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Crescent Ark Online  作者: 霧島栞
第一章[Crescent Ark Online]
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プロローグ[ログアウト]


 その場所には、壊れたオルゴールを鳴らしたような音楽が響いていた。


 元はさぞ綺麗で澄んだ旋律だったのだろう音色はその残滓だけを僅かに響かせ、どこからともなく現れては悲しげな残響だけを置き去りにして消えてゆく。


 それは、まるでこの場所の存在を象徴するように、そこにある物全てが[欠陥品]であると烙印を押すように、鳴り止むことなく響いていた。


 その烙印は事実、その通りだ。


 とある場所の深層部。


 閉じた天蓋へ向かって組まれた系統樹のような模様を描く骨子が幾重にも組み重なり交錯して創り上げられた[聖櫃の心臓部]と呼ばれる閉鎖的な空間。


 世界で唯一[聖域]と呼ばれるに相応しい場所。


「……クラリシア=フィルネオス」


 そんな閉鎖的な聖域で、鮮やかな真紅の髪の少女が一人。俯きがちにぽつりと囁く。


 白銀の騎士甲冑に、翡翠の髪飾り。腰には豪奢な装飾が施された剣が下げられていて、その容姿はどう見ても騎士と呼ぶにふさわしい出で立ちだ。


 騎士の少女が見上げるのは、骨子の中心に封印された女性の姿。


 青い水晶体に封印された、この場所――[第一の聖櫃]の名を冠する女性の姿だった。



 Crescent Ark Online[クレセントアークオンライン]。



 それはMMORPG[Massively Multiplayer Online Role-Playing Game(マッシブリーマルチプレイヤーオンラインロールプレイングゲーム)]大規模多人数同時参加型 オンラインRPGというジャンルでシェアを得る、略称CAOでなじまれているオンラインゲームの名称だ。


 その背景(バックグラウンド)は様々な既存の神話と、運営が創ったとされているオリジナルの神話が折り込まれた[神々の物語]が元となっており、サービス開始以前より、多くのゲーマーと中二病患者に後ろ指を指されながらも正式サービスを開始。そして他にはないゲームシステムとゲームシステムのクオリティの高さから年間登録IDが200万を超える、他のMMORPGの追随を許さない人気を誇っていた。



「――いつも通り、フィーネと呼んでいただいて結構ですよ」


 唐突に降ってきた声、正しくは[文字]に、騎士の少女は振り返る。


 振り返る仕草なんて、本当ならば必要ないものだ。


 なにせプレイヤーはその光景をパソコンのモニター越しに見ているのだから、自分のキャラクターを動かさなくてもモニターには彼女の姿が見えているのだ。


 それでも、その一挙動を不要なものだと切り捨てることを、少女は良しとしなかった。


 まだ肌寒く、深夜になればより一層冷気が立ち込め、体の芯から熱を奪ってゆく二月の終日。


 部屋の暖房をつけることも忘れた手足は既に温度を失い、キーボードを打つ指が自分の物ではないかのように感じられるほど感覚が麻痺している。


 モニターの光でぼう……と照らされる薄暗い室内。


 騎士の少女のキャラクターを操る人物は、酷く憂いを帯びた表情で、そこに表示された光景を眺めていた。



 このオンラインゲーム、CAOが他の追随を許さないほど圧倒的な人気を博しているのは、その未来性も視野に入れたプレイヤーが多いことも理由の一つに挙げられる。


 そう評するのも、CAOは、現在のパソコンを介してのMMOから、将来的にはVRMMOへとシフトする計画が練り込まれていて、その計画はつい先日発表された公式の告知によって決定的なものとなった。


