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第68話 悲劇

「美衣子ー!」


 瑠夏たちの声は凄まじい雨音に掻き消された。雨が3人の体を激しく打ちつけ、3人は濡れ鼠のようになっている。


「美衣子、どこにいるの?」

「美衣子、返事して!」

「美衣子さん! どこですか!」


 人っ子1人見当たらない豪雨の中、3人は声を張り上げて歩いた。不安と恐怖がそれぞれの心の中に芽生え始める中、突如奈々が足を止めた。霞む景色の向こうに、奈々の視線は止まったまま。


「奈々、どうしたの?」


 奈々は京子の質問には答えず、まっすぐ前方を指差した。奈々の指は小刻みに震えている。……2人はその指先を目で追った。

 その先にあるのは、落下の危険がある為立ち入り禁止になっている、切り立った崖だった。


「……」


 3人は顔を見合わせる。お互いの顔には不安の色が滲んでいた。京子が蒼ざめた顔で乾いた笑い声を上げる。


「冗談でしょ? 笑わせないでよ、奈々ってば」


 そう言いながらも、京子の目は泳いでいた。


「……念の為、ちょっと見てこようか」


 瑠夏が真剣な声を出して京子の手を引っ張る。しかし京子はその手を振り払い首を横に振った。


「嫌よ! あんなところにいるわけないでしょ? 念の為って、確認するまでも無いよ。あんなところにいるはずない!」


 瑠夏は唇を引き結んで京子の腕を掴み直すと、力ずくで京子の体を引き摺った。京子は瑠夏に腕を掴まれたままもがき、訳の解らない叫び声を上げた。叫び出したいのは、瑠夏も奈々も同じだった。けれど今は、確かめなければいけない。それがどれだけ残酷な結果であろうと、確かめなければいけないのだ。

 3人は崖の頂に立つと、遥か下方の海を見下ろして溜息を洩らした。

 雨の音と力強い波の音が混じり合って耳に届く。雨が、水面に叩きつけられるようにして落ちていく。何もかも吸い込んでしまいそうな、大きな青黒い海。

 

「いるわけないよね、こんな場所」


 やがて、ぽつりと呟かれた瑠夏の一言を、京子は聞き逃さなかった。


「ほ、ほら。だから言ったじゃん。他の場所、捜しに行こう」


 今度は京子が瑠夏の腕を掴み、強引に引き摺っていこうとした。瑠夏は泥に埋まった足を見下ろしたまま、力無く言葉を洩らす。


「一度、帰ろうか。一旦戻って着替えてから……」


 2人が崖の頂から立ち去ろうとしても、奈々は動かなかった。海を見つめたまま、何かに憑依されたように立ち尽くしている。


「奈々」

「……」


 瑠夏の呼びかけに、奈々は応じなかった。奈々は黙ったまま自分の足元に視線を落とした。瑠夏はその様子を心配し、京子の手を解いて奈々の方へ歩み寄る。


「……奈、」


 その時、奈々の視線を追った瑠夏はある物に気がついた。草の生えた地面に、何かが落ちている。

 もう1歩近付いてみて、瑠夏は息を飲んだ。

 それは、美衣子の携帯電話だったのだ。

 雨でずぶ濡れになっているそれを拾い上げて画面を開き、愕然とする。画面はメール作成画面のまま固まっていた。そしてそのメール作成画面には、こんな文字が残されていたのだ。


「今までありがとう。さようなら……」


 瑠夏が声に出してその文を読んだ時、京子が駆け寄ってきて携帯電話を奪い取り、すっかり色の失せた表情で瑠夏に掴み掛かった。


「違うよね……間違いだよね、瑠夏! こんなの……こんなの美衣子が打ったんじゃないよね、違うよね」

「……でも、……これは―――」

「違う! 美衣子じゃない! 美衣子じゃないよ!」


 喚き散らす京子を片手で制し、奈々は目の前に広がる大海原を指差した。


「瑠夏さん、京子さん……」

「?……」

「あそこに、何か浮いて―――」


 奈々はそれ以上言葉を発することが出来なくなったのか、ぬかるんだ地面に崩れ落ちた。“あれ”がなんなのか気づいてしまったようだ。


「な、奈々、大丈夫? しっかりして!」


 瑠夏は奈々を抱き起こしながら、恐る恐る海の真ん中へ視線を振った。青黒い海の真ん中に、大きな黒い物体が浮かんでいる。それが何なのか、瑠夏もすぐに理解してしまった。


「うそ……でしょう……? どうして……どうして……」


 京子は海中に響き渡るような大声で悲鳴を上げた。

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