」
スキル直後の硬直で動けない悠姫に、捻転の速度を生かした横薙ぎの斬撃が迫る。
[天元騎士イヴ=アンジェ]の剣が仄かに白い光を帯びていることから恐らく通常攻撃とは違う、倍率の高い聖属性攻撃だろう。
まずいと思いつつも、キャンセルが遅れて失敗してしまっているせいで、硬直で動けない悠姫はその斬撃が自らの身体へと迫るのを見ることしか出来ず、
「――[ブラッディスピア]!」
[天元騎士イヴ=アンジェ]の斬撃が当たると思われた瞬間、真横から飛んできたダーククリムゾンの槍に貫かれた[天元騎士イヴ=アンジェ]が、そのまま体勢を崩してノックバックする。
逸れてゆく斬撃に肝を冷やしながらも、悠姫はスキルを放った相手に視線を移す。
「リーン!」
「ふん、いつまでも欠橋悠姫だけに良い所は譲れませんわ!」
「《守護の天使よ、彼の者に光の祝福を与え給え……》[ホーリープロテクション]!」
リーンの宣言に続けて[ホーリープロテクション]がかけられ、悠姫の防具に聖属性が付与される。
「こちらはすぐに立て直します! ユウヒ様とリーンさんは何とか持ちこたえてください!」
他の三人が倒れた直後に即座に[リザレクション]を使ったせいで聖属性付与が遅れたのだろう。それでもパーティメンバーのHPを見る限り、とりあえず[リザレクション]で起こすだけ起こしてすぐに[ホーリープロテクション]を使ってくれたであろうことがわかる。
「りょーかい! リーンは右からお願い!」
「わ、わたくしに命令しないでくださいまし!」
憎まれ口を叩きつつも、ちゃんと指示に従っているところはリーンらしい。
左右から意識を散らしつつ、悠姫はリーンと連携して[天元騎士イヴ=アンジェ]へと攻撃を加えてゆく。
「ふふ、良い連携ですね」
「その余裕、いつまでもつかしらね!」
悠姫からすると、リーンがここまで動けることは想定外だった。
力量差があるせいで若干被弾はするものの、徐々にヒールが飛んで来るようにもなり、最初に死んだみんなも戦線に復帰してくる。
「またせたでござるな! ――[二刀抜刀・二駆一閃]!」
ニンジャが放つ一撃の攻撃力が高い[二刀抜刀術]が閃き、
[いくぞ! [ジャッジメントストライク]!]
同じく一撃に威力を込めた斬撃スキルを久我が放ち、
「いきます! [アイシクルソード]!」
氷の剣の乱舞が[天元騎士イヴ=アンジェ]へと襲い掛かる。
さすがのボス属性というべきか、強ノックバックの攻撃以外はほとんどひるんだ様子もなく、スキルも隙あらばパリィングして弾いて来るのだから恐ろしい。
けれども数の暴力というのは優秀なもので、ジリジリと削れてゆく[天元騎士イヴ=アンジェ]のHPに、悠姫は剣戟を交わしながら問いかける。
「ヘイトが無いなら、先にあっちを狙わなくて良いの!」
その問いかけに対して[天元騎士イヴ=アンジェ]は聖属性が乗った剣を返しながら答える。
「アナタのことは主からも良く聞いております。故に実力を測りたいところではありましたので」
剣先がわずかにかするが、[ホーリープロテクション]によって聖属性耐性が入ってるのもあり、ダメージは微々たるものだ。
その余裕の間隙に悠姫は[天元騎士イヴ=アンジェ]のHPバーをちらりと見て、目を疑った。
5割で攻撃パターンの変更が入るからまだまだ余裕だと思っていたが、ちらりと見た[天元騎士イヴ=アンジェ]のHPバーはもう既に残り3分の一ほどに差し掛かっており、予想以上にHPが削れてしまっていたことを認識したその直後、
「よそ見はいけませんね」
「しま……っ!」
急激に速度が上がった[天元騎士イヴ=アンジェ]の剣撃に、悠姫の剣、[ダークブリンガー+4]が大きく弾かれて隙が出来る。
「では、私もそろそろ遠慮なくやらせていただきましょう」
「ま、待て!」
隣をすり抜けようとする[天元騎士イヴ=アンジェ]へと崩れた体勢から振った剣は、加速した[天元騎士イヴ=アンジェ]の残像だけを斬り裂いて通過する。
「そちらには向かわせませんわ!」
一直線にヒーラーであるシアの元へ向かおうとする[天元騎士イヴ=アンジェ]の前に飛び出したのはリーンだった。
攻撃パターンが変わって加速した連撃を放つ[天元騎士イヴ=アンジェ]の斬撃を、防御に徹することでギリギリ打ち払ってゆく。
「くっ、うぅ……くぅっ!」
しかしそれでも重い一撃はSTR値の足りないリーンでは相殺しきることが出来ず、HPバーががりがりと削られてゆく。
「いけないっ!《創生の神よ、祈りを彼の者に与え給え!》[ヒール]!」
「っこのぉ! [スカーレットスクラッチ]!」
シアの[ヒール]に重なるように、たまらずリーンは近距離からの緋色の爪による斬撃スキルを繰り出すが――それは悪手だった。
