森の中。緑が深いです。
今日は2話目まで連続投稿します。お読みいただいてありがとうございます。
さわさわと木々の揺れる音。早朝のような澄んだ空気。囀る鳥の声。それが、まず最初に感じたこと。
森、といって差し支えのない緑に囲まれた空間。夢、にしては現実感がありすぎる。目に付くところに視線を巡らせては、森、森だ、森だよね? と馬鹿の一つ覚えのように思考が回る。
(あれ……?)
喉が可笑しい。出した筈の声は音にならず、ただ、細かく揺れる吐息だけが吐き出された。
「ぶうっ!」
自然と出た声は、馴染みがあって。目線を落とすと、そこには白いもこもこの手が。
(う、うさぎーーーーーっっ!?)
もう一度出た「ぶうっ!」という声が、マヌケにも空気に溶けていった。
あれからどれ位の間か、ただただ頭を抱え、首を傾げてみたものの、ここがどこかもわからず、どうしてこうなったのかもわからず、とりあえず はっきりしているのは、わたしがうさぎで、ここが森であるということ。
体を見返した感じでは、昨日拾ったアンゴラちゃんといっしょなのでは、と思うのだけれど、もしかして何か関わりがあるのだろうか。いや、むしろ関わりがないほうが不思議である。
とりあえず、私が今うさぎなのは変えようのない事実のようなので、まずは現状把握を、と思いはするものの、できることと言えば、体をうごうごと動かしてみて、とりあえず跳ねてみる位しかなかった。どういう力が働いたのかは分からずとも、人間がうさぎになったのだから、普通のうさぎと違うところがないかと色々試みてはみたものの、二本足で歩くのは難しく、できて立っちまで。ならば、なんとか声がでないかとは思ったけれど、どうやら うさぎの生態通り、声帯が機能をなしていないのか、声は一切出なかった。ミミもそうだったけど、出るのは、ぶうぶうという鼻を鳴らすような音だけ。
どうやら、私は 間違いなくうさぎであるらしい。
さて。納得のいかないことは多々あれども、兎にも角にも動かねば。
自然界の草で、どれが毒になるかなど見て分かるはずもないので、食料は置いとくとしても、水は確保せねば。うさぎは脱水症状に弱いのだ。
ぴくぴく動く鼻を駆使して、それっぽい匂いを探して、歩き始める。目指すは、川か池か湖か――なんであれ、水である。死活問題であることを、うさぎの本能も悟っているのか、頭は水のことで占められ、鼻は、それとなく水の匂いを嗅ぎ分けて、いる、ような気がする。
それからどのくらい歩いただろうか。低い視点では見通しが悪かったものの、湖らしきものを見つけることができた。
(やった! 水だ、水だ!)
恐る恐る舌を伸ばすと、ほの甘く、澄んだ水の味がした。少し飲んで、お腹や口の中を自分なりに検分するも、特に異変はないように思う。まあ、ダメだったらそれまでだ。
この異常事態にやけくそになっているのか、すっぱり開き直ると、思う存分水を飲む。
(あー、美味しい。美味しいわー。生き返るぅー)
この体では、独り言が声になることはないようだけれど、とりあえず気分として呟いてみる。
そうして、ようやく落ち着いて辺りを見回すと、茂った木々に、ぽつぽつと咲いている花が目に入ってきて、目を和ませてくれる。定説として聞いたことはあったが、よく注意してみると、緑や青が強く感じられる気がする。それとも、これは、単にこの森の色彩が鮮やかなんだろうか。
目の色は、水を覗いてみた感じだと、昨日のアンゴラちゃんと同じく赤かった。アルビノの瞳って、光が眩しいと言われていたはずだけど、うさぎのアルビノのことに注視して調べたでもないし、現在の見え方には問題はない。
とりあえず、近くの木の根元に丸まって這い蹲ってみる。
これからどうしようか。というか、どうなるのか。ここはどこなのか。不安が ずるずると手品のハンカチーフのように、繋がって、引きずられて、沸いて沸いて沸いて出てくる。
(意味が、分からない)
滲む視界に、涙が出るのは昨日とも一昨日とも変わらないのに。
ひどく悔しく、やるせなくなって、そのまま顔を伏せた。
耳に届くのは、最初と同じ、木々の揺れる音と、遠くの鳥の声。耳が勝手にぴくぴく反応するのが可笑しくて、ミミもこんな感覚だったのかな、なんて。
そのまま、思考に漂って、ただ無為に時間を過ごした。何が起こっていようが、ここは静かで、優しくて、このままこうしていられるなら、それでいい気がしていた。
その静寂を壊したのは、後方から近づいてくる草を分ける音。
(大きい……? 動物?)
気づいた時過ぎったのは、しまった、という気持ち。野生動物にとって水場は寄る辺のはず。もしかしたら、凶暴な獣もいるのかもしれない。というか、うさぎなんて、どの獣でも大体アウトじゃないか。
縮こまった体で動くこともできず、体をなるべく小さくして、気配のするほうから隠れられるように木の後ろに回りこむ。ばくばく鳴る心臓と、細く早く吐き出す呼吸音が、やけに耳に響く。
その場に現れたのは、なんと獣ではなく人間だった。