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第73話 悪魔

 やがて登校時刻になり、クラスメイトが次々に教室に入ってきた。


「ねぇねぇ、凄かったよね。涙ちゃんの靴箱!」

「あぁ、見た見た! 真っ赤になってたよね。誰がやったんだろ?」


 そんな会話を耳にしながら、瑠夏たちは笑顔で談笑を続ける。

 それから暫くして、教室の扉が乱暴に開いた。瑠夏たち3人は一瞬扉の方を見て、顔を見合わせて唇を引き結んだ。……涙が来たのだ。

 涙は俯き加減で、しかし力強くこちらに歩いてきたが、自分の机の前で足を止めた。机の上に、小さな菊が花瓶に入って風に揺れている。無論、その菊は瑠夏たちの仕業だった。涙は舌打ちをし、花瓶ごとその花を鞄ではらいのけた。

 鋭い音がして、床に落下した割れた花瓶からは液体が溢れ出る。それを見て、周りにいたクラスメイトたちが小さく悲鳴を上げた。花瓶から出てきた液体は透明では無く、真っ赤だった。まるで血のような色をした赤。

 涙は何も言わずにポケットティッシュを取り出し、その液を残らず拭き取った。

 そのまま涙は表情一つ変えず、席に座った。床に落ちたままの花瓶の欠片を片付けようともしない。痺れを切らした瑠夏は静かに立ち上がり、笑みを浮かべて涙の方へ歩き出した。


「おはよう、涙」


 涙はゆっくりと顔をあげ、瑠夏を軽く睨んだ。瑠夏が“るぅ”から“涙”と呼び方を変えたことに気がついたようだ。しかし涙はすぐに『勝ち誇ったような顔』をして、にたりと笑った。


「おはよ、瑠夏。それから……“前田さん”と“中山さん”」

「おはよう葉山さん」

「おはようございます、葉山さん」


 瑠夏は涙を軽く睨んでから、明るい声を出した。


「あのさぁ、涙。見たよ、下駄箱。凄い事になってたね」


 それを聞いた涙は、うん、と頷いてクスクスと笑った。


「正直、もうちょっと凄いことされてるかなって思ってたんだけど、案外普通だったわね。やった奴らは相当幼稚だったとしか思えないわ。頭が足りない人たちなのね、きっと」


 瑠夏はその言葉に眉を顰めた。涙は、下駄箱を使い物にならなくした犯人が瑠夏たち3人だと知った上でこんな憎まれ口を叩いているに違いない。


「ねぇ、涙」


 瑠夏はぱっと手を伸ばして、涙の胸ポケットからはみ出していた財布を奪い取った。その財布は、普通の女子中学生には到底手が届かないような、有名ブランドの長財布だ。


「これって本物だよね? 初めて見たー。ってか涙ってこんなに金持ちだったっけ」


 涙は何も答えない。ただ瑠夏を睨みつけている。瑠夏はおもむろに財布の中身を確認し、必要以上の大声で叫んだ。


「何これ! 諭吉さんばっかりじゃん!」


 焦りと好奇が入り混じった声で悲鳴を上げながら、札を取り出して1枚1枚数える。


「1万円札が1枚2枚3枚……。…………、……え……27万!」


 予想だにしなかったその金額に、瑠夏は無意識の内に大声を上げていた。クラスメイトもその声に驚いたようで、こちらの方に視線を注いでいる。

 瑠夏は恐る恐るそれを涙に返すと、引き攣った笑みを浮かべてこう尋ねた。


「も、もしかして涙って……援交してるの?」


 クラスメイトが瑠夏のその一言でざわつき始めた。不快そうに眉を顰める女子、ニヤつきながら涙を見る男子。全ての人間が涙を軽蔑と好奇の眼差しで見つめていた。涙は勝手な想像をされることに腹が立ったらしく、真っ赤な顔をして大声で怒鳴った。


「うるさいわね! 黙りなさいよ!」


 しんと静まり返る教室内。涙は腕組みをして教室内を睨みつけると、耳を劈くような大声で叫んだ。


「このあたしが援助交際なんてやってるわけないでしょ? ただ、変態ストーカーに美衣子の情報を売って稼いでただけ。悪い?」


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