拾いました。アンゴラさん。
それは、丸く丸く固まっていて、見るからにごわついた長い毛が、もさもさと揺れていた。
「……うさぎ?」
私は、その物体に声をかけたことを酷く悔いることとなる。
「脱走かな? もしかして捨てられちゃったのかな。酷いことする人もいるもんだねえ」
長く絡まる毛は、泡を落としてもぐちゃぐちゃに絡まっていて、どうするもんかなと、頭をひねった。
あの後、とりあえず家に連れて帰って、まだ家に残っていたうさぎ用シャンプーで汚れた体を洗ってみた。おそらく この子はアンゴラウサギなんだろう。もしかしたら混じりけのある子かもしれないけれど、私にはそこまで判断つかない。少し前に亡くなってしまったシャンプーの持ち主も長毛種ではあったけど、ここまでもっさもさではなかったし、以前 専門店で見たアンゴラウサギにそっくりだ。
「しっかし、この毛は……どうしようねえ……」
正直、櫛が通るようには思えない。とりあえず、シャンプーを溶かしたぬるま湯につけて、少しずつほぐしてはいるものの、もう固まってる部分は切ってしまうしかないかもしれない。以前お願いしていた専門店はもう閉まっているし、明日は定休日だ。このまま乾かしても、余計ひどいことになるかもしれないし、切れるところだけ切ってしまおう。
「ごめんねー。ちょっとみすぼらしいことになるかもしれないけど、予約取れたら、ちゃんとカットに連れてってあげるからね」
櫛でひっかかったとこだけを慎重に切っていく。なるべく急いで終わらせたいものの、どうにも時間がかかりそうだ。私の手の中でお湯に浸かっているアンゴラさんは、怖がりなのか固まっているように見える。最初のように震えてはいないけど、もう少し暴れるかと思ったんだけど。
「にしても、あんた。大人しいねえ。助かるわ。そのままじっとしててね」
話しかけながら、しゃき、しゃき、とハサミを動かす。
こうしていると、あの子を思い出す。1週間前に死んでしまった可愛いわたしのうさぎ。ミミと名づけたアメリカンファジーロップの女の子。臆病で、でも懐っこくて、茶色のふわふわの毛がとても気持ちよかった。
まあ、ミミは ここまでひどいことになったことはなかったけど。
ほころぶ口元と一緒に、少し眼が熱くなる。
「よし! これで少しはマシでしょ!」
めぼしいところを切り終わって、ぬるま湯でしっかりすすいで、タオルでくるんで抱き上げた。浴室から出て、座り込んだ膝の上でドライヤーに当てる。
真っ白な毛に赤いお目目。乾かすにつれて、少しずつ毛がふわふわとしてきた。
触り心地いいなあ。
また口元が綻ぶ。今度は目は熱くならなかった。
「さてと。これでおしまい。ペレットも牧草も、ミミのがあるからね。ケージも、あんたには ちょっと小さいかも知れないけど、とりあえず我慢して頂戴ね」
部屋の角には、一週間前から変わらずミミのスペースが整っていて、その持ち主はもういないけど、この子がいてくれるなら、今夜は少し寂しくならずに済みそうだ。
アンゴラさんをケージに入れて、ペレットをとりあえずミミの分よりちょっと多めに入れる。恐る恐る口をつけたのを確認してから、牧草をたっぶり入れて、水もセット。
「よしよし。それじゃあ、ゆっくりしててね。お姉ちゃんはお風呂に入ってきますよー」
もさもさと食べるアンゴラさんを いつまでも眺めていたいけど、洗うのに時間がかかったのもあって、そろそろ眠たい。さっと お風呂を浴びて、早々に寝てしまおう。
お風呂から上がると、アンゴラさんは、牧草を食べていて、食器を覗くとペレットはもう空になっていた。
「うんうん。良きかな、良きかな。ううー……撫で回したいけど、ストレスになってもいけないし、我慢我慢――」
可愛い毛玉から目を逸らして、電気のコードに手を伸ばす。
「――おやすみなさい」