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第76話 少年

 涙は屋上に来ていた。怒りで肩をぶるぶると震わせながら。赤く染まった制服は屋上の風で少し乾いたが、まだ若干湿っていて冷たかった。


「あいつら、調子に乗りやがって」


 歯軋りをし、コンクリートで固められた地面を蹴りつける。髪の毛を両手の指で掻き毟り、荒々しく溜息を吐いた。


「ふざけてんじゃないわよ! おまえらだってあたしに賛同してたくせに! ……っどうにかしてあいつら、全員黙らせなくちゃ」


 苛立ちを言葉にして吐き捨てたその時、後ろから足音が聞こえた。自分を追いかけてきたクラスの連中か、それとも、自殺だと勘違いした教師の連中か……。どちらにしても面倒だ、と眉を顰めて振り返る。

 涙は目を丸くした。そこに立っていたのは、小柄な男子生徒だったのだ。同じ学年の男子ではない。しかし、見覚えのある顔だった。何度も見たことがある気がするが、あまり良く覚えていない。


「……誰?」


 涙は顔を顰め、少し強めな口調でそう訊いた。男子はその問いに対して、小さく俯いて答えた。


「お、俺……ええと、1年C組の、岸本棗きしもとなつめです。……その……、一応、葉山先輩と同じ、保健委員なんですが……」

「……あーそうだっけ? で、何?」


 棗は首を横に振ると、蚊の鳴くように細い声を出した。


「いえ、葉山先輩には特に用は無いんです。けど、1時間目の体育で気分が悪くなっちゃったから、ここで少しだけ風にあたりたいなと思って……」


 歯切れの悪い説明にさえも苛立ちを感じ、涙は口を尖らせて片手をひらひらと振って見せた。


「悪いけどあたしが先客だから帰って。ばいばーい」

「あ……はい……」


 悲しそうに項垂れて、棗はとぼとぼと入り口に向かって歩き出した。


(はぁ、やっと静かになるわ)


 しかしそう思ったのも束の間、棗は涙から少し離れた場所に座り込んだ。その行動に驚き、涙は棗に詰め寄る。


「ちょっと、聞こえなかったの? あたしが先客だから帰ってってば!」

「え、あ、……すみません。でも、その、やっぱり風にあたりたいから、ここにいさせてください。絶対先輩の邪魔はしませんから。……あの、それでもダメ、ですか?」


 肯定しかけたが、流石にそこまで後輩を邪険に扱うわけにもいかないかと思った涙は、小さく溜息を吐いて頷いた。


「あっそ、じゃあ好きにすれば?」

「は、はい……。すみません、ありがとうございます」


 心底嬉しそうな棗の笑顔を見た涙は、口をへの字に歪めた。


(変な子)


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