スキルを正面から受けてHPバーを削られながらも、[天元騎士イヴ=アンジェ]は勢いを止めることなく踏み込み、硬直により動けないリーンの身体へと突きの一撃を食らわせて後方へと吹き飛ばす。
「きゃああああっ!?」
「リーン!?」
[ロードヴァンパイア]のスキルを使ったせいもあるのだろうが、通常攻撃のたった一撃でリーンのHPバーがほとんど真っ黒になる。
直前にシアの[ヒール]が間に合っていなければ、即死だった。
「くっそおおおお!」
「リーン殿っ!」
「――遅いです」
ダメージディーラーとしてヒット&アウェイでスキルを放っていた久我とニンジャが自分に注意を向けようと斬りかかるが、それも無謀な突撃に過ぎず、逆に一撃で斬って捨てられて久我とニンジャの身体が死体オブジェクトへと変わる。
「久我っ! ニンジャっ! くっ……!」
HPが残り3割を切ったことで起こる発狂モード。その予想以上の凶悪さに、悠姫は見込みが甘かったことを後悔する。
「さて……これで三人目です」
リーンを見下ろして、[天元騎士イヴ=アンジェ]は剣を振り上げる。
「さっ、せるっ、かあああああああっ!」
スタンに陥って動けないリーンへとトドメを刺そうと動く[天元騎士イヴ=アンジェ]の剣を、地を這うような加速からの斬撃で弾くと、[天元騎士イヴ=アンジェ]の意識が悠姫へと逸れ、反射的に振り下された[天元騎士イヴ=アンジェ]の剣と、それを迎え打つように最高速で斬り上げた悠姫の剣が強烈なインパクトを生みどちらも弾かれることなく拮抗する。
「か、欠橋悠姫! 無理にわたくしをかばわなくても」
「無理にじゃない! わたし言ったよね? リーンの助けが必要だって!」
「――――」
わたしは、あの時とは……彼女を置いて行った、あの時とは違うんだ……っ!
それがいつの記憶だったかは、悠姫にはわからない。
けれどもリーンにはそれが一年以上前に空の彼方であった、夢の続きのように思えた。
手を伸ばしても届かなかった、待ち焦がれて消えたはずの必要としてくれる言葉。
背中越しの言葉に、リーンは胸の奥から熱が沸き出て来るのを感じて、強く剣を握る。
「《――永久氷壁の縛鎖よ、氷の戒めを!》[アイシクルバインド]! ――ゆうちゃん、今です!」
「なっ!?」
「ひよりん、ナイス!」
剣が鍔迫り合いで拮抗している隙を逃さずに放ったひよりの魔法が、氷の鎖となって[天元騎士イヴ=アンジェ]を地面に縫い付ける。
「[スターダストストライク]っ!」
[アイシクルバインド]で[天元騎士イヴ=アンジェ]を止められていた一瞬の隙を見逃さず放った刺突スキルが[天元騎士イヴ=アンジェ]の身体を何度も貫く。
「くっ! むぅうう!?」
至近距離からの連撃を浴びた[天元騎士イヴ=アンジェ]の身体が、たたらを踏むようにのけぞる。
「リーン! 今っ!」
それを最後の好機と見て、悠姫は[スターダストストライク]の硬直を別のスキルのモーションへと繋げることで打ち消しながら、後ろのリーンへと叫ぶ。
「っ、いきますわっ! [ブラッディインパルス]! やあああああああ!」
「[死すべき運命の解放]! はあああああああっ!」
命を散らすように白い光を放つ悠姫の黒い刃。
血の呪縛により漆黒の光を纏うリーンの白銀の刃。
その二つが十字を描くように交錯し[天元騎士イヴ=アンジェ]へ白と黒の傷を刻み込む。
「ぐぅうううっ、ああああああああああ!」
刹那のタイミングの差も無いほど同時に大ダメージを受けた[天元騎士イヴ=アンジェ]の残りのHPが、急速に減少してゆく。
これ以上は無理だから……お願い……っ。
最大値が多いからか、焦らすように減ってゆくHPバーを、祈るような気持ちで注視する。
実際にはほんの数秒もかかっていない処理が、数十秒にも数百秒にも感じる。
残ってしまったら、武器を失ってしまった悠姫にはもう戦う手立てがない。
果たして。
止まってしまうのではないかと思うくらいにじりじりと減ってゆくHPバーは、しかしそのまま止まること無く、最後の1ドットを残さず削り取っていった。
「はぁ……はぁ……やった?」
「欠橋……悠姫……それは、ダメな台詞ですわ……」
息も絶え絶えにリーンがそう言うものの、完全にHPバーが全損しているのだから、さすがに復活などは無いだろう。
「……見事、です。良いでしょう……あなたたちをこの先に進む資格があると判断します」
膝を付いたまま[天元騎士イヴ=アンジェ]が言い、奥の扉、地下への道が開かれる。
「さあ、我が主に……会いに行って、あげてください」
そんな言葉と共に[天元騎士イヴ=アンジェ]の姿が光に消えた直後、
みんなのクエストリストに[彼方への往路]の達成が記された。