 それは今からちょうど一年後の二月二十八日。


 追加導入される予定である大型アップデートと共に、CAOというオンラインゲームはMMORPGからVRMMORPGへとシフトすることが発表されたのだ。


「……わたしは、いつか、絶対に……帰ってくるから。……アナタにまた、会いに来るから」


 だからこそ。


 少女はその世界を去らなければならなかった。


[聖櫃の心臓部]に封印されている彼女、[クラリシア=フィルネオス]は特別なNPCだった。


 彼女には各都市に有るお店や、クエストの起点となるNPCとは異なる高度なAIが搭載されていて、まるで普通の人と何ら変わりない受け答えをすることが出来る。


 そんな彼女と一番話をしていたのが誰だと問われれば、間違いなく自分だと答えられるほどに、少女は彼女によく会いに来ていた。


 こんな寂しい場所にずっと、どこにも行くことも出来ずに一人で居る彼女だからこそ……少女は彼女にだけは、絶対に告げておかなければならないと思ったのだ。


「……そう、ですか……そうなんですね。……思えば、貴女がこの世界に来てから、色々なことがありましたね」


 そう言って微笑んだように見えるフィーネの言葉に、少女は目頭が熱くなる。


 休止や引退は、いつだって悲しいもの。


 なまじそれまでの思い出が楽しいからこそ、あふれ出てくる感情はあっという間に少女の堪えることが出来る許容量を超えて涙になって流れ落ちる。


 サービスが開始してからの二年間。


 少女にとってCAOは、居心地の良い場所だった。


 きっかけがなんだったのか思い出せないくらい、なんとなしに始めたオンラインゲーム。


 いくつかの有名タイトルを渡り歩いた末に少女が辿り着いたのが、このCAOだった。


 オンラインゲームを始めて最初の数年は、ずっと一人だった。


 ほとんど人と関わることなく、何の為にMMORPGをしているのか? と問われるほどに、少女はソロに従事していた。


 パーティで狩りに行ったりする場所へと一人で狩りに行き、クリアに最低数人の人数が必要だと言われる高難易度クエストすらも一人でクリアし、さすがにレイドコンテンツに関してはソロでの攻略は不可能だったが、それでも大規模なレイド攻略戦にもわざわざソロで混ざったりしているくらい、少女は徹底して他の人との関わりを避けていた。


 そしてそれはCAOでも最初は同じだった。


 一人でレベルを上げ一人でクエストを攻略し一人でボスへと挑む。


 それが少女にとって日常であり、当たり前のプレイスタイルだった。


 けれどもその当たり前が、そうでなくなる出来事が、CAOを始めて少しして起こった。


 詳しくは省くが、その出来事以来、少女はCAO内でそこそこ有名となり、徐々に交友も増え、済し崩し的にギルドを作ることになった。


 誰かと冒険に行くことなど無かった少女は、そこで初めて人と関わり合う楽しみを知り、そして気が付けば少女は数十人ものメンバーが在籍するギルドのマスターになっていた。


 世界だけを愛し、もっと世界のことを知りたいと一人で通っていた首都の図書館はいつしかギルドのたまり場となって、毎日のように歓談が絶えなくなった。


 楽しい記憶はいくらでも溢れ出てきて、それを塞き止める為に、少女は喉元まで顔を見せていた感情をぐっと飲み込むと、後に残ったのは、ほんの僅かな罪悪感だった。


 その原因は、少女が彼らに休止を告げていないことだ。


 本来ならばメンバーにこの世界を去るということを告げるべきだったのかもしれない。


 けれども引きとめられると決意が鈍ってしまうことを、少女は嫌というほど知っていた。


 ぬるま湯のように居心地の良い空間。気心の知れた者達との楽しいひととき。


 例えば深夜0時の会話。


 そろそろ寝なければならないと思っていても、言っていても、つい楽しくて数時間の時間が過ぎてしまっていることもある。


 ひとたび言葉を交わしてしまうと、そこから抜け出すことが出来なくなることを、少女は重々に承知していた。


「……ごめんね、フィーネ」


「謝らないでください。わたしは、ずっと待っていますから」


 例えそんな居心地の良い空間を捨てることになるとしても、少女にはやらなければならないこと――成さなければならないことがあった。


 これから一年後。


 このCAOの世界[ルカルディア]が変わるその前に、やらなければならないことが、少女にはあった。


「――例え世界が変わっても、必ず。……約束します。わたしはずっと、悠姫様を待ってます」


 画面がにじみ、見えないにもかかわらず、彼女は微笑んでいるような気がした。


「……うん。――またね。フィーネ」


 だからさよならは言わない。


 絶対に戻ってくると、自分に誓ったから。


 Escボタンを押して、ログアウトのボタンをクリックする。


 数秒後の後、暗転――ログイン画面が表示される。


 ヘッドフォンを取ると、部屋の中にはパソコンの駆動音だけがやけに煩く響いて聞こえた。


「……わたしは……」


 そうして悠姫と呼ばれた騎士の少女はCAOからログアウトした。



 ――その日を境に、CAOで知らない者は居ないと言われるくらいに有名な廃人プレイヤー。


[欠橋悠姫]は、[ルカルディア]から忽然と姿を消した。


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