すみません。覗きじゃないです。
連続投稿しつれいします。キリが悪かったので3話まで。今日の投稿は、これで終わりです。
※3話まで少し修正しました。話の内容には変わりありません。
現れたその人は、くすんだ金の髪に和らげなヘーゼルの瞳をしていた。来ているジャケットは、学ラン程の丈の赤茶色で、詰襟の白のブラウスや、ジャケットを飾る釦。そして、胸元の紋章のような金の刺繍が、その精悍さを引き立てていた。
そこかしこに付いた葉っぱや、食いしばった歯に寄せた眉がなければの話だが。
(な、なんだろう。なんかすごく残念な雰囲気……ヘタレ臭がぷんぷんするわ)
木の後ろに隠れたまま、突然の乱入者を注意深く眺める。その人は、湖を視界に入れると、ふうっと息をついて、屈みこんだ。喉が渇いているのだろうか。
手で掬い、がぶがぶと水を飲み干すと、水辺に手を突いて、大きくため息を吐いた。
「ここは、どこだ……」
(迷子かーー!)
聞こえるはずもないのに、盛大に突っ込んでしまった。大の男が、しかも、ちょっとガタイの良い体育会系の男が、迷子! いやいや、不慮の事態だったのかも知れないし! まさしく この私みたいなね!
なんだか勝手ながら、仲間意識が沸いてきた。悪い人には見えない。少し近づいてみようか。
思案したのはそんなに長くはなかったと思う。項垂れたままの男が、やおら可哀想に思えてきたのだ。私は、木の後ろからにじり出て、そろそろと男に近づいていった。
後ろから寄っていったからか、傍近くへ寄るまでは気づかれることはなく、手の届く範囲に近づくことができた。
(大丈夫?)
曲げた足に、そっと前足を触れさせて、顔色を伺ってみる。と、男は大きく仰け反った。
「な! なんだ!?」
その手が腰の剣に触れるのを見て、即座にUターンして跳んで逃げた。剣とか、恐いし!
「なんだ? 獣、か?」
言いながら、じりじりと近寄ってくるものの、その手はまだ剣に添えられていて、私は びくびくと後ずさった。一目散に逃げるにしても、せっかく見つけた水場から離れたくはなく、そして目の前の男も、やっぱり悪いやつには見えなかったのだ。
(何もしませんがな。単なるうさぎですがな!)
「襲って、は……来なさそうだな。驚かして悪かった。ここはお前の縄張りか?」
(いやいや、違いますけども)
「いや、それにしては、弱そうだな。なんとも無害そうだ。魔獣でもなさそうだしな」
魔獣? ぽろっと流れた単語に耳を疑う。どういうことか気にはなるものの、今のところ その疑問を解消する術はない。とりあえず、それは頭の片隅に追いやって、目の前まで接近してきている男に集中する。手は剣から離れたようだ。一安心である。
ゆっくり近づいてくる手を拒む理由もなく、そのまま流れに身を任せていれば、男の手が額をそっと撫でた。鼻をぴすぴすさせて嗅いだ匂いも、特に嫌なものはない。この男、動物好きなのかな?
「おお。ふわふわだなー。なんか毛玉みたいだけど……お前、うさぎか? あ、この耳、うさぎっぽいな?」
相変わらず優しく耳に触れてくるものの、その指を避けるように、勝手に耳が動く。避けきれてはいないけど。それにしても、やっぱり毛玉みたいだよね? うんうん。わたしも初めてアンゴラ見たとき思ったよー。
「にしても、うさぎか。久々に見たな。最近じゃ巣穴に隠れてるのか、ほとんど姿を見せなくなっちまったもんなあ。お前は、出てきて大丈夫なのか? この森にも魔獣はいるんだぞ?」
なんと! 危なそうな雰囲気ね。今のところ、他の動物なんて鳥くらいしか見てないけれど、このまま ここにいるのは危ないかなあ。
私が思案している間も、男はそっと額を撫でていて、その手を次第に背中にも伸ばして、背中のもふもふを手の平で楽しんでいるようだった。
(この人、連れて行ってくれないかなあ)
過った考えは、とても良いものに思えた。このまま森にいても、食が確保できるとも思えない。ましてや、魔獣なんてものがいるとすれば、ここに住むのは もはや無謀でしかない。かと言って、他に行くにも、少なくとも日本ではなさそうだし、ここがどこかも分からない。魔獣というものがいるのならば、もしかすると、もしかするのかもしれない。
そうすると、このちょっとヘタレっぽいけど、悪い人ではないであろう目の前の彼に連れて行ってもらうのが、現状ベストだと思うのだ。うん。よし。そうだ、そうだ。そうしよう。
「おわっ。お前、なつっこいな」
決断したら、行動あるのみ。私は全力で媚を売ることにした。手始めに膝に乗って、ちらり。うむ。嬉しそう。それから、撫でてくる手に額をこすりつけて、撫でて攻撃。以前 私も、ミミにこれをやられては、顔がでろっと崩れたものだった。
「可愛いなー……」
よしよし。相貌が崩れてきている。元々そんなに引き締まってはいなかったけど。このまま甘え甘え、この場から去ろうとするなら付いていこう。大丈夫。私は今、可愛い癒し系小動物なのだ。
「帰りどうするかなあ。どうも道を外れたっぽいんだよなあ」
言って、彼は頭を抱えた。そうか。この男も迷子だった。私とは規模が違うがな! でも、まずこの男には家なり何なりに帰り着いてもらえないと困る。なんとかなるだろうか?
思考を巡らせながらも、作戦は続行中で、私は胸元に前足を置いて、伸び上がって顔を窺った。
「慰めてくれてるのか? ありがとう」
男の相貌がやわらかく緩む。うむうむ。大丈夫だよ。なんとかなるって。
彼の服装は、そこまで悲惨ではなかった。葉っぱがついて薄汚れてはいたが、そこまで長くさすらったようには見えない。きっと、そこまで遠くではないのだろう。
「まあ、いつものコースのどこかに出れれば、道も分かるようになるしな。頑張ってみるよ」
そう言って抱き上げてくるので、やばい。これはお別れの雰囲気! と胸元にへばりついた。
「あれ? どうした? 寂しいのか?」
よし、あと一押し! だけど、この体制からじゃ何もできない。とりあえず見つめてみよう。大丈夫。今の私は癒し系小動物……!
「うう……うーん」
顰めた眉に、困っている空気を ひしひしと感じる。いやいや、それでも 引くわけにはいかない。なんせ こちらも非常事態。これを逃したら、1時間後には命がないかもしれない。どうか連れて行ってください。そんな気持ちを込めて、ひたすら見つめる。
男は、しばらく唸っていた。どんな生活環境かも分からないし、そも飼える環境にないかもしれない。うさぎをあまり見かけないと言っていたし、飼育するという観点がないかもしれない。それでも、祈る気持ちで見続ける。言葉がしゃべれないのが、もどかしかった。
「――うん。よし! 一緒においで! ここで別れて、魔獣に襲われても可哀想だしな」
にかりと笑って言ったその言葉に、涙が出そうな程 安堵した。