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第80話 真実

 会ってもらいたい人? 涙が口を開くよりも早く、両端の物陰から沢山の人影が現れた。振り返ると、後ろにも。

 涙を取り囲んだ人物たちは、彼女が良く知っている顔ばかりだった。瑠夏、京子、奈々をはじめとする涙のクラスメイト全員が、恐ろしい目をして、涙を睨み付けている。

 流石の涙も足が竦んでしまった。助けを求めるように、棗に視線を振る。


「なつ、め?」


 棗の瞳には、目の前にいるクラスメイトたちと同じように、殺意と怒りと憎しみの色がくっきりと浮かび上がっていた。


「先輩、すみません」


 両足を引き摺るようにして一歩前に出た棗は、震える涙を目の前にして、顔を上げた。


「さよなら」


 突き出された棗の両手は涙の肩を押し出した。その瞬間、涙の体は強く重力に引っ張られた。

 大きく悲鳴を上げて両手を振り回し、涙は辛うじて地面の端を掴む。脂汗と恐怖で、今にも手が滑りそうだ。下はコンクリートで出来た地面だ。ここから転落したら、確実に命を落とすだろう。


「助けて、棗!」


 必死に助けを求めるが、棗は冷たい瞳を涙に向けるだけだった。


「どうして……?」


 涙は放心したように棗に問いかける。棗は俯き加減で、口を動かした。


「美衣子先輩……」


 その名前を聞いた瞬間、涙の体が強張った。体中に電流が流れたような衝撃に、思わず手を離しそうになる。


「美衣子?」


 涙は戸惑いを隠せず、困惑した表情を浮かべている。棗の瞳から大粒の涙が零れた。呆然とする涙を睨み付けて、棗は涙混じりの声でこう語った。


「俺、小学生の時から美衣子先輩の事が好きだったんです。美衣子先輩は誰にでも優しくて明るくて、俺の憧れの人でした。でも……今年の初めに雪山先輩って方とお付き合いされ始めたって知って……。俺、正直ショックだったけど、心から2人の幸せを願いました」


 涙は愕然とした。今までに見た事の無い形相で、あの棗が自分の事を睨んでいる。どれだけ突っぱねても優しい笑顔を浮かべてくれていた棗が、殺意の篭った目でこちらを見ている。


「それなのに、2人とももう逢う事の出来ないところへ逝ってしまいました。雪山先輩が亡くなった時はただびっくりしました。でも、その後美衣子先輩も亡くなったって聞いて、明らかにおかしいと思ったんです。俺の知る限り美衣子さんは強い人だったから、後追い自殺なんてするはずないって……。俺はずっと美衣子さんの死の真相を知りたくて、少しでも解ることがあればと美衣子さんの葬儀に参列させて頂きました。そしてそこで瑠夏さん達に出会って、貴女の存在を知ったんです」


 棗は服の袖で涙を拭い、涙を冷たく見下ろした。


「俺は、貴女が許せなかった。だけど、もし、もしも美衣子さん達の事、少しでも反省してくれているなら、貴女を許したかった。だって、……だって、貴女は美衣子さんが大好きだった親友ですから。だけど貴女はそのチャンスを自分から撥ね退けたんです。はっきり言いましたよね? 自分は悪くない、悪いのは全部あいつらだって……そう言いましたよね?」


 熱を帯びた棗の涙が、ぽつぽつと涙の手の甲に落ちる。涙はぼやける視界で棗の顔を見詰めたまま、唇を引き結んでいた。

 泣きたくない。泣きたくない。美衣子が好きだった男に涙なんて見せたくない。


「今まで、反抗して疲れなかったですか、先輩。全てを捨てて、辛くなかったですか、先輩」


 棗の問いかけに、涙は鼻を鳴らした。最後の、精一杯の反抗。


「辛くも悲しくも無いわ、あの女はあたしの玩具だったんだから」


 それを聞いた棗は何度か瞬きをして、涙が地面を掴んでいる手に自身の足を載せた。


「ねぇ棗あたしはね、あんたを、」


 次の瞬間、指先に鋭い痛みが走る。

 涙は無意識の内に手の力を緩めていた。心臓が跳ね上がるような不思議な気分と共に、棗とクラスメイトの姿が遠くなっていく。


(あんたを、)


 涙は地面に叩き付けられるまでの数秒間、自嘲的な笑いを口許に湛えていた。

 自分はあの男に一体何を伝えるつもりだったのだろう。あの女を好いていたあの男に、何を。

 次の瞬間、涙はコンクリートの上に落下した。骨が崩れる音が聞こえた気がしたが、恐らく錯覚だろう。

 それから涙は、思考する事が出来なくなった。体が痙攣し、口の端から血が噴き出す。そうして涙は目を閉じた。

 最後に彼女が何を考えていたか、それは誰にも解らない。

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